生者の墓標、死者の街

【その21:朱光復活 ―モドル―】

 燃え落ちた街並みを見回し、良太郎は辛そうな表情を浮かべる。
 オルフェノクに襲われ、消滅した人間。
 傷を負い、泣き喚く子供。
 木場達に倒され、灰化したオルフェノク。
 確かに目の前で起こっている事なのに、どこか遠い事のようにも思えるその光景。
「無惨な物だな」
「ジーク……」
 良太郎の隣には、いつの間にかジークが不愉快そうな表情で立っていた。
 まだ少し燻っている火が、ジークの横でぱちりと爆ぜる。
「オルフェノクに襲われた者、オルフェノクになった者……そのどちらも、死してなお土に還る事が許されない」
「そう、だね」
 彼らの足元に残る灰は、誰の物だろう。
 風に巻き上げられ、宙へと舞って行くそれらが交じり合って、それがもう、元は誰の物だったのかもわからない。
「良太郎、こんなの……拾った」
 近くにいたリュウタロスが、彼に一枚の紙切れを見せる。
 所々焼け焦げたその紙には、「仮面舞踏会」の文字と、その日付が書かれている。
「今夜みたい。メリーゴーランドの前だって」
「リュウタロス……行きたいの?」
 良太郎の言葉に、リュウタロスはこくりと頷く。
 だが、それはいつもの……面白そうな事だから、と言う訳ではなく……
「モモタロスとね、さっき言ってたんだ。こんな辛い事があった時は、無理してでも楽しい事をした方が良いって」
「そっか」
 リュウタロス達の心が、今の良太郎には……ありがたかった。

「草加さん……」
「雅人……」
 その場に膝をつき、真理と啓太郎は涙を流しながら、草加雅人だった灰を一掴み掴み上げ、祈るようにそれを胸に抱いた。
 態度は大きかった。
 カイザとして戦えると言う理由だけで、食事の量も他の人の何倍もあった。
 だけど、真理にだけは優しかった。
 何だかんだ言いながらも、結局人間のために戦っていた。
 ……そんな、草加が。
 灰化し、死んでしまった事が……真理には悲しくてならなかった。
「何だよ……カイザって言っても、帝王のベルトには勝てなかったって事か」
 まだそこに残る灰の山を蹴散らし、水原は嘆く真理達とは対照的に、忌々しそうに吐き捨てる。
「ちょっと……何するんだよ!?」
「今まで偉そうにしてた割に、あっさりとやられたんだ。これくらいのお返しはさせてもらっても良いだろ」
「水原、あんた……」
 死者を冒涜するような水原の態度に、怒りの表情で真理が睨みつける。だが、そんな彼女の表情も気にした様子はなく、水原は相変わらず馬鹿にした様にせせら笑った。
「真理。前も言ったけどな、現実を見ろよ。あれが帝王のベルトの力だって言うなら、俺達はやっぱりあれを手に入れなきゃならない」
「俺達は、カイザギアですら扱えないんだよ? それよりも強力な帝王のベルトを、使えると思ってるの?」
 冷静に……だが確実にむっとしたように、啓太郎は水原に言葉を返す。
 ……手元にあるカイザギアは、使用者を限定する。条件を満たさなければ、変身する事すらできない、ただの飾りだ。
 まして、帝王のベルトの在り処はスマートブレイン社。つまり、オルフェノクの本拠地。
 つい最近、水原はそれを奪いに行って、見事に失敗して帰って来たばかりだ。奪うどころか、ベルトの元にまで辿り着けるかどうかも怪しいと言うのに、まだ懲りていない様子。
「オルフェノク連中に使わせるよりは、よっぽどマシだ」
「何回言わせる気よ。必要なのは帝王のベルトなんかじゃない!」
「真理、お前こそ何回言わせる気だよ?」
 睨み付ける真理に、呆れたような表情と声で水原は彼女を眺め……一息置くと、諭す様な、気持ち悪い程優しい声で言葉を紡いだ。
「ファイズは……乾巧は、死んだんだ。一万人のオルフェノクに捕まって、無事な訳ないだろ?」
「たっ君が死ぬはずないだろ! 適当な事言うなよ!」
「じゃあ、どうしてここに居ない? 人間の危機に駆けつけてこそ、英雄……いや、救世主ってもんだろ?」
 その一言に、思わず黙り込んでしまう二人。
 反論したいのだが、水原の言葉を否定しきれない。頭の片隅でどこか納得してしまっている自分が、悔しくて……切なかった。
 そんな真理達の様子に満足したのか、水原はフンと鼻で笑うと、カツカツと足音を立てながらどこかへと立ち去っていってしまった。
 残された二人の間に、何ともいえない空気が流れ……それを誤魔化すように、真理は努めて明るい声と顔を作ると、啓太郎に向かって声をかけた。
「ごめん啓太郎、私、仮面舞踏会の準備があるから、そろそろ行くね」
「え……こんな事があったのに?」
「こんな事があったから、よ。少しでも暗い気持ちを立て直さなきゃ」
「真理ちゃん……」
 彼女だって、辛いだろうに。
 そう言って、無理に明るく振舞うその姿が、啓太郎には痛々しく思える。
「……啓太郎はこの辺の事後処理、お願い」
「うん」
 啓太郎は頷いて……メリーゴーランドの方へと歩いていく彼女を、複雑そうな表情で見送った。

 夜の優しい闇の中、中央にあるメリーゴーランドだけが、煌びやかな光を放っている。
 そこには白いドレスに身を包んだ女性が一人、人待ち顔で佇んでいる。その近くには、彼女を見守るようにして、六人の男が立っているが、彼女がその男達に気付いている様子はない。
 無論、男達とはカードの力でこの世界と隔離されている巧達の事だ。
 一旦合流した彼らは、チラシや人々の会話から舞踏会の存在を知り、その上で二手に分かれた。
 一方は啓太郎達の側で人間達の様子を見守る者、そしてもう一方はこちら……舞踏会に来て真理の側にいる者だ。
 こちら側には、巧、始、良太郎、ウラタロス、リュウタロス、そしてジーク。もう一方は蓮、太牙、モモタロスとキンタロス。
 始がここに来た事は、彼の正体を知るイマジン達にとっては、ほんの少し意外だったのだが。
「やっぱり、誰も来ないよね」
「……僕達、ここにいるのに、あのお姉ちゃんはひとりぼっちなんだね……」
 寂しそうに漏らされた真理の声に、リュウタロスは自分の胸を押さえながら、これまた寂しそうに呟いく。
 彼らはここにいる。だが、彼女に声が届く事はないし、姿だって見えない。しかも、無機物に触れる事は出来ても、生物には触れられないのか、触れようとすれば自分の身を水の膜が覆ってしまう。
 その事実が、巧にはもどかしかった。
 昼間の会話で「この世界の乾巧」がいない理由も分かった。
 自分ですら、一万人ものオルフェノクを相手に戦えるかどうか……
 そう思った時だった。
 白い、どこか王子を連想させるような服を着た男が、不安そうにやってきたのは。
 薄く茶の入った髪を後ろで一つに括り、つけた仮面は牡鹿の角を思わせる。
 不思議そうな表情を浮かべているところを見ると、ひょっとすると彼は、昼間の襲撃を知らないのかもしれない。
「いらっしゃい。でも、私一人なんだけど、良いかな?」
 うっすらと浮かんでいた涙を拭い、彼女は気丈に振舞いながらそう問いかける。
 男の方は黙って頷き、彼女がレコードをかけるのを待つ。
 針が落とされ古びたそのレコードからは、奇跡的にも音飛びのない綺麗な音楽が流れだす。
 それが合図であるかのように、一組の男女は軽やかに踊り始めた。
「あれ? ねえ、彼って……」
 男の姿に見覚えがあるのか、ウラタロスがきょとんとした顔で彼をじっと見つめる。こちらには聞こえないが、真理達は踊りながら何か会話をしているようだ。
「あいつは……」
 他の面々も、男の正体に何となく気付いたらしい。
 見た事が、あるはずだ。
 何故なら今、このメンバーの中に良く似た男がいるのだから。
 真理も、気付いたらしい。
 不思議そうに……そして、どこか懐かしそうに、彼らが思い浮かべた人物の名で男を呼んだ。
「……巧?」
「タクミ? 誰の事かな?」
 男は、どう見ても乾巧、その人だ。だが、男自身が心底不思議そうにその問いを否定する。
 「巧」と言う名を、本当に知らないようなその反応に……思わず傍で見ていた面々は驚きの表情を浮かべ、声をあげる。
「でも、どう見たって……」
「俺……だよな……?」
 男の様子を最も訝ったのは巧。良太郎達も、踊る男と巧を交互に見比べているが、違いと言えば髪の長さと身に纏う雰囲気くらいの物。
 確かにこちらの巧は少し鋭い印象を受けるが、踊っている方は刺々しさがないような気がする。
 その雰囲気の違いを、顕著に感じ取ってしまっているのだろうか。一緒に踊っている真理は……どこか諦めたような目で彼を見つめると、小さく言葉を漏らした。
「だよね。そんなはずないよね。……ごめん」
 彼の放った否定の言葉を、受け入れてしまった。
 誰よりも、疑わなければいけないはずなのに。
 ひょっとすると、彼女は心のどこかで諦めているのかもしれない。「この世界の乾巧」の生存を。
 それを表すかのように、曲も終わり、レコードの針がゆっくりと上がる。
 それは、パーティーの終焉と彼らの別れを意味していた。
「もうパーティーは終わり。……ありがとう、来てくれて」
「おい、真理! それで良いのかよ!?」
「無理だって、彼らに僕達の声は聞こえてないんだから! それに、彼がこの世界の『君』だとは限らないし」
 今にも真理に触れそうに手を伸ばす巧に、ウラタロスがなだめる様にそう言った瞬間。
「来るぞ!」
 始の緊張したような声が響き、その一瞬後、何者かによる砲撃が彼らを襲った。
 砲撃の主は昼間ここを襲った連中と、同じ格好をした茶色い鎧の兵士……ライオトルーパーと呼ばれるそれ。しかも、複数。
 その砲撃に、白い服の男が着けていた仮面が外れ……その下からは間違う事なき、「乾巧」の顔が晒される。
「巧……!?」
 真理もそれに気付いたらしい。不思議そうに……だが徐々に確信に満ちた表情で彼の名を呼んだ。だが、当の本人は、ただひたすらライオトルーパー達の攻撃をおたおたとかわすだけで、反撃どころか立ち向かっていく様子すら見られない。
 いたぶる様なライオトルーパー達の攻撃に翻弄され、地面に叩きつけられる。その際の打ち所が悪かったのか、その意識が一瞬飛んだのが、始達には見て取れた。
 この状況下で意識を失うのはまずいと思うが、それは近くにいた真理も同じだったらしく、慌てて彼に駆け寄り……巧、と呼びかけ続ける。
 何度目の呼びかけだったか……男は小さく呻くと、うっすらと目を開け……
「……真理……真理!?」
「巧……」
 仮面の男は、やはり「この世界の乾巧」だったらしい。
 だが乾は、どこかぼんやりしたような表情を浮かべ、ぐるりと周囲を見回した。まるで、自分の置かれた状況がいまひとつ把握できていないかのように。
「巧こっち!」
「おい、俺は今まで何やってたんだよ? な、何がどうなってんだよ、え?」
「そんなのこっちが聞きたいよ! とにかく話は後にして、急いで!」
 純白のドレス姿の真理に連れられ、これまた純白の衣装の乾は、動きにくそうに走り出す。
 その様は、どこかへ駆け落ちしていく新郎新婦のようにも見える。だが、追手は連れ戻すつもりではなく殺すつもりだし、駆け落ちなどと言うロマンチックな要素は一つもない。
「ふむ、記憶を失っていたようだな。随分と混乱している」
 ジークの、冷静な……と言うか他人事のようなその台詞に、思わず見ていた一同は納得する。
 「乾巧」……乾が自分の名とは思わず、ファイズであった記憶もなかったために攻撃から逃げ回った……そう思えば、今までの彼の、らしからぬ行動も腑に落ちるのである。
 逃げるのかと思いきや……唐突に真理はある場所へ到着すると、足元にある廃材をがさがさと漁り始めた。
「お前、こんな時にごみ拾いかよ? 全く、何考えてんだよ?」
「違うって!」
 一見すると乾の言う通り、ゴミ拾いにしか見えないその行為も、傍で見ている始達には何かを探しているように見えた。
――この状況で、あいつが探す物と言えば、武器の類か、それとも――
 巧が思った瞬間、彼女の「探し物」が見つかったらしい。一瞬の安堵の表情の後、彼女は再び表情を引き締めると、手の中の物を乾に向かって放り投げた。
「巧、これ。……これも!」
 乾が受け取ったのは、銀色のベルトと携帯電話らしき物。
 ……ファイズギアであると、巧にはすぐに理解できた。そして、乾にも理解できたのだろう。ベルトを腰に着けると、周囲をバイクで旋回しながら、虎視眈々とこちらを窺うライオトルーパー達に向き直り……
「お前等……そう言や随分苛めてくれたっけな? 今度はこっちの番だ!」
 思い出したように言うと共に、携帯電話に変身コードを入力。無論、コードは「555」。
『Standing By』
 電子音が響くと同時に、それを高々と掲げ……
「変身!」
 宣言と共に、その携帯電話をベルトに装着。
『Complete』
 再び電子音が響き、乾の体を赤いラインが囲み、それをつなぐように鎧が形成される。
 それは、この世界に再びファイズが現れた瞬間であった。
 彼は軽く右手を振ると、ベルトに装着していた携帯電話……ファイズフォンを外し、何かメモリーのようなものをセットする。
『Complete』
 音声と共に、巧の……ファイズの姿が変わる。赤いラインは銀色になり、面の目の色は黄色から赤へ変化。また、鎧の全面が展開する様は、どことなく渡の……黄金のキバの、エンペラーフォームへの変貌を連想させた。
『Start Up』
 音声と同時に、彼らの……いや、その場にいる全員の視界からファイズの姿が消える。
「消えた!?」
「いや、あれは高速移動だ」
 アクセルフォーム。フォトンブラッドの出力を強制的に引き上げる事で、十秒間だけ高速移動を可能にする、ファイズの姿の一つ。
 ただし、その出力の大きさ故、装着者の命を削ると言う点では、エンペラーフォームとそう大差ないかもしれない。
 会話をしている間にも、ライオトルーパー達には赤いマーカーでロックオンがなされ、視認できない速さで動くファイズの攻撃に、次々と爆音を立てて倒されていく。
『Time Out』
 電子音がファイズの高速移動が終わった事を告げ、巧達の目にも、ファイズの姿が確認できるようになった。
 無数の赤い、Φの字を連想させる光が、その戦いの終焉を告げていた……

「ねえ『皇帝』。やっぱり俺、間違ってるよね……」
 「始まりの地」での西暦二〇〇三年。そこで、僕の力を特に色濃く受け継いだ存在が、「王」として現れたと言う。
 尽きかけた「僕の力」を、分け与える事が出来てしまった「操縦者」。
 オルフェノク……それは、僕が生み出した命。
 「僕の力」で存在を維持し、人間と異生物の両方の特性を持たせた、僕の子供。
 故に、「僕の力」が尽きれば、二種類分の生物の特性と言う、重大な負荷のかかった体は、崩壊する。
 ……この世界は大丈夫だ。僕の創った世界だし、何より僕が存在してる。だから、「僕の力」が絶える事はない。
 だけど、始まりの地は違う。ほんの僅かに、創った時の「僕の力」が残っているだけ。言ってしまえば化石資源みたいな物。
 ……だから、それが尽きた時に崩壊してしまう。まるで、電池の切れたおもちゃのように。
 今は、トンネルを通じて、僕の力が流れ込んでいるみたいだから、多少崩壊の速度は落ちてるみたいだけど……それでも、いずれは崩れてしまう。
「俺は、守りたいだけなんだ。人間も、オルフェノクも。良い人は、皆」
 だけど……全てを救う事など、誰にも出来ない。何かを犠牲にしなければ、何かを得る事なんて出来ないんだ……
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