☆炎神戦隊ゴーオンジャー&仮面ライダーカブト☆

【08】

 黒の飛蝗……パンチホッパーこと、かつて闇の中へ沈み、そして死んだはずの影山瞬の登場に、ライダー達の動きが止まった。
「お前は……」
「俺もそこの蠍と同じ。ワームの擬態だ。だから……この一戦が終わったら、また兄貴の手で、俺を闇の底へ叩き返してくれないか」
 それまでは、また兄貴の弟として戦いたい。そう付け加え、現れたパンチホッパーは並み居るウガッツを殴り飛ばし、リニアバンキまでの道を開く。
 だがそいつは、もう一度「影山瞬」という存在を手にかけろと言う。喪った者は二度と戻らない。その事は理解しているし、数年かかったが納得もした。
 それなのに……今また、ワームの擬態とは言え、同じ顔、同じ声、同じ性格をした存在が帰ってきた。
 ……ひょっとしたら、ワームと言う存在の本来の存在意義は、そう言った「喪った悲しみを癒す為」にあったのかもしれない。
 大切な人を喪い、悲しみに暮れる存在を、その「大切な人」に成りすます事で癒す。その見返りに、人間社会の中で平和に暮らしていく……それが、いつの間にか「人間を滅ぼすための擬態」へと目的が変わったのかもしれない。
 何故か、加賀美は現れたパンチホッパーを……そして隣で戦うサソードを見て、そう思った。
 矢車が悲しんでいたから、「彼」は影山に擬態したのかもしれない。そして、この場にはいない岬祐月が悲しんでいたから、「こいつ」は神代に擬態したのかもしれない。
 その上で……彼ら自身が耐えられなかったのだろう。自分が、ワームである事に。だから「殺せ」と頼んだ。
 ……随分と、残酷な仕打ちをする物だ。例えそれが仮初の姿でも、その姿の者が死んだら、悲しむ人間がいると言うのに。
「そいつは、お前達の仲間か?」
 何も知らない大翔が、矢車と影山を見比べながら問いかける。色こそ違え、同じデザインの二匹の飛蝗。だからこそ「仲間か」と問いかけたのだろう。
 その問いに、矢車はフンと鼻で笑い……
「『仲間』? そんな生温なまぬるい物じゃない」
「何?」
「こいつは俺の……相棒だ」
 そう言うと同時に、矢車は影山の後ろに佇んでいたワームを蹴り、粉砕する。同時に影山も、矢車の後ろにいたウガッツを殴り飛ばす。
 その様子と彼の答えに納得したのか、大翔も軽く頷き……
「成程な。なら……俺達も行くぞ、相棒」
『了解だぜ、アニキ!』
「トリプターソウル、セット。Go-On!」
『バタバタバタバター!!』
 ウィングブースターにセットされた、炎神トリプターのソウルが、エネルギーとなって敵を粉砕する。その後を追うようにして、影山が走り、取りこぼされた敵を、殴り飛ばす事で完全にその息の根を止めていく。
『へへっ! アニキと俺のコンビネーションは凄いだろ!』
「はっ! 笑えよ。どうせ俺なんか、兄貴がいなきゃ、俺は何も出来ないんだから」
『うっ……それを言ったら、俺っちの方が何も出来ないと思うんだけど……』
 暗く、陰鬱なのは鎧の色だけではなかったらしい。トリプターまでも影山のネガティブな空気に巻かれ、自己嫌悪に陥りそうになる。
――そうだよ。どうせ俺っちも、ヒューマンワールドじゃアニキがいなきゃただのお荷物……――
「……トリプター、俺はお前が相棒で良かったと思っている。俺の相棒はお前しかいない。……分るな?」
 周囲を巻き込んでのネガティブ思考に呑まれかかっているトリプターに気付いたのか、大翔が溜息混じりにそう言葉を放つ。
 大翔とて、トリプターと出会わなければ、今ここにはいない。おそらくは窮屈な社交界で愛想笑いを浮かべ、これが己の限界と諦めていただろう。そんな諦念を……そして限界をブレイクしたのは、他でもないトリプターだ。
「俺はお前と言う相棒を持てて誇りに思う。お前は、違うのか?」
『……アニキ……そんなの、俺も誇りに思ってるに決まってる!』
 感極まったように、アニメーションのトリプターの絵の目元には涙が浮く。それを横で眺め、影山は深い溜息を吐き出し……そして、陰鬱な声で言葉を吐き出した。
「良いよなぁ、キラキラ光ってる奴は。光に愛されてて。どうせ俺なんか……」
 その声に、いつの間に隣に立ったのだろう。矢車が影山の肩を軽く叩き……
「相棒、俺達は光に愛されていない分、深い闇に愛されてる。……それ以上を望むのは、贅沢だ」
「……兄貴……っ!」
 今の言葉のどこに感極まる部分があったのかは分らないが、影山には心打たれる「何か」があったらしい。嬉しそうに仮面の下で笑うと、襲い掛かるワームやウガッツを殴り飛ばす。
「なら……やるぞ、相棒」
「ああ、兄貴!」
「ライダーキック」
『Rider Kick』
「ライダーパンチ!」
『Rider Punch』
 大きく……その飛蝗に似た外見その物のように。二人は高く飛び上がると、その足に、そして拳にタキオン粒子と呼ばれるエネルギーを纏い、交差するようにして敵を蹴散らし、殴り散らす。
 遠距離から打ち抜く光と、近距離から蹴り抜く闇。そんな好対照な二組の「兄貴と相棒」が、いつの間にかリニアバンキへの一本道を開いていた。それに気付き、真っ先にその道を走ったのは、二人の「赤」……天道と走輔。
「サーベルストレート!」
 叫びながら、まずは走輔がロードサーベルで横に一閃。そしてそのすぐ後ろを、天道がカブトクナイガン・アックスモードで縦に一閃する。
 しかし……手応えがない。
 斬った物が、リニアバンキの残像だと気付いた瞬間、走輔の体は大きな衝撃と共に宙を舞っていた。
――高速移動って奴かよ!――
 心の中で毒吐きながら、走輔は隣に走っていたはずのもう一人の「赤」の姿を探す。しかし、その姿を自分の視界に捉える事は出来ない。おそらくは、彼もまた「クロックアップ」なる高速の世界に突入した為だろう。
 走輔には、それがとても悔しかった。
 スピードに自信があったのに追いつけない……と言うのも多分にある。だがそれ以上に、相手が蛮機獣でありながら、それに対して一切手が出せないという事実の方が、悔しい。協力したいのに、自分が動けば足手纏いにしかならない。
 正義の味方は、世界を守ってこその存在なのに。
 そんな焦りを感じたのか、リニアバンキの攻撃から立ち上がった走輔に、神代が声をかける。
「おい、そこの赤いの」
「色で呼ぶなよ。俺には江角走輔って名前が……」
「そんな事より、蛮機獣に対抗したいのだろう?」
 そう言って……神代は、一つのソウルを走輔に手渡した。
 ……カミサマの使いから贈り物だ、と苦笑めいた声と共に。

 一方、天道の方はそのリニアバンキ相手に激しい攻防を繰り広げていた。
 クロックアップした上で、それでも相手のスピードは自分を僅かに上回っている。ハイパークロックアップをした状態なら何とかなるかも知れないが、それも攻撃が当たらなければ意味がない。
 リニアモーターカー……定義はいくつかあるのだが、ここでは「磁気浮上式鉄道」の事を指す。これは、電磁石の力を用いて車体を浮上、推進させる事で摩擦による減速を低減させた乗り物だ。
 その原理を利用しているのか、敵の体は地面から僅かに浮いており、減速する気配がない。それどころか地面からの摩擦がない事を利用し、動いている際に発せられる音も、空気抵抗によって生まれる甲高い音だけと言う静かさ故に、居場所が掴み難い。
 そもそも、何と反発し合って浮いているのかは分らない。だが、そこはガイアークとか言う組織が関わった異形だ、地球その物と反発しているのかもしれない。
 相手はおそらく、何らかの形でワームの能力を手に入れた蛮機獣だろう。通常のワームならば、こんな動きはありえない。と、言うか耐えられない。機械の体だからこそ、こんな無茶なスピードを出し、無茶な攻撃が繰り出せるのだ。
 しかも……相手は、その「反発する力」を上手く利用して、自身に向けられた攻撃を、僅かにだが曲げている。カブトクナイガンは、天道が纏う鎧と同じ、ヒヒイロカネという「金属」で出来ている以上、磁場の影響は少なからず受けてしまう。
 近接戦は向かないとなると、銃撃戦に持ち込むしかない。しかし、相手が距離をとる事を許さない。結果的に、近接戦になってしまうのだ。
――さて、どうするか――
 圧倒的に不利な状況下であるにもかかわらず、天道は冷静に周囲を見回し、事を焦らない。
 天の道を往き、総てを司る者。それが天道だ。だからこそ、彼が強く望めばそれが叶う。少なくとも、彼の祖母はそう言っていた。だからこそ……望む。今、この状況を打破する事の出来る方策を。
 そんな風に思った瞬間。
「ライダーシューティング」
『Rider Shooting』
 その音は、天道自身の後ろから聞こえた。それが、クロックアップした風間の放った攻撃だと気付くと同時に、天道は大きく横へ跳び退り、エネルギー弾の弾道をあける。
 だが、それすらも予測していたのか。リニアバンキは天道とは逆方向へ飛び、目標を見失った銃弾は近くの岩場にぶつかって弾け飛んでしまった。
『Clock Over』
「そんな……ある程度の追尾は可能のはずですが!」
「その速さを上回る敵、と言う訳だ」
「……どうしろと言うんです、そんな相手」
 通常時間に回帰し、半ば呆れたような声で言いながら、風間は天道に声をかける。
 その一方で天道の方は、いつの間にやらその手に銀色のプラスパーツ、ハイパーゼクターを構えていた。
「ハイパークロックアップで闘う。おそらく、勝算はそれくらいだろう」
「そう言う事なら、俺も行くぞ、天道!」
 いつの間に側にいたのか、加賀美もその手にハイパーゼクターを構えている。
 ……以前、「別の歴史」へ向かった際に手に入れた、ハイパーゼクターが。
『ハイパーキャストオフ!』
『Hyper Cast Off』
『Change Hyper Beetle』
『Change Hyper Stag Beetle』
 天道と加賀美の纏う鎧が更に変化し、二人の「角」の部分が一回りずつ大きくなる。
「風間、その辺の雑魚は頼む」
「やれやれ。突風からそよ風に……と言う訳ですか」
 加賀美の言葉に、苦笑気味に返しながら風間は、いつの間にか二人の女性とはぐれてしまったらしいゴンを標的に定めたらしいウガッツに向かって容赦のない連射をぶちかます。
 何だかんだ言って、風間にとってゴンは大切な存在なのだ。
「ゴンもまた美しい一輪の花。それを散らそうとする風は疎ましい物ですからね」
 そう呟き、彼は小さな百合の花を守る微風となるべく、駆け出していった。

「へっへ~ん! そんじゃ、マッハ全開でぶっちぎるぜ! 準備は良いか? 相棒!」
『勿論だぜ、走輔!!』
「そんじゃぁ……ハイパークロックアップソウル、セット!」
『Hyper Clock Up』
 神代から渡されたソウル……それは「ハイパークロックアップソウル」と呼ばれる物らしい。彼曰く、この世界に来る前に、黒尽くめの自称「神の使い」から、「多分役に立つと思うよ~」と言う一言と共に押し付けられた物だそうだ。
 正直、その「神の使い」とやらを胡散臭いと思ったが、これが自分達に与えられた対抗手段だと言うのなら、やらないよりもやった方が遥かに良いはずだ。
 そして走輔は、何の躊躇もなくマンタンガンにソウルをセットする。その瞬間、天道達「仮面ライダー」の物と同じ電子音が彼の耳に届いた。
 そう認識した刹那。走輔のスーツが強化される。天道達のような「鎧」ではないが、自分達のスーツをより強固にしたような印象だ。スピードルに似せたメットは、より嘴部分が大きく突き出し、肩にはショルダーガードのような物がついている。握っていたマンタンガンは一回り大きくなり、左手に持っていたロードサーベルは刀身が自身のスーツと同じ、真紅に染まっている。
 周囲の動きがスローになり、ウガッツの動きもそれを蹴散らす仲間達の動きも、皆全て遅すぎるように思える。唯一まともな速度で動いているのは、敵であるリニアバンキと、それと戦う天道と加賀美。それが分ると同時に、走輔はすぐに認識を改めた。
 周囲が遅くなったのではない。自分が……それこそ、「マッハ全開」の高速の世界へと突入したのだと。
 よく考えて動かなければ、おそらく自身が引き起こす衝撃波で仲間をも傷つけかねない。そう認識し、走輔はまずリニアバンキを仲間から遠ざける事を思いついた。
 先程リニアバンキに攻撃された際に、自分の感じた衝撃の大きさを考えると、あながち考えすぎとは言えないだろう。
「行くぜ、相棒!」
『ドルドル! ここからが本当のスピードキングだぜ!』
 言うが早いか、走輔はリニアバンキに向かって一気に駆け出し、その体をロードサーベルで縦一閃に斬り裂く。が、それは妙な手応えと共に僅かに反れ、致命傷には至らない。とは言え、まさか走輔までもが高速移動出来るとは思っていなかったらしく、リニアバンキは小さな悲鳴を上げ、加賀美はあからさまに驚いたような声を出した。
「あんた……クロックアップできたのか!?」
「へっへ~。正義の味方は、最後の最後で逆転の手段を手に入れるんだっぜ!」
 そう言うが早いか、今度はマンタンガンを構え、相手を見据える。同時に天道と加賀美も、腰につけたハイパーゼクターの角を倒し、その足にタキオン粒子を纏わせた。
 それが、最後の一撃と言わんばかりに。
「いかに電磁石と言えど、こちらの力が強ければ反発する力も保たない」
「つまり、エネルギー最大のこの攻撃を反らせるかって事だ!」
『Maximum Rider Power』
『ハイパーキック!』
 天道と加賀美の声が重なり、二人分のハイパーキックがリニアバンキの体を捉える。そして直後……
「スピードルソウル、セット! Go-On!!」
『ドルドルドルドルー!!』
 音速を超えた、超速の弾丸がリニアバンキの胸を貫き、ドォンと爆音が鳴り響き、リニアバンキを中心に小規模な爆発が起こる。
 倒したのだと思った、まさにその瞬間。爆発の中心にいた「それ」は、煤だらけのボロボロになりながらも両手を挙げ……
「産業革命!」
 最後の足掻きと言いたげに声を上げると、リニアバンキの体が見る間に巨大化していく。
 十メートルや二十メートルでは利かない。恐らくは五十メートルを超えるだろう。
「ええぇぇぇぇ!?」
 仮面の下でぎょっと目を見開き、加賀美が抗議じみた声を上げる。そのすぐ脇では風間と神代が呆れたようにその巨体を見上げ、数歩分離れた場所に立つ矢車と影山は忌々しげに舌打ちを鳴らし、走輔の側に立っていた天道は、ほうと感心したような声を上げた。
 巨大な敵と戦う事に慣れていない……と言うか見るのもほぼ初めてと言えるであろう彼らにとって、呆けるのは至極当然とも言える反応だった。
 だが、走輔達にとっては日常茶飯事である。彼らはボンパーから転送された九つの炎神キャストにそれぞれの炎神ソウルをセットすると、即座に乗り込み……
『エンジンオーG9、Tune Up!』
 九体の炎神と七人の心が一つになって、空と大地に君臨する王が降臨。それはリニアバンキの大きさを更に上回る巨体を持って、そのまま相手に向って拳を突き出した。
 しかし、相手はそれを巨体に見合わぬ素早さでかわすと、お返しとばかりに足を振り上げる。一方でエンジンオーG9もその攻撃を宙へ飛ぶ事で回避すると、リニアバンキから少し離れた場所に着地、その重みでドスンと地をへこませながら、リニアバンキと対峙する。
 巨大な者同士の戦いで生まれる風圧に押されつつ、彼らの足に潰されないように注意しながらその戦いを見やるライダー達。
 風間は生身であるゴンを自身の後ろへ回して強烈な風と、それによって舞い上がる砂塵から守っている。
「……なあ、あいつらにとって、あれが普通なのか……?」
「そのようだな」
 ずぅんと腹に響くような重低音を鳴らしながら戦う彼らを見つつ、半ば独り言のように呟く加賀美に、天道もどこか苦笑めいた声で言葉を返す。
 天道も加賀美も、自分より幾分も大きな敵と戦った事がないとは言わない。だが、その時の敵と比較しても今回の敵は……そして味方であるゴーオンジャーも大きすぎる。自分達が助けになれるような事など……
 ない、と思ったその瞬間。リニアバンキの姿がぶれ、視界から消えた。
「何ぃ!?」
「まさか!」
 コックピット内の走輔と、外で見ていた加賀美が同時に声を上げる。だが次の瞬間、見えぬ何者かに殴られたようにエンジンオーG9の巨体が傾いだかと思うと、次の瞬間にはまた別方向に傾いでいる。
 ……気付くべきだったのだ。リニアバンキが巨大化してもクロックアップできると言う事実に。
「か、加速しちゃったぁ!」
『あまりに早くて、追いつけないよぉ。バルバルー』
『このままでは、拙者達は元より、足元の街が危険でござる』
 範人の声に答えるように、バルカとキャリゲーターが続くようにして言葉を返す。
 巨大化した上での高速移動は、確かに周囲に甚大な被害を齎している。高速故に生まれる風圧で街の窓ガラスが割れては大地に降り注ぎ、低圧となった関係で更に舞い上がりやすくなった砂埃で大気は薄茶に濁り、そして何より、速度の乗った重みに耐えかねたアスファルトが凹んでその下に埋まる配線や配管を切断していく。
「きゃあっ! 大介!!」
 少女の悲鳴に反応して、風間が慌てて振り返れば。
 リニアバンキの高速移動によって生まれた真空に引き寄せられ、破片が特に降りしきる「危険地域」へと飛んでいく小さな体が視界に入った。
 その頭上からは、ありとあらゆる物……ガラス、アスファルト、コンクリートに鉄骨などが、まるで狙っているかのように彼女へ向って降り注いでいた。
「ゴン!」
『Clock Up』
 慌てて手を伸ばす風間の声と同時に、彼とは異なる場所から電子音が響く。その音と共に、彼の視界の端で紫と黒の影が走った。
 黒は彼女を覆い、紫は飛んで来る破片を斬り刻んでいるらしい。少なくとも、ゴンの頭上に降り注ぐはずだった破片は、その軌道をずらし、周囲へ飛び散っているのが確認できる。
『Clock Over』
 クロックアップから抜け出すや、即座に黒……影山は彼女を小脇に抱えてその場から離れるように走り抜け、紫……神代もその頭上に降る破片を切り払って彼女達を元いた場所まで護衛する。
 あまりにも彼ららしからぬ行動に驚きつつも、風間は影山からゴンを受け取る。
「これは珍しい。どう言う風の吹き回しです?」
「……さあな。俺にもわかる訳がない」
 風間の問いに、影山はふいとそっぽを向いて答えを返す。
 反射的に体が動いていた、と言えば良いのだろうか。ひょっとすると、本物の影山瞬と言う男は、彼女に罪悪感を抱いていたのかもしれない。かつて彼女が大切に思う存在と引き離し、そしてそれをおびき寄せる餌にした事を。
 彼自身に、「矢車」と言う大切な存在が出来たからこそ生まれたであろう感情。
――なんて、らしくない――
 ズキズキと痛む胸を押さえつつ、仮面の下でフンと笑い、影山は視線をエンジンオーG9に送る。
 九体の炎神が合体しているせいか、随分とゴテゴテと重そうに見える。稼動域も狭そうだし、視界も己の装飾のせいで狭くなっている様子。
 それでなくともクロックアップしているリニアバンキの姿を捉えられないと言うのに、己の視界の狭さが更に悪い結果を生み出している。
 クロックアップに対抗するには、クロックアップしかない。だが、炎神にクロックアップを行う機構は付いていないはずだ。だからこそ、今ああやって揉まれてふらついているのだから。
 だが……ふと、天道の脳裏にある考えが浮かんだ。
――炎神キャスト、か――
「行くぞ。……俺達が望めば、世界が応える」
 そう言うと、天道はすたすたとエンジンオーG9へと向かい、さも当然と言いたげにそれに乗り込む。
 それに付いていくと決めたのか、困ったように加賀美がその後を追い、続いて矢車、影山、神代の順で同じように乗り込んでいく。
 そして風間もまた乗り込んだ方がいいと判じたのだろう。その場から離れた場所へゴンを連れて行くと、その頭を軽く撫で……
「ゴン、ここで待っていてくれ」
「うん。大介、気をつけてね」
 心配そうに自分を……そして既に乗り込んだ神代と影山を見つめつつも、彼女はこくりと頷いた。
「戻ったら、彼らにお礼を言わないといけないな」
「……うん」
 何故か哀しそうに頷いた彼女の事を気にかけながらも、風間もまた彼らの元へ向かって駆けていく。
 そして、頭部にあるコックピットへ全員が辿り着いた時、元から乗っていた七人はぎょっとしたように彼らを見つめた。
「あなた達、どうして!?」
「あまりに無様だったからな。手伝いに来た」
 早輝の言葉に、天道は不遜に返しつつ、つかつかと走輔の側に歩み寄る。それに倣うようにして、連の側に加賀美、軍平の側に影山、大翔の側に矢車、美羽の側に神代、そして早輝の側に風間が立つ。そして、各々が左手をハンドル部分にあてると、天道は仮面の下でふっと笑い……
「お祖母ちゃんが言っていた。俺が望めば天が応える。みなが望めば世界が応えるってな」
「俺達が……みんなが望めば、世界が応える……」
「望まないのか? 奴と戦う力と速さを。望むのなら……何を言うべきか、分るだろう?」
 天道のその言葉に走輔は……いや、七人は何を思ったのか。走輔はメットの下でニヤリと笑うと、軽く天道の胸元を叩いた。
 それが合図になったのだろう、示し合わせたかのように、その場にいた全員の声が重なった。
『キャストオフ』
『Cast Off』
『Change God speed ENGINE-O』
 電子音が響いたと思った瞬間、エンジンオーG9を構成していた炎神キャストの一部が、弾け飛ぶようにパージされた。
 背中のVシールドに、ボエールの尾翼部分、ガンパードとバルカのタイヤに、トリプターのプロペラなど……およそ「外装」と呼ぶべき部分はほぼ全て外れ、すっきりとしたフォルムへと変わる。
『オンオン! 炎神キャストの一部を外しただってぇ!?』
「確かに望んではいたが……大胆すぎる」
『ガンガガーン! だが軍平、身軽になったのは確かだ』
『ボエー。これは、まさに奇跡の変身。我輩も驚いたのであーる』
 そう。九体の炎神と十二人の戦士の力が一つになる時、神速の王が降臨する。その名も……
「ゴッドスピードエンジンオー、Tune Up!」
 走輔の声が朗々と響き、赤を基調としたゴッドスピードエンジンオーがすっと天に向かって右手を上げる。それは、天道がいつもしているポーズにも見えた。
 おまけに、今まで目では捉えられなかったリニアバンキの姿が……そして気配が、ここにいる全員にしっかりと伝わってくる。
 高速で動くリニアバンキの突撃を、相手を上回る速度でかわすと、高速移動を解いたらしいリニアバンキの悔しげな声が聞こえた。
「馬鹿な!? 炎神キャストのキャストオフ!? おまけに、こちらの速さに付いて来ているだと!?」
「へっへー。世界が応えた結果だっぜ!」
「ぬぅぅぅぅ、だが、攻撃は当たらなければどうと言う事はないのだ!!」
 ありきたりな台詞と共に、再度リニアバンキの姿がぶれ、消える。だが、そうなっても、もはや彼らは微塵も動揺しなかった。
 ……自身が望めば、世界が応える。ゴッドスピードエンジンオーの力が、キャストオフだけでない事は明らかに分っていたからか。
「フ。逃げられると思っているのか? クロックアップ」
『Clock Up』
 キャストオフをした時と同じ声音の電子音が鳴り、ゴッドスピードエンジンオーもその姿を高速の世界へと突入させる。
 そしてリニアバンキを見つけるや、一気に距離を詰めてその顔面に強烈な一撃をお見舞いする。拳ではなく、バルカの体当たりと言った風だろうか。
「へぶしっ!」
 殴られ、大きく体勢を崩すリニアバンキ。一方でゴッドスピードエンジンオーは、天高く飛び上がり……
『ブラスターソウル、セット』
『One』
『Two』
『Three』
『ゴッドスピード炎神キック!』
 脚部となっているキャリゲーターの体と、宙を舞う主翼となっているボエールの二体にタキオン粒子が纏わり、その色を淡い銀色に染め上げる。
 真直ぐに伸ばされたゴッドスピードエンジンオーの足は、クロックアップによる加速と降下する速度とが相まって、流星の如き速さへと変わる。その速度は、まさに神速。
 リニアバンキが体勢を立て直し、そしてゴッドスピードエンジンオーを視認したその時には、既にその身は蹴り貫かれ、機能停止するのを待つのみとなっていた。
 そんな中、彼が思う事はたった一つ。機関車としての意地でも、リニアモーターカーの宣伝でもなく……
「もっと……もっと台詞が欲しかったぁぁぁぁぁぁっ!!」
 その台詞と共に、その存在は散った。
 そして、いつも通りチェッカーフラッグの宣言をしようと、美羽が……そして軍平が、何気なくちらりと脇を見た瞬間。ぽたりと、彼らのメットに、赤い液体が垂れた。
「え……?」
「何だ?」
 それが血であると理解したのと、神代と影山の変身が解け、その場でぐらりと倒れこんだのはほぼ同時。
 床にジワリと赤い液体が広がり、それが彼らの胸から流れているものだと気付くと、美羽も軍平も……そして他の面々も慌てて彼らに駆け寄った。
 だが、本人達の顔には、何故か満足気な笑みが浮いている。
「神代!?」
「カ・ガーミ。そんな顔をするな。……俺を手にかける手間が省けたと思え」
 彼の白い服が、胸……心臓部を中心に真っ赤に染まっていく。
 そしてそれは、影山も同じらしい。黒い服がジワリと更に黒ずみ、彼を抱える矢車の手を赤く濡らす。
「兄貴……お別れだ」
「相棒……一体、いつ……」
「……らしくない事をした時、かな」
「何?」
 その言葉で、天道達仮面ライダーは、そうなった原因に思い至る。
「まさか……ゴンをかばった時に!?」
 あの時降って来ていた物。ガラスの破片にアスファルトの欠片、コンクリートの塊に……それに刺さっていた「鉄骨」。恐らくはあまりの数の多さ故に、弾ききれなかったのだろう。一部が「運悪く」神代の剣をすり抜け、そして「運悪く」影山と神代の胸を刺し貫いたのだ。
 その事に、ゴンも気付いていたのかもしれない。だから先程、あんなに悲しげに顔をゆがめていたのか。
「フ。神に代わって剣を振るう男である俺とした事が、しくじった。どうやら俺は、しくじる事においても頂点に立つ男らしい」
「そんな……そんな事で頂点に立ったって、仕方ないだろ!?」
「カ・ガーミ。岬と爺やに……よろしくな」
 神代の声に、加賀美が涙声で返す。だが、それは果たして彼の耳に届いていたのだろうか。蒼白い顔でそれだけ呟くと、神代の体から全ての力が抜け落ちた。その顔に、穏やかな笑みを浮かべたままで。
 そして、影山もまた……
「兄貴。闇が、迎えに来たよ」
「相棒……」
「ああ、でも……闇に向かう前にまた、兄貴の……地獄より辛い麻婆豆腐……食べたかったなぁ」
 そう言い残すと、うっすらと口元に笑みを浮かべ……闇の底へと堕ちたのであった。


「うーん……結構良い所まで行ったんでありんすけどねぇ」
「巨大化からのクロックアップ。……あれは見事であった。あの破壊ぶりならば、色々とまた売れるであろう」
「そこだけは良かったでありんすけどねぇ」
 そこは、どこかよく分からない空間。うーん、と唸りながら、ヘルガイユ宮殿からいつの間にか姿を消したムダニステラが星髪爪牙と言葉を交わしている。
「まさかの進化も、使いこなせなきゃ意味がねぇ。機関車がリニアになったからって、結局は負けちまったらお終いってこった」
「あ、天たん」
「世の中は上手く行かない典型例だな。利きすぎたって事じゃねぇの?」
 そんな二人の知り合いなのか、気さくに声をかけたのは一人の青年。ステラに「天」と呼ばれた彼は、二十歳前後だろうか。灰色の道着に似た服の上に、狼の毛皮を肩からかけている。左の目はアイパッチで隠しているが、黄金に光る右の目は、まるで獲物を狙う獣のように、爛々と輝いている。好青年の部類に入るはずだが、醸し出す空気の凶悪さが、人を寄せ付けない。
 そんな彼も、ステラには甘いのか。ハン、と軽く鼻で笑うと、すぐに彼女の額を弾き……
「それからな、俺は『てん』じゃねぇ。『ティエン』だ。発音は正しく頼むぜ、ステラ」
「貴殿の名は読みにくいのだ、天狼ティエンラン
「おいおい爪牙ぁ、お前本っ当に堅苦しい奴だなぁ。ステラや鬼宿きしゅく程フランクに、とは言わねぇけど、俺達相手の時くらい、もう少し崩せ。こっちが疲れる」
 はあ、と溜息混じりに言う天狼に、爪牙は僅かな笑みを返すだけに留まった。
「ま、良いけどよ。そんじゃ今度は、俺サマが行って来るわ」
「臨獣殿でありんすね! お気を付けなんし~」
「取りあえず、死なん事を祈っているぞ」
「サーンキュ、ステラ、爪牙。そんじゃぁ……」
 にいと口の端から犬歯を覗かせ、天狼は軽く伸びをする。瞬間、彼の纏う空気が徐々に狼の姿を取り……
「妖獣フェンリル拳の使い手……天狼サマの出番ってこった! ひゃぁっはぁっ!」


GP07:仮面ライダー

修行その9:サリサリ! 灰色の狼!?
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