生者の墓標、死者の街
【その35:地馬永眠 ―ネムル―】
オーガとの殴り合いに力負けし、ファイズ……乾は、大きく床に投げ出される。そこを追撃するように、相手は容赦なく胴に蹴りを入れ、確実にダメージを与える。蹴るだけではない。胴を、顔を……様々な部位を、時に殴りつけるなどして、その強大な力で攻撃していた。
為す術なく、一方的に木場に攻撃される乾。地を這い、寝そべるかのように床に倒れこむ。
それを真理は、赤い檻の中で呆然と見つめた。……そんな、時だった。
「おい真理ぃ……真理!」
倒れていた乾が、仰向けになって彼女の名を呼ぶ。
諦めの色も、希望の色も伺えない。ただ「いつもと同じ」……どこかやる気のなさそうな声で。
「何だっけかなぁ……『救世主』は何をするんだぁ? 『闇を切り裂き』ぃ?」
この状況で、何を言っているのか。
下手をすれば、彼もこのまま死んでしまうかもしれないと言うのに。
「光を、もたらす……」
乾の呼びかけに、彼女は捕らえられたまま……泣き出しそうな声でそう答える。
何故だか、自分でも分からない。
ただ無性に……泣きたい気持ちで一杯だった。
オルフェノクである事を黙っていた彼を、疑いそうになる。
だけど、彼の声は本当に、「いつも通り」で……彼を信じたいと、願ってしまう。
もう一度……もう一度だけ、「いつもと同じ」彼の声が聞けたなら。
彼女はもう二度と疑わないだろう。
彼女が信じた「救世主」……乾巧と言う存在を。
「聞こえねえよ!」
怒鳴るような。
それでいて、なぜか彼女を安心させるその声。
それを聴いた瞬間、彼女は声を張り上げて答える。疑いも迷いもない、はっきりとした声で。
「闇を切り裂き、光をもたらすのよ!!」
その答えを聞き、乾は仰向けだった体を起こす。
姿はファイズなのに、オルフェノクのように、その影を乾の形に変えて。
「きっついな……お前の期待に応えんのは」
「出来るよ巧! 巧なら! だって……巧は、巧だから」
泣き笑いの表情で、彼女は真っ直ぐに乾を見る。自分が、エラスモテリウムの生贄とされそうになっている事など、気にしていないかのように。
そんな彼女の答えに、乾は満足したように笑い……ゆっくりと、自分が落とした物の側へと歩み寄った。
乾が拾い上げた「それ」を見つめ、巧は僅かに眉を顰めた。
それ……ファイズブラスターを使うと言う事は、本気で木場を倒すと決意したからだと……理解できてしまったから。
『Standing By』
入力された数字……「555」に反応し、電子音が鳴り響く。
そして、スロット部分であるトランスホルダーにファイズフォンを差し込んだ瞬間。
『Awakening』
その音と共に、ファイズの姿が変わった。
銀を基調としたアクセルモードとは違う。今までの「赤いラインに黒のスーツ」とは反転した色。「黒いラインに赤いスーツ」。
「……ブラスターモード……!」
一時的にフォトンブラッドの出力を上げ、オーガのパワーと同等の力を引き出す姿。
アクセルモードでもそうだったが、出力を上げる分、体への負担が大きい。あの姿は、アクセルモードの比ではない程のキックバックの大きさがある。
「止められねーのかよ、俺は……!」
先程とは立場が逆転したように、ひたすらにオーガ……木場に攻撃を加える乾を見つつ、巧は悔しそうに呟く。
並のオルフェノクなら、触れただけで灰化するのだが、流石は木場と言ったところか。既に何発もの拳をその身に受けながらも、灰化するどころかオーガの変身すら解けない。
自分が手を出す事は適わない。
出来るのかもしれないが、これは……この戦いは、この世界の「乾巧」と「木場勇治」の戦いだと、本能が告げている。
手を出してはいけない、止めてはいけないと。
ポインターを足にセットし、ファイズブラスターにコード「5532」を入力。最大の蹴り技とも言えるブラスタークリムゾンスマッシュの予備動作に入ったのを……そして、それに応える様にオーガストランザーにミッションメモリーを挿入する木場を見て。
もはや、止められない所まで来てしまったのだと、痛感するしかなかった。
「ハァ!」
ドン、と大きな音と共に、ファイズが高く飛び上がったのと。
『Exceed Charge』
オーガがエクシードチャージをはじめたのは、ほぼ同時。
そして……
「はああぁぁぁぁぁ……」
ファイズのキックと、オーガのエネルギーの刃がぶつかり、そこを中心に膨大なエネルギーが、薄い刃となってプロペラ状に回転する。
しかしそれもほんの数秒の事。
すぐにファイズの放ったキックのパワーが競り勝ち、オーガのエネルギー刃を容易く破壊していく。
当然、オーガは彼の攻撃の軸線上にいる訳で……
その胸に、ファイズの渾身の一撃を喰らった。
それでもまだ灰化しないのは、やはり流石と言うべきか。大きく吹き飛ばされ、倒れこむオーガの姿に、観客も呆然とその様子を見守っていた……
赤い檻に捕まり、エラスモテリウムの元へと連れて行かれる真理が、ベアオルフェノクと戦っていたキンタロスの視界に入る。
そんな彼の側に、ウラタロスが援護するように駆けつける。
「亀の字、何しとんねん! あの子、捕まっとるやないか」
「ゴメン、キンちゃん。僕の竿が長すぎて、あの狭い所じゃ本領発揮できなかったんだよ」
「しゃあない……あっちは良太郎達に任せて、こっち頼むで!」
「りょーかい」
そう答えると同時に、ウラタロスは迷う事なくパスをベルトにセタッチし……
『FULL CHARGE』
エネルギーをフルチャージ、デンガッシャーロッドモードを相手に投げつけ、エネルギーの網であるオーラキャストで相手を拘束する。
「今だよ、キンちゃん」
「おっしゃあ!」
『FULL CHARGE』
ウラタロスの呼び声に答えるように、キンタロスもまたパスをベルトにセタッチし、エネルギーを纏ったアックスを、ベアの脳天めがけて振り下ろす。
「……ダイナミック・チョップ」
金色の懐紙に似たエネルギーが周囲を舞い、キンタロスが宣言した、その直後に。
ウラタロスのキックが、ダメ押しでベアの体を貫き、灰化させた。
一方、廊下では、観客の一人、カンガルーオルフェノクとナイト……蓮の戦いが佳境を迎えていた。
と言っても、蓮の方が、一方的に相手を斬りつけているのだが。
「どうやら、貴様も元凶じゃなさそうだな」
「何ぃ?」
「……弱すぎる」
溜息混じりに吐き捨てた蓮に、カチンときたのか、カンガルーはその目をきつく吊り上げ……
「貴様……人間のくせに!」
叫びながら、その強化された脚力で一気に蓮との間合いを詰め、キックを繰り出す。が……
『TRICK VENT』
蓮がカードをベントインする方が、一瞬だけ早かった。
僅かに彼の姿がぶれ、直後、その姿が三つに分かたれる。
「ふ、増えた!?」
どれが目標なのか分からなくなり、混乱気味にそう呟くカンガルーをよそに、三人のナイトが敵を次々と切り裂く。……それで充分だった。
「嘘だ……こんなっ! 人間如きにぃぃぃぃっ!」
絶叫しながらも、あっさりと灰化していくカンガルーオルフェノクの姿を確認し、蓮は一つだけ溜息を吐くとその変身を解除する。
自分の周囲にいる存在は、誰も自分を認識していない。
勝手に絶叫し、いきなり灰と化したカンガルーだった物に、訝しげな視線を向けているだけ。
「秋山」
「相川と登か」
「やはり、そちらにもいたんですね。『僕達の姿が見える者』が」
「見えただけだったみたいだがな。……お前らもか」
観客の間を縫うように、サイガを追って廊下に出ていた始と太牙が、蓮に声をかけ、近付く。
その頭上を、悠然とキバットバット二世が飛んでいた。
太牙の言葉から考えると、彼らも戦闘後らしいが、あまりダメージは見られない。恐らく、蓮同様、それ程強くない相手だったらしい。
「ああ。こちらも同じだ。三人ほどいたが……」
「完膚なきまでに殲滅した。……絶滅させられないのが残念だが、まあ仕方あるまい」
始の言葉を継ぐように、キバット二世が自慢げに言い放つ。
「キバット、絶滅は許さない。しかし……こんな事で、本当にこの世界の侵食が止まるんでしょうか」
「さあな。俺達はただ、自分の敵を倒すだけだ」
太牙の言葉に短く答え、蓮はコートを翻してアリーナに向かう。
……この世界の乾巧と、木場勇治との決着が着いたのは、その時だった。
エラスモテリウムと戦っていた良太郎達はと言うと。
赤い檻に繋がれた真理が連れて来られた真理を守りつつ、敵に攻撃を仕掛けていた。
「熊も亀も……何やってんだよあの馬鹿っ!」
エラスモテリウムの足の軌道を、デンガッシャーの刃先で反らし、何とか真理への直撃を回避する。
「もお~! こいつ、煩い!」
「リュウタロス、針に気をつけて!」
「分かってるよ良太郎!」
そんなやり取りをしている間に、真理のいた檻が、エラスモテリウムによって半壊させられる。
「やべえっ!」
モモタロスが叫んだ瞬間。ファイズとオーガの必殺技が衝突し、その余波で生まれたエネルギーが、まるで赤いプロペラのようにくるくるとドームを薙ぎきる。
その一部が、真理に襲いかかろうとしていたエラスモテリウムの顔を叩き、真理と怪物の距離を開かせた。
「二人共! 真理さんが逃げられるようになるまでの時間を稼いで!」
「言われなくてもそうするっての!」
モモタロスが良太郎に、そう返した瞬間。偶然かそれとも狙ってなのか。エラスモテリウムの右前足が、彼ら三人の体を弾き飛ばした。
「がっ!?」
「うわぁっ!」
「あうっ!」
それぞれ悲鳴を上げ、アリーナの壁に叩きつけられる。
その衝撃に視界が暗転し、次に彼らが見たものは。真理の背後に立ち、大きく口を開けるエラスモテリウムそ姿。
「くそ……間に合わねえェェェっ!」
モモタロスが絶叫したその時。
決着をつけ、自分達の近くにいたブラスターモードのファイズ……乾が、肩からキャノン砲を撃つ。
それを喰らっても、全く怯みもせずにエラスモテリウムは真理へとその口をさらに近付け……それを止めたのは、オーガ。そして、その隣にはいつの間にかファイズに変身していた巧。
「真理は……殺させねぇぇぇっ!」
その声が聞こえているのだろうか。真理を庇うように立ち、オーガ……木場は、エラスモテリウムの顔を、その剣で押さえつける。
自らに刺さる、毒針に耐えながら。死を意味する青い炎を上げつつも、彼は力を振り絞り、乾のいる方へと巨大な怪物を放り投げる。
そこを、ブラスターモードにしたファイズブラスターで打ち抜き……あまりにもあっさりと、その巨大な異形を灰化させた。
まるでエラスモテリウムと言う名のオルフェノクなどいなかったかのように、その場に残った山のような灰もまた、気密性を失ったドームの中で吹き荒れる風によって、宙に舞い、消える。
それを見届けた瞬間、木場がその場にガクリと膝をつく。
「木場……木場ァァっ!」
慌てて駆け寄る巧。そして、変身を解いた良太郎達は、黙ってそれを眺めているしかなかった。
「木場さん、木場さん……木場さん!」
最後の方は、もはや悲鳴にも似て。真理が彼の名を呼ぶが、呼ばれた側はその場に倒れこんでしまう。
「木場……お前……!」
「約束、して。俺の……俺の出来なかった事…………君が……」
今にも泣き出しそうな顔でそう囁く木場に。
乾は……そして巧は、黙って力強く頷いた……
……ああ。
ありがとう。
これで僕は、安心して逝ける。
「木場……お前は、この世界でも……」
あれ? どうしてかな。
君がだぶって見えるよ、乾君。
「真理だけ守れても、意味ないんだよ……!」
そんな悲しそうな顔をしないでよ乾君。これは俺が招いた結果なんだから。
人間を……園田さんを、信じ切れなかった報い。
……俺……今度生まれ変わるなら。
…………やっぱり、人間が良いなぁ。
それで、また出会うんだ。
海堂や、結花、園田さん、菊池さんに……乾君と。
敵とか味方とか、そんなの関係なくて……友人として出会いたいな。
「ば、馬鹿な! 帝王のベルトが……二本とも!」
「ざ~んねんでした」
語尾にハートマークでも付きそうな勢いで。
スマートレディはにこやかに村上の乗った台を動かす。
「ごめんなさい社長さん。こう言う場合、あなたを処刑するように上の方から言われてるんです」
言いながらも、彼女は村上の入った水槽を何かの機械にセットする。
見た目、それが機械とは分からない。ただの物置のようにも見えるのだが、物置ならば上の方に、ギロチンに似た印象の……刃の部分が平たい錘のようになった物などあるはずがない。
これは明らかに、何かをプレスするための機械であると、後ろで見ていたジークは冷たく思う。
「おい。やめろ!」
スマートレディのやろうとしている事に気付いたのか、村上が声を荒げて彼女を制止するが……彼女は聞く耳持たず、機械を作動させるためのスイッチの側に歩み寄り……
何の感情も抱いていないような、冷たい表情でスイッチを押す。
「うわああああああっ!」
平らな錘という、ギロチンよりもある意味残酷な処刑道具が村上の頭上へ落ち。
ガラスの砕け散る音と共に、スマートレディはわざとらしく両手で目を覆い、哀れむ様な視線を、その残骸に送る。
「これで、とりあえずは終わりか?」
「そうで~す。私が上……『戦車』さんご本人から頂いた指示は、これで終・わ・り」
「奇妙な物だな。『戦車』を止めろと言いながら、一方では奴の命令に従っている」
「あら、お姉さんは面白ければ良いんです。……あなたもそうなんじゃありません?」
「ふむ。否定は、せん」
「それに奇妙でもないんですよ? 『戦車』さんを止めるって言うのも、彼自身の願いでもありますから」
「成程。そうであったか」
言いながら。
事の次第を見届けたジークは、スマートレディに並ぶように階段を上る。
……自分達の本来の目的……「戦車」と言う名の「神」を、止めるために……
周囲のオルフェノク達は、今までの出来事に圧倒され、黙っている。
敵意を向けているが、それ以上に、乾は圧倒的な存在感を放ち…
「どけ。俺が歩く道だ」
そう言って「十戒」の中で描かれた海のように、人垣の中に一本だけ、乾と真理が帰るための道が生まれる。
「終わった……んだよな?」
「そう、だと思いたいんですけど……」
見届けて、ようやく出た巧の言葉に、良太郎も曖昧に頷く。
だが……冷静にその空気を打ち破ったのは、既にガオウライナーに足をかけている蓮だった。
「馬鹿を言うな。この世界が侵攻している元凶……それがまだ見つかっていないんだぞ?」
「ああ。僕達がさっき倒したのは、あくまで『僕達が見えてしまったオルフェノク』だ」
「神と呼ぶには少し無理があったよね」
「まあ、そうなんだけどよぉ」
「何、心配はいらん。世界は、私のために回っているのだ。すぐに見つかる」
今更のように現れたジークが、さも当たり前のようにそう言ったのが合図になったかのように、全員は諦めたようにガオウライナーへ乗り込み……最後の一人が乗り終えた刹那。
ガオウライナーは咆哮のような汽笛を鳴らし、宙へと舞った。
まるで、次の目的地へと案内するかの如く。
「勝手に動くのにも慣れたな」
「嫌な慣れだな」
言いながら……彼らは、外の景色を眺める。
……人間解放軍のアジトに向かう、その景色を……
「終わっちゃったね」
結局、彼女は彼を信じ抜いた。
それが正しい事だと、俺も思う。だから……だからこそ。
俺は、止めてもらわなきゃいけないんだ。
暴走する僕の力を、そしてこの歪な世界を。
「それじゃあ、最後に呼ぼうか。この世界に来た、破滅の列車 を」
スマートレディさんから預かった、一枚のパス。
たった一回だけ権限を行使できる、ガオウライナーの「一日マスターパス」。
それを掲げ、俺は客人達を呼ぶ。
「ねえ、どっちが早く着くと思う?」
物言わぬ巨人に、俺は問いかける。
この世界の「乾巧」が先か、それとも異なる世界の「乾巧」が先か。
「どっちでも良いんだ。俺は……彼が生きていられるなら」
武器を沢山積んだバイクを押して……俺は、彼らを迎えに行く。
嬉しいような、悲しいような、そんな奇妙な感情を味わいながら。
オーガとの殴り合いに力負けし、ファイズ……乾は、大きく床に投げ出される。そこを追撃するように、相手は容赦なく胴に蹴りを入れ、確実にダメージを与える。蹴るだけではない。胴を、顔を……様々な部位を、時に殴りつけるなどして、その強大な力で攻撃していた。
為す術なく、一方的に木場に攻撃される乾。地を這い、寝そべるかのように床に倒れこむ。
それを真理は、赤い檻の中で呆然と見つめた。……そんな、時だった。
「おい真理ぃ……真理!」
倒れていた乾が、仰向けになって彼女の名を呼ぶ。
諦めの色も、希望の色も伺えない。ただ「いつもと同じ」……どこかやる気のなさそうな声で。
「何だっけかなぁ……『救世主』は何をするんだぁ? 『闇を切り裂き』ぃ?」
この状況で、何を言っているのか。
下手をすれば、彼もこのまま死んでしまうかもしれないと言うのに。
「光を、もたらす……」
乾の呼びかけに、彼女は捕らえられたまま……泣き出しそうな声でそう答える。
何故だか、自分でも分からない。
ただ無性に……泣きたい気持ちで一杯だった。
オルフェノクである事を黙っていた彼を、疑いそうになる。
だけど、彼の声は本当に、「いつも通り」で……彼を信じたいと、願ってしまう。
もう一度……もう一度だけ、「いつもと同じ」彼の声が聞けたなら。
彼女はもう二度と疑わないだろう。
彼女が信じた「救世主」……乾巧と言う存在を。
「聞こえねえよ!」
怒鳴るような。
それでいて、なぜか彼女を安心させるその声。
それを聴いた瞬間、彼女は声を張り上げて答える。疑いも迷いもない、はっきりとした声で。
「闇を切り裂き、光をもたらすのよ!!」
その答えを聞き、乾は仰向けだった体を起こす。
姿はファイズなのに、オルフェノクのように、その影を乾の形に変えて。
「きっついな……お前の期待に応えんのは」
「出来るよ巧! 巧なら! だって……巧は、巧だから」
泣き笑いの表情で、彼女は真っ直ぐに乾を見る。自分が、エラスモテリウムの生贄とされそうになっている事など、気にしていないかのように。
そんな彼女の答えに、乾は満足したように笑い……ゆっくりと、自分が落とした物の側へと歩み寄った。
乾が拾い上げた「それ」を見つめ、巧は僅かに眉を顰めた。
それ……ファイズブラスターを使うと言う事は、本気で木場を倒すと決意したからだと……理解できてしまったから。
『Standing By』
入力された数字……「555」に反応し、電子音が鳴り響く。
そして、スロット部分であるトランスホルダーにファイズフォンを差し込んだ瞬間。
『Awakening』
その音と共に、ファイズの姿が変わった。
銀を基調としたアクセルモードとは違う。今までの「赤いラインに黒のスーツ」とは反転した色。「黒いラインに赤いスーツ」。
「……ブラスターモード……!」
一時的にフォトンブラッドの出力を上げ、オーガのパワーと同等の力を引き出す姿。
アクセルモードでもそうだったが、出力を上げる分、体への負担が大きい。あの姿は、アクセルモードの比ではない程のキックバックの大きさがある。
「止められねーのかよ、俺は……!」
先程とは立場が逆転したように、ひたすらにオーガ……木場に攻撃を加える乾を見つつ、巧は悔しそうに呟く。
並のオルフェノクなら、触れただけで灰化するのだが、流石は木場と言ったところか。既に何発もの拳をその身に受けながらも、灰化するどころかオーガの変身すら解けない。
自分が手を出す事は適わない。
出来るのかもしれないが、これは……この戦いは、この世界の「乾巧」と「木場勇治」の戦いだと、本能が告げている。
手を出してはいけない、止めてはいけないと。
ポインターを足にセットし、ファイズブラスターにコード「5532」を入力。最大の蹴り技とも言えるブラスタークリムゾンスマッシュの予備動作に入ったのを……そして、それに応える様にオーガストランザーにミッションメモリーを挿入する木場を見て。
もはや、止められない所まで来てしまったのだと、痛感するしかなかった。
「ハァ!」
ドン、と大きな音と共に、ファイズが高く飛び上がったのと。
『Exceed Charge』
オーガがエクシードチャージをはじめたのは、ほぼ同時。
そして……
「はああぁぁぁぁぁ……」
ファイズのキックと、オーガのエネルギーの刃がぶつかり、そこを中心に膨大なエネルギーが、薄い刃となってプロペラ状に回転する。
しかしそれもほんの数秒の事。
すぐにファイズの放ったキックのパワーが競り勝ち、オーガのエネルギー刃を容易く破壊していく。
当然、オーガは彼の攻撃の軸線上にいる訳で……
その胸に、ファイズの渾身の一撃を喰らった。
それでもまだ灰化しないのは、やはり流石と言うべきか。大きく吹き飛ばされ、倒れこむオーガの姿に、観客も呆然とその様子を見守っていた……
赤い檻に捕まり、エラスモテリウムの元へと連れて行かれる真理が、ベアオルフェノクと戦っていたキンタロスの視界に入る。
そんな彼の側に、ウラタロスが援護するように駆けつける。
「亀の字、何しとんねん! あの子、捕まっとるやないか」
「ゴメン、キンちゃん。僕の竿が長すぎて、あの狭い所じゃ本領発揮できなかったんだよ」
「しゃあない……あっちは良太郎達に任せて、こっち頼むで!」
「りょーかい」
そう答えると同時に、ウラタロスは迷う事なくパスをベルトにセタッチし……
『FULL CHARGE』
エネルギーをフルチャージ、デンガッシャーロッドモードを相手に投げつけ、エネルギーの網であるオーラキャストで相手を拘束する。
「今だよ、キンちゃん」
「おっしゃあ!」
『FULL CHARGE』
ウラタロスの呼び声に答えるように、キンタロスもまたパスをベルトにセタッチし、エネルギーを纏ったアックスを、ベアの脳天めがけて振り下ろす。
「……ダイナミック・チョップ」
金色の懐紙に似たエネルギーが周囲を舞い、キンタロスが宣言した、その直後に。
ウラタロスのキックが、ダメ押しでベアの体を貫き、灰化させた。
一方、廊下では、観客の一人、カンガルーオルフェノクとナイト……蓮の戦いが佳境を迎えていた。
と言っても、蓮の方が、一方的に相手を斬りつけているのだが。
「どうやら、貴様も元凶じゃなさそうだな」
「何ぃ?」
「……弱すぎる」
溜息混じりに吐き捨てた蓮に、カチンときたのか、カンガルーはその目をきつく吊り上げ……
「貴様……人間のくせに!」
叫びながら、その強化された脚力で一気に蓮との間合いを詰め、キックを繰り出す。が……
『TRICK VENT』
蓮がカードをベントインする方が、一瞬だけ早かった。
僅かに彼の姿がぶれ、直後、その姿が三つに分かたれる。
「ふ、増えた!?」
どれが目標なのか分からなくなり、混乱気味にそう呟くカンガルーをよそに、三人のナイトが敵を次々と切り裂く。……それで充分だった。
「嘘だ……こんなっ! 人間如きにぃぃぃぃっ!」
絶叫しながらも、あっさりと灰化していくカンガルーオルフェノクの姿を確認し、蓮は一つだけ溜息を吐くとその変身を解除する。
自分の周囲にいる存在は、誰も自分を認識していない。
勝手に絶叫し、いきなり灰と化したカンガルーだった物に、訝しげな視線を向けているだけ。
「秋山」
「相川と登か」
「やはり、そちらにもいたんですね。『僕達の姿が見える者』が」
「見えただけだったみたいだがな。……お前らもか」
観客の間を縫うように、サイガを追って廊下に出ていた始と太牙が、蓮に声をかけ、近付く。
その頭上を、悠然とキバットバット二世が飛んでいた。
太牙の言葉から考えると、彼らも戦闘後らしいが、あまりダメージは見られない。恐らく、蓮同様、それ程強くない相手だったらしい。
「ああ。こちらも同じだ。三人ほどいたが……」
「完膚なきまでに殲滅した。……絶滅させられないのが残念だが、まあ仕方あるまい」
始の言葉を継ぐように、キバット二世が自慢げに言い放つ。
「キバット、絶滅は許さない。しかし……こんな事で、本当にこの世界の侵食が止まるんでしょうか」
「さあな。俺達はただ、自分の敵を倒すだけだ」
太牙の言葉に短く答え、蓮はコートを翻してアリーナに向かう。
……この世界の乾巧と、木場勇治との決着が着いたのは、その時だった。
エラスモテリウムと戦っていた良太郎達はと言うと。
赤い檻に繋がれた真理が連れて来られた真理を守りつつ、敵に攻撃を仕掛けていた。
「熊も亀も……何やってんだよあの馬鹿っ!」
エラスモテリウムの足の軌道を、デンガッシャーの刃先で反らし、何とか真理への直撃を回避する。
「もお~! こいつ、煩い!」
「リュウタロス、針に気をつけて!」
「分かってるよ良太郎!」
そんなやり取りをしている間に、真理のいた檻が、エラスモテリウムによって半壊させられる。
「やべえっ!」
モモタロスが叫んだ瞬間。ファイズとオーガの必殺技が衝突し、その余波で生まれたエネルギーが、まるで赤いプロペラのようにくるくるとドームを薙ぎきる。
その一部が、真理に襲いかかろうとしていたエラスモテリウムの顔を叩き、真理と怪物の距離を開かせた。
「二人共! 真理さんが逃げられるようになるまでの時間を稼いで!」
「言われなくてもそうするっての!」
モモタロスが良太郎に、そう返した瞬間。偶然かそれとも狙ってなのか。エラスモテリウムの右前足が、彼ら三人の体を弾き飛ばした。
「がっ!?」
「うわぁっ!」
「あうっ!」
それぞれ悲鳴を上げ、アリーナの壁に叩きつけられる。
その衝撃に視界が暗転し、次に彼らが見たものは。真理の背後に立ち、大きく口を開けるエラスモテリウムそ姿。
「くそ……間に合わねえェェェっ!」
モモタロスが絶叫したその時。
決着をつけ、自分達の近くにいたブラスターモードのファイズ……乾が、肩からキャノン砲を撃つ。
それを喰らっても、全く怯みもせずにエラスモテリウムは真理へとその口をさらに近付け……それを止めたのは、オーガ。そして、その隣にはいつの間にかファイズに変身していた巧。
「真理は……殺させねぇぇぇっ!」
その声が聞こえているのだろうか。真理を庇うように立ち、オーガ……木場は、エラスモテリウムの顔を、その剣で押さえつける。
自らに刺さる、毒針に耐えながら。死を意味する青い炎を上げつつも、彼は力を振り絞り、乾のいる方へと巨大な怪物を放り投げる。
そこを、ブラスターモードにしたファイズブラスターで打ち抜き……あまりにもあっさりと、その巨大な異形を灰化させた。
まるでエラスモテリウムと言う名のオルフェノクなどいなかったかのように、その場に残った山のような灰もまた、気密性を失ったドームの中で吹き荒れる風によって、宙に舞い、消える。
それを見届けた瞬間、木場がその場にガクリと膝をつく。
「木場……木場ァァっ!」
慌てて駆け寄る巧。そして、変身を解いた良太郎達は、黙ってそれを眺めているしかなかった。
「木場さん、木場さん……木場さん!」
最後の方は、もはや悲鳴にも似て。真理が彼の名を呼ぶが、呼ばれた側はその場に倒れこんでしまう。
「木場……お前……!」
「約束、して。俺の……俺の出来なかった事…………君が……」
今にも泣き出しそうな顔でそう囁く木場に。
乾は……そして巧は、黙って力強く頷いた……
……ああ。
ありがとう。
これで僕は、安心して逝ける。
「木場……お前は、この世界でも……」
あれ? どうしてかな。
君がだぶって見えるよ、乾君。
「真理だけ守れても、意味ないんだよ……!」
そんな悲しそうな顔をしないでよ乾君。これは俺が招いた結果なんだから。
人間を……園田さんを、信じ切れなかった報い。
……俺……今度生まれ変わるなら。
…………やっぱり、人間が良いなぁ。
それで、また出会うんだ。
海堂や、結花、園田さん、菊池さんに……乾君と。
敵とか味方とか、そんなの関係なくて……友人として出会いたいな。
「ば、馬鹿な! 帝王のベルトが……二本とも!」
「ざ~んねんでした」
語尾にハートマークでも付きそうな勢いで。
スマートレディはにこやかに村上の乗った台を動かす。
「ごめんなさい社長さん。こう言う場合、あなたを処刑するように上の方から言われてるんです」
言いながらも、彼女は村上の入った水槽を何かの機械にセットする。
見た目、それが機械とは分からない。ただの物置のようにも見えるのだが、物置ならば上の方に、ギロチンに似た印象の……刃の部分が平たい錘のようになった物などあるはずがない。
これは明らかに、何かをプレスするための機械であると、後ろで見ていたジークは冷たく思う。
「おい。やめろ!」
スマートレディのやろうとしている事に気付いたのか、村上が声を荒げて彼女を制止するが……彼女は聞く耳持たず、機械を作動させるためのスイッチの側に歩み寄り……
何の感情も抱いていないような、冷たい表情でスイッチを押す。
「うわああああああっ!」
平らな錘という、ギロチンよりもある意味残酷な処刑道具が村上の頭上へ落ち。
ガラスの砕け散る音と共に、スマートレディはわざとらしく両手で目を覆い、哀れむ様な視線を、その残骸に送る。
「これで、とりあえずは終わりか?」
「そうで~す。私が上……『戦車』さんご本人から頂いた指示は、これで終・わ・り」
「奇妙な物だな。『戦車』を止めろと言いながら、一方では奴の命令に従っている」
「あら、お姉さんは面白ければ良いんです。……あなたもそうなんじゃありません?」
「ふむ。否定は、せん」
「それに奇妙でもないんですよ? 『戦車』さんを止めるって言うのも、彼自身の願いでもありますから」
「成程。そうであったか」
言いながら。
事の次第を見届けたジークは、スマートレディに並ぶように階段を上る。
……自分達の本来の目的……「戦車」と言う名の「神」を、止めるために……
周囲のオルフェノク達は、今までの出来事に圧倒され、黙っている。
敵意を向けているが、それ以上に、乾は圧倒的な存在感を放ち…
「どけ。俺が歩く道だ」
そう言って「十戒」の中で描かれた海のように、人垣の中に一本だけ、乾と真理が帰るための道が生まれる。
「終わった……んだよな?」
「そう、だと思いたいんですけど……」
見届けて、ようやく出た巧の言葉に、良太郎も曖昧に頷く。
だが……冷静にその空気を打ち破ったのは、既にガオウライナーに足をかけている蓮だった。
「馬鹿を言うな。この世界が侵攻している元凶……それがまだ見つかっていないんだぞ?」
「ああ。僕達がさっき倒したのは、あくまで『僕達が見えてしまったオルフェノク』だ」
「神と呼ぶには少し無理があったよね」
「まあ、そうなんだけどよぉ」
「何、心配はいらん。世界は、私のために回っているのだ。すぐに見つかる」
今更のように現れたジークが、さも当たり前のようにそう言ったのが合図になったかのように、全員は諦めたようにガオウライナーへ乗り込み……最後の一人が乗り終えた刹那。
ガオウライナーは咆哮のような汽笛を鳴らし、宙へと舞った。
まるで、次の目的地へと案内するかの如く。
「勝手に動くのにも慣れたな」
「嫌な慣れだな」
言いながら……彼らは、外の景色を眺める。
……人間解放軍のアジトに向かう、その景色を……
「終わっちゃったね」
結局、彼女は彼を信じ抜いた。
それが正しい事だと、俺も思う。だから……だからこそ。
俺は、止めてもらわなきゃいけないんだ。
暴走する僕の力を、そしてこの歪な世界を。
「それじゃあ、最後に呼ぼうか。この世界に来た、
スマートレディさんから預かった、一枚のパス。
たった一回だけ権限を行使できる、ガオウライナーの「一日マスターパス」。
それを掲げ、俺は客人達を呼ぶ。
「ねえ、どっちが早く着くと思う?」
物言わぬ巨人に、俺は問いかける。
この世界の「乾巧」が先か、それとも異なる世界の「乾巧」が先か。
「どっちでも良いんだ。俺は……彼が生きていられるなら」
武器を沢山積んだバイクを押して……俺は、彼らを迎えに行く。
嬉しいような、悲しいような、そんな奇妙な感情を味わいながら。