生者の墓標、死者の街

【その17:死者之街 ―イカイ―】

「……これが、『異世界』……?」
 ガオウライナーから降り立ち、周囲を見回して……普段と変わらぬ街並みに、思わず呆けたような声を良太郎はあげていた。
 立ち並ぶビル群に、その下では談笑している人々。
 普段から見かけている「平和な街並み」にしか見えない。
 だが、それでも気付いてしまう。彼らの顔に時折浮かび上がる、オルフェノクとしての姿に。
「はい。この世界では、人間はあと、二千四百三十三人になっちゃいました」
「え? それだけ?」
「あとはみぃんな、オルフェノクなんですよー」
 にこやかな笑顔を向けつつ、スマートレディは紹介するかのように両手を広げる。
 少し離れた所のコンパニオンも、近くで愛を囁きあう恋人同士も、今しがた自分達の後ろを通っていった子供達も、皆……
 そう思うと、巧の背に冷たい物が走る。
 一度死んだ者が甦ってオルフェノクになるのなら、この街は「死者の街」だ。死者が生活する事のみが許され、生者が存在する事を許さない街。
「……待て」
「何ですか?」
「何故、周りの連中は俺達に気付いていない?」
 そう問いかけたのは始。
 それもそのはず、街中にガオウライナーと共に降り立った自分達を、見てくる所か気にかけている様子もない。
 ……まるで、彼らの事が見えていないかのような素振り。「気付いていない」と表現するのも、当たり前のように思えた。
「それは、皆さんに渡したカードのお陰です」
「これの?」
 不思議そうな顔で良太郎は手元にある赤いカードを見つめる。
 特に、何が変わった訳でもないが、確かに奇妙な力を感じる。街は夏の日差しを注いでいるというのに、自分の周囲はどこかひんやりとしているようにも思える。
 特に、蓮の着ているコートなどは見ただけで暑苦しいと言うのに、彼はそれを脱ぐ気配もない。
「そのカードが、皆さんをこの世界と一線を画す『牢獄』を作っているんです」
「どう言う事だ?」
「簡単に言えば、バリアです」
 スマートレディが言うには、渡されたカードはこの世界に辿り着いた瞬間にその効果を発動させ、彼等を守る「壁」を作り上げたのだそうだ。
 それのお陰で、自分達の周囲は元の世界と同じ条件が保たれているらしい。そうでなければ、全員がこの世界の影響を受け、消滅する可能性もあるらしい。
「ミラーワールドの時間制限みたいな物か」
「その通りでぇす。しかも、皆さんの姿が見えるのは、カードを持っている皆さん自身と、この世界にとって異端な者であるお姉さん。それから、この世界の『神』と、その力をと~っても濃く受け継いでいる者だけ。つまり、お姉さん以外の人が、皆さんを見てたら、それが敵だって事になりますね」
 クスと笑いながら、スマートレディはそう心底楽しそうに言って……わざとらしく腕時計を見やると、驚いたように口元に手を当てた。
「じゃ、お姉さんはこの後お仕事があるので。皆さん、ゆっくりしていって下さいね」
「おい、ちょっと……」
 そう言い残すと、スマートレディは巧の制止も聞かずに、青い蝶を残してその姿をかき消す。まるで最初から、そこに「スマートレディ」と言う存在などいなかったかのように。
「チッ……今ひとつ信用できねぇ女だぜ」
「同感だな」
 忌々しげに吐き捨てたモモタロスに同意するように、巧も苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
 なまじ敵対した事があるだけに、巧の方はモモタロス達よりも思いは複雑なのかもしれない。
 現時点では何も手を出せない自分に苛ついたのか、巧は足元の石を蹴飛ばしつつも自分の眼前にそびえ立つ巨大な建物に目を向けた。
「……スマートブレイン本社、か」
 入り口近辺にあるプレートに彫られた社章が目に入ったのか、更に苛立った様子で巧は小さく呟いた。
 かつて自分の住む場所……「元の世界」では、スマートブレイン社は「オルフェノクの巣」と称されていた程、オルフェノク達で構成されていた。
 それを知った時は、それ程のオルフェノクの数に正直驚いたが、今いるこの街に比べたら、何と可愛い数だったのだろうと改めて思う。
 ……これだけのオルフェノクの中で、何人が人間との共存を考えているか……それを思うと、ずしりと心が重くなった。
「巧さん……?」
「……何でもない。気にすんな」
 心配そうにこちらを見る良太郎に、うんざりしたような表情を向けつつ返す巧。
 その一瞬後だったか。彼の視界に、ある人物達の姿が入ったのは。
「……木場……!?」
「キバ?」
 巧の漏らした声に、思わず太牙が反応を返す。発音が異なる事を考えると、自分達の事ではなくて誰かの名前なのだろうが……
 そんな風に不思議に思いつつも、巧の視線の先へ、その場にいた全員も目を向けた。
 そこにいたのは、三人組の男女。いずれも十代後半から二十代前半くらいに見える。
 一人は先程別れたばかりの海堂直也……だろう。ただ、彼らの知る海堂より少しばかり若く見える。
 もう一人はその海堂と同じくらいの年齢の青年。軽く茶に染められた髪色に、純白の服装が映えている。その瞳に、どこか悲しそうな色を湛えているように見えるのは、気のせいか。
 最後の一人は良太郎よりももう少し年下らしい少女。どことなく翳を持った印象を受けるが、それがなければ可愛い部類に入ると思う。
 ……巧の視線にいたのは、茶髪の青年の方だ。
「お前の知り合いか?」
「……ああ」
 蓮の問いに、巧は伏目勝ちに答える。
 答え難い事なのだろうとは思うが、それでも問わずにはいられなかったのは、巧の浮かべた表情のせいだ。
 最初に一真と出逢った時と、似た表情。
 寂しそうな、懐かしいような……もう二度と帰らない誰かを想っている表情だった。
 周囲が特に気にかけている様子がない所を見ると、彼らもまた、オルフェノクなのだろう。少なくとも、自分達の世界の海堂直也はオルフェノクだった事を思い出し、太牙はその三人をじぃっと見つめた。
「……とにかく、彼らの所に行こう。帝王のベルトが実在する事を、人間解放軍の皆には伝えた方が良い」
「そうですね。少なくとも、そういう脅威があるって分かるだけでも、心構えとしては変わる訳ですし」
 茶髪の青年に同意するように、少女も頷きながらそう答える。
 唯一海堂だけがどこか乗り気でなさそうな表情を浮べ、渋々と言ったように彼らの後をついていっている。
「……僕等も、ついて行った方が良いんじゃないかな? 今のままでは、あまりにも情報が少なすぎる」
 太牙の提案に、こくりと頷く始と良太郎に対し、蓮、巧、そしてイマジンの四人はどこか渋い顔をしていた。
「どうしたの、モモタロス?」
「いや、行くのは良いんだけどよォ……こいつ、どうすんだ?」
 良太郎の問いに答えながら、モモタロスは自分の後ろに堂々と停車しているガオウライナーを指し示した。
 確かに、これを放っておく訳には行かない。
 仮に自分達同様、ガオウライナーの姿が誰にも見えないのだとしても、かなり邪魔になっている事は間違いないし、いつ元の世界に戻る事になるかも分からない。今現在、元の世界に戻るための、唯一の手段がガオウライナーなのだ。それを放置しておくのは、流石に無謀と言う物だ。
「誰かここに残るか、それともこれと一緒にあの三人を追うか……」
「乗ってった方が早いよ。僕が運転するけど良いよね? 答えは聞かないけど」
「え、ちょっとリュウタロス……」
 良太郎が止めるよりも早く、リュウタロスはひょいとガオウライナーに乗り込み、その場で呆然と立ち尽くす全員を手招く。
「ほら、早くしないと皆置いてっちゃうよ?」
 無邪気に言うリュウタロスに苦笑を浮かべつつ、結局全員ガオウライナーに乗り込む。
 その、次の瞬間。電車は勝手に動き出し、まるで彼らの意思を酌んだかのようにゆっくりとしたスピードで三人組の後を追い始めた。
「……まさか、俺らがあいつらを追いかける事が分かってたんやないやろうな……」
「以前の事もあるし、ちょっとその可能性は否定できないよねぇ」
 苦笑気味に呟いたキンタロスの言葉に、同じく苦笑気味に答えるウラタロス。
 彼らには「以前の事」があるため、もはや時の列車関係では、何が起こっても特に驚きはしなくなっていた。
 ……誰かの思惑通りに動いているようで、不快には思うのだが。
 そんな中、一人苦しそうに窓の外を見つめる巧の側に、影が降りる。誰かが側に立ったのだと気付き、視線を上げたそこには、読めぬ表情でこちらを見つめる始がいた。
「……何だよ?」
「あの三人……海堂達とお前は、どう言った知り合いだ?」
 その問いに、一瞬巧は言葉を詰まらせ……やがて深い溜息を一つ吐きだすと、再び視線を窓の外へとそらし、あえて感情を読ませぬ声で答えを返した。
「あいつらは……俺達の世界では、人間と共存を望むオルフェノクだった連中だ。……俺と一緒に、スマートブレインの連中を倒した」
 そう言うと、巧は簡潔に、かつての自分の戦いを語る。
 幼い頃に事故に遭い、オルフェノクとして覚醒した事、人間を襲うオルフェノクをファイズとして倒していた事、オルフェノクの中にも人間と共存しようと考えていた者達がいた事、それがあの三人である事、そして……
「女……長田結花は殺され、茶髪の男……木場勇治は、オルフェノクの王との戦いの中で、命を落とした」
「生き残ったのは、あの海堂と言う男だけ、か」
「……あの三人の中じゃあ、な」
 蓮の言葉に苦々しい表情で頷きながらも、巧は外にいる三人から視線を外さない。
 懐かしいような、会いたくなかった様な……複雑な心境。彼らが生きている事は嬉しい。例えそれが、異なる世界の出来事であったとしても。
 だが、彼らが自分の知る「彼ら」と同じとは限らない。
 ひょっとしたら、既にオルフェノクとして生きていく事を決めてしまったのかもしれないし、この世界では、そう言う生き方をした方が良いのかもしれないとも思う。
 それでも……彼らには、自分の知る、「人間との共存を望むオルフェノク」であって欲しいと願ってしまうのは、巧の我儘だろうか。
 そう思いながらも、歩く三人をじっと見つめていた……

「けどよぉ、真理ちゃんはともかく、他の連中が俺達の提案を受け入れてくれるかねぇ?」
 海堂のどこか寂しそうな言葉に、結花と木場は難しそうな表情を浮かべる。
 人間を信じたい。けれども、人間とオルフェノクの溝は深い。その事を、嫌と言う程痛感しているから。
 無論、自分達のやっている事を理解してくれている人間もいる。靴を売る少女や、人間解放軍の実質的なリーダーである園田真理、そして、彼女と共にいる菊池啓太郎はその最たる例だ。
 けれど、それはほんの一握りの人間だけ。大抵の人間はオルフェノクを恐れ、敵視しているし、大抵のオルフェノクも実際人間を蔑み、襲っている。
 オルフェノクに襲われて、オルフェノクとして覚醒できる人間は、ほんの一握りに過ぎない。
 かつては六十億を超えた世界の人口も、今ではその一割程度にまで減った。減った原因の殆どが、オルフェノクに襲われたからだ。
「帝王のベルトは、人間にとって脅威だよ。勿論、僕達にとってもね」
「……あんなん相手に、勝てる気がしねーっつーの」
「……そうですね。凄く簡単に、オルフェノクを殺していましたし……」
 薄ら寒そうに、結花は呟く。
 帝王のベルトで変身した、白いライダーは、スマートブレイン社社長、村上峡児の命令一つで、慈悲、躊躇、容赦一切なく、自分達に襲い掛かってきたスマートブレインの社員を殺していた。
 無論、自分達も敵とみなした者には容赦なく攻撃するが、あれほど圧倒的な力の差は見た事がない。正直、恐怖すらも感じたくらいだ。
「だからこそ、知らせる必要がある。これ以上、人間とオルフェノクの溝を、深める訳には行かないからね」
 これ以上、オルフェノクが人を殺せば、更に関係が悪化する。それだけは、何としても避けたかった。
 ……二つの種の、共存の為にも。
「ファイズが……乾君がいれば、もっと違っていたかもしれないのに……」
「ない物ねだりしてもしょうがねぇだろ。ほら、見えてきたぜ、入り口が」
「そんな顔はやめましょう、木場さん。……少なくとも、誰よりも彼の事を心配してる人の前では」
「……ああ、そうだね」
 どこに居るのか分からないこの世界の戦士の顔を、思い出しつつも、彼に対する願いにも似た「想い」を振り切り……木場は真っ直ぐに前を見つめた。
 古ぼけた、誰もいないように思える、遊園地の一画を。
「それじゃあ……行こうか。僕達の考えを提案しに」
「はい」
「仕方ねぇ。俺様も付き合ってやるか」
 木場の言葉に同調するように、二人は頷き……その遊園地に向かって、歩を進めるのであった。

 やっている事が間違っているって自覚はあるんだ。
 だけど、止められない。
 始まりの地は欲しいし、二つの世界のオルフェノクを守りたいと思う。
 だって、どっちも僕の子供なんだから。
 ……その為に、人間を殺す事は間違っているけど、でも……
 ……僕は「戦車」。オルフェノクを生み出す神にして、勝利をもたらす者……
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