生者の墓標、死者の街

【その24:雨樋獣喰 ―ケモノ―】

 渡の屋敷で、真司達がほっと一息吐きかけたその時だった。
 警告音が鳴り響き、レジェンドルガサーチャーがまたしても敵の存在を告げたのは。
「また!」
 言って一真は持っていた機械に映し出された画面を見やる。つられるようにして真司と侑斗、そしてデネブもその画面を覗き込んだ。
 割と近い場所に「Gargoyle」と表記されたポインターが映し出されており、少し離れた所に「Mandrake」と表記されたポインター。
「どうする、二手に分かれるか?」
「いや……マンドレイクって奴がいるのは、丁度渡達がいる辺りだ。そっちは任せて、俺達はガーゴイルの方に専念した方が良いんじゃないか?」
 侑斗の提案に、真司が返す。
 とにかく今は、渡と海堂がそちらに向かっていると信じて、近くにいるガーゴイルレジェンドルガの方へと向かう。
 ポインターの指し示した場所……ガラス張りの、ドームのような建物に到着した時、巨大なうがいに似た、ゴボゴボという呻き声が聞こえた。
 ……ガーゴイル。「水音」を意味する単語から名付けられた、雨樋の怪物。
 その伝承通り、どこか石像をイメージさせる灰色の異形が、医者らしき男とその助手らしい青年を、今まさに襲おうとしている所だった。
「させるか!」
 そう言って駆け出したのは、真司。突撃するようにガーゴイルに体当たりを喰らわせる。だが、不意打ちだったにも拘らず、ガーゴイルは軽くよろめいただけで、あまり効いてはいないらしい。
「……っつー、何なんだよ、この硬さ!」
 抗議の声をあげつつも、真司は後ろ自分の後ろにいる二人の男に視線を向ける。
 医者の方は、割と冷静にこちらを見ており、青年の方はきょとんとした表情で真司とガーゴイルを見比べている。
「早く逃げろ!」
「ああ、逃げたいのは山々だが、驚きのあまり腰が抜けてな。頑張れ」
「ええ? そんな……」
 この状況でサムズアップをして励ましてくる医者に、思わず抗議の声をあげる真司。
 助手の方は、医者を置いて行く訳にもいかないのか、オロオロとしながらもその場を離れる気配がない。
 と、なれば……この二人を巻き込まないようにする為に、ガーゴイルをこの場から引き離さなければならない。
 とは言え、先程ぶつかった印象では変身しても力ずくで動かす事は難しいだろう。
「何やってんだよ、城戸」
「あ、侑斗。それがさ、あの人、腰が抜けたって……」
「はあ?」
 真司の台詞に、少し遅れて駆けてきた侑斗は思わず素っ頓狂な声をあげ、ちらりと二人の方を見る。
 堂々と腰を抜かしている医者と、何故だか自分の顔を見て驚いている助手らしい青年が、彼の視界に入る。
「遅くなりました。それにしても、引き離すにもちょっと硬そうですね、あいつ」
「それに、重そうだ」
「ちょっと所じゃないって。かなり硬かったし、重かった」
 いつの間にか追いついていた一真とデネブに、真司は体当たりをかました腕をさすりながら答える。
 見た目通り、かなりの硬度がある。おまけにあまり動かなかった事を考えると、重量もあるらしい。
 しかも相手はレジェンドルガ……先程戦ったマミーレジェンドルガのように、人を操る能力がないとは言えないのだ。
 どうしようかと、そう考えていた時だった。
「マミーを倒した連中か」
 ガーゴイルの唐突な言葉に、思わず真司達は身構える。
「キバは……こちらにはいないようだが、まあ良い」
 言うが早いか、ガーゴイルは低く笑うと、ゆっくりとした足取りで真司達に近付く。
 相手から放たれる殺気の様な物を感じ、真っ先に変身したのは……やはり、一真。マミーの時同様、自らの腰にジョーカーラウザーを現出させ、そこにスペードのエースのカードを通す。
「変身!」
『CHANGE』
 音声と共にその姿をブレイドに変え、どこからか召喚された醒剣、ブレイラウザーを構える。
 後ろにいる二人を、守るかのように。
「一真一人で戦わせる訳にも行かないだろ……!」
 言うが早いか、真司も近くのガラスに自らを映してベルトを現出させる。
 ガラスの向こう……ミラーワールドでは、待ち侘びているかのようにドラグレッダーがこちらを見つめているのが見えた。
「変身!」
 ベルトに自分のデッキを差し込み、真司も軽く気合を入れた後、龍騎としてガーゴイルに対峙する。
 侑斗だけが、自分の持つカードの枚数を確認し……小さく舌打ちをすると、変身した二人の後ろへと下がる。
「悪いが、俺はこのままだ。カードの消費を抑えたい」
 ゼロノスのカードは、他人の中にある「誰か」の記憶と引き換えに、変身する力を与える物。
 以前、イマジンと戦っていた時は、「自分」に関する記憶を対価とし、今は「ゼロライナーのオーナー」に関する記憶を対価としている。
 カードの残りが少ない訳ではないが、だからと言って他人の記憶を犠牲にしてまで戦いたいとも思わない。
 真司と一真がいれば、ガーゴイルの相手には充分だろう……そう判断したらしい。
「……分かった。その代わり、そっちの二人は頼んだ」
「ああ」
 一真の言葉に頷きつつ、侑斗は腰が抜けたと豪語する医者と、未だ何かに驚いている様子の青年の方に視線を向ける。
「俺の事見てる暇があるなら、手伝え。……デネブ、お前には後詰めを頼む」
「了解!」
 侑斗の言葉にビシっと敬礼と声を返すデネブ。それとほぼ同時に、青年は医者に自分の肩を貸してゆっくりと立ち上がった。
 侑斗も逆方向から医者を支えているが……自分など不要なのではないかと疑うくらいに、自分にかかる負荷が少ない。
「何だ、お前一人で充分そうじゃないか」
「うん。僕だって鍛えてるから。でも……僕一人じゃ、先生を抱えて逃げられない」
 澄んだ瞳でそう言った青年に、どことなく侑斗は良太郎の姿を重ねた。弱そうに見えるのに、芯の強い所が似てるかもしれない。
「ま、とにかく俺達は城戸と剣崎の邪魔にならない所に避難するだけだ」
 そう言うと、侑斗はこちらを守る赤と青の戦士の方へ振り返り……
「頼んだぞ」
 短く言うと、出来るだけガーゴイルとの距離をあける様にその場を駆けていった。
「……逃げても無駄だ。すぐに追いつく」
「そんな事はさせない。……ここで、倒す!」
 カチャ、とブレイラウザーを構え、言葉の勢いのまま一真はガーゴイルに斬りかかる。
 だが、ガーゴイルは鬱陶しそうに一真を見やると、やれやれと言わんばかりに首を横に振り……
「いくら防御が硬いと言っても、喰らえば痛いからな……」
 そう言ったかと思うと……一真の視界いっぱいに、ガーゴイルの姿が映った。
 まだ、距離はあったと言うのに。
「早い!?」
 予想だにしていなかったスピードで接近され、思わず驚きの声をあげる一真。
 そんな一真の驚きを無視するかのように、ガーゴイルはその拳を一真の鳩尾部分に叩きつける。
「が……っ!」
「一真!」
 思いもかけなかった攻撃に、一真は派手に吹き飛ばされ、建物のガラスが派手な音を立てて砕け散る。
 そんな彼へ、真司も心配げに声をかけるが……
「余所見をしている場合ではないだろう」
 馬鹿にしたような声が耳元で響いたと認識すると同時に、真司は反射的に一枚のカードをバイザーに通す。
『GUARD VENT』
 瞬時に召喚された、ドラグレッダーの腹部を模したシールドを掲げ、刹那の差でガーゴイルの攻撃を防ぐ。
 だが、ガーゴイルの持つ「重さ」に「速さ」が加わり、その衝撃はドラグシールド越しにもしっかりと伝わってくる。ガードした腕が、ジンと痺れるほどに。
「重い上に、速い……!」
 苦しげに呟きつつ、真司はやはり一真の方に視線を向ける。
 ガード越しでこれだけの威力を感じるのだ。まともに喰らった一真が、無事であるとは到底思えない。
 少なくとも、肋骨の何本かは折れているかもしれない……そう思ったその瞬間。
『SLASH』
『METAL』
 一真が吹き飛ばされた辺りから、唐突に電子音が響いた。
「何?」
 ガーゴイルも、その音に気付いたらしい。
 真司との距離をとり、油断なく音のした方向に顔を向け……絶句した。
 大したダメージを受けた様子もない一真が、その場で剣を構えていたのだから。
 その隙を逃がす一真ではない。先程通した手持ちのカード……スペードの二と七のカードによって、硬度と切れ味を強化したそれを、呆然としているガーゴイルに向かって思い切り振り下ろす。
「はぁっ!」
 気合と共に放たれたその攻撃に、ガーゴイルの体は大きく後ろへと飛ばされた。
「一真、無事だったのか!?」
「ええ、まぁ……すみません、ご心配をおかけして」
 真司の問いに、曖昧に頷く一真。
 自分がアンデッド……不死の存在になった事は、真司には明かしていない。隠すつもりはないのだが、何となく言いそびれてしまっていた。
 人間のままであれば、きっと無事ではすまなかったに違いない。……とは言え、そう何度も喰らえる様な攻撃でもない。実際、アンデッドの回復力をもってしても、数秒間、意識が飛んだのだから。
「無事なら良いけど……無理するなよ」
「ありがとうございます、城戸さんも無理しないで下さい」
「ああ」
 真司の腕の痺れに気付いていたらしい。一真に言われ、真司は軽く腕を振る。
 ……もう一度ガードしろと言われても、今度は無理に違いない。今の一撃でギリギリ防げた程度なのだ。痺れた腕では攻撃を支えきれずに沈むのが目に見えている。
「今のは少し、痛かったな」
 苦情めいた……それでいて、まだ充分な余裕を感じさせる口調で、ガーゴイルが二人に向かってぼやく。
 口調通り、見た目にもあまりダメージの跡は見られない。あるとすればせいぜい、先程一真がつけたと思しき刀傷がうっすらとある程度。
「だが、無駄だ。俺の防御を崩す事など、貴様らには不可能」
「やっぱり効いてない……!?」
 ぎり、と奥歯を噛み締めて、悔しげに吐き捨てる一真。
 しかし真司の方は、一真とは対照的に仮面の下で不敵な笑みを浮かべ……
「いや……そうでもないぜ!」
『SWORD VENT』
 言うが早いか、バイザーにカードを通し、剣を出現させる。
 そして……半ば捨て身でガーゴイルに向かって突進、一真のつけた傷をなぞるように、全く同じ場所へ自らの剣を斬りつけた。
「がっ!?」
「少しとは言え、『痛かった』んだろ!?」
 苦悶の声をあげたガーゴイルに、真司は返す刀でもう一度同じ所を薙ぐ。
「うぐおぉっ!」
 今度ははっきりとした悲鳴を上げるガーゴイルに、真司はガーゴイルとの距離をとりながら、再び仮面の下で不敵に笑い、言葉を紡いだ。
「痛いって事は、僅かでもそこは傷付いてるって事だろ! なら、そこを集中的に攻撃すれば良い!」
「成る程、『塵も積もれば山となる』って奴ですね」
「今回の場合、『雨垂れ石をも穿つ』の方が良いかもな」
 今や深々と傷付いた自らの腹部を押さえるガーゴイルに、二人はカチャリと剣を構えながら言う。
 ……確かにガーゴイルは強い。
 防御力、腕力、そしてその躯体からは想像できないスピード。慢心が無ければ……最初から全力で来られていたら、きっと勝てなかっただろう。
 人間などに負けるはずがない、自分の防御が破られるはずがない。その傲慢さが、ガーゴイルレジェンドルガの、唯一の敗因と言っても過言でもない。
「お前は、人間を見下しすぎた」
 どこか悲しげに言いながら、真司は最後のカードをバイザーに通す。
 そのカードとは……
『ADVENT』
 「ADVENT」。自らが契約したミラーモンスターを召喚するカード。
 契約の証であり、それを持つが故に「対価」を支払う事を義務付けられた「宣誓書」。
「何……!?」
 その音声に、そしてそのカードによって「呼び寄せられた存在」に驚く暇も有らばこそ。
 ガーゴイルめがけて、ミラーワールドから召喚された赤き龍……ドラグレッダーが、口から火球を吐きながら襲い掛かっていく。
「ちっ……鬱陶しい生き物だ!」
 周囲を火球によって穿たれたクレーターに囲まれつつ、それでもガーゴイルは自らの防御力を信じてその火球の雨を抜けようと駆け出し……気付く。
 自らを喰らわんと、真正面から大きく口を開けて襲い掛かる、赤きドラゴンの姿に。
「な……!?」
 慌ててかわそうとした時には遅く。ガーゴイルレジェンドルガの命は、赤き龍の生きる糧となり、この世界から消え失せたのである。

「良い音楽だ」
 薄闇の中、アークが深々と椅子に腰掛けつつ、満足そうに微笑んでいる。
 その横では、同じように満足そうな顔で彼に傅くメデューサの姿がある。
「気に入って頂けて、光栄ですわ。ロード」
 彼らが「音楽」と称しているのは、何者かの悲鳴。
 悲鳴の主は、灰色の異形達。そして、あげさせているのも灰色の異形。
「王に服従しない愚か者に、生きる価値などないわ」
 言いながら襲っているのは、無論ロブスター。
 居並ぶ二人の「アーク」に対し、人並みの「恐怖」を覚え、ここから逃げ出そうとするオルフェノクを、彼女は「裏切り者」と判断し処刑していっているらしい。
 楽しそうな笑い声を上げながら、彼女は、ある者には手に持つ細剣で嬲り殺し、ある者には彼女の力を込めたシャンパンで、人間態のままの相手を灰化させる。
「い、嫌だ……俺は嫌だ!」
「死にたくない、助けて下さい!」
 人間から逸脱したのだと言い張っていた彼らも、只人のように泣き叫び、逃げ回り、命乞いをする。
 そんな彼らとは対照的に、アークオルフェノクの方はつまらなそうにその光景を眺めながら、自らに忠誠を誓った……人間の心を捨て去ったオルフェノク達に、「祝福」を与える。
 そんな阿鼻叫喚の地獄の中へ、一人の青年……白峰天斗が足を踏み入れる。
 自らの爪を鑢で磨き、逃げ惑うオルフェノク達に一瞥を送る。
「あ、あんた! 助けてくれ、嫌だ、死にたくない!」
 彼の存在に気付いた一人の「造反者」が、縋るように彼の足元で懇願する。
「……醜いな」
 彼は小さくそう呟くと、足元で縋り付いてくるオルフェノクを、ロブスターへ蹴り飛ばし、汚い物でも見るかのような蔑みの視線を相手に送る。
「人間の感情とは、かくも醜い物とは。本当に反吐が出る」
 そう言うと、彼は自らの冷気で出入り口を塞ぎ、逃げ惑うオルフェノク達の希望すらも奪い、代わりに全てに対する絶望を与えた。
「ロード。白峰天斗……ロードのお目覚めを聞き、ただ今戻りました」
「フン。マンドレイクを見捨てて、逃げ帰ってきたのかい、白峰」
「否定いたしません」
 メデューサの見下したような言葉にも動じず、彼は恭しい態度でアークに一礼を送る。
「ご挨拶も早々で誠に無礼とは存じておりますが……一つ、ご提案がございます」
「何だ?」
「……そこの裏切り者達。殺すには惜しい力を持っている」
 言いながら、白峰はちらりと、逃げ惑うオルフェノク達に冷ややかな視線を向ける。それこそ、絶対零度を思わせるような視線を。
「いかがでしょう? 処罰するより、我らの手駒として扱っては?」
 アークにそう言った後、彼は恐怖に顔を引きつらせるオルフェノク達に、先程とは真逆の、慈悲すら感じられる笑みを彼らに向け……
「死にたくない、だけど、完全なオルフェノクにもなりたくない。それなら……」
 にこやかな白峰の口から、更なる宣告がなされ……
 しばらくの悲鳴の後、魔界城はしばらくの間、静寂に包まれた。
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