☆未来戦隊タイムレンジャー&仮面ライダー電王☆

【第40話:TIME、タイム、時間!】

 ヘルユーロの望み。それは弟達の解凍でも、この世の地位でも金でもなかった。
 血の繋がりなど無意味。地位などどうでも良い。金は程々にあれば生きていける。
 彼の望み。それは「人を自由に殺せる生活」であった。人を殺せさえすれば、後は何もいらない。それも、ただ殺すのではない。見た目に「殺された」とわからない程綺麗な外見を持たせて殺す事が、彼の「趣味」であった。
 元々、人身売買や臓器売買は、彼の「趣味」の副産物にすぎない。殺し甲斐のない小さな子供は奴隷として適当に売り捌き、「趣味」の過程で生まれた死体は処分を兼ねて臓器を抜き取り、欲する連中に売りつける。余った皮も、この星に密入国を試みる「非変幻型異星人」が買ってくれる。
 彼の愚弟達は「売る事」とそれに伴う「利益」……つまりは「金」や「地位」に興味を抱いていたらしいが、ヘルユーロは違う。純粋に「殺す事」に興味と快感を抱いている、典型的な快楽殺人者だ。
 ……美しい外見を保ったまま殺し、そしてその美しさに傷一つ付けず解体する。それが今の彼の目標だった。
 そしてその目標は……ラクーンドッグイマジンと言う「助手」を手に入れた事で、実現に近付いていると確信した。彼の「綺麗に皮を剥ぐ技術」は、「芸術」と呼べるものだと思う。己の頼んだ、「傷付けずに死体から皮を剥ぐ」と言う作業を、きちんとこなしてくれていた。
 まだ圧縮冷凍の後遺症なのか、人を殺す際の勘が取り戻しきれず、死体に傷を付けてしまうが……それが解消されるのも時間の問題。次でおそらく、目標は達成される。
 だが、それを自分だけで堪能しても意味がない。殺した段階で「傷がない」事を証明し、なおかつその後の解体でも傷が付かなかった事を証明してくれる証人が必要になる。
 今までは彼の弟達がその証人だった。だが、彼らはまだ解凍されていない。ラクーンドッグは「共同作業者」であり、証人とは言えないだろう。
 ならば、誰を証人にするか。それを悩んでいたその時……「彼ら」が現れた。
「俺、参上!」
 ポーズを決め、一見すると桃のような形の仮面をつけた戦士の声。そしてその後ろには、忌々しくも待ち侘びた証人に相応しい者達。
――ああ、何と言う幸運――
 心の内ではほくそ笑みながらも、ヘルユーロは訝るような声を作る。
 彼らに、己の望みを悟られてはならない。そして……その結果も。
「なんDETH?」
「げっ、電王!?」
 ラクーンドッグはあの仮面の戦士を知っているのだろう。心の底から嫌そうな声を上げ、足元に散らばる「練習用」の皮を蹴り飛ばす。
 それを見たタイムレンジャーは、ぎょっと目を見開き……しかし即座にヘルユーロへと怒りの篭った視線を送り、即座に着ていた上着を脱ぎ捨てたのであった。

 竜也達が脱ぎ捨てた服の下からには、灰色を基調とした全身タイツめいた「スーツ」があった。それぞれにはパーソナルカラーで幾何学模様のラインが描かれている。
 クロノスーツの下に着る、インナースーツだ。そして彼らがこの格好を晒したと言う事は……
『クロノチェンジャー!』
 五人同時に声を上げ、そして手首につけていたクロノチェンジャーのボタンに触れる。その瞬間、彼らの周囲にストレージフィールドと呼ばれる時空間が形成され、その体にクロノスーツを纏わせていく。
 変身完了まで、コンマ数秒。瞬きを終えた頃には、五色の戦士がヘルユーロ達に背を向ける形で並び立っていた。
「タイムレッド!」
「ピンク!」
「ブルー!」
「イエロー!」
「グリーン!」
『タイムレンジャー!』
 くるりと振り返り、それぞれが名乗った直後。タイムレッド……竜也がどこからか取り出した逆三角形をした金属のエンブレムの様な物を見せ付け、宣言する。
「ヘルユーロ! 時間保護法違反により、逮捕する!」
「逮捕? 吾を? あなた達に出来るんDETHかねぇ?」
「そうそう、さっきと同じ事になるやろ」
 フ、と鼻で笑うヘルユーロの声に乗るように、ラクーンドッグもくつくつと喉の奥で笑って言葉を返す。
 だが、そんな彼らの言葉に怯んだ様子はない。それどころか、タイムレンジャーよりも先に変身していたモモタロスが、へっと楽しげに笑ったのだ。
「おいおい、俺達を忘れて貰っちゃぁ困るぜ? 何しろこっちは、最初から徹底的にクライマックスなんだから……なぁっ!」
 言うが早いか、モモタロスはヘルユーロとラクーンドッグの間に割り入るようにして突進していく。
 それに倣うように、竜也達もヘルユーロへ向って攻撃を開始する。だが、その攻撃はヘルユーロが持っていたカード爆弾やゼニット達に防がれ、本来の相手までは届かない。
「ヘルユーロの相手は私達がするわ。あなた達はイマジンの相手をお願い」
「へっ。言われなくてもやってやる……うおわっ!?」
 ユウリの声にモモタロスが返した瞬間。唐突にラクーンドッグの足元に散らばっていた「皮」が立ち上がり、彼らの進路を塞いだ。
 月明かりに照らされたそれは、正体を知らなければ肌色の布きれに見えただろう。だが、正体を知っている者からすれば、へろへろとうごめく皮の群れは完全にホラーだ。
「う、うわぁっ! 何なんだよ、これ!?」
「あのイマジンの能力の一つだ」
「奴の厄介な部分って訳」
 蠢く皮に押さえつけられ、対応に遅れたドモンの声に、侑斗と幸太郎がそれぞれの腰にベルトを巻きつけながら言葉を返す。
 侑斗達が調べた結果、ラクーンドッグには、大きく三つの能力があるらしい。一つは背から出せる炎、一つはやたらと硬い体、そして最後の一つが……「死者の皮を操る能力」。
 死者その物を操る事は出来ないが、皮だけなら軽いし、多少無茶な動きもさせられる。生きている者よりも、よほど使い勝手の良い手駒と言う事なのだろう。
「これがホンマの、狸の『皮算用』やで!」
「ええっ!? 『取らぬ狸の皮算用』って、狸の毛皮の事じゃなかったんですか!?」
「イマジンの言う事、簡単に信用しちゃダメだよ、ボクちゃん」
 へろへろとした皮を操り、したり顔をして言うラクーンドッグに、驚いたように返すシオン。そしてそんな彼の反応に、苦笑気味にツッコミを入れるウラタロス。
 勿論、その会話の最中でも彼らは己の武器……ウラタロスの杖、キンタロスの大斧、リュウタロスの銃を振るい、「皮」の数を減らそうとしている。テディとデネブも、素手で皮を押さえ込み、その場で綺麗に折り畳んでいる。
 だが、皮だけであるせいだろうか。物理的な攻撃を食らわせても、全てがへろへろと流され思わぬ方向から気色悪くも手痛い反撃を食らう。畳まれた皮も、すぐにへろりと起き上がり、再度攻撃に加わってくる。
「くそっ。これじゃあいつらに近付けない!」
「そいつはイマジンを倒せば何とかなる」
「俺と侑斗おじさんで食い止めるから、祖父ちゃん達はイマジンをお願い」
「おじさ……おい待て、俺はまだ……」
「祖父ちゃんは祖父ちゃんだし、おじさんはおじさんだろ? 今更他に呼びようがない」
「……下らない事言っている暇があるなら手伝ってくれないか?」
 言い争いに発展しそうな侑斗達に、アヤセの冷静な声がかかる。それに反応して、侑斗は少し不貞腐れたような表情で、そして幸太郎の方は少し困った様な表情で、それぞれ変身に必要な物を取り出した。
 侑斗が持つのは一枚のカード。黒地に緑と黄色の線が描かれているそれを、彼はベルトに差し込んだ。
 瞬間、良太郎が変身したのと同じような黒いスーツが彼の身を覆い、直後には緑色の牛のような形の仮面がそのおもてを覆った。
「最初に言っておく。俺はかーなーり、強い!」
 言いながら、襲ってきた皮を持っていたゼロガッシャーサーベルモードで斬り裂く。殴る、蹴る、撃つなどは受け流されるようだが、斬り裂く事に関しては角度さえ合えば綺麗に裂けるらしい。
 ……その代わり、裂けた皮もうぞうぞと蠢いて気色悪さに拍車がかかるが。
 そしてその脇では、幸太郎がパスをベルトにかざしていた。
 軽快な音楽が流れると同時に、彼の体を濃い青の鎧が覆う。全体的に尖った印象を受けるのは、仮面の目に当たる部分が鋭く尖っているからだろう。
「テディ!」
 パチパチと二回指を鳴らし、差し出すように手をかざして彼の相棒の名を呼ぶと、それまでデネブの横で皮を畳んでいたテディが、剣となって幸太郎の手に収まり、襲い来る皮を払い除ける。
 先程の言葉通り、皮の動きを食い止めるつもりらしい。右手にテディ、左手にデンガッシャーの二刀を携え、良太郎達の方から離すように動いている。
 だが、それでも皮の数が圧倒的に多く、ラクーンドッグとヘルユーロに近付く事は難しい。時折紛れるようにして襲ってくるゼニットも、対処に困る要因の一つだ。
 「ヘルユーロはヘルズゲートの囚人」と言う事を知っているのだろう。タイムレンジャー達からは、一刻も早く逮捕せねばと言う緊張感のような物を感じられる。
 一方でラクーンドッグに向うモモタロス達からも、契約を遂行させる訳にはいかないという焦りを感じられた。
「くそっ! あのヤローまで辿り着けねぇ……っ!」
「何か、方法はないのか!?」
 いつの間にか背中合わせになるような形になっていたモモタロスと竜也が、悔しげに声を上げる。
 侑斗や幸太郎がいるおかげで、ある程度楽にはなったが……やはり蠢く皮が邪魔をしてなかなか前に進めない。
――あいつ、一体何人を殺して「皮」にしたんだ――
 そんな竜也の「声」が、モモタロスの中に響く。
 世界の融合とやらの影響なのか、この時代……否、この世界に来てからと言う物、モモタロスは良太郎と竜也、二人の人間と「繋がってしまった」らしい。
 そしてそれは、自分だけではない。アヤセとウラタロス、ドモンとキンタロス、そしてシオンとリュウタロスも同じ事が言える。ひょっとするとこの場にいないジークや、今はまだ大丈夫そうなデネブも、同じ事が起こっている可能性は高い。
 この、ある種「二重契約」のような状況は、何を意味するのか。
 それを一瞬だけ考えるのだが……己が考えた所で無駄だと悟っているのか、はたまた野生の勘で何か危険な物を感じ取ったのか、モモタロスは軽く頭を振ってその考えを追い出すと、眼前に迫ったゼニットを斬り伏せながら、モモタロスは竜也に声をかけた。
「おい、竜田揚げとか言ったな」
「竜田揚げって……え、それ俺の事!? いやいや、竜也だよ、浅見竜也。そんな美味しそうなあだ名付けられたの、初めてだ」
 驚いたような声で上がった反論を聞き流し、モモタロスは迫る相手を切り伏せつつも、再度竜也に向って言葉を続ける。
「何かねぇのかよ? こう……一発ドカーンとデカい攻撃できる武器!」
「そんなの、出来るならとっくにやってるって」
「この間のデカいバズーカみてーなのは!?」
「ボルテックバズーカの事? 無理だって、ボルユニットを合体させるにしたって、ユウリ達との距離が開きすぎてる。……そう言うそっちこそ、何かないの!?」
「あったらこんな事言うか!」
 皮とゼニットを斬り捨てながら、竜也とモモタロスは言葉を交わす。
 竜也も、モモタロスの提案通り、ボルテックバズーカで皮を全て圧縮冷凍と言う手段を考えなかった訳ではない。だが、先にも述べたように五人全員が分散するように邪魔をされており、ボルテックバズーカをビルドアップさせられないのが現状だ。
 一方でモモタロス達の方も、この状況に手を焼いている。理由は同じく、戦力が分散しているからだ。ただしこちらは「味方の戦力」ではなく「敵の戦力」である。
 良太郎本人の力であるライナーフォームならば、必殺技の「電車斬り」で一掃出来るだろう。しかし敵があちこちにいるようでは、仮にそれを発動させても、すぐに他方向から穴埋めが行われる事が、容易に想像できる。
――ねえモモタロス、皆が集れば良いんだよね?――
「あ? まあ、そうらしいけどよ。何か考えでもあんのか、良太郎?」
 ふと、何かを思いついたような良太郎の声に、モモタロスが不思議そうな声を上げる。
 良太郎の声は聞こえないが、モモタロスの声ははっきりと聞こえる為か、竜也も不思議そうに顔を向けている。
「何? 良太郎に何か案でもあるの!?」
――……ウラタロス達、もう一度アヤセさん達に憑けないかな? 今度はアヤセさん達の意識を押さえ込まないで――
「……出来なくはないと思うけど、何でまた?」
――うん。協力してみるべきだと思うんだ。それが多分、僕達に出来る事だと思うから――
 モモタロス、ウラタロス、キンタロス、リュウタロスの内に、良太郎の芯の通った声が響く。そして、彼がこんな声を出す時は、頑なに意見を変えない時である事も知っている。
 彼らに憑いて、協力して、そして道を開こうと言う魂胆なのだろう。分散しているよりも、集中している方が戦い易いのは事実だ。
 それに気付き、最初に動いたのはウラタロス。彼はやれやれと言いたげに溜息を一つ吐き出すと、ツインベクターを振るうアヤセに向って声をかけた。
「ねえ君、僕と一緒にあいつらを釣ってみない?」
「どういう意味だ?」
「こういう意味……だよっ」
 訝るアヤセに、半ば問答無用で憑依するウラタロス。だが、今度は先程とは違い、その意識を押さえ込むような真似はしない。
――……勝算はあるんだろうな?――
「あそこにいる大きな『カワハギ』を釣る勝算って意味なら、出来れば君にも手伝って欲しいかな。一人で吊り上げるの、大変そうだし」
 ウラタロスはツインベクターをロッドのように扱いながら、周囲の敵を払い除けつつアヤセに返す。彼の視線の先には、「大きなカワハギ」と評されたヘルユーロとラクーンドッグの姿。
――確かに、アレを釣るとしたら大変そうだな――
「でしょ。それに僕、肉体労働向きじゃないんだよねぇ」
 皮肉気なアヤセの言葉に、ウラタロスも同じような口調で返す。
 直後、それはアヤセの「意思」だったのか。「タイムブルー」は持っていたツインベクターの刃をするりと撫でてビートアップさせた。コウと輝き始めたその刃を、ウラタロスは軽く見やり……
「ふぅん、こんな事もできるんだ。……なら、お前達、僕達に釣られてみる?」
 それを「皮」が集中している部分に投げたかと思うと、刃先に集っていたエネルギーが網のような形に展開、へろへろと蠢く相手を拘束する。そしてそのツインベクターに向って、彼……いや、「彼ら」は飛び蹴りを放った。
 瞬間に起こる、小規模な爆発。そして青と赤の間の障害物は消え、それが機とばかりに「彼ら」は一息に駆け抜けた。
「お待たせ、先輩」
「アヤセ……じゃなくて、ウラタロス?」
「そ。今彼から離れるから、ちょっと待って……」
 待っててね、と言おうとした瞬間、少し離れた所で吼える様な声が上がった。
『ぅおおりゃぁぁぁっ!』
 その声に、思わずぽかんとそちらを向けば。そこにいたのは、ゼニットの両足を掴んでブンブンと振り回している「タイムイエロー」の姿が。
 だがその口から漏れる声は、キンタロスとドモンの二人分。おそらくはひどく波長が合ったのだろう、普段のキンタロスよりも、そしてドモンよりも活き活きとしている上に、その怪力にも容赦がない。
 ぶん回されているゼニットの顔は、同情を覚える程に凹んでいる。
「俺達の強さはっ!」
「ン泣けるでぇっ!」
 ドモン、キンタロスの順でそう言ったかと思うと、掴んでいたゼニットを放り捨て、こちらもツインベクターをビートアップさせて大きく上へ飛んだ。
 狙っているのは先程捨てたゼニットと、それに巻き込まれた「皮」。上空から「彼ら」は、ツインベクターを大きく振り下ろし……そして爆発音の向こうで、呟きを落とした。
『ダイナミックチョップ、イエロー』
 二人の、心から満足そうな声が重なる。そして彼らもまた、暴れる事に満足したのか、地を蹴って竜也達の元へ駆けつけた。
 別方向からは、ボルパルサーを抱え、踊るようなステップを踏みながらやってくるシオンがいる。
 その仕草で、彼の中にもリュウタロスが憑いているのだと理解できる。ぴょん、と大きく飛び跳ねて良太郎達の前に到着すると、くるりとターンを決めてブイサインを見せた。
「残ってるのは、侑斗、幸太郎、オデブ、それからピンクのねーちゃんだけか」
「…………モモタロス、その呼び方は何かいやらしいからやめてくれ」
 チラ、と集った四人を見て呟くモモタロスに、竜也が苦言を呈する。
 とは言え、彼の言う通り、タイムレンジャーの中で「皮の壁」の向こうにいるのはユウリのみ。こちらから向かうと言うのも一つの手だろうが、ヘルユーロがこれ以上は集わせまいとしているらしく、皮の層が厚くなっている。
 どうするかと竜也達が悩む中、ユウリは何かを思いついたように顔を上げ、側に立つデネブを真っ直ぐに見据え……
「あなたも、イマジンなのよね?」
「え? ああ、うん。そうだけど……」
「だったら、私に憑いて」
 ユウリの言葉の後、一瞬の静寂が落ちる。言われた本人も当然ながら、竜也達も……そしてヘルユーロ達もまた、呆然とユウリを見やる。あまりに呆然としすぎているせいか、皮の動きもへろり、と止まったが、それに周囲が気付けない程衝撃的な一言だったらしい。
 だが、すぐにデネブは両手を前に出してブンブンと首を横に振ると、困ったような声で言葉を返した。
「そ、それはちょっと、色々問題があるんじゃないかな? ほら、無茶をさせると申し訳ないし……」
「良いから! 早くやりなさい!」
 叱る彼女に、それでもデネブはうぅ、と困ったように唸って、ちらりと侑斗へ助けを求めるように視線を送る。だが、侑斗もそれしかないと思ったのか、首を小さく縦に振った。
 それでもデネブは少し困ったようにユウリを見やるが……こちらも意を決したのか、深々と頭を下げてから彼女に憑依した。
 びくりと小さくユウリの体が揺れたかと思うと、次の瞬間、持っていたダブルベクターをすっと構え……
「最初に言っておく。……やっぱり、これは気まずい」
「そんな事言ってる場合か、突っ込むぞ、デネブ!」
――何としても、この壁を抜けるわよ――
「サポートは俺とテディでやるから」
「了解」
 侑斗とユウリの怒声、そして幸太郎の励ましとも取れる声に押され、「タイムピンク」は皮の壁に向ってダブルベクターを振るいながら突進していく。
 その背後では、侑斗と幸太郎も壁を削るように連続で相手を薙ぎ払っていく。
 向かい側からは、竜也達も「彼女達」を出迎えるように壁を削っている。
「これは……頂けないDETH。どう死ますか?」
「どうするて言うてもなあ。皮のストックはアレでしまいやで」
「なっ!? それは危険じゃないDETHか!」
「せやな。…………そろそろ、潮時や」
 慌てるヘルユーロに対し、ラクーンドッグが小さく……そして低く呟いたのと、「皮の壁」が開通したのはほぼ同時。
 その瞬間、ラクーンドッグは見切りをつけたようにヘルユーロの「扉」を開いた。
「な、何を!?」
「『傷のない死体から皮剥いて欲しい』……それが望みやったやろ? もう叶えたったで。……とっくに契約完了、今までのはアフターサービスや」
 ポン、と自身の腹を叩きながら言うと、慌てるヘルユーロを無視してラクーンドッグはヘルユーロの中に溶け込むようにして姿を消した。
 同時に「皮」も、操り手を失いその場に乾いた音を立てて地に落ちる。ヘルユーロと自分達を隔てている物は、数少ないゼニットだけだ。それなのに……何故だろうか。竜也の胸の内に、嫌なものが過ぎる。これは自分の「予感」なのか、それともモモタロスの抱く「危機感」なのか。
「あーあ。あの狸、過去に飛んじゃったね」
 どこか苦笑めいた声を出して、ウラタロスがアヤセから離れる。皮の存在が消えた事で、憑依する必要がなくなったからだろうか。他の面々も、竜也達の側に寄りながらその憑依を解いた。
「…………こうなれば……力いっぱいの火力でお相手をするだけDETH!」
 怒鳴るように叫ぶや、彼は宣言通り、「力いっぱいの火力」を手にし、相手に向かって投げつけようと構える。持っている爆弾全てが爆発すれば、倒すまでは行かずとも、ある程度のダメージを与える事は出来ると踏んだのだろう。
 だが、そのカードを投げるよりも先に、彼の……いや、その場にいた全員の視界を頭上から降る白い羽根が覆った。そしてそれと同時に聞こえたのは、悠然とした声。
「降臨。満を、持して」
 敵味方問わず降り注ぐ羽根を払い除け、声の方を見やれば。そこにはタイムレッドによく似た……だが、胸元が黒いせいか、少し暗い色に見える戦士、タイムファイヤー、滝沢直人の姿……なのだがしかし。どういう訳か今の彼の首周りには、変身しているにも関わらず白い羽根マフラーが巻かれており、彼を中心に無駄に羽根を撒き散らしている。
 おまけに、普段なら竜也を目の敵にしているような彼が、今は何も言わず目の前まで歩いてきている。
「押し黙ってどうしたのだ? ああ、そうか。私の高貴さに声が出ないのだな」
 普段とは違う、ゆったりとした物言い。高圧的と取れなくもないが、同じ「高圧的」でも直人の喋り方はもう少し庶民的と言うか……
 羽根マフラーだけでなく色々と違和感がありすぎる彼に首を傾げるタイムレンジャーの面々に対し、モモタロス達の方は頭痛を堪えるように見えるのは気のせいだろうか。
「な……タイムファイヤー! 汝、何故!?」
「何故? おかしな事を言う。世界は、私の為に回っておるのだ。ああ、そこの道化師。何か余興をやれ」
 「彼」はどうも本気で言っているらしい。手を後ろで組み、半ば見下ろすように顔をあげてヘルユーロに話しかけている。いつもなら、「化物は倒す」と言って問答無用で攻撃を仕掛けるような彼が、だ。
「直人が…………壊れた……」
 ぽつり、と漏れた竜也の声を聞きとめたらしい。それまで視線をヘルユーロに固定していた「彼」が、不思議そうに首を傾げて竜也達を見やり……そして、モモタロス達の顔を見て、どうやら状況を把握したらしい。
 ポン、と一つ手を打ったかと思うと、次の瞬間直人の体から白い鳥のような異形が飛び出した。おそらくはイマジンだろう。納得すると同時に、先程までの直人の言動は本人に言って良い物かどうか。
――知ったら、確実に怒るよなぁ、直人――
「……やっぱりお前か、手羽野郎」
「久しいな、お供達よ。主の帰還に出迎え、ご苦労。しかしそうか。妙な感じがするとは思っていたが……」
 ちらりと、今まで自分が入っていた相手の姿に視線を送ると、「手羽野郎」……ジークはふう、と心の底からの溜息を吐き出して、一言。
「白ではなかったとは」
『色かよ!』
 モモタロスとドモンのツッコミが重なり、その脇ではわなわなとヘルユーロが震えている。
「訳の分らない奴が増えま死たね……これはもう、KILLする死かありませんDETH!」
 苛立ちが頂点に達したらしい。ヘルユーロは怒鳴ると同時に、持っていたカード爆弾を全て投げる。だが、それは意識を取り戻した直人のDVディフェンダーによって尽く撃ち落され、真中に黒い焦げ痕を残して地に落ちた。
「……状況が今ひとつ掴めないが……離せ浅見、気色悪い」
「気色悪いって……地面に転がす訳にも行かないだろ。でも、良かった。いつもの直人だ」
「…………おい、何をほっとしてるんだ?」
 訝るのは当然だろうが、先程までのジークに憑依された状態の直人の事を説明するのは憚られるし、思い出すだけでも怖い。
 乾いた笑いを返して誤魔化しつつ、竜也は端的に説明する。即ち……ロンダーズがいるから手伝ってくれ、と。
「なあ、頼むよ直人!」
「…………貸しにしておいてやる。後でそこの化物に関しても話を聞かせてもらうからな」
 拝み倒す竜也を「鬱陶しい」と思ったのか。直人はちらりとウラタロス達に視線をやりつつも、直ぐにヘルユーロに視線を固定し、DVディフェンダーをソードモードに変形させた。
『ベクターエンド・ビートディフェンダー!』
 竜也と直人の声が同時に上がると同時に、ヘルユーロめがけて六つの影が走る。まずは直人が相手を右上から斜めに斬り下ろし、続いてアヤセが左上からやはり斜めに斬り下ろす。DVリフレイザーと「ビートX」を足し合わせたように斬られたヘルユーロが、彼らの斬撃から逃れるように数歩後ろへ下がる。
 だが、逃さんとばかりに今度はドモンのツインベクターによる乱撃が追い、彼が飛び退いたすぐ上から、シオンの「ビート9」、そしてユウリの「ビート6」が続く。
 そして最後に、竜也の「ビート12」が、ヘルユーロの脳天から足にかけて振り下ろされる。
「あ。お……おあぁぁぁぁっ!」
 食らったダメージの大きさに、よろりとヘルユーロの体がよろめく。そしてその隙に彼らはボルテックバズーカを組み上げ、その引鉄を引いた。
 ラクーンドッグのいない今度こそ。ヘルユーロはその冷気に曝され、呆気なく人形のように圧縮、カプセルに回収された。
 そのカプセル越しに、モモタロスがチケットをかざす。
 現れた日付は、西暦二九八五年十二月二十八日。タックと繋がっているテディ曰く、ヘルユーロが逮捕された日らしい。
 ヘルユーロにとっての「過去」は、この時代にとっての「未来」。実にややこしいが、その未来が変わる事で、この時代にも大きな影響を及ぼすのかも知れない。いつもとは違う、目に見えない形で。
「ちっ確かに厄介なヤローだぜ」
 吐き捨てるように言うと同時に、彼は「時の列車」デンライナーを呼び出し、それに乗り込む。竜也や直人が驚いているような声が聞こえるが、それはこの際気にしせず、モモタロス達はさっさとそれに乗り込み、目的の時間へ移動を開始する。
 ……後ろからほぼ惰性でついて来た竜也達を気に止めず。おそらくはオーナーに見つかって外出禁止令か何かが出るだろうと見越しての事ではあるのだが。
 体感としては数分程だろうか。暴れるイマジンに追いつくや、モモタロスはへっと軽く笑った。
「追いつかれたかぁ。もうちょっと時間稼げると思たんやけど」
「悪いな。こっちもあっちもクライマックスなモンでよ」
 トントンとデンガッシャーで己の肩を軽く叩きながら言うモモタロス。そしてラクーンドッグを囲むように、いつの間にかゼロフォームに変身し直した侑斗と、マチェーテディを構えた幸太郎がその場に立っていた。
「……俺の体、カッチカチやぞ。倒せると思うか?」
「言っただろうが。俺達は最初からクライマックスだってよぉ!」
 言うが早いか、モモタロスが大きく上へ飛び上がる。それを合図にしたように、良太郎に向ってウラタロス、キンタロス、リュウタロス、そしてジークの四人までもがその身に憑き、彼らが超クライマックスフォームとなる寸前、侑斗が、デネブが変形した武器、デネビックバスターを構えて引鉄を引く。
 その弾丸を追うように幸太郎が走り……バスターノヴァで傾いだラクーンドッグの体に、Nを象った斬撃を見舞う。必殺技の連撃に、ラクーンドッグ自慢の体に、ピシリとひびが入る。
「がっ!?」
「必殺。俺達の必殺技! スーパークライマックスバージョン!!」
 ラクーンドッグの口から漏れた悲鳴に被せるように、モモタロスの宣言が舞い降りる。直後、五人のイマジンと良太郎の強さをまとったエネルギーの乗った蹴りが、そのひびに綺麗に極まり……
「く……悔しいですっ!」
 どこかで聞いた事があるような一言を放った後、ラクーンドッグは一際大きな爆音を鳴らし……だが直後、その身は変形、六つ目の巨大な牛のような異形、ギガンデス・ヘルへ変化し、再度暴れ始めた。
「まさか、リバウンド!?」
「いいえ。イメージの暴走よ」
 ユウリの驚いたような声に、ハナが返す。
 その短い答えの中に潜む焦りと、大きく揺れる車両から、結構危険な状態なのだろうと推測できる。窓の外では時折もう一つの時の列車であるゼロライナーが横をすり抜け、ギガンデスを牽制するように動いてはいるが……窓から見る限り、あまり効いていないように見えた。
「……なあ、俺達に手伝える事、何かないかな?」
「竜也?」
「何言ってんだよお前。無理に決まってるだろ!? タイムロボも呼べねえし……」
「わかってる。でも、このまま見てるのは、俺には出来ないよ」
「時の運行を妨げる事は、許されません」
 ドモンの言葉に首を振りながら竜也が答えた瞬間。食堂車の隅で旗の立ったブランマンジェをスプーンで掬っていたオーナーが、真っ直ぐに彼らを見つめて言葉を放った。
 口元は笑っているが、目は笑っていない。おそらく、竜也達がこの時間に干渉する事が危険だと、知っているのだろう。
「歴史……いいえ、時間とは、人の記憶その物ですからねぇ。万が一にもあなた方の事をこの時代の人間が覚えていたら。この世界の歴史は、大きく狂う……かも知れません」
「ここで終わる歴史よりも、俺は明日に繋がる歴史を作りたい。……俺は、俺の明日を、この手で変えたい。少しでも明るい方向に。俺はその記憶を大事にしたい」
 正面からオーナーを見据え、竜也が言い切る。
 その瞳に何を見たのか、オーナーは軽く片方の眉を跳ね上げると、首にかけていたナプキンを外し……
「例外は認められません。が……デンライナーに搭載されている物なら話は別です」
 オーナーがそう言ったと同時に。窓の外を眺めていたシオンが、「それ」を見つけたらしい。本来ならバーディミサイルがあるべき四号車。そこにあった「それ」の名を、驚きと喜びの混じった声で竜也に告げた。
「竜也さん! タイムフライヤーです!! 後ろの車両に、タイムフライヤーがあります!」
 その声に驚き、竜也はきょとんとオーナーの顔を見る。一方でその顔を見たオーナーはと言うと、どこか楽しげに口の端を歪め……
「おや。知っている物ですか? それはまた……奇遇ですねぇ」
 ニヤリと。どこか企み顔で言ったオーナーに、竜也は呆気に取られたようにその顔をみやる。
 自分達が干渉する事を快く思っていないのに、彼はその方法を用意していたと言うのか。しかも、「デンライナーの備品」と言う扱いで。
「……ありがとうございます」
「さて。何の事やら」
 深々と頭を下げて言う竜也に、オーナーは明らかにしらばっくれた顔で言葉を返す。
 それならそれで良い。やる事は一つだ。竜也は仲間達の方を振り返ると、無言で頷きをかわして食堂車を出ると、飛び乗るようにしてタイムフライヤーへ足をかけ、発進させる。
 飛び上がって見ると、普段リバウンドするロンダーズ囚人よりも小さい事がわかる物の、破壊力は彼らと大差ない。デンライナーから放たれる光線や爆弾を尽くかわしているのは、見た目よりも小回りが利いているからだろうか。
「良太郎、モモタロス! 俺達も手を貸す!」
 言うと同時に、タイムフライヤーの下部にあるボーテックスカノンが火を吹き、相手の目の一つに命中する。同時にぐぎゃあと響く声。そして痛覚があるのか暴れるギガンデス。だが、目の一つを潰された事で、動きが鈍ったのは明らかだった。
 ゼロライナーのドリルが相手の体を薙ぎ、デンライナーの光線がその痕をなぞるように焼いていく。
「へっ。それじゃあ行くか。必殺、俺達の必殺技、タイムレンジャーバージョン!」
「バーチャルクライマックス!」
『でぇぇやあっ!』
 デンライナーの全兵装並びにゼロライナーのプロペラがギガンデスを二つに断ち割り、更にタイムフライヤーの火力全てが断ち割った塊を更に細かく粉砕していく。
 そしてギガンデスは……ギャア、と一際大きく鳴き声を上げると同時に、その身を真っ白い砂に変えてザラザラと消滅していく。
『Time Up』
 消滅するギガンデスを見つめながら言った竜也達の声は、未だ燻る爆発の余韻に混じって消えた。


 そんな彼らの様子を、遠くから見ている二つの影があった。一方は女らしい。もう一方の男に跪き、彼の言葉を待っているように見える。
 そして男の方は、消えていくギガンデスを見ながら、無表情に、そして無感情に声を放った。
「……世界の融合、順調に進んでいるようではあるが……我が望みは尽く阻止されているな」
「申し訳ございません。私の妨害が到らぬばかりに」
 女は彼の部下なのだろうか。しかしそれにしては、男は相変わらず無表情だ。彼女の失敗など、然程気に止めていないように見える。
 ……実際に気に止めていないのだろう。彼はちらりとも彼女の方を見ていない。
「貴様の事は、最初から当てにしていない。利用できる内は利用してやるだけだ」
「それで充分です。どうぞ、この身に価値がなくなるまでご利用下さい」
「最初から、貴様に価値など微塵もない。貴様に限らず、全て無価値だ。それはこの俺も同じ」
 斬り捨てるでもなく、ただ淡々と。男はそれが真理であるかのように言葉を紡ぐ。
 「価値などない」と。今度は口の中で呟かれたその言葉に、女の方は何故か安堵の表情を浮かべた。自分に価値がないと言われた事が嬉しいのだろうか。
 だが、彼女もすぐにその笑みを消すと、事務的な口調で彼に次の予定を告げた。
「……次の混乱は『皇帝の世界』、風都にございます」
「そうか。……『星』連中のホームグラウンドでもあったな」
「ええ。場合によっては、少々厄介な事になるかと」
「構わん。どうせ全ての世界が崩壊するまでの余興だ。せいぜい足掻かせてやれば良い」
「承知致しました、『世界』様」
 男……「世界」と呼ばれる存在の言葉に、女は恭しく頭を下げると、その姿を虚空に消す。
 彼女には、見えているのだ。この男が生み出した「歪み」と、それによって「行き来できる場所」が。
 そんな彼女を見送って……「世界」はやはり感情のない声で小さく呟く。
「せいぜい足掻くが良い。貴様の望みを叶える為に」


Case File39:未来の使者

第41話:Rな兄弟/人の命は
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