生者の墓標、死者の街

【その3:突発戦闘 ―バトル―】

 買い物帰りの良太郎の耳に、突然甲高い音が聞こえた。
「え? 何、この音……?」
 周囲を見渡すが、特に何もない。最近ではめっきり見かけなくなった公衆電話の方から聞こえるが、電話その物の音でもない。
 きぃん、きぃん、と耳鳴りのような音が絶え間なく響き……
「良太郎!」
「へ……?」
 自分の名を呼んだのが真司だと思うと同時に、良太郎の体に、何かがぶつかったような衝撃が走る。
「へぇぇぇぇ!?」
 突然の衝撃に間の抜けた声を上げ、思わずその場に倒れこむ良太郎。その場にあった石に頭をぶつけはしたが、買い物袋の中身が無事だったのは不幸中の幸いか。思いつつ、彼は視線を上げ……その先に、信じ難い光景を見た。
 今まで自分が立っていた位置に、真司が立っている。それは別に、良い。いや、突き飛ばされたと言う事実を考えれば良いとは言い難いのだが、真司がいる事は当たり前だ。それよりも問題は、彼の首に白い、ファーのような物が巻きついている事だ。
 まるで、真司の首を締め上げるように、公衆電話から……正確には、そのボックスから伸びていた。
「き、城戸さん!?」
「来るな、良太郎!」
 心配げに声をあげた良太郎に向かって、真司の怒号が飛ぶ。だが、それで怯む良太郎ではない。慌てて真司に駆け寄り、その白い紐状の「なにか」を引き剥がしにかかる。
 だが紐の方も、物凄まじい力で真司を引き寄せている。
 まるで、彼をどこかへ引きずり込もうとしているかのように。
「……いいから、逃げろ、良太郎」
「そんな事、できる訳ないじゃないですか」
 苦しげに呻く真司を見捨てる事も出来ず、良太郎は必死の形相でその紐を引き剥がそうともがく。
 それでも、ズルズルと引きずられ、とうとうボックスと衝突する……そう思った瞬間だった。
「どけ、野上!」
 聞き覚えのある声が響くと同時に、視界に緑色の閃光が走る。そして次の瞬間には、ぶつり、と音がした。
 刹那、今までこちらを引っ張っていた力が急に失せ、引き戻していた反動で真司と良太郎は派手に転ぶ。
 例の紐が切れた……いや、斬られたのだと判断したのは、身を起こし、自分の視界に、黒地に緑の鎧めいた物を纏った存在が入った時だった。
「助かった……の?」
「まだだ、良太郎!」
 良太郎の問いに、真司が叫ぶように答える。
 それと、ほぼ同時に……異形が、姿を現した。それも、ボックスの壁の中から、唐突に。
 人間より一回りほど大きい、メタリックな印象を受ける白い山羊。
 そうとしか表現の出来ないその異形は、その姿を完全にこちら側へ出すと同時に、大きな咆哮をあげた。
「何、あれ!?」
「ミラーモンスターだ」
 答えたのは真司。その手には、いつか「Milk Dipper」で見た、黒地に金の龍の模様が描かれた、カードケースが握られている。
 そして、真司はそれを構え……いつの間に装着したのか、銀色のベルトに掛け声と共にセットする。
「変身!」
 刹那。
 真司の体を、赤い鎧のような物が包む。
 銀と赤をメインにしており、どこか龍を連想させる戦士……龍騎へと、真司は変身した。
「っしゃあっ!」
 軽く気合を入れると、ベルトに装着したケースから、一枚のカードを抜き取り、左腕にある、龍の頭を模した「何か」……召喚機とかバイザーとか呼ばれる「それ」にセットする。
『SWORD VENT』
 電子音が響き、どこからともなく剣が現れ、真司の手の中に納まる。
「はあっ!」
 気合と共に、山羊に似たモンスターを切り裂く真司。しかし、持っていけたのは皮一枚のみ。ギリギリのところでモンスターは真司の攻撃をかわし、再び咆哮をあげた。
 その、次の瞬間。
 ボックスの壁から次々と同じ型のモンスターが、もう二体、現れ出でた。
「くそ、これじゃあ……」
 忌々しげに呟く真司。数は多くないが、個々の力がそれなりにある。もう一人、見慣れぬ仮面ライダーがいるとは言え、三体のミラーモンスターを相手に、良太郎を守った状態でどこまで戦い抜けるか……
 そんな、焦りにも似た感情が真司の頭をかすめる。
「ちっ。なかなか厄介な相手だな」
 いつの間にか自分の後ろに立っていた、緑のライダーが小さく舌打ちし、持っていた剣で襲い掛かるモンスターを斬り、吹き飛ばしている。
「おい野上、行けるか?」
「……うん。大丈夫」
 緑のライダーに問われ、良太郎は小さく頷く。
 「行ける」の意味が分からず、真司は思わず振り返り……そして、見た。
 どこからか取り出した銀色のベルトを腰に巻きつけ、黒いパスケースを構える、その瞬間を。
「モモタロス、行くよ」
 そう、呟くように言った後、良太郎は構えたパスケースをベルトにタッチし……
「変身」
『SWORD FORM』
 電子音が響いて、良太郎の体を黒いスーツが覆う。その一瞬後、赤いエネルギーが彼の周囲を取り巻き、鎧へと変化していく。
 気が付けば、割れた桃を連想させる仮面を纏った、仮面ライダーへと、良太郎は変身していた。
「俺、参上!」
 良太郎とは似ても似つかない声で言いつつ、ポーズを決める赤い仮面ライダー。
「はぁん、こいつらが、オデブの言ってた『ミラーモンスター』って奴か」
 感心したように言いつつ、彼は腰につけていたパーツを手馴れた様子で組み上げていく。
 出来上がった武器は……剣。
「良太郎! 久し振りに、行くぜ行くぜ行くぜぇっ!」
 まるで自分が、「良太郎ではない」かのような言葉を吠えると同時に、赤いライダーはミラーモンスターに容赦なく切りかかる。
 それに便乗するように、緑のライダーも勢い良くミラーモンスターに切りかかった。
 ……良太郎が変身したその姿に、真司は見覚えがあった。
 いつだったか、ミラーワールドで戦った、「自分達とは違う」仮面ライダー……ネガ電王。それにひどく似ていると思う。
 カラーリングや声が異なるだけで、武器や戦い方など、まさにネガ電王そのもの。
 今の方が、若干攻撃が派手かもしれないが、それでも、かつて自分を本気で殺そうとしていた存在を思い出すには、充分だった。
「良太郎、君は……」
 ネガ電王だったのか。
 そう言いかけた瞬間、赤いライダーはこちらを振り向き……持っていた剣を振り下ろした。
 ……自分にではなく、自分の後ろにいた、ミラーモンスターに向かって。
「馬っ鹿野郎! ぼさっとしてんじゃねえ!」
「あ、ああ……すまない」
 赤いライダーの怒声に気圧されて、思わず謝る真司。
 それを聞いた赤いライダーは、鼻で笑い……
「わかりゃあ良いんだよ。言っとくけどなぁ、俺の足、引っ張んじゃねぇぞ?」
「……分かってる」
「上等だ」
 言うと同時に、赤いライダーは持っていたパスを再びベルトに翳し……
『FULL CHARGE』
 電子音の宣言と共に、エネルギーが彼の持つ剣へと収束されていく。
 そして……
「俺の必殺技、パートツー、ダッシュ!」
 叫ぶと同時に、剣先が飛ぶ。横、縦、そして最後にもう一度、縦。
 喰らったミラーモンスターは……そのエネルギーに耐え切れず、爆発、四散した。
 一方、緑のライダーも、ベルトにさしていたカードを引き抜き、持っていた剣の柄にセットしていた。
『FULL CHARGE』
 赤いライダーより、いくらか低い電子音が響き……一瞬にして、緑のライダーは相手との距離を詰める。
「おおりゃあっ!」
 気合一閃。断ち切られたミラーモンスターは。「A」と言う字に似た傷跡を残しつつ、やはり爆散した。
「……残ってるの、俺だけ!?」
 しまった、と言わんばかりに、最後に残った一体と対峙する。
 本能的に不利を悟ったのか、その一体はじりじりと後退し始めている。だが、ここで逃がす訳には行かない。ここで逃がせば、きっとまた別の人間が襲われる。
 そんな事が、許せるはずもない。
「逃がすか!」
『STRIKE VENT』
 再びカードをバイザーにセットし、ドラグクローを召喚する。
 そして……昇竜突破を発動し、その一体を完全に消滅させた。
「……終わったぁ……」
 変身を解き、疲れたように呟く城戸。
 戦闘時間はそう長くはなかったが、色々とありすぎて精神的な疲労を覚えていた。
 見た事もない仮面ライダーに、ネガ電王に似た仮面ライダー。しかも、ネガ電王に似た方は、あの気弱そうな良太郎が変身した姿なのだから驚きだ。
 そう言えば、緑の仮面ライダーは良太郎の事を「野上」と、苗字で呼んでいた。と言う事は、二人は知り合いなのだろうか。
 そんな事を、真司が悶々と考え始めた時。良太郎と緑のライダーが変身を解く。
 緑のライダーに変身していたのは、良太郎と、そう歳が変わらないであろう青年。漆黒の髪色の良太郎とは異なり、染めているのか茶色がかっている。
 どことなく、きつそうな……蓮に似た印象を受ける。
「どうやら、アンタはリュウガって訳じゃ、なさそうだな」
「……え?」
 青年の言葉に、一瞬耳を疑う。
 ……リュウガと言えば、ネガ電王と共に自分達を襲った「黒い龍騎」。
 そいつを、知っている……?
「君は、一体?」
「桜井侑斗だ」
 真司の言葉に端的に答え、侑斗と名乗った青年は一枚のカードを真司に見せた。
 黒地に左側に緑の縦線が入っており、そこにバーコードが刻まれている。先程まで彼が変身していたライダーの姿が真ん中に描かれていて、下の方には横線が八本引かれている。
 カードと言うよりはチケットに近いかもしれない。
 少なくとも、真司達の持つアドベントカードとは別物だ。
「侑斗、リュウガって?」
「野上には前に、少しだけ話したよな。俺達が一度、ミラーワールドって名前の異世界に向かったって事は」
「う、うん。聞いた気がする」
「その時に戦ったのが、リュウガって奴だ」
 さらりと言ってのけたその言葉に、真司は驚きを隠せない。
 リュウガと戦った、と言う言葉にも驚いたが、何より「異世界」と言う、突拍子もない単語に。
 だが、そう言われれば、確かにそうかもしれない。
 ミラーワールドは、明らかにこちら側……この世界とは異なる。左右が反転した異世界。そう考えれば納得が出来る。
「リュウガは、ネガタロスの契約者と手を組んでた。格好は……」
「黒い、俺……龍騎だよ」
「え?」
「……その不思議そうな反応……やっぱり、良太郎はネガ電王って奴じゃないみたいだな」
 心底不思議そうな表情を浮かべた良太郎の顔を見て、真司はそう確信した。
 恐らくネガ電王と、良太郎の変身した姿は、自分とリュウガの関係に近いのだろう。
 変身した時の良太郎の豹変振りには驚いたが……
「ネガ電王を知ってるって……」
 不思議そうに声をあげた瞬間、良太郎が小さく悲鳴を上げ……雰囲気が、変わった。
 髪は逆立ち、一房だけ赤く染まっている。瞳も赤く、どこか野生的な印象を受けた。
 いつだったかこんな格好をした良太郎を見た事がある。……あれは確か、「白衣の変態」と出会う直前だったか……
「何でテメーが、あの物真似ヤローを知ってんだよ?」
「良太郎……?」
 口調も声もがらりと変わっており、いつもの気弱な雰囲気の彼ではない。むしろ、先程まで戦っていた時の彼のような……
 困惑し、彼をまじまじと見つめる。が、次の瞬間。
 またしても、良太郎の体がビクリと揺れ、雰囲気が変わる。
 今度は左で分けられた髪型に、一房だけ青が入っている。普段かけていないはずの黒縁眼鏡の奥では、青い色の瞳が、どこか北岡を連想させるような印象を伴ってこちらに向いている。
「すみません、急に。つい、興奮してしまって。……ってちょっと、リュウタ!?」
 またしても、良太郎の体がビクリと揺れて、雰囲気が変わる。先程までの知的な雰囲気から、どことなく子供っぽい印象に。
 軽くウェーブのかかった前髪に、やはり一房、今度は紫の髪が混ざっている。首からかけたヘッドフォンに、いつの間にかかぶったキャップ。無邪気な笑みを浮かべているが、その紫の瞳はどこか狂気をはらんでいるようにすら見える。
「お前、あいつの事知ってるんだぁ。じゃあ、やっつけるけど良いよね?」
「何言って……」
「答えは聞いて……」
――ちょっと、ダメだってばリュウタロス!――
 良太郎の声が、どこからともなく響く。
 同時に、「紫の良太郎」はうわぁ、と悲鳴を上げ……いつもの良太郎に、その姿を戻した。
 余程疲れたらしい、肩でぜいぜいと息を吐き、その場にがくりと座り込む。
「す、すみません城戸さん……」
「いや、俺は別に……それより、大丈夫か、良太郎?」
「ええ……まぁ。もう慣れたって言うか……」
 苦笑いを浮かべつつ、良太郎は真司の問いにそう答える。
 しかし見たところ、あまり大丈夫ではなさそうだ。「慣れた」とは言っているが、彼の疲労度合いは尋常ではない。
 戦った時の「変身」よりも、今の数分間の「変身」の方が、ダメージが大きそうに思える。
 そんな良太郎に、侑斗は呆れたような視線を投げかけ……
「……相変わらず自分のイマジンに振り回されてるんだな」
「最近は……なかったんだけど……」
 侑斗の言葉に、気弱な笑みを浮かべて良太郎は言葉を返す。
 ……イマジンって、何なんだ?
 そう思いはするものの、今の良太郎の様子では答えられそうにない。
「……とりあえず、近くの喫茶店に行かないか? 俺のお気に入りなんだけど、蓮達と待ち合わせしてるんだ。そこで話そうぜ」
「あ、はい。侑斗も、来ない?」
「何で俺が」
 眉をひそめ、どこか嫌そうに言った侑斗を引きずり、人の良さそうな笑顔を浮かべた真司と、買い物袋を持った良太郎、そしてどこまでも不機嫌そうな侑斗は、その「喫茶店」へと向かって行った。
3/42ページ
スキ