生者の墓標、死者の街

【その29:惨劇秒読 ―シタク―】

 それは丁度、スマートブレイン本社で海堂直也がエラスモテリウムオルフェノクに喰われた瞬間。
 野上良太郎とつながっていたイマジン達もまた、その光景を「見て」しまっていた。
 巨大な敵に無惨にも咀嚼され、その命を散らしていく様を。
「う……うわああぁぁっ!」
 唐突に上がったリュウタロスの悲鳴に、何も知らない太牙と巧は不審そうな表情を向ける。
 ウラタロスとキンタロスは、その悲鳴の意味を分かっているためか、沈痛な面持ちで巧に視線を向けていた。
「……何だよ?」
「鳥のお姉ちゃんと、蛇さんがぁ……」
 怯えたように自身の体を抱きすくめながら、リュウタロスは涙声で巧の言葉に答える。いや、答えようとしている、と言った方が良いのか。
 その先の言葉は、彼の口から出てくる事はなかった。
 恐らく「鳥のお姉ちゃん」は長田で、「蛇さん」は海堂の事だろう。そして彼の反応からすると……
「死んだ……のか?」
 巧の問いに、リュウタロスは顔を伏せ、震えながら頷く。
 余程怖い物でも見たかのようなその反応に、太牙も不審に思ったのだろう。冷静そうな……それでもやはり苦しそうな表情を浮かべているキンタロス達に顔を向け、口を開く。
「……何があったのかな?」
「良太郎通して見た感じやと、えらくデカいオルフェノクっちゅー奴に…………やられたみたいや」
 喰われたとは流石に言えなかったのか、一瞬だけ言葉につまりながらも、キンタロスは事実を巧達に伝える。
「くそっ!」
 それを聞いた巧は、悔しげに近くの壁に拳を叩きつける。刹那、ゴッという鈍い音が室内に響き、人間解放軍の面々が不審そうに辺りを見回す。しかし巧達の姿は見えていないせいか、僅かに顔を顰めるだけだった。
 元の世界では生きている海堂が、この世界では死んだ。それは、巧にとって予想していなかっただけに、あまりにもショッキングな出来事であった。
 本当は今すぐにでもそちらに駆けつけたいが、ここに残ると言ったのは自分自身だ。周囲を囲む、キナ臭い気配が消えない以上、この場を離れるのは不安でならない。
「悔しいな。僕達は、何も出来ないのか……?」
 左手をきつく握り締め、太牙も悔しそうに呟く。
 ……彼らの気持ちは、イマジン達には良く分かる。傍観者である事の辛さは、彼らも経験した事があるのだから。
「だったら……こっちは、何が何でも守らなきゃいけないね」
「当然だ。何があっても……最低限、真理と啓太郎だけは……」
 ちらり、と名を挙げた二人に目をやり……ふと思い出したように、ウラタロス達に視線を戻した。
「そう言えば、木場は!? あいつはどうなった!?」
「……それは……」
「……生きてるよ…………まだ」
 珍しく答えにくそうにしているウラタロスの言葉を継ぐように、今度はリュウタロスが答えを返す。
 だが、何故だろう。その声はあまりにも冷たく、巧の……そして、太牙の背に冷たい物が走る。
龍太リュウタ?」
「でもお馬さん、潰されちゃった」
「何だよそれ……どう言う意味だ?」
 冷たい声のまま淡々と言うリュウタロスの言葉の意味を図りかね、それでも何か不穏な気配を感じたらしい巧が、眉を顰めながら問いかける。
 だが、その問いに答えたのは奇妙な……冷たい笑顔を浮かべているようにも見えるリュウタロスではなく、その横で苦笑いを浮かべたウラタロスと、明らかに憮然とした表情になっているキンタロスの二人であった。
「そのままだよ。物理的な面ではギリギリで大丈夫みたいだけど、精神的な面では……駄目だろうね」
「あいつらのやり方、気に食わん!」
「お前らだけで理解するな。俺らにもわかるように説明しろ」
「しても良いけど……君、これ知ったら多分怒ると思うよ?」
「……知らないよりマシだろ」
 真っ直ぐにこちらを見つめる巧に、それでも答え難いのか、珍しくウラタロスが困ったように口ごもった瞬間。
 それを説明したのは、不機嫌その物のリュウタロスであった。
「……僕らをここに連れてきた奴。あいつが、そこのお姉ちゃんに化けて、嘘吐いたんだ」
 ここに連れてきた奴、と言うのはスマートレディの事だろう。そして……お姉ちゃんとは、真理の事を指しているらしい。
 しかし、嘘を吐いたとはどう言う事なのか。
「お姉ちゃんが、お馬さん達を裏切ったって。『信用できないから、早く死んで』って」
「仲間を殺されて傷ついた所で、信じとる人間に裏切られたと思い込ます……余程の事でない限り、相手の心は潰れるで」
 リュウタロスに続くように、キンタロスが言う。
 そこまで言われ、巧はかつてを思い出す。
 人間に絶望し、オルフェノクとして生きようとした頃の木場の事を。
 人間を愛していたからこそ、裏切られたと感じた時の悲しみが大きく、絶望に至った彼。
 それと同じ事が今、彼の身に起こっているのではないのか。
 そう考えると、今まで押さえ込んできた怒りが、再び沸々とこみ上げてくる。
 人の命を、そして心を弄び、潰す。そんな陰険な手段に出るのは、間違いなく……村上峡児だと、本能的に理解できた。
「そんな! 園田さんがそんな事を言うはずがないだろう! そもそも、彼女はここに……」
「だけど、彼はそれを知らない。付き合いは確かに長いかもしれないけど、仲間が……大切な誰かが死んだら、心って弱くなるよねぇ?」
 ウラタロスのその皮肉気な言葉に、太牙も言葉を詰まらせる。
 最愛の人が死んだ時の事を、思い出して。
 ……あの時、彼女を殺したのは渡だと思った。だから、彼が弟だと分かっていても殺そうとした。
 実際は彼の補佐である、ビショップが殺したとは知らずに。
 その状況と、今の木場と言う男の状況は、重なるのではないのか。
 もしもそうならば……彼は「真理に裏切られた」と思い込んだまま、人間を憎み、殺そうとするのではないか。
「何て卑怯な……!」
「村上のやりそうな手だな。やっぱりあいつは、俺の手で潰す……!」
「ダメだよ」
 怒り心頭の二人を止めたのは、明らかに奇妙な笑顔を浮かべているリュウタロス。
 いつもの無邪気な彼からは想像できない程、冷たく、残酷な目をしているように、巧も太牙も見受けられた。
 そして……それなりに付き合いのあるウラタロス達は知っている。
 ……そんな目をしている時の彼は、かなり本気で怒っていると言う事を。
「あの首だけの奴、僕がやっつけるんだから」
「お前……」
「だって僕、あいつ嫌いだもん。良いよね? 答えは聞かないけど」
 にこやかな笑顔が、逆に怖い。
 その時はじめて、巧も太牙も認識した。
 ……彼もまた、人にあらざる者であった事を。
「……俺、最後まで見守りたいんだ。この戦いの結末を」
 唐突に、自分の近くで誰かがぽつりと呟いた言葉を巧が耳にした刹那。
 この世界に来てから何度目かの爆音と共に、ライオトルーパー達を率いた、白い仮面ライダーがこの場所を襲った。
 まるで感傷に浸る暇など与えぬかのように。
「あれは……!」
「あの野郎……狙ってたのか!?」
 あまりにもタイミングの良すぎる襲撃に、忌々しげに巧は吐き捨てる。
 乾に目を向けると、彼は既にファイズに変身し、白いライダーに向かってバイクを走らせている所だった。
「あの白い奴は、彼に任せよう」
「俺らは、他の連中を守った方がええ!」
「言われなくても分かってるよ!」
 白いライダーも気になるが、それより今は他のオルフェノクの方が要注意だ。ひょっとしたら、白いライダーはファイズを……乾をひきつける為の囮かもしれない。少なくとも、ウラタロスが敵ならそうする。
 敵の主力を引き付け、その隙に鬱陶しい雑多な者達……これと言った力を持たぬ人間を、殺す。
 強大な力を持つファイズならともかく、ただの人間にオルフェノクを倒す事などまず不可能だ。
 そう考え、いつでも変身できるように構えつつも、巧達は慌てて外に出る。
 少し離れた所に、一体のオルフェノク……多分、ライオンオルフェノクと呼ぶべきであろう者と、それに向かって銃器で攻撃する男達と真理の姿が視界に入った。
「真理……!」
「……! 真理ちゃん!」
 自分達の近くにいた啓太郎もそれに気付いたように、一瞬だけ怯えるような表情を見せたが……すぐに、何かを決心したらしい。前を真っ直ぐ睨み付けると、きゅっと口を引き結んだ。
「こうなったら!」
 言うと同時に、彼は再び建物の中に入る。
「あいつ、何する気や!?」
 慌ててそれを追ったキンタロスが見たのは……机の上においてあった、栄養ドリンクのような褐色瓶。ピンクのラベルに「変身一発」と書かれた物を、今まさに飲み干そうとしている啓太郎の姿だった。
「啓太郎。……お前、死ぬ気か!?」
 キンタロス同様、彼の後を追う様に入ってきた野村とか呼ばれていた男も、心底不安そうな表情で彼に問う。だが、啓太郎が浮べたのは……確固たる「意思」そのもの。
「男には……やらなきゃならない時があるんだ!」
 そう言い放つと、彼はカイザのベルトを腰に巻き、再び建物の外へと出向く。
 ……真理を襲っている、オルフェノクと戦うために。
「啓太郎!」
『Standing By』
「変身!」
 彼は、まるでそれが当たり前であるかのようにカイザフォンに変身コードである「913」を入力し、それをベルトにセットする。
 巧の知る「カイザのベルト」は、誰でも変身可能だが、その反面、ある条件を満たさなければ変身解除後に灰となって死ぬと言う「呪われたベルト」だった。
 この世界のベルトは、ファイズ同様条件が満たされなければ変身拒否エラーとなり、変身すらできないらしいと言う話を聞いている。
 どちらにしろ奇跡でも起きない限り啓太郎が変身し、生き残る事は出来ない。思い、慌ててライオンオルフェノクと啓太郎の間に割って入ろうとした瞬間。
『Complete』
「……何っ!?」
 電子音と、巧の疑惑の声が重なる。同時に、啓太郎の体を黄色いラインが覆った。
 そう理解すると同時に、彼は眩い光に包まれて……更に次の瞬間には紫の目に黄色い「Χ」を連想させる面の戦士、カイザに変身していた。
「ぅあ……わああああぁぁ…………」
 自分が変身できた事に感動したような声を上げ、啓太郎は後ろで驚いたような表情で見つめる野村に向き直る。
「博士!」
 互いにサムズアップを交わしそのまま啓太郎は真理の元へと駆けて行く。真理を守ると言う、その想いだけで。
「うわああああぁぁぁっ!」
 悲鳴じみた叫び声を上げながら、啓太郎は必死にライオンの背に蹴りを放った。
 ……真理の側から、敵を引き離すかのように。
「……啓太郎!?」
 襲われていた真理も、突然の出来事に驚いたような声を上げる。
 目の前に現れたカイザの声は、間違いなく啓太郎の物だったのだから。
 変身できた事にも驚いたが何よりも驚いたのが、普段の気弱そうな彼からは想像も出来ない程の気迫。
 ……それでも、どこか情けないような声が、逆に真理を安心させた。
 ベルトの力に溺れる人間を、今まで何人も見てきたから。
「っでいっ! ……あぁっ!」
 やってきた勢いのまま、啓太郎はライオンの顔に拳を浴びせる。
 カイザのベルトの補助もあってなのか、それともこの過酷な状況を今まで乗り切っていた経験からか。素人とは思えぬ動きで、相手の攻撃をかわしながら、それでも彼は確実に……悲鳴じみた声をあげつつも、攻撃を仕掛ける。
「啓太郎、あいつ……」
「戦い方がまるでなっちゃいない。だけど……何でだろうね、信じても良いような気がする。彼が、勝つと」
 巧達の顔に、不安の色はない。ただひたすらに……太牙の言う通り、信じる気になっていた。
 啓太郎の、へっぴり腰なその戦い方に、イマジン達は思わず良太郎を重ねてしまう。特にキンタロスは、先程の……「変身一発」を飲んだ時の彼を見た分、余計に良太郎と重なって見えた。
 ……自分にできる事をやると言う、その姿勢のせいなのだろう。
「このっ! ちきしょう! 倒れろ! ……っがああっ!」
 吼えながら、何度も相手を殴りつけ……ライオンの体が、大きく吹っ飛んだのを確認すると……
『Exceed Charge』
 電子音が響くと共に、カイザポインターから二つ、金色の四角錐が放たれ、ライオンをロックオンする。
「やあああああああっ!」
 そして……そのまま、啓太郎は片足を前に突き出し、拘束したライオンに向かって必殺のキック、「ゴルドスマッシュ」を放つ。
 後に残されたのは、黄色でΧの文字。それと共に、ライオンは悲鳴と共に爆音の中へと消えていった。
「……嘘ォ……!」
「信じられない……啓太郎の奴、やりやがった!」
 おろおろと、未だに自分がライオンオルフェノクを倒せたという実感が湧かないらしい啓太郎に対し、巧は呆然と……だが、どこか嬉しそうな表情で、小さくガッツポーズをしながら呟いた。
「やった……! やったああああっ!」
 両手を上げ、ようやく勝利したと言う実感から喜びの声をあげる啓太郎。
「凄い……やったね、啓太郎!」
「おま、お前……何ともないのか、体?」
「……あ、そっか。変身したら、死ぬんだっけ。でも……全然平気ですけど」
「……そうか! やはりワシは大天才! 『変身一発』は完璧な発明だ!」
 啓太郎の体に何もない事に自賛しつつ、バシと野村が啓太郎の右胸を叩いた瞬間。
『Error』
「ふえ?」
 電子音の、唐突な宣言と共に。
 啓太郎の腰のベルトが、ざらざらと音を立てて灰化し、消えていく。
 完全に消えると同時に、当然変身も解除され、それまでのカイザの姿から啓太郎の姿へと戻った。
「へ? ……え、え? え、えぇ? 博士、これどう言う……」
「うん、世の中甘くないな。『変身一発』は、一発でお終い、なんてな」
 あっはっはと誤魔化すように空笑いする野村の上空から、ジェット噴射で飛んでくる白い影が一つ。
 ……スマートブレインの帝王のベルトのライダー、サイガ。
 それが今、真理の目の前に降り立ち、彼女に向かってゆっくりと近付き、当て身を食らわせた。
「真理!?」
「しまった!」
 啓太郎の勝利で気分が高揚していたせいで、その存在に対する反応が鈍っていたのだろうか。巧はぎょっと目を見開き、慌てて相手に向かって駆け寄ろうと走る。
 一方で、サイガを追ってきたファイズ……乾もようやく到着するが、時既に遅く。
 意識を失った真理を抱え、サイガはまるで彼ら達を嘲笑うかのように背のジェットを使って飛び去る。サヨナラと言わんばかりに、軽く手まで振って。
「待てよ! 真理をどうする気だ!?」
 必死の形相で走り、宙を舞う白いライダーを追う巧。人間態のままでは追いつけなくなったのか、その姿を即座にオルフェノク態に変え、その強化された跳躍力で飛び上がるが……
 僅かに指先が真理の服の端に触れただけ。掴む事は叶わぬまま、真理とサイガは不似合いな程青い空の彼方へとその姿を消してしまった。
「畜生……畜生、畜生!」
 どんどんと小さくなっていく彼女の姿を見ながら、巧は吠えるように叫ぶ。
「守るって、決めたばっかだろ……何でこんな事になるんだよ……!」
「……焦るな乾君、まだ時間はある」
「何……?」
 人間の姿をとる巧の影が、訝しげな表情を見せる。
 太牙の声に潜む、押し殺しきれない怒りを感じとるが、それなりに冷静なところを見ると何故か大丈夫だと思えてしまう。
「彼らがその気なら、この場で殺したはずだ。それをせずに、連れ去ったと言う事は……」
「……村上が、まだ何か企んでいる……って事かよ?」
「企んでいるとしたら、恐らく公開処刑……だね」
「良太郎を通じて聞いたんや。あの首だけの男が、お前の言う『村上』っちゅー奴なら、そいつが言うとった」
「あのお姉ちゃんを公開処刑して、人間を絶望させる、みたいな事」
「そんな事、させるかよ……」
 イマジン達の言葉を聞きながら、人間の姿に戻り……手が真っ白になるほど拳を固く握り締め、巧は吐き捨てるようにそう呟く。
 爆発しそうな怒りを必死に抑えるように、再びその姿をオルフェノクの物と重ねながら。
 そしてそれは、彼の横に立つ太牙も同じ。怒りが抑えきれていないのか、その顎から頬にかけてステンドグラスのような模様が浮かんでおり、影からは闇色の蛇がうねうねとのた打ち回っている。
 その様子に、三人のイマジンが怯みかけた、その瞬間。
 怪獣の鳴き声にも似た汽笛の音が、彼らの耳に届き、次の瞬間には視界の端にガオウライナーが映る。
 それが、真理を助けるための迎えだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「早く乗れ。今から行くぞ!」
「……ああ!」
 乗車口からかけられた蓮の言葉に頷きながら。
 この世界の「客人達」は、一足先に「処刑場」へと向かったのである。

 カイザのベルトも消えた。
 これで残ったのは、ファイズと帝王のベルト。
 ……人間を守るファイズと、人間を殲滅する帝王のベルト。
 俺は、ファイズに残って欲しい。そうすれば、きっとまだ、人間に希望を持っていられる。
 大人しくゲストの前に出て、正々堂々と戦える。
 だけど、もしもファイズが負けたのなら。
「ねえ、君はどう思う?」
 俺は、横にいる「そいつ」を見上げて、そう問いかける。
 答える事なんて絶対にない。ただ地上を破壊するためだけに生まれた、その存在を。
 ……「そいつ」を見上げて……俺はただ、決着を待つ。
 人間を滅ぼすべきかどうかを、決める為だけに。
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