生者の墓標、死者の街
【その28:宣戦布告 ―カイシ―】
三体のレジェンドルガとの戦いから一夜明けて。
渡の家で眠っていた仮面ライダー達……渡を筆頭に、侑斗、デネブ、一真、海堂、琢磨、真司の七人はレジェンドルガサーチャーの音で叩き起こされた。
「何だよ、これ……!」
画面を見て、最初にそう呟いたのは真司。
ある一ヶ所に、無数のレジェンドルガの反応が固まっている。しかもポインターには何故か「Orphenoch」の文字……
「おいおいおいっ! どう言う事だこりゃ?」
「何故、オルフェノクなんて表記が?」
不審そうに海堂と琢磨が言うが、その問いに答えられる者はいない。
普段は静かな屋敷の中を、機械から発せられるけたたましい警告音だけが響く。
「……とにかく、ここに行けば何か手がかりが掴めるかも知れないって事だろ」
「侑斗の言う通り。急いで行った方が良いかもしれない」
侑斗の提案に、デネブもこくこくと頷き……他の面々も、真剣な表情になってポインターの指し示す所へと向かうべく身支度を整える。
「僕、名護さんに連絡します!」
身支度の必要がない渡が、携帯電話で名護にポイントを伝え……全員、その場へ向かった。
……悲劇の始まりの場所、流星塾跡地へと。
「渡君!」
「お待たせしました、名護さん」
「いや、俺も今到着した所だ」
ポインターの反応した場所に集まった物の、特に何の変哲もない広場で、既に来ていた名護に渡は声をかける。
もう少しで真昼になろうかと言う時間なのに、何故か満月が空に浮かんでいる。
その表を覆うように、黒い「根」のようなものが張り付いていて、それが何かの「目」のようにも見える。瞼を閉じ、まどろんでいる「目」に。
「本当に、ここなのか? 誰も……何もいないが」
「いや、間違いない。レジェンドルガサーチャーはここを指し示している。それに……」
不審そうに言った名護に、一真が真剣な表情で頷く。
一真に同調するように、海堂と琢磨、そしてデネブも緊張した面持ちで周囲を見回している。
「どうした、デネブ」
「……妙な気配がする」
侑斗の問いに、デネブが端的に答えた瞬間。月に張り付いていた「目」がカッと見開かれ……
地面の一部が、跳ね上がった。
同時に、そこに開いた穴から溢れ出すようにして、数多のオルフェノクが彼らの前に立ち塞がる。
その中には、レジェンドルガに洗脳され、レジェンドルガと化したオルフェノクの姿もある。レジェンドルガサーチャーが、その存在を警告していた通りに。
いや、生粋のオルフェノクもいる分、予想していた数よりも遥かに多いかもしれない。
「こいつは……」
ある程度は予期していたとは言え、実際にこの数の相手を目の当たりにすると、やはり苦笑いが浮かぶ。
ただで通してくれるとは思っていなかったが、これ程の数は流石に予想の斜め上をいっている。
どうして純粋なオルフェノクと、レジェンドルガに洗脳されたオルフェノクの二種類がいるのかは定かではないが、どちらも殺意をこちらに向けている以上、敵と認識した方が良さそうだ。
「これは、二人のアークが目覚めたと思った方が良さそうですね」
くい、と眼鏡を上げつつ、琢磨は呟く。残念そうに、そして緊張したように。
……いかに不利な状況であろうとも、引き返す事など出来ない。彼らの向こうに、今回の元凶がいるのだと言うのなら、なおの事。
……彼らは、彼らの守りたい者の為に戦うと、決めたのだから。
「それじゃあ……いっちょやりますか」
真司の言葉に、全員が一斉に頷き……
『変身!』
声が、重なった。
真司は鏡の戦士、龍騎に。
海堂と琢磨は色なき者、スネークオルフェノクとセンチピードオルフェノクに。
一真は封印の戦士、ブレイドに。
侑斗とデネブは時の戦士、ゼロノスアルタイルフォームとベガフォームに。
名護は戦いの聖職者、イクサに。
渡は種の戦士、キバに。
それぞれ、極力自らの力をセーブした状態で戦い始める。王との戦いの前に消耗していては、本末転倒と悟っているからか。
「キバ……キバ、倒す……」
うわ言の様に言いながら、オルフェノクレジェンドルガとも呼ぶべき存在達は真っ直ぐに、キバへ変身した渡へ向かう。
それを渡は蹴散らし、その補佐をするように横に立つ一真が斬り散らす。
ここにいる以上、相手は人に害をなすモノであると判断したのか、一真の攻撃には容赦がない。
少し離れた所にいる名護と真司も、襲い掛かるオルフェノクレジェンドルガを、片やイクサカリバーで、片やドラグクローで薙ぎ払い、叩きのめす。
「数が多いですね……限がない……!」
「何言ってんだよ渡、これくらいは大した数じゃない」
声に余裕すら感じさせながら、渡が吐いた弱音に真司が返す。
その言葉に同意するように、敵を斬り散らしながら一真も首を縦に振った。
彼らは、今目の前にいる数など比にはならぬ程の「敵」と戦った事がある。それこそ本当に「限がない」数の敵と。
だが、渡や名護にとっては、今の数も充分すぎる程多い。少なくとも、十を超える数の敵と戦った事はない。ましてや自分達を取り囲む事が出来る程の敵など……彼らにとっては未知の領域である。
「……とは言え、体力を温存したい状態でこの数は厄介だな」
苦笑気味に言い、一真は近付いてくるレジェンドルガを片端から斬り捨てる。
アンデッドと化した身であっても、他人より回復が早いだけであって、疲れもすれば消耗もする。
渡だけを狙っているのは、レジェンドルガと言う連中が持つ、渡……いや「キバ」に対する憎しみの表れなのかもしれない。
それに、先程渡が漏らした言葉を考えれば、渡と名護は多数の敵と戦う事に慣れていない様子。恐らく、予想以上に消耗が激しくなるだろう。
――何か、手はないのか……?――
襲い来る敵を切り捨てながら、一真は焦りを感じていた。
一方、こちらは普通のオルフェノクと戦う海堂達。
レジェンドルガに操られた連中に対し、こちらは完全に自分の意志で動いている分、戦う面々としては厄介な相手であった。
「裏切り者、ここで消え失せろ!」
「うるせえよ。ちゅーか、消えてたまるかってんだ!」
襲い来るオルフェノクを剣で袈裟懸けに斬りつけ、吐き捨てるように海堂が返す。
……本来なら、その一撃はある程度のダメージを与えるはずだった。しかし……斬られたオルフェノクの傷が、見る間に消えていく。数秒後には斬られた痕など綺麗に消え、何事もなかったかの様に相手は襲い掛かってくる。
「おいおい、何の冗談だよ、え?」
苦笑混じりに吐き捨てる海堂。
……オルフェノクの王に祝福され、完全なオルフェノクとなった者は不死身と化す。
分かってはいたつもりだったが、実際に目の当たりにすると、その卑怯とも言える体に驚いてしまう。逆に崩壊しかかっている自分の体が、恨めしくなる程だ。
「チッ。これは確かに厄介だな」
「本当に死なないのか? 何か方法はないのか?」
周囲の敵をゼロガッシャーで斬り伏せながら、二人のゼロノスも焦りの見える声で吐き出す様に声を上げる。
その横では、琢磨も彼の武器である鞭を振るいながら、それでも何事もないかのようにこちらに向かってくるオルフェノクを睨みつけている。
「……一応言っておくけど、『完全なオルフェノク』でも、『完全な不死』になった訳じゃない。強大な力を得て、生命力が上がっただけだ」
近寄るオルフェノクを薙ぎ払いながら、冷静な声で琢磨が言う。
余裕がある訳ではないが、ただ事実を淡々と述べているらしい。
「どう言うこった?」
「つまり、傷がすぐに完治して、余程の事がない限り死ぬ事がないから、不死身と勘違いしているだけ」
聞いてきた海堂に背を預け、琢磨はまたしても鞭を振るう。
その鞭を喰らっても、オルフェノク達は数歩下がるだけで、すぐに何事もなかったかのように前進してくるのだが……気のせいか、その勢いが最初に比べて落ちているように、海堂には思える。
「何でそんな事、あんたは知ってるんだよ」
「いつか必ず、オルフェノクの王が復活する日が来るのは分かっていた。そして、冴子さんみたいに、完全なオルフェノクになってしまう人が出るだろう事も」
侑斗の訝しげな問いにも、琢磨は静かな口調で答える。
その言葉だけで、彼が何故そんな事を知っているのか……海堂達が理解するには充分だった。
彼もまた、オルフェノクの王を倒す方法を模索していたのだ。
王の復活に伴って増加するであろう、「不死身のオルフェノク」の事も。人間の心を捨て去った彼らと、人間との共存はないと、わかっていたから。
本当に不死身なら、手の打ちようがない。倒す事は出来なくとも、動きを封じる事は出来るはず……そう思い研究をしていたある時、ある一つの仮説に辿り着いたのだ。
即ち、超再生力。
「不死身のオルフェノク」は、実際は不死身などではなく、回復力……いや、再生力がずば抜けて高められた存在である事に。
それ故、灰化が進んでも、それを上回る再生力によって崩壊はない。
……そしてその再生力の源は、「人間態に戻る時の力」である事も、スマートブレインの研究の結果、明らかとなった。
人間に戻る必要などないから、その力が再生する力に変換されるのかもしれない。複数の姿を持つ事が、オルフェノクである彼らに負担をかけているのであれば、どちらか一方を捨てる事で、その負担をなくしているのだろう。
王であるアークオルフェノクは、裏切り者をその身の内に取り込む事で、オルフェノクとしての力を高め、再生力に変換、それを他のオルフェノクに僅かに分け与える事で、「人間としての姿と引き換えに再生力を生む機構」を、無意識のうちに教えている……そう言う仮説に至った。
無論、実証はされていない。何故なら、「不死身のオルフェノク」になったのはロブスターオルフェノクである影山冴子ただ一人だったのだ。
彼女の行方も知れず、手元にある膨大な……だが、決定打に欠ける資料を調べつくした結果の「仮説」。実証はあくまでもこれからだが、少なくとも「不死身のオルフェノク」も、真の不死身ではない可能性は非常に高い。
倒そうと思えば、倒せる相手であるらしい事は分かったのだ。
「つってもよ、この数を倒すだけのエネルギーなんて、そんなにねぇだろ。そもそも、それも今から試そうってんだろ? ……いくらなんでも厳しすぎねぇか?」
「こんな時、ゼロライナーが使えればなぁ……」
「ない物ねだりしてもしょうがないだろ。とにかく、今はこいつらを叩きのめす!」
デネブの弱気な発言を叱咤し、侑斗は幾度目かの薙ぎ払いを行う。
……しかし、いつの間にが全員は一ヶ所に固まるようにして立っており、更にその周囲をオルフェノクとレジェンドルガがぐるりと囲むようにして狙う。
気付かぬ内に集められたのだと悟るが、それを打開する方策が見つからない。
「くっ。囲まれた……!」
「ああもう……本気で鬱陶しい!」
焦ったような名護の声と、いい加減頭に来た様な侑斗の声が重なった瞬間。
「よぉし。なら、いっそ殲滅するか!」
「キバット?」
楽しげに渡の腰に止まっていたキバットバット三世の声が言う。
その言葉は渡にとっても意外だったらしく、不思議そうに声をかけ……すぐに彼の言わんととしている事に気付いたらしい。腰にあるモンスター召喚用の魔笛、フエッスルの中から、一本を抜き出すとキバットにそれを、吹かせた。
同時にキバットも、召喚すべき者の名を呼ぶ。今回吹いたフエッスルは茶色。召喚されるべきモンスターは……
「キャッスルドラン!」
キバットのコールとフエッスルの音色の二つによって召喚された「城砦の竜」は、その擬態を解き、真っ直ぐに主の元へと、文字通り飛んでくる。
見た目は西洋の城。そこに菫色の手足と顔と尻尾が生えているような姿をしたドラゴン。
十三種の魔族の中で、一、二を争う凶暴な種族、ドラン族。その中でもグレートワイバーンと呼ばれる種の一体である。今はファンガイア族の拘束によって本来の凶暴さは封印されており、キバの忠実な僕であるのだが。
「……マジ……?」
そのモンスターを見てそう呟いたのは、一体誰だったか。
キャッスルドランの存在を知らない者達は、呆然とした様子で、飛んでくるその巨大なモンスターに、思わず視線が釘付けになる。
そしてそれは、敵……オルフェノク達も同じだったらしい。
呆然とその姿を見上げ、何人かのオルフェノクは着地したキャッスルドランの下敷きとなる。
「ぐぎゅっ!」
潰されたオルフェノクは、蛙の潰れたような声を挙げて、ざらざらと灰化していく。
……恐らく、彼らの再生力が追いつかないくらいの重量が、キャッスルドランにあったのだろう。
しかしそんな足元の様子など意に介さぬように、キャッスルドランは真っ直ぐに首を天に向かって伸ばすと……
「ヲオオオォォォォォン!!」
咆哮を、あげた。
その直後。それに応える様に、どこからか、キャッスルドランに比べ二回り程小さいドラゴンもその姿を見せる。
天守閣に手足の生えたような格好の、赤い色のドラゴンが。
「よく来たシューちゃん!」
キバット曰く「シューちゃん」……シュードランが、キャッスルドランの呼び声に反応してやってきたのだが、そうだと知る者はこの場にはほとんどいない。
……余談だが、シュードランは、八十歳、人間換算で八歳とドラン族としてはまだ幼い。それ故、フエッスルの周波数では音を拾う事が出来ず、キャッスルドランの「呼び声」でしか召喚する事が出来ない。
「……成程、そう言う事か。ならば」
渡がモンスターを呼んだ意味を理解したのか、名護は感心したように頷くと……彼もまた、腰のホルダーに下げた笛の一つを引き抜き、ベルトにあてがう。
当てた笛の色は白。そしてそれに対応するコールは……
『パ・ワ・ー・ド・イ・ク・サ・ー』
そのコールに応える様に。白い、どことなくドラゴンを思わせるシルエットをした白い重機が、操縦者のないままこちらに突っ込んでくるのが見えた。
それこそ、イクサ専用ドラゴン型重機、パワードイクサーである。
キャッスルドランやシュードランに比べれば遥かに小型だが、その分小回りが利き、機動性に富んでいる。
機械であるが故に、攻撃回数には上限があるが、体力の温存と言う点では、まさにうってつけの装備である。
「……こんな物まで作っていたのか、あの組織は……!?」
心底驚いたような声で言う琢磨をよそに、名護は当然のようにパワードイクサーに乗り込むと、ベルト部にあったイクサナックルを操縦桿としてセットする。
同時にシュードランも、キャッスルドランと合身し、二匹の竜は互いにその凶暴なる本性を表す。
「グルオォォォォォォっ!」
本性を晒せる解放感から、キャッスルドランは大きな咆哮一つあげると、その城砦部に装備したミサイルを放って周囲の敵の殲滅にかかる。
ミサイルはまるでそれ自体が意思を持っているかのように綺麗にライダー達を避け、敵のみを撃破している。
その追撃と言わんばかりに、「城砦の竜」は口から光弾を吐き出し、前進しながら敵を踏み躙っていく。
「…………何か、どっちが被害者か分からなくなってきてるな」
容赦ない攻撃を眺めつつ、呆然と真司が呟く。同意するように、横ではデネブと一真が頷いている。
勢いに乗ったように、キャッスルドランの攻撃後の「取りこぼし」を、名護の乗るパワードイクサーのアームが叩き伏せ、次々と敵を殲滅していく。
「その命、神に還しなさい!」
そう言いながら、名護は巧みな操縦でアームを振り回し、敵を打ち払う。時折後部に搭載しているポッドを投擲して、相手の動きを止め、そこをキャッスルドランの攻撃が襲うという、巧妙な連係プレーまで見せて。
――あれ程苦戦していたはずなのに――
気付けば周囲に敵はなく、キャッスルドランもシュードランも、その姿を消していた。
「……何か釈然としないけど……」
「先に進める事には違いない。これ以上厄介な事になる前に、行った方が良いんじゃないか?」
苦笑いの真司に、琢磨もちょっとだけ苦笑気味の顔でそう返し……それぞれ一旦変身を解いて、オルフェノク達の出て来た穴に向かう。
…………全ての決着を、つけるために。
三体のレジェンドルガとの戦いから一夜明けて。
渡の家で眠っていた仮面ライダー達……渡を筆頭に、侑斗、デネブ、一真、海堂、琢磨、真司の七人はレジェンドルガサーチャーの音で叩き起こされた。
「何だよ、これ……!」
画面を見て、最初にそう呟いたのは真司。
ある一ヶ所に、無数のレジェンドルガの反応が固まっている。しかもポインターには何故か「Orphenoch」の文字……
「おいおいおいっ! どう言う事だこりゃ?」
「何故、オルフェノクなんて表記が?」
不審そうに海堂と琢磨が言うが、その問いに答えられる者はいない。
普段は静かな屋敷の中を、機械から発せられるけたたましい警告音だけが響く。
「……とにかく、ここに行けば何か手がかりが掴めるかも知れないって事だろ」
「侑斗の言う通り。急いで行った方が良いかもしれない」
侑斗の提案に、デネブもこくこくと頷き……他の面々も、真剣な表情になってポインターの指し示す所へと向かうべく身支度を整える。
「僕、名護さんに連絡します!」
身支度の必要がない渡が、携帯電話で名護にポイントを伝え……全員、その場へ向かった。
……悲劇の始まりの場所、流星塾跡地へと。
「渡君!」
「お待たせしました、名護さん」
「いや、俺も今到着した所だ」
ポインターの反応した場所に集まった物の、特に何の変哲もない広場で、既に来ていた名護に渡は声をかける。
もう少しで真昼になろうかと言う時間なのに、何故か満月が空に浮かんでいる。
その表を覆うように、黒い「根」のようなものが張り付いていて、それが何かの「目」のようにも見える。瞼を閉じ、まどろんでいる「目」に。
「本当に、ここなのか? 誰も……何もいないが」
「いや、間違いない。レジェンドルガサーチャーはここを指し示している。それに……」
不審そうに言った名護に、一真が真剣な表情で頷く。
一真に同調するように、海堂と琢磨、そしてデネブも緊張した面持ちで周囲を見回している。
「どうした、デネブ」
「……妙な気配がする」
侑斗の問いに、デネブが端的に答えた瞬間。月に張り付いていた「目」がカッと見開かれ……
地面の一部が、跳ね上がった。
同時に、そこに開いた穴から溢れ出すようにして、数多のオルフェノクが彼らの前に立ち塞がる。
その中には、レジェンドルガに洗脳され、レジェンドルガと化したオルフェノクの姿もある。レジェンドルガサーチャーが、その存在を警告していた通りに。
いや、生粋のオルフェノクもいる分、予想していた数よりも遥かに多いかもしれない。
「こいつは……」
ある程度は予期していたとは言え、実際にこの数の相手を目の当たりにすると、やはり苦笑いが浮かぶ。
ただで通してくれるとは思っていなかったが、これ程の数は流石に予想の斜め上をいっている。
どうして純粋なオルフェノクと、レジェンドルガに洗脳されたオルフェノクの二種類がいるのかは定かではないが、どちらも殺意をこちらに向けている以上、敵と認識した方が良さそうだ。
「これは、二人のアークが目覚めたと思った方が良さそうですね」
くい、と眼鏡を上げつつ、琢磨は呟く。残念そうに、そして緊張したように。
……いかに不利な状況であろうとも、引き返す事など出来ない。彼らの向こうに、今回の元凶がいるのだと言うのなら、なおの事。
……彼らは、彼らの守りたい者の為に戦うと、決めたのだから。
「それじゃあ……いっちょやりますか」
真司の言葉に、全員が一斉に頷き……
『変身!』
声が、重なった。
真司は鏡の戦士、龍騎に。
海堂と琢磨は色なき者、スネークオルフェノクとセンチピードオルフェノクに。
一真は封印の戦士、ブレイドに。
侑斗とデネブは時の戦士、ゼロノスアルタイルフォームとベガフォームに。
名護は戦いの聖職者、イクサに。
渡は種の戦士、キバに。
それぞれ、極力自らの力をセーブした状態で戦い始める。王との戦いの前に消耗していては、本末転倒と悟っているからか。
「キバ……キバ、倒す……」
うわ言の様に言いながら、オルフェノクレジェンドルガとも呼ぶべき存在達は真っ直ぐに、キバへ変身した渡へ向かう。
それを渡は蹴散らし、その補佐をするように横に立つ一真が斬り散らす。
ここにいる以上、相手は人に害をなすモノであると判断したのか、一真の攻撃には容赦がない。
少し離れた所にいる名護と真司も、襲い掛かるオルフェノクレジェンドルガを、片やイクサカリバーで、片やドラグクローで薙ぎ払い、叩きのめす。
「数が多いですね……限がない……!」
「何言ってんだよ渡、これくらいは大した数じゃない」
声に余裕すら感じさせながら、渡が吐いた弱音に真司が返す。
その言葉に同意するように、敵を斬り散らしながら一真も首を縦に振った。
彼らは、今目の前にいる数など比にはならぬ程の「敵」と戦った事がある。それこそ本当に「限がない」数の敵と。
だが、渡や名護にとっては、今の数も充分すぎる程多い。少なくとも、十を超える数の敵と戦った事はない。ましてや自分達を取り囲む事が出来る程の敵など……彼らにとっては未知の領域である。
「……とは言え、体力を温存したい状態でこの数は厄介だな」
苦笑気味に言い、一真は近付いてくるレジェンドルガを片端から斬り捨てる。
アンデッドと化した身であっても、他人より回復が早いだけであって、疲れもすれば消耗もする。
渡だけを狙っているのは、レジェンドルガと言う連中が持つ、渡……いや「キバ」に対する憎しみの表れなのかもしれない。
それに、先程渡が漏らした言葉を考えれば、渡と名護は多数の敵と戦う事に慣れていない様子。恐らく、予想以上に消耗が激しくなるだろう。
――何か、手はないのか……?――
襲い来る敵を切り捨てながら、一真は焦りを感じていた。
一方、こちらは普通のオルフェノクと戦う海堂達。
レジェンドルガに操られた連中に対し、こちらは完全に自分の意志で動いている分、戦う面々としては厄介な相手であった。
「裏切り者、ここで消え失せろ!」
「うるせえよ。ちゅーか、消えてたまるかってんだ!」
襲い来るオルフェノクを剣で袈裟懸けに斬りつけ、吐き捨てるように海堂が返す。
……本来なら、その一撃はある程度のダメージを与えるはずだった。しかし……斬られたオルフェノクの傷が、見る間に消えていく。数秒後には斬られた痕など綺麗に消え、何事もなかったかの様に相手は襲い掛かってくる。
「おいおい、何の冗談だよ、え?」
苦笑混じりに吐き捨てる海堂。
……オルフェノクの王に祝福され、完全なオルフェノクとなった者は不死身と化す。
分かってはいたつもりだったが、実際に目の当たりにすると、その卑怯とも言える体に驚いてしまう。逆に崩壊しかかっている自分の体が、恨めしくなる程だ。
「チッ。これは確かに厄介だな」
「本当に死なないのか? 何か方法はないのか?」
周囲の敵をゼロガッシャーで斬り伏せながら、二人のゼロノスも焦りの見える声で吐き出す様に声を上げる。
その横では、琢磨も彼の武器である鞭を振るいながら、それでも何事もないかのようにこちらに向かってくるオルフェノクを睨みつけている。
「……一応言っておくけど、『完全なオルフェノク』でも、『完全な不死』になった訳じゃない。強大な力を得て、生命力が上がっただけだ」
近寄るオルフェノクを薙ぎ払いながら、冷静な声で琢磨が言う。
余裕がある訳ではないが、ただ事実を淡々と述べているらしい。
「どう言うこった?」
「つまり、傷がすぐに完治して、余程の事がない限り死ぬ事がないから、不死身と勘違いしているだけ」
聞いてきた海堂に背を預け、琢磨はまたしても鞭を振るう。
その鞭を喰らっても、オルフェノク達は数歩下がるだけで、すぐに何事もなかったかのように前進してくるのだが……気のせいか、その勢いが最初に比べて落ちているように、海堂には思える。
「何でそんな事、あんたは知ってるんだよ」
「いつか必ず、オルフェノクの王が復活する日が来るのは分かっていた。そして、冴子さんみたいに、完全なオルフェノクになってしまう人が出るだろう事も」
侑斗の訝しげな問いにも、琢磨は静かな口調で答える。
その言葉だけで、彼が何故そんな事を知っているのか……海堂達が理解するには充分だった。
彼もまた、オルフェノクの王を倒す方法を模索していたのだ。
王の復活に伴って増加するであろう、「不死身のオルフェノク」の事も。人間の心を捨て去った彼らと、人間との共存はないと、わかっていたから。
本当に不死身なら、手の打ちようがない。倒す事は出来なくとも、動きを封じる事は出来るはず……そう思い研究をしていたある時、ある一つの仮説に辿り着いたのだ。
即ち、超再生力。
「不死身のオルフェノク」は、実際は不死身などではなく、回復力……いや、再生力がずば抜けて高められた存在である事に。
それ故、灰化が進んでも、それを上回る再生力によって崩壊はない。
……そしてその再生力の源は、「人間態に戻る時の力」である事も、スマートブレインの研究の結果、明らかとなった。
人間に戻る必要などないから、その力が再生する力に変換されるのかもしれない。複数の姿を持つ事が、オルフェノクである彼らに負担をかけているのであれば、どちらか一方を捨てる事で、その負担をなくしているのだろう。
王であるアークオルフェノクは、裏切り者をその身の内に取り込む事で、オルフェノクとしての力を高め、再生力に変換、それを他のオルフェノクに僅かに分け与える事で、「人間としての姿と引き換えに再生力を生む機構」を、無意識のうちに教えている……そう言う仮説に至った。
無論、実証はされていない。何故なら、「不死身のオルフェノク」になったのはロブスターオルフェノクである影山冴子ただ一人だったのだ。
彼女の行方も知れず、手元にある膨大な……だが、決定打に欠ける資料を調べつくした結果の「仮説」。実証はあくまでもこれからだが、少なくとも「不死身のオルフェノク」も、真の不死身ではない可能性は非常に高い。
倒そうと思えば、倒せる相手であるらしい事は分かったのだ。
「つってもよ、この数を倒すだけのエネルギーなんて、そんなにねぇだろ。そもそも、それも今から試そうってんだろ? ……いくらなんでも厳しすぎねぇか?」
「こんな時、ゼロライナーが使えればなぁ……」
「ない物ねだりしてもしょうがないだろ。とにかく、今はこいつらを叩きのめす!」
デネブの弱気な発言を叱咤し、侑斗は幾度目かの薙ぎ払いを行う。
……しかし、いつの間にが全員は一ヶ所に固まるようにして立っており、更にその周囲をオルフェノクとレジェンドルガがぐるりと囲むようにして狙う。
気付かぬ内に集められたのだと悟るが、それを打開する方策が見つからない。
「くっ。囲まれた……!」
「ああもう……本気で鬱陶しい!」
焦ったような名護の声と、いい加減頭に来た様な侑斗の声が重なった瞬間。
「よぉし。なら、いっそ殲滅するか!」
「キバット?」
楽しげに渡の腰に止まっていたキバットバット三世の声が言う。
その言葉は渡にとっても意外だったらしく、不思議そうに声をかけ……すぐに彼の言わんととしている事に気付いたらしい。腰にあるモンスター召喚用の魔笛、フエッスルの中から、一本を抜き出すとキバットにそれを、吹かせた。
同時にキバットも、召喚すべき者の名を呼ぶ。今回吹いたフエッスルは茶色。召喚されるべきモンスターは……
「キャッスルドラン!」
キバットのコールとフエッスルの音色の二つによって召喚された「城砦の竜」は、その擬態を解き、真っ直ぐに主の元へと、文字通り飛んでくる。
見た目は西洋の城。そこに菫色の手足と顔と尻尾が生えているような姿をしたドラゴン。
十三種の魔族の中で、一、二を争う凶暴な種族、ドラン族。その中でもグレートワイバーンと呼ばれる種の一体である。今はファンガイア族の拘束によって本来の凶暴さは封印されており、キバの忠実な僕であるのだが。
「……マジ……?」
そのモンスターを見てそう呟いたのは、一体誰だったか。
キャッスルドランの存在を知らない者達は、呆然とした様子で、飛んでくるその巨大なモンスターに、思わず視線が釘付けになる。
そしてそれは、敵……オルフェノク達も同じだったらしい。
呆然とその姿を見上げ、何人かのオルフェノクは着地したキャッスルドランの下敷きとなる。
「ぐぎゅっ!」
潰されたオルフェノクは、蛙の潰れたような声を挙げて、ざらざらと灰化していく。
……恐らく、彼らの再生力が追いつかないくらいの重量が、キャッスルドランにあったのだろう。
しかしそんな足元の様子など意に介さぬように、キャッスルドランは真っ直ぐに首を天に向かって伸ばすと……
「ヲオオオォォォォォン!!」
咆哮を、あげた。
その直後。それに応える様に、どこからか、キャッスルドランに比べ二回り程小さいドラゴンもその姿を見せる。
天守閣に手足の生えたような格好の、赤い色のドラゴンが。
「よく来たシューちゃん!」
キバット曰く「シューちゃん」……シュードランが、キャッスルドランの呼び声に反応してやってきたのだが、そうだと知る者はこの場にはほとんどいない。
……余談だが、シュードランは、八十歳、人間換算で八歳とドラン族としてはまだ幼い。それ故、フエッスルの周波数では音を拾う事が出来ず、キャッスルドランの「呼び声」でしか召喚する事が出来ない。
「……成程、そう言う事か。ならば」
渡がモンスターを呼んだ意味を理解したのか、名護は感心したように頷くと……彼もまた、腰のホルダーに下げた笛の一つを引き抜き、ベルトにあてがう。
当てた笛の色は白。そしてそれに対応するコールは……
『パ・ワ・ー・ド・イ・ク・サ・ー』
そのコールに応える様に。白い、どことなくドラゴンを思わせるシルエットをした白い重機が、操縦者のないままこちらに突っ込んでくるのが見えた。
それこそ、イクサ専用ドラゴン型重機、パワードイクサーである。
キャッスルドランやシュードランに比べれば遥かに小型だが、その分小回りが利き、機動性に富んでいる。
機械であるが故に、攻撃回数には上限があるが、体力の温存と言う点では、まさにうってつけの装備である。
「……こんな物まで作っていたのか、あの組織は……!?」
心底驚いたような声で言う琢磨をよそに、名護は当然のようにパワードイクサーに乗り込むと、ベルト部にあったイクサナックルを操縦桿としてセットする。
同時にシュードランも、キャッスルドランと合身し、二匹の竜は互いにその凶暴なる本性を表す。
「グルオォォォォォォっ!」
本性を晒せる解放感から、キャッスルドランは大きな咆哮一つあげると、その城砦部に装備したミサイルを放って周囲の敵の殲滅にかかる。
ミサイルはまるでそれ自体が意思を持っているかのように綺麗にライダー達を避け、敵のみを撃破している。
その追撃と言わんばかりに、「城砦の竜」は口から光弾を吐き出し、前進しながら敵を踏み躙っていく。
「…………何か、どっちが被害者か分からなくなってきてるな」
容赦ない攻撃を眺めつつ、呆然と真司が呟く。同意するように、横ではデネブと一真が頷いている。
勢いに乗ったように、キャッスルドランの攻撃後の「取りこぼし」を、名護の乗るパワードイクサーのアームが叩き伏せ、次々と敵を殲滅していく。
「その命、神に還しなさい!」
そう言いながら、名護は巧みな操縦でアームを振り回し、敵を打ち払う。時折後部に搭載しているポッドを投擲して、相手の動きを止め、そこをキャッスルドランの攻撃が襲うという、巧妙な連係プレーまで見せて。
――あれ程苦戦していたはずなのに――
気付けば周囲に敵はなく、キャッスルドランもシュードランも、その姿を消していた。
「……何か釈然としないけど……」
「先に進める事には違いない。これ以上厄介な事になる前に、行った方が良いんじゃないか?」
苦笑いの真司に、琢磨もちょっとだけ苦笑気味の顔でそう返し……それぞれ一旦変身を解いて、オルフェノク達の出て来た穴に向かう。
…………全ての決着を、つけるために。