生者の墓標、死者の街
【その14:分散相談 ―ドチラ―】
「さて、それじゃあ……どうしましょう?」
「え?」
「どうするって、何が?」
「向こうに行く人と、こっちに残る人です。決めてもらわないと、お姉さんいつまでも動けないわ」
困ったような表情を作りつつ、スマートレディは周囲を見回しながらそう言った。
はっきりと、「こちら側」に残る者と「あちら側」へ行く者を決めて欲しいと言っているのだ。
時間は無情にも、刻一刻と過ぎていく。いかに時の列車があるとは言え、過去をやり直す事の弊害くらいは、彼女とて理解しているつもりだ。
……無論、異世界への干渉が及ぼす、影響の大きさも。
しかし、それでもなお、彼女は彼ら……仮面ライダーに助けを求めなければならなかった。
自分が「観察すべき世界」のライダーでは、どうにも出来ない事を、知っていたから。
……いくら仮面ライダーでも、自分を作った者を倒す事は出来ない。何しろ、自分が「神の暇潰しのための駒」である事に、気付いていないのだから。
そんな彼女の思いに気付いているのかいないのか。
戦士達は、自らの意思で決断を始めていた……
「渡、僕は向こう側に……オルフェノクの世界に行こうと思う」
「え、どう言う事? 兄さん」
渡と向き合い、太牙はきっぱりと、自分の思いを言葉にした。
だが、てっきり自分と一緒にこの世界に残り、レジェンドルガと戦うと思っていただけに、渡にとってその言葉は意外と言うより他なかった。
オルフェノクで溢れた世界になるのは、確かに食い止めねばならない。だが、それ以上に、レジェンドルガなる、ファンガイアの「補欠」と称された者達の相手をする事が、ファンガイアの血を引く彼らの……キバの、やるべき事だと思っていたからだ。
「勿論、レジェンドルガと言う連中も気になる。だけど……」
ゆっくりと、太牙は言葉を捜す。
渡の言いたい事は良く分かる。
ファンガイアのキングとしては、レジェンドルガとか言う連中と、戦うべきだ。
だが……
「恐らく、その世界は……少し間違えれば、僕達が辿っていた世界かもしれない」
「え?」
「『殆どがオルフェノクで構成された世界』……『オルフェノク』を『ファンガイア』に変えれば、どうなる?」
「……そうか。人間と共存しないと決定し、人間を死に追いやっている世界……」
「僕は……そうなってしまった世界を、見てみるべきだと思った」
外敵と戦い、守る事が王の役目ならば、見聞を広げ、より良い治世を敷くのもまた王の役目。
守る事、戦う事は、自分でなくとも出来る。自分と互角の力を持つ渡にならば、任せておける。
だが、治世に……種族の行く末に関しては、他人に任せる訳には行かない。自分で決めて、自分で選ばなければならない。それが「キング」の称号を持つ者の勤めだから。
その思いが伝わったのか……渡は視線を太牙に向けると、ゆっくりと頷いた。
「うん。分かったよ兄さん。……気をつけてね」
「ああ。出来るだけ早く、戻ってくる。僕が留守の間、悪いが会社の事は頼んだ」
これにより、闇のキバは異世界へ、黄金のキバはこの世界に残る事が決められた。
「僕は行くよ」
「良太郎が行くんなら、僕達も行くけど良いよね? 答えは聞かないけど」
良太郎の言葉に賛同するように、リュウタロス達四人のイマジンも大きく頷く。
その言葉を聞くと、侑斗は少し考え込むような仕草をして……
「なら、俺とデネブはこっちに残る。トンネルの向こうから来た、レジェンドルガってのが気になる。それに……万が一イマジンが出てきた時の為に、どっちか残ってた方が良いだろ」
正直、イマジンまで絡んでくるとは思えないが、万が一と言う事もある。
だからと言って、トンネルの肥大化に関する危険性は、全員嫌と言うほど知っている。それに、正直に言って……彼らには、ガオウライナーへ良い思い出がない。
何しろ、ガオウライナーは歴史を「変える」のではなく、歴史を「壊す」列車だ。それを悪用される訳には行かない。
……いまひとつ、スマートレディを信用できないと言うのが、侑斗やイマジン達の本音だ。良太郎ですら、完全に信じる事が出来ないでいるのだから、当然と言えば当然かもしれない。
……同類宣言をしていたジークは、どう思っているのか知らないが。
「うん……よろしく、侑斗」
こちらはさして混乱もせず。
時の守り人達は、電王が時空 を駆け、ゼロノスが留まる事で合意した。
その二人の周囲だけ、空気がピリピリと張り詰めていた。
もう二度と、出会うはずのなかった二人。
……二人のアンデッドが、互いに嬉しそうな、それでいてどこか泣きそうな顔で、互いを見つめていた。
「……剣崎。俺は、お前と一緒に戦う事は出来ない」
「……ああ」
先に口を開いたのは、始。
ラウズカードに封じられていた一万年の時よりも、一真に会えなかった数年の方が、始にとっては長かった。
それ故に、会いたいと願った。会えればそれで良いと。
けれど、実際に会い、一真の顔を見た途端……もっと別の願いも、生まれた。
……共に戦いたい。共に生きていたい。
出来ないとわかっていながらも、願わずにはいられなかった。
そして、それは一真も同じ。
会いたい。共にありたい。そう願いながら、出会ってはいけないと、自分に言い聞かせていた。
ジョーカーとしての本能が目覚めれば、二人は自らの意思とは無関係に、互いを滅ぼしあう……その、はずなのだから。
今はまだ、闘争本能が刺激されていないためか、以前のように接していられる。だが、一度戦闘になれば、それがいつまで保つか分からない。
だから……
「だから、俺は向こうに行く。行って、世界の崩壊とやらを食い止めてきてやる」
かつて、世界を滅ぼしかけてしまった始だからこそ、今回の「崩壊」はどうしても止めたかった。
それ故の、言葉。
自分にラウズカードを送った人物が、こうなる事を予見していたのか、はたまた今回のこの「戦士達の邂逅」の黒幕なのかは分からないが、使えるのならば何だって利用する。
……それで、自分の大切な者を守る事が出来るのなら、なおさら。
「その代わり、オルフェノクとレジェンドルガとやらは剣崎、お前に任せた」
「ああ。分かった」
始の言葉に、力強く頷く一真。
巧に聞いた話が本当なら、オルフェノクの王は不死……アンデッドに、限りなく近い存在のはずだ。
こちらにその存在が残っている以上……そして、別の世界からの侵略者が、オルフェノクと手を組んだ以上、その存在が前線に出てくる可能性は高い。
そいつと戦って、自分の闘争本能が掻き立てられないとも限らないが……始が「異世界」へ向かう以上、不死の生物と戦い慣れた自分がこちらに残っていた方が得策だろう。
そんな考えもあって、一真はこちらに残る事を決意した。
無論、始とは積もる話もあるのだが……事はきっと、一刻を争う。
こうして、封印の戦士達の再会は、剣の戦士が侵入者と戦い、聖杯の戦士が侵略者を迎え撃つ事に決まった。
周囲の人間が、それぞれの仲間に話しかけている中。
巧は何かを考え込んでいるようだった。
知らず知らずのうちに巻き込まれ、今また戦いに身を投じる事になりそうな予感に、海堂もまた、心底嫌そうな表情を見せている。
……今回も、王と戦って生き残れると言う保証はない。
今更この世に何の未練もないが、流石に黙って殺されるのも癪に障る。
「海堂、俺は向こうに行ってくる」
「はあ? こっちはどうするんだよ?」
「それも気になるけどな。俺は……あっちに行って、オルフェノクが残っている……大半を占めてる理由を調べる」
「……どうして崩壊もせずに、生き残ってるか……って事か?」
「ああ。それが分かれば、真理も少しは楽になるだろ?」
これから向かう世界が、オルフェノクに支配されかかった世界だと言うのなら。
その世界のオルフェノクは、力が体に完全に定着している事になるのではないか。
もしもこの仮説が正しいのであれば、何か理由があるはずだ。
無論、それがこの世界でも通用するとは思えないし、その理由が分かるとも限らない。
それでも、僅かでも可能性があるのなら、行ってみる価値はあると思ったのだ。
そんな巧の考えが分かったのだろう。海堂は、皮肉気な笑みを顔に浮かべ……
「わーかったよ。俺がこっちに残って、影山を……ロブスターと戦ってやるよ。ったく、こんな面倒な事になるんなら、カイザギアかデルタギアでも借るか……こっそり」
むしゃくしゃしたように髪の毛をかきむしりつつも、その瞳はどこか楽しそうな色を湛えている。
正直、彼自身の力で、ラッキークローバーの一角であったロブスターオルフェノクに勝てるとは、到底思えない。
もしも、本当にぶつかり合うとしたら、ライダーズギアがあるに越した事はない。だが、ファイズギアすらも出し渋っていた真理の事、残りのライダーズギアを渡してくれるとも思えない。
……だから、「こっそり」と言う単語が出てきたのだろう。
「あー、何で俺、世界を守るとかって言う厄介な事に巻き込まれてんだろ。いっそオルフェノクだらけの世界の方が、共存とか考えなくて、楽かも知れねえのに」
「それでも、人間として生きていきたい……そう言う事なんだろうな。お前も、琢磨も……俺も、な」
ふ、と口の端に笑みを浮かべ、巧達は自らの行き先を決定させた。
狼のオルフェノクは死者の街へ、蛇のオルフェノクは生者の街へ。
真司と蓮は、未だ整理のつかない頭で考えていた。
今日は、あまりにも衝撃的な出来事が多すぎた。
自分達以外の仮面ライダー。
ミラーモンスター以外の、外敵の存在。
異世界や、この世界の成り立ち。
そして、今、オルフェノクなる外敵と戦うか、レジェンドルガなる侵略者と戦うかを迫られている。混乱しない方が、無理と言う物だ。
それでも、真司は必死に考え……ようやく、答えを出した。
「俺は残るよ。残って、この世界の人を守る」
真司が仮面ライダーとして戦う理由。
それは、「この世界が好きだから」だ。編集長を始めとする仕事仲間や、蓮や手塚と言った、戦う仲間。
彼らと共に住み、生きているこの世界が好きだから、守りたいと願った。
「俺は向こうに行ってみるつもりだ。変身できるかどうか……それに、ミラーモンスターの力が使えるかどうかは賭けだがな」
「……そっか。気をつけろよ」
「当たり前だ。理恵を悲しませるような事はしない」
蓮が仮面ライダーとして戦う理由は、ひとえに愛する者のため。
そのためなら、異世界だろうが何処だろうが向かう事が出来る。
この世界は、真司が守ると決めたのなら、自分は異世界とやらへ向かって、侵食を防ぐ方に回ろう。
……無論、この世界が心配だ。下手をすれば大切な誰かが巻き込まれ、命を落とすかもしれないと、真司は多分そう思ったからこちらに残ると言ったのだろう。
だが、人間が全てオルフェノクへと変わる……それもまた、見過ごせない事実だ。
仮にこの世界に入り込んだ敵とやらを倒せても、世界その物が変革されては意味がない。だからこそ、蓮は向こう側へ向かうと決めた。
「こっちは任せたぞ、城戸」
「任せとけって。帰ってきたら、どんな感じの所だったのか、教えろよ?」
「……記事にするなら、原稿料貰うからな」
「なんだよ、友人の誼でその辺はまけてくれよ」
「断る」
そう言って……二人は、不敵な笑みを浮かべ、頷きあう。
赤き龍は「皇帝」の世で、闇の蝙蝠は「戦車」の世で、しばらくの間食事をする事になったのである。
それぞれに話がついた頃を見計らって、スマートレディは満足そうに微笑んだ。
なんだかんだ言いつつも、彼らはやはり戦士だ。
自らの守るべき「もの」のためなら、命をかける事が出来る。
無論、彼らに死ぬ気など毛頭ない。戦い抜き、行きぬく事を考えて、その上で戦っている。
死を覚悟したものは強いが、それ以上に自らの生の尊さを知っている者の方が強い事を、彼女は知っている。
「皇帝に愛された子」と呼ばれる彼らが、微笑ましくもあり、羨ましくもあった。
そんな、心からの微笑みを消し、彼女はいつもの、作られた表情を浮かべた。にっこりと、「教育番組のお姉さん」のような、嘘くさい笑顔を。
自分の持つ「素の感情」を知られてはならない。それを見せてしまえば、付け入られる……そんな世界を、彼女は観察しているから。
「決まったみたいですね。それじゃあ、『戦車』の世界に向かう人はこちらに乗って下さいね」
プシュ、という音と共に、ガオウライナーの扉が開く。
最初にモモタロス達「良太郎の格好をしたイマジン」五人組が乗り込み、良太郎、太牙、蓮、巧、始の順に乗り込んでいく。
最後にスマートレディが、残った面々に向かって手を振り……ひらり、と乗降口へと乗り込んだ。
「それでは……ガオウライナー御一行様、ご案内」
スマートレディの言葉と同時に、ガオウライナーの扉が閉まる。
直後、咆哮に似た汽笛を鳴らし、橙と茶の中間色の列車は、戦士達を乗せてこの世界を出発した。
ひらりと、青い蝶が、「青器」と言う表札のかかった家の中へと入っていった。
そこの主だろうか、青を基調とした服を着こなした中年の女性が、その存在に気がつくと、口元をふ、と緩める。
光の具合のせいだろうか、彼女の髪も、どことなく青みがかっている様に見える。
「そう。ようやく私の列車 は『戦車』の世界へと向かったのね」
蝶に話しかけるように、女性は妖艶な笑みを浮かべて囁く。
その左手では、綺麗な球形をした水晶が、時の中を駆け抜ける、茶色い列車を映し出している。
「さて、彼らは『戦車』を見つける事が出来るかしら?」
それだけ、どこか楽しそうに呟くと……彼女は、肩にかけていた青いショールを翻し、どこかへとその姿を消した。
入り込んできた、青い蝶の姿と共に。
「さて、それじゃあ……どうしましょう?」
「え?」
「どうするって、何が?」
「向こうに行く人と、こっちに残る人です。決めてもらわないと、お姉さんいつまでも動けないわ」
困ったような表情を作りつつ、スマートレディは周囲を見回しながらそう言った。
はっきりと、「こちら側」に残る者と「あちら側」へ行く者を決めて欲しいと言っているのだ。
時間は無情にも、刻一刻と過ぎていく。いかに時の列車があるとは言え、過去をやり直す事の弊害くらいは、彼女とて理解しているつもりだ。
……無論、異世界への干渉が及ぼす、影響の大きさも。
しかし、それでもなお、彼女は彼ら……仮面ライダーに助けを求めなければならなかった。
自分が「観察すべき世界」のライダーでは、どうにも出来ない事を、知っていたから。
……いくら仮面ライダーでも、自分を作った者を倒す事は出来ない。何しろ、自分が「神の暇潰しのための駒」である事に、気付いていないのだから。
そんな彼女の思いに気付いているのかいないのか。
戦士達は、自らの意思で決断を始めていた……
「渡、僕は向こう側に……オルフェノクの世界に行こうと思う」
「え、どう言う事? 兄さん」
渡と向き合い、太牙はきっぱりと、自分の思いを言葉にした。
だが、てっきり自分と一緒にこの世界に残り、レジェンドルガと戦うと思っていただけに、渡にとってその言葉は意外と言うより他なかった。
オルフェノクで溢れた世界になるのは、確かに食い止めねばならない。だが、それ以上に、レジェンドルガなる、ファンガイアの「補欠」と称された者達の相手をする事が、ファンガイアの血を引く彼らの……キバの、やるべき事だと思っていたからだ。
「勿論、レジェンドルガと言う連中も気になる。だけど……」
ゆっくりと、太牙は言葉を捜す。
渡の言いたい事は良く分かる。
ファンガイアのキングとしては、レジェンドルガとか言う連中と、戦うべきだ。
だが……
「恐らく、その世界は……少し間違えれば、僕達が辿っていた世界かもしれない」
「え?」
「『殆どがオルフェノクで構成された世界』……『オルフェノク』を『ファンガイア』に変えれば、どうなる?」
「……そうか。人間と共存しないと決定し、人間を死に追いやっている世界……」
「僕は……そうなってしまった世界を、見てみるべきだと思った」
外敵と戦い、守る事が王の役目ならば、見聞を広げ、より良い治世を敷くのもまた王の役目。
守る事、戦う事は、自分でなくとも出来る。自分と互角の力を持つ渡にならば、任せておける。
だが、治世に……種族の行く末に関しては、他人に任せる訳には行かない。自分で決めて、自分で選ばなければならない。それが「キング」の称号を持つ者の勤めだから。
その思いが伝わったのか……渡は視線を太牙に向けると、ゆっくりと頷いた。
「うん。分かったよ兄さん。……気をつけてね」
「ああ。出来るだけ早く、戻ってくる。僕が留守の間、悪いが会社の事は頼んだ」
これにより、闇のキバは異世界へ、黄金のキバはこの世界に残る事が決められた。
「僕は行くよ」
「良太郎が行くんなら、僕達も行くけど良いよね? 答えは聞かないけど」
良太郎の言葉に賛同するように、リュウタロス達四人のイマジンも大きく頷く。
その言葉を聞くと、侑斗は少し考え込むような仕草をして……
「なら、俺とデネブはこっちに残る。トンネルの向こうから来た、レジェンドルガってのが気になる。それに……万が一イマジンが出てきた時の為に、どっちか残ってた方が良いだろ」
正直、イマジンまで絡んでくるとは思えないが、万が一と言う事もある。
だからと言って、トンネルの肥大化に関する危険性は、全員嫌と言うほど知っている。それに、正直に言って……彼らには、ガオウライナーへ良い思い出がない。
何しろ、ガオウライナーは歴史を「変える」のではなく、歴史を「壊す」列車だ。それを悪用される訳には行かない。
……いまひとつ、スマートレディを信用できないと言うのが、侑斗やイマジン達の本音だ。良太郎ですら、完全に信じる事が出来ないでいるのだから、当然と言えば当然かもしれない。
……同類宣言をしていたジークは、どう思っているのか知らないが。
「うん……よろしく、侑斗」
こちらはさして混乱もせず。
時の守り人達は、電王が
その二人の周囲だけ、空気がピリピリと張り詰めていた。
もう二度と、出会うはずのなかった二人。
……二人のアンデッドが、互いに嬉しそうな、それでいてどこか泣きそうな顔で、互いを見つめていた。
「……剣崎。俺は、お前と一緒に戦う事は出来ない」
「……ああ」
先に口を開いたのは、始。
ラウズカードに封じられていた一万年の時よりも、一真に会えなかった数年の方が、始にとっては長かった。
それ故に、会いたいと願った。会えればそれで良いと。
けれど、実際に会い、一真の顔を見た途端……もっと別の願いも、生まれた。
……共に戦いたい。共に生きていたい。
出来ないとわかっていながらも、願わずにはいられなかった。
そして、それは一真も同じ。
会いたい。共にありたい。そう願いながら、出会ってはいけないと、自分に言い聞かせていた。
ジョーカーとしての本能が目覚めれば、二人は自らの意思とは無関係に、互いを滅ぼしあう……その、はずなのだから。
今はまだ、闘争本能が刺激されていないためか、以前のように接していられる。だが、一度戦闘になれば、それがいつまで保つか分からない。
だから……
「だから、俺は向こうに行く。行って、世界の崩壊とやらを食い止めてきてやる」
かつて、世界を滅ぼしかけてしまった始だからこそ、今回の「崩壊」はどうしても止めたかった。
それ故の、言葉。
自分にラウズカードを送った人物が、こうなる事を予見していたのか、はたまた今回のこの「戦士達の邂逅」の黒幕なのかは分からないが、使えるのならば何だって利用する。
……それで、自分の大切な者を守る事が出来るのなら、なおさら。
「その代わり、オルフェノクとレジェンドルガとやらは剣崎、お前に任せた」
「ああ。分かった」
始の言葉に、力強く頷く一真。
巧に聞いた話が本当なら、オルフェノクの王は不死……アンデッドに、限りなく近い存在のはずだ。
こちらにその存在が残っている以上……そして、別の世界からの侵略者が、オルフェノクと手を組んだ以上、その存在が前線に出てくる可能性は高い。
そいつと戦って、自分の闘争本能が掻き立てられないとも限らないが……始が「異世界」へ向かう以上、不死の生物と戦い慣れた自分がこちらに残っていた方が得策だろう。
そんな考えもあって、一真はこちらに残る事を決意した。
無論、始とは積もる話もあるのだが……事はきっと、一刻を争う。
こうして、封印の戦士達の再会は、剣の戦士が侵入者と戦い、聖杯の戦士が侵略者を迎え撃つ事に決まった。
周囲の人間が、それぞれの仲間に話しかけている中。
巧は何かを考え込んでいるようだった。
知らず知らずのうちに巻き込まれ、今また戦いに身を投じる事になりそうな予感に、海堂もまた、心底嫌そうな表情を見せている。
……今回も、王と戦って生き残れると言う保証はない。
今更この世に何の未練もないが、流石に黙って殺されるのも癪に障る。
「海堂、俺は向こうに行ってくる」
「はあ? こっちはどうするんだよ?」
「それも気になるけどな。俺は……あっちに行って、オルフェノクが残っている……大半を占めてる理由を調べる」
「……どうして崩壊もせずに、生き残ってるか……って事か?」
「ああ。それが分かれば、真理も少しは楽になるだろ?」
これから向かう世界が、オルフェノクに支配されかかった世界だと言うのなら。
その世界のオルフェノクは、力が体に完全に定着している事になるのではないか。
もしもこの仮説が正しいのであれば、何か理由があるはずだ。
無論、それがこの世界でも通用するとは思えないし、その理由が分かるとも限らない。
それでも、僅かでも可能性があるのなら、行ってみる価値はあると思ったのだ。
そんな巧の考えが分かったのだろう。海堂は、皮肉気な笑みを顔に浮かべ……
「わーかったよ。俺がこっちに残って、影山を……ロブスターと戦ってやるよ。ったく、こんな面倒な事になるんなら、カイザギアかデルタギアでも借るか……こっそり」
むしゃくしゃしたように髪の毛をかきむしりつつも、その瞳はどこか楽しそうな色を湛えている。
正直、彼自身の力で、ラッキークローバーの一角であったロブスターオルフェノクに勝てるとは、到底思えない。
もしも、本当にぶつかり合うとしたら、ライダーズギアがあるに越した事はない。だが、ファイズギアすらも出し渋っていた真理の事、残りのライダーズギアを渡してくれるとも思えない。
……だから、「こっそり」と言う単語が出てきたのだろう。
「あー、何で俺、世界を守るとかって言う厄介な事に巻き込まれてんだろ。いっそオルフェノクだらけの世界の方が、共存とか考えなくて、楽かも知れねえのに」
「それでも、人間として生きていきたい……そう言う事なんだろうな。お前も、琢磨も……俺も、な」
ふ、と口の端に笑みを浮かべ、巧達は自らの行き先を決定させた。
狼のオルフェノクは死者の街へ、蛇のオルフェノクは生者の街へ。
真司と蓮は、未だ整理のつかない頭で考えていた。
今日は、あまりにも衝撃的な出来事が多すぎた。
自分達以外の仮面ライダー。
ミラーモンスター以外の、外敵の存在。
異世界や、この世界の成り立ち。
そして、今、オルフェノクなる外敵と戦うか、レジェンドルガなる侵略者と戦うかを迫られている。混乱しない方が、無理と言う物だ。
それでも、真司は必死に考え……ようやく、答えを出した。
「俺は残るよ。残って、この世界の人を守る」
真司が仮面ライダーとして戦う理由。
それは、「この世界が好きだから」だ。編集長を始めとする仕事仲間や、蓮や手塚と言った、戦う仲間。
彼らと共に住み、生きているこの世界が好きだから、守りたいと願った。
「俺は向こうに行ってみるつもりだ。変身できるかどうか……それに、ミラーモンスターの力が使えるかどうかは賭けだがな」
「……そっか。気をつけろよ」
「当たり前だ。理恵を悲しませるような事はしない」
蓮が仮面ライダーとして戦う理由は、ひとえに愛する者のため。
そのためなら、異世界だろうが何処だろうが向かう事が出来る。
この世界は、真司が守ると決めたのなら、自分は異世界とやらへ向かって、侵食を防ぐ方に回ろう。
……無論、この世界が心配だ。下手をすれば大切な誰かが巻き込まれ、命を落とすかもしれないと、真司は多分そう思ったからこちらに残ると言ったのだろう。
だが、人間が全てオルフェノクへと変わる……それもまた、見過ごせない事実だ。
仮にこの世界に入り込んだ敵とやらを倒せても、世界その物が変革されては意味がない。だからこそ、蓮は向こう側へ向かうと決めた。
「こっちは任せたぞ、城戸」
「任せとけって。帰ってきたら、どんな感じの所だったのか、教えろよ?」
「……記事にするなら、原稿料貰うからな」
「なんだよ、友人の誼でその辺はまけてくれよ」
「断る」
そう言って……二人は、不敵な笑みを浮かべ、頷きあう。
赤き龍は「皇帝」の世で、闇の蝙蝠は「戦車」の世で、しばらくの間食事をする事になったのである。
それぞれに話がついた頃を見計らって、スマートレディは満足そうに微笑んだ。
なんだかんだ言いつつも、彼らはやはり戦士だ。
自らの守るべき「もの」のためなら、命をかける事が出来る。
無論、彼らに死ぬ気など毛頭ない。戦い抜き、行きぬく事を考えて、その上で戦っている。
死を覚悟したものは強いが、それ以上に自らの生の尊さを知っている者の方が強い事を、彼女は知っている。
「皇帝に愛された子」と呼ばれる彼らが、微笑ましくもあり、羨ましくもあった。
そんな、心からの微笑みを消し、彼女はいつもの、作られた表情を浮かべた。にっこりと、「教育番組のお姉さん」のような、嘘くさい笑顔を。
自分の持つ「素の感情」を知られてはならない。それを見せてしまえば、付け入られる……そんな世界を、彼女は観察しているから。
「決まったみたいですね。それじゃあ、『戦車』の世界に向かう人はこちらに乗って下さいね」
プシュ、という音と共に、ガオウライナーの扉が開く。
最初にモモタロス達「良太郎の格好をしたイマジン」五人組が乗り込み、良太郎、太牙、蓮、巧、始の順に乗り込んでいく。
最後にスマートレディが、残った面々に向かって手を振り……ひらり、と乗降口へと乗り込んだ。
「それでは……ガオウライナー御一行様、ご案内」
スマートレディの言葉と同時に、ガオウライナーの扉が閉まる。
直後、咆哮に似た汽笛を鳴らし、橙と茶の中間色の列車は、戦士達を乗せてこの世界を出発した。
ひらりと、青い蝶が、「青器」と言う表札のかかった家の中へと入っていった。
そこの主だろうか、青を基調とした服を着こなした中年の女性が、その存在に気がつくと、口元をふ、と緩める。
光の具合のせいだろうか、彼女の髪も、どことなく青みがかっている様に見える。
「そう。ようやく
蝶に話しかけるように、女性は妖艶な笑みを浮かべて囁く。
その左手では、綺麗な球形をした水晶が、時の中を駆け抜ける、茶色い列車を映し出している。
「さて、彼らは『戦車』を見つける事が出来るかしら?」
それだけ、どこか楽しそうに呟くと……彼女は、肩にかけていた青いショールを翻し、どこかへとその姿を消した。
入り込んできた、青い蝶の姿と共に。