生者の墓標、死者の街

【その18:木乃伊散 ―ミイラ―】

 玄関で奇妙な機械を拾った渡は、どこまでもその存在を不審に思いながらも、添えられたメッセージカードとその機械を持って他の面々が待つ二階の工房へと戻ってきた。
 それに気付いたのか、何気にタツロットと仲良くしている真司がにこやかな笑顔で振り返り……
「お帰り渡。……誰だったんだ?」
「それが、誰もいなかったんです。代わりにこれが……」
 言って、全員にその機械を見せる。
 それを見て、最初に驚いたのは一真だった。
「これ……アンデッドサーチャー!?」
「あぁ? 何だそりゃ?」
「レジェンドルガサーチャーって表示されてるけど……」
 携帯電話に似た、黒い「それ」には、確かに「Legendorga Searcher」と表示されている。
「アンデッドサーチャーって言うのは、俺達が戦っていたアンデッドの居場所を察知して知らせてくれる機械なんですけど……この機械はそれに良く似ているんです」
「じゃあ、こいつはそのレジェンドルガ版って事か」
 どこか納得したように、海堂が呟く。だが、それでも信じられないと言った風に一真は首を横に振り……
「アンデッドサーチャーだって、アンデッドのデータをある程度集めてから完成したんです。こんなに早く出来るとは思えない」
 半ば睨みつけるようにその機械を見つめ、一真は心底不審そうに言い放った。
 それもそのはずだ。良太郎のイマジン達がレジェンドルガを見たのは、「今日」。
 動き出してもいないレジェンドルガ達のデータを集め、アンデッドサーチャーに応用するなど、どだい無理な話なのである。
「紅、この手紙は?」
「あ、一緒にあったんですけど……」
「読んでみても?」
「どうぞ」
 渡の許可を得たからか、デネブ……皆の前では桜井白尾と名乗っている……が、ごそごそと手紙を開く。
 うっすらと龍の押し印を施された薄水色の紙には、次のような文章が記されていた。
「えーっと……『拝啓、仮面ライダーの皆様。レジェンドルガサーチャーが完成したのでお送りします。青器龍水』だって」
「もう一枚あるな。『降りかかるは災難。共にあるは復讐。惑わされてはならない。貴方達は、統治する者なのだから』……?」
 読み上げながらも、その文章の意味不明さ加減に、思わず侑斗の眉間に皺が寄っていく。侑斗だけでなく、聞いていた海堂達の眉根も寄っていったが。
「青器龍水って奴が、これを送ってきた……っつーか、置いてったのは間違いねぇだろうな」
「けど、その人が何で……」
 海堂の言葉に渡も不審そうに返したその瞬間。
 警報に似た電子音と共にその機械が唐突に鳴り出し、画面にマーカーのような物が表示された。しかも、そのマーカーの上部には「Mummy」と表記されている。
「い、いきなりなんだ!?」
「これは……」
 音に驚いたのか、バイオリン型の巣箱の中で、飛び上がるキバット。対照的に、一真の方は落ち着いた様子でその画面を覗き込んだ。
「ここから近いな」
「けど剣崎、これは悪戯かもしれないだろ」
「いや。こんな手の込んだ真似……『ただの悪戯』で済むとは思えない」
 不審そうに言った侑斗に、一真の方は真剣その物の表情で答え……そのまま屋敷を飛び出した。
「あいつ、行っちまったけど……俺らはどうすんだ?」
「……行く価値はあると思う。悪戯なら、戻ってくれば良いだけだしな」
 カリカリと頭を掻きながら、誰と言う訳でもなく問いかけた海堂に、真司はにこやかに返す。
 仮にこの機械が本物だとしたら、それは即ち誰かが今、襲われていると言う事に他ならない。真司には、それを放っておく事は出来ない。そして恐らく、他の面々にも。
「……そうだな。行くぞ、デネブ」
「了解!」
「キバット、タツロット、僕達も行くよ」
「おう! キバって行くぜ!」
「……しょうがねぇ。俺もついて行くとするか」
 結局、そう言って全員がそのマーカーが指し示す所に向かったのであった。

 一足先にレジェンドルガサーチャーの指し示したポイントに到着した一真は、その光景に思わず言葉を失った。
 視線の先にあるのは、人々を襲うミイラに似た異形と、襲われた結果ミイラの仮面のような物を顔に貼り付け、他の人々を襲う人間の姿。そして、それから逃げ惑う人々。
「これは……一体!?」
「ん……?」
 思わず漏れた一真の声に気付いたらしい。この一件の首魁らしきミイラがこちらを振り向く。
 そいつから感じられる「悪意」に、反射的に一真は「CHANGE」のカードを構えると、即座に腰のジョーカーラウザーに通した。
「変身!」
『CHANGE』
 電子音に似た「声」と共に、一真の姿が揺らぎ、変わる。
 ジョーカーの特徴は、ジョーカーラウザーに通したラウズカードに封じられたアンデッドの姿……この場合はビートルアンデッドの姿となるのだが、一真の場合は彼の持つ「イメージ」が優先される為か、その姿はビートルアンデッドではなくかつて自身が戦っていた時の姿であるブレイドに似た物へと変化した。
 本来のブレイドと異なる点は、仮面の目の部分が赤ではなく、アンデッドの血を連想させる緑である事くらいだろうか。
「ほう……この世界の戦士か。キバやイクサとは、異なるようだな」
 どこか楽しそうな声でミイラはそう言うと、右手をブレイドに変身した一真の方に向け……
「やれ」
 端的に命令する。
 その刹那、面をつけられた方の人々が、一斉に唸り声を上げてゆっくりと一真の方に向かい、彼めがけて襲い掛かる。
「なっ……まさか、この人達、操られて……!?」
 襲い来る人々の攻撃をかわしつつ、一真は焦ったように呟く。
 人間を守る事を信条とする一真としては、操られた人々を攻撃する訳にも行かない。「人間」であった時は加減して気絶させられたが、ジョーカー……アンデッドと化した今では、その力加減が難しい。下手をすると、殺してしまうかもしれない。
 そんな考えが頭を過ぎり、迂闊に手が出せなくなった、瞬間。
「変身!」
『CHARGE AND UP』
 侑斗の声が轟いた直後に、電子音が聞こえた。その認識と同時に一真の視界に入ったのは、赤茶けた色の仮面ライダーに変身した侑斗の姿だった。
 手には烏天狗のような顔の付いたガトリングガンのような物を持っており、色合いのせいか、その鎧はどこか錆付いたような印象を受ける。
「侑斗!」
「何やってんだよ剣崎、こんな奴ら、さっさと蹴散らせば……」
 そこまで言って、侑斗も気付いたらしい。自分達を囲む、ミイラの仮面を着けた者達の正体に。
「人間かよ!」
「操られているんだと思う」
「……なら、親玉を潰せば元に戻るかもしれないな」
 襲い来る人間達の攻撃をかわしつつ、一真と侑斗はちらりとミイラの方を見やりながら言葉を交わす。
 余裕気に笑いながら、ミイラはその場から動こうともしない。と言うか、手も足も出ない一真達を見て、楽しんでいる風ですらある。
「……剣崎、俺達で囮になるぞ」
「囮?」
「残りの連中が来た」
 侑斗の、その端的な言葉の意味に気付いたらしい。一真は小さく頷くと、周囲を取り囲む人間達を軽く飛び越え……
「こっちだ! ついて来い!」
 彼らしからぬ、挑発めいた言葉を発し、ミイラ男との距離を開ける。それに倣うように、侑斗も一真の方に向かい、呻き声を上げる人間達を挑発するように指で招く。
「クク……逃げるか、他愛ない……」
「そいつぁどうだろうなぁ?」
 背後から唐突に上がった声に、ミイラは振り向こうとする。が、振り向ききる直前に、自らの背に鋭い痛みが走った。
 ……斬られたのだと気付いたのは、飛び退り、相手……灰色の蛇を思わせる異形が持つ、剣を見た時だった。
「な……後ろからだと!? 卑怯な!」
「はあ? 人間操って自分を守らせてる奴に、言われたくないっちゅうの」
 蛇……海堂は肩を竦めると、ミイラの「卑怯」という言葉に呆れ混じりの声と態度で返す。
 ……確かに、後ろからの不意打ちは卑怯かもしれないが、海堂は正義の味方ではないし、正々堂々と戦う気も毛頭ない。いかにして、生き残るか……そのためなら、卑怯な手段に出る事も厭わない。
「く……何をしている、守れ、人間共!」
 予想外の相手の登場に苛立っているのか、ミイラは吠えるように声を上げる。だが、返ってくるはずの呻き声は響かない。
 それどころか、返ってきたのは彼に対して敵意を含んだ鋭い声。
「無駄だ。お前が操った人間は、一真と侑斗がお前から引き離した」
「気付かなかったんですね」
 言葉と共に現れたのは、彼に操られた人間達ではなく……既に変身し、背後に無双龍ドラグレッダーを従えた真司と、周囲にキバットバット三世と魔皇龍タツロットを従える渡の二人。
「キバット、タツロット、行くよ」
「よし! ガブっ!」
 渡が言うと同時に、彼はキバット三世をその手に掴み、逆の手に噛み付かせる。その刹那、ハウリング音の様な、そうでない様な、何とも形容し難い音と共に、渡の顔にステンドグラスの様な模様が浮き上がり、その腰には鎖めいた何かが幾重にも巻き付き、次第にベルト状の「止まり木」へと変化した。
「変身」
 宣言すると同時に、渡は腰の「止まり木」にキバットを止まらせ……一瞬にして、その姿を変容させる。
 赤を基調とし、どことなく吸血鬼を連想させる姿。面の目に当たるであろう部分は鮮やかな黄色で、蝙蝠を連想させる形。
 右足と両肩には、銀色の鎖が何かを封じるかのように巻き付いている。
 だが、彼の変容……いや、変身はそれだけでは終わらない。
「タツロット!」
「テンション、フォルテッシモ!」
 渡の言葉に応えるかの如く、周囲を飛んでいた小型の黄金龍は、嬉しそうにその場をくるりと旋回すると……
「変っ身!」
 甲高い声でそう宣言し、渡の体に巻きついていた鎖を解き放ち、掲げられていた右腕に止まる。
 鎖から放たれた渡の鎧は赤から金色こんじきへ、そしてそれまで黄色だった面の目の部分は、金色に追いやられた赤に取って代わられる。更に今までなかった赤いマントが彼の身を包んだ。
「まさか……キバが、この世界に!?」
 渡の姿を見るや否や、ミイラはあからさまに狼狽し……次の瞬間には、憎悪の篭った瞳で彼を見つめていた。
「キバ……我ら、レジェンドルガの怨敵……ロードの復活を、そして野望を妨げる者!」
 怒鳴ると同時に、ミイラは一気にその間合いを詰める。まるで、渡……いや、「キバ」しか見えていないかのように。
「ならば、今ここで排除する! この、マミーレジェンドルガが!」
「させるか!」
『ADVENT』
 マミーレジェンドルガと名乗ったそいつが渡に辿り着く直前、真司がバイザーに通したカードに応え、後ろに控えていたドラグレッダーがその行く手を遮った。
「ええい……邪魔を、するなぁっ!」
 六メートルの巨体に遮られた事に激昂し、怒鳴り散らすマミー。しかし……
「おいおい、俺の事も忘れてもらっちゃ困るぜ?」
 海堂の声が聞こえると同時に、今度は右腕を斬りつけられた。しかしそんな事も気にせず、マミーはただ一心に渡の方へと突進していく。
 ドラグレッダーの巨体を潜り抜け、すぐ脇からやってくるスネークオルフェノクの攻撃をかわす。
 そしてようやく、渡の……キバの前に立った時。
 全ては、遅かった事を知った。
「ウェイクアップ・フィーバー!」
 タツロットの声が響くと同時に、渡の両足に、赤いエネルギーの刃が生まれ……空中へと蹴りあがる。
「あ、あああ……」
 マミーの口から漏れたのは絶望の悲鳴。人間に奏でさせようとした音、そのもの。
 渡の攻撃に反応するかのように、周囲は夜の闇に似た色に染まり、天には赤い満月が昇る。
 それは恐怖のせいか、それとも知らずの内に見惚れてしまったせいか。マミーはその場を動く事なく、ただ飛び上がって体勢を整えた渡をじっと見つめる。
「ああああああ、ああ、あああああァァァァッ!」
 凍りつたように動かないマミーの体を、渡の両足が捕らえ……「エンペラームーンブレイク」と呼ばれる技が、キバの紋章を残し、完全にマミーレジェンドルガを粉砕した。

「……ん?」
「どうしたの、メデューサちゃん?」
 何かを察知したように、メデューサレジェンドルガが反応したのを見て、ロブスターオルフェノクはバーテンダーのようにカラカラとカクテルを作りながら、そう問いかけた。
「マミーがやられた」
「あら、マミー君が?」
「それも、キバに」
 忌々しげに吐き捨てるメデューサに、出来上がったカクテルをグラスに注ぎ、差し出す。
「凄いわね。まるで千里眼だわ」
「私の子供を使えば、それ位は容易い」
 言いながら、メデューサは出されたカクテルを一気に煽る。赤い、血の色に似たカクテルを。
 そして蛇の目を思わせる水晶のような物を、目の前にいるロブスターに向ける。どうやらメデューサの言う「子供」を通じて、この水晶に画像が映し出されるらしい。
 そこに映ったのは、金色の戦士。恐らく、これがレジェンドルガ達の敵であると言う「キバ」なのだろう。
 思いながら、特に興味もなく眺めた瞬間。
 その脇に映った灰色の異形の姿に、ロブスターの目は釘付けになった。
「……どうしたんだい? そんな険しい顔をして」
 ロブスターの異変に気付いたのか、訝しげにメデューサが問う。しかし、その声も耳に入っていないのか、彼女はただひたすらにその異形……スネークオルフェノクを見つめ……やがて、堪えきれないかのように、哄笑を上げた。
「何をそんなに高らかに……?」
「嬉しいのよ、まさか、生きていたなんてね」
 狂気に満ちたその笑顔に、メデューサの背中に冷たい物が走る。
 今まで、規模の大小問わず何度となく彼女とやり合っていたが、ここまで狂気じみた表情を浮かべた事はなかった。楽しくて仕方がない、なのにその目に浮かぶのは自分達がキバを思う時と同じ位の……ひょっとすると、それを超えるかもしれない位の、憎悪。
「うふふ……だって……裏切り者は自分の手で始末したいでしょう?」
 言いながら……彼女は手に持っていたシャンパンのビンを、握り砕いていた。
18/42ページ
スキ