☆仮面ライダーW&救急戦隊ゴーゴーファイブ☆
【第41話:Rな兄弟/人の命は】
ウェザードーパント、井坂 深紅郎を倒してから数日。
初夏だというのに蒸し暑さがじわじわとこの風都を襲い始めたその日。それは事務所に来ていた照井 竜の口からもたらされた言葉で幕を開けた。
「マグマの怪物を知っているか?」
「マグマの怪物?」
照井の放った単語をそのまま返し、鳴海 亜樹子は、ん? と首を傾げる。
マグマの怪物。そう言われて思い出すのは、彼女が最初にこの街に来た際に出逢った「怪人」、マグマドーパントの事だ。
思えばその存在に出逢った事で、彼女はこの探偵事務所に留まる決意をしたような物だ。あの一件がなければ、とうの昔にこの事務所を売りに出し、大阪に帰っていた事だろう。
「もしも」の事など、考えても仕方のない事なのだけれど。
「この数日、火事の件数が増加している。それも……どれもが、火の気のない場所からの出火だ」
来客テーブルの上に置かれた薄茶色の封筒拾い上げ、この事務所の「行動派」の所員である左 翔太郎はそれを開ける。中には複数枚の報告書らしき紙と、燃え落ちた建物の写真が入っていた。
今週に入ってからの案件ばかりらしく、報告書の日付は照井の言葉通り、この数日間に集中している。
それに付随して出てきた写真に目を通せば、かなりの高温にさらされたせいなのか、どの建物も外壁のみが焼け落ち、残された鉄筋はまるで黒い墓標のようにその場に聳え立っている。
ただ、報告書に目を通しても、燃えた建物にこれといった共通点は見つからない。大きな商業ビルから、半ば廃墟と化している空き家まで、まさしくピンからキリまで。
「無差別の放火って感じだな」
「それはまだ分らん。だが、火事に巻き込まれた何人かが、『マグマの怪物』を見ていたらしい。目撃者の証言から、こんな似顔絵が上がっているんだが……どうだ?」
翔太郎の言葉に応えつつ、先程の封筒とは別の封筒を取り出したかと思うと、照井はそこから再度数枚の紙を取り出して彼らに見せた。
そこに描かれているのは、かつて見たマグマドーパント……ではなく。もっと丸みを帯びた、岩のような「怪人」の姿だった。
「……おかしい。この絵はマグマの外見とは、全くと言って良い程一致しない。それどころか、ドーパントの特徴がどこにもない」
数枚の絵をパラパラとめくりながら、もう一人の所員、「頭脳派」のフィリップがふむ、と低く唸る。
その目が若干輝いて見えるのは、彼がその「怪人」に興味をそそられたからだろうか。
「ドーパントの特徴って言うと……」
「体のどこかに必ずある球体……核の事だな」
「その通りだ。この怪人、実に興味深い。ゾクゾクするねぇ」
するりと自身の顎を撫でながら、フィリップは翔太郎と照井に声を返す。
声を返すという反応を見せはしているが、実際は既に検索の世界に片足を突っ込んでいるのだろう。その声は完全に熱を帯びており、恐らくその視界には翔太郎達の姿は入っていない。
くらりと眩暈を感じながら、翔太郎は照井に視線を向けなおす。一方で照井もそうなった時のフィリップののめり込みようを知っているせいか、軽く苦笑を浮かべているだけだ。
……この時の彼らは、まだ理解していなかった。
目撃された「怪人」が何者で……そして、この火事が何を目的とした物なのかを。
照井が警察署に戻ってから数時間。フィリップは未だ件の怪人に関する検索をかけているのか、奥に引っ込んだままずっと出てくる気配がない。
しかし、何で検索をかけているのだろうか。マグマ? それとも怪人?
あまりの暇さに、翔太郎がぼんやりとそう思った、その瞬間。
窓の外からけたたましいサイレンが響いてきた。音から察するに消防車だろうか。そのすぐ後には救急車のサイレンも聞こえる。
「また火事か!」
照井から火事の話を聞いた後なだけに、翔太郎の反応は早かった。
窓の外を確認すれば、然程遠くない場所で黒っぽい煙が、細く上がっているのが見える。
これもまた「マグマの怪人」の仕業だとすれば、それを放置する事は出来ない。仮にそうでなかったとしても、確認くらいはしておいた方が良いだろう。
即座に判断すると、彼は壁にかけてある帽子を被り、煙の上がっている方へ己のバイクであるハードボイルダーを飛ばす。
そして燃え盛る家の前に辿り着いた時には、オレンジジャケットを着た五人の男女が、てきぱきとした動作で野次馬を抑え、そして燃える家の中を確認していた。
随分と慣れている様子を見ると、レスキュー隊員だろうか。しかしその割には軽装備だし、そもそも着ているジャケットの紋章は風都のレスキュー隊員のマークではない。風都特有の「風車」ではなく、丸にYの字を二つ重ねたような、特徴的な物。
軽装なのは彼らが非番だったからなのだろうか。だとしても紋章が違うのは気になるところだが……
いや、それよりも今は燃えている家だ。思い直し、翔太郎は燃えている家を見上げ、思わず絶句した。
「こりゃ酷ぇ……」
業と燃え上がる炎は、その家の全てを灰に変えていくかのような勢いで燃え上がり、その周辺をも嘗め回していた。
無意識の内に一歩足を前に出してしまったらしい。前にいた背の高いオレンジジャケットの男に止められてから、その事に気付く。
「下がって! 危ないから!! ……ショウ兄さん、そっちの封鎖お願い!」
「ああ」
兄さんと呼んだという事は、彼らは兄弟なのか。少なくとも、翔太郎の前で両腕を広げて野次馬を整理している、やや甲高い声の青年と、向こう側で同じように野次馬を止めている青年はそうらしい。
一方で残る三人……その内の、やや額が広い青年と冷静そうな切れ長の目をした二人の青年は、燃える炎の奥へ目を凝らしており、中に誰か……逃げ遅れた人物がいないかを声を投げる事で確かめ、紅一点であるもう一人はてきぱきと応急処置用の救急セットの準備をしている。
「おい! 誰かいるか!?」
額の広い方がそう怒鳴ったその瞬間、中から微かに……本当に小さくではあったが、子供の泣き声が翔太郎の耳に届いた。
そしてその声は、呼びかけた方にも聞こえたらしい。
「兄さん!」
「ああ。『252』確認! 俺とナガレで救出に……」
救出に向う。額の広い方が、そう言おうとした時。それまで閉じていた扉が、一瞬だけ大きく凸に歪んだかと思うと、次の瞬間にはガゴン、という派手な音と共に外側に向って、爆ぜるように吹き飛んだ。
実際は中にいた人物が扉を蹴り飛ばしたらしい。そこには煤で顔を汚した無精髭の男が、同じように煤で顔を汚した小さな少女を抱えてそこに立っていた。
「その必要はない。……自力で脱出し、げぇっほげほっ!」
背後から迫る炎から逃れるように、出てきた男はそそくさとその場を離れつつ、額の広い男に向って言葉を返す。途中で噎せたのは、幾分か煙を吸ってしまっていたからなのだろう。片腕で少女を押さえ、そして開いている腕で彼女の口元を覆っている以上、自身の口を覆う術はない。
そんな彼らに駆け寄ると、切れ長の目の青年が、救急セットの準備を完了させたばかりの女性へ振り返って声をかけた。
「『955』二名確保! マツリ、手当て頼む! 俺と兄さんは、まだ中に居ないか確認を続ける!」
「うん! 大丈夫ですか? 痛いところは?」
「俺は問題ない。……お前は?」
「う。……へーき」
女性の質問に男が答え、さらに彼に抱えられていた少女も首を横に振りながら言葉を返す。
翔太郎のいる位置からは遠くてよく見えないのだが、受け答えからして男も少女も大きな怪我はないように思える。あれだけの炎の中で、よくも無傷でいられたものだと感心する程に。
ひょっとすると多少の怪我はあるのかも知れないし、噎せているのでそれなりに煙は吸っているのだろうが、扉を蹴り飛ばし、普通に歩いているのだから大きな問題があるようには見えない。
そんな風に思っている内に、男は家に帰るとでも言ったのだろうか。翔太郎がいる方とは反対側から、どこかへ向おうとして、オレンジジャケットの男に止められていた。
「おいアンタ、どこ行く気だよ?」
「帰るんだよ。ここに居る理由ならさっき言ったろ? どうしても事情聴取が必要だって言うなら、後日きちんと応じるから、今日はもう勘弁してくれ。煤だらけでどうにもな」
それだけ言うと、男はそのままオレンジジャケット達の制止を振り切り、その場からすたすたと……それこそ、「我関せず」と言いたげに去っていってしまった。
……とは言え、彼はこの火災の重要な証人だ。近日中に警察に呼び出され、色々聞かれるのであろうが。
どことなく見覚えがあるような気がする背中を見送って、翔太郎は改めて燃え盛るその家を見上げる。
つい先程まではその住人の笑顔を守る役目を負っていたであろうその建物は、緋色に包まれ、黒い煙を上げながら崩れていく。
――こいつも、例の「マグマの怪人」の仕業か……?――
照井に話を聞いたばかりである為なのか、そんな考えが浮かぶ。だが……そうだと肯定するには、少し疑問が残る。
「マグマの怪人」が引き起こしたとされる火災は、全て鉄筋が黒く「残っていた」。まるで、それを残す事を目的としているように。
しかし今、目の前の火災は違う。一切を残すまいとしているように映る。
少なくとも、現段階で「鉄筋だけが残る」と言う事はありえないだろう。……それすらも、燃え落ちているのだから。
ならば、これは「偶々起こった別種の火災」か。
どちらにせよ火災という大惨事ではあるのだが、ドーパントが……怪人が絡んでいるか否かで、火事の意味合いも大きく異なる。
何にせよ、その辺りは先程の無精髭の男が、後日警察に証言してくれる事だろう。
そこまで思い、事務所へ引き返そうと踵を返した翔太郎の目に。
何と表現すれば良いのだろうか。人混みに紛れて、全身黒タイツに身を包んだ、「変な奴」が二、三人でこちらを伺っていたのだ。
顔の部分はフルフェイスのメットなのか妙に艶やかで、腰には細い赤のベルト、背中には小さな蝙蝠の羽根。一言で表すなら、「怪人」だろうか。
じっと見つめていたのがまずかったのか、こちらに気付いたらしい一人と翔太郎の目が、ばっちり合った。
「チキー?」
……そう言いながら、不思議そうにくいと首を傾げる怪人。だが、正直言ってその仕草は可愛くない。
――目を反らしたら、負ける――
何に負けるのかは凡人には分らないが、ハードボイルドを気取る彼には何か感じる物があったのだろう。直感的に翔太郎はそう察すると、キッと睨むようにその怪人を見つめ返す。
どことなく、ガイアメモリをばら撒いている「組織」にいた、マスカレイドドーパントに雰囲気が似ている気がしたのも、大きな要因かもしれない。
ジリジリとそいつらとの距離を縮めつつ、翔太郎はするりとこっそりとベルトのバックルを腰に当て、小声で感覚を共有しているであろうフィリップに呼びかけた。
「……見えてるか、相棒?」
――ああ。僕も今、「怪人」に関する情報三百二十九万件を全て閲覧した所だ。翔太郎、君は知らないだろう? 怪人ゾナ――
「あーわかったやめろその話は後で聞く。ナゾナゾを出してくる秘密結社の怪人の事は良いから」
今にも暴走しそうなフィリップの言葉を遮りつつ、翔太郎は再び相手との距離を詰めていく。
だが、相手もこちらが寄るのと同じ分だけ引いているらしく、チキチキと小声で言いながらジリジリと野次馬の中からその身を引いていくのが見て取れた。
「フィリップ、あいつらが何者かは分るか?」
――ドーパントではない、全く別のエネルギー生命体としか言いようがない。先程閲覧した「怪人」の中にも、彼らのような存在はなかった
「って事は、誰かの迷惑なコスプレか、あるいは……」
――全くの新種か。どちらにせよ、興味深い――
フィリップの声に、真剣な物が混じり……そして気付く。いつの間にか、人気のない場所に誘き出されていたらしい事に。
ぐるりと辺りを見回すが、翔太郎の周囲を取り囲むようにして怪人達が並んでいる。皆一様に中腰の姿勢をとり、その手にはナイフのような物が握られている。
「おいおい。コスプレにしちゃあ、物騒だな、あんたら」
「チキチキ!」
「チキー!!」
「って問答無用かよ!」
ひょいと肩を竦め、様子見のつもりで言ったにも関わらず、怪人達はチキチキと奇妙な声を発しながら、それぞれに翔太郎めがけて持っていたナイフを振り下ろした。
それをかわし、翔太郎は逆に相手の腹に蹴りや拳を叩きこむ。だが、どれ程殴ろうが蹴ろうが、相手の数が減る様子はない。
やはり、生身で与えられるダメージなど微々たる物と言う事だろうか。
「やれやれ。こいつらがさっきの火事に関係してるのかは分らないが……この街を泣かせる奴は、俺が許さねえぜ」
――「俺が」じゃなくて、「俺達が」……だろう?――
「っと、そうだったな」
フィリップの不敵な声に、翔太郎も軽く笑って答えると、相手のナイフをかわして大きく距離を取る。
そしてやおら、胸ポケットの中にしまっていた限りなく黒に近い紫をしたガイアメモリを取り出し、右手に持つとそれを相手に見せ付けるようにして前に突き出した。
メモリに書かれている文字は「J」。この街に存在する、無二の切り札。
そして一方で事務所にいたフィリップも、翔太郎とは左右対称になる形で、左手に緑色のメモリを持って前に突き出す。
こちらのメモリに書かれているのは「C」。街を吹き往く、絶対の風。
そしてフィリップが、そのスイッチを押そうとした刹那。
「そこまでだ、災魔!!」
「チキ!?」
朗々とした声が響いたかと思うと、翔太郎の視界をオレンジのジャケットが掠めた。同時にそれまで彼を囲んでいた黒い怪人達は、現れたオレンジ達に蹴散らされてその場で派手な尻餅をついた。
呆然とその様子を見やる翔太郎の前では、オレンジ……先程の火災現場にいた五人の男女が、慣れたように黒い怪人を叩きのめしている。
――翔太郎、彼らは一体?――
「さっきのレスキュー隊員!? 何であいつらと戦ってるんだ!?」
フィリップの放った、ある意味当然の問いかけに、翔太郎もはっとしたように声を上げる。
レスキュー隊員とは、怪人と戦うのを生業としていただろうか。否、そんなはずはない。ないはずなのだが……目の前の黒い怪人を「サイマ」と呼び、今なお慣れた様子で戦う姿に違和感を覚えてならない。
……もっとも、街の探偵である翔太郎が言えた義理ではないのだろうが。
「災魔が何を企んでるかは知らねえが、いると分ってて見過ごせるか!」
翔太郎の問いに答える気はないらしい。額の広い男がそう言ったかと思うと、彼らはまるで示し合わせたように、自身の腕を交差させ、それを真っ直ぐ前に突き出した。
そして……
『着装!』
これまた示し合わせたように五人が同時にそう宣言する。その直後。彼らの姿が、変わった。
デザインは御来光の様な放射状の模様で統一さており、各々白を基調に、赤、青、緑、黄、そして桃色の五色のスーツに身を包んでいる。
「着装」と彼らは言っていたが、どちらかと言えば「変身」だ。少なくともこの風都に、あんなカラフルなレスキュースーツが配備されているのは見た事がない。まして一瞬で装備するなど、通常は出来ない事だ。
「な、何だ!?」
――変身した? では、彼らも、「仮面ライダー」?――
翔太郎を通してみているフィリップもまた、心底興味深そうな声を上げ彼らの様子をじっと見つめる。
だが、彼らの姿は「仮面ライダー」と呼ぶにはあまりにも違和感が大きい。
混乱しかけている翔太郎など意に介していないのか。彼ら五人は黒い怪人と対峙すると、赤、青、緑、黄、桃の順に言葉を放った。
「人の命は地球の未来!」
「燃えるレスキュー魂!!」
「救急戦隊」
「ゴー」
「ゴー」
『ファイブ!』
「出場!」
ぶつ切りではあるが、恐らくは「救急戦隊ゴーゴーファイブ」と言うのが彼らのチーム名なのだろう。
ビシリ、とポーズを決めたかと思うと、散開し、腰に下げていた銃のような武器や、どこから取り出したのか不明な槍らしき武器などでその黒い怪人を蹴散らしていく。
――救急……「戦隊」?――
「ゴーゴーファイブ……だと?」
そんな彼らの戦いを見つめながら。
フィリップと翔太郎は、ただ呆然とその黒い怪人が蹴散らされていくのを見つめるだけであった。
ウェザードーパント、井坂 深紅郎を倒してから数日。
初夏だというのに蒸し暑さがじわじわとこの風都を襲い始めたその日。それは事務所に来ていた照井 竜の口からもたらされた言葉で幕を開けた。
「マグマの怪物を知っているか?」
「マグマの怪物?」
照井の放った単語をそのまま返し、鳴海 亜樹子は、ん? と首を傾げる。
マグマの怪物。そう言われて思い出すのは、彼女が最初にこの街に来た際に出逢った「怪人」、マグマドーパントの事だ。
思えばその存在に出逢った事で、彼女はこの探偵事務所に留まる決意をしたような物だ。あの一件がなければ、とうの昔にこの事務所を売りに出し、大阪に帰っていた事だろう。
「もしも」の事など、考えても仕方のない事なのだけれど。
「この数日、火事の件数が増加している。それも……どれもが、火の気のない場所からの出火だ」
来客テーブルの上に置かれた薄茶色の封筒拾い上げ、この事務所の「行動派」の所員である左 翔太郎はそれを開ける。中には複数枚の報告書らしき紙と、燃え落ちた建物の写真が入っていた。
今週に入ってからの案件ばかりらしく、報告書の日付は照井の言葉通り、この数日間に集中している。
それに付随して出てきた写真に目を通せば、かなりの高温にさらされたせいなのか、どの建物も外壁のみが焼け落ち、残された鉄筋はまるで黒い墓標のようにその場に聳え立っている。
ただ、報告書に目を通しても、燃えた建物にこれといった共通点は見つからない。大きな商業ビルから、半ば廃墟と化している空き家まで、まさしくピンからキリまで。
「無差別の放火って感じだな」
「それはまだ分らん。だが、火事に巻き込まれた何人かが、『マグマの怪物』を見ていたらしい。目撃者の証言から、こんな似顔絵が上がっているんだが……どうだ?」
翔太郎の言葉に応えつつ、先程の封筒とは別の封筒を取り出したかと思うと、照井はそこから再度数枚の紙を取り出して彼らに見せた。
そこに描かれているのは、かつて見たマグマドーパント……ではなく。もっと丸みを帯びた、岩のような「怪人」の姿だった。
「……おかしい。この絵はマグマの外見とは、全くと言って良い程一致しない。それどころか、ドーパントの特徴がどこにもない」
数枚の絵をパラパラとめくりながら、もう一人の所員、「頭脳派」のフィリップがふむ、と低く唸る。
その目が若干輝いて見えるのは、彼がその「怪人」に興味をそそられたからだろうか。
「ドーパントの特徴って言うと……」
「体のどこかに必ずある球体……核の事だな」
「その通りだ。この怪人、実に興味深い。ゾクゾクするねぇ」
するりと自身の顎を撫でながら、フィリップは翔太郎と照井に声を返す。
声を返すという反応を見せはしているが、実際は既に検索の世界に片足を突っ込んでいるのだろう。その声は完全に熱を帯びており、恐らくその視界には翔太郎達の姿は入っていない。
くらりと眩暈を感じながら、翔太郎は照井に視線を向けなおす。一方で照井もそうなった時のフィリップののめり込みようを知っているせいか、軽く苦笑を浮かべているだけだ。
……この時の彼らは、まだ理解していなかった。
目撃された「怪人」が何者で……そして、この火事が何を目的とした物なのかを。
照井が警察署に戻ってから数時間。フィリップは未だ件の怪人に関する検索をかけているのか、奥に引っ込んだままずっと出てくる気配がない。
しかし、何で検索をかけているのだろうか。マグマ? それとも怪人?
あまりの暇さに、翔太郎がぼんやりとそう思った、その瞬間。
窓の外からけたたましいサイレンが響いてきた。音から察するに消防車だろうか。そのすぐ後には救急車のサイレンも聞こえる。
「また火事か!」
照井から火事の話を聞いた後なだけに、翔太郎の反応は早かった。
窓の外を確認すれば、然程遠くない場所で黒っぽい煙が、細く上がっているのが見える。
これもまた「マグマの怪人」の仕業だとすれば、それを放置する事は出来ない。仮にそうでなかったとしても、確認くらいはしておいた方が良いだろう。
即座に判断すると、彼は壁にかけてある帽子を被り、煙の上がっている方へ己のバイクであるハードボイルダーを飛ばす。
そして燃え盛る家の前に辿り着いた時には、オレンジジャケットを着た五人の男女が、てきぱきとした動作で野次馬を抑え、そして燃える家の中を確認していた。
随分と慣れている様子を見ると、レスキュー隊員だろうか。しかしその割には軽装備だし、そもそも着ているジャケットの紋章は風都のレスキュー隊員のマークではない。風都特有の「風車」ではなく、丸にYの字を二つ重ねたような、特徴的な物。
軽装なのは彼らが非番だったからなのだろうか。だとしても紋章が違うのは気になるところだが……
いや、それよりも今は燃えている家だ。思い直し、翔太郎は燃えている家を見上げ、思わず絶句した。
「こりゃ酷ぇ……」
業と燃え上がる炎は、その家の全てを灰に変えていくかのような勢いで燃え上がり、その周辺をも嘗め回していた。
無意識の内に一歩足を前に出してしまったらしい。前にいた背の高いオレンジジャケットの男に止められてから、その事に気付く。
「下がって! 危ないから!! ……ショウ兄さん、そっちの封鎖お願い!」
「ああ」
兄さんと呼んだという事は、彼らは兄弟なのか。少なくとも、翔太郎の前で両腕を広げて野次馬を整理している、やや甲高い声の青年と、向こう側で同じように野次馬を止めている青年はそうらしい。
一方で残る三人……その内の、やや額が広い青年と冷静そうな切れ長の目をした二人の青年は、燃える炎の奥へ目を凝らしており、中に誰か……逃げ遅れた人物がいないかを声を投げる事で確かめ、紅一点であるもう一人はてきぱきと応急処置用の救急セットの準備をしている。
「おい! 誰かいるか!?」
額の広い方がそう怒鳴ったその瞬間、中から微かに……本当に小さくではあったが、子供の泣き声が翔太郎の耳に届いた。
そしてその声は、呼びかけた方にも聞こえたらしい。
「兄さん!」
「ああ。『252』確認! 俺とナガレで救出に……」
救出に向う。額の広い方が、そう言おうとした時。それまで閉じていた扉が、一瞬だけ大きく凸に歪んだかと思うと、次の瞬間にはガゴン、という派手な音と共に外側に向って、爆ぜるように吹き飛んだ。
実際は中にいた人物が扉を蹴り飛ばしたらしい。そこには煤で顔を汚した無精髭の男が、同じように煤で顔を汚した小さな少女を抱えてそこに立っていた。
「その必要はない。……自力で脱出し、げぇっほげほっ!」
背後から迫る炎から逃れるように、出てきた男はそそくさとその場を離れつつ、額の広い男に向って言葉を返す。途中で噎せたのは、幾分か煙を吸ってしまっていたからなのだろう。片腕で少女を押さえ、そして開いている腕で彼女の口元を覆っている以上、自身の口を覆う術はない。
そんな彼らに駆け寄ると、切れ長の目の青年が、救急セットの準備を完了させたばかりの女性へ振り返って声をかけた。
「『955』二名確保! マツリ、手当て頼む! 俺と兄さんは、まだ中に居ないか確認を続ける!」
「うん! 大丈夫ですか? 痛いところは?」
「俺は問題ない。……お前は?」
「う。……へーき」
女性の質問に男が答え、さらに彼に抱えられていた少女も首を横に振りながら言葉を返す。
翔太郎のいる位置からは遠くてよく見えないのだが、受け答えからして男も少女も大きな怪我はないように思える。あれだけの炎の中で、よくも無傷でいられたものだと感心する程に。
ひょっとすると多少の怪我はあるのかも知れないし、噎せているのでそれなりに煙は吸っているのだろうが、扉を蹴り飛ばし、普通に歩いているのだから大きな問題があるようには見えない。
そんな風に思っている内に、男は家に帰るとでも言ったのだろうか。翔太郎がいる方とは反対側から、どこかへ向おうとして、オレンジジャケットの男に止められていた。
「おいアンタ、どこ行く気だよ?」
「帰るんだよ。ここに居る理由ならさっき言ったろ? どうしても事情聴取が必要だって言うなら、後日きちんと応じるから、今日はもう勘弁してくれ。煤だらけでどうにもな」
それだけ言うと、男はそのままオレンジジャケット達の制止を振り切り、その場からすたすたと……それこそ、「我関せず」と言いたげに去っていってしまった。
……とは言え、彼はこの火災の重要な証人だ。近日中に警察に呼び出され、色々聞かれるのであろうが。
どことなく見覚えがあるような気がする背中を見送って、翔太郎は改めて燃え盛るその家を見上げる。
つい先程まではその住人の笑顔を守る役目を負っていたであろうその建物は、緋色に包まれ、黒い煙を上げながら崩れていく。
――こいつも、例の「マグマの怪人」の仕業か……?――
照井に話を聞いたばかりである為なのか、そんな考えが浮かぶ。だが……そうだと肯定するには、少し疑問が残る。
「マグマの怪人」が引き起こしたとされる火災は、全て鉄筋が黒く「残っていた」。まるで、それを残す事を目的としているように。
しかし今、目の前の火災は違う。一切を残すまいとしているように映る。
少なくとも、現段階で「鉄筋だけが残る」と言う事はありえないだろう。……それすらも、燃え落ちているのだから。
ならば、これは「偶々起こった別種の火災」か。
どちらにせよ火災という大惨事ではあるのだが、ドーパントが……怪人が絡んでいるか否かで、火事の意味合いも大きく異なる。
何にせよ、その辺りは先程の無精髭の男が、後日警察に証言してくれる事だろう。
そこまで思い、事務所へ引き返そうと踵を返した翔太郎の目に。
何と表現すれば良いのだろうか。人混みに紛れて、全身黒タイツに身を包んだ、「変な奴」が二、三人でこちらを伺っていたのだ。
顔の部分はフルフェイスのメットなのか妙に艶やかで、腰には細い赤のベルト、背中には小さな蝙蝠の羽根。一言で表すなら、「怪人」だろうか。
じっと見つめていたのがまずかったのか、こちらに気付いたらしい一人と翔太郎の目が、ばっちり合った。
「チキー?」
……そう言いながら、不思議そうにくいと首を傾げる怪人。だが、正直言ってその仕草は可愛くない。
――目を反らしたら、負ける――
何に負けるのかは凡人には分らないが、ハードボイルドを気取る彼には何か感じる物があったのだろう。直感的に翔太郎はそう察すると、キッと睨むようにその怪人を見つめ返す。
どことなく、ガイアメモリをばら撒いている「組織」にいた、マスカレイドドーパントに雰囲気が似ている気がしたのも、大きな要因かもしれない。
ジリジリとそいつらとの距離を縮めつつ、翔太郎はするりとこっそりとベルトのバックルを腰に当て、小声で感覚を共有しているであろうフィリップに呼びかけた。
「……見えてるか、相棒?」
――ああ。僕も今、「怪人」に関する情報三百二十九万件を全て閲覧した所だ。翔太郎、君は知らないだろう? 怪人ゾナ――
「あーわかったやめろその話は後で聞く。ナゾナゾを出してくる秘密結社の怪人の事は良いから」
今にも暴走しそうなフィリップの言葉を遮りつつ、翔太郎は再び相手との距離を詰めていく。
だが、相手もこちらが寄るのと同じ分だけ引いているらしく、チキチキと小声で言いながらジリジリと野次馬の中からその身を引いていくのが見て取れた。
「フィリップ、あいつらが何者かは分るか?」
――ドーパントではない、全く別のエネルギー生命体としか言いようがない。先程閲覧した「怪人」の中にも、彼らのような存在はなかった
「って事は、誰かの迷惑なコスプレか、あるいは……」
――全くの新種か。どちらにせよ、興味深い――
フィリップの声に、真剣な物が混じり……そして気付く。いつの間にか、人気のない場所に誘き出されていたらしい事に。
ぐるりと辺りを見回すが、翔太郎の周囲を取り囲むようにして怪人達が並んでいる。皆一様に中腰の姿勢をとり、その手にはナイフのような物が握られている。
「おいおい。コスプレにしちゃあ、物騒だな、あんたら」
「チキチキ!」
「チキー!!」
「って問答無用かよ!」
ひょいと肩を竦め、様子見のつもりで言ったにも関わらず、怪人達はチキチキと奇妙な声を発しながら、それぞれに翔太郎めがけて持っていたナイフを振り下ろした。
それをかわし、翔太郎は逆に相手の腹に蹴りや拳を叩きこむ。だが、どれ程殴ろうが蹴ろうが、相手の数が減る様子はない。
やはり、生身で与えられるダメージなど微々たる物と言う事だろうか。
「やれやれ。こいつらがさっきの火事に関係してるのかは分らないが……この街を泣かせる奴は、俺が許さねえぜ」
――「俺が」じゃなくて、「俺達が」……だろう?――
「っと、そうだったな」
フィリップの不敵な声に、翔太郎も軽く笑って答えると、相手のナイフをかわして大きく距離を取る。
そしてやおら、胸ポケットの中にしまっていた限りなく黒に近い紫をしたガイアメモリを取り出し、右手に持つとそれを相手に見せ付けるようにして前に突き出した。
メモリに書かれている文字は「J」。この街に存在する、無二の切り札。
そして一方で事務所にいたフィリップも、翔太郎とは左右対称になる形で、左手に緑色のメモリを持って前に突き出す。
こちらのメモリに書かれているのは「C」。街を吹き往く、絶対の風。
そしてフィリップが、そのスイッチを押そうとした刹那。
「そこまでだ、災魔!!」
「チキ!?」
朗々とした声が響いたかと思うと、翔太郎の視界をオレンジのジャケットが掠めた。同時にそれまで彼を囲んでいた黒い怪人達は、現れたオレンジ達に蹴散らされてその場で派手な尻餅をついた。
呆然とその様子を見やる翔太郎の前では、オレンジ……先程の火災現場にいた五人の男女が、慣れたように黒い怪人を叩きのめしている。
――翔太郎、彼らは一体?――
「さっきのレスキュー隊員!? 何であいつらと戦ってるんだ!?」
フィリップの放った、ある意味当然の問いかけに、翔太郎もはっとしたように声を上げる。
レスキュー隊員とは、怪人と戦うのを生業としていただろうか。否、そんなはずはない。ないはずなのだが……目の前の黒い怪人を「サイマ」と呼び、今なお慣れた様子で戦う姿に違和感を覚えてならない。
……もっとも、街の探偵である翔太郎が言えた義理ではないのだろうが。
「災魔が何を企んでるかは知らねえが、いると分ってて見過ごせるか!」
翔太郎の問いに答える気はないらしい。額の広い男がそう言ったかと思うと、彼らはまるで示し合わせたように、自身の腕を交差させ、それを真っ直ぐ前に突き出した。
そして……
『着装!』
これまた示し合わせたように五人が同時にそう宣言する。その直後。彼らの姿が、変わった。
デザインは御来光の様な放射状の模様で統一さており、各々白を基調に、赤、青、緑、黄、そして桃色の五色のスーツに身を包んでいる。
「着装」と彼らは言っていたが、どちらかと言えば「変身」だ。少なくともこの風都に、あんなカラフルなレスキュースーツが配備されているのは見た事がない。まして一瞬で装備するなど、通常は出来ない事だ。
「な、何だ!?」
――変身した? では、彼らも、「仮面ライダー」?――
翔太郎を通してみているフィリップもまた、心底興味深そうな声を上げ彼らの様子をじっと見つめる。
だが、彼らの姿は「仮面ライダー」と呼ぶにはあまりにも違和感が大きい。
混乱しかけている翔太郎など意に介していないのか。彼ら五人は黒い怪人と対峙すると、赤、青、緑、黄、桃の順に言葉を放った。
「人の命は地球の未来!」
「燃えるレスキュー魂!!」
「救急戦隊」
「ゴー」
「ゴー」
『ファイブ!』
「出場!」
ぶつ切りではあるが、恐らくは「救急戦隊ゴーゴーファイブ」と言うのが彼らのチーム名なのだろう。
ビシリ、とポーズを決めたかと思うと、散開し、腰に下げていた銃のような武器や、どこから取り出したのか不明な槍らしき武器などでその黒い怪人を蹴散らしていく。
――救急……「戦隊」?――
「ゴーゴーファイブ……だと?」
そんな彼らの戦いを見つめながら。
フィリップと翔太郎は、ただ呆然とその黒い怪人が蹴散らされていくのを見つめるだけであった。
第42話:風の都 →