五色の戦士、仮面の守護
【始まり】
ライブラリカフェ「Milk Dipper」。「南斗六星」の別名を意味するその店の女主人である野上愛理は、カウンター越しに一人の客の話を聞いていた。
珍しい事に、今のこの店にはその客以外に誰もいない。その事を気にする風でもなく、客は愛理の入れたコーヒーに口を付けながら、湯気で曇った眼鏡を軽く拭く。
「これが、コーヒー……悪くない味です」
「ありがとうございます。豆達が、一生懸命仕事をしてくれた味ですから」
客はどことなく不遜な物言いをしているが、それに関して特に気を悪くするでもなく、愛理はいつもの、穏やかな笑顔を浮かべて客を見やる。
客から受ける印象は、知的な美人と言ったところか。優等生然とした、少々近寄りがたい雰囲気はあるが、それもまた彼女の魅力の一つだろう。
「ところで、わざわざあなたがお店に来るなんて。何かあったんですか?」
言葉から察するに、この相手は滅多に来ない客らしい。心底不思議そうに愛理は相手に問いかける。
すると客の方は、黙って手の中にあったカップをソーサーの上に乗せ、ゆっくりとその視線を愛理に向けた。
「ええ。実は厄介な事になりました」
「厄介な事?」
客の言葉に、愛理は僅かに首を傾げて相手の言葉を繰り返す。「彼女」が厄介だと言ったのだから、本当に何かしらの厄介事が起こっているのだろう。
「二〇〇九年から、過去十年分。その各時間に『この世界』を襲った者達が現れたくらいです。厄介でしょう?」
疲れたような声で紡がれた言葉は、傍から聞けば何を言っているのか分からない内容。だが、愛理には……否、彼女の中に存在する「皇帝」と呼ばれる存在には、その意味が理解できたらしい。困ったような……それでいてどこか緊張感に欠ける表情で、はぁ、と頷くと……
「それは、確かに大変ですね」
その言葉は同情か、それとも本当に大変だと分かっているのか。
愛理は一瞬、思案顔になり……だがすぐにいつもの穏やかな笑顔に戻ると「彼女」に向かって言葉を放つ。
「彼女」が求めているであろう、その言葉を。
「それじゃあ、皆にお使いに行って貰いますね」
にこり、と。何の悪意も敵意もなさそうな……それでも有無を言わさぬ雰囲気の笑顔を向けて言われ、「彼女」はどこかほっとしたように一つ溜息を吐き出し、温くなったコーヒーを一気に飲み干す。
「貴女のご協力に感謝します、『皇帝』」
「いえいえ、困った時はお互い様です、『女帝』さん」
彼女の中に潜む本来の名を呼ばれながらも、愛理はいつもの笑みを崩す事のないまま、普段の客に接するのと同じように言葉を返した。
目の前にいる、「ヒト」とは異なる姿をした漆黒の女性……異なる世界の冥府の神、スフィンクスと呼ばれる彼女に。
「それでは、私は戻ります」
「はい、お気をつけて」
勘定を置き、店を出て行くスフィンクスの後姿を見送って……愛理は珍しく思案顔をする。彼女の言う「お使い」に、どうやって「愛した子供達」を送り込もうかと。
異なる世界を行き来する方法はいくつかあるが、「皇帝」の権限で扱えるのは「時の列車」くらいのもの。しかしそれも、今現在自由に使えるのは三つだけで、とても十組もの「仮面ライダー」を向かわせる事など出来ない。
「うーん、でも、どうやって……」
「それは、私が手伝おう」
「あら、鳴滝さん。いらっしゃい」
いつの間にやってきたのか。鳴滝と呼ばれた、眼鏡をかけた男は、カタンと椅子を引くと、愛理に向かって言葉を放った。
「珍しいですねぇ、鳴滝さんが手伝って下さるなんて」
「他の世界に手を出す連中の神経を疑っているだけだ」
「あら。ゾル大佐ともあろう人が随分と珍しい事を仰るんですね。それとも規律に厳しいからでしょうか?」
「……その笑顔で茶化すのはやめてもらおう」
愛理の言葉に、鳴滝は機嫌を悪くした風でもなくただ俯きがちに言葉を放つ。単純に、若気の至りだとでも言いたそうな表情だ。
「そんなにディケイドさんが……門矢さんがお嫌いなんですか?」
「生理的に受け付けない。あれは……破壊者だ」
「でも、彼は立派な『仮面ライダー』……私が愛した子供です」
にこりと、笑いながら愛理は鳴滝に濃い目に出したコーヒーを手渡す。受け取った鳴滝の方は特に砂糖もミルクも入れずにそれを一口含む。
程よい苦味と酸味が味覚を刺激し、直後には鼻に香りが抜ける。
彼女の淹れるコーヒーは本当に美味しいと思えた。
「相変わらず、美味いコーヒーだ」
「ありがとうございます。それだけは得意ですから」
にっこりと微笑みを返す愛理に、鳴滝の頬も僅かに緩む。時々浮かべる邪悪な笑みではなく、ごく普通の……優しい笑みが。
「それで……最初は誰を送るつもりだ?」
「最初は、二〇〇九年に向かってもらおうと思っているんです」
「すると、『女帝』の世界で活躍しているのは……」
「はい、『シンケンジャー』の皆さんの所って事になりますね。お願いできますか『魔術師』さん」
愛理のその言葉に応えるように、鳴滝は軽く頷き……この物語の幕を、開いたのである。
ライブラリカフェ「Milk Dipper」。「南斗六星」の別名を意味するその店の女主人である野上愛理は、カウンター越しに一人の客の話を聞いていた。
珍しい事に、今のこの店にはその客以外に誰もいない。その事を気にする風でもなく、客は愛理の入れたコーヒーに口を付けながら、湯気で曇った眼鏡を軽く拭く。
「これが、コーヒー……悪くない味です」
「ありがとうございます。豆達が、一生懸命仕事をしてくれた味ですから」
客はどことなく不遜な物言いをしているが、それに関して特に気を悪くするでもなく、愛理はいつもの、穏やかな笑顔を浮かべて客を見やる。
客から受ける印象は、知的な美人と言ったところか。優等生然とした、少々近寄りがたい雰囲気はあるが、それもまた彼女の魅力の一つだろう。
「ところで、わざわざあなたがお店に来るなんて。何かあったんですか?」
言葉から察するに、この相手は滅多に来ない客らしい。心底不思議そうに愛理は相手に問いかける。
すると客の方は、黙って手の中にあったカップをソーサーの上に乗せ、ゆっくりとその視線を愛理に向けた。
「ええ。実は厄介な事になりました」
「厄介な事?」
客の言葉に、愛理は僅かに首を傾げて相手の言葉を繰り返す。「彼女」が厄介だと言ったのだから、本当に何かしらの厄介事が起こっているのだろう。
「二〇〇九年から、過去十年分。その各時間に『この世界』を襲った者達が現れたくらいです。厄介でしょう?」
疲れたような声で紡がれた言葉は、傍から聞けば何を言っているのか分からない内容。だが、愛理には……否、彼女の中に存在する「皇帝」と呼ばれる存在には、その意味が理解できたらしい。困ったような……それでいてどこか緊張感に欠ける表情で、はぁ、と頷くと……
「それは、確かに大変ですね」
その言葉は同情か、それとも本当に大変だと分かっているのか。
愛理は一瞬、思案顔になり……だがすぐにいつもの穏やかな笑顔に戻ると「彼女」に向かって言葉を放つ。
「彼女」が求めているであろう、その言葉を。
「それじゃあ、皆にお使いに行って貰いますね」
にこり、と。何の悪意も敵意もなさそうな……それでも有無を言わさぬ雰囲気の笑顔を向けて言われ、「彼女」はどこかほっとしたように一つ溜息を吐き出し、温くなったコーヒーを一気に飲み干す。
「貴女のご協力に感謝します、『皇帝』」
「いえいえ、困った時はお互い様です、『女帝』さん」
彼女の中に潜む本来の名を呼ばれながらも、愛理はいつもの笑みを崩す事のないまま、普段の客に接するのと同じように言葉を返した。
目の前にいる、「ヒト」とは異なる姿をした漆黒の女性……異なる世界の冥府の神、スフィンクスと呼ばれる彼女に。
「それでは、私は戻ります」
「はい、お気をつけて」
勘定を置き、店を出て行くスフィンクスの後姿を見送って……愛理は珍しく思案顔をする。彼女の言う「お使い」に、どうやって「愛した子供達」を送り込もうかと。
異なる世界を行き来する方法はいくつかあるが、「皇帝」の権限で扱えるのは「時の列車」くらいのもの。しかしそれも、今現在自由に使えるのは三つだけで、とても十組もの「仮面ライダー」を向かわせる事など出来ない。
「うーん、でも、どうやって……」
「それは、私が手伝おう」
「あら、鳴滝さん。いらっしゃい」
いつの間にやってきたのか。鳴滝と呼ばれた、眼鏡をかけた男は、カタンと椅子を引くと、愛理に向かって言葉を放った。
「珍しいですねぇ、鳴滝さんが手伝って下さるなんて」
「他の世界に手を出す連中の神経を疑っているだけだ」
「あら。ゾル大佐ともあろう人が随分と珍しい事を仰るんですね。それとも規律に厳しいからでしょうか?」
「……その笑顔で茶化すのはやめてもらおう」
愛理の言葉に、鳴滝は機嫌を悪くした風でもなくただ俯きがちに言葉を放つ。単純に、若気の至りだとでも言いたそうな表情だ。
「そんなにディケイドさんが……門矢さんがお嫌いなんですか?」
「生理的に受け付けない。あれは……破壊者だ」
「でも、彼は立派な『仮面ライダー』……私が愛した子供です」
にこりと、笑いながら愛理は鳴滝に濃い目に出したコーヒーを手渡す。受け取った鳴滝の方は特に砂糖もミルクも入れずにそれを一口含む。
程よい苦味と酸味が味覚を刺激し、直後には鼻に香りが抜ける。
彼女の淹れるコーヒーは本当に美味しいと思えた。
「相変わらず、美味いコーヒーだ」
「ありがとうございます。それだけは得意ですから」
にっこりと微笑みを返す愛理に、鳴滝の頬も僅かに緩む。時々浮かべる邪悪な笑みではなく、ごく普通の……優しい笑みが。
「それで……最初は誰を送るつもりだ?」
「最初は、二〇〇九年に向かってもらおうと思っているんです」
「すると、『女帝』の世界で活躍しているのは……」
「はい、『シンケンジャー』の皆さんの所って事になりますね。お願いできますか『魔術師』さん」
愛理のその言葉に応えるように、鳴滝は軽く頷き……この物語の幕を、開いたのである。
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