生者の墓標、死者の街
【その31:獅子粉塵 ―サイガ―】
二台のバイクが人気のない道を走っている。どちらも後部に銃器を積み上げ、それを金具で固定している。
前には乾が、その少し後ろを啓太郎が追うように走る。
乾としては……これ以上、誰も巻き込みたくなかった。真理があの白い仮面ライダーに拉致されたのも、全ては自分の責任だとさえ思っている。
いくら悪ぶっていても、彼は根が優しい。故に、自分以外の誰かを戦いに巻き込む事を嫌う。ついて来ている啓太郎をも巻き込むかもしれない……そんな考えが彼の頭を過ぎる。
本当は、ついて来て欲しくない。巻き込みたくない。それでも啓太郎は、頑なな態度を崩さず自分の後をついて来ている。
嬉しいと思う反面、やはり彼を連れて行く訳にはいかない。
そう思い、乾はちらりと啓太郎の方を振り返ると……バイクの後部に乗せていた銃器を止めていた金具をカチャリと外し、ファイズギア以外の武器全てを地に落とす。
それが、わざとだとも知らず。啓太郎は、思わず武器の落ちた方を振り返り、すぐに落とし主の名を呼ぶ。
「たっ君。たっ君!」
呼ばれ、乾はバイクをその場に止める。それを確認した啓太郎もまた、その場にバイクを止め乾が落とした銃器を拾いに向かった。
ちょうど、乾に背を向ける形で。
「……悪いな。…………啓太郎」
普通に聞けば、その言葉は「拾わせて悪い」と言うように聞こえたかもしれない。実際、啓太郎もそう言う意味だと思った。
だから、こう返した。
「良いけどさあ……しっかりして」
と。
だけど振り返ったそこには。既に単身で敵地へと向かったのか、乾の姿は何処にもなく……ただ真っ直ぐに道が伸びているだけの景色が広がっていた。
「……たっ君……?」
一瞬……啓太郎には、自分の置かれた状況が理解出来なかった。
いや、理解「したくなかった」と言った方が正しいのかもしれない。
乾が、自分を巻き込まないために、あえて自分を置いていったなど……考えたくなかった。
――そんなに俺の事、信用できないの……?――
ズキリと、啓太郎の胸が痛む。それが怒りなのか悲しみなのか、よく分らない。ただひたすら、泣きたくなる程の痛みが襲う。
――俺には、見届ける権利もないの?――
「たっ君の……馬鹿……」
拗ねた子供のように、今にも泣き出しそうな声で啓太郎はそう呟くと……
「たっくーん!」
今度は大きくそう叫んでから、その場にすとんとしゃがみ込んだ。
……全てが終わり、帰ってくるであろう乾と真理を、待つために……
どこかのドーム。
恐らくはスマートブレイン所有の物だろう、上空から見たドームの屋根には、社章が印字されている。
そこは今、大勢の観客で賑わっていた。アイドルユニットのコンサートでも、こんなに賑わう事はないかもしれない。そして今起こっている「イベント」は、そんな可愛らしい物では決してない。
アリーナの中央には、鎖によってその場から動く事を許されない「人間」……園田真理が、スポットライトを浴びている。彼女の前には、幾つものポールに囲まれながらも、彼女を威嚇するように吼える巨大な異形……エラスモテリウムオルフェノクの姿。
必死にそこから逃げようと試みるが、真理の腰と彼女を乗せている台をつなぐ鎖は、ただジャラジャラと音を立てるだけ。
「おいちょっと待て、何なんだよ、あのデカイのは!?」
「奴が、海堂と長田とか言う女を殺した張本人だ」
「あいつを張本『人』と言う表現で呼んで良いのかは疑問だがな」
既にヒトとしての理性などない、ただの獣。それを見た巧の問いに、始と蓮が答える。
乾より先に到着した彼らは、アリーナに降り立ち丁度、エラスモテリウムの真後ろにいた。
「のんびりしてる場合じゃないよ! 早くあのお姉ちゃん助けなきゃ!」
「言われなくてもわかってる……!」
リュウタロスに言われ、巧が真理に向かって駆け出したその時。
正面に位置するスクリーンに、「COUNT DOWN!!」の文字が表示された。
同時に観客の歓声が上がり、真理に当たるスポットライトがより一層明るくなる。
……彼女の絶望の表情を、鮮明に映すかの如く。
『にじゅう! じゅうきゅう! じゅうはち!』
二十から始まったカウントダウンに、巧達の表情に焦りの色が浮ぶ。
普段の彼らなら、間に合わない距離ではない。だが、この異様な空気に飲まれている今では……間に合うかどうか、難しい所だ。
「おい、良太郎」
「どうしたの、モモタロス?」
「鳥野郎がいねえぞ?」
ふと気付いたように、周囲を見回していたモモタロスが囁く。
いつからいないのかは分らないが、記憶を辿れば海堂や長田がエラスモテリウムに倒された時には、既にいなかったように思う。
ジークのマイペースぶりは知っているが、この状況下でいないと言うのは……マイペースにも程がある。
……彼がいた所で、今状況を黙って見物してそうな雰囲気ではあるが。
「……本当だ。何処に行っちゃったんだろう……」
「……チッしょうがねえ。今は鳥よりも先に、あっちの姉ちゃんだ!」
苛立ったようにそう言って……モモタロス達は一旦ジークの事を頭から追い出すと、巧の後を追うようにして真理の元へと駆け出して行った。
「見たまえ。解放軍の象徴的な存在であるあの女の無残な姿。もうすぐ全国に放送される。人間共はもう二度と我々に逆らおうとはしないだろう」
薄闇の中、円筒状の水槽に浮ぶ、首だけの村上が楽しそうに言の葉を紡ぐ。そんな村上に、カツカツとヒールの音を立てながらスマートレディが、相変わらず嘘臭い笑顔で近寄り、更に彼女の後ろには、半ば呆れたような表情のジークが立っていた。
彼は、見届ける気なのだろう。
この世界のファイズの戦いを、最も安全なこの部屋で。
「本当に……そうなると思っているのか?」
「どうでしょう。ファイズが、このタイミングで現れない訳がありませんもの」
ジークの問いに答えたのかは定かではないが、スマートレディはそう言うと村上の横に立ち……クスとおかしそうに笑うと、今度は確実に村上へ対して言葉を放つ。
「案外あの子、助かっちゃうかもしれませんよ、社長さん?」
「それは、万に一つもありません」
彼女の言葉を即否定して。
村上は口の端を歪めるようにして笑う。
勝利を確信した……どこか驕ったような、そんな笑顔。
「こちらには、帝王のベルトがあるのですから。……二本の、ね」
一桁にまで減ったカウントと、焦りに歪む真理の顔を眺めながら。
あたかも未来は決定しているかのように、彼は低く呟いた。
その横で、呆れたように見下ろすジークの存在になど、全く気付かずに……
カウントが「0」と表示されたのと同時に、エラスモテリウムを囲んでいた柱達が、ゆっくりと下がっていく。
下がりきったと同時に、それを待ち侘びていたようにゆっくりと……しかし確実にエラスモテリウムは真理の前に歩を進め、その眼前にまで迫り寄る。
「させるか、このデカブツがぁっ!」
真理に向かって大きく口を開けて吼えたエラスモテリウムに向かって、巧はそう怒鳴るとほぼ同時に、真理の体を戒めていた鎖をファイズフォンで撃ち砕く。
巧が撃ち砕いたのは、真理から向かって右側の鎖だけ。しかし同時に、彼女の左側の鎖も、何者かによって撃ち砕かれていた。
「ようやく……この世界の俺の登場か!」
ほっとしたように、だがどこか苛立ったように。巧は銃撃の主を見やる。
バイクに乗って乗り込んできた、「乾巧」を。
「待たせたな」
邪魔をされた事に腹を立てたらしいエラスモテリウムが、乾に向かって駆けていく。が、乾は冷静に自分の手元のファイズフォンに変身コードを入力し……
「こんな所で……お前を死なせやしない!」
『Standing By』
「変身!」
『Complete』
乾がファイズに変身すると同時に、観客から一斉にブーイングが巻き起こる。
四面楚歌……まさにその言葉が、今のファイズには当てはまる。
「畜生……うるせぇ連中だぜ」
「仕方ないよ先輩、彼らからしてみれば、ショーの邪魔されたような物なんだから」
「だけど……こんなの、僕はショーだなんて認めない」
「当たり前だ良太郎。この悪趣味な見世物、ぶち壊すぞ」
モモタロスの言葉に大きく頷き、良太郎は……そしてイマジン達は、自らの腰にベルトを巻き……
『変身!』
五人の声が重なり、電王が並ぶ。
モモタロスが変身した赤のソードフォーム、ウラタロスが変身した青のロッドフォーム、キンタロスが変身した金のアックスフォーム、リュウタロスが変身した紫のガンフォーム、そして良太郎が変身した五色のライナーフォーム。
観客達には見えない戦士が、それぞれ己が武器を構え、既に戦闘開始しているエラスモテリウムとファイズの加勢に入る。
「ウラタロスとキンタロスは、その人を守って。モモタロスとリュウタロスは、僕と一緒に相手の足を止めよう」
「うん!」
「任せとき!」
言うが早いか、比較的遠距離で攻撃できる面々でエラスモテリウムを攻撃し、直接攻撃系の二人は、攻撃で生じる瓦礫から真理を守る。
真理の方へ向かおうとするエラスモテリウムの顔を、モモタロスの刃が思い切り叩き、更に強引に方向を変えるべくリュウタロスの弾丸が胴体に向けて連続で放たれる。
無差別に発射されるエラスモテリウムの「針」は、良太郎がウラロッドで一気に弾き返す。
弾き返しきれなかった一部は、乾がいつの間にか変形させていたバイク……オートバジン・バトルモードを貫き、破壊したが、人的な被害は今の所ない。
「……妙だな」
「何がだ、相川?」
「白い仮面ライダーがいない」
蓮の言葉に、始が油断なく構えながらそう答えた、まさにその瞬間。
ジェット音と共に、エラスモテリウムへ向かうファイズを止めたのは……真理をさらった白い仮面ライダー……サイガ。
彼はアリーナに降り立つと、勢い良くファイズに向かって駆け出し容赦なく攻撃を喰らわせると、そのままよろけたファイズの体を抱えて、この場から引き離すように高く宙へと舞い上がっていく。
「まずい……! 良太郎、乾君、僕は奴を追う!」
「分かりました太牙さん。気をつけて下さい」
「ああ」
「俺も行く。秋山はどうする?」
「残る」
「そうか」
蓮が頷いたのを見て。
始と太牙は、騒がしい方へと駆け出して行った。
「それじゃあ……あのでかい奴、何が何でも止めるぞ!」
「はい!」
オルフェノク態へと姿を変えた巧の声に、力強く頷き……良太郎は獲物を再び真理に定め、むやみに突っ込む巨大オルフェノクへと立ち向かって行った……
自らを抱え、上空へと飛び上がったサイガを半ば無理矢理引き離し、乾は何とか大地との激突を免れた。
しかし、相手は特に悔しそうな様子も見せず……むしろ余裕気な雰囲気さえ漂わせている。
……厄介なのは、相手が背に負うジェット、フライングアタッカー。あれを何とかしない限り、空中に逃げられる可能性がある。
そうなると、絶対的に乾の方が不利であるのは明らかだ。
思うと同時に、乾はアクセルメモリーをファイズフォンのプラットフォームに装着する。
『Complete』
電子音が響くと共に、ファイズの胸部アーマーが展開、面の目が赤く光り、フォトンブラッドも銀に変わる。
高速移動形態、アクセルフォームへとチェンジし、乾は腕のリストウォッチ型ツール……ファイズアクセルのスタータースイッチを押す。
『Start Up』
電子音が響き、乾の動きが、十秒間だけ通常の千倍の早さに加速される。
普通なら、誰もついて来る事の出来ないスピード。だが……サイガは、それと同等のスピードで、飛んだ。
どこかへ誘い込むようにしながら宙を舞うサイガを追い、彼を捉えるべく壁を蹴る。
カウントが残り三秒をきった時。僅かに早い速度で走っていた乾が、とうとうサイガの背を捕らえ、フライングアタッカーを破壊した。
がそれはサイガの致命傷とはならなかったらしい。彼は、完全に破壊される前に操縦桿を引き抜いてトンファーエッジだけを回収すると、相変わらず余裕気に……だが、どこか苛立ったように、乾と対峙した。
太牙と始が騒ぎの元へ到着した時、既に廊下には人だかりが出来ていた。
その真ん中では、ファイズとサイガが殴り合っているように見える。
若干パワー負けしているのか、ファイズの方が圧されている様に見え、周囲の観客もサイガの攻勢に沸いていた。
「……おかしい」
「何がだ?」
眉を顰めて呟いた太牙に、始は特に表情も変えず問い返す。
戦いの空気に違和感はない。
いるべき戦士がここにいて、戦っている。始にとっては、それが全てだったのだが……
「いくらオルフェノクとは言え、あまりにも周囲の反応が早すぎると思いませんか、始さん」
「……確かにな。まるでここで戦う事を分かっていたかのような反応だ」
太牙の言いたかった事に気付き、始もまた小さく頷いた。
高速で移動していた彼らを追う事などそうそう出来るはずがない。自分達でさえも、姿を見失わないようにするのがやっとだったにも関わらず、ここで騒ぐオルフェノク達はまるで待っていたかのような反応を見せている。
それを不審に思いながらも、流れ弾のようにやってくるサイガの攻撃を軽くかわし、太牙と始は申し合わせたようにファイズの蹴りに乗せて、サイガの胸部を派手に蹴り飛ばす。
喰らった本人も自覚しない三人分の蹴りに、サイガの体は狙い済ましたかのように二階席の入り口からアリーナへと、綺麗な弧を描いて叩きつけられる。
それを追うファイズもアリーナへと華麗に着地した。
ゆっくりと立ち上がり、こちらを見つめるサイガに、既に余裕はない。怒りのオーラを隠そうともせず、彼はトンファーエッジにミッションメモリーを差し込み……
『Exceed Charge』
電子音と共に、サイガの武器にエネルギーが蓄えられる。
今のファイズの手元に武器はない。それに気付いた真理は、自身の危険を顧みずアリーナの中を駆け抜け……
「巧ぃっ!」
声を書けると同時に、先程ファイズがエラスモテリウムと戦った際に落とした武器……ファイズエッジを彼に投げ渡す。それを受け取ると、彼は赤い光の刃を現出させ……
『Ready』
音と同時にサイガのトンファーエッジの攻撃をその刃でいなす。
そしてそのまま流れに乗せるように、相手の胴に刃を当て……
『Exceed Charge』
「おおおおおっ!」
気合と共に、フォトンエネルギーがチャージされたその刃で、相手の体を薙いでいく。
彼が刃を振り抜いた後には。
青い炎を発し、その体に赤くΦの文字を刻まれたサイガの姿があった。
「……終わったな。あの白い男は」
アリーナの隅で佇んでいた蓮が呟くとほぼ同時に。
サイガは斬られた時の格好のまま……大量の灰となって、この場で散った……
「天のベルト」が、消えた。って事は、まずはファイズが勝ったって事、だよね。
ほっとした反面、やっぱり俺、近くでその戦いが見られなかった事が悔しい。
可笑しいね。僕は神……「戦車」なんだから、この世界で起こった出来事全てを把握できるのに。近くで見たいなんて欲求……本当に可笑しいよ。
隣に立つ巨人から、何となく音楽が聞こえたような気がして。俺はふと、そいつを見上げる。
そう言えば、こいつは音楽から出来てたんだっけ。
「お前は、やっぱりアバレたい?」
俺の問いに答えるように、巨人はその身の音楽の一部を奏でる。
破壊の為とは思えない、荘厳な音楽。
「ファイズが、次も勝てたなら……お前の出番が来るよ」
だからそれまで。
せめて、もう少しだけ。
「……俺はここで、待ってるからね」
二台のバイクが人気のない道を走っている。どちらも後部に銃器を積み上げ、それを金具で固定している。
前には乾が、その少し後ろを啓太郎が追うように走る。
乾としては……これ以上、誰も巻き込みたくなかった。真理があの白い仮面ライダーに拉致されたのも、全ては自分の責任だとさえ思っている。
いくら悪ぶっていても、彼は根が優しい。故に、自分以外の誰かを戦いに巻き込む事を嫌う。ついて来ている啓太郎をも巻き込むかもしれない……そんな考えが彼の頭を過ぎる。
本当は、ついて来て欲しくない。巻き込みたくない。それでも啓太郎は、頑なな態度を崩さず自分の後をついて来ている。
嬉しいと思う反面、やはり彼を連れて行く訳にはいかない。
そう思い、乾はちらりと啓太郎の方を振り返ると……バイクの後部に乗せていた銃器を止めていた金具をカチャリと外し、ファイズギア以外の武器全てを地に落とす。
それが、わざとだとも知らず。啓太郎は、思わず武器の落ちた方を振り返り、すぐに落とし主の名を呼ぶ。
「たっ君。たっ君!」
呼ばれ、乾はバイクをその場に止める。それを確認した啓太郎もまた、その場にバイクを止め乾が落とした銃器を拾いに向かった。
ちょうど、乾に背を向ける形で。
「……悪いな。…………啓太郎」
普通に聞けば、その言葉は「拾わせて悪い」と言うように聞こえたかもしれない。実際、啓太郎もそう言う意味だと思った。
だから、こう返した。
「良いけどさあ……しっかりして」
と。
だけど振り返ったそこには。既に単身で敵地へと向かったのか、乾の姿は何処にもなく……ただ真っ直ぐに道が伸びているだけの景色が広がっていた。
「……たっ君……?」
一瞬……啓太郎には、自分の置かれた状況が理解出来なかった。
いや、理解「したくなかった」と言った方が正しいのかもしれない。
乾が、自分を巻き込まないために、あえて自分を置いていったなど……考えたくなかった。
――そんなに俺の事、信用できないの……?――
ズキリと、啓太郎の胸が痛む。それが怒りなのか悲しみなのか、よく分らない。ただひたすら、泣きたくなる程の痛みが襲う。
――俺には、見届ける権利もないの?――
「たっ君の……馬鹿……」
拗ねた子供のように、今にも泣き出しそうな声で啓太郎はそう呟くと……
「たっくーん!」
今度は大きくそう叫んでから、その場にすとんとしゃがみ込んだ。
……全てが終わり、帰ってくるであろう乾と真理を、待つために……
どこかのドーム。
恐らくはスマートブレイン所有の物だろう、上空から見たドームの屋根には、社章が印字されている。
そこは今、大勢の観客で賑わっていた。アイドルユニットのコンサートでも、こんなに賑わう事はないかもしれない。そして今起こっている「イベント」は、そんな可愛らしい物では決してない。
アリーナの中央には、鎖によってその場から動く事を許されない「人間」……園田真理が、スポットライトを浴びている。彼女の前には、幾つものポールに囲まれながらも、彼女を威嚇するように吼える巨大な異形……エラスモテリウムオルフェノクの姿。
必死にそこから逃げようと試みるが、真理の腰と彼女を乗せている台をつなぐ鎖は、ただジャラジャラと音を立てるだけ。
「おいちょっと待て、何なんだよ、あのデカイのは!?」
「奴が、海堂と長田とか言う女を殺した張本人だ」
「あいつを張本『人』と言う表現で呼んで良いのかは疑問だがな」
既にヒトとしての理性などない、ただの獣。それを見た巧の問いに、始と蓮が答える。
乾より先に到着した彼らは、アリーナに降り立ち丁度、エラスモテリウムの真後ろにいた。
「のんびりしてる場合じゃないよ! 早くあのお姉ちゃん助けなきゃ!」
「言われなくてもわかってる……!」
リュウタロスに言われ、巧が真理に向かって駆け出したその時。
正面に位置するスクリーンに、「COUNT DOWN!!」の文字が表示された。
同時に観客の歓声が上がり、真理に当たるスポットライトがより一層明るくなる。
……彼女の絶望の表情を、鮮明に映すかの如く。
『にじゅう! じゅうきゅう! じゅうはち!』
二十から始まったカウントダウンに、巧達の表情に焦りの色が浮ぶ。
普段の彼らなら、間に合わない距離ではない。だが、この異様な空気に飲まれている今では……間に合うかどうか、難しい所だ。
「おい、良太郎」
「どうしたの、モモタロス?」
「鳥野郎がいねえぞ?」
ふと気付いたように、周囲を見回していたモモタロスが囁く。
いつからいないのかは分らないが、記憶を辿れば海堂や長田がエラスモテリウムに倒された時には、既にいなかったように思う。
ジークのマイペースぶりは知っているが、この状況下でいないと言うのは……マイペースにも程がある。
……彼がいた所で、今状況を黙って見物してそうな雰囲気ではあるが。
「……本当だ。何処に行っちゃったんだろう……」
「……チッしょうがねえ。今は鳥よりも先に、あっちの姉ちゃんだ!」
苛立ったようにそう言って……モモタロス達は一旦ジークの事を頭から追い出すと、巧の後を追うようにして真理の元へと駆け出して行った。
「見たまえ。解放軍の象徴的な存在であるあの女の無残な姿。もうすぐ全国に放送される。人間共はもう二度と我々に逆らおうとはしないだろう」
薄闇の中、円筒状の水槽に浮ぶ、首だけの村上が楽しそうに言の葉を紡ぐ。そんな村上に、カツカツとヒールの音を立てながらスマートレディが、相変わらず嘘臭い笑顔で近寄り、更に彼女の後ろには、半ば呆れたような表情のジークが立っていた。
彼は、見届ける気なのだろう。
この世界のファイズの戦いを、最も安全なこの部屋で。
「本当に……そうなると思っているのか?」
「どうでしょう。ファイズが、このタイミングで現れない訳がありませんもの」
ジークの問いに答えたのかは定かではないが、スマートレディはそう言うと村上の横に立ち……クスとおかしそうに笑うと、今度は確実に村上へ対して言葉を放つ。
「案外あの子、助かっちゃうかもしれませんよ、社長さん?」
「それは、万に一つもありません」
彼女の言葉を即否定して。
村上は口の端を歪めるようにして笑う。
勝利を確信した……どこか驕ったような、そんな笑顔。
「こちらには、帝王のベルトがあるのですから。……二本の、ね」
一桁にまで減ったカウントと、焦りに歪む真理の顔を眺めながら。
あたかも未来は決定しているかのように、彼は低く呟いた。
その横で、呆れたように見下ろすジークの存在になど、全く気付かずに……
カウントが「0」と表示されたのと同時に、エラスモテリウムを囲んでいた柱達が、ゆっくりと下がっていく。
下がりきったと同時に、それを待ち侘びていたようにゆっくりと……しかし確実にエラスモテリウムは真理の前に歩を進め、その眼前にまで迫り寄る。
「させるか、このデカブツがぁっ!」
真理に向かって大きく口を開けて吼えたエラスモテリウムに向かって、巧はそう怒鳴るとほぼ同時に、真理の体を戒めていた鎖をファイズフォンで撃ち砕く。
巧が撃ち砕いたのは、真理から向かって右側の鎖だけ。しかし同時に、彼女の左側の鎖も、何者かによって撃ち砕かれていた。
「ようやく……この世界の俺の登場か!」
ほっとしたように、だがどこか苛立ったように。巧は銃撃の主を見やる。
バイクに乗って乗り込んできた、「乾巧」を。
「待たせたな」
邪魔をされた事に腹を立てたらしいエラスモテリウムが、乾に向かって駆けていく。が、乾は冷静に自分の手元のファイズフォンに変身コードを入力し……
「こんな所で……お前を死なせやしない!」
『Standing By』
「変身!」
『Complete』
乾がファイズに変身すると同時に、観客から一斉にブーイングが巻き起こる。
四面楚歌……まさにその言葉が、今のファイズには当てはまる。
「畜生……うるせぇ連中だぜ」
「仕方ないよ先輩、彼らからしてみれば、ショーの邪魔されたような物なんだから」
「だけど……こんなの、僕はショーだなんて認めない」
「当たり前だ良太郎。この悪趣味な見世物、ぶち壊すぞ」
モモタロスの言葉に大きく頷き、良太郎は……そしてイマジン達は、自らの腰にベルトを巻き……
『変身!』
五人の声が重なり、電王が並ぶ。
モモタロスが変身した赤のソードフォーム、ウラタロスが変身した青のロッドフォーム、キンタロスが変身した金のアックスフォーム、リュウタロスが変身した紫のガンフォーム、そして良太郎が変身した五色のライナーフォーム。
観客達には見えない戦士が、それぞれ己が武器を構え、既に戦闘開始しているエラスモテリウムとファイズの加勢に入る。
「ウラタロスとキンタロスは、その人を守って。モモタロスとリュウタロスは、僕と一緒に相手の足を止めよう」
「うん!」
「任せとき!」
言うが早いか、比較的遠距離で攻撃できる面々でエラスモテリウムを攻撃し、直接攻撃系の二人は、攻撃で生じる瓦礫から真理を守る。
真理の方へ向かおうとするエラスモテリウムの顔を、モモタロスの刃が思い切り叩き、更に強引に方向を変えるべくリュウタロスの弾丸が胴体に向けて連続で放たれる。
無差別に発射されるエラスモテリウムの「針」は、良太郎がウラロッドで一気に弾き返す。
弾き返しきれなかった一部は、乾がいつの間にか変形させていたバイク……オートバジン・バトルモードを貫き、破壊したが、人的な被害は今の所ない。
「……妙だな」
「何がだ、相川?」
「白い仮面ライダーがいない」
蓮の言葉に、始が油断なく構えながらそう答えた、まさにその瞬間。
ジェット音と共に、エラスモテリウムへ向かうファイズを止めたのは……真理をさらった白い仮面ライダー……サイガ。
彼はアリーナに降り立つと、勢い良くファイズに向かって駆け出し容赦なく攻撃を喰らわせると、そのままよろけたファイズの体を抱えて、この場から引き離すように高く宙へと舞い上がっていく。
「まずい……! 良太郎、乾君、僕は奴を追う!」
「分かりました太牙さん。気をつけて下さい」
「ああ」
「俺も行く。秋山はどうする?」
「残る」
「そうか」
蓮が頷いたのを見て。
始と太牙は、騒がしい方へと駆け出して行った。
「それじゃあ……あのでかい奴、何が何でも止めるぞ!」
「はい!」
オルフェノク態へと姿を変えた巧の声に、力強く頷き……良太郎は獲物を再び真理に定め、むやみに突っ込む巨大オルフェノクへと立ち向かって行った……
自らを抱え、上空へと飛び上がったサイガを半ば無理矢理引き離し、乾は何とか大地との激突を免れた。
しかし、相手は特に悔しそうな様子も見せず……むしろ余裕気な雰囲気さえ漂わせている。
……厄介なのは、相手が背に負うジェット、フライングアタッカー。あれを何とかしない限り、空中に逃げられる可能性がある。
そうなると、絶対的に乾の方が不利であるのは明らかだ。
思うと同時に、乾はアクセルメモリーをファイズフォンのプラットフォームに装着する。
『Complete』
電子音が響くと共に、ファイズの胸部アーマーが展開、面の目が赤く光り、フォトンブラッドも銀に変わる。
高速移動形態、アクセルフォームへとチェンジし、乾は腕のリストウォッチ型ツール……ファイズアクセルのスタータースイッチを押す。
『Start Up』
電子音が響き、乾の動きが、十秒間だけ通常の千倍の早さに加速される。
普通なら、誰もついて来る事の出来ないスピード。だが……サイガは、それと同等のスピードで、飛んだ。
どこかへ誘い込むようにしながら宙を舞うサイガを追い、彼を捉えるべく壁を蹴る。
カウントが残り三秒をきった時。僅かに早い速度で走っていた乾が、とうとうサイガの背を捕らえ、フライングアタッカーを破壊した。
がそれはサイガの致命傷とはならなかったらしい。彼は、完全に破壊される前に操縦桿を引き抜いてトンファーエッジだけを回収すると、相変わらず余裕気に……だが、どこか苛立ったように、乾と対峙した。
太牙と始が騒ぎの元へ到着した時、既に廊下には人だかりが出来ていた。
その真ん中では、ファイズとサイガが殴り合っているように見える。
若干パワー負けしているのか、ファイズの方が圧されている様に見え、周囲の観客もサイガの攻勢に沸いていた。
「……おかしい」
「何がだ?」
眉を顰めて呟いた太牙に、始は特に表情も変えず問い返す。
戦いの空気に違和感はない。
いるべき戦士がここにいて、戦っている。始にとっては、それが全てだったのだが……
「いくらオルフェノクとは言え、あまりにも周囲の反応が早すぎると思いませんか、始さん」
「……確かにな。まるでここで戦う事を分かっていたかのような反応だ」
太牙の言いたかった事に気付き、始もまた小さく頷いた。
高速で移動していた彼らを追う事などそうそう出来るはずがない。自分達でさえも、姿を見失わないようにするのがやっとだったにも関わらず、ここで騒ぐオルフェノク達はまるで待っていたかのような反応を見せている。
それを不審に思いながらも、流れ弾のようにやってくるサイガの攻撃を軽くかわし、太牙と始は申し合わせたようにファイズの蹴りに乗せて、サイガの胸部を派手に蹴り飛ばす。
喰らった本人も自覚しない三人分の蹴りに、サイガの体は狙い済ましたかのように二階席の入り口からアリーナへと、綺麗な弧を描いて叩きつけられる。
それを追うファイズもアリーナへと華麗に着地した。
ゆっくりと立ち上がり、こちらを見つめるサイガに、既に余裕はない。怒りのオーラを隠そうともせず、彼はトンファーエッジにミッションメモリーを差し込み……
『Exceed Charge』
電子音と共に、サイガの武器にエネルギーが蓄えられる。
今のファイズの手元に武器はない。それに気付いた真理は、自身の危険を顧みずアリーナの中を駆け抜け……
「巧ぃっ!」
声を書けると同時に、先程ファイズがエラスモテリウムと戦った際に落とした武器……ファイズエッジを彼に投げ渡す。それを受け取ると、彼は赤い光の刃を現出させ……
『Ready』
音と同時にサイガのトンファーエッジの攻撃をその刃でいなす。
そしてそのまま流れに乗せるように、相手の胴に刃を当て……
『Exceed Charge』
「おおおおおっ!」
気合と共に、フォトンエネルギーがチャージされたその刃で、相手の体を薙いでいく。
彼が刃を振り抜いた後には。
青い炎を発し、その体に赤くΦの文字を刻まれたサイガの姿があった。
「……終わったな。あの白い男は」
アリーナの隅で佇んでいた蓮が呟くとほぼ同時に。
サイガは斬られた時の格好のまま……大量の灰となって、この場で散った……
「天のベルト」が、消えた。って事は、まずはファイズが勝ったって事、だよね。
ほっとした反面、やっぱり俺、近くでその戦いが見られなかった事が悔しい。
可笑しいね。僕は神……「戦車」なんだから、この世界で起こった出来事全てを把握できるのに。近くで見たいなんて欲求……本当に可笑しいよ。
隣に立つ巨人から、何となく音楽が聞こえたような気がして。俺はふと、そいつを見上げる。
そう言えば、こいつは音楽から出来てたんだっけ。
「お前は、やっぱりアバレたい?」
俺の問いに答えるように、巨人はその身の音楽の一部を奏でる。
破壊の為とは思えない、荘厳な音楽。
「ファイズが、次も勝てたなら……お前の出番が来るよ」
だからそれまで。
せめて、もう少しだけ。
「……俺はここで、待ってるからね」