生者の墓標、死者の街
【その30:天対海老 ―アマエ―】
奈落と言う単語が思い浮かぶ程、深い闇の中。
流星塾跡地の地下へと向かった渡達は、その得体の知れない闇の中を、下へ下へと向かっていた。
所々、淡い緑色の明かりが点いており、足元を確認する分には困らない。
……いかに奈落を連想させると言っても、それは比喩でしかない。実際には底がある。
当然、彼らもその「底」に到着し……目の前にある扉を、慎重に開ける。
重苦しい音と共に、中の明かりがゆっくりと闇の中に溶け出し……そして、彼らは見つけた。
広間に堂々と居座る、異形の者達を。
「アークオルフェノク……!」
「やっぱり既にお目覚めだったって訳かよ」
琢磨の驚きの声に続くように、海堂が緊張感に満ちた声で続く。
彼らの視線の先には、バッタを連想させるシルエットを持った、明らかに他とは異なるオルフェノク。白に近い、灰色の体色に、どこか昆虫の羽根を連想させるマントのような物を背につけている。目の色や顔の触覚が「X 」の形をしているようで、カイザに似ていると思えるのは、カイザの……ライダーズギアのモデルとなったと言う事実のせいか。
それに傅 く、海老に似たフォルムのオルフェノクが、彼ら達の声に反応したかのようにこちらに顔を向けた。
「あら? あなた達を招いた覚えはないのだけれど」
「勝手に入ったんだよ。不法侵入って奴だな」
傅いていた方……ロブスターオルフェノクの、あからさまに不愉快そうなその言葉に対し、海堂は飄々とした様子で返し……ちらりと、アークオルフェノクの隣に座る、一人の中年男性に目を向ける。
見かけはごく普通の男だが、そこから流れてくる空気は冷ややかで寒気すら覚える程。何より、男の後ろに揺らめく巨大な影が、男を見た目通りの存在でない事を指し示している。
間違いない。見目こそ人間だが、あの玉座の男こそがレジェンドルガの王……「アーク」と呼ばれる存在であると、渡をはじめ、皆が本能的に悟っていた。
彼の後ろに控えるゴーゴンを連想させる異形も、ロブスターオルフェノク同様、不快そうな空気を露にしている。
「折角これから、ロードに最高の音楽をお聞かせしようと思ったのに」
「邪魔が入りましたね」
頭部に二匹の大蛇を持つ異形、メデューサレジェンドルガとは対照的に、どこか楽しそうに言ったのは彼らより一段低い場所に立っている白いコートの青年。
内側に巻き気味の髪に、白を基調とした服装。綺麗に手入れされた爪を、更に鑢で磨いている。青年の顔は登太牙に良く似ているが、すぐに違うと否定出来る程に邪悪な雰囲気を醸し出している。彼の周囲では銀色の、キバットに似た蝙蝠のような機械がバサバサと舞い踊っている。
「また会いましたね、名護君」
「白峰天斗!」
温和にも見える笑顔だが、白峰の目は笑ってなどいない。
温かみの一切感じられない、底冷えするような笑顔が、名護の警戒心を強めた。
……「異なる世界の自分」が苦手意識を抱いていたと言うその男。人間の姿をした、人間の敵。
「どうやら、あの程度のおもてなしでは物足りなかったようだ。予想よりも随分と早い」
あまり残念そうに聞こえない声で言いながら、白峰はちらりと玉座に座る男に目を向ける。
その両脇には、地上で見たのと同じ様な、虚ろな瞳のオルフェノク達が、低い声で呻いていた。数は、地上にいた時ほど多くはないが、それでもそれなりの数がいるように見える。少なく見積もっても四十はいるだろう。
「まだ、あれだけの敵がいたのか……」
舌打ちせんばかりの勢いで言った真司に、玉座の男はニヤリと笑う。
「……白峰。こいつらを地上に放て」
「……よろしいのですか? ここでけしかければ更に彼らを追い詰める事が出来ますが」
「構わん。こいつらを相手にするのに、音楽が欲しい。それに……弱っているキバを倒すなど、つまらん」
「承知致しました。ロードの仰せのままに」
男の命令に、恭しい態度で一礼すると、白峰は持っていた鑢をタクトのように振るう。それが合図となったのか、レジェンドルガと化したオルフェノク達は、一斉に出口へ向かうと、怨々と呻き声をあげながら、渡達には目もくれず地上へと駆け出していった。
「しまった!」
「さあ……早く我々を倒さないと、被害が増えますよ」
噛み殺しきれない、楽しげな笑いを漏らしながら、白峰があからさまに馬鹿にしたような声で言い放つ。
周辺にはこれと言った人家がある訳ではないが、それでもやがては人に襲い掛かり、混乱を呼ぶだろう。
「人間の悲鳴と言う名の音楽。お前達にも聞かせてやろう」
「いいえ、それでは生温いですわ、ロード」
折っていた膝を伸ばし、メデューサはそう言うと……殺意のこもった視線を、ライダー達に向ける。
彼女自身の両目と、彼女の頭部を形成している二体の大蛇、合計六つの眼が八人を絞め殺さんばかり勢いで睨みつけ……
「あなた達自身が、その音楽 を奏で なさい」
その言葉が合図となったかのように。
それぞれは、自らの「敵」と対峙した。
レジェンドルガの王、アークの前には紅渡と城戸真司。
アークオルフェノクの前には海堂直也と剣崎一真。
白峰天斗の前には名護啓介。
メデューサレジェンドルガの前には桜井侑斗とデネブ。
そして、ロブスターオルフェノクの前には……琢磨逸郎。
「あら、琢磨君。ようやくこっちに来る気になった……と言う訳ではなさそうね」
さして残念そうな様子も見せず、ロブスターは冷たい視線を琢磨に送る。
対照的に、琢磨は憐憫に満ちた目で彼女を見やり、ゆっくりと口を開いた。
「……冴子さん。僕は、やっぱり人間でいたいです」
「どうしてかしら? そのままでは死んでしまうと言うのに?」
琢磨の左手を指しながら、ロブスターオルフェノクは心底不思議そうに問いかける。
……琢磨の身に起こる灰化の速度が上がっている。あと数日、彼の体が保つかどうか分からない。だが……それでも彼は、真っ直ぐに彼女を見つめた。
その瞳に恐怖はない。もはや憐憫の色すらも。
……あるのはただ、彼女を倒すと言う強い意志だけ。
「例えそうだとしても……あと数日の命だとしても、僕は、この選択を後悔しません。今の自分に恥じたくないんです!」
「そう、残念だわ」
ロブスターのその言葉が合図であったかのように、琢磨は持っていたアタッシュケースを開いてベルトを装着、直後にサイガフォンへ変身コード、「315」を入力する。
「変身!」
『Complete』
電子音が響いた刹那、青いフォトンストリームが彼の体を包み、それをつなぐように白色をした、フォトンフレームと呼ばれる鎧が形成される。
紫に光る面の目には、青で「Ψ」の文字を連想させるマークが浮かぶ。左右対称を好むスマートブレインの仮面ライダーにしては珍しく、デザインは左右非対称。
フライングアタッカーと呼ばれるバックパックを背負っており、「天のベルト」と呼ばれる通り空中戦に対応出来る事が一目で分かる仕様。
しかし「帝王のベルト」の名は伊達ではないらしい。その鎧から流れ込む力の大きさに、一瞬だけ琢磨の意識が飛びかける。
――僕がラッキークローバーのメンバーだったとは言え、崩壊し始めた体でどこまで戦えるか分らないけれど――
思いながらも、琢磨はそんな様子を微塵も見せずに、目の前のロブスターに視線を合わせる。
「それは?」
「あなた達を……王を倒すためだけに作られたライダーズギア。この姿は、サイガです」
見た事もない白いライダーに変身した琢磨に、ロブスターは不機嫌その物の声で問い、一方の琢磨はあくまで冷静な声で返し……同時にバックパックの操縦桿でもあるステアコントローラーを引き抜くと、それをトンファーエッジモードと呼ばれる武器形態に変形させた。
形は普通のトンファーだが、本体にブレードがついており、相手を切り裂く接近戦用の武器として認識できる。
「……珍しいわね。琢磨君が、接近戦を仕掛けようとするなんて」
「そうですね。僕は、貴女の知る『琢磨逸郎』じゃなくなったのかもしれない。貴女が、僕の知る……『影山冴子』でなくなったように」
寂しそうにそう呟きくと、琢磨はファイズのアクセルフォームと、ほぼ同等のスピードでロブスターとの間合いを詰める。
「早い……っ!?」
まさか高速移動でこちらに来るとは思ってなかったのか、ロブスターはそう声をあげるので精一杯だったらしい。
次の瞬間には、自分の体にいくつかの切り傷がつけられていた。
「やってくれるわね、琢磨君……!!」
怒りを露にし、ロブスターは無茶苦茶に手の中の細剣を振るうが、琢磨は冷静にそれをトンファーで受け流す。それどころか、彼は開いている方のトンファーでロブスターの体を斬りつけていく。
「あ、ぐぅっ!」
「サイガの……帝王のベルトの力は、傷が完治する暇を与えずに攻撃できる。その気になれば……僕は、貴女を殺す事が、出来る」
慌てて距離をとるロブスターを真っ直ぐ見据えながらも、琢磨はゆっくりと……まるで降参を促すかのように言い放つ。
その言葉が気に触ったのか、ロブスターは右足をダンと踏み鳴らすと、こちらもまた、真っ直ぐ……キッと言う擬音が聞こえそうな視線を彼に向けた。
「脅しのつもり? それで私が怯むとでも?」
「……思いません」
「そうでしょうね。私は弱い人間の心なんて、とっくに捨てたもの」
吐き捨てるように言いながら、今度はロブスターの方から間合いを詰め、琢磨に向かって斬りかかる。
だが、琢磨は冷静にその剣を受け止め、全ての攻撃をいなしつつ正確に彼女の体へ攻撃を加える。先の彼の言葉通り、ロブスターに完治する暇も与えずに。
「嘘よ……っ! 私はっ! 強くなったの! ヒトと言う殻をっ! 心をっ! 捨て去って、強くなったのよ!」
「……人間の心を……相手を思う心を捨てる事が強さだと言うなら、僕は弱いままで良い!」
一際大きな金属音が響き、ロブスターはサイガの攻撃によって大きく吹き飛ばされる。同時に彼女の手からは今まで握っていた剣が弾き飛ばされ、宙でざらりと音を立てて灰と化す。
……彼女の攻撃も、鬼気迫るものがあったのは確かだ。だがそれ以上に、今の琢磨には、かつての彼では考えられない程の強い「信念」があった。
……競り勝ったのは、何も力の強さだけではなく……その「想い」の強さにあったのかもしれない。
「僕は、オルフェノクです。サイガに変身出来ると言う点から見ても、その事実は変わらない」
『Exceed Charge』
音と共にトンファーエッジにチャージされるフォトンエネルギーが、その刃を更に大きく……そして、鋭い物へと変化させていく。
「確かに、貴女はオルフェノクとしては強くなったかもしれない。だけど、『死』から逃げた。でもそれじゃあ……『死』の恐怖と戦っている僕に、勝てるはずがない」
限界まで高められたエネルギーの刃が、ふらりと立ち上がったロブスターを捕らえたのは、本当にその一瞬後の事だった。
気付いた時には、ロブスターとサイガの立ち位置が逆転しており、彼の持っていたトンファーエッジも、いつの間にか腕の前で十字を描くような形に構えられている。
「僕はどんなに怖くても、心までは捨てたくなかった。人に甘えられて、そして誰かに優しく出来る、この心までは」
「琢磨、君……!?」
驚いたように呟いた彼女の体からは。既に、死を示す青い炎が立ち上り始めていた。すれ違い、斬られたのだとようやく気付くが、もはや彼女の体を蝕む「崩壊」は止められない。
二度目の死が……その命の終焉が、既に彼女の眼前まで迫っているのが見て取れた。
「嫌よ……せめてファイズを、乾巧をこの手で引き裂くまでは……私は……私はぁぁぁぁっ!」
「……冴子さん。大好きでした。甘えさせてくれて、ありがとう」
「あ、ああ…………!」
がくりと膝をつき、まるで助けを求めるかのように彼女は腕を伸ばす。
……その先にいたのは誰だったのだろう。彼女が心酔するアークオルフェノクか、それとも彼女の命を奪ったサイガなのか。
だが既に、指先は灰となって消え、どこに向けられた物なのか……もう判断が出来なくなっていた。
「さようなら」
今にも泣きそうな琢磨の声が、最後に彼女に届いたかどうかは分からない。
あとに残るは、水色のΨの文字と。
ロブスターオルフェノクの残骸らしき大量の灰だけだった……
奈落と言う単語が思い浮かぶ程、深い闇の中。
流星塾跡地の地下へと向かった渡達は、その得体の知れない闇の中を、下へ下へと向かっていた。
所々、淡い緑色の明かりが点いており、足元を確認する分には困らない。
……いかに奈落を連想させると言っても、それは比喩でしかない。実際には底がある。
当然、彼らもその「底」に到着し……目の前にある扉を、慎重に開ける。
重苦しい音と共に、中の明かりがゆっくりと闇の中に溶け出し……そして、彼らは見つけた。
広間に堂々と居座る、異形の者達を。
「アークオルフェノク……!」
「やっぱり既にお目覚めだったって訳かよ」
琢磨の驚きの声に続くように、海堂が緊張感に満ちた声で続く。
彼らの視線の先には、バッタを連想させるシルエットを持った、明らかに他とは異なるオルフェノク。白に近い、灰色の体色に、どこか昆虫の羽根を連想させるマントのような物を背につけている。目の色や顔の触覚が「
それに
「あら? あなた達を招いた覚えはないのだけれど」
「勝手に入ったんだよ。不法侵入って奴だな」
傅いていた方……ロブスターオルフェノクの、あからさまに不愉快そうなその言葉に対し、海堂は飄々とした様子で返し……ちらりと、アークオルフェノクの隣に座る、一人の中年男性に目を向ける。
見かけはごく普通の男だが、そこから流れてくる空気は冷ややかで寒気すら覚える程。何より、男の後ろに揺らめく巨大な影が、男を見た目通りの存在でない事を指し示している。
間違いない。見目こそ人間だが、あの玉座の男こそがレジェンドルガの王……「アーク」と呼ばれる存在であると、渡をはじめ、皆が本能的に悟っていた。
彼の後ろに控えるゴーゴンを連想させる異形も、ロブスターオルフェノク同様、不快そうな空気を露にしている。
「折角これから、ロードに最高の音楽をお聞かせしようと思ったのに」
「邪魔が入りましたね」
頭部に二匹の大蛇を持つ異形、メデューサレジェンドルガとは対照的に、どこか楽しそうに言ったのは彼らより一段低い場所に立っている白いコートの青年。
内側に巻き気味の髪に、白を基調とした服装。綺麗に手入れされた爪を、更に鑢で磨いている。青年の顔は登太牙に良く似ているが、すぐに違うと否定出来る程に邪悪な雰囲気を醸し出している。彼の周囲では銀色の、キバットに似た蝙蝠のような機械がバサバサと舞い踊っている。
「また会いましたね、名護君」
「白峰天斗!」
温和にも見える笑顔だが、白峰の目は笑ってなどいない。
温かみの一切感じられない、底冷えするような笑顔が、名護の警戒心を強めた。
……「異なる世界の自分」が苦手意識を抱いていたと言うその男。人間の姿をした、人間の敵。
「どうやら、あの程度のおもてなしでは物足りなかったようだ。予想よりも随分と早い」
あまり残念そうに聞こえない声で言いながら、白峰はちらりと玉座に座る男に目を向ける。
その両脇には、地上で見たのと同じ様な、虚ろな瞳のオルフェノク達が、低い声で呻いていた。数は、地上にいた時ほど多くはないが、それでもそれなりの数がいるように見える。少なく見積もっても四十はいるだろう。
「まだ、あれだけの敵がいたのか……」
舌打ちせんばかりの勢いで言った真司に、玉座の男はニヤリと笑う。
「……白峰。こいつらを地上に放て」
「……よろしいのですか? ここでけしかければ更に彼らを追い詰める事が出来ますが」
「構わん。こいつらを相手にするのに、音楽が欲しい。それに……弱っているキバを倒すなど、つまらん」
「承知致しました。ロードの仰せのままに」
男の命令に、恭しい態度で一礼すると、白峰は持っていた鑢をタクトのように振るう。それが合図となったのか、レジェンドルガと化したオルフェノク達は、一斉に出口へ向かうと、怨々と呻き声をあげながら、渡達には目もくれず地上へと駆け出していった。
「しまった!」
「さあ……早く我々を倒さないと、被害が増えますよ」
噛み殺しきれない、楽しげな笑いを漏らしながら、白峰があからさまに馬鹿にしたような声で言い放つ。
周辺にはこれと言った人家がある訳ではないが、それでもやがては人に襲い掛かり、混乱を呼ぶだろう。
「人間の悲鳴と言う名の音楽。お前達にも聞かせてやろう」
「いいえ、それでは生温いですわ、ロード」
折っていた膝を伸ばし、メデューサはそう言うと……殺意のこもった視線を、ライダー達に向ける。
彼女自身の両目と、彼女の頭部を形成している二体の大蛇、合計六つの眼が八人を絞め殺さんばかり勢いで睨みつけ……
「あなた達自身が、その
その言葉が合図となったかのように。
それぞれは、自らの「敵」と対峙した。
レジェンドルガの王、アークの前には紅渡と城戸真司。
アークオルフェノクの前には海堂直也と剣崎一真。
白峰天斗の前には名護啓介。
メデューサレジェンドルガの前には桜井侑斗とデネブ。
そして、ロブスターオルフェノクの前には……琢磨逸郎。
「あら、琢磨君。ようやくこっちに来る気になった……と言う訳ではなさそうね」
さして残念そうな様子も見せず、ロブスターは冷たい視線を琢磨に送る。
対照的に、琢磨は憐憫に満ちた目で彼女を見やり、ゆっくりと口を開いた。
「……冴子さん。僕は、やっぱり人間でいたいです」
「どうしてかしら? そのままでは死んでしまうと言うのに?」
琢磨の左手を指しながら、ロブスターオルフェノクは心底不思議そうに問いかける。
……琢磨の身に起こる灰化の速度が上がっている。あと数日、彼の体が保つかどうか分からない。だが……それでも彼は、真っ直ぐに彼女を見つめた。
その瞳に恐怖はない。もはや憐憫の色すらも。
……あるのはただ、彼女を倒すと言う強い意志だけ。
「例えそうだとしても……あと数日の命だとしても、僕は、この選択を後悔しません。今の自分に恥じたくないんです!」
「そう、残念だわ」
ロブスターのその言葉が合図であったかのように、琢磨は持っていたアタッシュケースを開いてベルトを装着、直後にサイガフォンへ変身コード、「315」を入力する。
「変身!」
『Complete』
電子音が響いた刹那、青いフォトンストリームが彼の体を包み、それをつなぐように白色をした、フォトンフレームと呼ばれる鎧が形成される。
紫に光る面の目には、青で「Ψ」の文字を連想させるマークが浮かぶ。左右対称を好むスマートブレインの仮面ライダーにしては珍しく、デザインは左右非対称。
フライングアタッカーと呼ばれるバックパックを背負っており、「天のベルト」と呼ばれる通り空中戦に対応出来る事が一目で分かる仕様。
しかし「帝王のベルト」の名は伊達ではないらしい。その鎧から流れ込む力の大きさに、一瞬だけ琢磨の意識が飛びかける。
――僕がラッキークローバーのメンバーだったとは言え、崩壊し始めた体でどこまで戦えるか分らないけれど――
思いながらも、琢磨はそんな様子を微塵も見せずに、目の前のロブスターに視線を合わせる。
「それは?」
「あなた達を……王を倒すためだけに作られたライダーズギア。この姿は、サイガです」
見た事もない白いライダーに変身した琢磨に、ロブスターは不機嫌その物の声で問い、一方の琢磨はあくまで冷静な声で返し……同時にバックパックの操縦桿でもあるステアコントローラーを引き抜くと、それをトンファーエッジモードと呼ばれる武器形態に変形させた。
形は普通のトンファーだが、本体にブレードがついており、相手を切り裂く接近戦用の武器として認識できる。
「……珍しいわね。琢磨君が、接近戦を仕掛けようとするなんて」
「そうですね。僕は、貴女の知る『琢磨逸郎』じゃなくなったのかもしれない。貴女が、僕の知る……『影山冴子』でなくなったように」
寂しそうにそう呟きくと、琢磨はファイズのアクセルフォームと、ほぼ同等のスピードでロブスターとの間合いを詰める。
「早い……っ!?」
まさか高速移動でこちらに来るとは思ってなかったのか、ロブスターはそう声をあげるので精一杯だったらしい。
次の瞬間には、自分の体にいくつかの切り傷がつけられていた。
「やってくれるわね、琢磨君……!!」
怒りを露にし、ロブスターは無茶苦茶に手の中の細剣を振るうが、琢磨は冷静にそれをトンファーで受け流す。それどころか、彼は開いている方のトンファーでロブスターの体を斬りつけていく。
「あ、ぐぅっ!」
「サイガの……帝王のベルトの力は、傷が完治する暇を与えずに攻撃できる。その気になれば……僕は、貴女を殺す事が、出来る」
慌てて距離をとるロブスターを真っ直ぐ見据えながらも、琢磨はゆっくりと……まるで降参を促すかのように言い放つ。
その言葉が気に触ったのか、ロブスターは右足をダンと踏み鳴らすと、こちらもまた、真っ直ぐ……キッと言う擬音が聞こえそうな視線を彼に向けた。
「脅しのつもり? それで私が怯むとでも?」
「……思いません」
「そうでしょうね。私は弱い人間の心なんて、とっくに捨てたもの」
吐き捨てるように言いながら、今度はロブスターの方から間合いを詰め、琢磨に向かって斬りかかる。
だが、琢磨は冷静にその剣を受け止め、全ての攻撃をいなしつつ正確に彼女の体へ攻撃を加える。先の彼の言葉通り、ロブスターに完治する暇も与えずに。
「嘘よ……っ! 私はっ! 強くなったの! ヒトと言う殻をっ! 心をっ! 捨て去って、強くなったのよ!」
「……人間の心を……相手を思う心を捨てる事が強さだと言うなら、僕は弱いままで良い!」
一際大きな金属音が響き、ロブスターはサイガの攻撃によって大きく吹き飛ばされる。同時に彼女の手からは今まで握っていた剣が弾き飛ばされ、宙でざらりと音を立てて灰と化す。
……彼女の攻撃も、鬼気迫るものがあったのは確かだ。だがそれ以上に、今の琢磨には、かつての彼では考えられない程の強い「信念」があった。
……競り勝ったのは、何も力の強さだけではなく……その「想い」の強さにあったのかもしれない。
「僕は、オルフェノクです。サイガに変身出来ると言う点から見ても、その事実は変わらない」
『Exceed Charge』
音と共にトンファーエッジにチャージされるフォトンエネルギーが、その刃を更に大きく……そして、鋭い物へと変化させていく。
「確かに、貴女はオルフェノクとしては強くなったかもしれない。だけど、『死』から逃げた。でもそれじゃあ……『死』の恐怖と戦っている僕に、勝てるはずがない」
限界まで高められたエネルギーの刃が、ふらりと立ち上がったロブスターを捕らえたのは、本当にその一瞬後の事だった。
気付いた時には、ロブスターとサイガの立ち位置が逆転しており、彼の持っていたトンファーエッジも、いつの間にか腕の前で十字を描くような形に構えられている。
「僕はどんなに怖くても、心までは捨てたくなかった。人に甘えられて、そして誰かに優しく出来る、この心までは」
「琢磨、君……!?」
驚いたように呟いた彼女の体からは。既に、死を示す青い炎が立ち上り始めていた。すれ違い、斬られたのだとようやく気付くが、もはや彼女の体を蝕む「崩壊」は止められない。
二度目の死が……その命の終焉が、既に彼女の眼前まで迫っているのが見て取れた。
「嫌よ……せめてファイズを、乾巧をこの手で引き裂くまでは……私は……私はぁぁぁぁっ!」
「……冴子さん。大好きでした。甘えさせてくれて、ありがとう」
「あ、ああ…………!」
がくりと膝をつき、まるで助けを求めるかのように彼女は腕を伸ばす。
……その先にいたのは誰だったのだろう。彼女が心酔するアークオルフェノクか、それとも彼女の命を奪ったサイガなのか。
だが既に、指先は灰となって消え、どこに向けられた物なのか……もう判断が出来なくなっていた。
「さようなら」
今にも泣きそうな琢磨の声が、最後に彼女に届いたかどうかは分からない。
あとに残るは、水色のΨの文字と。
ロブスターオルフェノクの残骸らしき大量の灰だけだった……