☆仮面ライダーW&救急戦隊ゴーゴーファイブ☆
【第43話:Rな兄弟/地球の未来】
「じゃあまさか、本当に俺達は『タイムストリップ』とかって奴をしちまったのか!?」
「…………マトイ兄さん、それを言うなら『タイムスリップ』だよ」
「時間が脱いでどうすんだよ。つか何だよそのベタネタ」
バン、と来客用テーブルを叩き、ようやく自分達が「西暦一九九九年」から今……「西暦二〇一〇年」にタイムスリップしたと気付いたらしい額の広い男……マトイが目を大きく見開いて叫ぶ。
……硬貨ではなくカップ麺でそれを納得すると言うのも不可思議な話であるが。
しかしそんな彼の声に、ある意味当然と言うべきか、彼の弟達……背の高い四男のダイモンと、対照的に背の低い三男のショウが冷淡なツッコミを入れ、次男のナガレが生温かい瞳で言い間違いを犯した兄の顔を見ていた。
そんな彼らの「痛い人を見る目」に耐えられなくなったのだろう。マトイは悔しげにギリと奥歯を噛み……
「~~~っ! この際そんな細かい事はどうでも良いんだよ! 問題は、災魔が何を企んでんのかって事だろうが!!」
バン、と勢い良く来客机を掌で叩き、マトイが怒鳴る。今日だけで何度目かのマトイの襲撃を受けている机が、少したわんだように見えたのは亜樹子の気のせいだと信じたい。あの机も、安くはないのだ。
とは言え、確かにマトイの言う事は正論。黒タイツの怪人……風都では見かけた事のない、「災魔」と言うらしい怪人達が何を企んでいるのかと言う点は気にかかる。
気にかかるのだが……
「…………恥を勢いで誤魔化したな」
「問題ない。翔太郎も似たような事をよくやっている」
「おいちょっと待てフィリップ。俺がいつそんな事……」
「結構しょっちゅう」
翔太郎が小さく漏らした言葉に対し、それを聞き止めたらしいフィリップが真顔で返す。
翔太郎本人としては自覚がないのか、抗議の声を上げたのだが、それすらも亜樹子によってバッサリと斬り捨てられ、そのまま翔太郎が吐き出そうとした言葉は、彼の口の中で意味の成さない物となって宙に溶けて消えた。
そんな中、それまで黙りこくっていた末妹のマツリが、妙に沈んだ表情で口を開いた。
「マトイ兄ちゃんの言ってる事も気になるけど……あの災魔達、どこから来たのかなって」
「え? マツリ、それどういう事?」
彼女の言いたい事が理解出来ないのか、きょとん、と目を開いてダイモンが問う。マトイも同じように眉根を寄せて訝しげな表情を浮かべているし、翔太郎と亜樹子もダイモンと同じような顔をしている。
一方でフィリップとショウは表情を変えずに彼女の顔を見つめ、ナガレは彼女の言いたい事を理解したのか、一向に言葉を続ける気配のない妹に代わって言葉を紡いだ。
「……さっき見たインプスが、俺達と同じように『この時代にタイムスリップしてきた』と言うならともかく、最初からこの時代にいる連中だとしたら……って事か?」
「うん……もしもそうなら、私達…………災魔に勝てなかったのかな?」
ナガレの言葉に、苦しげな表情で小さくマツリが続けると、マトイとフィリップを除く面々が微かに顔を顰め、俯いた。
確かに、それは気にかかる部分だろう。時間にしてマトイ達から見れば十年以上も後の時代。そこに災魔の尖兵であるインプスが出没している理由は、いくつか考えられる。
一つは、ナガレの言ったように、「災魔もタイムスリップしてきた場合」。マトイ達がそうやって、この二〇一〇年の風都にやってきたように、災魔もまた何らかの影響でこの時代に飛ばされ、活動している可能性は高い。
一つは、「災魔の生き残りが、活動を再開した場合」。所謂「残存兵力」と言う物だ。何かしらの要因があって、まさに今、活動を再開した……と言う可能性も捨てきれない。
そしてもう一つ、これはあまり考えたくはない可能性だが……「一九九九年から二〇一〇年にかけて、未だゴーゴーファイブと災魔の間に決着が付いていない場合」。仮に敗北していたならば、世界は既に災魔に支配されているであろうから、それはないはず。では、自分達は今も、ずるずると戦い続けているのだろうか?
そんな考えに囚われたのか、滅入りそうになっていく空気。それに苛立ちを覚えたのか、マトイはすっくと立ち上がると、俯きがちな弟妹の前に立ち塞がり……そしてすぅっと息を大きく吸い込んだかと思うと、それを一気に吐き出すように言葉を紡いだ。
「かぁぁぁぁっ! 何湿っぽい顔してるんだお前ら! 良いか? あの連中は俺達と同じで、一九九九年から来たに決まってる!」
「へ? その根拠は?」
「ない!」
「ってないのかよ」
亜樹子の問いに自信満々に切り返すマトイ。そんな彼に傍で聞いていた翔太郎がツッコミを入れるが、それを気にした様子も見せずに彼は言葉を続けた。
「だけどな、俺達レスキューが諦めたら、救える命も救えなくなる! 俺はお前らを、そんな簡単に諦めるような腑抜けた奴に育てた覚えは、これっぽっちもねえんだよ!」
怒声に近い一喝に、俯きかけていた彼らの顔がぱっと上がる。
彼らは、レスキューである事に誇りを持っているらしい。ちょうど翔太郎が、この街の住人である事に誇りを持っているように。
だからこそ、それを思い出させるマトイの一喝が嬉しかったらしく、先程まで浮かんでいた嘆きの色は、四人の顔から既に消えていた。
頑固で面倒臭いだけの人物かと思っていたが……どうやらそれだけではなかったらしい。ハードボイルドからは遠くかけ離れた人物ではあるが、マトイの前向きな姿勢に、翔太郎はひどく共感できた。
「ところで翔太郎。実は僕も、奇妙に思う事がある」
「奇妙?」
マトイの言葉が終わるまで待っていたのか、フィリップが軽く首を傾げながら翔太郎に声をかける。
勿論、他の面々にもその声は聞こえているので、マトイに集まっていた視線は一斉にフィリップへ向けられ、彼の言葉の先を待つ。
一方で見られている方は、そんな彼らの視線を気に留めた風でもなく軽く自身の唇を撫でると、その目を微かに輝かせ……しかしどこか困惑の混じった声で言葉を続けた。
「ああ。彼らの事を調べている時からだが……どうも本棚の様子がおかしい」
「おかしいって、どんな風に?」
「数や内容が安定していない。まるで、二つの本棚を統合している最中のような印象さえ受ける。だからこそ、僕は君達と災魔の戦いの行方までは閲覧できなかった。これは僕の想像だが……彼らが住んでいる世界と、僕達の住んでいる世界が、融合しかかっているせいで、『地球 の本棚』が荒れているんだろう」
さらりと、当然の事のようにフィリップが放った言葉が、実は「とんでもない事」だと気付いたらしく、ナガレだけが大きく目を見開いてフィリップを見つめ、改めて慄いたように声を震わせて問いを投げる。
「待ってくれ。君の言おうとしている事は……『多重世界論』の事か?」
「多重世界論? ナガレ兄さん、何それ?」
「分りやすく言えば、俺達が住んでいるのとは『違う世界』が無数にあると言う考え方だ。例えば……そうだな、別の世界ではショウが仮面ライダーに変身している世界とか、兄さんが太鼓の叩き手になっているとか……」
「そんな事ある訳ねえだろ」
「だから『もしも』だよ兄さん。そんな『もしも』が実現した世界が、どこかにあるかもしれないって話さ」
「つまり……俺達はタイムスリップしただけじゃなくて、違う世界にまで来ちまったって事?」
「彼の言葉を信じるなら」
「そんな……っ! じゃあ、私達……帰れないかも知れないの……?」
いまひとつ理解していないらしい兄妹達に、出来る限り優しく……しかし未だ自身でも信じ難いのかやはりその声は震えたままで、ナガレは何とか言葉を紡ぎ、頷く。
そんなナガレの言葉に打ちのめされたのか、マツリがやや青くなった顔で口元を押さえ、目を伏せた。
一方で翔太郎にとっての驚きは、多重世界論云々よりも、二つの世界が「融合しかかっている」と言う事実の方だったらしい。
実際、彼は「異なる世界の鳴海荘吉」を目の当たりにした事があるし、別の機会にも「異なる世界」に赴いた事がある。そんな「異なる世界」が融合し合うと言う事は……
「完全に融合しちまったら、この街は……いや、『出来上がった世界』では大混乱が起こるぞ……」
「今の時点で、既にちょっとした混乱が起こっているようだからね」
予想していなかった出来事が、あまりにも一気に起こりすぎてしまった為なのか、マトイ達兄妹はやはり未だ少しぽかんとした表情を浮かべ、困惑したようにこちらを見ている。
だが、困惑しているのはこちらも同じ。何しろ、「一つの世界に二種類の記憶」が混在する事になるのだ。それまでの歴史や常識が通用しないだけでなく、下手をすれば互いに争いあう可能性だって否定できない。
場合によってはゴーゴーファイブのような五色の戦士と、自分達仮面ライダーが敵対し、潰しあう可能性だって充分に考えられる。
……誰かの、歪んだ思想によって。
そんな、再度沈みそうになりかけた空気を引き戻したのは……やはり、マトイだった。
彼は苛立ったようにその顔を顰めると、深い溜息を一つ吐き出して言い放った。
「ジメッとすんな! 違う世界が何だ!? この程度の事、気合で乗り切れ! どこにいようが、どんな立場だろうが、俺達は俺達がやれる事をやるべきだろうか!!」
違う世界に来てしまった事を、「この程度」と言い放ち、そして「気合で乗り切れ」と無茶な一言。だがそれも、何故かマトイが言うと無茶に聞こえないのは、彼の弟妹達が皆、マトイが気合で全てを乗り越えて来たのを目の当たりにしているからなのかもしれない。
確かに、来てしまった物は今更どうしようもない。ならば、マトイの言う通り自分達がやれる事を……災魔の目論見を阻止し、そして救える命を救う事こそ、今彼らのやるべき事だ。
マトイの一喝で再び浮上した彼らを見つめ、フィリップは口の端を軽く吊り上げると、側にいたナガレにそっと囁く。
「君の兄は、随分と無茶な人物のようだ」
「……ああいう兄さんだからこそ、救われている部分もあるんだけどな」
「その気持ちは、何となくだが理解出来る。……迷惑をかけられる事も多いが、それと同じくらい、救われる事も多い。……違うかい?」
「いいや。正しいよ」
「おいナガレ! 何コソコソとくっちゃべってんだ!」
自分の事が話に上がっているのが聞こえたのか、それとも直感で気付いたのかは定かではないが、ナガレをビッシと指差して声を飛ばす。
そんな彼の声にも、やはり長年の付き合いで慣れているせいなのか、弟妹達がその声の大きさに微かにびくつく中、ナガレはひょいと肩を竦めて苦笑を浮かべ……
「何でもないよ兄さん」
「……その顔は『何でもない』って顔じゃねえだろ!」
次兄にはぐらかされ、拗ねたように言う長兄に、どこか呆れたような視線を送り……ふと、ショウは何かを思い出したようにぽんと手を打つと、ずいと翔太郎の前に身を乗り出して言葉を紡いだ。
「なあ、ここ、探偵事務所なんだよな?」
「ああ」
「なら……災魔の居場所を見つけてくれって依頼は、出来んのか?」
真剣な表情で問うたショウに、翔太郎も真剣な表情を返す。彼の真意を探るかのように。
その意図を感じ取ったのだろう。ショウは不敵に笑うと、まっすぐ翔太郎を見つめたまま言葉を続けた。
「マトイ兄ぃじゃないけど、俺らが今やれる事は、災魔を倒す事だろ? それに……ひょっとしたら、災魔を倒せば帰れるかもしれねーし、何より世界の融合だっけ? そう言うのも止められるんじゃねぇの?」
言い切った彼の目に、翔太郎は何を見たのか。半ば睨みあうような形になっている二人の間で、ダイモンがおろおろとその顔を見比べている。
そんな最中。唐突に事務所のドアが開いたかと思うと、そこから照井竜がその姿を覗かせた。
「邪魔するぞ、左」
まさか客がいるとは思っていなかったのだろう。言って身を事務所内に滑り込ませるや、そこにいる「客」らしき人物達に一瞥を送り……
「……出直すか?」
「いや、大丈夫だ」
問うて踵を返そうとする照井を、翔太郎は手で制すと、半歩分だけショウとの距離をとり……
「……その依頼、受けるぜ。俺もこの街を泣かせるような奴を、放って置けないからな」
その言葉を聞いた瞬間、少しだけ張り詰め気味だった空気が緩む。
やはり、見知らぬ街で災魔を探すと言うのは、至難の業だと分っていたのだろう。……マトイならそれすらも気合でどうこうしてしまいそうな気がしなくもないが。
そんな事を思いつつ、翔太郎は一人取り残されている照井へ向き直ると、不思議そうな表情で彼を見つめて口を開く。
「それで照井、どうした?」
「ああ。例の火災の資料の追加だ。起こった場所を地図上に起こした物を持ってきた」
何が何だか分っていない物の、照井はとりあえず、と言わんばかりに来客用テーブルの上に件の地図を大きく広げた。
地図上には火災のあったとされる場所が赤い点で記されており、その点の側には燃える前と燃えた後の写真が並んで置かれている。
「ナイスタイミングだぜ照井。火災の現場に災魔がいたって事は、連中と最近連続して起こっている火災は、何か関係があるのかもしれないからな」
「サイマ? 何だそれは?」
「それは後で説明する。フィリップ、検索を始めてくれ」
「わかった。項目は『次に火事が起きる場所』」
いつもなら奥の「隠し部屋」で行なう作業なのだが、今日はどうやら事務所の中でその作業を開始する気らしい。
翔太郎の声に頷きを返すや、フィリップはその場で軽く手を広げて瞑目した。それは即ち、彼の精神が「地球の本棚」にアクセスした事に他ならない。
それを見届けた翔太郎は、キーワードとなる「火災が起こった場所」を挙げていく。
「廃墟」
――Ruins――
「高層ビル」
――Skyscraper――
「遊園地」
――Amusement park――
「植物園」
――Botanical garden――
翔太郎の声に反応するように、英語に変換された単語がフィリップの精神体の前に夜光塗料のような淡い色を放って現れ、それに見合った「地球の記憶を記した本」を残していく。
だが、フィリップの前には未だ、十を軽く超える数の本が点在している。
「……ここまでは一度検索を終えている。だが、キーワードが足りないせいか、本が減らない」
「なら、一か八かだ。『災魔』」
――Saima――
ふわりと、その単語が浮かんだ……次の瞬間。本棚を照らしていた白い光が、警告を示す赤へ変わり、本棚はフィリップの前で増えては減り、減っては増えるを繰り返し始めた。
この状況を、彼は「荒れる」を表現している。こうなるのは、自分が検索してはいけない物を検索する時、あるいは「情報が『存在する』のに『見つからない』」といった奇妙な矛盾が生じている時などの特殊な条件のみ。
そして今は、「二つの本棚の統合中」と言う事も相まっているせいで、この現象が起こったらしい。
……元々、フィリップ達の住むこの世界に、「災魔」と言う存在はいなかったのだから。
「どうだ、フィリップ?」
「駄目だ翔太郎、本棚が荒れる。やはり、彼らの世界に関する事をキーワードにするのは危険なようだ」
目を閉じたまま、そして傍から見れば棒立ちのまま、フィリップは翔太郎の問いに答えを返す。
元々、「災魔」というキーワード自体が「一か八か」だったのだ。これでヒットするとは思っていなかったが……とは言え、他のキーワードは見つからない。翔太郎の口からは、図らずも低い呻り声が上がってしまう。
そんな中、照井の持ってきた地図を見下ろしていたナガレが、ふと何かに気付いたように目を見開くと、小さな呟きを落とした。
「この並び……まさか、グランドクロス……?」
『へ?』
「君の言うキーワードを、『災魔』から『グランドクロス』に変更したらどうなる?」
亜樹子とダイモン、二人の疑問の声が同時に上がるが、それを軽く流して、ナガレはフィリップに向って直接声をかけた。一方で声をかけられた方はこくりと頷きを返し……
「了解。キーワードを変更。グランドクロス」
――Grand Cross――
災魔と言うキーワードを排除した事で本棚が安定し、そしてグランドクロスと言うキーワードを入れた次の瞬間。フィリップの前に並ぶ本棚がすすすとその身を引き……唯一引かなかった本棚は、恭しさすら感じられる速度で彼の前で動きを止める
そしてその本棚に残ったのは、黒ずんだ表紙で「Waste factory」と書かれた一冊の本。
「当たりだ。『廃工場』という本が残った」
「どういう事だ?」
「先日の住宅街での一件を除いて、火事が起こった場所を地図上に置き換えると、一九九九年のグランドクロスの配置と同じになる。そして最後の一箇所が……ここだ」
翔太郎の問いに答え、フィリップが指を差したのは、今はもう使われていない工場。
皆はその位置を確認すると、互いに頷きあって……そしてその場所へ向って駆け出したのであった。
「じゃあまさか、本当に俺達は『タイムストリップ』とかって奴をしちまったのか!?」
「…………マトイ兄さん、それを言うなら『タイムスリップ』だよ」
「時間が脱いでどうすんだよ。つか何だよそのベタネタ」
バン、と来客用テーブルを叩き、ようやく自分達が「西暦一九九九年」から今……「西暦二〇一〇年」にタイムスリップしたと気付いたらしい額の広い男……マトイが目を大きく見開いて叫ぶ。
……硬貨ではなくカップ麺でそれを納得すると言うのも不可思議な話であるが。
しかしそんな彼の声に、ある意味当然と言うべきか、彼の弟達……背の高い四男のダイモンと、対照的に背の低い三男のショウが冷淡なツッコミを入れ、次男のナガレが生温かい瞳で言い間違いを犯した兄の顔を見ていた。
そんな彼らの「痛い人を見る目」に耐えられなくなったのだろう。マトイは悔しげにギリと奥歯を噛み……
「~~~っ! この際そんな細かい事はどうでも良いんだよ! 問題は、災魔が何を企んでんのかって事だろうが!!」
バン、と勢い良く来客机を掌で叩き、マトイが怒鳴る。今日だけで何度目かのマトイの襲撃を受けている机が、少したわんだように見えたのは亜樹子の気のせいだと信じたい。あの机も、安くはないのだ。
とは言え、確かにマトイの言う事は正論。黒タイツの怪人……風都では見かけた事のない、「災魔」と言うらしい怪人達が何を企んでいるのかと言う点は気にかかる。
気にかかるのだが……
「…………恥を勢いで誤魔化したな」
「問題ない。翔太郎も似たような事をよくやっている」
「おいちょっと待てフィリップ。俺がいつそんな事……」
「結構しょっちゅう」
翔太郎が小さく漏らした言葉に対し、それを聞き止めたらしいフィリップが真顔で返す。
翔太郎本人としては自覚がないのか、抗議の声を上げたのだが、それすらも亜樹子によってバッサリと斬り捨てられ、そのまま翔太郎が吐き出そうとした言葉は、彼の口の中で意味の成さない物となって宙に溶けて消えた。
そんな中、それまで黙りこくっていた末妹のマツリが、妙に沈んだ表情で口を開いた。
「マトイ兄ちゃんの言ってる事も気になるけど……あの災魔達、どこから来たのかなって」
「え? マツリ、それどういう事?」
彼女の言いたい事が理解出来ないのか、きょとん、と目を開いてダイモンが問う。マトイも同じように眉根を寄せて訝しげな表情を浮かべているし、翔太郎と亜樹子もダイモンと同じような顔をしている。
一方でフィリップとショウは表情を変えずに彼女の顔を見つめ、ナガレは彼女の言いたい事を理解したのか、一向に言葉を続ける気配のない妹に代わって言葉を紡いだ。
「……さっき見たインプスが、俺達と同じように『この時代にタイムスリップしてきた』と言うならともかく、最初からこの時代にいる連中だとしたら……って事か?」
「うん……もしもそうなら、私達…………災魔に勝てなかったのかな?」
ナガレの言葉に、苦しげな表情で小さくマツリが続けると、マトイとフィリップを除く面々が微かに顔を顰め、俯いた。
確かに、それは気にかかる部分だろう。時間にしてマトイ達から見れば十年以上も後の時代。そこに災魔の尖兵であるインプスが出没している理由は、いくつか考えられる。
一つは、ナガレの言ったように、「災魔もタイムスリップしてきた場合」。マトイ達がそうやって、この二〇一〇年の風都にやってきたように、災魔もまた何らかの影響でこの時代に飛ばされ、活動している可能性は高い。
一つは、「災魔の生き残りが、活動を再開した場合」。所謂「残存兵力」と言う物だ。何かしらの要因があって、まさに今、活動を再開した……と言う可能性も捨てきれない。
そしてもう一つ、これはあまり考えたくはない可能性だが……「一九九九年から二〇一〇年にかけて、未だゴーゴーファイブと災魔の間に決着が付いていない場合」。仮に敗北していたならば、世界は既に災魔に支配されているであろうから、それはないはず。では、自分達は今も、ずるずると戦い続けているのだろうか?
そんな考えに囚われたのか、滅入りそうになっていく空気。それに苛立ちを覚えたのか、マトイはすっくと立ち上がると、俯きがちな弟妹の前に立ち塞がり……そしてすぅっと息を大きく吸い込んだかと思うと、それを一気に吐き出すように言葉を紡いだ。
「かぁぁぁぁっ! 何湿っぽい顔してるんだお前ら! 良いか? あの連中は俺達と同じで、一九九九年から来たに決まってる!」
「へ? その根拠は?」
「ない!」
「ってないのかよ」
亜樹子の問いに自信満々に切り返すマトイ。そんな彼に傍で聞いていた翔太郎がツッコミを入れるが、それを気にした様子も見せずに彼は言葉を続けた。
「だけどな、俺達レスキューが諦めたら、救える命も救えなくなる! 俺はお前らを、そんな簡単に諦めるような腑抜けた奴に育てた覚えは、これっぽっちもねえんだよ!」
怒声に近い一喝に、俯きかけていた彼らの顔がぱっと上がる。
彼らは、レスキューである事に誇りを持っているらしい。ちょうど翔太郎が、この街の住人である事に誇りを持っているように。
だからこそ、それを思い出させるマトイの一喝が嬉しかったらしく、先程まで浮かんでいた嘆きの色は、四人の顔から既に消えていた。
頑固で面倒臭いだけの人物かと思っていたが……どうやらそれだけではなかったらしい。ハードボイルドからは遠くかけ離れた人物ではあるが、マトイの前向きな姿勢に、翔太郎はひどく共感できた。
「ところで翔太郎。実は僕も、奇妙に思う事がある」
「奇妙?」
マトイの言葉が終わるまで待っていたのか、フィリップが軽く首を傾げながら翔太郎に声をかける。
勿論、他の面々にもその声は聞こえているので、マトイに集まっていた視線は一斉にフィリップへ向けられ、彼の言葉の先を待つ。
一方で見られている方は、そんな彼らの視線を気に留めた風でもなく軽く自身の唇を撫でると、その目を微かに輝かせ……しかしどこか困惑の混じった声で言葉を続けた。
「ああ。彼らの事を調べている時からだが……どうも本棚の様子がおかしい」
「おかしいって、どんな風に?」
「数や内容が安定していない。まるで、二つの本棚を統合している最中のような印象さえ受ける。だからこそ、僕は君達と災魔の戦いの行方までは閲覧できなかった。これは僕の想像だが……彼らが住んでいる世界と、僕達の住んでいる世界が、融合しかかっているせいで、『
さらりと、当然の事のようにフィリップが放った言葉が、実は「とんでもない事」だと気付いたらしく、ナガレだけが大きく目を見開いてフィリップを見つめ、改めて慄いたように声を震わせて問いを投げる。
「待ってくれ。君の言おうとしている事は……『多重世界論』の事か?」
「多重世界論? ナガレ兄さん、何それ?」
「分りやすく言えば、俺達が住んでいるのとは『違う世界』が無数にあると言う考え方だ。例えば……そうだな、別の世界ではショウが仮面ライダーに変身している世界とか、兄さんが太鼓の叩き手になっているとか……」
「そんな事ある訳ねえだろ」
「だから『もしも』だよ兄さん。そんな『もしも』が実現した世界が、どこかにあるかもしれないって話さ」
「つまり……俺達はタイムスリップしただけじゃなくて、違う世界にまで来ちまったって事?」
「彼の言葉を信じるなら」
「そんな……っ! じゃあ、私達……帰れないかも知れないの……?」
いまひとつ理解していないらしい兄妹達に、出来る限り優しく……しかし未だ自身でも信じ難いのかやはりその声は震えたままで、ナガレは何とか言葉を紡ぎ、頷く。
そんなナガレの言葉に打ちのめされたのか、マツリがやや青くなった顔で口元を押さえ、目を伏せた。
一方で翔太郎にとっての驚きは、多重世界論云々よりも、二つの世界が「融合しかかっている」と言う事実の方だったらしい。
実際、彼は「異なる世界の鳴海荘吉」を目の当たりにした事があるし、別の機会にも「異なる世界」に赴いた事がある。そんな「異なる世界」が融合し合うと言う事は……
「完全に融合しちまったら、この街は……いや、『出来上がった世界』では大混乱が起こるぞ……」
「今の時点で、既にちょっとした混乱が起こっているようだからね」
予想していなかった出来事が、あまりにも一気に起こりすぎてしまった為なのか、マトイ達兄妹はやはり未だ少しぽかんとした表情を浮かべ、困惑したようにこちらを見ている。
だが、困惑しているのはこちらも同じ。何しろ、「一つの世界に二種類の記憶」が混在する事になるのだ。それまでの歴史や常識が通用しないだけでなく、下手をすれば互いに争いあう可能性だって否定できない。
場合によってはゴーゴーファイブのような五色の戦士と、自分達仮面ライダーが敵対し、潰しあう可能性だって充分に考えられる。
……誰かの、歪んだ思想によって。
そんな、再度沈みそうになりかけた空気を引き戻したのは……やはり、マトイだった。
彼は苛立ったようにその顔を顰めると、深い溜息を一つ吐き出して言い放った。
「ジメッとすんな! 違う世界が何だ!? この程度の事、気合で乗り切れ! どこにいようが、どんな立場だろうが、俺達は俺達がやれる事をやるべきだろうか!!」
違う世界に来てしまった事を、「この程度」と言い放ち、そして「気合で乗り切れ」と無茶な一言。だがそれも、何故かマトイが言うと無茶に聞こえないのは、彼の弟妹達が皆、マトイが気合で全てを乗り越えて来たのを目の当たりにしているからなのかもしれない。
確かに、来てしまった物は今更どうしようもない。ならば、マトイの言う通り自分達がやれる事を……災魔の目論見を阻止し、そして救える命を救う事こそ、今彼らのやるべき事だ。
マトイの一喝で再び浮上した彼らを見つめ、フィリップは口の端を軽く吊り上げると、側にいたナガレにそっと囁く。
「君の兄は、随分と無茶な人物のようだ」
「……ああいう兄さんだからこそ、救われている部分もあるんだけどな」
「その気持ちは、何となくだが理解出来る。……迷惑をかけられる事も多いが、それと同じくらい、救われる事も多い。……違うかい?」
「いいや。正しいよ」
「おいナガレ! 何コソコソとくっちゃべってんだ!」
自分の事が話に上がっているのが聞こえたのか、それとも直感で気付いたのかは定かではないが、ナガレをビッシと指差して声を飛ばす。
そんな彼の声にも、やはり長年の付き合いで慣れているせいなのか、弟妹達がその声の大きさに微かにびくつく中、ナガレはひょいと肩を竦めて苦笑を浮かべ……
「何でもないよ兄さん」
「……その顔は『何でもない』って顔じゃねえだろ!」
次兄にはぐらかされ、拗ねたように言う長兄に、どこか呆れたような視線を送り……ふと、ショウは何かを思い出したようにぽんと手を打つと、ずいと翔太郎の前に身を乗り出して言葉を紡いだ。
「なあ、ここ、探偵事務所なんだよな?」
「ああ」
「なら……災魔の居場所を見つけてくれって依頼は、出来んのか?」
真剣な表情で問うたショウに、翔太郎も真剣な表情を返す。彼の真意を探るかのように。
その意図を感じ取ったのだろう。ショウは不敵に笑うと、まっすぐ翔太郎を見つめたまま言葉を続けた。
「マトイ兄ぃじゃないけど、俺らが今やれる事は、災魔を倒す事だろ? それに……ひょっとしたら、災魔を倒せば帰れるかもしれねーし、何より世界の融合だっけ? そう言うのも止められるんじゃねぇの?」
言い切った彼の目に、翔太郎は何を見たのか。半ば睨みあうような形になっている二人の間で、ダイモンがおろおろとその顔を見比べている。
そんな最中。唐突に事務所のドアが開いたかと思うと、そこから照井竜がその姿を覗かせた。
「邪魔するぞ、左」
まさか客がいるとは思っていなかったのだろう。言って身を事務所内に滑り込ませるや、そこにいる「客」らしき人物達に一瞥を送り……
「……出直すか?」
「いや、大丈夫だ」
問うて踵を返そうとする照井を、翔太郎は手で制すと、半歩分だけショウとの距離をとり……
「……その依頼、受けるぜ。俺もこの街を泣かせるような奴を、放って置けないからな」
その言葉を聞いた瞬間、少しだけ張り詰め気味だった空気が緩む。
やはり、見知らぬ街で災魔を探すと言うのは、至難の業だと分っていたのだろう。……マトイならそれすらも気合でどうこうしてしまいそうな気がしなくもないが。
そんな事を思いつつ、翔太郎は一人取り残されている照井へ向き直ると、不思議そうな表情で彼を見つめて口を開く。
「それで照井、どうした?」
「ああ。例の火災の資料の追加だ。起こった場所を地図上に起こした物を持ってきた」
何が何だか分っていない物の、照井はとりあえず、と言わんばかりに来客用テーブルの上に件の地図を大きく広げた。
地図上には火災のあったとされる場所が赤い点で記されており、その点の側には燃える前と燃えた後の写真が並んで置かれている。
「ナイスタイミングだぜ照井。火災の現場に災魔がいたって事は、連中と最近連続して起こっている火災は、何か関係があるのかもしれないからな」
「サイマ? 何だそれは?」
「それは後で説明する。フィリップ、検索を始めてくれ」
「わかった。項目は『次に火事が起きる場所』」
いつもなら奥の「隠し部屋」で行なう作業なのだが、今日はどうやら事務所の中でその作業を開始する気らしい。
翔太郎の声に頷きを返すや、フィリップはその場で軽く手を広げて瞑目した。それは即ち、彼の精神が「地球の本棚」にアクセスした事に他ならない。
それを見届けた翔太郎は、キーワードとなる「火災が起こった場所」を挙げていく。
「廃墟」
――Ruins――
「高層ビル」
――Skyscraper――
「遊園地」
――Amusement park――
「植物園」
――Botanical garden――
翔太郎の声に反応するように、英語に変換された単語がフィリップの精神体の前に夜光塗料のような淡い色を放って現れ、それに見合った「地球の記憶を記した本」を残していく。
だが、フィリップの前には未だ、十を軽く超える数の本が点在している。
「……ここまでは一度検索を終えている。だが、キーワードが足りないせいか、本が減らない」
「なら、一か八かだ。『災魔』」
――Saima――
ふわりと、その単語が浮かんだ……次の瞬間。本棚を照らしていた白い光が、警告を示す赤へ変わり、本棚はフィリップの前で増えては減り、減っては増えるを繰り返し始めた。
この状況を、彼は「荒れる」を表現している。こうなるのは、自分が検索してはいけない物を検索する時、あるいは「情報が『存在する』のに『見つからない』」といった奇妙な矛盾が生じている時などの特殊な条件のみ。
そして今は、「二つの本棚の統合中」と言う事も相まっているせいで、この現象が起こったらしい。
……元々、フィリップ達の住むこの世界に、「災魔」と言う存在はいなかったのだから。
「どうだ、フィリップ?」
「駄目だ翔太郎、本棚が荒れる。やはり、彼らの世界に関する事をキーワードにするのは危険なようだ」
目を閉じたまま、そして傍から見れば棒立ちのまま、フィリップは翔太郎の問いに答えを返す。
元々、「災魔」というキーワード自体が「一か八か」だったのだ。これでヒットするとは思っていなかったが……とは言え、他のキーワードは見つからない。翔太郎の口からは、図らずも低い呻り声が上がってしまう。
そんな中、照井の持ってきた地図を見下ろしていたナガレが、ふと何かに気付いたように目を見開くと、小さな呟きを落とした。
「この並び……まさか、グランドクロス……?」
『へ?』
「君の言うキーワードを、『災魔』から『グランドクロス』に変更したらどうなる?」
亜樹子とダイモン、二人の疑問の声が同時に上がるが、それを軽く流して、ナガレはフィリップに向って直接声をかけた。一方で声をかけられた方はこくりと頷きを返し……
「了解。キーワードを変更。グランドクロス」
――Grand Cross――
災魔と言うキーワードを排除した事で本棚が安定し、そしてグランドクロスと言うキーワードを入れた次の瞬間。フィリップの前に並ぶ本棚がすすすとその身を引き……唯一引かなかった本棚は、恭しさすら感じられる速度で彼の前で動きを止める
そしてその本棚に残ったのは、黒ずんだ表紙で「Waste factory」と書かれた一冊の本。
「当たりだ。『廃工場』という本が残った」
「どういう事だ?」
「先日の住宅街での一件を除いて、火事が起こった場所を地図上に置き換えると、一九九九年のグランドクロスの配置と同じになる。そして最後の一箇所が……ここだ」
翔太郎の問いに答え、フィリップが指を差したのは、今はもう使われていない工場。
皆はその位置を確認すると、互いに頷きあって……そしてその場所へ向って駆け出したのであった。
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