生者の墓標、死者の街

【その23:救世主巧 ―メシア―】

「これを、俺に?」
「ああ。ついに完成したんだ」
 人間解放軍のいる建物の一画で、啓太郎が渡されたのは、「変身一発」と書かれたドリンク剤だった。
 その様子を、後ろから見ている者達がいる。
 ……蓮、太牙、モモタロス、キンタロスの四人。勿論、彼らの姿は啓太郎や博士……確か、野村と呼ばれていたボサボサの髪の男には見えていないのだが。
 良太郎達が仮面舞踏会へ向かったのに対し、彼らは人間解放軍の方に残った。
 お祭り気分でなかったと言うのもそうだが、何よりこの世界の戦士……草加雅人が死んだ事により、こちらでも大きな変化があると踏んだからだ。
「『変身一発』って……あからさまに怪しそうじゃねぇか」
「名前のセンスのなさは、良太郎並みやな」
 啓太郎の手元を覗き込んでいたモモタロスとキンタロスが、思わず苦笑しながら呟く。
 確かに、ビンに書かれたその名前は、限りなくセンスがないと言える。おまけに貼られたラベルのデザインも物凄く怪しい。だが……
「……そんなにセンスがないのか、良太郎は」
「ああ。ねぇ」
「皆無やな」
「そこまで言わしめる程か……」
 太牙の問いにきっぱり即答する二人に、思わず蓮も苦笑いで返す。
 蓮も太牙も、目の前にいる二人の本当の呼び名を知らない。自己紹介の時には、「野上桃」と「野上 キン」と名乗られたからだ。
 元々の呼び名を知っていたら、きっと彼らもああ、と納得した事だろう。
「それを飲めば、お前はカイザのベルトを使い、変身する事ができる」
「本当かなぁ……?」
 野村の言葉に半笑いで答えつつ、啓太郎はその瓶をしげしげと眺める。
 今までの発明が発明だっただけに、俄かには信じ難いと言うのが、啓太郎の本音かもしれない。
 と言うか、そもそも褐色の、どこにでもありそうなドリンク剤のビンに入れている時点で……相当怪しい。このご時勢、適当な入れ物がないのは分かる。だがこのビンでは、「元気ハツラツ」にはなれそうだが「使えない物を使えるようにする」事が出来るとは思えない。
 そんな大発明品である以上、もう少し丁重に扱うのが普通のはずだ。
「ワシは天才だ。間違いない。ただし……」
「ただし、何なの?」
「変身したら……間違いなくお前は死ぬ」
「え、そそ、そんな無茶な!」
「だが、ワシは天才だが時々計算を間違える。もしかしたら死なないかも知れん」
「何だよそれぇ、どっちなのさぁ……」
「さあ……?」
 茶番を演じているようにしか見えないやり取りだが、本人達は至って真面目なのだろう。それが分かるだけに、蓮達は苦笑するしかなかった。
 芝居がかった物言いをする野村に対し、啓太郎がとても真剣に返しているせいかもしれない。
「……出来の悪い喜劇やな」
「笑ってはいけないんだろうが……可笑しい」
 失笑にも似た笑みを浮かべる太牙。
 何故だろう、緊張しなければならない状況のはずなのに……彼らの行動が、見ている者の心を和ませるのは。
 この状況で、そんな風に出来るのは、彼らの人柄なのかも知れないなと……そんな風にも思えるのだった。

「でも、こんなの……一体どうやって?」
「『悪魔の薔薇』を研究した」
 そう言って野村が手袋をして取り出したのは、鮮やかな青い色をした薔薇の花だった。
 自然界ではありえない「青い薔薇」。
 それを見た啓太郎は、思わず薄ら寒そうな目でそれを眺める。そう、苦手な物……いや、怖い物を見た時の様な、そんな表情を。
「これって……」
「そうだ。この状況を生み出した、元凶だ」
 憎々しげに、野村は啓太郎の言葉尻に隠れた問いを肯定した。
 ……ある日。
 青い薔薇が、世界中に降り注いだ。
 その様子を見た人間は、その幻想的な風景に呆気にとられ、凄いねと笑っていた。
 ……最初の内は。
 だが、その薔薇が人の肌に触れた、その瞬間。その場は阿鼻叫喚の地獄と化した。
 大半の人間が灰となって散り逝き、無事だった者達はオルフェノクとしての覚醒を遂げた。
 屋内にいた者達も、殆どが覚醒したオルフェノクに襲われ、同じように灰化するか、オルフェノクに覚醒するかのどちらかだった。
 ……地上の覇権が、人間からオルフェノクに変わった瞬間だった。
 その薔薇が、スマートブレイン社長、村上の発明した物であった事を知った頃には、人間の数は五千人をきっていた。
 オルフェノクが攻撃する際の機構を応用したその薔薇は、オルフェノクに攻撃された時と同じ作用を示す……「進化の薔薇」であったのだ。人間達の間では、「悪魔の薔薇」という呼び名の方が定着していたが。
「カイザギアとファイズギアは、スマートブレインで作られた物だ。という事は、オルフェノクかオルフェノクに近い存在が使用できる、そう言う事だと推測される」
「……うん」
 そこまでは啓太郎も知っている。恐らくそれはスマートブレインが、人間側にベルトが渡った時の事を考えてかけた「保険」だろう。
「と、言う事は……オルフェノクの持つ、何らかの『因子』が反応して変身できる様になっているのではないか、とワシは考えた」
「そこで、その薔薇……」
「うん。その『変身一発』は、薔薇を研究し、ようやく見つけた『因子』を、オルフェノクにならない範囲で取り込めるように作ったものだ」
 そこまで聞けば、天才と自称するのも頷けるような気がした。
 仮説の段階は、多分他の人間も気付いている。だが……その仮説を実証するために、誰もが近寄りたがらない薔薇を研究し、あまつさえそこからオルフェノク因子と呼べるものの抽出に成功するなど……人間としては、天才だと思える。
「まあ、それを飲んだら、オルフェノクの攻撃がかすった程度の因子が体内に入る」
「…………え、でもオルフェノクの攻撃って、かすっても死ぬよね?」
「だから言っているだろう。『変身したら死ぬ』と」
「変身する前に死んじゃうよ!」
「……そうとも言えるかも知れん」
「そんなぁ……」
 情けない声を出しながらも、啓太郎は結局その茶色いビンを自分のズボンのポケットにしまいこむ。
 何が起こるかわからない。持っているに越した事はない……そう思って。
 扉が開き、いつになく明るい真理の声が聞こえたのは……その時だった。

「帰ってきたようだ……な……?」
 真理の方に向き直った太牙が、一瞬言葉に詰まった。
 真理の横に、巧が二人立っていたのだから。
「……何だ?」
「この世界の『俺』だとさ」
 ぶすっとした顔で、巧は蓮の問いに簡単に答えを返す。どうやらあまり巧は乾を快く思っていないらしい。
 「もう一人の自分」。その単語に、何故か蓮の脳裏をリュウガと名乗った黒い龍騎の姿が過ぎる。ひょっとするとあれは、もう一人の……ミラーワールドの「城戸真司」なのではなかろうか。
「まさか、な」
 自分の考えに、思わず苦笑混じりに蓮は呟く。あり得ない……とは言い切れないが、まさかそこまで偶然が重なるとも思えない。
「たっ君~! やっぱり生きてたんだ! 会いたかったよ~!」
「お。おお。おいおい、よせ鼻水が垂れてるぞお前」
 蓮のそんな考えをよそに、縋り付く啓太郎に対し鬱陶しそうに……だがどこか楽しそうに答える乾。
「ああ、ごめん。でも、俺ホント嬉しくて……! あ、今すぐふーふーしてあげるからね!」
 コップに中身を黙って見下ろしている乾の様子に何か気付いたのか、嬉しそうに言う啓太郎の言葉に、思わず良太郎達はぽかんと口を開けてしまう。唯一、啓太郎がそう言った理由を知る巧を除いて。
「……猫舌なんだよ。悪いか」
「狼なのに猫舌ってどうなのさ」
「何か言ったか?」
 ウラタロスの茶化しに、ギロリと睨みつける巧。
 その表情に、茶化した方はひょいと肩をすくめると、改めてカップを吹いている乾の方に目を向けた。
 乾に向けられている周囲の視線は、木場達が来た時同様あまり好意的には見えない。好奇だけならまだしも、不信感やそれを通り越して敵意すら混ざっている。
 中でも水原と呼ばれていた男の目は、良太郎達にもはっきりと分かる程、敵意と侮蔑の入り混じった感情を映していた。
「本当にこいつがファイズ? 救世主なのか?」
「救世主? ……おい、何の話だよ?」
「ファイズが現れて世の中に平和をもたらす……そんな噂が広まってんだよ」
 鼻で笑いつつ、水原は顔を顰めて放たれた乾の問いに答える。やはり、どこか馬鹿にしたような口調で。
「……誰だよ、そんな噂広めてる奴は……」
「噂の元はあの女だがな」
 頭痛を堪えるような表情で漏れる巧の呻きに、答えるようなタイミングで、水原は真理を指しながら言葉を続けた。
 本当に、こちらの声が聞こえているのではないかと、疑ってしまう程に。
「……まさか、奴は」
 その疑いが小さな声になり、思わず始は水原を睨みつける。気が付けば、始の隣に立つ太牙も同じ様な目で彼を睨みつけていた。
 ……二人共、生まれつき人にあらざる者であるせいか。そう言う「勘」のような物が働くのかもしれない。
 カードによる守護のせいか、その感覚はこの世界に到着してから少し鈍り気味ではあるが、それを差し引いても水原と言う男は疑うに足る程度にはキナ臭い。
「お前……勝手な噂振りまくなよ。誰が救世主だって? 大体俺がそんなガラかよ、え?」
「だって!」
「たっ君なら出来るって! 俺達も手を貸すからさ!」
「嫌だね。大体俺に一言も相談もなく勝手に決めやがって。迷惑」
 心底迷惑そうに言う乾に、巧も同感と言わんばかりに頷く。
 生まれた世界は異なっても同一人物と言うだけあって、その本質は同じなのかもしれない。
「とにかくあんた。やる気がないなら俺にファイズギアを渡してもらおう」
 乾のやる気のない台詞に反応したのは……やはり、水原。
 乾の左隣に座り、カップを吹いている彼の顔を覗き込みながら、後ろで抗議の声をあげる真理を軽く無視して言葉を続けた。
「前々から思ってたんだがな、普通の人間は、まず変身する事ができない。乾巧、もしかしてあんた、オルフェノクなんじゃないのか?」
 水原の言葉を契機に、その場に沈黙が降りる。
 良太郎達は巧がオルフェノクである事を知っている。そして彼が木場同様、人間と共存を望んでいる存在である事も。
 蓮もその事実はガオウライナーの中で聞いた。聞いた時は驚いたが、ミラーモンスターのような「完全な異形」を知る身としては、二足歩行かつ元人間と言う肩書きがある分、恐ろしいとは思わなかった。
 ……真に恐ろしいのは、人間の敵意である事を、ライダーとしての日々を思い出した彼には充分理解できていたから。
 だが……この世界の人間は、そうは受け止めていないらしい。
 オルフェノクは「人類の敵」であり、抹消すべき存在。生き残った殆どの人間がそう思っている以上、水原の放った言葉は、彼らの心に疑惑という名の種を蒔くには充分すぎた。
 オルフェノクにされた仕打ちを考えれば、彼らの思いも当然なのかもしれないが……
 それでも、冷ややかなその空気が「見ているだけ」の良太郎達には痛かった。
「……何言ってんの!? 巧がオルフェノクだなんて、そんな筈ある訳ないでしょ!?」
「そうだよ! 俺達はたっ君と長い付き合いなんだ! たっ君の事は誰よりも知ってるよ!」
 重苦しい沈黙を破るように、真理と啓太郎が乾を庇う様にしながら水原に怒鳴る。一方の乾は、何を考えているのかいまひとつわからない表情で、手元のカップを吹き続けた。
 逆に彼女達の否定が、巧には正直、痛かった。この世界の「乾巧」もファイズであった以上、自分同様、彼もウルフオルフェノクだろうと思う。
 だから余計に、彼女の否定が……巧には痛い。何だかんだ言いながら、彼女に「オルフェノクである自分」を否定されているようで。
「まあ、仮に人間だとしてもだ。本人にやる気がないなら仕方がないだろ。野村博士の力を借りれば、俺だっていずれ変身できるようになるかもしれない。救世主伝説は、俺が継ぐ」
「ふざけないでよ! あんたはただ『救世主』って賛辞が欲しいだけでしょ!? 自分のためにしか戦えない人間に、ベルトを持つ資格なんかないんだから!」
 自分のためにしか戦えない人間に、ベルトを持つ資格はない。
 その言葉に、イマジン達はその通りと言わんばかりに頷き、蓮は辛そうにその目を伏せる。
 蓮達「鏡の戦士」は、大体が「自分の願いのため」にのみ戦っていた。蓮もその一人だっただけに、真理の言葉は耳に痛い。
 しかし……やはり水原は軽く真理を無視すると、なおも乾に顔を寄せ……
「あんたはどうだ? ベルトを渡せば、もう戦わなくて済むんだよ」
 誘惑めいた口調で囁いてくる水原に、乾は僅かに眉を顰め……心底鬱陶しそうな表情で、彼に告げた。
「嫌だね。あんたはツラが気に食わない。小学校の頃勝手に俺を班長にした奴に似てる」
 ふざけているのか真面目なのかはよく分からないが……とにかく、きっぱりと乾は水原を否定すると何の感情も抱いていない視線を向ける。
 気に食わないと言うよりはむしろ眼中にないと言った方が正しいかもしれない。
 乾の言葉に安心したのか、真理は彼に掴みかかる水原を引き剥がし、凛とした口調で言い放つ。
 彼女の信じる、その未来を。
「とにかくファイズは巧しかいない。私には分かる! そしてファイズは闇を切り裂き、この世に光をもたらすのよ!」
 闇色のスーツに赤いラインが光り輝くファイズの姿のように、この世界の「闇」を切り裂き、希望という「光」をもたらすファイズの姿。
 彼女がそれを信じているのが「他所者」である全員には分かった。
「良い啖呵だね。園田さんらしい」
「ロマンチストな女の子って、嫌いじゃないよ」
「ああ言った夢があるから、あの女は諦めずに生きているんだろうな」
「止めてくれ。俺の事じゃないってわかってても小恥ずかしい」
 太牙、ウラタロス、そして始の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で巧が返す。
 同じ様な顔で、乾も真理を見ているのがわかる。
 勿論、始の言いたい事は良くわかる。わかるのだが……やはり、居た堪れない。自分はそんな「良い奴」ではない。
「……だから勝手に決めんなって。大体、よく恥ずかしくねーな、その台詞」
 乾も居た堪れないのか、可哀想な子を見るような目で真理を見て……むくれた彼女に、外へと連れ出されてしまった……

 役者は揃った。
 鏡の戦士、封印の戦士、時の戦士、種の戦士……そして、進化の戦士。
 こんなに沢山のゲストがいるなんて、正直思いもよらなかったけど……
 これも、「皇帝」が僕を止めるために送ったのかな。これだけの戦士だ、きっと止まる。
 ……止めてくれる。
 「運命の輪」が動いたせいで、俺は僕の力を……世界の侵食を止められなくなった。
 「塔」や「月」、「隠者」なんかは、これ幸いと侵食を始めてるらしいけど……俺は、嫌だ。
 俺はこの世界を守るだけで手一杯なんだ。二つも世界を守れない。
「侵食なんか、したくないんだ……俺は……」
 声に出した呟きを、何人の人が聞いただろう。
 ……ねえ、「皇帝に愛された子」達。お願いだから気付いて。
 …………俺が、「戦車」。君達が倒すべき、敵だって……
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