五色の戦士、仮面の守護
【終焉、そして元凶】
「巨大化はさせられなんだか?」
「申し訳ございません。私如きでは災魔の魔術は再現不可能でございまして」
土塊と化したラヴァーノの最期を、廃工場から少し離れた場所で見届けたらしい。
今回の一件の元凶たる男……「世界」と名乗るその存在は、己の横に傅く女に、無表情で問いかけた。
問われた方は心底申し訳なさそうに言って目を伏せるが、「世界」自体はその言葉に何の感慨も沸かないらしい。失望も怒りもない。そもそも彼は、他人に対して期待などしていない。
「まあ良い。余興としては充分だ」
「お楽しみ頂けたのでしたならば、恐悦に存じます。そしてこれにて、侵攻計画の第二段階が終了致しました」
そう言った女の瞳は、底のない闇を抱えているように、「世界」の目に映る。
実際、彼女の抱えている闇は底がないのだろう。だが、その闇に興味などないし、所詮彼女も自身がこの地を支配する為に必要な駒の一つに過ぎない。失敗を咎める事もないが、成功を褒める事もない。
彼女もその事を自覚しており、そして使い捨てられる事を望外の喜びとして感じている。
……必要とされない事、そしていずれ使い捨てられる事。それこそが、彼女の望み。だからこそ、「世界」に付き従い、彼の野望を遂行する駒として動いている。彼に仕えていれば、いずれは自分の望む終わりを与えてくれると信じて。
「『女帝』と『皇帝』の世界の融合。そしてそれによって起こるであろう混乱」
「第二段階は、その混乱により起こるであろう出来事の確認。結果、正も邪も、同じ性質の者と手を組む、という事が証明されました。恐らくは『正義』の世界との融合を試みても、同じ結果を招くかと」
「……邪が手を組む事は構わん。彼奴等は欲望と野心の塊。いずれは互いに潰しあうのが目に見えている。しかし問題は……」
「はい。正なる者達が手を組んだ場合、結束が強まり、より強固な守護者となる事が予測されます。無論、『世界』様が万全の状況で動かれるのであれば、いかに結束を強めようとも、所詮は烏合の衆でございますが」
恭しい態度ではあるが、女の言葉は即ち、「世界」が万全でない事を示している。
だが、彼はそれに気を悪くした様子も見せない。万全でない事は、彼自身が誰よりもよく知っている。だからこそ彼は、淡々と言葉を紡いだ。
「この俺が動くには、まだ力が足りん。力を溜め、完全に動く為にも時間がいる。……時間稼ぎの手駒ももう少し欲しいところだな」
ぐっと、自身の力を確認するかのように拳を握る「世界」。その顔に初めて、感情らしい感情が浮かんだ。
それは、憎悪だろうか。それも、かなり根の深い。だが、それは何に向けられたものなのか。傅く彼女には分らないし、分ってはいけないとも思う。
何故なら、自分は「世界」の駒。駒は何も考えず、ただ動かす者の言う通りに動くだけなのだから。
手駒を欲するのなら、手駒を集める。道化を演じろと言うのなら道化を演じる。いずれ飽きて処分されるその日まで。
そしてその日を心待ちにしているからこそ、彼女はにこやかに笑い、言の葉を紡いだ。
「それでは、第三段階へ移行する前に、今しばらくの間『皇帝に愛された子』への鎖をかけて回ります」
「出来るか?」
「既にいくらかの下準備は整えてございます。ただ、『三人の鍬形』への干渉は、不可能となりました」
「何故だ?」
「……バジリスクアンデッドが、鎖にヒビを入れましたので」
「腐っても『原初の管理者』の片割れか」
へらへらと笑っているくせに、そこの読めない狡猾さを兼ね備えた「自称最弱の男」の姿を思い浮かべ、「世界」は一つだけ溜息を吐き出す。
色々と疲れる相手ではある。少なくとも自分との相性は良くない。もう一人の「原初の管理者」の方が、まだ幾分分かりやすく、相手にしやすい。
忌々しい相手、と呼ぶには語弊があるが、出来れば関わりたくない相手ではある。
……自身にそんな存在があることに気付き、「世界」は少しだけ驚く。
「バジリスクによる介入はありましたが、その三人を縛ることが不可能でも、『世界の破壊者』を孤立させるには十分かと」
「ふむ」
彼女の言葉に、「世界」は何を思うのだろうか。軽く目を瞑った後、考えの読めぬ声で言葉をつづけた。
「なれば系譜の根幹も縛り、回れ。それでも『破壊者』を孤立させられぬ場合、『女帝』の世界の者達も縛り、互いにぶつけ合わせ、彼の者達の力を削ぐのも、また一興」
「承知致しました。では、そのように」
再度、彼女が恭しい態度でそう返した瞬間。
「困るんだよなァ、承知されたら」
どこからともなく声が響いたかと思うと、闇から滲み出るようにして、凶悪な面構えの怪物が姿を見せた。
例えて言うならば悪魔だろうか。捩くれた角に、闇よりもなお黒い目。破壊と暴力の権化といわんばかりの面立ちは、普通の人間なら泣いて逃げ出すだろう。
だが、「世界」は然程恐れた様子もなく、感情のない目を向けるだけ。
女の方は相手が何者かを知っているせいか、警戒したように睨み付け半歩前に足を踏み出し……しかし、それを「世界」に制され、渋々といった風に下がる。
「よぉ。久し振りだなぁ、この変態ヤロー」
「……貴様か、『星』。……否、今は『星の零』だったか」
「仲間内にゃあ、シュテルンて呼ばせてるがな」
悪魔……「星の零」ことシュテルンは、邪悪な顔を更に邪悪に歪めてそう言うと、ちらりと女の方に視線を向けた。
その目に浮かぶのは蔑みだろうか。
「フン。こんなヤローに仕えるなんざ、頭おかしいんじゃねーの?」
「『世界』様だけが、私の願いを聞き届けて下さるもの」
「願い、ねぇ。単なる絶望の間違いだろ。やっぱテメェは、クズで間抜けでイカレた××だ」
放送禁止用語とも取れるスラングを彼女に投げかけた後、シュテルンは彼女から「世界」へ視線を向けなおすと、ひょいと肩を竦めて言葉を紡いだ。
「驚いたぜ『世界』。まさかのイレギュラー。サイマ獣を『こっち』に引き寄せてんだもんよ。驚きすぎて思わず『星』連中総動員して巽兄弟をこっちに連れてきちまったぜ」
「成程。道理で、今までとは歪み方が違う訳だわ」
「ああ。タダ働きしちまったから、エステルの野郎が不貞腐れてんよ」
彼女の言葉に、シュテルンは楽しげに笑いながらそう言ったかと思うと、どこからか取り出した剣で「世界」に向って斬りつけた。
しかし「世界」は、控えていた彼女を抱えて軽々と回避すると、フン、と鼻で笑い、言葉を紡ぐ。
「……哀れだな『星』よ。その姿、かつての貴様の面影が微塵もないではないか」
「黙れ。『星 』を八つに分けた張本人が、どの口で物を言ってやがる。おまけに『本来の人格』である俺だけ、精神体にしくさりやがって」
心からの憎悪を込めて、外見通りの悪魔らしい顔を更に歪めたシュテルンが地の底を這うような声で言葉を返す。
一方で「世界」はそれに怯える様子もなく、女を抱えたまま、無表情にシュテルンを見やる。
「俺だけじゃねぇ。エステルの『腕力』、爪牙の『時間』、鬼宿の『言葉』、天狼の『左目』、エトワールの『満腹中枢』、ズヴェズダの『度胸』、ムダニステラの『味覚』。全部テメェが奪ってった物だろうが」
「……ああ。その身を分けた時に、万全にならぬよう奪ったのだったな。消滅させるつもりだったのだが、それでもなお残るとは。……流石は我が同胞 と言うべきか」
まるで今思い出したと言いたげにぽんと手を叩き、それでも感情のない声で「世界」は言う。
それに苛立ったのか、シュテルンは再度剣をふるって「世界」へ切りかかるが、相手はそれをひらりとかわしてじっとシュテルンを見つめる。
かつては一人だった「星」と呼ばれる同類。それを八つの人格に分け、更に別個の肉体に分離、最も厄介な「基本の存在」に制限を設けて封じたのは、他ならぬ「世界」自身だ。
「その身、分かたれてなお個として存在していられる貴様の生き汚さ。もはや賞賛に値する」
「テメェに褒められても嬉しくねぇよ、変態ヤロー。それに、どうせその女を盾にしてバックれるつもりなんだろ? そんなテメェに、生き汚いとか言われたくねぇ」
「盾にする? これを? この女にそんな価値もない。貴様の剣の前ではな」
そう言うと、「世界」はぽいと彼女を放り捨てる。彼女の方もそれが当然だと思っているのか、空中で体勢を立て直すと、少し離れた位置へ綺麗に着地した。
一方でシュテルンも、彼女には興味がないのだろう。ただ真っ直ぐに「世界」の顔を見つめ……低く、問うた。
「……何で、お前はあの時裏切った? お前が裏切らなきゃ、こんな事にはならなかった」
「独占こそ、我が願望。その為に、貴様達は邪魔だった。……否、現在進行形で、邪魔だ」
「ハッ! 『運命の輪』もほとほと迷惑なヤローだが、テメェのその強大すぎる独占欲は、更に迷惑だな! 強欲はウチのエステルの持ちネタだが、テメェの欲には流石に負けるぜ!」
怒鳴ると同時に、シュテルンはぶん、と大きく剣を振るう。それと同時に、掌に黒い雷を生んで放り投げ、「世界」の逃げ道を塞ぐ。
しかし「世界」はシュテルンの剣先を掴むと、軽く腕を振るってシュテルの体を剣ごと吹き飛ばした。
「がっ!?」
「やはり、弱いな。万全でない貴様など、我が敵に非ず。せめてもの慈悲だ。ここで、朽ち果てよ」
そう言った「世界」の手に、「無」が生まれる。
存在しない事こそが存在の証たる「無」。掌大のそれが、吹き飛ばされ、むせ返るシュテルンに向ってゆっくりと近付き……しかし、次の瞬間。
シュテルンが、笑った。
ニヤリと、まるで謀が上手く行ったかのような、邪悪な笑み。それを浮かべながら、彼はその「無」から逃れるように大きく飛び退り……
「悪ぃな、俺は陽動なんだよ。そんな事にも気付かなかったのか、クズがっ!」
「……何?」
訝しく思い、「世界」が「無」を消した、その瞬間。
ドン、と大きな音が鳴ったと同時に地が揺れ、それまで近くに感じていた「女帝の世界」の気配が消え去ったのだ。
何が起きたか分らず、「世界」と彼女は意識を集中させる。
「世界」が融合させつつあったそれらが解放されることなど、まずもってありえない。「世界」自身が解除するか、あるいは「同類」が干渉するか。
「……っ!? 何をした?」
「なぁに。ちょーっと『月』、『隠者』、『塔』の三人……『干渉者』共の弱み握って、『こっち』と『あっち』の融合を解除させただけだ。俺達『星』だけじゃあテメェの力にゃ干渉できねーが、『趣味と特技は干渉』なあいつらならどうとでもなるし、三人同時ともなりゃあ楽勝だっつーの。伊達に『三大干渉者』なんて呼ばれてねえんだぜ、あの引きこもり連中は」
初めて焦ったような声を上げた「世界」に、シュテルンがくつくつと喉の奥で笑いながら言葉を返す。
それを聞いた「世界」の顔色が、まともに変わった。
本来なら手を組むはずのない三人。それも、この「始まりの地」を我が物にせんと企む「三大干渉者」たる彼らが、よりにもよって「解除」させたと言うのか。
「貴様……謀ってくれたな」
「馬鹿かテメェ? いくら俺が『星』で最強つっても、一人でテメェ相手に戦 る訳ねぇだろうが。本っ当にテメェはクズで下衆で腐ってんな」
クックと笑い、シュテルンが罵詈雑言を浴びせる。それと同時に、彼の隣から、やはり闇から滲み出るようにして爪牙と天狼の二人が姿を見せた。
「シュテルンよ、迎えに来た」
「ったく、無茶しすぎだろォがよぉ。体がズヴェのモンだって事、忘れてんじゃねーのかぁ?」
「ハッ! ズヴェズダがどうなろうと知ったこっちゃねえよ。……でもまぁ、今日は帰ってやるとするか。……嫌がらせも済んだし、テメェの間抜け面も拝めたしよ。ちょっとは溜飲も下がったわ」
淡々と言葉を紡ぐ爪牙と、呆れたような声を出す天狼。二人は一瞬だけ「世界」の顔を睨みつけると、そのままシュテルンと共に闇の中へ沈んで行った。
それを見送り、「世界」は忌々しげにその顔を歪め……
「……たかが星屑共が……」
「…………如何致しましょう、『世界』様」
「……第三段階への移行には障害はない。準備を進めておけ。その間に第四段階への準備を進めておく」
邪魔をされた事に苛立っているのだろうか。無感情を装いながらも、声の中に潜む苛立ちを感じながら、女は深く頭を下げ……そして言葉を返した。
「承知致しました。それでは、第三段階『ライダー大戦』、並びに第四段階『ヒーロー大戦』……我が力にて彼奴らを縛り、下準備を施しておきます」
「ぬかるなよ」
「御意」
「世界」に対し恭しくそう告げると……彼女はこつんと足音を鳴らしながら、彼の前から姿を消した。
そして、数年後。
「彼女」と「世界」の陰謀により、後に「スーパーヒーロー大戦」と呼ばれる出来事が起こる事となる。
「巨大化はさせられなんだか?」
「申し訳ございません。私如きでは災魔の魔術は再現不可能でございまして」
土塊と化したラヴァーノの最期を、廃工場から少し離れた場所で見届けたらしい。
今回の一件の元凶たる男……「世界」と名乗るその存在は、己の横に傅く女に、無表情で問いかけた。
問われた方は心底申し訳なさそうに言って目を伏せるが、「世界」自体はその言葉に何の感慨も沸かないらしい。失望も怒りもない。そもそも彼は、他人に対して期待などしていない。
「まあ良い。余興としては充分だ」
「お楽しみ頂けたのでしたならば、恐悦に存じます。そしてこれにて、侵攻計画の第二段階が終了致しました」
そう言った女の瞳は、底のない闇を抱えているように、「世界」の目に映る。
実際、彼女の抱えている闇は底がないのだろう。だが、その闇に興味などないし、所詮彼女も自身がこの地を支配する為に必要な駒の一つに過ぎない。失敗を咎める事もないが、成功を褒める事もない。
彼女もその事を自覚しており、そして使い捨てられる事を望外の喜びとして感じている。
……必要とされない事、そしていずれ使い捨てられる事。それこそが、彼女の望み。だからこそ、「世界」に付き従い、彼の野望を遂行する駒として動いている。彼に仕えていれば、いずれは自分の望む終わりを与えてくれると信じて。
「『女帝』と『皇帝』の世界の融合。そしてそれによって起こるであろう混乱」
「第二段階は、その混乱により起こるであろう出来事の確認。結果、正も邪も、同じ性質の者と手を組む、という事が証明されました。恐らくは『正義』の世界との融合を試みても、同じ結果を招くかと」
「……邪が手を組む事は構わん。彼奴等は欲望と野心の塊。いずれは互いに潰しあうのが目に見えている。しかし問題は……」
「はい。正なる者達が手を組んだ場合、結束が強まり、より強固な守護者となる事が予測されます。無論、『世界』様が万全の状況で動かれるのであれば、いかに結束を強めようとも、所詮は烏合の衆でございますが」
恭しい態度ではあるが、女の言葉は即ち、「世界」が万全でない事を示している。
だが、彼はそれに気を悪くした様子も見せない。万全でない事は、彼自身が誰よりもよく知っている。だからこそ彼は、淡々と言葉を紡いだ。
「この俺が動くには、まだ力が足りん。力を溜め、完全に動く為にも時間がいる。……時間稼ぎの手駒ももう少し欲しいところだな」
ぐっと、自身の力を確認するかのように拳を握る「世界」。その顔に初めて、感情らしい感情が浮かんだ。
それは、憎悪だろうか。それも、かなり根の深い。だが、それは何に向けられたものなのか。傅く彼女には分らないし、分ってはいけないとも思う。
何故なら、自分は「世界」の駒。駒は何も考えず、ただ動かす者の言う通りに動くだけなのだから。
手駒を欲するのなら、手駒を集める。道化を演じろと言うのなら道化を演じる。いずれ飽きて処分されるその日まで。
そしてその日を心待ちにしているからこそ、彼女はにこやかに笑い、言の葉を紡いだ。
「それでは、第三段階へ移行する前に、今しばらくの間『皇帝に愛された子』への鎖をかけて回ります」
「出来るか?」
「既にいくらかの下準備は整えてございます。ただ、『三人の鍬形』への干渉は、不可能となりました」
「何故だ?」
「……バジリスクアンデッドが、鎖にヒビを入れましたので」
「腐っても『原初の管理者』の片割れか」
へらへらと笑っているくせに、そこの読めない狡猾さを兼ね備えた「自称最弱の男」の姿を思い浮かべ、「世界」は一つだけ溜息を吐き出す。
色々と疲れる相手ではある。少なくとも自分との相性は良くない。もう一人の「原初の管理者」の方が、まだ幾分分かりやすく、相手にしやすい。
忌々しい相手、と呼ぶには語弊があるが、出来れば関わりたくない相手ではある。
……自身にそんな存在があることに気付き、「世界」は少しだけ驚く。
「バジリスクによる介入はありましたが、その三人を縛ることが不可能でも、『世界の破壊者』を孤立させるには十分かと」
「ふむ」
彼女の言葉に、「世界」は何を思うのだろうか。軽く目を瞑った後、考えの読めぬ声で言葉をつづけた。
「なれば系譜の根幹も縛り、回れ。それでも『破壊者』を孤立させられぬ場合、『女帝』の世界の者達も縛り、互いにぶつけ合わせ、彼の者達の力を削ぐのも、また一興」
「承知致しました。では、そのように」
再度、彼女が恭しい態度でそう返した瞬間。
「困るんだよなァ、承知されたら」
どこからともなく声が響いたかと思うと、闇から滲み出るようにして、凶悪な面構えの怪物が姿を見せた。
例えて言うならば悪魔だろうか。捩くれた角に、闇よりもなお黒い目。破壊と暴力の権化といわんばかりの面立ちは、普通の人間なら泣いて逃げ出すだろう。
だが、「世界」は然程恐れた様子もなく、感情のない目を向けるだけ。
女の方は相手が何者かを知っているせいか、警戒したように睨み付け半歩前に足を踏み出し……しかし、それを「世界」に制され、渋々といった風に下がる。
「よぉ。久し振りだなぁ、この変態ヤロー」
「……貴様か、『星』。……否、今は『星の零』だったか」
「仲間内にゃあ、シュテルンて呼ばせてるがな」
悪魔……「星の零」ことシュテルンは、邪悪な顔を更に邪悪に歪めてそう言うと、ちらりと女の方に視線を向けた。
その目に浮かぶのは蔑みだろうか。
「フン。こんなヤローに仕えるなんざ、頭おかしいんじゃねーの?」
「『世界』様だけが、私の願いを聞き届けて下さるもの」
「願い、ねぇ。単なる絶望の間違いだろ。やっぱテメェは、クズで間抜けでイカレた××だ」
放送禁止用語とも取れるスラングを彼女に投げかけた後、シュテルンは彼女から「世界」へ視線を向けなおすと、ひょいと肩を竦めて言葉を紡いだ。
「驚いたぜ『世界』。まさかのイレギュラー。サイマ獣を『こっち』に引き寄せてんだもんよ。驚きすぎて思わず『星』連中総動員して巽兄弟をこっちに連れてきちまったぜ」
「成程。道理で、今までとは歪み方が違う訳だわ」
「ああ。タダ働きしちまったから、エステルの野郎が不貞腐れてんよ」
彼女の言葉に、シュテルンは楽しげに笑いながらそう言ったかと思うと、どこからか取り出した剣で「世界」に向って斬りつけた。
しかし「世界」は、控えていた彼女を抱えて軽々と回避すると、フン、と鼻で笑い、言葉を紡ぐ。
「……哀れだな『星』よ。その姿、かつての貴様の面影が微塵もないではないか」
「黙れ。『
心からの憎悪を込めて、外見通りの悪魔らしい顔を更に歪めたシュテルンが地の底を這うような声で言葉を返す。
一方で「世界」はそれに怯える様子もなく、女を抱えたまま、無表情にシュテルンを見やる。
「俺だけじゃねぇ。エステルの『腕力』、爪牙の『時間』、鬼宿の『言葉』、天狼の『左目』、エトワールの『満腹中枢』、ズヴェズダの『度胸』、ムダニステラの『味覚』。全部テメェが奪ってった物だろうが」
「……ああ。その身を分けた時に、万全にならぬよう奪ったのだったな。消滅させるつもりだったのだが、それでもなお残るとは。……流石は我が
まるで今思い出したと言いたげにぽんと手を叩き、それでも感情のない声で「世界」は言う。
それに苛立ったのか、シュテルンは再度剣をふるって「世界」へ切りかかるが、相手はそれをひらりとかわしてじっとシュテルンを見つめる。
かつては一人だった「星」と呼ばれる同類。それを八つの人格に分け、更に別個の肉体に分離、最も厄介な「基本の存在」に制限を設けて封じたのは、他ならぬ「世界」自身だ。
「その身、分かたれてなお個として存在していられる貴様の生き汚さ。もはや賞賛に値する」
「テメェに褒められても嬉しくねぇよ、変態ヤロー。それに、どうせその女を盾にしてバックれるつもりなんだろ? そんなテメェに、生き汚いとか言われたくねぇ」
「盾にする? これを? この女にそんな価値もない。貴様の剣の前ではな」
そう言うと、「世界」はぽいと彼女を放り捨てる。彼女の方もそれが当然だと思っているのか、空中で体勢を立て直すと、少し離れた位置へ綺麗に着地した。
一方でシュテルンも、彼女には興味がないのだろう。ただ真っ直ぐに「世界」の顔を見つめ……低く、問うた。
「……何で、お前はあの時裏切った? お前が裏切らなきゃ、こんな事にはならなかった」
「独占こそ、我が願望。その為に、貴様達は邪魔だった。……否、現在進行形で、邪魔だ」
「ハッ! 『運命の輪』もほとほと迷惑なヤローだが、テメェのその強大すぎる独占欲は、更に迷惑だな! 強欲はウチのエステルの持ちネタだが、テメェの欲には流石に負けるぜ!」
怒鳴ると同時に、シュテルンはぶん、と大きく剣を振るう。それと同時に、掌に黒い雷を生んで放り投げ、「世界」の逃げ道を塞ぐ。
しかし「世界」はシュテルンの剣先を掴むと、軽く腕を振るってシュテルの体を剣ごと吹き飛ばした。
「がっ!?」
「やはり、弱いな。万全でない貴様など、我が敵に非ず。せめてもの慈悲だ。ここで、朽ち果てよ」
そう言った「世界」の手に、「無」が生まれる。
存在しない事こそが存在の証たる「無」。掌大のそれが、吹き飛ばされ、むせ返るシュテルンに向ってゆっくりと近付き……しかし、次の瞬間。
シュテルンが、笑った。
ニヤリと、まるで謀が上手く行ったかのような、邪悪な笑み。それを浮かべながら、彼はその「無」から逃れるように大きく飛び退り……
「悪ぃな、俺は陽動なんだよ。そんな事にも気付かなかったのか、クズがっ!」
「……何?」
訝しく思い、「世界」が「無」を消した、その瞬間。
ドン、と大きな音が鳴ったと同時に地が揺れ、それまで近くに感じていた「女帝の世界」の気配が消え去ったのだ。
何が起きたか分らず、「世界」と彼女は意識を集中させる。
「世界」が融合させつつあったそれらが解放されることなど、まずもってありえない。「世界」自身が解除するか、あるいは「同類」が干渉するか。
「……っ!? 何をした?」
「なぁに。ちょーっと『月』、『隠者』、『塔』の三人……『干渉者』共の弱み握って、『こっち』と『あっち』の融合を解除させただけだ。俺達『星』だけじゃあテメェの力にゃ干渉できねーが、『趣味と特技は干渉』なあいつらならどうとでもなるし、三人同時ともなりゃあ楽勝だっつーの。伊達に『三大干渉者』なんて呼ばれてねえんだぜ、あの引きこもり連中は」
初めて焦ったような声を上げた「世界」に、シュテルンがくつくつと喉の奥で笑いながら言葉を返す。
それを聞いた「世界」の顔色が、まともに変わった。
本来なら手を組むはずのない三人。それも、この「始まりの地」を我が物にせんと企む「三大干渉者」たる彼らが、よりにもよって「解除」させたと言うのか。
「貴様……謀ってくれたな」
「馬鹿かテメェ? いくら俺が『星』で最強つっても、一人でテメェ相手に
クックと笑い、シュテルンが罵詈雑言を浴びせる。それと同時に、彼の隣から、やはり闇から滲み出るようにして爪牙と天狼の二人が姿を見せた。
「シュテルンよ、迎えに来た」
「ったく、無茶しすぎだろォがよぉ。体がズヴェのモンだって事、忘れてんじゃねーのかぁ?」
「ハッ! ズヴェズダがどうなろうと知ったこっちゃねえよ。……でもまぁ、今日は帰ってやるとするか。……嫌がらせも済んだし、テメェの間抜け面も拝めたしよ。ちょっとは溜飲も下がったわ」
淡々と言葉を紡ぐ爪牙と、呆れたような声を出す天狼。二人は一瞬だけ「世界」の顔を睨みつけると、そのままシュテルンと共に闇の中へ沈んで行った。
それを見送り、「世界」は忌々しげにその顔を歪め……
「……たかが星屑共が……」
「…………如何致しましょう、『世界』様」
「……第三段階への移行には障害はない。準備を進めておけ。その間に第四段階への準備を進めておく」
邪魔をされた事に苛立っているのだろうか。無感情を装いながらも、声の中に潜む苛立ちを感じながら、女は深く頭を下げ……そして言葉を返した。
「承知致しました。それでは、第三段階『ライダー大戦』、並びに第四段階『ヒーロー大戦』……我が力にて彼奴らを縛り、下準備を施しておきます」
「ぬかるなよ」
「御意」
「世界」に対し恭しくそう告げると……彼女はこつんと足音を鳴らしながら、彼の前から姿を消した。
そして、数年後。
「彼女」と「世界」の陰謀により、後に「スーパーヒーロー大戦」と呼ばれる出来事が起こる事となる。
あとがき →