生者の墓標、死者の街

【その25:双黒風穿 ―ハヤテ―】

 「乾巧」として生きていくために、乾はどうしても確かめなければならない事があった。
 自分の頭の中にある「乾巧としての記憶」。そして記憶を失っていた間、共にいたミナと言う少女に……彼女の幼馴染の「隆としてのもう一つの記憶」としての記憶の事を。
 そして……しばらくバイクで木々の合間を縫った先に、自分を待っていたかのようにミナはその姿を現すと、乾のバイクの前に立った。
 彼女の知る真実を、乾に語るために。
 乾が二つの記憶を持つのは、ミナの父親が彼女のために、偽りの記憶を乾の頭に埋め込んだからだと。
 友人のいない彼女のために、彼女を孤独にしないために。乾が……「隆」が、ファイズであるとも知らずに。
 だけどそれを知られた今、ミナは本当に一人になる。そう、思った。自分勝手で我侭でがさつで短気で……しかも、乾の記憶までも操作した元凶。それが自分だと、彼女自身がそう思ったから。
 嫌われて、当然なのだと。
 はじめて好きになった相手に冷たくあしらわれるくらいなら、いっそ自分から突き放した方が楽だと、そう思って。
 だがそんな彼女を……乾は、今までと変わらぬ優しさで受け入れ……友人だと言った。
 それが、ミナには、嬉しかった。
「本当……? 私の事、嫌いになってない……?」
「ああ」
 思いもかけなかったその言葉に、嬉しそうにミナは微笑み……ごそごそと、肩からかけていた鞄をあさりだす。
「それから……これ、返さなくちゃな」
 そう言って取り出したのは、銀色の、人の腕ほどの大きさの四角い機械。スマートブレインのロゴと、Φの字を連想させるトリガーらしき部分から、ファイズのためのツールであると簡単に予測される。
「あたしと親父が、倒れてたあんたを見つけた時、あんたが持ってたんだ」
 そう言って、ミナが乾に「それ」を渡した瞬間。
 乾の視界に、こちらに向けて銃を構えた男の姿が目に入った。
 反射的にミナを庇い、その銃弾から逃れる乾。
「お前に救世主は務まらない! こいつは俺が貰っておくぜ!」
 そう言って現れたのは……銃を構え、乾のバイクからファイズギアが入ったアタッシュケースを盗み、掲げる水原。
 そして彼は再び銃口を乾に向ける。自分が「救世主」になる為に邪魔な存在である乾を消す為に。
「隆!」
 そう言ってミナが乾を庇ったのと、水原が引鉄を引いたのは……同時。
 水原が放った凶弾は、ミナの背を撃ち抜くとその命までも打ち砕いた。
 呆ける乾を尻目に、水原は一瞬忌々しそうに顔を歪め……それでも、彼から奪ったファイズギアを持って闇の中へと走り去る。
 それを追いかけもせず、乾は事切れたミナに寄り添う。
 彼女が死に際に見た幻はなんだったのか。それを乾に知る事は出来ない。
 ただ……彼女の死に顔は、とても安らかで……幸せそうに微笑んでいた……

 ガオウライナーによって「この世界」にやってきた面々は、夜を明かすために一度、ガオウライナーに戻った。
 野宿と言うのも考えたのだが、ガオウライナーの中にある豪華ホテル級のベッドと言う誘惑には勝てなかったらしい。
 ……乗客全員が、ゆっくりとガオウライナーが動いていた事にも気付かずに眠っていたその時。
 唐突に響いた銃声に、最初に目を覚ましたのは始。次にリュウタロスとウラタロスが跳ね起き、後の面々はほぼ同時くらいに目覚めた。
 そして、彼らが窓から見た光景は……ファイズギアを奪い、乾から走り去る水原の姿。ガオウライナーはまるで彼についていくかの様に、ゆっくりと並走している。
 後ろに流れる景色の中で、乾は見知らぬ少女の亡骸を抱え悲しそうにその顔を歪めているのが見える。恐らく先の銃声は、彼女の命を奪った音なのだろう。
「そんな……あの人、どうして……!」
「そんなにまで救世主になりたいのかよ」
 良太郎の問いに、苦々しい表情を浮かべて答える巧。
「……『英雄と言う物は、英雄になろうとした時点で失格』……か。まさにその通りだな」
 いつかの歴史で北岡が言っていた言葉を思い出し、蓮は苦笑混じりに呟く。どこで聞いたのかは既に記憶にないが、あの時もその言葉をかけられた相手は「英雄になりたい」という願いが暴走し、大切な存在を手にかけていた。
「……ちっ。妙な予感がしやがる」
「先輩?」
 乾から距離をとろうと必死に走る水原を見つめつつ、低く呟いたモモタロスにウラタロスが不思議そうに聞き返す。
 こう言う時のモモタロスの勘は良く当たる。あまり当たって欲しくはないのだが……
「……止まったみたいだ」
 ガオウライナーがゆっくりと停車したのをいち早く認識した太牙がそう言うと……誰からともなく、ガオウライナーから降りていった。
 ……事の次第を、見極めるために。

 水原がファイズギアを奪い、走ってからどれ程経った頃だろうか。自分の足音の他に、もう一つ別の音が、自分を追いかけてくるように響いている事に気付く。
 それは、蹄の音。
 その音に心当たりでもあるのか、ゆっくりと……何かを恐れるような表情で水原は後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは木場勇治。人間との共存を望む、心優しきオルフェノク。しかし、一度敵とみなした者には容赦なく攻撃する、苛烈な存在。
「それは君が持っていても何の役にも立たない。俺から乾君に返しておこう」
 何を考えているのか読めぬ表情ではあるが、それが親切であるかのような声で言われ……それでも水原は鼻で笑った。
「ハッ。オルフェノクが!」
 ケースからファイズギアを取り出し、自らの腰に装着する。
 しかしそんな水原の様子に、木場はどこか呆れたような視線を送る。
 互いに噛み合わぬ空気に気付いていないのか、一人狂気じみた笑みを浮かべると、水原はファイズフォンに変身コードである「555」を入力し……
『Standing By』
「変身!」
『Error』
 無慈悲な電子音が響き、ファイズギアは水原を拒絶するかのようにその場から弾け飛ぶと、そのまま土の上へ軽い音をたてて落ちた。
「だから言ったろ。役に立たないって」
「うるさい!」
 逆上したように叫びつつ、水原は木場に向かって発砲する。だが、銃弾が彼の体に届く前に、木場は人間態からオルフェノク態へとその姿を変えると、何でもないかのように手に持つ剣でその銃弾を弾く。
 拳銃が効かないと分かるや否や、今度はなんの躊躇もなく手榴弾のピンを抜き、木場の足元へと投げつけた。
「!?」
 水原の投げた物に木場が気付いた瞬間、爆音と閃光が走る。
「あはははははは」
 手榴弾による爆発を近距離で受けて無事でいられるはずがないとでも確信したのか。水原の勝ち誇ったような哄笑が辺りに響く。だが……すぐに、それは止まる。己の腹部に、妙な熱を感じて。
「……は?」
 その熱に導かれるように、不思議そうな表情で下へと視線を移し……水原は気付く。
 木場の……ホースオルフェノクの持っていた剣が、自らの腹を刺し貫いていた事に。
 それに気付くと同時に、そのままゆっくりと……信じられないと言った表情のまま、水原はどさりと草の上へ仰向けに倒れる。
 ……それを見つけた剣の持ち主……爆発を物ともしていない様子の木場が、自らの所有物を水原の亡骸から引き抜くと、ファイズギアを回収し、何事もなかったかのようにその場から立ち去った。

 ガオウライナーから降りた瞬間、彼らの目に映ったのは返り討ちにあった水原の姿だった。
 勿論、そうなるまでの過程はきちんと見届けた。見届けた上で……やはり、ショックは隠せなかった。
 無言で剣を水原の体から引き抜くホースオルフェノク。目を開け、完全に屍と化した水原。それは、あまり見慣れたくない、人の「死」そのものだった。
「木場……あいつっ」
「待って、乾さん!」
「止めんな良太郎!」
 何事もなかったかのように立ち去る木場に、何か一言言わねば気が済まない。例え、こちらの声が聞こえないのだとしても。
 そんな思いを抱いている巧を、良太郎は行く手を遮るようにして留める。
 ……この場に残る「違和感」の正体に、気付いてしまったから。
「よく見て!」
 そう言って良太郎が指し示したのは、先程木場によって命を絶たれた水原の亡骸。
「良太郎、あいつがどないしたんや?」
 キンタロスが、巧同様不思議そうな顔でそう問いかけたその瞬間。亡骸であったはずの「水原」が、唐突に起き上がった。
 しかも、パンパンと自分の衣服についた土埃を叩きながら。
「……変だと思ったんだ。僕が昼間に見た時は、オルフェノクに襲われた人は、割とすぐに灰になって跡形もなくなった」
 辛そうな表情で言いながらも、良太郎の目はしっかりと水原を見つめている。致命傷だったはずの腹部の傷は消え、口元には何かを企んでいる様な笑みを湛えているその男を。
「なら、奴は!?」
「まさか……あいつ、オル何とかってのになったってのか!?」
 驚いたように言う蓮とモモタロス。他の面々も驚いているが、誰よりも驚いているのは巧であった。
「まさか! あいつ、さっきファイズギアに拒否されたんだぞ!?」
「ねえ、それどう言う事?」
「簡単に言えば、あいつはオルフェノクになれる人間じゃなかったはずだって事だ!」
 リュウタロスの問いに答えつつ、巧は警戒するように水原を見つめる。
 ファイズギアは、オルフェノクと、オルフェノク因子を持つ者にのみその鎧を与える。先程、木場と相対した時拒否されたと言う事は、水原にはオルフェノク因子がなかった事を意味する。
 簡単に言えば、この男がオルフェノクとして覚醒する可能性がない。それが、先の変身失敗エラーではっきりと示されたのだ。
 それなのに、生きている。それも、オルフェノクに攻撃されたにも関わらずに、だ。
 ……これは一体どういう事なのか。
「……さて、と。これで種は蒔けたか」
 独り言にしては大きすぎる……それこそまるで巧達に言い聞かせるように、水原はそう言葉を放つ。
 ……見えているはずがない。そのはずなのに、彼の視線は完全に巧を捕らえている。その顔に、邪悪な笑みを浮かべて。
「俺があのオルフェノクに『殺された』所も見せたし、後は勝手に人間とオルフェノク共が仲違いしてくれる」
 言われ、今更のように太牙と始がはっとしたような表情を見せる。
 先程、木場が立ち去った後、誰かがどこかへ行ったような気配を感じたが……まさか、この男はそこまで計算して動いていたと言うのだろうか。
 人間とオルフェノクを、完全に対立させるために。
「そうすれば、責任感の強いオルフェノク共あいつらの事だ。ちょっと批難すりゃ、スマートブレインにある帝王のベルトを盗み出して、自分の潔白を証明しようとするだろうな」
 木場の性格上、恐らく水原の言う通りになるであろう事を、巧は理解していた。
 人との共存を図るため、あの強大な力をオルフェノクから……いや、スマートブレインから奪い、力の均衡を保とうとする。
 まして木場が水原を「殺した」のは事実。それを突きつけられ、追い詰められたなら、余計にそう言った行動で己の意思を見せようとするに違いない。
 そう思った瞬間。
 水原は巧の表情を読み取ったかのように、にんまりと言う表現しか思いつかないような笑みをこちらに向け……
「お前らも、そう思うだろ?」
「……やはり、お前……」
「俺達の姿が、見えているようだな」
 僅かにカイを彷彿とさせるような仕草で問うてきた水原に、巧と始が警戒したように声をかける。
 それに続くようにして、イマジン達も警戒心を露にし、太牙もいつでも変身できるよう、キバット二世を控えさせていた。
「最初から見えてるよ。誰も気付いた様子がないから、おかしいとは思ってたけど……そうか。お前ら、この世界に来た侵入者って訳か」
「……あの女が言っていたな。俺達の姿が見える者がいれば……そいつは敵だと」
 何かを納得したような水原にそう言うと同時に、蓮は彼に向かって駆け出し、その腕を掴もうとする。
 だがその刹那、蓮の持っていたラウズガードが反応し、水原と蓮の間に水の壁を生み出した。
 本来なら他人からの干渉から守るためのそれが、今回ばかりはまるで水原を守るかのように立ち塞がったのだと周囲が気付くのに、そう時間はかからなかった。
「はっ、残念。『守護』が仇になったな」
 水原は蓮との距離を置き、馬鹿にしたような口調で言い放つ。彼が離れた事により水の壁は蓮の足元へ、バシャと音を立てて落ち、水溜りを作る。
「あンの野郎ォ……ああ、殴りてー!」
 馬鹿にされた事に腹を立てたモモタロスが、じれったそうに右手を握ったり開いたりしながらその場で地団太を踏む。他の面々も、どこか悔しそうに水原を睨みつけていた。
 ……唯一、水の壁で邪魔をされた、蓮を除いて。
 その顔に浮かんでいるのは、不敵な笑み。まるで、こうなる事を望んでいたかのような。それに気付いたのか、今までの浮かべていた嘲笑を収めると、水原は訝しげに蓮の顔を見やる。
「……何がおかしい?」
「気付いていないお前が、だ。分かっていないらしいな。俺はわざと、お前を掴みに行ったんだ」
「負け惜しみか?」
「いや」
 水原に返しながら、ゆっくりと蓮は一歩前に足を踏み出す。足元で溜まった水が、月明かりに照らされて彼が浮かべる不敵な笑みを映し出している。
 自らと水原を隔てた壁の名残が、ゆらゆらと波紋を立てて蓮を受け入れる。まるで、彼の企みに気付いているかのように。
「俺が変身するためには、反射物が必要だ。だが、ここにはそんな物がない」
 懐中から蝙蝠のモチーフの入ったカードケースを取り出しそれを前に突き出すようにして構える。
 その瞬間に吹きぬけた風に揺られ、木々がざわめいてそれまでの静寂を壊す。これから起こる出来事を……そして水原の胸の内に膨れ上がる不安を、形容しているかの如く。
「ないなら、作ればいい。……この水溜りのようにな!」
 不敵な笑みで言うと同時に、蓮の姿が映りこんだ水面からは「鏡の戦士」の為のベルトが現出し、その腰に装着される。
 そう。全ては彼が変身するための布石。
 森の中に、鏡のような反射物などありはしない。だから蓮は、渡されたカードの力を利用して「水溜り」と言う名の「鏡面」を作り上げたのだ。
「変身!」
 カードケース……ナイトのデッキを腰のベルトに装着し、蓮は鏡の戦士の一人、ナイトへと変身を遂げる。
 紺色の、まさに騎士たるに相応しいその姿。軽くバイザーを上げ、その身に纏うマントをバサリと翻す。
「……はじめて見たな。スマートブレインのライダーじゃなさそうだ」
 水原の言葉には何も返さず、蓮はカチャリと油断なくバイザーを構える。その足元には、変身時に利用した水溜りが広がっている。
 その「向こう側」に、自らの契約モンスターがいる事を確認して……彼は一枚のカードをバイザーにベントインした。
『ADVENT』
 電子音に応えるかのように、それが響いた瞬間。水溜りから紺色の蝙蝠に似た生き物が飛び出す。「闇の翼」という二つ名を持つモンスター、ダークウィングが。
「何だ、あれは?」
「知らん。キバット族のモンスターではない」
 太牙の問いに、蝙蝠つながりでなのか、そう答えたのはキバット二世。
 無論、言われるまでもなく違うことは明らかだ。そもそも、大きさからして異なる。キバット族は、せいぜい翼を広げた状態で人の頭くらいの大きさであるのに対し、現れた蝙蝠は優に人の大きさを超えている。
「……何なんだよ、そいつ」
「俺の契約モンスターだ」
 巧の、呆然としたような呟きに答えつつ、蓮はダークウィングを見上げる。
 かつては、虎視眈々と自分の恋人を狙った存在。
 恋人の命を守るため……恋人の命から目を反らさせるために、契約したモンスター。それが今、純粋に、自分達の敵を排除するために存在している。
「異世界でも、ミラーモンスターを召喚できるのは好都合だな」
 蓮や真司のような、「鏡の戦士」と呼ばれる存在は、契約モンスターの力を借りて、その真価を発揮する。
 今回のようにモンスターその物や、その一部を模した武器の類は、基本的に全てミラーワールドから送られる。
 ミラーワールドの中でのみ戦うと言うのなら問題はないのだろうが、生憎ここは「外」の世界。しかも、自分達の住まう世界とは全く異なる世界場所。ミラーワールドとつながっている可能性は低かったのだが……どうやら、今回は大丈夫らしい。
 契約モンスターを呼べなければ、彼らの必殺技とも言えるファイナルベントが使えないのも大きな痛手。
 心の中で安堵しつつも、蓮は一気に水原めがけて剣を突き立てに向かう。
 ……蓮の攻撃に躊躇はない。こちらに気付いている以上、そしてオルフェノクである木場に攻撃をされても死ななかった以上、水原がただの人間でない事は分かっているから。
 だから、と言うべきか。次の瞬間、水原は軽やかにその剣をかわすと、鈍い音と共に蓮の腹部へその拳を叩き込み、派手な音を鳴らして蓮の体を吹き飛ばしていた。
「が……っ!?」
 一瞬、何が起こったかわからなかった。水原が軽く殴りかかっただけで、変身していた蓮を吹き飛ばすなど、常識では考えられない。
 オルフェノクではない。それならファイズに変身できたはずだから。しかし、だからと言って、今の力を見る限りは、やはりただの人間と言う訳でもない。
「無駄だ。……お前らは、俺に勝てない」
 低く笑いながらそう言った水原の顔に浮かんだのは……ステンドグラスのような、カラフルな模様。
 ……この世界では、存在し得ないはずの異形。異端とも言える、その存在。
「ファンガイア、だと!?」
「その通りだよ」
 太牙の驚きの声に答えながら、水原の姿が徐々に変化していく。
 緑色っぽい体色の、蟷螂を髣髴とさせるシルエット。首から左肩にかけて存在しているのはキツツキの意匠だろうか。彼は、「水原」から「マンティスファンガイア」と呼ぶべきモノへその擬態を解く。
「おいおいおい! どう言う事だ、こりゃ!?」
「ふむ。迷い人か」
 驚いたように言ったモモタロスとは対照的に、ジークは特に気にした様子もなく……むしろ眼中にないかのように、そう答えた。
「偶にあるのだ。何らかの理由で異世界に渡ってしまい、その世界の住人として生きる者が」
「せやけど、何であいつ消滅せぇへんのや?」
「恐らく……奴のいた世界の『神』とやらに、送り込まれたのだろうな。この世界を混乱させるために。我々と同じくそいつから受け取った『守護』でもあるのだろう。それ程強くはないが」
「…………どうでも良いさ、そんな事。お前らが俺の敵だって事には、変わりないだろう?」
 マンティスファンガイアが、どこか楽しそうに……しかし同時に寂しそうに言いきった、刹那。
「……それもそうだな」
『CHANGE』
「何だ?」
 唐突に響いたその声と音に、マンティスファンガイアは思わずその方向を見やる。
 黒い体に、金色の紋様。目は赤く、どこかハートマークを髣髴とさせる。手に持つ武器は、鎌のようにも弓のようにも見え、低く構えたその姿は、どことなく獲物を狙っているような印象。
 ……カリス。そう呼ばれる仮面ライダー。相川始がハートのエースで変身し、そこに封じられたアンデッドの姿を模した存在。
「貴様が蟷螂だというのなら、カリスも蟷螂……マンティスアンデッドだ」
 チャキ、とカリスラウザーを構え、立ち上がった紺色の戦士の隣に並び立つ。
 紺色の戦士……蓮は、始の変身に一瞬だけ驚いたような表情を仮面の下で浮かべたが、すぐにカードを一枚取り出すと、それをバイザーにセットする。
『SURVIVE』
 「SURVIVE ―疾風―」。蓮が持つカードであり、自らを風の力で強化するカード。蓮の周囲を風が取り囲み、その鎧を強化していく。紺色から、もう少し青みがかった色の鎧が、闇夜に映える。
『BLAST VENT』
 サバイブ化した蓮のカードがその名を告げ、同じように「強化されたダークウィング」……「疾風の翼」の二つ名を抱くダークレイダーが、その翼から相手めがけて強風を吹きつける。
 それに倣うようにして、始もカリスラウザーに一枚のカードを通す。「ハートの6」、その効果は……
『TORNADO』
 蓮のブラストベントに乗せる様に、始もまた強風を生み出し、相手の動きを止めた。
 二人の放った風の力に圧され、マンティスファンガイアは動く事も出来ず……むしろズルズルと後退していく。
「悪いが」
「貴様と付き合っている時間はない」
 冷静な二人の声が響くと同時に、二種類の電子音が再び響く。
『FINAL VENT』
 蓮のそのカードの発動と同時に、ダークレイダーはバイク形態であるマシンモードに変形し、それこそ疾風の如く相手に激しい体当たりを食らわせにかかる。
『FLOAT』
『DRILL』
『TORNADO』
『SPINNING DANCE』
 再び使用された「TORNADO」は、今度は始の身を包み、彼の体を強力なドリルと化す。その勢いに任せ、始はマンティスファンガイアの体を蹴り貫かんとする。
 水の壁は、現れない。ひょっとすると、現れるだけの時間をも、与えられなかったのかもしれない。
 そう思える程の瞬間の……否、それよりもっと短い時間の出来事。
 二陣の風に貫かれ、マンティスファンガイアはピシリ、とひび割れる。そして……
「俺は……俺は、ただ…………」
 最後の言葉は、誰にも聞き取る事は出来ぬまま。
 水原と名乗っていたマンティスファンガイアは、ガラスのように砕け散った……

 自分でも、自分の考えがまとまらない。
 始まりの地が欲しい。二つの世界を……そこに住むオルフェノクを守りたい。
 そう思う自分と、そんな事は出来ない、この世界で手一杯な自分。
 俺は、本当はどうしたいんだろう。
 ……少なくとも「戦車」としては、人間なんて滅んでも良い。オルフェノクさえ守れればそれで良いと思ってる。楽しければ、それで良いとも。
 だけど、俺は……人間とオルフェノクは共存できる。現状のまま、皆と一緒にいられたら良いのにって考えてる。楽しいだけじゃない、辛い事があって、それを一緒に乗り越えていく事も大事だって。
「どうすれば良いんだよ、俺……」
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