生者の墓標、死者の街

【その13:地球秘話 ―カツテ―】

 レジェンドルガと言う侵略者が、ロブスターオルフェノクと手を組んだ。
 スマートレディのその言葉に、様々な思いが交錯した。
 ほとんどの者は「分からない」という表情を浮かべていたが、オルフェノクの二人……巧と海堂は、底知れぬ不安感を抱く。
 ロブスターオルフェノク……オルフェノクの王、アークオルフェノクの「祝福」を受け、人間を捨てた彼女なら、まだ生きていてもおかしくない。
 苦い思いが、巧達の胸を占める。
「あの、レジェンドルガって?」
 おずおずと、口を開いたのは渡。
 その名前に聞き覚えなどないのに、なぜか妙な胸騒ぎがする。
 それに気付いたのか、スマートレディはにっこり笑い……あっさりと、彼女の知る「答え」を出す。
「そうですね、お姉さんの知る限りでは、ファンガイアの皆さんの『補欠』って所です」
「ファンガイアの、補欠?」
 太牙の訝しげな問いに、スマートレディは張り付いていた笑みを一層深くして……語り始めた。

 ファンガイアの祖は、そもそもこの世界の人間を滅ぼすために、異世界から送られてきた刺客であった事を。同時に怪しまれぬよう、ウルフェン族やマーマン族、フランケン族と言った少数種族も送り込み、「ライフエナジーを奪う」という形で人間を殺していった。
 「魔族」と呼ばれる者達の中には、元よりこの世界で生まれた者もあったが、それはごく少数、ほんの一握りだけであったし、そういった者達は争いを好まなかった。その性質に付け込まれ、彼らは「外来種」であるファンガイア達に絶滅か隷属を強いられた。ファンガイアの数が圧倒的に多いのはそれ故である。
 やがてファンガイアは何代かの世代交代の内に、本来の使命を……人類を滅ぼす事を忘れ、人間を「家畜」として管理、終には当代のキングが、共存を打ち出してしまった事。
 だが、彼らを送り込んだ「神」とも言える存在……「塔」と呼ばれる者は、万が一ファンガイアが失敗した時の「保険」として、レジェンドルガと呼ばれる種族も用意していた。
 そして、当代のキング……太牙の決断を「失敗」とみなし、この時間、この世界にレジェンドルガを送り込んだと。

「そんな……ファンガイアが……僕達が、異世界からの侵略者?」
「そんなにがっかりする事ないですよー。確かにご先祖様はそう言う目的で送られてきたのかもしれませんけど、あなた達は生まれも育ちもこの世界。だから、この世界の事を考えて行動するのは当然でーす」
 ショックを隠しきれなかったのか、太牙は呆然とした表情で項垂れる。
 だが、スマートレディの言う事も一理ある。
 生まれも育ちもこの世界である太牙にとって、「塔」とやらの世界は見知らぬ場所。その世界に愛着など、持てるはずもないし、何より与えられた「使命」とやらに従う謂れもない。
 ……決めたのだ。人間と共存する、と。
 自らが下した決断に、恥じる所など微塵もない。
 そう考え直し、落ち込みかけた気持ちを立て直す。
 何があったって、自分は自分でしかないのだから。
「そもそも、何だってこの世界を狙うんだ? 意味わかんねぇから」
「そうだよ、自分の世界ってのがあるんなら、別にわざわざここを襲って来なくても……」
 海堂に同調するように真司も不思議そうに続ける。
 植民地化、と言う考え方もあるにはあるが、相手が「神」と呼ばれる程の者ならば、簡単に土地くらい増やせそうなものだ。
 それに、聞いている感じでは、土地の確保ではなく、この世界その物が相手の目的のようにも聞こえる。
「この世界は、特別なんですよ」
「特別だと?」
「ええ。何しろこの世界は、様々な神の力が宿った『始まりの地』なんですから」
 そして……彼女は、再び語りだす。
 「この世界」の起源と、狙われる理由を。

 かつて。それこそ人間にとっては気が遠くなる程の昔。
 二十二の神々は、協力して一つの世界を作り上げた。
 その世界は後に「始まりの地」と呼ばれ、地上には彼らの力をそれぞれに受け継いだ、様々な生命が誕生した。
 神々は、その世界に住まう者達を慈しみ、守り、育んだ。
 絶える事のないよう、生まれた命にとって快適な地形、大気、天候に変えた。
 生まれ落ちた種達には、司法、戦闘、守護、統治などそれぞれの役目を与え、彼らに管理を任せた。
 ……だが、その「たった一つ」の世界は、複数の神の干渉に耐えられるほど、強靭ではなかった。やがて混乱が生じ、命は互いに争い、いつしか世界からは命の鼓動が消えていた。
 それを嘆き、悲しんだ神々は、多数の存在による干渉を避けるため、「始まりの地」を誰か一人に管理させようと考えた。
 ……そこで何があったのかは、神々にしか分からない。
 最終的に「皇帝」と呼ばれる存在が、始まりの地を管理する事が決まった。
 ……だが……事は、それで終わらなかった。どうしても、一部の神々は諦め切れなかったのだ。
 命を育み、守り、そして命達の持つ、進化の可能性を。幾人かの神は、始まりの地を模した、自分だけの世界を作り上げた。そこに生まれた命と、その行く末を見るがために。
 だが……一人分の力では限界なのか、いつも世界は、そこに住まう命を支えきれず、消滅してしまった。
 ……「始まりの地」を、除いて。
 何度もやり直しては崩れ、崩れてはやり直す。その繰り返しに、様々な神は「疲れて」しまった。
 何度作っても、いつも結末は同じ。進化も何もない、ただの箱庭遊び。進化が欲しい、命の変化する様が見たい。
 ……「始まりの地」だけは、崩壊しない。全ての命が絶えたと思っても、僅かな命が残り、やがて世界に満ち溢れる。

 ……不公平だ。
 ……何故、「皇帝」ばかり良い目を見ている。
 ……その世界は、皆で作ったのに。
 ……いっその事、奪い取ってしまおうか!

 ……そう思った一部の神々は「干渉者」と呼ばれるようになり、この世界を奪おうと画策し始めた。
 いつしか「命の進化を見る」と言う目的は消え、更に手段であったはずの「世界を奪う事」が目的になってしまった。
 それが、この世界が狙われる理由。

「そんな理由があったなんて……」
 呆然と、一真が呟く。
 戦い合い、勝利したものがこの世界を得る。
 神々のやっている事は、まるでアンデッドのバトルファイトその物のようにすら感じた。
 ……ひょっとしたら、この世界の神……「皇帝」は、この戦いを皮肉って、バトルファイトを画策したのかもしれないとすら思える。
「『皇帝』が統治する世界だから、『黄金のキバ』は『エンペラーフォーム』……『皇帝』の名を冠していると言うのか?」
「どうなんでしょう。お姉さんはこの世界の住人じゃないから分からないの。ごめんなさいね」
 心底分からないのか、それともしらばっくれているのかは定かではないが、スマートレディは太牙の問いを軽くかわす。
「でも、少なくとも『四』という数字がキーになってるみたいですよ?」
「……どう言う意味だ?」
「ラッキークローバーの皆さんも『四人』、チェックメイトフォーの皆さんも『四人』、アンデッドも同じカテゴリーは『四人』」
「……あ……」
 それは、誰が上げた納得の声だったか。
 心当たりのある者からすれば、それは十二分に説得力があった。
 チェックメイトフォーに関して考えれば、「四人」である事がおかしいのである。
 「チェックメイト」とはチェス用語で、将棋で言う所の「詰み」……所謂ゲームオーバーを指し示す。
 チェスの駒は六種類あり、守るべき「キング」を筆頭に、一番駒数の多い「歩兵ポーン」、縦横なら自由に動ける「戦車ルーク」、斜めを自在に動ける「僧侶ビショップ」、ルークとビショップを兼ね備えた動きを見せる「王妃クイーン」、そして……唯一他の駒を飛び越えて動く事のできる「騎兵ナイト」。
 「ポーン」と「ナイト」は、ファンガイアの中でも特異な称号だ。双子の王室技巧匠の栄誉を称え、与えられた称号だが、それでもチェックメイトフォーのような「支配階級」と言う訳ではないし、後付の称号でもある。
 何故、チェックメイト「フォー」でなければならないのか。最初から「ポーン」と「ナイト」が居なかったのは何故なのか。
 ラッキークローバーの面々も、そう言えば躍起になって四人になろうとしていたような気がする。
「……知ってる? 『皇帝』のカードも、四番だよ」
「え?」
 唐突に上げられた言葉に、全員がポカンとした表情で声の主……ウラタロスを見やった。
 一斉に振り向かれ、口の端に苦笑めいた笑みを浮かべつつ、彼は再び同じ言葉を繰り返す。
「だからね、皇帝のカードは、タロットカードでは四番」
 言って、ウラタロスは懐中から「EMPEROR」と書かれたカードを取り出す。その横には、ローマ数字で「IV」……四と書かれていた。
「……何で亀公がそんなもん持ってんだよ」
「やだなぁ先輩、占いのできる男って、ミステリアスで格好いいでしょ?」
「……演出なんだ……」
 どこか呆れたようにウラタロスを見つつ、良太郎は視線をスマートレディに戻す。
 張り付いたような作り笑顔の、奇抜な女性。
 異世界から来たと言っていたのに、何故か彼女は「この世界の」巧と海堂を知っているような素振りを最初に見せていた事が引っかかる。
 それに、彼女が乗ってきた物……世界を破壊する時の列車、ガオウライナーも、彼にとっては脅威だった。
 かつて「西暦二〇〇五年のトンネル」から現れたダークローチと呼ばれる異形と戦っていた時も、この列車が現れた。
 自らと侑斗が、完膚なきまでに破壊したはずの列車。
「で? 俺らにどうしろって?」
「簡単です、お姉さんと一緒に来て、相手……今回は、『戦車』って神様を止めてくれれば、しばらくは安泰ですから」
 相変わらずの笑顔のまま、胡散臭げにこちらに問う海堂に、彼女は当然の如くそう言い放つ。
 ……だが、それはつまり……「異世界に行け」と言っているに他ならない。
 行った事のある身……イマジン達と侑斗は、物凄く嫌そうな顔をし、ミラーワールドを行き来できる真司と蓮は、困ったような表情を浮かべる。
 真司と蓮にしてみれば、想像できるのはライドシューターに乗って行く事くらいだ。
 これだけの大人数が、一斉にライドシューターに乗って行くというのも、なかなか面白い光景かもしれないが……そもそも、そんなに数があるようには思えない。
 イマジン達にとって、手段は目の前にあるから良いとして……異世界への干渉が許されるのか、という点が気になっているらしい。
 前回は干渉が許されなかったせいか、彼らはずっと見ているだけだった。だが今回は、「止める」……つまり、関わる事を望んでいる。
 変な事にならなければ良いのだが……
「仮にお前と一緒に行くとして、だ。ロブスターオルフェノク達はどうする? そっちは放って置けってのか?」
「この世界のオルフェノクと、やって来たレジェンドルガの事ですね。それは……」
 不審そうな海堂の言葉に、彼女はぐるりと一同を見回した。
 物凄く、意味深な笑みを浮かべて。
「二手に分かれてもらう事で、話はついてます」
「誰と!?」
「お姉さんがこの世界に来る手段を貸してくれた、女の人です」
「手段って……ひょっとして……コレ、か?」
「はい。ガオウライナーって言うんですって。唯一、世界を破壊する事が出来る、とぉっても怖ぁい電車です。キャー」
 わざとらしい悲鳴を上げながら、スマートレディは懐中から金色のパスケースを取り出す。
 ケースの中のパスは、金色で「infinity」と書かれており、その下には同じ色で無限大の、メビウスの輪のようなマークも描かれている。
 人の記憶に頼らずに、どの時間へも向かう事のできるパス……マスターパスだ。
 本来、それは時の列車のオーナーが所有する物である事を、良太郎と侑斗は知っている。一時期はそれを悪用され、時間の崩壊にまでつながりかけたのだから。
 彼女がそれを持っているという事は、預かったという事か。
 ……恐らく、このガオウライナーのオーナーから。
「……何か、厄介な事になってきたな……」
 はあ、とこめかみを押さえつつ。
 巧は図らずも、訳のわからない厄介事に巻き込まれたと痛感したのであった。
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