生者の墓標、死者の街

【その19:人類殲滅 ―ホロビ―】

 一見すると、古び廃れた遊園地。
 そこに人間達が作った「隠れ里」があった。
 ……無論、オルフェノクと言う脅威から隠れる為に作られた里だ。
 その一画に、物騒な物を構えた者達が集まっていた。
 「人間解放軍」……オルフェノクの圧制から人間を守り、救おうとする人間達の集まり。そのアジトに、木場達は足を踏み入れた。
 周囲の人間が向ける、敵意にも似た視線に、気付かぬ振りをしながら。
「やあ」
「……何か用なのかな?」
 極力爽やかな……だが、どこか緊張した面持ちで入ってきた木場達に、実に不愉快そうに返したのはどこか薄汚れた……だけど周囲の人間より明らかにマシなコートを着た男、草加雅人だった。
 言葉には出さない物の、殆どの人間も草加と同じように敵意と不機嫌の入り混じった、決して好意的とは言えない表情を向けている。
「帝王のベルト……僕達は、その力を目の当たりにしてきた」
 端的なその言葉に、周囲は一瞬にして静まり返る。
「じゃあ、本当だったんだな。帝王のベルトの噂は」
 気の短そうな男……水原と呼ばれる男の、どこか嬉しそうな言葉に、木場は静かに頷いた。水原とは逆に、とても真剣で……そして、沈痛な面持ちで。
 帝王のベルト。それはスマートブレインが開発したと言う、強大な力を持つ二本の「ライダーズギア」。しかし滅多に表舞台に出て来ない為、その存在は噂でしかなかったのだが……
「そう。スマートブレインはあのベルトの力で、絶対的な管理体制を敷こうとしている。今行動を起こさなければ、我々に勝ち目はない」
 「我々」と言う単語を強調しつつ、木場は周囲を見渡しながらそう言葉を放った。
 草加の、呆れたような視線を感じながら……

「そう。スマートブレインはあのベルトの力で、絶対的な管理体制を敷こうとしている。今行動を起こさなければ、我々に勝ち目はない」
 木場のその言葉を聞いていたのは、何も人間解放軍だけではない。
 その後をつけて来ていた巧達もまた、このアジトに入り彼らの話を聞いていたのだが……
「帝王の、ベルト?」
 不審そうに呟いたのは、他ならぬ巧であった。
「知らないの?」
「ああ。俺が知ってるライダーズギアは、俺の持っているファイズと、そこにいる草加が持ってるカイザ、そして、プロトタイプのデルタ……この三種類だけだ」
 リュウタロスの問いに、不審そうな顔のまま巧は軽く自身が持つベルトを持ち上げながら答える。
 もしも、木場達が言うようなベルトがあったならば、あの陰険で露悪的なオルフェノク至上主義者の村上峡児が使わなかったはずがない。実際この世界にいる村上はその圧倒的な力を使って、人々を支配しようとしているらしい。
 だが、自分が知らない……「巧の知る村上」がそれを使ってこなかった事を考えると、この世界でのみ作られた物なのかもしれない。
 そう思いつつ、彼は木場達の方に目を向けなおす。
「それで? 行動を起こすって、何をしようと言うのかなぁ?」
「仲間を増やすんだよ。オルフェノクの中にもきっと、人間との共存を望む者がいるはずだ」
 草加の問いに、木場はさも当然と言わんばかりに彼らに向かって提案する。
 巧や始、太牙にとって、彼の申し出は心温まる物だった。
 巧にとっては、自分の知る木場と何ら変わらない存在でいてくれた事が嬉しくて。
 そして始と太牙にとっては、異形と人間の共存を打ち出した事が頼もしかった。
 異なる世界でも、人間と共存を望む、「ヒトにあらざる者」がいる。それが分かっただけでも、希望が持てると言うものだ。
 だが……やはりそう簡単には、いかないらしい。
「冗談じゃないぜ!」
 バシ、と机を叩き、戦士らしき男は心底苛立った様に木場を睨みつけながら言葉を続ける。
「オルフェノクを信用しろってのかよ? 大体、あんた達の申し出からして何かの罠かもしれないしな」
「何だとぉ? こっちが下手に出てりゃ付け上がりやがってよぉ……」
 男の言葉にカチンと来たのか、今まで黙っていた海堂が、チンピラよろしく水原の胸座を掴みながら凄む。
 それでもオルフェノクとしての顔を見せないのは、人間に対する彼なりのこだわりだろうか。
「皆!」
 一触即発の空気の中、それを断ち切るかのように声をあげたのは、迷彩色の服に身を包んだ、長田と同じ位の年齢の少女……園田真理だった。
「真理……!」
 思わず彼女の名を呼ぶ巧。だが、その声すらも、彼女達の耳には届いていないらしく、真理は巧のすぐ側をスタスタと通り抜け、木場達のいる方へと向かって行く。
 ……改めて、彼らには自分達の姿が見えていないのだと痛感した。真理の後ろについている気弱そうな青年……菊池啓太郎すらも、巧達には目もくれず木場の方に向かって行く。
「私は、木場さんの意見に賛成だな。オルフェノクだって、元々は私達と同じ人間だったんだ。オルフェノク全体を憎むのは、おかしいよ。多分、オルフェノクとか人間とか、関係ないんだと思う。人間の中にだって、人間らしさを失っている奴はいる訳だし」
 人間らしさを失っている奴……
 その単語を聞いて蓮が真っ先に思い浮かべたのは、黒い龍騎……リュウガと名乗った仮面ライダーの姿だった。
 対峙した時に感じた、底知れぬ邪悪。光の存在を一切認めず、全てを飲み下す闇を纏った戦士。蓮は、彼ほど深い「闇」を持った人間を見た事がない。
 そう言う「人間らしさを失った奴」の方が、異形達よりも遥かに危険度が高い。その事は蓮もよく知っている。
「私は……木場さん達を信じるよ。私達の、仲間だって」
「……そうだよ。俺も信じる。仲間なんだよ! 俺達は!」
 啓太郎が、必死の形相でそう訴えた、その瞬間。
 何かを蹴破るような音と共に、複数台のバイクのエンジン音が辺りに轟いた。
「何や!?」
 皆を代表するかのように、キンタロスは誰何の声をあげ、近くの窓から外に視線を走らせる。
 そこで繰り広げられていたのは、茶色っぽいどことなく「O」の文字を連想させる仮面の兵士達が、バイクに跨り人々を襲っている姿だった。

 バイク音に驚き、武器をもって飛び出した真理達の視界に入ったのは、スマートブレインの尖兵……ライオトルーパーと呼ばれる者達が、無力な人々に襲い掛かっている姿であった。
「何故この場所が!?」
「奴等のせいだ! だからオルフェノクを信じるなって言ったんだよ!」
 水原の言葉は真理に向けられたものだが、鋭い視線の先には木場達三人の姿。
 それに、反論出来なかったのか、彼らは悔しそうな表情のまま押し黙り……
「行くぞ!」
 意を決したように、水原が号令を下すと、彼に心酔している面々が武器を構えて走り出す。
 その後を、何を考えているのか読めない表情で草加も追い、最後に真理が三人の方に向き直り……信じていると言わんばかりの表情で小さく頷くと、啓太郎と共に銀色のバスに乗り込んで戦場に身を躍らせた。
「海堂」
「わーってるよ」
 真理達が戦いに赴いたのを見届けると、残された三人はその姿をオルフェノクの姿に変える。
 海堂直也は、蛇の特性を持つスネークオルフェノクに、長田結花は、鶴の特性を持つクレインオルフェノクに、そして木場勇治は、馬の特性を持つホースオルフェノクに。
 彼らは、自らの「敵」を倒すべく、ライオトルーパー部隊に向かって駆けていった……

 散り散りに戦いに向かった彼らを見送った後、一目散に駆け出したのは、勿論巧だった。
「おい、こら狼野郎! どこ行くんだよ!?」
「真理を追う。妙な予感がする……」
 言いながら、巧は相当なスピードでバスを追っていく。
 後ろの方で、良太郎達が何か言っているが、それを気に留めるような心の余裕が、どう言う訳か今の巧には微塵もない。
 頭では、これは「異世界の出来事」だと分かっているのに、それでも自分の知る人物と同じ姿形の人間を、放っておけなかったのかもしれない。
「くそ! 何やってんだよ、この世界の『俺』は……!」
 苛立たしげな口調で、思わずそうこぼしてしまう。
 真理や啓太郎、木場達や、草加までいると言うのに、どうしてこの場に「自分」がいないのか。……否。別に「乾巧」でなくても良い。人間に味方する、「ファイズ」がいればそれで……
 そう思ったその瞬間。巧の視界に、カイザフォンのボタンをプッシュする草加の姿が入った。
 ……入力コードは「913」。それは、カイザへの変身コード。
『Standing By』
「変身!」
『Complete』
 黒を基調とした仮面ライダー。どことなく巧のファイズに似ているが、彼とは異なり面の目に当たる部分は紫であり、「Χカイ」の文字を連想させるし、体に入っているラインも黄色だ。
「あれは、カイザ。じゃあ、やっぱどこかに『俺』がいても……」
「乾君!」
 呆然と呟いた巧の前に、ようやく追いついたらしい太牙が、どこか苦笑いをしているような顔で現れる。結構なスピードで走っていた自分に追いついた事も驚きだが、それ以上に息が上がっていない事にも驚く。
 だが、そんな驚きを表面には出さず、巧は極力いつも通り……素気ない態度を作ると、周囲を軽く見回して口を開いた。
「……あんたか。他の連中は?」
「良太郎達は人助け中、秋山さんと相川さんは、君の友人である三人の方に向かった」
「そうか。……あんたは何でこっちに来た?」
「君を一人にしておくのは不安だったからね。それに……」
 言いながら、太牙は視線をカイザと、その視線の先にいる白い仮面ライダーに向け……
「あの白いライダー……あいつが気になったのも、ある」
「……何なんだよ、あいつ?」
「分からない。だが、人間を襲っていた」
 白に、面の目の色は紫。スーツに入っているライン……フォトンブラッドの色は青。
 面に施されたラインの模様が、どことなくギリシャ文字の「Ψプサイ」を連想させる。巧には見覚えはないし、当然太牙にも見覚えなどあるはずもない。
 だが、造りはスマートブレインのライダーズギアその物。と言う事は……
「……じゃあ、あいつが……帝王のベルトとやらで変身した奴か」
 その白いライダーをギロリと睨みつけた、その瞬間。
 そいつはカイザ……草加を見つけると、挑発するように親指ですい、と自らの首を横に線引きした。
 所謂「地獄に落ちろ」のポーズである。
「貴様……」
 苛立ったように怒鳴り、草加は猛然とその白いライダーに突っ込んでいく。
 が、それを軽やかにかわすと、そいつは回転しながら草加の顔面を連続で蹴り上げる。
 一方吹き飛ばされた草加は、カイザの専用バイクであるサイドバッシャーを自律型のバトルモードに変形させ、弾幕を張り続ける。
 が、その弾幕すらも背に負ったジェットで軽々とかわす白いライダー。
「……早いな、それに小回りも聞く」
 太牙の言う通り動きが早い。
 その機動力によって、白いライダーはサイドバッシャーに乗る草加を捕らえると、そのまま宙へと上昇していく。
 その行為に危険を感じたのか、草加はそいつの腕から逃れようと必死にもがくが、がっちりと押さえられているせいか全くその腕が緩む様子はない。
 そして……敵は、草加を抱えたまま、真理達が乗り捨てたバスへと一気に下降し……そこで草加を離し、自らはぶつかる直前にブースターの機動力で脇へと飛び去る。
 高度とスピードの乗ったその衝撃に、バスは爆破しその爆風に巻き込まれる形で、草加も悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。
「草加!」
 爆風に煽られた為か、それともダメージの蓄積からか。草加の腰に巻きついていたベルトは外れ、草加雅人は生身のまま地面に叩きつけられた。
 それでもすぐに顔を上げ、這うようにしながらも、吹き飛んだベルトを取りに行こうとするのは、執念だろうか。その鬼気迫る表情に気圧されるようにして、近くにいた啓太郎がベルトを持って草加に駆け寄ろうとした、その時。
 ……草加の背後に、白いライダーが悠然と降り立ち、変身を解いた。
 東洋人らしい顔つき。黒のタンクトップに、同じく黒のハーフジャージを着ている。
 そいつに気付き、草加は慌てたように立ち上がったが、そんな草加に男は何事かを呟くと、人差し指を差し向け……
 どすり、と鈍い音がした。
 それは男が草加の心臓を、針状に伸ばした指で刺し貫いた音。
 ……あまりに現実味のないその光景に、思わず巧も太牙も言葉を失う。
 悔しそうな表情で倒れ、灰化していく草加には目もくれず、男はすたすたとその様子を見ていた真理と啓太郎の方へと歩き……
「Give me the belt」
 啓太郎が抱える、カイザのベルトを差しているのだろう。さも当然のようにそう言って左手を差し出していた。
 このままでは真理達が殺される……そう思った矢先、真理達をかばうようにして間に立ち塞がったのは、オルフェノク態の木場達だった。それを見て、楽しそうに笑うと……男は再び変身し、戦闘を開始する。
 その戦いに気付いていないのか、巧は今まで草加のいた場所にがくりと膝をつき、彼の亡骸代わりの灰を一掴み、掴みあげる。
 悲しみと失望の入り混じった、完全なる負の表情で。
 そこに、一瞬後には怒りの表情が混じり……木場達と戦う白いライダーにその視線を向けると、そのまま混戦の中へと踏み出そうと足を前に進める。
 だが……そんな巧の腕を掴み、太牙は落ち着いた様子で彼の顔を覗き込んだ。
「どこへ行く気だ、乾君?」
「放せっ! あいつを倒さなきゃ気が済まない!」
 激昂したのか、巧の顔にはオルフェノクとしての表情が浮かび上がっている。今にもオルフェノクとしての姿に変わりそうな雰囲気だ。
 人間では到底太刀打ちできないような馬鹿力を発揮しているのを肌で感じながら、太牙は小さく溜息を吐くと、真っ直ぐに巧の目を見つめ返し……
「いい加減にしろ!」
 その一喝と同時に、太牙の顔にファンガイアとしての模様が浮かび上がり、影からは同じ色をした蛇のような物が数本、巧の四肢に巻きついた。
「な……お前!?」
 太牙の「キバ」としての力は知っていても、「ファンガイア」としての力を知らなかった巧にとって、この束縛は驚きに値する。
 彼も「人にあらざる者」である事は何となく感じていたが、まさかこんな力を持っていたとは思ってもみなかったのだろう。そんな巧の驚きを無視しつつ、太牙は淡々と言葉を紡いだ。
「君の気持ちは、僕には分からない。殺された彼は、君の大切な仲間だったかもしれない。けれど……」
「分かってるよ『異世界だ』って言うんだろ。けどな、俺はお前みたいに冷静ではいられない」
「冷静、か。確かにそうかもしれないな。僕にとっては他人事だ」
「お前……」
「けれど……喪った者は還って来ない。本来の世界で、僕の花嫁が還って来ない様に」
 言いながら、太牙の視線は真理へと向く。
 恋焦がれるような、そんな視線を。
「お前、真理の事……?」
「いや、違うな。彼女は似ているだけさ。……僕の、クイーンにね」
 苦笑しつつ、太牙は首を横に振って視線を巧に戻す。その身にかけた闇の蛇の戒めも解いて。
「……何だかんだと偉そうな事を言っているけど、僕も君の事は言えないかもしれないな。園田さんが襲われたら……そして殺されたら、今の君みたいに取り乱すだろう……きっと」
「それは、真理がお前の愛した女に似てるからか」
 自嘲めいた顔で頷く太牙を見て、巧は何を思ったのか。
 少なくとも、もはやあの白いライダーに対する「憎悪」は消えていたように思う。
「畜生……畜生ぉぉぉっ!」
 一部の人間にしか聞こえない狼の咆哮は、風の唸りに混じって、燃え上がる炎と共に空に散った。

 どうやら、「始まりの地」からお客さんが来たみたいだね。しかも、ちょっとした結界付きで。
 アレじゃあ、僕もそう簡単に手を出せないかな。
 でも、草加雅人カイザが死んだのは意外だったかなぁ……もう少し骨があると思ったのに。
 勿論、帝王のベルトが強すぎるって言うのもあるだろうけど……何かちょっと拍子抜けだなぁ。
 ま、良いか。次のイベントで楽しませて貰えば良いんだし。
 さて、じゃあそのためには……
「あ、もしもし、スマートレディさん? 『俺』だけど……」
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