生者の墓標、死者の街
【その2:誠心誠意 ―オモイ―】
スマートブレイン社。
数年前まではかなりの規模の……それこそ、大企業と言って差し支えなかったのだが、社長が相次いで交代してからは、一時は倒産したとまで噂されていた。実際は事業の規模を縮小しただけで、確かな技術力と営業力で、その道の者には知られていた。
そんなスマートブレイン社の前に、彼……「D&P」の社長、登太牙は立っていた。
全ては、ライフエナジーに代わる、新しいエネルギーを見つけるために。
それが、ファンガイアの「キング」として下した、彼の決断であった。ヒトと共存をしていくためには、ヒトのライフエナジーを奪ってはならないと。
「兄さん、ここって……?」
太牙の横には、彼の異父弟が立っている。
彼の名は紅渡。人間の父親を持ち、ファンガイアの母親を持つと言う、極めて特殊な存在。だが、つい最近までの彼の世界は、父が残したバイオリンと自分、そしてほんの一握りの人間だけで構成されていたため、この世の中の事に疎いのも、事実である。
「スマートブレイン。何年か前に、一度だけ我が社に来た事があったんだ。ここの技術力なら、僕達の目的が果たせるかもしれない」
穏やかな笑顔を浮かべ、しっかりとした足取りで受付に近付く二人。
作り笑顔の受付嬢が、来客に対し優雅に一礼する。
「今日、御社の責任者とお会いする予定になっている、登太牙と申します。お取次ぎ願えますか?」
「はい、そちらにおかけになって、お待ち下さい」
受付嬢に促され、二人は近くの来客用のソファーに座る。
下手をすると地味に見えがちな白い内装は、適度に施された装飾達によって地味すぎず華美すぎず、適度な「オフィスらしさ」を演出している。
床や受付の後ろの壁にある、星型を模したスマートブレイン社のロゴマークも、スタイリッシュで好感が持てる。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
そんな事を考えている内に、眼鏡をかけた、どこか気の弱そうな、だが知性的な雰囲気を持つ男性が、太牙達を奥、更には最上階まで案内しだす。
なかなか、礼儀の行き届いた会社だな、と思いつつ、太牙は男の後についていく。
やがて最奥の、それでいて避難経路だけはしっかりと確保された部屋の前に到着し、男は軽く二回、扉を叩く。
「失礼致します。社長、登太牙様とお連れ様がお見えになりました」
「入ってもらって」
中から響いたのは女性の声。それも、自分達とそう年齢が変わらないのではないだろうか。
思いながら、開いた扉の向こうを見て……二人は、絶句した。
予想通り、自分達と年齢の変わらなそうな女性が、そこには立っていた。凛とした佇まいに、どこか気の強そうな印象を受ける。
だが、言葉を失った理由はそこではなく……
似ていたのだ。彼らが喪った、最愛の女性に。
「そんな……」
「深央、さん……?」
「……? はじめまして、スマートブレイン社、現最高責任者の、園田真理と申します」
二人の呟きを聞き取れなかったのか、真理と名乗った女性はにこやかな笑顔で二人を迎え入れる。
一方で、迎え入れられた方は狐につままれたような顔で、勧められるまま席に着いた。だが、どうしても視線を彼女から離す事が出来ない。
違うと、頭の中では理解している。
彼らの最愛の女性は……ファンガイアのクイーンであった彼女は、自分達のせいで死んでしまったのだから。
何よりも、身に纏う雰囲気が違う。
内気で控えめな雰囲気を持っていた深央とは異なり、真理は快活ですぐにはへこたれそうにないような印象を受ける。
「あの、私の顔に、何か?」
「あ……いえ。知り合いに、よく似ていたものですから、つい。凝視してしまいました。気分を害されたのなら、申し訳ない」
真理の声で、いち早く立ち直ったのは太牙。
確かに驚きはしたが、ここへは公人として来ている事を思い出し、すぐに自分を取り戻す。
そんな太牙に触発されたのか、渡の方も軽く首を振って相手から視線を外す。
見つめすぎたのは、失礼だったかもしれない。顔は似ているが、彼女の雰囲気は彼らの想う人物とは全然違う。
深央が静なら、真理は動と言った所か。
「すみません、本当に」
「いえ。そう言う理由でしたら。中には、私の年齢とか性別とかでポカンとされる方も多いので」
にこやかに言ってはいるが、その奥に秘めた怒りが、声に滲み出ている。
余程、年齢や性別の事で苦労してきたのだろうと、若くして社長と言う座に就いた太牙には、充分理解できた。
「それで、ビジネスの話でしたね」
「ええ。私共は、人の命のエネルギー……我々はこれを、ライフエナジーと呼んでいますが、これに関する研究をしております」
ビジネス、という単語で完全に切り替えたのか、太牙は堂々とした空気を纏いながら、手元の鞄から資料を取り出し、話を進める。
生きる者は、ライフエナジーによって支えられている事、人間は僅かながら、自分でライフエナジーを作り出しているのが最近になって分かった事、そして、生まれつきライフエナジーを作れずに、死んでしまう存在がいる事。
無用な混乱を避けるため、ファンガイアという単語は出さず、そう言う「病気」として説明したが。
「ライフエナジーに代わるエネルギーの開発。これが可能になれば、その『病』を治す事ができる。いや、それだけじゃない。他にもきっと、ヒトに貢献できるはずです」
熱く語る太牙。それは彼の……彼と渡の理想であり、真剣に信じている未来でもある。
今まで回ってきた企業は、そんな太牙の言葉を、夢物語だと言って一蹴した。人類の貢献より、企業の利益を優先すると、はっきり言った企業もあった。そんな、出来るかどうかもわからない事業に手を出して、社員を路頭に迷わせるよりも、今のまま、手堅く事業を続けていきたいと。
だが……真理は、そんな連中とは違った。
真剣に太牙の言葉に耳を傾け、不思議に思った点には鋭く疑問をぶつけてくる。
その年で社長職に就いているのも納得できる。
一通り聞き終えた後……小さく、彼女は呟いた。
「ライフエナジーに代わる、エネルギー……それがあれば、きっと……」
「……? どうかしたんですか、園田さん?」
「あ、いえ。ただ……そう言った物が出来れば、本当に、色々な人の役に立つなぁって、そう思っただけですから」
渡の問いかけに、真理は何かを誤魔化すように答える。だが……何故だろう。彼女の呟きに、翳りのような物を感じたのは。
だが、その正体が何なのか分からぬまま、真理はにこやかな笑みを浮かべ……
「わかりました。当社も全面的に協力させて頂きます」
「本当ですか!?」
「勿論」
そう言うと、真理は太牙に向かって右手を差し出す。
その行為に、一瞬太牙は躊躇ったが……着けていた手袋を外し、その右手を握り返す。……左手にある、キングの紋章に気付かれぬようにしながら。
太牙は、自分がファンガイアのキングである事を恥じてはいない。むしろ、誇りにさえ思っている。
だが、まだ……人間とファンガイアが共存するのは難しく、何も知らない存在につっこまれて余計な混乱を招いてしまうと、判断している。だからこそ彼は、人前であまりキングの紋章は見せない。
もっとも、その紋章の意味を知る者など、人間では殆どいないのだが。
「それじゃあ、今日はこの辺で失礼致します。詳しい契約内容などは、また後日」
「分かりました。……琢磨さん、お二人をお送りして下さい」
「承知いたしました、社長」
扉の外で待っていたのだろうか、真理の言葉に反応するように、先程渡達を案内してくれた眼鏡の男が、深々と一礼しながら入ってきた。
こうして、紅渡、登太牙と、園田真理は、初めて出会ったのだった。
「良かったね、兄さん」
「ああ、これでファンガイアと人間の共存に向けて、大きく前進した」
スマートブレイン社から出て、二人は満足そうな顔をしていた。
最初こそ真理の顔に驚きはしたものの、今は彼女に会えて良かったと思う。
ライフエナジーに代わる、新エネルギーの開発。そんな、普通に考えれば夢物語のような話を、相手が真剣に聞いてくれた事、そして、前向きな回答をもらえた事が、何よりも嬉しかった。
そんな、暖かい気持ちで歩いていた所に。
慌てたようにこちらに駆けて来る男性と、それを追いかける異形の姿が見えた。
「……え!?」
思わず呆けた声をあげる渡に、異形から逃げていた男は小さく舌打ちし、そして……
「馬鹿、さっさと逃げるんだよ! そいつに殺されてーのか?」
言うが早いか、男は渡と太牙の腕を掴むと、物凄い力で引きずり始めた。
二人分の体重がかかっているにもかかわらず、男の走るスピードは落ちた様子もない。
引きずられるのが嫌なのか、太牙は腕を振りほどいて男に並ぶように走る。そして、渡は……引きずられながらも、自分達を追う異形の観察をしていた。
ステンドグラスのような、色とりどりの体色を持つファンガイアとは異なり、相手の体色は白に近い灰色。どことなく、鳩を連想させるようなシルエット。
あからさまに鳥を連想させるファンガイアはいない。少なくとも渡は見た事がない。
そこから考えても、追いかけてきているのは、明らかにファンガイアとは異なる者だった。
「ああくそっ! 何やってんだろ俺。こいつら見捨てて逃げりゃあ良いのによぉ」
「あの、どう言う事ですか?」
「何が? ってか、そろそろお前も自分で走れ!」
苛立ったように、男は髪をかきむしりながら渡の問いに言葉を返す。
言われ、渡も慌てて男と並走する。
「すみません……それで、あの、さっき、『殺されたいのか』って言ってましたけど……」
「言葉通りの意味だ! あいつに捕まったら殺されるぞ!」
「そもそも、あいつは何者なんだ?」
「……ああああああ、ここで巻き込んだとか言ったら、あの世で木場の小言をくらうんだろうなぁ」
太牙の問いには答えず、男は前髪を掻き上げながらそう呟くと……くるりと踵を返し、追って来る異形と対峙した。
「……何だ? 諦めたのか?」
異形の影が、突然黒から薄緑に変色すると、そのまま人の形をとってそう言葉を紡ぐ。
その様子に、思わず驚く太牙と渡。しかし、男の方は対照的に、驚いた様子もなく、やれやれと言わんばかりに大きな溜息を一つ吐き……
「諦めたって言うかなぁ……いい加減、鬱陶しいんだよ。なんだって、まだ人間を襲う?」
「決まっている。人間は我々に劣るからだ。ならば……せめて、我々と同類にしてやるのが、思いやり、と言う物だろう?」
影の男は、口の端を歪めて笑う。
その言葉に、男はハンと鼻で笑い……その雰囲気を一変させた。悪ぶった……でもどこか、暖かさを感じる物から、完全に敵対する者を見つけたような、そんな雰囲気に。
「おめぇ、ふざけんなよ?」
言いながら、男の姿も変容していく。白に近い灰色の体色を持つ、蛇を連想させる異形に。
「……貴様も同類とは。しかし、何故人間を庇う?」
「そんなもん、決まってんだろ?」
言うが早いか、蛇の方は一気に間合いを詰め……
「人間と俺達 は、共存できるって信じてるからだよ!」
それだけ言うと、彼は持っていた剣で相手の心臓を一突きし、元の人間の姿に戻る。
「って言うかよ、お前らみたいな奴がいるから、いつまで経っても俺が死ねないんだろうが」
吐き捨てるような男の言葉と同時に、異形の体から青い炎が噴出す。そして……その炎が治まると同時に、異形の姿は完全に灰と化していた。
「今のは、一体……?」
「あ? まだいたのかよ。つか……普通、逃げるだろ? 俺のあんな姿を見ちゃ。え?」
呆然と呟いた渡の声を聞きとめた男が、絡むような口調で言ってくる。
しかし……今更、異形に驚くような二人ではない。
むしろ太牙に至っては、純粋なファンガイアであるが故に、ああ言った「異形」に変ずる事も出来るのだから、驚く事など何もない。
「僕達の事を守ってくれたんだろう? 礼を言いこそすれ、何故逃げなければならないんだ?」
「うん、助けて下さって、ありがとうございました」
「…………お前ら、変わってるって言われないか?」
しげしげと二人を眺めつつ、男は呆れたように言う。
言われた方は、心当たりなど一切ないかのように首を横に振った。
「それで……さっきのは、何だったんですか?」
「何て言えば良いのかなぁ……オルフェノクっつー、何て言うか……自称、人類の進化した存在?」
「え?」
「何?」
突拍子もない一言に、流石に二人とも驚く。
人類の進化した存在……そんな物を、二人は始めて知ったのだから。
「ま、信じる、信じないはお前らの勝手だし。じゃあな、俺はもう行くわ」
呆けている二人を無視し、男はひらひらと手を振って……あっと言う間に、その姿を消した。
「人類の、進化した存在……」
「オルフェノク?」
二人の「キバ」はまだ知らない。
この出会いが、大きな戦いの幕開けであった事を。
スマートブレイン社。
数年前まではかなりの規模の……それこそ、大企業と言って差し支えなかったのだが、社長が相次いで交代してからは、一時は倒産したとまで噂されていた。実際は事業の規模を縮小しただけで、確かな技術力と営業力で、その道の者には知られていた。
そんなスマートブレイン社の前に、彼……「D&P」の社長、登太牙は立っていた。
全ては、ライフエナジーに代わる、新しいエネルギーを見つけるために。
それが、ファンガイアの「キング」として下した、彼の決断であった。ヒトと共存をしていくためには、ヒトのライフエナジーを奪ってはならないと。
「兄さん、ここって……?」
太牙の横には、彼の異父弟が立っている。
彼の名は紅渡。人間の父親を持ち、ファンガイアの母親を持つと言う、極めて特殊な存在。だが、つい最近までの彼の世界は、父が残したバイオリンと自分、そしてほんの一握りの人間だけで構成されていたため、この世の中の事に疎いのも、事実である。
「スマートブレイン。何年か前に、一度だけ我が社に来た事があったんだ。ここの技術力なら、僕達の目的が果たせるかもしれない」
穏やかな笑顔を浮かべ、しっかりとした足取りで受付に近付く二人。
作り笑顔の受付嬢が、来客に対し優雅に一礼する。
「今日、御社の責任者とお会いする予定になっている、登太牙と申します。お取次ぎ願えますか?」
「はい、そちらにおかけになって、お待ち下さい」
受付嬢に促され、二人は近くの来客用のソファーに座る。
下手をすると地味に見えがちな白い内装は、適度に施された装飾達によって地味すぎず華美すぎず、適度な「オフィスらしさ」を演出している。
床や受付の後ろの壁にある、星型を模したスマートブレイン社のロゴマークも、スタイリッシュで好感が持てる。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
そんな事を考えている内に、眼鏡をかけた、どこか気の弱そうな、だが知性的な雰囲気を持つ男性が、太牙達を奥、更には最上階まで案内しだす。
なかなか、礼儀の行き届いた会社だな、と思いつつ、太牙は男の後についていく。
やがて最奥の、それでいて避難経路だけはしっかりと確保された部屋の前に到着し、男は軽く二回、扉を叩く。
「失礼致します。社長、登太牙様とお連れ様がお見えになりました」
「入ってもらって」
中から響いたのは女性の声。それも、自分達とそう年齢が変わらないのではないだろうか。
思いながら、開いた扉の向こうを見て……二人は、絶句した。
予想通り、自分達と年齢の変わらなそうな女性が、そこには立っていた。凛とした佇まいに、どこか気の強そうな印象を受ける。
だが、言葉を失った理由はそこではなく……
似ていたのだ。彼らが喪った、最愛の女性に。
「そんな……」
「深央、さん……?」
「……? はじめまして、スマートブレイン社、現最高責任者の、園田真理と申します」
二人の呟きを聞き取れなかったのか、真理と名乗った女性はにこやかな笑顔で二人を迎え入れる。
一方で、迎え入れられた方は狐につままれたような顔で、勧められるまま席に着いた。だが、どうしても視線を彼女から離す事が出来ない。
違うと、頭の中では理解している。
彼らの最愛の女性は……ファンガイアのクイーンであった彼女は、自分達のせいで死んでしまったのだから。
何よりも、身に纏う雰囲気が違う。
内気で控えめな雰囲気を持っていた深央とは異なり、真理は快活ですぐにはへこたれそうにないような印象を受ける。
「あの、私の顔に、何か?」
「あ……いえ。知り合いに、よく似ていたものですから、つい。凝視してしまいました。気分を害されたのなら、申し訳ない」
真理の声で、いち早く立ち直ったのは太牙。
確かに驚きはしたが、ここへは公人として来ている事を思い出し、すぐに自分を取り戻す。
そんな太牙に触発されたのか、渡の方も軽く首を振って相手から視線を外す。
見つめすぎたのは、失礼だったかもしれない。顔は似ているが、彼女の雰囲気は彼らの想う人物とは全然違う。
深央が静なら、真理は動と言った所か。
「すみません、本当に」
「いえ。そう言う理由でしたら。中には、私の年齢とか性別とかでポカンとされる方も多いので」
にこやかに言ってはいるが、その奥に秘めた怒りが、声に滲み出ている。
余程、年齢や性別の事で苦労してきたのだろうと、若くして社長と言う座に就いた太牙には、充分理解できた。
「それで、ビジネスの話でしたね」
「ええ。私共は、人の命のエネルギー……我々はこれを、ライフエナジーと呼んでいますが、これに関する研究をしております」
ビジネス、という単語で完全に切り替えたのか、太牙は堂々とした空気を纏いながら、手元の鞄から資料を取り出し、話を進める。
生きる者は、ライフエナジーによって支えられている事、人間は僅かながら、自分でライフエナジーを作り出しているのが最近になって分かった事、そして、生まれつきライフエナジーを作れずに、死んでしまう存在がいる事。
無用な混乱を避けるため、ファンガイアという単語は出さず、そう言う「病気」として説明したが。
「ライフエナジーに代わるエネルギーの開発。これが可能になれば、その『病』を治す事ができる。いや、それだけじゃない。他にもきっと、ヒトに貢献できるはずです」
熱く語る太牙。それは彼の……彼と渡の理想であり、真剣に信じている未来でもある。
今まで回ってきた企業は、そんな太牙の言葉を、夢物語だと言って一蹴した。人類の貢献より、企業の利益を優先すると、はっきり言った企業もあった。そんな、出来るかどうかもわからない事業に手を出して、社員を路頭に迷わせるよりも、今のまま、手堅く事業を続けていきたいと。
だが……真理は、そんな連中とは違った。
真剣に太牙の言葉に耳を傾け、不思議に思った点には鋭く疑問をぶつけてくる。
その年で社長職に就いているのも納得できる。
一通り聞き終えた後……小さく、彼女は呟いた。
「ライフエナジーに代わる、エネルギー……それがあれば、きっと……」
「……? どうかしたんですか、園田さん?」
「あ、いえ。ただ……そう言った物が出来れば、本当に、色々な人の役に立つなぁって、そう思っただけですから」
渡の問いかけに、真理は何かを誤魔化すように答える。だが……何故だろう。彼女の呟きに、翳りのような物を感じたのは。
だが、その正体が何なのか分からぬまま、真理はにこやかな笑みを浮かべ……
「わかりました。当社も全面的に協力させて頂きます」
「本当ですか!?」
「勿論」
そう言うと、真理は太牙に向かって右手を差し出す。
その行為に、一瞬太牙は躊躇ったが……着けていた手袋を外し、その右手を握り返す。……左手にある、キングの紋章に気付かれぬようにしながら。
太牙は、自分がファンガイアのキングである事を恥じてはいない。むしろ、誇りにさえ思っている。
だが、まだ……人間とファンガイアが共存するのは難しく、何も知らない存在につっこまれて余計な混乱を招いてしまうと、判断している。だからこそ彼は、人前であまりキングの紋章は見せない。
もっとも、その紋章の意味を知る者など、人間では殆どいないのだが。
「それじゃあ、今日はこの辺で失礼致します。詳しい契約内容などは、また後日」
「分かりました。……琢磨さん、お二人をお送りして下さい」
「承知いたしました、社長」
扉の外で待っていたのだろうか、真理の言葉に反応するように、先程渡達を案内してくれた眼鏡の男が、深々と一礼しながら入ってきた。
こうして、紅渡、登太牙と、園田真理は、初めて出会ったのだった。
「良かったね、兄さん」
「ああ、これでファンガイアと人間の共存に向けて、大きく前進した」
スマートブレイン社から出て、二人は満足そうな顔をしていた。
最初こそ真理の顔に驚きはしたものの、今は彼女に会えて良かったと思う。
ライフエナジーに代わる、新エネルギーの開発。そんな、普通に考えれば夢物語のような話を、相手が真剣に聞いてくれた事、そして、前向きな回答をもらえた事が、何よりも嬉しかった。
そんな、暖かい気持ちで歩いていた所に。
慌てたようにこちらに駆けて来る男性と、それを追いかける異形の姿が見えた。
「……え!?」
思わず呆けた声をあげる渡に、異形から逃げていた男は小さく舌打ちし、そして……
「馬鹿、さっさと逃げるんだよ! そいつに殺されてーのか?」
言うが早いか、男は渡と太牙の腕を掴むと、物凄い力で引きずり始めた。
二人分の体重がかかっているにもかかわらず、男の走るスピードは落ちた様子もない。
引きずられるのが嫌なのか、太牙は腕を振りほどいて男に並ぶように走る。そして、渡は……引きずられながらも、自分達を追う異形の観察をしていた。
ステンドグラスのような、色とりどりの体色を持つファンガイアとは異なり、相手の体色は白に近い灰色。どことなく、鳩を連想させるようなシルエット。
あからさまに鳥を連想させるファンガイアはいない。少なくとも渡は見た事がない。
そこから考えても、追いかけてきているのは、明らかにファンガイアとは異なる者だった。
「ああくそっ! 何やってんだろ俺。こいつら見捨てて逃げりゃあ良いのによぉ」
「あの、どう言う事ですか?」
「何が? ってか、そろそろお前も自分で走れ!」
苛立ったように、男は髪をかきむしりながら渡の問いに言葉を返す。
言われ、渡も慌てて男と並走する。
「すみません……それで、あの、さっき、『殺されたいのか』って言ってましたけど……」
「言葉通りの意味だ! あいつに捕まったら殺されるぞ!」
「そもそも、あいつは何者なんだ?」
「……ああああああ、ここで巻き込んだとか言ったら、あの世で木場の小言をくらうんだろうなぁ」
太牙の問いには答えず、男は前髪を掻き上げながらそう呟くと……くるりと踵を返し、追って来る異形と対峙した。
「……何だ? 諦めたのか?」
異形の影が、突然黒から薄緑に変色すると、そのまま人の形をとってそう言葉を紡ぐ。
その様子に、思わず驚く太牙と渡。しかし、男の方は対照的に、驚いた様子もなく、やれやれと言わんばかりに大きな溜息を一つ吐き……
「諦めたって言うかなぁ……いい加減、鬱陶しいんだよ。なんだって、まだ人間を襲う?」
「決まっている。人間は我々に劣るからだ。ならば……せめて、我々と同類にしてやるのが、思いやり、と言う物だろう?」
影の男は、口の端を歪めて笑う。
その言葉に、男はハンと鼻で笑い……その雰囲気を一変させた。悪ぶった……でもどこか、暖かさを感じる物から、完全に敵対する者を見つけたような、そんな雰囲気に。
「おめぇ、ふざけんなよ?」
言いながら、男の姿も変容していく。白に近い灰色の体色を持つ、蛇を連想させる異形に。
「……貴様も同類とは。しかし、何故人間を庇う?」
「そんなもん、決まってんだろ?」
言うが早いか、蛇の方は一気に間合いを詰め……
「人間と
それだけ言うと、彼は持っていた剣で相手の心臓を一突きし、元の人間の姿に戻る。
「って言うかよ、お前らみたいな奴がいるから、いつまで経っても俺が死ねないんだろうが」
吐き捨てるような男の言葉と同時に、異形の体から青い炎が噴出す。そして……その炎が治まると同時に、異形の姿は完全に灰と化していた。
「今のは、一体……?」
「あ? まだいたのかよ。つか……普通、逃げるだろ? 俺のあんな姿を見ちゃ。え?」
呆然と呟いた渡の声を聞きとめた男が、絡むような口調で言ってくる。
しかし……今更、異形に驚くような二人ではない。
むしろ太牙に至っては、純粋なファンガイアであるが故に、ああ言った「異形」に変ずる事も出来るのだから、驚く事など何もない。
「僕達の事を守ってくれたんだろう? 礼を言いこそすれ、何故逃げなければならないんだ?」
「うん、助けて下さって、ありがとうございました」
「…………お前ら、変わってるって言われないか?」
しげしげと二人を眺めつつ、男は呆れたように言う。
言われた方は、心当たりなど一切ないかのように首を横に振った。
「それで……さっきのは、何だったんですか?」
「何て言えば良いのかなぁ……オルフェノクっつー、何て言うか……自称、人類の進化した存在?」
「え?」
「何?」
突拍子もない一言に、流石に二人とも驚く。
人類の進化した存在……そんな物を、二人は始めて知ったのだから。
「ま、信じる、信じないはお前らの勝手だし。じゃあな、俺はもう行くわ」
呆けている二人を無視し、男はひらひらと手を振って……あっと言う間に、その姿を消した。
「人類の、進化した存在……」
「オルフェノク?」
二人の「キバ」はまだ知らない。
この出会いが、大きな戦いの幕開けであった事を。