生者の墓標、死者の街
【その27:悲劇加速 ―ナゲキ―】
「何だ、これ……!」
水原と名乗っていたファンガイアを倒した翌朝。ガオウライナーの壁に、意を決したような表情でスマートブレインの正面玄関へと乗り込んで行く、木場達三人の姿が映し出された。
それこそ、映画のスクリーンのように。
そんな機能があるとは知らない、イマジン以外の面々が、驚いたようにその様子を見つめる。
三人とも、黒い、戦闘服のようなものを身に纏い、サングラスと言うあからさまに怪しい出で立ち。それなのに、周囲の人間……いや、オルフェノク達は気にした様子もなく、普段通りの生活を送っている。
「まさか彼らは、水原と言うあのファンガイアが言った通りに……!?」
「帝王のベルトを奪取しに行くと言うのか……」
同じように見つけた太牙と蓮も、その様子にやや警戒したように言葉を紡ぐ。
それ程、彼らの目に灯った意志の光が強かったのか。
「木場ならやりかねないだろうな」
彼の性格を唯一知る巧が、何故か心配そうに答える。
彼が敗北を喫するとは思えない。だが、相手はあの村上峡児だ。どんな策を弄してくるか、分かったものではない。
「どうする、今から追うか?」
そんな巧を見かねたように、蓮が冷静な声で……しかし心配そうにそう問いかける。だが、巧は一瞬だけ考えると、すぐに首を横に振って言葉を返す。
「……いや。俺は、この世界の『俺』の側にいる」
「僕も残ろう。園田さんが気にかかる」
巧に同意するように、太牙も真剣な表情で言葉を紡ぐ。
その理由を、蓮と良太郎以外の面々は、何となく分かるような気がした。
……この地、人間解放軍のアジト近辺に流れる殺気めいた不穏な気配を、人にあらざる者である彼らにはひしひしと感じていたのだ。
木場の事は心配だが、この地で何かが起こる。そんな予感が。
そんな緊張感が伝わったのか、良太郎はこくりと頷き……
「それじゃあ、僕があの人を追います。間に合うか、ちょっと分かりませんけど」
「……悪い、良太郎。頼んだ」
「いえ。……ウラタロスとキンタロス、それからリュウタロスは、ここに残ってくれる?」
「え? 何で!?」
良太郎の置いてけぼり宣言に、抗議の声をあげるリュウタロス。ウラタロスも納得していないのか、不思議そうな表情を良太郎に向けるが……その視線を真っ直ぐに受け止めると、彼らの契約者は芯の強い目と声で、自らの考えを言の葉に乗せる。
「何かあった時、連絡が取り合えないと困るでしょ? でも、ここで携帯電話がつながるとは思えない。僕達は、つながってるから……」
「何かあったら、良太郎を通して連絡できるって事だね」
「……分かった。信じとるで」
良太郎が見かけに寄らず頑固である事を、イマジン達は知っている。
一度言い出したらその言葉を曲げる事はまずない。それは多分……彼にとって、正しいと信じた事だから。
だからこそ、彼らは良太郎を強いと思うし、仲間として共にいられる事が誇らしく思うのだが。
「俺も行こう。こちらもそうだが、あいつらに関しても嫌な予感がする」
そう言ったのは始。蓮も同意するようにこくりと頷いた。
「良太郎、今から普通に行くんじゃ間に合わない。この電車は君達が乗っていくと良い」
「何かあったら、バイクを奪ってでもそっちに向かう」
「その前に、僕達が行くから、心配しないで良いよ」
太牙、巧、ウラタロスの順でそう言うと、こちらに残る面々は、次々とガオウライナーを降り、窓の外で託すように頷いた。
そして……ガオウライナーは、滑らかに走り出す。
……悲劇の始まりを、見届けるために。
「おいおい。マジで帝王のベルト奪うつもりかよ。ヤバいんじゃないの?」
スマートブレインへ、帝王のベルトを奪うべく乗り込んだエレベーターの中で、半ばからかう様に海堂がそう言った。
声に、僅かに緊張の色を滲ませて。
「腹を決めろよ、海堂。ここまで来たんだ」
「あーあ。……ちゅーか何やってんだ、俺。こんな事ならさっさとスマートブレインに付いて、人間を襲いまくってりゃ良かったぜ」
眉を顰めながら放たれた海堂の言葉に、結花がおかしそうにくすりと笑う。
「……何だよ?」
口で、はめていた手袋を外しながら、海堂はそんな彼女を不審そうに見やった。この状況で笑ったのが気になったのか、それとも笑われた事自体が気になったのか。
「海堂さん、ホント素直じゃないんだから」
「……るせーよ、いちいちムカつくんだよオメーは!」
照れ隠しからか、海堂がそう結花に向かって凄んだ瞬間。
エレベーターの電気が落ち、目的階とは別の階で扉が開いた。
広い……体育館のような場所。明かりは点いていないが、奇妙な気配と息遣いを感じる。状況が状況なだけに、三人は油断せずに周囲を見回す。
乗り込んだつもりが、どうやら誘い込まれたらしい事に気がついて。
「君達は再三の警告にも関わらず、私の期待を裏切った。……終わりです」
何かの液体に浸かり、かつてファイズによって「首だけ」にされた村上が、一段高い所から三人を睨んでそう宣言する。同時に室内の明かりが灯る。
その瞬間。巨大なサイに似たオルフェノクが、彼らの眼前に立ちはだかった。人間のような二足歩行ではなく、獣のように四つん這いで移動している。
完全な獣であるかのように唸りながらも、怪獣と呼ぶに相応しいそのオルフェノク……絶滅したエラスモテリウムと言う、サイの一種の力を持つそいつは、現れた木場達を敵とみなしたらしい。ゴウと吠えると同時に、彼ら三人に向けて突進してくる。
それを間一髪でかわし、彼らはその姿を人間態からオルフェノク態へと変化させる。それを見るや、敵……エラスモテリウムオルフェノクは低い唸り声を上げると、ホースオルフェノクに変じた木場に向かって噛み付かんとその口を大きく開ける。
それを剣で弾き返すが……外殻の硬度や、そもそもの大きさが違いすぎるせいか、怯ませる事すら出来ずにホースは軽く吹き飛ばされる。
結花……クレインオルフェノクは激情態となって宙から、海堂……スネークオルフェノクはホースと共に地上から攻撃するが、大したダメージは与えられていない。
その様子を、村上は文字通り高みの見物を決め込み、可笑しそうに笑う。それは、傍から見れば何かを企んでいる様な笑いにも見えたかもしれない。だが、ホース達には村上の様子を探るような余裕はない。
……再びエラスモテリウムに吹き飛ばされたホースが、起き上がろうとした瞬間。扉の向こうから、こちらの様子を伺う、一人の少女の姿に気付く。
間違いなくそれは……人間解放軍の主格であるはずの園田真理、その人であった。
人間とオルフェノクの共存を信じ、自分達の理解者でもあるはずの彼女が、何故こんな場所にいるのか。しかも、どこか怯えたような顔で。不思議に思うが、今はそれ所ではない。
自分がぼんやりとしている間に、スネークが追い詰められ、エラスモテリウムはその身から「針」を彼目掛けて発射していた。
始達がそこに辿り着いた時、彼らの視界に入ったのは。蛇を連想させるオルフェノク……海堂が、追い詰められ、巨大なサイのようなオルフェノクがその身から「針」を彼目掛けて発射した瞬間。
海堂を庇うように、鶴を連想させるオルフェノク……結花が、その場を横切り、その「針」をその身に受ける。
ただ、それを「針」と表現して良いのかは分からない。少なくとも人間サイズの結花にとって、それは「針」ではなく「槍」だった。
受けた傷からは青い炎が上がり、結花は苦しそうに呻きながらその羽を羽ばたかせる。だが……そこに躊躇なく、敵の巨大な角が襲い掛かり、鈍い音を立てて彼女ごと壁に穴を開けた。
その衝撃が決め手となったのか。羽を舞い散らせながら力なく落下し、地面に叩きつけられた結花の姿を呆然と見つめ、海堂は人間の姿に戻って彼女に駆け寄る。彼女も、オルフェノクとしての姿を持続できなくなったのか、人間の姿に戻って冷たい床の上で苦しげに呻いていた。
彼女の周囲には、自身の羽の残骸が散っている。
……それは、ジークが現れる時に舞う羽とは異なり、今にも消えてしまいそうな淡雪を連想させる。同時に、彼女の魂を運ぶ為に降りてきた天使の和毛のようにも思えた。
「おい……おい、結花! 俺はまだお前に、何も本当の事言ってねえ!」
結花の体を抱き寄せ、海堂は真剣に……そして、悲しそうに言葉を紡ぐ。
その空気の重たさに、始達は身じろぎ一つ取れないでいる。
「好きなんだよ、俺。ずっと……お前を……! 好きだったんだよ……」
泣きそうな声で、海堂は彼女を抱きしめながら、そう告白した。こんな悲しい告白は、世界中どこにもないのではと思うくらい、悲愴感に満ち満ちている。
結花の顔の半分は、人間ではなくオルフェノクのまま。顔色も、だんだんと白くなってきている。
それは、彼女の死が近付いている証拠。それなのに……彼女は笑顔だった。弱々しいが、慈愛に満ちた笑顔。
「……馬鹿。知ってたわ。そんな事、ずっと前から」
自分の死が近いと分かっていながらも。
彼女は最期の笑顔を海堂に向け、彼の頬を愛しげにするりと撫でる。
……力尽きるその時まで、優しく。
「……ぁぁぁあああああっ! 結花ぁぁぁぁっ! うぅぅぁぁあああああっ!」
大切な者を喪ってしまった悲しみの咆哮が、海堂の口から漏れる。呼んでも戻らない、動かないと分っているのに、それでもその名を呼ばずにいられない。行き場のない感情が声となっているのか。
……蓮にはその気持ちが痛い程分かるし、始にも何となく理解できる。無論、良太郎やモモタロス、そしてジークにも。
勝てないと分かっていても、仇には突進せずにはいられなかったのか。
海堂は、激情態で相手と戦う木場の元へ駆け寄ると、彼を援護しながらも、殺しきれぬ感情のままにその剣を振るった。
だが、エラスモテリウムに攻撃が効いた様子はない。
それどころか、攻撃を仕掛けてくる木場や海堂が鬱陶しいと言わんばかりに軽く吠えると、まずは木場を軽く前足で払い……
海堂を、喰らった。最初は下半身から。そして、炎を上げて散り逝く結花に向かって伸ばされた手までを、躊躇の欠片もなく。
「な……に!?」
「そんな……」
その敵の行動に、思わず始と良太郎が呆然と呟く。モモタロスも、どこか悔しそうにその巨大な敵を睨みつけていた。
蓮だけは、どこか見慣れた……ミラーモンスターの捕食と重なるその光景よりも、上で高みの見物をしていた、首の入った水槽に視線を向けていた。
奇妙な笑みを浮かべる、その男の顔に。
「君達は人間にもオルフェノクにもなりきる事が出来なかった。そして……人間に裏切られたのだ」
悲嘆に暮れる木場に、首だけの男が楽しげに言い放つ。そして、その言葉に応えるようにして現れたのは……蔑みの混じった視線を投げかける、真理だった。
彼女の姿を見た瞬間、木場の顔に奇妙な表情が走る。最初の一瞬は納得したような色を、そして直後には彼女と言う存在その物に慄いているかのような。
考えたくない、認めたくない、そんな感情を面に出したのなら、今の木場のような顔になるのだろうか。
「真理さん! どう言う事だ!?」
「ごめんねぇ、木場さん。でも、どうしようもなかったんだ」
冷たい声が響く。口でこそ謝っているが、それが心からの謝罪でない事くらい、すぐに分かる。
「嘘だ。君が俺達を……裏切ったって言うのか!?」
「だって……信用できないから。あなた達の事。いつ人間の敵になるか知れないし。だから……」
くるりと、もう木場の姿など見たくもないと言わんばかりにこちらに背を向け、真理は更に言葉を放つ。
最後宣告とも受け取れる、そんな一言を。
「早く死んでよ」
その、たった一言に。
端から見ていて分る程、木場は打ちのめされ、絶望の声を上げる。……自分が置かれた状況を、忘れる程に。
そして、彼が我に返った時には……巨大オルフェノクの前足が、その体を押し潰さんとして……
「待ちなさい」
首だけの男が制止の声を上げる。それに反応したのか、巨大なオルフェノクは上げていた足をぴたりと止めると、木場のすぐ脇へとそれを下ろす。
心身ともに限界だったのか。木場はその場で糸の切れた人形のように倒れこんでいる。
「上の上ですね。これで彼も私達に賛同してくれるでしょう」
「……お馬鹿さん。あなた達の行動ぐらい、全部お見通しよ」
ニヤリと笑う首だけの男 の横で。
「真理」から元の姿に戻ったスマートレディがそう呟く。
その瞬間、見ていた全員が理解した。全ては、彼女と村上の策略だったのだと。
乗り込んできた所で、反旗を翻すオルフェノクを滅ぼし、唯一それなりの力を持つ木場勇治を生け捕りにするため。
先程の「真理」との会話で、木場は完全に「人間に裏切られた」と思った事だろう。
目覚めた彼が、人間に絶望する事は目に見えている。
……傍観者となってしまった始達ですら、一瞬だけ、目の前に現れた「真理」を疑ったのだから。
「そろそろだな。祭が始まる」
「祭だぁ……? ふざけやがって、あの首だけ野郎……!」
「モモタロス、ダメだよ!」
「ふざけんな良太郎! あんな真似されて黙ってられるか! おいこらテメエっ! 降りてきやがれ!」
村上のその言葉に怒りが最高潮に達したらしいモモタロスが、どこからか召喚した剣を振り回しながら怒鳴る。
だが、村上にその声は届いていないらしく、彼は酷薄な笑みを浮かべ……
「祭のメインキャストは、きちんと招待できていますか?」
「ハイ。今、レオ君……サイガが、人間解放軍の拠点を襲っているところでーす」
「な……!」
村上の言葉に答えるように……そして、蓮達にその事を伝えるように、スマートレディは場にそぐわぬ……相変わらずの作り物の笑顔で言葉を返す。
それに気付いているのかは定かではないが、村上は満足げに目を伏せる。それが、首から上だけになってしまった彼の、「頷き」なのかもしれない。
「よろしい。……園田真理は、丁重にお迎えして下さい。彼女は公開処刑させてもらいます」
「でも、ファイズは助けに来ますよ?」
「望む所です。人間に、一筋の希望もない事を見せ付けてやる、いい機会となるでしょう」
「社長さんって、人間から見ると本当に悪人ですよね」
「私はオルフェノクの事を第一に考えています。オルフェノクの脅威となるなら、潰す。それだけですよ」
そう言うと、村上は帰るように指示し、自らの乗る台を、スマートレディに押させる。
それを、蓮、始、モモタロスの三人は敵意の篭った視線で睨みつけた、その刹那。
スマートレディが、その視線を受け止めるようにこちらを見て……
「これもお姉さんのお仕事なの。悪く思わないでね」
作り物でない、悲しそうな表情で、彼女はそう呟き……今度こそ村上と共にその場を去っていく。
何も知らなければ、床に転がっている木場に向けられた台詞のようにも聞こえた。
だがその台詞は、本当は倒れている木場に向けられた物ではなく……その場にいた、始達に向けられた物だと。
何人の人間が、気付いたであろうか……
今頃、スマートレディさんは、悪役を演じている事だろう。
俺の頼みとも知らず、「お客さん」は彼女に怒りを感じているのかもしれない。
でも、ね。彼女に頼まなきゃいけなかったんだ。
俺が動く訳にもいかなかったし、何よりオルフェノクが死ぬ所は、やっぱり見たくなかったから。
……これは、賭け。
「俺」でいるか、「僕」に戻るか。
そのために、彼らを犠牲にしたんだ。海堂直也 と長田結花 の命、そして……木場勇治 の心を。
こんな事が出来るなんて、やっぱり俺、人間の中にいちゃ、いけないのかな?
でも、もしも。
もしも本当に、人間に希望がまだあるのなら。
……もう少しだけ、人間のままでいたいんだ。
「だから……俺、最後まで見守りたいんだ。この戦いの結末を」
「俺」がそう呟いたのと、この人間解放軍のアジトが襲われたのは同時だった。
さあ、はじめよう。
全てを、終わらせるために。
「何だ、これ……!」
水原と名乗っていたファンガイアを倒した翌朝。ガオウライナーの壁に、意を決したような表情でスマートブレインの正面玄関へと乗り込んで行く、木場達三人の姿が映し出された。
それこそ、映画のスクリーンのように。
そんな機能があるとは知らない、イマジン以外の面々が、驚いたようにその様子を見つめる。
三人とも、黒い、戦闘服のようなものを身に纏い、サングラスと言うあからさまに怪しい出で立ち。それなのに、周囲の人間……いや、オルフェノク達は気にした様子もなく、普段通りの生活を送っている。
「まさか彼らは、水原と言うあのファンガイアが言った通りに……!?」
「帝王のベルトを奪取しに行くと言うのか……」
同じように見つけた太牙と蓮も、その様子にやや警戒したように言葉を紡ぐ。
それ程、彼らの目に灯った意志の光が強かったのか。
「木場ならやりかねないだろうな」
彼の性格を唯一知る巧が、何故か心配そうに答える。
彼が敗北を喫するとは思えない。だが、相手はあの村上峡児だ。どんな策を弄してくるか、分かったものではない。
「どうする、今から追うか?」
そんな巧を見かねたように、蓮が冷静な声で……しかし心配そうにそう問いかける。だが、巧は一瞬だけ考えると、すぐに首を横に振って言葉を返す。
「……いや。俺は、この世界の『俺』の側にいる」
「僕も残ろう。園田さんが気にかかる」
巧に同意するように、太牙も真剣な表情で言葉を紡ぐ。
その理由を、蓮と良太郎以外の面々は、何となく分かるような気がした。
……この地、人間解放軍のアジト近辺に流れる殺気めいた不穏な気配を、人にあらざる者である彼らにはひしひしと感じていたのだ。
木場の事は心配だが、この地で何かが起こる。そんな予感が。
そんな緊張感が伝わったのか、良太郎はこくりと頷き……
「それじゃあ、僕があの人を追います。間に合うか、ちょっと分かりませんけど」
「……悪い、良太郎。頼んだ」
「いえ。……ウラタロスとキンタロス、それからリュウタロスは、ここに残ってくれる?」
「え? 何で!?」
良太郎の置いてけぼり宣言に、抗議の声をあげるリュウタロス。ウラタロスも納得していないのか、不思議そうな表情を良太郎に向けるが……その視線を真っ直ぐに受け止めると、彼らの契約者は芯の強い目と声で、自らの考えを言の葉に乗せる。
「何かあった時、連絡が取り合えないと困るでしょ? でも、ここで携帯電話がつながるとは思えない。僕達は、つながってるから……」
「何かあったら、良太郎を通して連絡できるって事だね」
「……分かった。信じとるで」
良太郎が見かけに寄らず頑固である事を、イマジン達は知っている。
一度言い出したらその言葉を曲げる事はまずない。それは多分……彼にとって、正しいと信じた事だから。
だからこそ、彼らは良太郎を強いと思うし、仲間として共にいられる事が誇らしく思うのだが。
「俺も行こう。こちらもそうだが、あいつらに関しても嫌な予感がする」
そう言ったのは始。蓮も同意するようにこくりと頷いた。
「良太郎、今から普通に行くんじゃ間に合わない。この電車は君達が乗っていくと良い」
「何かあったら、バイクを奪ってでもそっちに向かう」
「その前に、僕達が行くから、心配しないで良いよ」
太牙、巧、ウラタロスの順でそう言うと、こちらに残る面々は、次々とガオウライナーを降り、窓の外で託すように頷いた。
そして……ガオウライナーは、滑らかに走り出す。
……悲劇の始まりを、見届けるために。
「おいおい。マジで帝王のベルト奪うつもりかよ。ヤバいんじゃないの?」
スマートブレインへ、帝王のベルトを奪うべく乗り込んだエレベーターの中で、半ばからかう様に海堂がそう言った。
声に、僅かに緊張の色を滲ませて。
「腹を決めろよ、海堂。ここまで来たんだ」
「あーあ。……ちゅーか何やってんだ、俺。こんな事ならさっさとスマートブレインに付いて、人間を襲いまくってりゃ良かったぜ」
眉を顰めながら放たれた海堂の言葉に、結花がおかしそうにくすりと笑う。
「……何だよ?」
口で、はめていた手袋を外しながら、海堂はそんな彼女を不審そうに見やった。この状況で笑ったのが気になったのか、それとも笑われた事自体が気になったのか。
「海堂さん、ホント素直じゃないんだから」
「……るせーよ、いちいちムカつくんだよオメーは!」
照れ隠しからか、海堂がそう結花に向かって凄んだ瞬間。
エレベーターの電気が落ち、目的階とは別の階で扉が開いた。
広い……体育館のような場所。明かりは点いていないが、奇妙な気配と息遣いを感じる。状況が状況なだけに、三人は油断せずに周囲を見回す。
乗り込んだつもりが、どうやら誘い込まれたらしい事に気がついて。
「君達は再三の警告にも関わらず、私の期待を裏切った。……終わりです」
何かの液体に浸かり、かつてファイズによって「首だけ」にされた村上が、一段高い所から三人を睨んでそう宣言する。同時に室内の明かりが灯る。
その瞬間。巨大なサイに似たオルフェノクが、彼らの眼前に立ちはだかった。人間のような二足歩行ではなく、獣のように四つん這いで移動している。
完全な獣であるかのように唸りながらも、怪獣と呼ぶに相応しいそのオルフェノク……絶滅したエラスモテリウムと言う、サイの一種の力を持つそいつは、現れた木場達を敵とみなしたらしい。ゴウと吠えると同時に、彼ら三人に向けて突進してくる。
それを間一髪でかわし、彼らはその姿を人間態からオルフェノク態へと変化させる。それを見るや、敵……エラスモテリウムオルフェノクは低い唸り声を上げると、ホースオルフェノクに変じた木場に向かって噛み付かんとその口を大きく開ける。
それを剣で弾き返すが……外殻の硬度や、そもそもの大きさが違いすぎるせいか、怯ませる事すら出来ずにホースは軽く吹き飛ばされる。
結花……クレインオルフェノクは激情態となって宙から、海堂……スネークオルフェノクはホースと共に地上から攻撃するが、大したダメージは与えられていない。
その様子を、村上は文字通り高みの見物を決め込み、可笑しそうに笑う。それは、傍から見れば何かを企んでいる様な笑いにも見えたかもしれない。だが、ホース達には村上の様子を探るような余裕はない。
……再びエラスモテリウムに吹き飛ばされたホースが、起き上がろうとした瞬間。扉の向こうから、こちらの様子を伺う、一人の少女の姿に気付く。
間違いなくそれは……人間解放軍の主格であるはずの園田真理、その人であった。
人間とオルフェノクの共存を信じ、自分達の理解者でもあるはずの彼女が、何故こんな場所にいるのか。しかも、どこか怯えたような顔で。不思議に思うが、今はそれ所ではない。
自分がぼんやりとしている間に、スネークが追い詰められ、エラスモテリウムはその身から「針」を彼目掛けて発射していた。
始達がそこに辿り着いた時、彼らの視界に入ったのは。蛇を連想させるオルフェノク……海堂が、追い詰められ、巨大なサイのようなオルフェノクがその身から「針」を彼目掛けて発射した瞬間。
海堂を庇うように、鶴を連想させるオルフェノク……結花が、その場を横切り、その「針」をその身に受ける。
ただ、それを「針」と表現して良いのかは分からない。少なくとも人間サイズの結花にとって、それは「針」ではなく「槍」だった。
受けた傷からは青い炎が上がり、結花は苦しそうに呻きながらその羽を羽ばたかせる。だが……そこに躊躇なく、敵の巨大な角が襲い掛かり、鈍い音を立てて彼女ごと壁に穴を開けた。
その衝撃が決め手となったのか。羽を舞い散らせながら力なく落下し、地面に叩きつけられた結花の姿を呆然と見つめ、海堂は人間の姿に戻って彼女に駆け寄る。彼女も、オルフェノクとしての姿を持続できなくなったのか、人間の姿に戻って冷たい床の上で苦しげに呻いていた。
彼女の周囲には、自身の羽の残骸が散っている。
……それは、ジークが現れる時に舞う羽とは異なり、今にも消えてしまいそうな淡雪を連想させる。同時に、彼女の魂を運ぶ為に降りてきた天使の和毛のようにも思えた。
「おい……おい、結花! 俺はまだお前に、何も本当の事言ってねえ!」
結花の体を抱き寄せ、海堂は真剣に……そして、悲しそうに言葉を紡ぐ。
その空気の重たさに、始達は身じろぎ一つ取れないでいる。
「好きなんだよ、俺。ずっと……お前を……! 好きだったんだよ……」
泣きそうな声で、海堂は彼女を抱きしめながら、そう告白した。こんな悲しい告白は、世界中どこにもないのではと思うくらい、悲愴感に満ち満ちている。
結花の顔の半分は、人間ではなくオルフェノクのまま。顔色も、だんだんと白くなってきている。
それは、彼女の死が近付いている証拠。それなのに……彼女は笑顔だった。弱々しいが、慈愛に満ちた笑顔。
「……馬鹿。知ってたわ。そんな事、ずっと前から」
自分の死が近いと分かっていながらも。
彼女は最期の笑顔を海堂に向け、彼の頬を愛しげにするりと撫でる。
……力尽きるその時まで、優しく。
「……ぁぁぁあああああっ! 結花ぁぁぁぁっ! うぅぅぁぁあああああっ!」
大切な者を喪ってしまった悲しみの咆哮が、海堂の口から漏れる。呼んでも戻らない、動かないと分っているのに、それでもその名を呼ばずにいられない。行き場のない感情が声となっているのか。
……蓮にはその気持ちが痛い程分かるし、始にも何となく理解できる。無論、良太郎やモモタロス、そしてジークにも。
勝てないと分かっていても、仇には突進せずにはいられなかったのか。
海堂は、激情態で相手と戦う木場の元へ駆け寄ると、彼を援護しながらも、殺しきれぬ感情のままにその剣を振るった。
だが、エラスモテリウムに攻撃が効いた様子はない。
それどころか、攻撃を仕掛けてくる木場や海堂が鬱陶しいと言わんばかりに軽く吠えると、まずは木場を軽く前足で払い……
海堂を、喰らった。最初は下半身から。そして、炎を上げて散り逝く結花に向かって伸ばされた手までを、躊躇の欠片もなく。
「な……に!?」
「そんな……」
その敵の行動に、思わず始と良太郎が呆然と呟く。モモタロスも、どこか悔しそうにその巨大な敵を睨みつけていた。
蓮だけは、どこか見慣れた……ミラーモンスターの捕食と重なるその光景よりも、上で高みの見物をしていた、首の入った水槽に視線を向けていた。
奇妙な笑みを浮かべる、その男の顔に。
「君達は人間にもオルフェノクにもなりきる事が出来なかった。そして……人間に裏切られたのだ」
悲嘆に暮れる木場に、首だけの男が楽しげに言い放つ。そして、その言葉に応えるようにして現れたのは……蔑みの混じった視線を投げかける、真理だった。
彼女の姿を見た瞬間、木場の顔に奇妙な表情が走る。最初の一瞬は納得したような色を、そして直後には彼女と言う存在その物に慄いているかのような。
考えたくない、認めたくない、そんな感情を面に出したのなら、今の木場のような顔になるのだろうか。
「真理さん! どう言う事だ!?」
「ごめんねぇ、木場さん。でも、どうしようもなかったんだ」
冷たい声が響く。口でこそ謝っているが、それが心からの謝罪でない事くらい、すぐに分かる。
「嘘だ。君が俺達を……裏切ったって言うのか!?」
「だって……信用できないから。あなた達の事。いつ人間の敵になるか知れないし。だから……」
くるりと、もう木場の姿など見たくもないと言わんばかりにこちらに背を向け、真理は更に言葉を放つ。
最後宣告とも受け取れる、そんな一言を。
「早く死んでよ」
その、たった一言に。
端から見ていて分る程、木場は打ちのめされ、絶望の声を上げる。……自分が置かれた状況を、忘れる程に。
そして、彼が我に返った時には……巨大オルフェノクの前足が、その体を押し潰さんとして……
「待ちなさい」
首だけの男が制止の声を上げる。それに反応したのか、巨大なオルフェノクは上げていた足をぴたりと止めると、木場のすぐ脇へとそれを下ろす。
心身ともに限界だったのか。木場はその場で糸の切れた人形のように倒れこんでいる。
「上の上ですね。これで彼も私達に賛同してくれるでしょう」
「……お馬鹿さん。あなた達の行動ぐらい、全部お見通しよ」
ニヤリと笑う
「真理」から元の姿に戻ったスマートレディがそう呟く。
その瞬間、見ていた全員が理解した。全ては、彼女と村上の策略だったのだと。
乗り込んできた所で、反旗を翻すオルフェノクを滅ぼし、唯一それなりの力を持つ木場勇治を生け捕りにするため。
先程の「真理」との会話で、木場は完全に「人間に裏切られた」と思った事だろう。
目覚めた彼が、人間に絶望する事は目に見えている。
……傍観者となってしまった始達ですら、一瞬だけ、目の前に現れた「真理」を疑ったのだから。
「そろそろだな。祭が始まる」
「祭だぁ……? ふざけやがって、あの首だけ野郎……!」
「モモタロス、ダメだよ!」
「ふざけんな良太郎! あんな真似されて黙ってられるか! おいこらテメエっ! 降りてきやがれ!」
村上のその言葉に怒りが最高潮に達したらしいモモタロスが、どこからか召喚した剣を振り回しながら怒鳴る。
だが、村上にその声は届いていないらしく、彼は酷薄な笑みを浮かべ……
「祭のメインキャストは、きちんと招待できていますか?」
「ハイ。今、レオ君……サイガが、人間解放軍の拠点を襲っているところでーす」
「な……!」
村上の言葉に答えるように……そして、蓮達にその事を伝えるように、スマートレディは場にそぐわぬ……相変わらずの作り物の笑顔で言葉を返す。
それに気付いているのかは定かではないが、村上は満足げに目を伏せる。それが、首から上だけになってしまった彼の、「頷き」なのかもしれない。
「よろしい。……園田真理は、丁重にお迎えして下さい。彼女は公開処刑させてもらいます」
「でも、ファイズは助けに来ますよ?」
「望む所です。人間に、一筋の希望もない事を見せ付けてやる、いい機会となるでしょう」
「社長さんって、人間から見ると本当に悪人ですよね」
「私はオルフェノクの事を第一に考えています。オルフェノクの脅威となるなら、潰す。それだけですよ」
そう言うと、村上は帰るように指示し、自らの乗る台を、スマートレディに押させる。
それを、蓮、始、モモタロスの三人は敵意の篭った視線で睨みつけた、その刹那。
スマートレディが、その視線を受け止めるようにこちらを見て……
「これもお姉さんのお仕事なの。悪く思わないでね」
作り物でない、悲しそうな表情で、彼女はそう呟き……今度こそ村上と共にその場を去っていく。
何も知らなければ、床に転がっている木場に向けられた台詞のようにも聞こえた。
だがその台詞は、本当は倒れている木場に向けられた物ではなく……その場にいた、始達に向けられた物だと。
何人の人間が、気付いたであろうか……
今頃、スマートレディさんは、悪役を演じている事だろう。
俺の頼みとも知らず、「お客さん」は彼女に怒りを感じているのかもしれない。
でも、ね。彼女に頼まなきゃいけなかったんだ。
俺が動く訳にもいかなかったし、何よりオルフェノクが死ぬ所は、やっぱり見たくなかったから。
……これは、賭け。
「俺」でいるか、「僕」に戻るか。
そのために、彼らを犠牲にしたんだ。
こんな事が出来るなんて、やっぱり俺、人間の中にいちゃ、いけないのかな?
でも、もしも。
もしも本当に、人間に希望がまだあるのなら。
……もう少しだけ、人間のままでいたいんだ。
「だから……俺、最後まで見守りたいんだ。この戦いの結末を」
「俺」がそう呟いたのと、この人間解放軍のアジトが襲われたのは同時だった。
さあ、はじめよう。
全てを、終わらせるために。