生者の墓標、死者の街
【その26:異界物語 ―ハナシ―】
真司と一真がガーゴイルレジェンドルガを撃破した直後、真司の携帯電話に、海堂から「mal D’amourへ集合」と言う連絡が入った。
渡の家ではなく、わざわざ外でと言う点を疑問に思いはする物の、何かしらの理由があるのだろう。侑斗とデネブの二人と合流し、真司の案内で再び「Café mal D’amour」へと向かい……合流した彼らは、互いの状況を報告した。
真司達はガーゴイルレジェンドルガを倒した事くらいしか報告するような事はなかったのだが、海堂達の方は違ったらしい。
以前この店で出会った名護啓介と、スマートブレイン社員である琢磨逸郎が、深刻な表情で真司達を待っていた。
しかも、カウンター席の方には嶋護がおり、名護の後ろには襟立健吾までいる。ある意味貸しきり状態と言っても良いだろう。
「紅、何かあったのか?」
その深刻な雰囲気に飲まれたのか、デネブが密やかな声で渡に問いかける。
渡はそれに黙って頷くと、まずは彼らに琢磨を紹介した。
「スマートブレイン社の社長秘書、だって!?」
「……はい。今の肩書きはそうです」
名刺を見て派手に驚く真司に、苦笑いで琢磨はそう返す。
真司程ではないにしろ、渡と海堂以外の面々も、その肩書きに驚きを隠せない。こんな時間に抜け出して、喫茶店でコーヒーを飲める程悠長な身分ではないはずだ。
とは言え、よく考えれば渡も似たような立場なのだが……どうやらその事実は忘れられているらしい。
「しかし、そんな多忙な身の人間が、何故?」
「人間、じゃないんです」
嶋の言葉の揚げ足を取るかのように琢磨はそう言うと、一瞬だけその姿をセンチピードオルフェノクへと変える。
……勿論、直後にはその事実にプチパニックが起きたが……ファンガイアとのハーフである渡がいる以上、それも割とすぐに収まった。
最近は太牙もいる事だし、近くに「人にあらざる者」がいても然程衝撃がこなくなってしまったのだろう。慣れとは恐ろしい物だ。
「驚いたな……まさかオルフェノクだったとは」
「こいつはよぉ、オルフェノクの中じゃ、割と強い方なんだぜ。そうは見えねーだろうけど」
何故か左手を庇うように座る琢磨を見つつ、海堂はまだ少し驚いている嶋達に向かって、からかうようにそう告げる。
実際、神経質そうな外見からは想像出来ないくらい、琢磨のオルフェノクとしての力は強い。海堂など足元にも及ばないくらい。かつては人間性に問題があっただけで、今の彼と真正面から戦うような事になった場合、勝てるかどうか……海堂は正直自信がない。
「それで……お前は例のライダーズギアとかって奴は手に入れられたのか?」
「おぉ、良くぞ聞いてくれました、侑斗君!」
「……『君』……?」
海堂に君付けで呼ばれ、侑斗は物凄く渋い顔を返すが、相手はそんな事を気に留めた様子もなく、バシバシと侑斗の背を叩きながら一本のベルトを机に乗せる。
金属製のベルトが多い中、海堂の差し出したベルトは、バックル以外は革で出来ている。
「この通り、俺様もようやく認められたっちゅうかよぉ。オーガのベルトを預かってきたぜ」
「オーガ?」
「スマートブレインの開発した、『帝王のベルト』の一本。僕の持つ『天』のベルト……サイガの対が、海堂さんの持つ『地』のベルト、オーガです」
不思議そうに聞いてきた一真に、琢磨は自分が持つ白いベルトを見せながら答える。
帝王のベルトはそのキックバックの大きさ故、オルフェノクの中でも限られた者しか扱えない事、つい先程まで、スマートブレイン社で封印されていた事、そして……皆と共に戦うために、自分も「仮面ライダー」として力を貸す事を。
「それは確かに心強いな! 味方は多い方が良いし!」
「うんうん。城戸の言う通りだ。俺もそう思う」
真司の言葉に嬉しそうに頷きながら、デネブはにこやかな笑顔で右手を琢磨に差し出し、半ば強引に握手を交わした。
「だけど、それだけじゃ渡がそんな深刻な顔してる理由にはならないな」
「ああ。俺も剣崎と同意見だ。ここに集まったって事や、そいつらと一緒に話し合いって事も気になるしな」
一真の言葉に頷きながら、侑斗はちらりと名護達「素晴らしき青空の会」の面々を見やる。
ただの報告……琢磨が仲間になったとか、海堂が仮面ライダーに変身出来るようになったとか、それだけなら渡の家でやっても良かったはず。それに、それは深刻な事態と言う訳ではない。むしろ真司やデネブのように喜ぶべき事だ。
だが、再びこの喫茶店で、「青空の会」の面々の前で報告するとなると……ただ事ではない事が起こったと、思わざるをえない。
事実、渡達はそれだけではない事にぶち当たったのだから、彼らの反応は当然なのだが。
「実は……」
「渡君、俺から話そう」
口を開こうとした渡を制し、そう言ったのは無論、名護啓介。
彼はぐるりと周囲を見回すと、何かを睨みつけるような表情を作った。
「レジェンドルガと言う存在の他に、一人の男が俺の前に現れた。彼は白峰天斗と名乗り俺を敵視していた。外見だけは太牙君に似ていたが……雰囲気は別物だ」
「そいつが、どないしたんです?」
「よくぞ聞いた健吾。さすが俺の弟子だ。実はその白峰と言う男、レジェンドルガとか言う奴と行動を共にしていた」
「何だって!?」
「しかも、変身していた。奴が言うには、『3WA』と言う組織に属しているらしい。どうやらライダーシステムを使っていたようだったが……」
そこまで一気に言い切り、名護は小さく息を吐きだすと、それまで黙していた嶋へと視線を向け……
「嶋さん、何かご存知ありませんか?」
「いや。残念だが俺にもわからん。……だが、その『3WA』と言う組織、気になるな」
首を横に振りながらも、何かを考え込むように嶋は自覚なしにその目をすっと細める。
言葉通り本当に心当たりがないらしく、その眉間に不審そうな皺が寄った……その時だった。
「その組織に関する疑問、私が答えましょうか?」
「え?」
唐突に上がった知らぬ声に、全員がその声がした方へと目を向ける。
いつの間に入ってきたのだろうか。入り口には一人の女性が、妖艶な笑みを浮かべて立っていた。
青を基調とした服装。首には淡い水色のチョーカーを巻き、年齢は、三十代半ばか……円熟味の増した美女と言う表現が良く似合う。
髪の色も、光の加減のせいか、どことなく青みがかって見え、全体的に「青い人」と言う印象を受けた。
「……君か」
「お久し振りね。最近はいらっしゃらない物だから、こちらから出向いてしまったわ」
互いに顔見知りらしく、特に訝る様子もなく声をかけた嶋に対し、その女性は優雅に微笑むとそう言いながらカウンター席に腰掛け、紅茶を注文する。
「嶋さん、お知り合いですか?」
「ああ。彼女は青器龍水。凄腕の占い師だ」
「その名前って……」
「レジェンドルガサーチャーを置いていった人……!?」
嶋に紹介された彼女……青器と呼ばれたその女性は、驚いたような顔をした渡達に視線を向けると、再びにこりと微笑み、座ったまま悠然と一礼した。
「あれは友人からの預かり物よ。私はそれを渡すように言われただけ」
勝手に置いていって御免なさいね、と言いつつ、彼女は出された紅茶を一口すする。
占い師と紹介されていたが、その言葉に納得できるだけの、不思議な雰囲気を彼女は持っていた。
「……それで、青器君。君の知る『3WA』とは一体?」
「その前に、これからの話は『異世界』と言う概念を頭に入れておいて欲しいの」
「異世界、だと?」
「パラレルワールドと言っても良いわ。こことは似て非なる世界の事よ」
嶋の問いに、彼女はさも当然のように言葉を放つ。
……渡達は仲間が時を駆ける列車、ガオウライナーに乗って「異世界」へ向かったのを知っている為、その概念は然程抵抗なく受け入れられたが、「青空の会」の面々と琢磨……特に名護は不審そうにその眉根を寄せた。上手く想像できない、と言う表情を隠そうともしない。
だが、レジェンドルガなる異形や白峰と言った未知の脅威が実際にある以上、それを議論している暇はないと思ったのか、名護は顰め面のままこくりと頷いて……
「馬鹿馬鹿しいが……そんな事を言っている場合ではなさそうだ。とりあえず信じた気になってみよう」
「それで充分」
名護の言葉に嬉しそうに微笑むと、青器はその微笑を消し、真剣な表情で語り始める。
彼女の知る、「こことは違う世界」について。
「まずは、こんな世界を想像して頂戴。こことはそう変わらない世界。だけど、存在している仮面ライダーはキバとイクサのみ。紅渡がキバだと言う事は『素晴らしき青空の会』の面々には周知の事実で、存在する異形は人間のライフエナジーを糧としている者達だけ。おまけにファンガイアにチェックメイトフォーと呼ばれる上位集団など存在しない」
「……つまり、兄さんがいない世界……」
「それだけじゃなくて、ミラーモンスターも、オルフェノクも、アンデッドも、イマジンもいない世界でもある訳かぁ」
渡と真司の言葉に、彼女は嬉しそうに小さく頷く。
「そう。そして、紅音也……あなたのお父さんは、対ファンガイア組織の面々にとって、伝説の戦士として称えられる存在であった世界」
「父さんが、伝説の戦士……」
「ここまでは、良いかしら?」
普通に考えれば突拍子もない事なのだが、どうやら想像できなければ先に進めないらしい。
納得できている訳ではないが、彼女が今言ったような世界とやらを想像し……彼女の問いに答えるように、全員は黙ってこくりと頷きを返す。
「ただ、その世界には『青空の会』以外にも、対ファンガイア組織があったの」
「そのうちの一つが、『3WA』とか言う組織やな」
「その通り。飲み込みが早くて助かるわ襟立。そして、その世界の『名護啓介』は『青空の会』の会員になる前、実はそこに所属していたの」
「つまりその世界の名護君は、そこで白峰と出会ったと言う事か」
いつの間にか「異世界」と言う概念を受け入れてしまっているらしく、嶋はあっさりと「その世界」と言う単語を発する。
……本人は自分の意識の変化に気付いていないようだが。
「そう。しかも白峰には、何をしても勝てなかった。その事にコンプレックスを抱き、『名護啓介』は『素晴らしき青空の会』へと移籍した」
「勝てないなら、少しでも離れていたい……そういう弱さが、その世界の俺にはあった……」
自分の事だからなのか、名護には「別の世界の自分」の気持ちが理解出来たらしい。
何となく、分かる気がする。何をしても勝てない相手が自分の側にいて、しかもどうやら自分は見下されていたらしい。そんな人間の側にいる事など、彼にとって屈辱以外の何者でもなかっただろう。
「……白峰は、ファンガイアに対して人間と言う種は勝てると踏んでいた。だけど……その世界のもう一つの脅威、レジェンドルガには、どう足掻いても勝てないと絶望した」
「ひょっとしてそいつ……人間を裏切ったって言うのか!?」
驚いたように、そしてどこか怒ったようにそう言ったのは一真。
人間を守る。そのために「人にあらざる者」であるアンデッドと化した彼にとって、「人間を裏切る」と言う行為は何よりも許せなかったのだろう。
ぎり、と奥歯を噛み締めたような音が、隣に座っていた真司の耳に届いた。
「そう。彼は死ぬ事が怖かった。だから、蘇ったレジェンドルガ族に忠誠を誓い、身も心も人間である事を……やめた」
「……身も心もなんて……まるで、冴子さんみたいだ」
彼女の台詞を聞いて琢磨が思い出したのは、もう一人のラッキークローバーのメンバー。今や完全に敵と化した、ロブスターオルフェノク……いや「影山冴子」の姿だった。
どうしてあっさりと人間である事を捨てられるのか、彼にはわからない。死にたくないと言う気持ちは、痛い程よく分かる。今も灰化しつつある自分の左手を見るのは怖いし、せまり来る死に発狂しそうになる。
……だからと言って、簡単に人間を捨てられないのも事実だった。人間を捨てると言う事は、それまでの自分を……二十数年の「時間」を捨てる事に他ならない。それは、今までの自分を否定するようで嫌だった。
「白峰の変身した姿は、『3WA』が独自に開発した対ファンガイア用迎撃スーツ。コードはレイ。ギガント族の一種であるイエティの力を取り込んだ、人工的な『キバの鎧』だと思ってくれれば間違いないわ。ただし、白峰がレジェンドルガと化した事によって、大分変質したけれど」
そこまで一気に語ると、青器は一息入れるように再び紅茶に口をつける。
「……待ちなさい。確かあの男は、『神』に蘇らせてもらったと言っていた。それはどう言う事だ?」
「そのままの意味よ。彼はその世界の『神』の手によって、甦った」
「それってつまり、一回は死んだって事か!?」
あっさりと名護の問いに答えた彼女に、新たな問いを放ったのは真司。
オルフェノクである海堂や琢磨も、「甦り」と言う単語に過敏に反応していた。
「この世界に入り込んだレジェンドルガ達は、元の世界で一度、あなた達に……キバとイクサに倒されているの」
「何ですって!?」
「正確には『その世界のあなた達』。紅渡、名護啓介、麻生恵そして……過去から助人に来た、麻生ゆりと紅音也。この五人にね」
「じゃあ、何で甦ったりなんかしたんだ? 彼らが倒したんだろう?」
名護と渡を見ながら、心底不思議そうな表情でデネブが問う。
それは、他の面々も同じ考えだったらしくほぼ全員同時に頷いて青器を見つめた。
「それはね、この世界を欲しがる『神』……こちらでは『塔』と呼ばれる存在が、今がチャンスだと踏んだからよ」
「どういう意味だ、青器君、『今がチャンス』とは?」
「嶋、今この世界には、幾つもの危機が同時に迫っている」
忌々しげな声でそう言った青器の目が、その一瞬だけ変化したように、隣に座っていた嶋には見えた。
青みがかっていた黒目の色が深紅に染まり、瞳の形は菱形へと変形したように。
だが、その一瞬後にはいつも通りの青っぽい、普通の目に戻っていた。本当に一瞬の出来事だった為に、訝しくは思った物の……光の加減か見間違いだと判断し、先の言葉を待つ。
「『幾つもの危機』の一つは、兄さん達が向かった『オルフェノクの世界』による同化ですか?」
「そう。そしてあと二つ」
「まだあるのかよ!?」
「ええ。ただどちらも今、別の戦士達が対応してくれているから安心して」
そこまで彼女が言った時、何か心当たりがあったのだろうか。侑斗がはっとしたような表情になり……
「まさか、あいつがゼロライナーを持って行った理由って……」
「ええ。危機のうちの一つに立ち向かうため。あなた達には非常に申し訳ないけれど、今回の場合、最低でも時の列車は三つ、必要だったの」
侑斗達が、オーナーにゼロライナーから降ろされたのも、デンライナーを元オーナーとやらが持って行ったのも、その「危機」に対抗するためだったと言う事か。
ようやく理由は分かったが……それならそうと、最初から言っておいて欲しかった物だと、再び侑斗の中にゼロライナーのオーナーに対する微妙な怒りがこみ上げてくる。
――やっぱり、もう二、三発殴っておけば良かったな――
と思うのだが、それは後の楽しみに取っておく事に決めた。
「とにかく、色々と手薄になった今を、その『塔』とか言う奴が狙った……そう言う事なんか?」
「その通りよ襟立。しかもレジェンドルガは、自らを倒したキバに強い憎しみを抱いている。同様に白峰は、見下していたイクサ……いいえ、『名護啓介』に負けた事を恨んでいる」
「けど、それってこの世界の、じゃないんでしょう?」
「そうだよ。一真の言う通り、それって逆恨みだろ」
「その通りね。でも……自分が最も憎む者と同じ姿形を持ち、名前や口調まで同じ存在がいたら……城戸、あなたはその人を憎まないと言い切れて?」
青器の問いに、真司は思わず黙り込んでしまう。自分には、そう言った憎むべき存在がいないから、はっきりとは想像できないが……愛する者に置き換えると、納得できるかもしれない。
自分が好きな……好ましいと感じている人と同じ容姿を持ち、口調や名前まで同じ存在がいたら……やはりその人物に好意を抱くだろう。
そう考えると、その白峰と言う男が名護を憎んでいたとしても、おかしくはない。例えそれが、逆恨みだと分かっていても。
「異世界からの侵略者か。俄かには信じ難い話だが、実際にレジェンドルガと、オルフェノクの王が人間に対する脅威である以上、我々『青空の会』も本格的に対抗しなければならないな」
「しっかしよォ……肝心のオルフェノクの王とレジェンドルガの王の居場所が分からないんじゃ、話になんねーだろ」
こいつにも反応しねーし、と付け加えつつ、海堂はレジェンドルガサーチャーを軽く振る。
実際、レジェンドルガサーチャーは三体のレジェンドルガを倒して以降、ずっと沈黙したままだ。今は「オルフェノクの世界」にいる良太郎のイマジンの話では、少なくともあと一体はいるはずだし、何より白峰もこの世界に存在する。
先手を打つためにも……そしてこれ以上被害を出さぬためにも、こちらから相手の根城に乗り込む必要がある。
「大丈夫よ」
彼らの緊張を解す様に、青器はにこやかな笑みを浮かべて言うと……いつの間にかカウンターに展開されていたカードをめくり、その中の一枚を彼らに見せる。
番号は「IV」、書かれているのは若く凛々しい男性の絵柄で、付けられている名は「皇帝」。物事の発展、前進を意味するカード。
「明日には、今起こっている事象の全てに決着がつく。……そう、私のカードが告げているわ」
そう、彼女が言った瞬間。
カランカランと思い切りドアベルが鳴り、一人の少女が元気良く入って来た。
静香と同い年くらいだろうか、学校帰りらしく、制服姿のままにこやかに……そして今の店内の雰囲気を一気にぶち壊す程に明るい笑顔を振りまいていた。
「あれ、今日は早いじゃない。いつもので良いの?」
マスターに言われ、少女は心底嬉しそうに頷く。
彼女の撒き散らす空気で一気に毒気を抜かれたらしい。戦士達はきょとんとした表情になり……やがてこれ以上は話せないと判断したのか、僅かに苦笑を浮かべ……温くなったコーヒーに口をつけた。
「う~ん、お~いし~。今日も木戸さんのコーヒー、グー! こればっかりはウチのお兄ちゃんも勝てないんだよね~」
「嬉しいねぇ。そんな風に素直に喜んでくれる人、最近じゃめっきり少なくなっちゃったから」
幸せそうな顔でコーヒーを飲む少女に、マスターも笑顔でそう返す。心なしかマスターの視線の先には名護達がいたのだが、彼らはあえてその視線をスルーした。
深刻な空気は吹き飛ばされ……青器は笑みを浮かべて、彼らを見つめる。
「操縦者の惨劇、その振り出しに戻りなさい。色なき者には色なき者、大食いの蛇には錆びた銃弾、氷結の爪には灼熱の太陽、死なずの王には因縁と封印を、巨大な王には蝙蝠と龍を……」
誰にも聞こえない程小さな声で。
青器は謳うように、そう呟くのだった。
「ようやく手駒が揃いましたね」
静寂に包まれた魔界城で、白峰は嬉しそうに言う。
彼の目の前には、虚ろの目をした多数のオルフェノクの姿がある。
「数だけは、揃ったみたいだけど……本当にこれで何とかなるんだろうね、白峰?」
「そうね。そんな連中……本当に役に立つのかしら?」
メデューサレジェンドルガとロブスターオルフェノクが、心底馬鹿にしたようにそう呟く。
……だが、どうもそれは白峰に向けられた言葉ではなく……彼の前でぼんやりとしているオルフェノク達に向けられているようにも聞こえた。
それを理解しているのか、白峰もその口元に薄い笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「ご心配なく。駒は駒でも、彼らなど所詮は捨て駒です」
「ふうん……お前の考え、私達に言ってごらん」
「はい。半数をロードや王を守るための『肉の壁』として、残りの半数を入り口近辺に配置しておき、戦士達の襲撃に備えます」
軍師よろしく、白峰は凛とした声で自らの策を二人の異形に講釈する。
目の前にいるオルフェノク達がどう思っているかなど、全く気にした様子もない。それどころか彼らは、白峰の声が聞こえていないかのようにぼんやりと立っている。
「襲撃に備える……? 何故そんな必要があるのかしら?」
「無論、メデューサ様とロブスター様……お二人の力は絶大。ましてロードや王にかかれば、敵など赤子の手を捻るよりも容易い。ですが、こちらも余計な労力は使いたくありませんので」
「何が言いたいんだい?」
「……彼らには、戦士達の体力を削いで貰いましょう。恐らく敵は謁見の間に到着はするでしょうが、これだけの数……疲弊しない訳がない」
タクトを振るかのように、白峰はつい、と持っていた鑢で入り口近辺を指し示す。
それと同時に、今までぼんやりしていたオルフェノク達の半分が、入り口へと向かってのろのろと歩き出す。
……その顔に、蛇の鱗のようなものを浮き上がらせて。
「彼らはメデューサ様が倒されない限り、『レジェンドルガとして』戦い続ける」
「完璧なオルフェノクになりたくないのなら、レジェンドルガとして操る……面白いアイディアだわ」
軽く腕を組みながら、感心したようにロブスターが呟く。
「レジェンドルガに襲われた者は、レジェンドルガと化す」。その特性を利用し、白峰は戦力を補強したのだ。
メデューサとしてはあまり気に入らない作戦ではあるが、何よりもキバを倒す事を優先したいとアークが言う以上、今回の白峰の策に乗ったのだ。
……正直な話、彼女は白峰を信用していない。元が人間であった事や、その人間を裏切ってこちらに付いた事を考えると、こちらが不利になった時、彼がまた裏切らないと言う保証がない。
その点においては、ロブスターの方が余程信用できる。それは単に、彼女の性格が自分と似ているせいかも知れないが。
「まあ……良い。キバを倒せさえすればね」
「そうね。私も、あの忌々しい裏切り者を倒せればそれで良いわ」
それだけ言うと、彼女達はくるりと踵を返し、謁見の間へと戻っていった。
その後姿を見送りながら……白峰は一人嗤う。
「さあ、名護君。今度こそ……君を殺してあげよう。この……僕の手で」
邪悪に歪んだその笑みは、もはや白峰天斗がヒトを捨て去っている事を示していた。
真司と一真がガーゴイルレジェンドルガを撃破した直後、真司の携帯電話に、海堂から「mal D’amourへ集合」と言う連絡が入った。
渡の家ではなく、わざわざ外でと言う点を疑問に思いはする物の、何かしらの理由があるのだろう。侑斗とデネブの二人と合流し、真司の案内で再び「Café mal D’amour」へと向かい……合流した彼らは、互いの状況を報告した。
真司達はガーゴイルレジェンドルガを倒した事くらいしか報告するような事はなかったのだが、海堂達の方は違ったらしい。
以前この店で出会った名護啓介と、スマートブレイン社員である琢磨逸郎が、深刻な表情で真司達を待っていた。
しかも、カウンター席の方には嶋護がおり、名護の後ろには襟立健吾までいる。ある意味貸しきり状態と言っても良いだろう。
「紅、何かあったのか?」
その深刻な雰囲気に飲まれたのか、デネブが密やかな声で渡に問いかける。
渡はそれに黙って頷くと、まずは彼らに琢磨を紹介した。
「スマートブレイン社の社長秘書、だって!?」
「……はい。今の肩書きはそうです」
名刺を見て派手に驚く真司に、苦笑いで琢磨はそう返す。
真司程ではないにしろ、渡と海堂以外の面々も、その肩書きに驚きを隠せない。こんな時間に抜け出して、喫茶店でコーヒーを飲める程悠長な身分ではないはずだ。
とは言え、よく考えれば渡も似たような立場なのだが……どうやらその事実は忘れられているらしい。
「しかし、そんな多忙な身の人間が、何故?」
「人間、じゃないんです」
嶋の言葉の揚げ足を取るかのように琢磨はそう言うと、一瞬だけその姿をセンチピードオルフェノクへと変える。
……勿論、直後にはその事実にプチパニックが起きたが……ファンガイアとのハーフである渡がいる以上、それも割とすぐに収まった。
最近は太牙もいる事だし、近くに「人にあらざる者」がいても然程衝撃がこなくなってしまったのだろう。慣れとは恐ろしい物だ。
「驚いたな……まさかオルフェノクだったとは」
「こいつはよぉ、オルフェノクの中じゃ、割と強い方なんだぜ。そうは見えねーだろうけど」
何故か左手を庇うように座る琢磨を見つつ、海堂はまだ少し驚いている嶋達に向かって、からかうようにそう告げる。
実際、神経質そうな外見からは想像出来ないくらい、琢磨のオルフェノクとしての力は強い。海堂など足元にも及ばないくらい。かつては人間性に問題があっただけで、今の彼と真正面から戦うような事になった場合、勝てるかどうか……海堂は正直自信がない。
「それで……お前は例のライダーズギアとかって奴は手に入れられたのか?」
「おぉ、良くぞ聞いてくれました、侑斗君!」
「……『君』……?」
海堂に君付けで呼ばれ、侑斗は物凄く渋い顔を返すが、相手はそんな事を気に留めた様子もなく、バシバシと侑斗の背を叩きながら一本のベルトを机に乗せる。
金属製のベルトが多い中、海堂の差し出したベルトは、バックル以外は革で出来ている。
「この通り、俺様もようやく認められたっちゅうかよぉ。オーガのベルトを預かってきたぜ」
「オーガ?」
「スマートブレインの開発した、『帝王のベルト』の一本。僕の持つ『天』のベルト……サイガの対が、海堂さんの持つ『地』のベルト、オーガです」
不思議そうに聞いてきた一真に、琢磨は自分が持つ白いベルトを見せながら答える。
帝王のベルトはそのキックバックの大きさ故、オルフェノクの中でも限られた者しか扱えない事、つい先程まで、スマートブレイン社で封印されていた事、そして……皆と共に戦うために、自分も「仮面ライダー」として力を貸す事を。
「それは確かに心強いな! 味方は多い方が良いし!」
「うんうん。城戸の言う通りだ。俺もそう思う」
真司の言葉に嬉しそうに頷きながら、デネブはにこやかな笑顔で右手を琢磨に差し出し、半ば強引に握手を交わした。
「だけど、それだけじゃ渡がそんな深刻な顔してる理由にはならないな」
「ああ。俺も剣崎と同意見だ。ここに集まったって事や、そいつらと一緒に話し合いって事も気になるしな」
一真の言葉に頷きながら、侑斗はちらりと名護達「素晴らしき青空の会」の面々を見やる。
ただの報告……琢磨が仲間になったとか、海堂が仮面ライダーに変身出来るようになったとか、それだけなら渡の家でやっても良かったはず。それに、それは深刻な事態と言う訳ではない。むしろ真司やデネブのように喜ぶべき事だ。
だが、再びこの喫茶店で、「青空の会」の面々の前で報告するとなると……ただ事ではない事が起こったと、思わざるをえない。
事実、渡達はそれだけではない事にぶち当たったのだから、彼らの反応は当然なのだが。
「実は……」
「渡君、俺から話そう」
口を開こうとした渡を制し、そう言ったのは無論、名護啓介。
彼はぐるりと周囲を見回すと、何かを睨みつけるような表情を作った。
「レジェンドルガと言う存在の他に、一人の男が俺の前に現れた。彼は白峰天斗と名乗り俺を敵視していた。外見だけは太牙君に似ていたが……雰囲気は別物だ」
「そいつが、どないしたんです?」
「よくぞ聞いた健吾。さすが俺の弟子だ。実はその白峰と言う男、レジェンドルガとか言う奴と行動を共にしていた」
「何だって!?」
「しかも、変身していた。奴が言うには、『3WA』と言う組織に属しているらしい。どうやらライダーシステムを使っていたようだったが……」
そこまで一気に言い切り、名護は小さく息を吐きだすと、それまで黙していた嶋へと視線を向け……
「嶋さん、何かご存知ありませんか?」
「いや。残念だが俺にもわからん。……だが、その『3WA』と言う組織、気になるな」
首を横に振りながらも、何かを考え込むように嶋は自覚なしにその目をすっと細める。
言葉通り本当に心当たりがないらしく、その眉間に不審そうな皺が寄った……その時だった。
「その組織に関する疑問、私が答えましょうか?」
「え?」
唐突に上がった知らぬ声に、全員がその声がした方へと目を向ける。
いつの間に入ってきたのだろうか。入り口には一人の女性が、妖艶な笑みを浮かべて立っていた。
青を基調とした服装。首には淡い水色のチョーカーを巻き、年齢は、三十代半ばか……円熟味の増した美女と言う表現が良く似合う。
髪の色も、光の加減のせいか、どことなく青みがかって見え、全体的に「青い人」と言う印象を受けた。
「……君か」
「お久し振りね。最近はいらっしゃらない物だから、こちらから出向いてしまったわ」
互いに顔見知りらしく、特に訝る様子もなく声をかけた嶋に対し、その女性は優雅に微笑むとそう言いながらカウンター席に腰掛け、紅茶を注文する。
「嶋さん、お知り合いですか?」
「ああ。彼女は青器龍水。凄腕の占い師だ」
「その名前って……」
「レジェンドルガサーチャーを置いていった人……!?」
嶋に紹介された彼女……青器と呼ばれたその女性は、驚いたような顔をした渡達に視線を向けると、再びにこりと微笑み、座ったまま悠然と一礼した。
「あれは友人からの預かり物よ。私はそれを渡すように言われただけ」
勝手に置いていって御免なさいね、と言いつつ、彼女は出された紅茶を一口すする。
占い師と紹介されていたが、その言葉に納得できるだけの、不思議な雰囲気を彼女は持っていた。
「……それで、青器君。君の知る『3WA』とは一体?」
「その前に、これからの話は『異世界』と言う概念を頭に入れておいて欲しいの」
「異世界、だと?」
「パラレルワールドと言っても良いわ。こことは似て非なる世界の事よ」
嶋の問いに、彼女はさも当然のように言葉を放つ。
……渡達は仲間が時を駆ける列車、ガオウライナーに乗って「異世界」へ向かったのを知っている為、その概念は然程抵抗なく受け入れられたが、「青空の会」の面々と琢磨……特に名護は不審そうにその眉根を寄せた。上手く想像できない、と言う表情を隠そうともしない。
だが、レジェンドルガなる異形や白峰と言った未知の脅威が実際にある以上、それを議論している暇はないと思ったのか、名護は顰め面のままこくりと頷いて……
「馬鹿馬鹿しいが……そんな事を言っている場合ではなさそうだ。とりあえず信じた気になってみよう」
「それで充分」
名護の言葉に嬉しそうに微笑むと、青器はその微笑を消し、真剣な表情で語り始める。
彼女の知る、「こことは違う世界」について。
「まずは、こんな世界を想像して頂戴。こことはそう変わらない世界。だけど、存在している仮面ライダーはキバとイクサのみ。紅渡がキバだと言う事は『素晴らしき青空の会』の面々には周知の事実で、存在する異形は人間のライフエナジーを糧としている者達だけ。おまけにファンガイアにチェックメイトフォーと呼ばれる上位集団など存在しない」
「……つまり、兄さんがいない世界……」
「それだけじゃなくて、ミラーモンスターも、オルフェノクも、アンデッドも、イマジンもいない世界でもある訳かぁ」
渡と真司の言葉に、彼女は嬉しそうに小さく頷く。
「そう。そして、紅音也……あなたのお父さんは、対ファンガイア組織の面々にとって、伝説の戦士として称えられる存在であった世界」
「父さんが、伝説の戦士……」
「ここまでは、良いかしら?」
普通に考えれば突拍子もない事なのだが、どうやら想像できなければ先に進めないらしい。
納得できている訳ではないが、彼女が今言ったような世界とやらを想像し……彼女の問いに答えるように、全員は黙ってこくりと頷きを返す。
「ただ、その世界には『青空の会』以外にも、対ファンガイア組織があったの」
「そのうちの一つが、『3WA』とか言う組織やな」
「その通り。飲み込みが早くて助かるわ襟立。そして、その世界の『名護啓介』は『青空の会』の会員になる前、実はそこに所属していたの」
「つまりその世界の名護君は、そこで白峰と出会ったと言う事か」
いつの間にか「異世界」と言う概念を受け入れてしまっているらしく、嶋はあっさりと「その世界」と言う単語を発する。
……本人は自分の意識の変化に気付いていないようだが。
「そう。しかも白峰には、何をしても勝てなかった。その事にコンプレックスを抱き、『名護啓介』は『素晴らしき青空の会』へと移籍した」
「勝てないなら、少しでも離れていたい……そういう弱さが、その世界の俺にはあった……」
自分の事だからなのか、名護には「別の世界の自分」の気持ちが理解出来たらしい。
何となく、分かる気がする。何をしても勝てない相手が自分の側にいて、しかもどうやら自分は見下されていたらしい。そんな人間の側にいる事など、彼にとって屈辱以外の何者でもなかっただろう。
「……白峰は、ファンガイアに対して人間と言う種は勝てると踏んでいた。だけど……その世界のもう一つの脅威、レジェンドルガには、どう足掻いても勝てないと絶望した」
「ひょっとしてそいつ……人間を裏切ったって言うのか!?」
驚いたように、そしてどこか怒ったようにそう言ったのは一真。
人間を守る。そのために「人にあらざる者」であるアンデッドと化した彼にとって、「人間を裏切る」と言う行為は何よりも許せなかったのだろう。
ぎり、と奥歯を噛み締めたような音が、隣に座っていた真司の耳に届いた。
「そう。彼は死ぬ事が怖かった。だから、蘇ったレジェンドルガ族に忠誠を誓い、身も心も人間である事を……やめた」
「……身も心もなんて……まるで、冴子さんみたいだ」
彼女の台詞を聞いて琢磨が思い出したのは、もう一人のラッキークローバーのメンバー。今や完全に敵と化した、ロブスターオルフェノク……いや「影山冴子」の姿だった。
どうしてあっさりと人間である事を捨てられるのか、彼にはわからない。死にたくないと言う気持ちは、痛い程よく分かる。今も灰化しつつある自分の左手を見るのは怖いし、せまり来る死に発狂しそうになる。
……だからと言って、簡単に人間を捨てられないのも事実だった。人間を捨てると言う事は、それまでの自分を……二十数年の「時間」を捨てる事に他ならない。それは、今までの自分を否定するようで嫌だった。
「白峰の変身した姿は、『3WA』が独自に開発した対ファンガイア用迎撃スーツ。コードはレイ。ギガント族の一種であるイエティの力を取り込んだ、人工的な『キバの鎧』だと思ってくれれば間違いないわ。ただし、白峰がレジェンドルガと化した事によって、大分変質したけれど」
そこまで一気に語ると、青器は一息入れるように再び紅茶に口をつける。
「……待ちなさい。確かあの男は、『神』に蘇らせてもらったと言っていた。それはどう言う事だ?」
「そのままの意味よ。彼はその世界の『神』の手によって、甦った」
「それってつまり、一回は死んだって事か!?」
あっさりと名護の問いに答えた彼女に、新たな問いを放ったのは真司。
オルフェノクである海堂や琢磨も、「甦り」と言う単語に過敏に反応していた。
「この世界に入り込んだレジェンドルガ達は、元の世界で一度、あなた達に……キバとイクサに倒されているの」
「何ですって!?」
「正確には『その世界のあなた達』。紅渡、名護啓介、麻生恵そして……過去から助人に来た、麻生ゆりと紅音也。この五人にね」
「じゃあ、何で甦ったりなんかしたんだ? 彼らが倒したんだろう?」
名護と渡を見ながら、心底不思議そうな表情でデネブが問う。
それは、他の面々も同じ考えだったらしくほぼ全員同時に頷いて青器を見つめた。
「それはね、この世界を欲しがる『神』……こちらでは『塔』と呼ばれる存在が、今がチャンスだと踏んだからよ」
「どういう意味だ、青器君、『今がチャンス』とは?」
「嶋、今この世界には、幾つもの危機が同時に迫っている」
忌々しげな声でそう言った青器の目が、その一瞬だけ変化したように、隣に座っていた嶋には見えた。
青みがかっていた黒目の色が深紅に染まり、瞳の形は菱形へと変形したように。
だが、その一瞬後にはいつも通りの青っぽい、普通の目に戻っていた。本当に一瞬の出来事だった為に、訝しくは思った物の……光の加減か見間違いだと判断し、先の言葉を待つ。
「『幾つもの危機』の一つは、兄さん達が向かった『オルフェノクの世界』による同化ですか?」
「そう。そしてあと二つ」
「まだあるのかよ!?」
「ええ。ただどちらも今、別の戦士達が対応してくれているから安心して」
そこまで彼女が言った時、何か心当たりがあったのだろうか。侑斗がはっとしたような表情になり……
「まさか、あいつがゼロライナーを持って行った理由って……」
「ええ。危機のうちの一つに立ち向かうため。あなた達には非常に申し訳ないけれど、今回の場合、最低でも時の列車は三つ、必要だったの」
侑斗達が、オーナーにゼロライナーから降ろされたのも、デンライナーを元オーナーとやらが持って行ったのも、その「危機」に対抗するためだったと言う事か。
ようやく理由は分かったが……それならそうと、最初から言っておいて欲しかった物だと、再び侑斗の中にゼロライナーのオーナーに対する微妙な怒りがこみ上げてくる。
――やっぱり、もう二、三発殴っておけば良かったな――
と思うのだが、それは後の楽しみに取っておく事に決めた。
「とにかく、色々と手薄になった今を、その『塔』とか言う奴が狙った……そう言う事なんか?」
「その通りよ襟立。しかもレジェンドルガは、自らを倒したキバに強い憎しみを抱いている。同様に白峰は、見下していたイクサ……いいえ、『名護啓介』に負けた事を恨んでいる」
「けど、それってこの世界の、じゃないんでしょう?」
「そうだよ。一真の言う通り、それって逆恨みだろ」
「その通りね。でも……自分が最も憎む者と同じ姿形を持ち、名前や口調まで同じ存在がいたら……城戸、あなたはその人を憎まないと言い切れて?」
青器の問いに、真司は思わず黙り込んでしまう。自分には、そう言った憎むべき存在がいないから、はっきりとは想像できないが……愛する者に置き換えると、納得できるかもしれない。
自分が好きな……好ましいと感じている人と同じ容姿を持ち、口調や名前まで同じ存在がいたら……やはりその人物に好意を抱くだろう。
そう考えると、その白峰と言う男が名護を憎んでいたとしても、おかしくはない。例えそれが、逆恨みだと分かっていても。
「異世界からの侵略者か。俄かには信じ難い話だが、実際にレジェンドルガと、オルフェノクの王が人間に対する脅威である以上、我々『青空の会』も本格的に対抗しなければならないな」
「しっかしよォ……肝心のオルフェノクの王とレジェンドルガの王の居場所が分からないんじゃ、話になんねーだろ」
こいつにも反応しねーし、と付け加えつつ、海堂はレジェンドルガサーチャーを軽く振る。
実際、レジェンドルガサーチャーは三体のレジェンドルガを倒して以降、ずっと沈黙したままだ。今は「オルフェノクの世界」にいる良太郎のイマジンの話では、少なくともあと一体はいるはずだし、何より白峰もこの世界に存在する。
先手を打つためにも……そしてこれ以上被害を出さぬためにも、こちらから相手の根城に乗り込む必要がある。
「大丈夫よ」
彼らの緊張を解す様に、青器はにこやかな笑みを浮かべて言うと……いつの間にかカウンターに展開されていたカードをめくり、その中の一枚を彼らに見せる。
番号は「IV」、書かれているのは若く凛々しい男性の絵柄で、付けられている名は「皇帝」。物事の発展、前進を意味するカード。
「明日には、今起こっている事象の全てに決着がつく。……そう、私のカードが告げているわ」
そう、彼女が言った瞬間。
カランカランと思い切りドアベルが鳴り、一人の少女が元気良く入って来た。
静香と同い年くらいだろうか、学校帰りらしく、制服姿のままにこやかに……そして今の店内の雰囲気を一気にぶち壊す程に明るい笑顔を振りまいていた。
「あれ、今日は早いじゃない。いつもので良いの?」
マスターに言われ、少女は心底嬉しそうに頷く。
彼女の撒き散らす空気で一気に毒気を抜かれたらしい。戦士達はきょとんとした表情になり……やがてこれ以上は話せないと判断したのか、僅かに苦笑を浮かべ……温くなったコーヒーに口をつけた。
「う~ん、お~いし~。今日も木戸さんのコーヒー、グー! こればっかりはウチのお兄ちゃんも勝てないんだよね~」
「嬉しいねぇ。そんな風に素直に喜んでくれる人、最近じゃめっきり少なくなっちゃったから」
幸せそうな顔でコーヒーを飲む少女に、マスターも笑顔でそう返す。心なしかマスターの視線の先には名護達がいたのだが、彼らはあえてその視線をスルーした。
深刻な空気は吹き飛ばされ……青器は笑みを浮かべて、彼らを見つめる。
「操縦者の惨劇、その振り出しに戻りなさい。色なき者には色なき者、大食いの蛇には錆びた銃弾、氷結の爪には灼熱の太陽、死なずの王には因縁と封印を、巨大な王には蝙蝠と龍を……」
誰にも聞こえない程小さな声で。
青器は謳うように、そう呟くのだった。
「ようやく手駒が揃いましたね」
静寂に包まれた魔界城で、白峰は嬉しそうに言う。
彼の目の前には、虚ろの目をした多数のオルフェノクの姿がある。
「数だけは、揃ったみたいだけど……本当にこれで何とかなるんだろうね、白峰?」
「そうね。そんな連中……本当に役に立つのかしら?」
メデューサレジェンドルガとロブスターオルフェノクが、心底馬鹿にしたようにそう呟く。
……だが、どうもそれは白峰に向けられた言葉ではなく……彼の前でぼんやりとしているオルフェノク達に向けられているようにも聞こえた。
それを理解しているのか、白峰もその口元に薄い笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「ご心配なく。駒は駒でも、彼らなど所詮は捨て駒です」
「ふうん……お前の考え、私達に言ってごらん」
「はい。半数をロードや王を守るための『肉の壁』として、残りの半数を入り口近辺に配置しておき、戦士達の襲撃に備えます」
軍師よろしく、白峰は凛とした声で自らの策を二人の異形に講釈する。
目の前にいるオルフェノク達がどう思っているかなど、全く気にした様子もない。それどころか彼らは、白峰の声が聞こえていないかのようにぼんやりと立っている。
「襲撃に備える……? 何故そんな必要があるのかしら?」
「無論、メデューサ様とロブスター様……お二人の力は絶大。ましてロードや王にかかれば、敵など赤子の手を捻るよりも容易い。ですが、こちらも余計な労力は使いたくありませんので」
「何が言いたいんだい?」
「……彼らには、戦士達の体力を削いで貰いましょう。恐らく敵は謁見の間に到着はするでしょうが、これだけの数……疲弊しない訳がない」
タクトを振るかのように、白峰はつい、と持っていた鑢で入り口近辺を指し示す。
それと同時に、今までぼんやりしていたオルフェノク達の半分が、入り口へと向かってのろのろと歩き出す。
……その顔に、蛇の鱗のようなものを浮き上がらせて。
「彼らはメデューサ様が倒されない限り、『レジェンドルガとして』戦い続ける」
「完璧なオルフェノクになりたくないのなら、レジェンドルガとして操る……面白いアイディアだわ」
軽く腕を組みながら、感心したようにロブスターが呟く。
「レジェンドルガに襲われた者は、レジェンドルガと化す」。その特性を利用し、白峰は戦力を補強したのだ。
メデューサとしてはあまり気に入らない作戦ではあるが、何よりもキバを倒す事を優先したいとアークが言う以上、今回の白峰の策に乗ったのだ。
……正直な話、彼女は白峰を信用していない。元が人間であった事や、その人間を裏切ってこちらに付いた事を考えると、こちらが不利になった時、彼がまた裏切らないと言う保証がない。
その点においては、ロブスターの方が余程信用できる。それは単に、彼女の性格が自分と似ているせいかも知れないが。
「まあ……良い。キバを倒せさえすればね」
「そうね。私も、あの忌々しい裏切り者を倒せればそれで良いわ」
それだけ言うと、彼女達はくるりと踵を返し、謁見の間へと戻っていった。
その後姿を見送りながら……白峰は一人嗤う。
「さあ、名護君。今度こそ……君を殺してあげよう。この……僕の手で」
邪悪に歪んだその笑みは、もはや白峰天斗がヒトを捨て去っている事を示していた。