生者の墓標、死者の街

【その36:相互干渉 ―コラボ―】

 高速移動を解き、悠然と近付いてくるアークオルフェノクを睨みつけ、一真と海堂は再度その手に持つ剣を構え直す。
「……無駄な事を」
 何の感情もないその呟きと同時に、再びアークオルフェノクの姿はまたしても消え、二人の体は衝撃と共に吹き飛ぶ。その衝撃故に、相手が高速移動に入ったのだとすぐに認識出来た。
 ファイズ・アクセルモードの高速移動は、フォトンブラッドの出力の関係で使用可能時間は十秒間のみだったが、フォトンブラッドを使わずにそれを行っているアークに「時間切れ」は期待できない。
 焦りと苛立ちの入り混じった感情を噛み締めつつ、海堂は目に見えないアークオルフェノクの気配に意識を集中させる。集中させた所で、自分の千倍の……もしかしたらそれ以上の速さで動くそいつに、一太刀浴びせるなど無理な話なのかもしれないが……
 その一方で一真は何かを決心したように顔を上げ……
「高速移動には……」
 呟くと同時に、一真は一枚のカードを取り出しブレイラウザーに読み込ませる。
 読んだカードは「スペードの9」。描かれた動物はジャガー。その効果は……
『MACH』
「あん?」
 電子音に似たその音が海堂の耳に届くとほぼ同時に、一真の姿が掻き消える。
「……おいおいおい、マジか?」
――あいつも高速移動が出来たって言うのかよ――
 高速で移動し、戦う二人に置いてけぼりを喰らい、断続的に聞こえる剣戟の音に耳を傾けつつも、彼はぽかんとした様子でその場に立ち尽くす。
 下手に剣を振り回せば、気配を読みきれない自分では一真を攻撃してしまう可能性が高いし、何より変に動けば彼の足を引っ張るのは火を見るより明らか。
――さて、どうしたもんか――
 仮面の下で軽く顔を顰めながら悩み始めた刹那。
「海堂君」
「おお、琢磨。……そっちは終わったのか」
「……ええ。それで……今はどういう状況です?」
「高速移動同士のバトル」
 呆れたような声を出しつつ、海堂はいつの間にか側に立っていた琢磨に言葉を返す。サイガと言う仮面に隠れて表情は見えないが、その仕草のそこかしこから疲れたような雰囲気が垣間見える。
 琢磨の心中を察する事など誰にも出来ないが予想する事くらいは出来る。……おそらく、精神的に辛かったのだろう。今でこそ袂を分ったとは言え、かつての琢磨が、唯一甘えられた女性と戦ったのだから。
 だが、それを他人が理解したつもりになって言葉をかけるのは筋違いと言う物だし、何より今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
 琢磨もそれを理解しているのか、海堂の言葉に小さく頷きを返し……
「剣崎さんも、高速移動が出来たという事ですね」
「みたいだぜ」
「……手伝いましょう」
「はぁ? 俺らにアクセル並のスピードが……」
「出せるんです」
 海堂の言葉を遮り、琢磨はきっぱりと言い放つ。同時に、高速移動……バックパックであるフライングアタッカーの起動準備をする。
 それだけで、海堂には理解出来たらしい。
 自分が着ているスーツが、高速移動に耐えうる物であり……その為に、サイガの倍以上のフォトンブラッドを形成している事を。
「あー……高速移動できるのはわかったけどよぉ。お前……大丈夫か?」
「心配してくれてありがとうございます。だけど、今は落ち込んでいる時じゃ、ありませんから」
 仮面の下で気弱そうに笑いながら、琢磨は……そして海堂もまた、高速の世界へと突入した。

 一方、マッハジャガーのカードで高速移動を開始した直後、一真はアークオルフェノクの姿を捉えると、相手を思い切りブレイラウザーで薙ぎ払っていた。
 高速の世界では、僅かな差で衝撃より音が後からついて来る。そんな奇妙な感覚に戸惑いつつも、一真はアークオルフェノクを見据えて切り結びながら声をかけた。
「今からでも遅くない。人間と共存する事は出来ないのか!?」
「不可能だ」
「何故!?」
 一真は知っている。ヒトと異なる種でありながらも、ヒトと共存できる存在がいる事を。
 オルフェノクの王である目の前の存在が共存の可能性を考えてくれたなら……それだけで、オルフェノクと人間の溝は少しでも埋まるのではないかと思ったのだが……
「ヒトと言う種を滅ぼし、我に刃を向ける者を喰らうは、我が本能」
「……本能には、逆らえないって言うのか!」
「いかにも」
「本能を乗り越える事は出来る! 少なくとも始は、その闘争本能に打ち勝とうとした!」
 自分の親友……ジョーカーと呼ばれるアンデッドである相川始もまた、その強すぎる闘争本能と戦う一人だった。
 「ジョーカー」の闘争本能と「相川始」の理性の間で苦しみながらも、彼は人間の中で穏やかに暮らすと言う今の生活を手に入れた。
 ……ただそれは、純粋な勝利ではなかったのだが。
「……気付いておらぬようだな」
「何?」
「汝の言葉は過去形だ」
 言葉の裏に隠された無意識を指摘され、一真ははっと息を飲んだ。「打ち勝とうとした」……その言葉を深読みすれば、「打ち勝とうとしたが、出来なかった」と解釈する事ができる。
 一瞬の動揺。そしてその瞬間に生まれた隙を突いて、アークオルフェノクは一真の腹を蹴り飛ばし、彼との距離を広げた。
 そのパワーに圧され、一真はむせながらも油断なく相手を睨みつける。
 ……何の感情も持たぬ、その灰色の異形を。
「汝も気付いておるのだろう。本能には逆らえない。どれほど理性と言う名の理屈で誤魔化しても、本能こそが生物が生物たる為の根本である事を」
 心の底からそう思っているかのように言いながら、アークオルフェノクはその足を一真の方に向けて飛び上がる。
 ……その体勢は、ファイズのクリムゾンスマッシュそのもの。ポインターの拘束こそないが、威圧感と動揺、そして先程の蹴りのダメージの三つに拘束された一真の体。
――かわせない!――
 アークオルフェノクの膨大な力が、動かぬ一真の体にぶつかりかけた瞬間。
「るっせぇよ!」
 怒りの混じった声が響く。同時に、何かに弾かれた様にアークオルフェノクの軌道は反れ、一真の脇に土煙を上げて着地する。
 床はクレーターを生み、その中央には不思議そうにこちらを見やる灰色の異形。そしてその視線の先には、驚いたような一真と……オーガストランザーでアークオルフェノクを叩いた張本人、オーガこと海堂の姿。
 直後、耳に届くジェット音に気付いて見上げると、そこには油断なく敵を見つめるサイガ……琢磨の姿もあった。
「海堂さん!? それに、琢磨さんも!」
「悪いな、待たせちまったか?」
 がちゃ、とオーガストランザーを構えなおし、海堂は軽い口調で一真に言い……そして、何事もないかのようにその場に佇むアークオルフェノクの方に目を向けた。
「それにしても……さっきから黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがって」
「確かに、本能は大事だよ。でも、それだけじゃ生きていけない。理性があるから、互いに良好な関係を保っていられるんです」
「上辺の論理よな。オルフェノクでありながら、理性などという物に囚われている。汝らの疾走する本能は、どこへ消えた?」
「消えてねーよ、まだあるよ。けどな、本能だけじゃねーんだよ、俺達は!」
 海堂が言い切ると同時に、琢磨が動く。
『Exceed Charge』
 高速の世界に合わせた電子音が響く。
 同時に琢磨の足元から、拘束を兼ねたロックオン機能を持つポインターが、王に向かって作動する。
「俺も……合わせるか」
『Exceed Charge』
 幾分低い電子音が響き、海堂もオーガストランザーを構え、必殺技であるオーガストラッシュを放つ体勢に入る。
 それに合わせる様にして、一真もまたブレイラウザーにカードを読み込ませる。
『KICK』
『THUNDER』
『MACH』
 その組み合わせで放たれるのは……
『LIGHTNING SONIC』
 ブレイラウザーの、その宣言が響くとほぼ同時に。
 オーガのオーガストラッシュによる斬撃と、サイガのコバルトスマッシュ、そしてブレイドのライトニングソニックの二つの蹴撃がアークオルフェノクの体を捕らえ、大爆発を引き起こす。
 同時に、彼らは高速の世界から通常の世界へと回帰し……その爆発を油断なく眺めた。
「これで……!」
「いや、まだです剣崎さん!」
 半ば安心したように呟いた一真とは対照的に、二人の「帝王のベルト」所持者は、警戒したままその爆煙の向こうを見やる。
 ……普段なら……いや、普通ならこれで倒せるはずだ。必殺技を三種同時にくらって、平然としていられるはずがない。
 だが……今回の相手は「普通」ではなかった。
 土煙の向こうでゆらりと黒い影が揺らめき、それが鬱陶しそうに煙を払う。
 ……無傷、だった。足元は僅かにふらついているように見えるが、それでもまだ、余裕だったのだ。
「我は、不死。汝らには我は倒せん。本能を開放できぬと言うのであれば、汝らには死あるのみ。この地を汝らの墓標としてくれる」
「うるせーな! そんなモン、やってみなきゃわからねーだろ!!」
「ならば、我を倒してみせよ」
「言われなくてもやってやらぁ!」
 海堂が吼えると同時に、他の二人も動き出した。
 何があっても、この異形を倒すために……

『うわあぁぁっ!』
 渡と城戸の悲鳴が響く。いつの間にか戦いの場は更に広いホールのような所に移っており、自分達……渡、城戸、そしてアーク以外の姿は見当たらない。
 圧倒的な……そして、純粋な「力」だけでどうやらこの場に追い込まれたらしい。
 周囲には奏者のいない楽器達が、オーケストラを開くかのように配置されており、それらからは絶え間なく人間の悲鳴が響いていた。
「何なんだよ、これ……!」
「人の悲鳴が……」
「言ったはずだ」
 動きとは裏腹に、ゆっくりとした口調で。アークは近くにあった低音を奏でる金管楽器……ユーフォニウムを手に取りながら、城戸と渡に声をかける。
 余裕の色を、その声に滲ませて。
「人間の悲鳴こそが、我等レジェンドルガにとって、最高の音楽だとな」
「そんな!」
 楽器から響いているのは、恐らく先程逃がしてしまったオルフェノクレジェンドルガに襲われている人たちの物だろう。
 今更のように逃がしてしまった事を後悔する渡と真司だが、すぐにその顔を上げると、キッとアークを睨みつける。
「お前……人の命を何だと思ってるんだよ!」
「ヒトの命? そんな物……」
 真司の問いに、アークはフンと鼻で笑い……
「ただの、ゴミだ。ゴミを排除するのは当然だろう?」
「……そんな……許さない!」
 アークの言葉が渡の逆鱗に触れたのだろう。彼はカッとなったように無茶苦茶に相手に突っ込んでいく。だが、それを難なくかわすと、アークは手に持つ三叉槍、アークトライデントで彼の体を振り払う。
 吹き飛ばされて呻く渡を鼻で笑い、アークトライデントでとどめをさそうとしたアークの肩に。
 真司に召喚されたドラグレッダーの放った火球が着弾し、ふらりとアークはバランスを崩す。
 恐らくは真司の存在を忘れていたのだろう。アークにとって最も警戒すべきはキバであり、その他の存在は瑣末で非力な物に過ぎないと言う考えがあるせいか。
 相手が体勢を立て直すまでの間に、真司は渡に駆け寄り、倒れていた彼を助け起こす。
「渡……渡!」
「城戸さん……?」
「俺とお前、二つの力で……蝙蝠と龍の力で、奴をぶちのめす」
「……城戸さん」
 真司の言葉に大きく頷くと、渡は勢い良くアークに向かって駆け出す。
『SURVIVE』
 真司も渡と併走しながら、その姿を烈火の戦士……龍騎・サバイブに変化させる。
『GUARD VENT』
 その二人に気迫めいた何かを感じたのか、アークはその額からレーザーを連想させる光線を連射して二人の足を止めようとする。だがその攻撃は真司が使ったガードベントで綺麗に弾かれた。
「るうぅおおお!」
 焦りを感じたのか、それとも単純に彼らが疎ましくなったのか、アークはアークトライデントを振り回し、彼らの動きを止めようと模索する。
 かわしている余裕はない。だからと言って、真司は既にガードベントを先程の攻撃で使用してしまっている。
 そんな中で防御に使えそうなカードと言えば。
『STRANGE VENT』
 サバイブ化した龍騎の持つ「別のカードに変化するアドベントカード」を使い、真司は変化したカードを見やる。
 ストレンジベント。その場に最も適したカードに変化する、他の戦士にはない特殊なカード。
 今回それが変化したのは……
「何だ、これっ!?」
 アークの攻撃をギリギリで避けながら、真司は思わず素っ頓狂な声をあげる。
 それもそのはず。ストレンジベントが変化したカードは、真司にとって見慣れたアドベントカードではなく……トランプに似た全くの別物、ラウズカードの方だったのだから。
「これって一真のカードだろ!? 何で!?」
 慌てながらも、そのカード……「スペードの8」、テキストには「Magnet Buffalo」の文字と、野牛らしき動物の描かれたカードを見る。
「マグネット……磁石? 何なんだよこのカード?」
「死ねぇぇぇっ!」
 この期に及んで困惑する真司の姿を好機と捉えたのだろう。叫びながらアークはその槍を勢い良く振り降ろす。
 ……迷っている時間は、なかった。
「ああもう! こうなりゃ自棄だ!」
『MAGNET』
 普段のバイザーとは僅かに異なる電子音と共に、アークの振り下ろした槍が止まる。
「な……に!?」
 当然、アークが自身で槍を止めた訳ではない。まるで見えない壁に阻まれたかのように、そこから先に進まないのだ。それどころか、何か見えない力に押し返されているような感触がアークの手に伝わる。
 力を込めれば込める程、押し返す……否、反発する力が強くなっているような気さえする。
「これは……!?」
「な……何が一体、どうなってるんだ?」
 アークは勿論の事、使用者自身でさえも不審に思いながら、とにかく頭上で止まっている槍を振り払うように腕を振った瞬間。
 その動きに合わせ、アークの武器が大きく振れると、それにつられた持ち主自身も近くの壁に叩きつけられる。
 彼らは知らない。使用したカード、「マグネットバッファロー」の効力が、磁界を操り、任意の対象を引力で引き付けたり、反対に斥力で引き離したりする事を。
「何でも良い。とにかく、今がチャンスだ!」
「はい!」
『FINAL VENT』
「ウェイクアップ・フィーバー!」
 ドラグバイザーツバイの電子音と、タツロットの声が重なり合い、その標的を、ゆらりと立ち上がるアークに定めた。
「はあああああっ」
「とりゃああぁぁぁっ!」
 渡の渾身の蹴りは顔面に、真司とドラグランザーの体当たりは胴に炸裂し、アークはその身を大地に横たえる。
「さ、流石にこれなら……」
 思わずその場に座り込む真司。
 二人分の必殺技を喰らったのだ、いくら巨大な体を持つアークとは言え、流石にもつまい。
 ……と言うか、もって欲しくない
「渡君、城戸さん」
「生きてるな、二人とも」
 ようやくここで、名護と侑斗が合流する。
 一瞬、今更かよと突っ込みたくなったが、彼らもまた、大変な相手と戦っていたのだと考え直し、一つだけ安堵の溜息を吐いた。
「名護さん」
「侑斗も! 良かった、無事だったんだな」
 全員無事であるに越した事はない。後は、アークオルフェノクだけ……そう思い、互いの無事を喜び合う彼らは、気付いていなかった。
 もう一度……アークの指が、ピクリと動いた事に。
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