生者の墓標、死者の街

【その16:集合場所 ―ヤシキ―】

 時の列車、ガオウライナーがトンネルを抜けた頃。
 こちら側に残った面々……城戸真司、海堂直也、剣崎一真、桜井侑斗、デネブ、紅渡の六人は、一旦森を抜け、渡の家に向かっていた。
 そもそもは、真司がそれぞれの連絡先を問うた事が発端だった。何かあった時、すぐに集まれるようにと思っての提案だったのだが…………住所不定者が三人いたのである。しかも事もあろうに連絡手段もない。
 ジョーカーとしての闘争本能を押さえるための旅を続けている一真と、時の列車、ゼロライナーを根城にしていた侑斗とデネブ。
 ゼロライナーは、オーナーが使うと言ってどこかへ持っていってしまった。持っていかれる前に、取りあえず一発、今までの色々な「思い」も込みで殴っておいたが。
 それでは困ると言う訳で、確実に住所が決定している渡の家に集まる事にしたのである。
「どうぞ、ここが僕の家です」
 そう言って辿り着いたのは、独りで住んでいる割には広すぎる印象を持つ、どこか古びた洋館だった。
 門戸には蔦が巡り、屋敷自体も何だか薄暗い印象を受ける。やはり独りでは手入れが行き届かないのか、庭などは荒れ気味で「お化け屋敷」と言われれば思わず納得してしまいそうな場所だ。
「……広っ!」
 思わず漏れたその声は、誰の声だっただろうか。
 少なくともその声に、住人以外の全員がこくりと頷いた事は確かだが、言われた方はそうですかと不思議そうに呟きながら、扉を開く。
「何だ何だ!? ぞろぞろと何か来たぞ!?」
「お客様がいっぱいですね! テンション上がっちゃうなぁ~!」
 扉の軋んだ音とほぼ同時に、家主の後ろをついて来たメンバーの視界に入ったのは、黄色くてどことなくメタリックな印象を受ける、人の頭程の大きさの蝙蝠と、それより一回りほど大きい、金色の小型の龍……ワイバーンが宙を舞いながらこちらに向かって警戒気味にそう言っている姿だった。
「何なんだ、こいつら……?」
「何なんだとは失礼な奴だな。って言うか、お前らこそ何なんだ! あ、こら、つつくな!」
 呆然と呟きながら、つんつんと突いてくる海堂に対し、蝙蝠の方はばっさばっさと羽音を立て、警戒した様に問いかけてくる。
――蝙蝠と龍って言う組み合わせは、よくある物なんだろうか――
 目の前を飛び回る蝙蝠を見つめつつ、ぼんやりと真司はそんな事を思う。じゃれあう二体から、ついつい自分と蓮の契約モンスターを思い浮かべてしまったからか。
 もっとも、あの二体はこんなに可愛らしくはないのだが。
「キバット、タツロット、この人達は僕のお客さんなんだ。あんまり失礼な事言わないでね」
 渡に言われ、二匹は興味深げな様子で、くるくると「客人達」の周囲を旋回する。
 どちらも、人に害を為すような気配はない。
 蝙蝠の方は太牙が連れていた黒い蝙蝠……確かキバットバット二世とか言った存在に良く似ている。
 渡が「キバット」と呼んでいたので、ひょっとすると親戚なのかもしれない。
「……世の中には、俺の知らないモンスターが沢山いるんだなぁ……」
 しみじみと呟きつつ、一真は二体を面白そうに眺める。
 アンデッドと戦っていた時は、「異形」はアンデッドだけだと思っていた。だが、今ではイマジンやファンガイア、オルフェノク、ミラーモンスターなど、アンデッド以外の「異形」を知っている。
 そしてその中には、人に対して友好的な存在がいる事も。そういう存在がいるから、この世界は成り立っているのではないだろうか。
 今、自分の周りを飛んでいる二体が良い例だ。彼らは襲ってくる訳でもなく、ただこちらを好奇の眼差しで見ているだけ。
「渡さんのお友達なんですね! ピュピューン!」
「友達と言ってくれるのか!? 嬉しいなぁ。侑斗、友達だって!」
 嬉しそうにタツロットと呼ばれた金色の龍を指差しながら、デネブははしゃいだように侑斗に呼びかける。一方で呼びかれられた方は、深い溜息を吐き……ギロリと睨むだけに留めた。
 ……他人の家で派手なプロレス技をかけるほど、侑斗は常識知らずではない。
 ゼロライナーに戻ったら確実にジャーマンスプレッドでもかけてやろうと、蝙蝠とドラゴンに対してまでキャンディーを配るデネブを見つつ、心に決めてはいたが。
「二階は、バイオリン工房になってます」
「バイオリン工房?」
「ええ。僕、バイオリンの修理をしているものですから」
 不思議そうに言った真司に答え、渡は面々をその二階へと案内する。
 できるだけ、机の上には触らないで下さいね、と言いつつ。
「へぇ……こんな風になってんのかぁ……」
 誰よりも先に上がった海堂が、興味深げに呟きつつ、周囲をぐるりと見回す。
 かつて彼も楽器に携わっていただけに、楽器の生まれる場所というものが、神聖に思えたからかも知れない。
 これから生まれる楽器。
 ここから広がる音色。
 考えただけで、何だか楽しい気分になってしまう。
 そんな中でも一際目立ったのは、立てかけてある完成品のバイオリンだった。
 バイオリンと言う楽器としては、まだ若い。作られてからせいぜい二十年ちょっとと言った所か。
 それにも拘らず、深みのある光沢が、年代物に負けない存在感を表している。
「こいつは……?」
「それは『ブラッディ・ローズ』。……僕の父さんが作ったバイオリンです」
 照れくさそうに、海堂に向かってそう言うと、渡はバイオリンを構え……ゆっくりと、弾き始めた。
 荘厳な音が、その場に響く。
 渡の腕も確かにあるが、バイオリンその物に込められた「祈り」めいた何かが、更に音に深みを与えているように感じた。
 海堂は勿論の事、真司や一真、侑斗、デネブもその音色に思わず聞き入る。
 最後に渡が弦を指で弾き、それがこの曲の終了だと気付くと同時に……一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手を渡に送った。
「何て言うか……凄いな」
「うん。凄く感動した」
 侑斗の言葉に同調するように、デネブもこくこくと頷きながら言う。
「それだけの腕があれば、バイオリニストとしてやっていけるんじゃないか?」
 一真の言葉に、隣に立っていた真司も同意するように頷く。
 それだけ感動したと言う事なのだろうが、渡はその言葉にはどこか困ったような笑みを浮かべ……
「僕の夢は、父さんの……このブラッディ・ローズを超えるバイオリンを作る事、ですから」
「こいつを超えるバイオリンか……そりゃあ確かに、簡単じゃねぇな」
 苦笑気味に渡に言ったのは、やはり海堂。
 彼にも、わかったらしい。ブラッディ・ローズに込められた「想い」の強さと、重さが。
 今の音楽は、そこに更に渡の「想い」が重なったが為に生まれた、一種の奇跡である事も。
「けど、そいつに込められた『祈り』に、応えられたんだからよぉ、そう遠くない未来、『越える』までは行かなくても、そいつと『同等』のバイオリンを作るまではいけるんじゃねぇ?」
「そうだと、嬉しいです」
 はにかんだような笑顔を浮かべ、渡は海堂の言葉に礼を述べる。
 父、紅音也との距離はまだまだ大きい。少なくとも、渡自身はそう思っている。
 それでも、その「想い」に応えられたと言われたのはとても嬉しい事だった。
 だが、ここに集まった理由を思い返し、渡は表情を引き締めると……
「これから、どうしましょうか」
 切り出された言葉に、全員の表情が引き締まる。
 オルフェノクとレジェンドルガ……とにかく、まずはそいつらの居場所を知る事から始めなければならない。
――とは言っても、現時点では何の情報もない以上、こちらから出向く事は出来ないし――
 そう、思った時だった。この家のチャイムが鳴ったのは。
「誰だろう? ちょっと、出てきます」
 不思議そうな表情を浮かべて、渡は玄関に向かう。
 周辺住民からは洋館の異様さと自身が作るニスが放つ異臭のせいからか、「お化け太郎」と呼ばれ、付き合いは皆無に等しいし、勧誘の類だったら遠慮したい。知り合い……名護や健吾、そして近所に住む野村静香なら、門から中へ程度なら勝手に入ってくるだろうし……
 思いつつ、ゆっくりと扉を開け、門の前に目を向けた。
 だが、そこには誰も居らず、代わりに何か……携帯電話に似た形をした、黒っぽい機械が数台、地面に置かれていた。
 機械の上には、手紙らしきものまで添えられている。
「これは、一体……?」
 思わず拾い上げ、それが映し出す画面を見やる。
 映し出されている文字は、「Legendorga Searcher」。
 この文字をそのまま解釈するならば、「レジェンドルガ探知機」という事になる。
「一体、誰がこれを……」
 不思議に思いつつも、手紙と共にそれを持って皆の待つ部屋に戻っていった。

 薄闇の中、大きな水槽が二つ、緑色の光を放って存在している。
 水族館にある水槽ほど大きい訳ではないが、家庭用の水槽に比べれば遥かに大きいそれ。一方には、オルフェノクの王たるアークオルフェノクが、もう一方には何処にでもいそうな中年の男性が、その体を浮かべていた。
 それぞれの体には、電極のようなものが付いており、横の機器が心拍数を計るかのように、規則正しい電子音を紡いでいる。
「奇妙な物ね」
 その様子を見ながら、ぽつりと呟いたのはメデューサレジェンドルガ。
 電子音を信じるならば、彼女の言う「ロード」も、そしてオルフェノクの「王」とやらも、生きている事になる。
 それなのに、目覚めの気配がないとは、一体どう言う事なのか。
 それに……全く別の個体であるはずなのに、電子音が綺麗に重なって聞こえる……つまり、全く同じタイミングで、同じ様な心拍数を指し示しているとは、何を意味するのか。
「調べさせた所、面白い事が分かったわよ、メデューサちゃん」
「何?」
 小脇になにやら書類を抱えてやってきたロブスターオルフェノクを軽く一瞥して、彼女は先を促した。
「我らの王と、あなた達のロード。見た目や細胞の造りは全く違うけれど……『同じ』なのよ」
「……意味が分からないねぇ」
「そうね、自分でも良く分からないのだけれど、そうとしか言い様がないの」
 レントゲンや細胞の組成、DNAの作りまで調べたが、そこには何ら共通点はなかった。
 それなのに……「同じ」だったのである。
 名前だけでなく、脳波や心拍、およそ生きている間に発せられる「波長」とも言える物が、まるで同一人物であるかのように、ぴったりと。
「……確かに、面白い事だねぇ」
「でしょう?」
 全く同じタイミングで響く電子音を聞きながら、二人の異形はくすくすと笑う。
「……そう言えば、他の面々はどうしたのかしら?」
「ああ、あいつらなら……今頃、音楽を奏でている頃ね」
 言いつつ、メデューサの声は楽しげな色を帯びる。
「音楽……?」
「そう。人間の悲鳴という、至高の音楽を……!」
 恍惚の声で言うメデューサに、ロブスターも納得したような表情になって……
「それは確かに……最上級の幸せかも知れないわね」
「あら、始めて意見が合ったんじゃない?」
「そうね。少しは仲良くなれそうな気がしてきたわ、メデューサちゃん」
 二人の女性の笑い声が、高らかに響く。
 品があるのに、狂気に満ち溢れた笑い声が……
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