生者の墓標、死者の街

【その32:錆戦撃破 ―イクサ―】

 琢磨がロブスターオルフェノクとの戦闘を開始していた頃。
 侑斗とデネブは、目の前の異形……メデューサレジェンドルガと対峙していた。
「私の相手はお前達かい?」
「そう言う事になるな」
 きつく睨みつけながら侑斗が答える。その手には、既にゼロフォーム用のカードが握られており、いつでも変身可能の体勢に入っている。
 そんな彼の様子を、メデューサは蛇のような舌で唇を軽く舐め……
「私はね、恐怖に怯える人間を丸呑みにするのが、一番の好物なのさ!」
 嬉しそうなその言葉と同時に、彼女の頭部を形成していた大蛇が、大きく口を開いて侑斗とデネブにそれぞれ襲い掛かる。
 言葉通り、彼らを丸呑みにするために。
「……ちっ!」
「侑斗、大丈夫か!?」
 軽く舌打ちをしてそれをかわした侑斗に、デネブも何とか大蛇の毒牙から逃れて問う。
 ……自分の心配をしろと言いたくなるが、そんな事を言っている場合でない事は百も承知。侑斗は一瞬だけ、物言いたげにデネブを睨んだ後、カードを構え……
「デネブ!」
「了解!」
「変身!」
『CHARGE AND UP』
 電子音が響き、侑斗の体を赤茶色のオーラアーマーが包む。……ゼロノス、ゼロフォーム。錆ついた、時の戦士。
 同時にデネブも、一瞬だけイマジンの姿に戻った後、ゼロフォーム専用マシンガン型の武器、デネビックバスターへと変化する。
「へえ……さすがキバの仲間。変身するとはね」
 変身した侑斗を見て、それでもなお余裕気に笑いながら言ったメデューサに、侑斗はカチャリとデネビックバスターを構え……
「最初に言っておく。俺達はかーなーり、強い!」
「ついでに言っておく! 食べ物は良く噛んで飲み込まないと、太る!」
 侑斗の決め台詞の後、デネブの一言がこだまする。
 ……一瞬の静寂。そして……
「……気にしている事を!」
 世の女性の殆どを敵に回す様な発言をしたデネブに、メデューサは怒ったように吐き捨て襲い掛かる。
 現代社会では、一般的な女性に向かって「太る」は得てして禁句なのだが、それが理解できるデネブではない。
 ……そう言う点では、メデューサも女性と言う事か。
「馬鹿! 何怒らせてるんだよ!?」
「え、だって本当の事だぞ?」
「そういう問題か!」
 互いに言い合いながら、侑斗は自らを引き裂きにかかるメデューサの攻撃を軽やかなステップでかわす。
 錆びても基本はゼロノスのアルタイルフォーム。身軽さは衰えていない。
「いちいち癪に障る……っ!」
 その身軽さに嫉妬したのか、単純に攻撃が当たらない事に腹を立てたのかは定かではないが、メデューサはそう叫ぶと頭部や腕から数多の大蛇を解き放って侑斗を襲う。
 それらを、体を捻ってかわし、時にはデネビックバスターで撃ち落しながらも、侑斗は冷静に反撃のチャンスを窺っていた。
 下手に喰らえば、自分もレジェンドルガとして操られてしまう可能性がある。
 もっとも、今の彼女の心理状態から考えると、操られるより先に八つ裂きにされて殺されるかもしれないが。
「恐怖に歪んでなくても良いわ。お前は絶対に食ってやる!」
 カッと目を見開いてそう言ったメデューサに、一瞬の隙が生まれたのを、侑斗は見逃さなかった。
 彼女の頭部の二体の大蛇が、彼の正面から口を大きく開け、飲み込まんと襲い来るが……
「そんなに腹が減ってるなら、これでも喰らえ!」
『FULL CHARGE』
 デネビックバスターにフルチャージし、その口に向かって必殺の銃弾、バスターノヴァを放つ。
 ビーム状のその攻撃は、大蛇の口を通り、その勢いを殺さぬままメデューサ本体へと伝播、最終的に彼女の頭部から足に向かってビームが抜ける。
「あ……があぁぁぁっ!!」
 目を見開き、伝説さながら、見た者全てを石へと変化させてしまいかねない、恐ろしい形相を浮かべるメデューサ。
 断末魔の悲鳴も相まって、本当に「化物」と言う表現が良く似合うと、デネブはぼんやりと思う。
「おのれ……こんな、こんな終わりって……!」
「残念だったな。言っただろ、俺達は強いって」
「やっぱり、丸呑みは良くないでしょ?」
「あ……あああああああっ!」
 ギロリと睨みつけるメデューサの視線を真っ直ぐに受け止めつつも、侑斗は冷たく、そしてデネブはどこか抜けている声で言い放つ。
 メデューサの体が散ったのは、その直後。
 ……丁度、ロブスターオルフェノクがサイガによって倒された時であった。

 侑斗とデネブが戦っていた一方で、名護啓介と白峰天斗もまた、緊迫した空気を放っていた。
「名護君。君では勝てない」
「お前のその言葉はもう聞き飽きた」
「そうだな、こちらも言い飽きた。だから……そろそろ終わりにさせてもらおう!」
 その言葉が合図となったように、二人は一歩ずつ下がり、それぞれ変身できる体勢に入る。
「行こうか? ガブっ!」
「変身!」
「ウェイク・アップ!」
 変身と同時にレイキバットが宣言、白峰の……いや、レイの腕に巻かれていたカテナが解き放たれ、彼の最大の武器であるレイクローが装備される。
 イエティの力を取り込んだ人工の「キバの鎧」、レイ。本来は、人間を未知なる脅威から守る為の存在だったそれが、今やレジェンドルガの尖兵となり、襲った者を凍りつかせる真白き殺戮兵器として名護の前に立ち塞がる。
 本来の目的とは対極の使われ方をするそれを見つめ、名護は何を思ったのか。一瞬だけ目を伏せると、やがて彼はイクサナックルを取り出し……
『レ・ジ・イ』
「変身!」
『フィ・ス・ト・オ・ン』
 たどたどしい電子音が響き、名護もまた真白き太陽の聖職者、イクサへとその身を変ずる。
 全てを凍りつかせる雪と、それを溶かす太陽。その二つが再び合い見え、激突する。
 レイクローを振り下ろす白峰に対し、名護はイクサカリバーで受け止め弾き返す。その度に軽く金属のぶつかり合う音が響いては耳の奥にかすかに残る。
「白峰、何故レジェンドルガなどに味方する?」
「決まっているだろう? 生き残る為だ」
「それ程までに、自分の命が大切か?」
「勿論だとも。……君は違うのかい、名護君?」
 イクサカリバーを左のクローで弾き、右のクローで無防備となった名護の体を薙ぎながら、白峰は冷静な声で彼に言葉を返す。
 攻撃された側は大きく飛び退すさった物の、一瞬だけ反応が遅かったらしい。アーマーの胸部には浅くだがクローの傷跡が残った。
 その痕を指でなぞり……名護は、白峰の問いに答えるべく口を開く。
「……俺も、自分の命は大事だ」
「そうだろう。誰だって自分の命は惜しいさ」
 言いながら、再び互いの武器で打ち合う二人。その動きが……止まった。
 イクサカリバーとレイクローの力が拮抗しているのか、武器はただ、ギリギリと音を立てるだけでピクリとも動かない。
 少しでも力を抜けば拮抗は崩れ、斬り裂かれるその緊迫感。
 その中で、名護は憐れむように白峰を見据え、声をかけた。
「……お前は、かつての俺のようだな」
「何?」
「自分の事しか考えていない。……自分が助かる事しか」
「それの何がいけない? 僕は人間の限界を知った。更なる高みを目指すためなら、悪魔にだって魂を売ろう」
 白峰は、成長したかった。レイとして戦いたかったし、強ければ自分は認めてもらえる……そう思っていた。
 そのためには、死んでしまっては意味がない。それに、「人間」のままではレイにはなれない。だから彼は、「人間」である事を捨てた。
 唯一の気がかりは、自分より劣るくせに人間を守っているつもりの名護啓介。
 だから彼は、レジェンドルガとなった後もキバではなくイクサに……名護に戦いを挑んだのだ。
 ……元の世界で喫した敗北は、自身の慢心が招いた結果だと、今の白峰は理解している。そして、レジェンドルガとしての力の使い方も……
「その結果が、これだ!」
 叫ぶように言うと同時に、白峰の周囲の気温が下がる。
 空気中の水分が、急激な冷却によって凝集し、ついには氷の礫となっていく。
「何……!?」
 アーマー越しでも充分に感じられる冷気に、名護の体にも鳥肌が立つ。
 これはまずいと、名護の脳内で警報が鳴り、斬り結んでいた剣を引き離した瞬間。
「もう遅い! 君はここで凍てつくんだ!」
 怒声にも似たその宣言と共に、名護の体を氷の礫が囲い、その身に纏わりつく。ぴしぴしと小さな音を立て、名護に取り付いた礫同士が互いに結びついて、やがては名護を……イクサを、完全に凍りつかせた。
「君はそこで見ていると良い。君の仲間が、倒される様を」
 フフ、と小さく笑いながら、白峰は氷漬けになったイクサに言う。
 自らの勝利を、確信した声で。
 ……だが、次の瞬間。彼は何かを感じ取ったのか大きく後ろへ飛ぶと、イクサを閉じ込めた氷の檻から距離をとった。
「……馬鹿な」
 ピシリ。
「そんなはずはない。絶対零度の氷の檻だ……」
 ピシ、ピシピシッ
「それを……破壊していると言うのか!?」
 ぱきぃぃぃぃっ
 鏡が割れるような、そんな澄んだ音と共に。イクサは氷の檻から再び爆現した。その背に、太陽を背負っているようなイメージすらも纏って。
「イクサは太陽の戦士だ。冬の寒さも、太陽まで凍てつかせる事は出来ない」
「溶かしたと……イクサエンジンを稼動させて、絶対零度の氷を溶かしたというのか!? 命を縮める行為だというのに!?」
 ありえないと言わんばかりに首を振り、白峰は再びレイクローで名護に切りかかる。が、それを軽くかわすと、名護は少しだけ白峰との距離をとり……
「……白峰。お前は、勝てない。お前と俺とでは、背負っている物が違う。その重みも、その価値も」
「な……に…………!?」
「ちっぽけなプライドにしがみついているお前と、人の命の重みを知る今の俺とでは……差がありすぎる!」
「戯言を!」
 冷静さの欠片も見せず、目の前の現実を否定するように、無茶苦茶にクローを振る白峰。
 ……彼にとって、あってはいけない出来事なのだ。
 同じ相手に……まして、見下していた名護啓介に、再び敗北すると言うのは。
 それに何より、人の命の重みなどと言う「自分が捨てた物」に負けるという事も。
「人の命の重み!? 笑わせるな名護啓介!」
「……哀れな魍魎となり果てし、白き戦士よ。お前に白を纏う資格はない」
 襲い掛かる白峰の攻撃を、右腕一本で弾き返しすと、名護は空いている左手で自分の面の口に手を当てる。
 そこにあるのは携帯電話型アームズ……イクサライザー。それを取り外し、彼は片手でコード、「193」を入力する。
「その命、再び神に還しなさい!」
『ラ・イ・ジ・ン・グ』
 電子音が響き、イクサの姿は白き聖職者から、青き聖職者……イクサ・ライジングモードへその姿を変えると、イクサライザーのグリップから青い擬似フエッスル、ライザーフエッスルを取り出し、それをベルトに装着した。
「終わりだ。白峰」
 銃へと変形させたイクサライザーを構え、名護は躊躇なくその引鉄を引く。
 イクサの最強の必殺技、「ファイナルライジングブラスト」と呼ばれるそのエネルギー弾による攻撃が、ほぼゼロ距離で炸裂、白峰の体を穿った。
 ……反動で名護も大きく吹き飛ばされたが、それでも彼は堂々と立ち上がり、ボロボロになった白峰を見やる。
 彼の足元には、完全に破壊されたレイキバットの残骸が落ちており、既に彼の姿は「レイ」ではなく「白峰天斗」に戻っていた。
「何処で、間違った……!?」
「白峰天斗。お前の過ちはたった一つ」
 自らも変身を解き、名護は一人の「人間」として白峰に向き合う。
 もしかしたら自分が辿ったかもしれない未来を、いち早く体現してしまったその男を見つめ……彼は静かな声で言葉を続けた。
「……他人ヒトを守る意味を、見出せなかった事だ」
 その言葉を聞いた瞬間、白峰は微かに微笑む。少なくとも、名護にはそう見えた。だが……次の瞬間には、彼の体は雪となって散ってしまう。
 あとに舞うは粉雪。
 それは地に着く前に溶け、この世から消え去った。
 ……白峰天斗という存在の名残さえ、この世界は許さないかのように……
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