生者の墓標、死者の街

【その33:不可視護 ―シュゴ―】

 ファイズに倒され、サイガが灰と化したのを見て、エラスモテリウムと格闘していた巧は、ほっとしたように真理を見た。
 周囲は未だブーイングの嵐だが、最大の脅威は去ったのだ。
 ……そう、思った。だが、その考えは甘かったのだと一瞬後に彼は知る事になる。
『オーガ! オーガ!』
 黒い画面に、金色でΩの文字が映し出された瞬間。
 一万人近くの聴衆達が、ファイズに対するブーイングをやめ、一斉に「オーガ」を呼んだ。
「オーガ……?」
 オーガコールを不審に思いつつ、巧達は周囲を見渡す。
 ……彼らは気付くべきだったのだ。「帝王のベルト」が一本だけではなかった事に。そして、それを使わせるためだけに、「彼」の心が潰された事実に。
 その場にいる誰よりも先にその事に気付いた瞬間、巧は見つけてしまった。暗い目をして乾を睨みつけている、「彼」……木場勇治の姿を。
「木場……」
「木場さん」
 乾達の呼びかけに、一切答える様子もなく。
 木場はただ、静かに手に持っていた携帯電話型のツールを開き……「000」を、入力した。
「木場、本当に……本当にお前は絶望したって言うのかよ……!」
 巧の、悲しげな声に応えるはずもなく。
 ただ彼は、低く呟く。
「変身」
『Complete』
 その言葉と同時に、他のライダーズギアよりもやや低めの電子音が響き……木場の体を、金色のフォトンブラッドが囲み、黒のアーマーがフォトンブラッドの間をつなぐようにしてその身を覆う。
 面の中央には赤い目。面の形は、先程スクリーンに出されたΩに似ている。
 何処となく死神を連想させるその姿は、もはや乾達の知る木場ではないかのようにさえ思わせる。
「何で……? 何で木場さんが?」
「ようやく分かったんだよ」
 真理の困惑した声に、彼は低く呟くように言葉を返す。
 その声に温かみはない。優しさも、人間に対する情愛もない。あるのはただ、冷たくなった確固たる意志。「俺が生きていく道は一つしかない。俺はオルフェノクとして生きていく!」
 その宣言に、思わず呆然としてしまう真理と乾。
 巧も……こうなるとは予想していても、やはり愕然とするしかなかった。
 木場の宣言に対する、周りの歓声が煩い。まるで悪い夢を見ているようにすら感じられる。
「……オイ、狼野郎。お前はあの馬、止めろ」
「何?」
 今までエラスモテリウムに斬りかかっていたモモタロスが、呆然とした表情で突っ立っている巧に、背中越しに囁く。
「今のオメーは、あの馬野郎に気を向け過ぎてて集中できてねえ。そんな奴が一緒にいられちゃ、俺らにとっては足手纏いなんだよ」
「……悪い、恩に着る」
「着るなそんなモン、気色悪ぃ」
 ハンっと鼻で笑いつつそう言うと……モモタロスは再びエラスモテリウムの元へ、そして巧は木場の元へと、それぞれ駆け出して行った

 一方、真理を守っているウラタロスとキンタロスはと言うと。
「押さえろ!」
 その声と共に、真理に向かって一斉に銃撃を開始する兵士らしき男達が放った弾丸を、彼女に当たらないように払っていた。
 どうやらあの首だけの男は、何が何でも真理を殺すつもりらしい。
「女性に優しくできないなんて、男としては三流だよ?」
 聞こえていないと分かっていても……いや、分かっているからこそ、ウラタロスは相手を馬鹿にしたように言い放つと、そのまま兵士の一人をデンガッシャー・ロッドモードで軽く足払いをかける。
「はい、一丁あがり」
 先頭の一人が転んだ事で、後ろにいた数人もそれに足をとられ、無様に転ぶ。所謂将棋倒しの状況。
 彼らには見えていないのだから、何に躓いたのかも分からないはず……そう思った。
「おのれ……先程から、余計な真似を!」
「……え?」
 だが、兵士の一人がそう言ったかと思うと、彼はその姿を熊の特性を持つオルフェノク……ベアオルフェノクへと変化させ、真っ直ぐにウラタロスに向かって突進してきた。
 まるでこちらに気付いているかのように。
「嘘……!?」
 慌ててその突進をかわし、他の兵士達の方にも気を配る。
 ……見えていないと思ったからこそ攻撃したのに、ベアは今、間違いなくウラタロスに向かって言葉を発した挙句、突進まで仕掛けてきた。
 他の兵士達まで同じなら、数の上で厄介だ。
 だが、それは杞憂に終わったらしい。他の兵士達は一瞬、ポカンとした表情を浮かべ……憐れむような目でベアを眺めると、再び真理の方へと駆けて行く。
 途中、兵士の一人が「あいつ、疲れてたんだな」と呟いたのを聞くと、どうやらベアだけが、自分達の姿を認識しているらしい。
「……亀の字、お前はあっちの子、守れ」
「キンちゃんは?」
「俺はこいつを止めとく。熊が相手やったら、金太郎の出番や」
 ウラタロスとベアの間に割り込むようにしながら、キンタロスが低くその身を構える。
 それを見て、やれやれと言わんばかりの溜息を一つ吐き……ウラタロスは黙って彼の背を軽く叩くと、一言。
「頼んだよ、キンちゃん」
「任せとき!」
 キンタロスが返すと同時に、ウラタロスは真理を追って、狭い通路へと滑り込んだ。
「貴様ら……邪魔をするなぁっ!」
「そない言われたかて、俺らには俺らの仁義っちゅうもんがある」
 再び突進してくるベアを、アックスモードに組み上げたデンガッシャーでいなし、その背に一太刀浴びせる。
「があっ!?」
「……俺の強さは、泣けるでぇ」
 コキと首を鳴らし……ベア対キンタロスの、熊対決の幕が上がった。

 一方ファイズ。銃撃から逃げる真理に気を取られていた隙に、黒い仮面ライダー……オーガに接近を許していた。それに気付いた時には既に遅く。その胸板を思い切り殴られ、大きく吹き飛ばされる。
「あれが、木場の手に入れた力なのかよ!」
 客席にまで吹き飛んだファイズと、それを追うオーガを見ながら、巧は思わず呆然と呟く。が、すぐに自分を取り戻し……
 それを追って、彼も客席へ飛び込んでオーガを止めようとした瞬間。
「何だよお前、今良い所なんだから邪魔すんな!」
「……え?」
「お前まさか……オルフェノクのくせに、ファイズに……人間に味方する気じゃないだろうな?」
 観客の一人が、そう言って巧の……ウルフオルフェノクの腕を掴みかかろうと手を伸ばす。……それが、さも当たり前のように。
 だが刹那、ウルフとその客の間に、守る為の水の壁が立ち塞がって両者の距離を開かせる。
「はあ? 何だよ、今の……!」
 驚いたように呟く観客が、その場に落ちた水とウルフを交互に見る。
「……何だか良くわかんねぇけど……お前は邪魔だって事は、良く分かったよ」
 ゆらりと、その観客の姿が変わる。カンガルーの特性を持った、カンガルーオルフェノクへと。
――こんな所で「敵」と遭遇かよっ!――
 舌打ちせんばかりの勢いで思いつつも、ウルフが戦闘体勢に入ったその時。
『SHOOT VENT』
 電子音がウルフの耳に届いたかと思うと、その観客は何か……矢のような物で吹き飛ばされ、客席から廊下へと転がっていく。
「あんた……」
「この会場には、何人か俺達の『敵』がいるらしいな」
 矢の主……ナイト・サバイブ状態に変身していた蓮が、ウルフに近付きながら、何事もないかのように言い放つ。
「これだけの数だ、いても不思議じゃないとは思っていたが……どうやら変身して正解だったみたいだな」
 そう言うと、蓮はバサリとマントを翻し……
「行け。さっきの奴の相手は、俺がしておく」
「……良いのか?」
「ライダー同士で殺しあう……そんなのは、俺達だけで充分だ。だから……お前は、止めろ」
 それだけ言うと、蓮は先程弾き飛ばしたカンガルーの元へと駆け出す。
「頼んだぜ……秋山」
 らしくもなく、深々と頭を下げ……巧は再びファイズの後を追う。
 乾と木場の戦いを止める為。そして何より……自分が、後悔しない為に。

「木場……」
 反撃もせず、ただひたすらに殴られながら。それでもファイズ……乾は、彼に呼びかけていた。
 オーガのパンチは一つ一つが重く、それ故に彼の体に掛かる負担の大きさも相当なものである事は想像に難くない。
 そんな物を使ってまで、彼はオルフェノクとして生きていくというのか。
 そう思うと、乾の心は痛む。
 木場に、何があったのかは分からない。だが、彼が絶望するほどの何かがあったのも確かだろう。
――こんな時代だ。人間の醜い所を、沢山見てきた――
 そう言った彼の、がっかりした顔を思い出す。
――俺はオルフェノクとして生きていく!――
 そう宣言した時の、暗く沈んだ顔もまた、思い出される。
「木場!」
 客席から再びアリーナに落とされても、それでもなお……彼は信じていたのかもしれない。
 木場勇治の中に残る、ヒトに対する愛を。
 ダメージの蓄積のせいで変身は解除され、乾は荒い息を吐きながら、悠然とこちらに向かってくるオーガを見やる。
「トドメだ……!」
 オーガが、静かにそう宣言し、オーガのための剣……オーガストランザーを振り上げた瞬間だった。
 オーガを見つめる乾の顔に、オルフェノクとしての影が浮ぶ。生き残る為に浮かべた、咄嗟の反応だったのかもしれない。
 それは、木場にも、真理にも……この世界の住人なら、およそ意外でしかない光景。
 ゆっくりと乾は立ち上がり、周囲のざわめきを気に留めず、そして誤魔化す事もせず。その姿を、狼の属性を持つ者……ウルフオルフェノクへと変化させた。
「何……!? お前は……」
 唐突の事にあからさまに狼狽し、オーガの……木場の動きが止まる。
 今まで歓声に沸いていた観客達もまた、瞬時に静まり……そして、どよめく。
 今まで人間だと思っていた……自らの「敵」である「ファイズ」が、自分達と同じ、「オルフェノク」であった事に驚きを隠せないでいた。
 そしてそれは……真理も、同じ。
 追われている事も忘れ、愕然とした表情で、灰色の狼と化した乾を眺める。
 どこか寂しそうに立つ、その異形を。
「巧が……オルフェノク……?」
 呆然と立ち尽くす真理を、兵士達が好機と捉えたらしい。その身を即座に拘束し、ガチャという金属音の後、彼女は赤い檻に入れる。
 だが、檻に入れられ、そして担がれながらも、彼女はウルフから目を離さない。
 信じたくない……信じられないような気持ちで、一杯になりながら。
「何で? 何でよ……!」
 ……その「何で」の意味は、何だったのだろう。
 「何で」乾巧がオルフェノクなのか?
 それとも……
 「何で」今まで教えてくれなかったのか?
 どちらにしろ、彼女の口からは、「何で」の単語しか出てこなかった。
 永遠とも思える一瞬の膠着の後。先に動いたのは、ウルフだった。素早い動きで翻弄し、彼は蹴り数発で、オーガの変身を解除させる。
 もちろん、木場の心に動揺があったからと言うのもあるだろうが……それでも、ウルフの攻撃はファイズの時と同等……もしくはそれ以上の力を持っていた。
 対して木場もまた、自らを、ケンタウロスを連想させる姿……ホースオルフェノク激情態と変えウルフに向かって突進する。
 蹴りのウルフと剣戟のホース。両者譲る事なく、互いに攻撃を仕掛ける。
 ……人間では、到底不可能な動きで。
「木場。お前、本気か!?」
 二人の影が、ヒトの姿となって会話する。
「本当に理想を捨てたのか!?」
「そうだ! その証拠に、俺はお前を倒す! 例えお前が、オルフェノクであっても」
「良いぜ」
 さらりと乾はそう言い放つ。
「お前のやりたかった事を俺がやる。……お前の理想は、俺が継ぐ!」
 そう言って、互いに殴りあうその姿が。オルフェノクからヒトへ、そしてヒトから再び仮面ライダーの物へと変わる。
 ファイズとオーガ、互いの拳が相手の胸を捕らえるが、元の力が大きい分、オーガの攻撃の方が遥かに強力であった。

 信じる事と疑う事。
 その両方を、木場勇治も、園田真理も……乾巧も味わった。
 多分、この世界はどこよりも残酷で、悪意に満ちているかもしれない。
 ……でもね、同じくらい善意にも満ちてる。俺はそう思ってる。
 悪いのは、全部俺。神なのに、何も出来ない……自分の力も止められない、俺。
「ねえ……どこまでなら、信じられるかな?」
 彼女がもし……もしも、彼を信じきる事ができるなら。
 俺も、もう一度信じてみよう。
 ……人間の持つ、可能性を。
 そして……彼らが、俺を止めてくれる事を……
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