☆未来戦隊タイムレンジャー&仮面ライダー電王☆
【第38話:時空を超えて、俺参上!】
時の列車、デンライナー。次の駅は、過去か未来か。
薄暗い夜道の中。ハナと野上 良太郎は、デンライナーから唐突に姿を消したイマジン、リュウタロスを探すこと数分。
騒ぎを聞きつけ駆けつけたそこには、良太郎ではない「別の人物」に入り、更に電王ではない「別の戦士」に変身していたリュウタロスの姿があった。
勿論、見目でそれが分った訳ではない。ただ、彼らの眼前にいる「緑の戦士」が、異形に向って大きなマシンガンを構えている立ち姿と、それに向って放った、口癖とも呼べる言葉が、立っている彼がリュウタロスであると確信させたのだ。
「それじゃ、最後行くよ、良い? 答えは聞かないけど」
今にも引鉄を引こうとする彼を、後ろに立っている四人の男女が必死の形相で止めようとしている。
そしてリュウタロスの前に立っている異形もまた、ひぃと小さな悲鳴をあげて後ずさっている。
異形が何をしたのかは定かではないが、イマジンに関係する事以外での刃傷、殺傷沙汰は、時間を守る観点からもご法度だ。下手をすれば乗車拒否で、時間の中に取り残される事になるかもしれない。
瞬時にそれを判断するや、ハナはかっと目を見開き、横に立っていた良太郎は心底困り果てた表情を浮かべ、声をあげた。
「ダメに決まってるでしょ、馬鹿!!」
「やめなよ、リュウタロス」
その声を聞いて、ピクリとリュウタロスが反応する。一瞬不思議そうに首を傾げ、周囲を見回し……やがてこちらの姿に気付いたのだろう。持っていた火器から右手を離すと、そのまま手を千切れんばかりに大きく振った。
「あ、ハナちゃん。良太郎もいる。ねえねえ、何でここにいるの~?」
嬉しそうに、だが同時に不思議そうに言いながら、彼は軽く首を傾げる。
見慣れぬ緑の戦士の格好のまま、普段のリュウタロスと同じ仕草をとられるのは妙な違和感を抱かせるが、それを今考えても仕方がない。
何でと聞かれても、リュウタロスがデンライナーの中から「ちょっと遊んじゃおう」などという不吉極まりない一言を残して消えたからだ。
だがそれを言ってやるつもりはない。
驚きの表情でこちらを見ている四人と異形の視線を軽く流しながら、ハナはリュウタロスの前までつかつかと歩み寄ると、腰に両手を当ててキッと彼を睨みつけ、その横では良太郎が、先と変わらぬ困ったような笑みを浮かべている。
それを見て何を思ったのか、リュウタロスは変身を解いてその顔を見せる。良太郎よりも年下らしいその青年の瞳は、リュウタロスが憑いている時特有の紫の光を放っていた。
そんな彼の目を真っ直ぐに見つめ返すと、ハナはすぅっと息を大きく吸い込み……
「何やってんの、あんたは!」
吸った息を全て吐き出すかのごとく、全力で彼を怒鳴りつけた。
小さな体のどこに秘められているのかと思える程の声量。リュウタロスの後ろにいる四人も、驚いたように自身の耳を塞ぎ、ある意味慣れてしまっている良太郎はやはり困った笑みのまま。
そしてリュウタロスは自身が怒られている理由が分らないのか、むぅと頬を膨らませて異形の方を指さして言葉を紡いだ。
「だぁってー。あいつ、子猫虐めたんだもん。許せないよ」
「だからってやりすぎだよ、リュウタロス」
「早くその人から離れなさい!」
「ちぇ~っ」
良太郎に窘められ、ハナに怒鳴られ。リュウタロスは不満そうに返事をすると、ぴょんと飛び出すような仕草で青年から離れた。
紫色のエネルギーが青年の体から飛び出すと、それは即座にハナと良太郎の前で紫色の異形……イマジンとしてのリュウタロスの姿となる。
「な、なんだ!? シオンの体から何か出てきた!」
上擦った声とあからさまに驚いた表情で、ジャケットの下に赤いギンガムチェックのシャツを着ている青年が言う。
だが、すぐにリュウタロスの姿を見て警戒心を強めたのだろう。キッと鋭くこちらを見つめると、すぐにリュウタロスが憑いていた青年……シオンと言うらしい彼に駆け寄り、よろめいた彼の体を支える。
「シオン! しっかり!」
「おいお前ら! シオンに何しやがった!?」
「別に何にもしてないよー。ちょっと体を借りただけ」
ニット帽の青年に怒鳴りつけられ、リュウタロスは悪びれた様子もなく言い放つ。
同時に、今までリュウタロスに押さえられていたシオン自身の意識が戻ったのだろう。閉じていた瞳を開くと、彼はきょとんとした様子で目の前にいる人物達に声をかけた。
「あれ? 竜也さん……あの、どうしたんですか、そんな顔して?」
「お前、シオン……だよな?」
「はい、そうですけど。どうしてですか、アヤセさん?」
「あなた達……何者なの?」
チェックの青年はタツヤ、そして黒髪の青年はアヤセと言うらしい。不思議そうに目を瞬かせるシオンを見て安堵した様子を見せる男三人に対し、紅一点の女性がハナと同じくらい鋭く尖らせた瞳で良太郎達に問うて来た。
それにどう答えれば良いのか。うーん、と良太郎が低く唸った瞬間。
「それはこちらの台詞DETH! 何なのDETHか、吾を放って置くなどと!!」
それまで放置されてきた事に、いい加減腹が立ったらしい。リュウタロス曰く「子猫を虐めた」異形が、声を荒げて己の存在を主張した。
「もういいDETH。全員まとめてKILL死てあげます」
言うが早いか、そいつは持っていたカードを良太郎達……というよりは自身以外の全員に向って投げつける。
それが危険な物だと分っているのか、シオン達五人はさっと左右に展開してかわし、リュウタロスは良太郎とハナをかばうようにしてその場で伏せる。そしてカードが、それまで自分達がいた場所に到着した瞬間、ドンと大きな音と衝撃を生み出し、爆発した。
「あなた達の事は後で聞くわ。今は、ロンダーズが先」
「わかってる。シオン、行けるか?」
「まだちょっとくらくらしますけど、大丈夫です」
ちらりと良太郎達の方を見ながら言う女性に竜也が返すと、彼らは良太郎達をかばうように身を躍らせ……そして両腕を横に伸ばすと、手首につけていた揃いの「何か」に触れて、叫んだ。
『クロノ・チェンジャー!』
五人の声が重なり、彼らの姿が瞬時に変わる。赤、ピンク、青、黄色、緑の五色。
先程リュウタロスがシオンに憑いていた時には認識していなかったが、彼らのモチーフは時計らしく、仮面やスーツに時計の針を模したデザインが為されている。
どこから取り出したのか、手に持っている剣のような武器も時計の針に似た形をしており、武器としてある程度の威力は見受けられるものの、「殺傷能力」の点に関しては然程あるようには見えない。だが、それでも当たればダメージにはなるのだろう。赤、青、黄、緑、ピンクの順に連続で斬られ、異形は驚いたような声をあげながらよろりとよろめく。
それを機ととったのか、彼らは剣を消すと、またしてもどこから取り出したのか大型の重火器が彼らの手に握られたかと思うと、次の瞬間には五つが合体して一つの大きなバズーカと化した。
『完成、ボルテックバズーカ!』
「うわぁ! 何あれ! 面白い!」
リュウタロスの無邪気な声が響く中、五人は止めとばかりにボルテックバズーカなるその武器を構え、異形を完全にロックする。
だが、その瞬間。良太郎の中で緊張に満ちた声が響いた。
――臭う。臭うぜ良太郎。イマジンの臭いだ――
自分の仲間のイマジンの一人、モモタロスの声だと気付くと同時に、良太郎ははっとしたように異形へ視線を向け……そして気付く。その体から、わずかではあるが、白い砂がこぼれている事に。
そして同時にもう一つ。……モモタロスの声が聞こえていたのは、自分だけではなかったらしい事にも。
「え? いま……?」
不思議そうに首を傾げ、中央に立つ竜也の呟き。それが風に乗って、良太郎の耳に届く。しかし困惑している場合ではないと思ったのだろう。竜也は軽く頭を振ると、再度真っ直ぐに異形に狙いを定め……
「……ブレスリフレイザー!」
宣言と共に引鉄を引いた瞬間、バズーカの銃口から光弾が放たれる。見目には熱そうなその銃口から、ひやりとした空気を感じたのは気のせいだろうか。
そんな風にハナが思った刹那。それまで異形の足元に蟠 るだけだった白い砂が、唐突に盛り上がって形をとりはじめた。強いて言うなら狸だろうか。目の周りは黒く、フォルムは少しふっくらしている印象があるが、アライグマやアナグマのようにも見えなくない。
「な、何だ!? 狸!?」
「イマジン!!」
黄色い戦士とハナの声が重なると同時に、その狸らしい異形……ラクーンドッグイマジンは、ひょいとその光線を背中で受け止め言葉を放つ。
「契約者にそんな真似されたら、かなわんわぁ。ハイ、ファイヤー!!」
イマジンがそう宣言した瞬間、ボッとその背から火が吹きあがり、本来なら零下二百七十度の加圧超低温光弾は本来の意味を成さなくなる。
「圧縮冷凍が!」
――やっぱりな。おい良太郎、体借りるぜ?――
「うん」
唐突に起こった出来事に驚きの声を上げるシオン。そしてその後方では、良太郎がベルトとパスを用意して、仲間の到着の準備を整えていた。
後は、赤鬼姿のイマジン……モモタロスが自身に憑依するのを待つだけ。……だったのだが。時空を越え、デンライナーから飛んできたらしいモモタロスの赤いエネルギーは、良太郎ではなく赤い戦士……竜也へと飛び込んでしまったのである。
「え、えええっ!?」
「俺、参上! ……ってありゃぁ!?」
「竜也? お前、どうした?」
良太郎の驚きの声と、モモタロスがいつもの調子で名乗ったのはほぼ同時。そしてモモタロスも、自身が別人の中に入り込んでしまった事に気付いたらしい。自身の体をぺたぺたと触り、電王の姿でない事に驚くモモタロスに、アヤセが訝るように問う。
――あーあ。先輩ってばおっちょこちょいと言うか、餌のない針に釣られると言うか。それじゃ、僕が行こうかな――
竜也の中に入ったモモタロスを嘲けるように、デンライナーで待機しているらしい青い亀に似たイマジン、ウラタロスが呟く。同時に再び虚空から彼の青いエネルギーがふわりと現れ、吸い込まれるようにして良太郎……ではなく、今度は青い戦士であるアヤセの中に入りこんだ。
それに気付いていないのか、アヤセの中のウラタロスはすっと自身の顎に指をかけ……
「お前、僕に釣られてみる? ……って、嘘でしょ!? 何でこっちかなぁ?」
そこでようやく、彼もアヤセの中に入った事に気付いたらしい。苦笑混じりの声で自分の格好を見下ろしている。
「……何か、僕、凄く嫌な予感がするんだけど」
――桃の字も亀の字も当てにならん。しゃあないな、ここは俺の出番や――
良太郎の苦笑めいた呟きを聞いていないのか、呆れたような金色の熊型イマジン、キンタロスの声が良太郎の内で響く。
だが、リュウタロス、モモタロス、ウラタロスと、良太郎ではなく目の前にいる戦士達へ憑いてしまっている事を考えると、キンタロスもまた……
思うと同時に、虚空から現れたキンタロスの金色のエネルギーが、これまた吸い寄せられるように黄色の戦士の中へと入り込んでしまった。
「俺の強さに、お前が泣いた。涙はこれで……ん? 何や、懐がないやないか」
いつも通り懐紙を出そうとして、ようやく自分が別人の中に入った事に気付いたらしい。普段も懐などないという無粋なツッコミはこの際おいておくにしても、キンタロスはうぅむ、と低く唸る。
「あかん。懐紙がないと、やる気せぇへん」
「そんな! 困りますドモンさん! ロンダーズがいるんですよ!?」
「そない言われてもなぁ」
「そうそう。それに、僕としては、君みたいな可憐な女性が戦いの中に身を置くなんて、心配で戦う気になんてなれないよ」
「ちょっと、アヤセ!? た、竜也! ちょっと、アヤセを止めて!!」
どっかりと地面に座り込むキンタロス……憑かれているのはドモンと言うらしい彼と、ピンクの戦士の手をそっと握りながら口説きモードに入っている、アヤセの中のウラタロス。
その両方に困惑しているのか、女性の声に焦りが混じり、シオンはおろおろと異形と彼女達の間に視線を行き来させ、異形は逆にしてやったりとカードを構え、そしてイマジンはそれに便乗するように餅つきの杵に似た棍を振り上げている。
唯一竜也の中にいるモモタロスだけは、へっと軽く笑うと、手の中にある双剣を構え……
「亀公はナンパ、熊公はやる気なし。そっちのトランプヤローは相手してやれねぇが、イマジン相手ってぇなら俺の出番だよなぁ? オラオラ、行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇっ!!」
嬉しげに声を上げるや否や、大きく右の長剣を構えて振り下ろし、左の剣は左から右へ振って、丁度三時を示すようにラクーンドッグの体を薙ぐ。
だが、その刃はラクーンドッグの胴に触れた瞬間、ギィンと金属のぶつかり合う嫌な音を響かせ、その場で止まってしまう。
「んなぁっ!?」
「俺の体見てみぃ。カッチカチやぞ!!」
「関西弁て、俺と被っとるがな」
キンタロスのキャラ被りに関する苦情は、ラクーンドッグには聞こえていないらしい。自身の腕をぺしんぺしんと叩きながらモモタロスに言い放った後、即座に杵型の棍で動きの止まったモモタロスの腹を勢い良く突いた。
ドン、と鈍い音がしたかと思うと、彼の体はそのまま後方へと派手に吹き飛び、そのまま他の面々の元まで吹き飛ばされる。
「竜也!」
「モモタロス!!」
飛ばされたモモタロスを案ずるように、女性と良太郎の声が重なる。
一方でモモタロスの方は、咄嗟に腹筋を締めた上に後方へ跳んで威力を殺しはしたものの、突かれた場所が悪かったのか、ゲホゴホと咳き込んで言葉が出せない。
とは言え、このままやられっぱなしなのも癪に障る。使っているのは見知らぬ誰かの体であり、それに対して申し訳ない気持ちがない訳ではないが、逃がしてはいけないという、焦りにも似た感情が彼の中に湧いている。
だがそれは、モモタロス自身の物なのか、それともこの体の持ち主である竜也の物なのか。とにかく、ゆらりと体を揺らめかせながらも立ち上がるモモタロスに、ラクーンドッグは再度攻撃を仕掛けようと棍を構え……
しかしそれは、ラクーンドッグの契約者に止められてしまった。
「今日はカードが尽きま死た。それに、これから別の死事の時間DETH」
「何や、ここまで追い詰めといて残念やけど、契約者のあんさんがそう言うならしゃーない。ほな狸らしゅう、ぽぽぽぽーん!!」
言い切るや否や、ラクーンドッグはポォンと腹太鼓を鳴らす。それと同時に彼らの足元から煙幕が立ち上り……それが引いた時には既に夜の闇と静寂だけがその場に佇んでいるだけだった。
「……逃げられちまった」
辺りを見回し、一応の確認をするが……モモタロスの鼻に、イマジンの臭いは感知できない。
悔しげに呟きを落とし、彼はその変身を解いてチィと大きく舌打ちを鳴らす。
他の面々も最早追う事は不可能と考えたのか、変身を解き、やれやれとその場に立ち上がる。
モモタロスが憑いている影響か、竜也の髪はピンと逆立ち、髪一房と瞳の色が鮮やかな赤に染まっている。一方でドモンもキンタロスの影響で伸びた長髪を括り、金に染まった眼で竜也 とアヤセ 、そして困った表情の良太郎を見比べると、すぐさまかくんと項垂れる。
アヤセも、ウラタロスの影響を受けているせいか黒縁眼鏡に青い瞳を光らせ、嘗め回すように竜也を見やり……
「あーあ。先輩、また変なトコに入っちゃって」
「テメェもそうだろうが! ……って熊公! 何で道の真ん中で寝てんだお前は!」
「んごー」
「ドモンさん、こんな所で寝てたら、風邪ひいちゃいます。起きて下さい」
「そうだよ熊ちゃん、起きてよー」
項垂れているのではなく、眠っているのだと気付いたらしい。いびきを掻いて眠っているドモンの体を、シオンとリュウタロスが仲良くゆさゆさと揺さぶっている。
その横では、女性がきつく竜也達三人とリュウタロスを睨みつけた後、今度はじっと良太郎とハナに視線を向けて、冷静な声を放った。
「これは一体どういう事? 説明してもらえるんでしょうね?」
「それは勿論。私達も、どうしてこんな事になったのか知りたいし」
道の真ん中で、未だわいわいとやっている彼らに冷たい視線を送りながら、ハナが女性の言葉に答えを返す。
そう。分らないのだ。どうしてこんな事……それまでずっと「良太郎に憑いた姿」で定着していたはずの彼らが、イマジンとしての姿に戻ったのか。
そして……良太郎ではなく、竜也達に憑く形になってしまったのかも。
前兆はなかった。
彼らが「良太郎に憑いた姿」となった時と同じように、それは突然の出来事だった。
ザラリと音がしたと思った次の瞬間には、モモタロス達をはじめとするイマジン達の姿は、「ヒト」から「イマジン」へと戻っていたのだ。
それを不思議に思えば、更に追い打ちをかけるようにオーナーが言った。
「どうやら、『世界』が動き出したようですねえ」
「世界、ですか?」
「ええ」
ケチャップで「チャーハン★」と書かれたオムライスを突きながら、オーナーはどこか硬い表情で頷きを返した。
色々と自己主張の激しい「それ」にツッコミを入れたいところではあるが、そのツッコミを飲み込むほどに、オーナーの表情は今までに類を見ないほど真剣だ。
……もっとも、それが会話の内容ゆえの真剣さなのか、あるいは頂点に立つ旗に対する集中から来る真剣さなのかは、見当もつかないが。
「何だ何だ? また異世界とかって場所で、何かが起こってるってのか?」
「ええ。それも、今まで皆さんが経験してきた出来事よりも、遥かに大規模な変異が」
モモタロスの声に頷きながら、オーナーはスプーンで、卵で出来た薄膜と共に、その下に存在するチキンライスを掬う。刹那、微かに頂点に突き立っている旗が傾いだが、倒れるまでには至らない。
それを満足げに見下ろして、彼はスプーンを口元へと運ぶ。
「それって、どういう事ですか?」
「……まだ、はっきりとした事は分かりませんが」
口の中の物を嚥下し、ハナの投げた問いに答えを返すと、再びスプーンでチキンライスを掬い、衝撃で微かに傾いた旗を凝視する。
が、それ以上動く気配はないのを見るや、先程掬った箇所とは旗を挟んで反対側にスプーンを突き立てて言葉を続けた。
「少なくとも、その世界の歴史を、根本から変えようとしている……のかも、しれません」
「世界の、歴史……」
「それも、異世界と呼べる場所だけでなく、私達の住む世界までも…………あ」
すとん、と軽い音とともに、オムライスの上に立てられていた旗が倒れる。皿の上のオムライスも、残りスプーン一杯分程度なので、倒れるのも当然と言えるのだが、今回の流れでは少々タイミングが悪かった。
話は終わりとばかりに、オーナーはすっくと席を立ち、どこかへ去ってしまう。概ねいつも通りの流れなのだが、重要な話のさなかにこれが起こると、往々にして良いところで中途半端に終わってしまうため、残された者はもやもやとしたものが残る。
そして当然、今回もモヤっとしたものを乗客達の胸に残していった。
――私達の世界まで変えようとしている誰かがいる――
その事実に、ハナは嫌な予感を覚える。と同時に、オーナーの言葉にわずかな引っかかる物を感じたのだが……
「あっ! 可愛い子猫みーっけ!」
唐突に上がったリュウタロスの声に、予感も違和感もかき消されてしまい、今に至るのであった。
時の列車、デンライナー。次の駅は、過去か未来か。
薄暗い夜道の中。ハナと野上 良太郎は、デンライナーから唐突に姿を消したイマジン、リュウタロスを探すこと数分。
騒ぎを聞きつけ駆けつけたそこには、良太郎ではない「別の人物」に入り、更に電王ではない「別の戦士」に変身していたリュウタロスの姿があった。
勿論、見目でそれが分った訳ではない。ただ、彼らの眼前にいる「緑の戦士」が、異形に向って大きなマシンガンを構えている立ち姿と、それに向って放った、口癖とも呼べる言葉が、立っている彼がリュウタロスであると確信させたのだ。
「それじゃ、最後行くよ、良い? 答えは聞かないけど」
今にも引鉄を引こうとする彼を、後ろに立っている四人の男女が必死の形相で止めようとしている。
そしてリュウタロスの前に立っている異形もまた、ひぃと小さな悲鳴をあげて後ずさっている。
異形が何をしたのかは定かではないが、イマジンに関係する事以外での刃傷、殺傷沙汰は、時間を守る観点からもご法度だ。下手をすれば乗車拒否で、時間の中に取り残される事になるかもしれない。
瞬時にそれを判断するや、ハナはかっと目を見開き、横に立っていた良太郎は心底困り果てた表情を浮かべ、声をあげた。
「ダメに決まってるでしょ、馬鹿!!」
「やめなよ、リュウタロス」
その声を聞いて、ピクリとリュウタロスが反応する。一瞬不思議そうに首を傾げ、周囲を見回し……やがてこちらの姿に気付いたのだろう。持っていた火器から右手を離すと、そのまま手を千切れんばかりに大きく振った。
「あ、ハナちゃん。良太郎もいる。ねえねえ、何でここにいるの~?」
嬉しそうに、だが同時に不思議そうに言いながら、彼は軽く首を傾げる。
見慣れぬ緑の戦士の格好のまま、普段のリュウタロスと同じ仕草をとられるのは妙な違和感を抱かせるが、それを今考えても仕方がない。
何でと聞かれても、リュウタロスがデンライナーの中から「ちょっと遊んじゃおう」などという不吉極まりない一言を残して消えたからだ。
だがそれを言ってやるつもりはない。
驚きの表情でこちらを見ている四人と異形の視線を軽く流しながら、ハナはリュウタロスの前までつかつかと歩み寄ると、腰に両手を当ててキッと彼を睨みつけ、その横では良太郎が、先と変わらぬ困ったような笑みを浮かべている。
それを見て何を思ったのか、リュウタロスは変身を解いてその顔を見せる。良太郎よりも年下らしいその青年の瞳は、リュウタロスが憑いている時特有の紫の光を放っていた。
そんな彼の目を真っ直ぐに見つめ返すと、ハナはすぅっと息を大きく吸い込み……
「何やってんの、あんたは!」
吸った息を全て吐き出すかのごとく、全力で彼を怒鳴りつけた。
小さな体のどこに秘められているのかと思える程の声量。リュウタロスの後ろにいる四人も、驚いたように自身の耳を塞ぎ、ある意味慣れてしまっている良太郎はやはり困った笑みのまま。
そしてリュウタロスは自身が怒られている理由が分らないのか、むぅと頬を膨らませて異形の方を指さして言葉を紡いだ。
「だぁってー。あいつ、子猫虐めたんだもん。許せないよ」
「だからってやりすぎだよ、リュウタロス」
「早くその人から離れなさい!」
「ちぇ~っ」
良太郎に窘められ、ハナに怒鳴られ。リュウタロスは不満そうに返事をすると、ぴょんと飛び出すような仕草で青年から離れた。
紫色のエネルギーが青年の体から飛び出すと、それは即座にハナと良太郎の前で紫色の異形……イマジンとしてのリュウタロスの姿となる。
「な、なんだ!? シオンの体から何か出てきた!」
上擦った声とあからさまに驚いた表情で、ジャケットの下に赤いギンガムチェックのシャツを着ている青年が言う。
だが、すぐにリュウタロスの姿を見て警戒心を強めたのだろう。キッと鋭くこちらを見つめると、すぐにリュウタロスが憑いていた青年……シオンと言うらしい彼に駆け寄り、よろめいた彼の体を支える。
「シオン! しっかり!」
「おいお前ら! シオンに何しやがった!?」
「別に何にもしてないよー。ちょっと体を借りただけ」
ニット帽の青年に怒鳴りつけられ、リュウタロスは悪びれた様子もなく言い放つ。
同時に、今までリュウタロスに押さえられていたシオン自身の意識が戻ったのだろう。閉じていた瞳を開くと、彼はきょとんとした様子で目の前にいる人物達に声をかけた。
「あれ? 竜也さん……あの、どうしたんですか、そんな顔して?」
「お前、シオン……だよな?」
「はい、そうですけど。どうしてですか、アヤセさん?」
「あなた達……何者なの?」
チェックの青年はタツヤ、そして黒髪の青年はアヤセと言うらしい。不思議そうに目を瞬かせるシオンを見て安堵した様子を見せる男三人に対し、紅一点の女性がハナと同じくらい鋭く尖らせた瞳で良太郎達に問うて来た。
それにどう答えれば良いのか。うーん、と良太郎が低く唸った瞬間。
「それはこちらの台詞DETH! 何なのDETHか、吾を放って置くなどと!!」
それまで放置されてきた事に、いい加減腹が立ったらしい。リュウタロス曰く「子猫を虐めた」異形が、声を荒げて己の存在を主張した。
「もういいDETH。全員まとめてKILL死てあげます」
言うが早いか、そいつは持っていたカードを良太郎達……というよりは自身以外の全員に向って投げつける。
それが危険な物だと分っているのか、シオン達五人はさっと左右に展開してかわし、リュウタロスは良太郎とハナをかばうようにしてその場で伏せる。そしてカードが、それまで自分達がいた場所に到着した瞬間、ドンと大きな音と衝撃を生み出し、爆発した。
「あなた達の事は後で聞くわ。今は、ロンダーズが先」
「わかってる。シオン、行けるか?」
「まだちょっとくらくらしますけど、大丈夫です」
ちらりと良太郎達の方を見ながら言う女性に竜也が返すと、彼らは良太郎達をかばうように身を躍らせ……そして両腕を横に伸ばすと、手首につけていた揃いの「何か」に触れて、叫んだ。
『クロノ・チェンジャー!』
五人の声が重なり、彼らの姿が瞬時に変わる。赤、ピンク、青、黄色、緑の五色。
先程リュウタロスがシオンに憑いていた時には認識していなかったが、彼らのモチーフは時計らしく、仮面やスーツに時計の針を模したデザインが為されている。
どこから取り出したのか、手に持っている剣のような武器も時計の針に似た形をしており、武器としてある程度の威力は見受けられるものの、「殺傷能力」の点に関しては然程あるようには見えない。だが、それでも当たればダメージにはなるのだろう。赤、青、黄、緑、ピンクの順に連続で斬られ、異形は驚いたような声をあげながらよろりとよろめく。
それを機ととったのか、彼らは剣を消すと、またしてもどこから取り出したのか大型の重火器が彼らの手に握られたかと思うと、次の瞬間には五つが合体して一つの大きなバズーカと化した。
『完成、ボルテックバズーカ!』
「うわぁ! 何あれ! 面白い!」
リュウタロスの無邪気な声が響く中、五人は止めとばかりにボルテックバズーカなるその武器を構え、異形を完全にロックする。
だが、その瞬間。良太郎の中で緊張に満ちた声が響いた。
――臭う。臭うぜ良太郎。イマジンの臭いだ――
自分の仲間のイマジンの一人、モモタロスの声だと気付くと同時に、良太郎ははっとしたように異形へ視線を向け……そして気付く。その体から、わずかではあるが、白い砂がこぼれている事に。
そして同時にもう一つ。……モモタロスの声が聞こえていたのは、自分だけではなかったらしい事にも。
「え? いま……?」
不思議そうに首を傾げ、中央に立つ竜也の呟き。それが風に乗って、良太郎の耳に届く。しかし困惑している場合ではないと思ったのだろう。竜也は軽く頭を振ると、再度真っ直ぐに異形に狙いを定め……
「……ブレスリフレイザー!」
宣言と共に引鉄を引いた瞬間、バズーカの銃口から光弾が放たれる。見目には熱そうなその銃口から、ひやりとした空気を感じたのは気のせいだろうか。
そんな風にハナが思った刹那。それまで異形の足元に
「な、何だ!? 狸!?」
「イマジン!!」
黄色い戦士とハナの声が重なると同時に、その狸らしい異形……ラクーンドッグイマジンは、ひょいとその光線を背中で受け止め言葉を放つ。
「契約者にそんな真似されたら、かなわんわぁ。ハイ、ファイヤー!!」
イマジンがそう宣言した瞬間、ボッとその背から火が吹きあがり、本来なら零下二百七十度の加圧超低温光弾は本来の意味を成さなくなる。
「圧縮冷凍が!」
――やっぱりな。おい良太郎、体借りるぜ?――
「うん」
唐突に起こった出来事に驚きの声を上げるシオン。そしてその後方では、良太郎がベルトとパスを用意して、仲間の到着の準備を整えていた。
後は、赤鬼姿のイマジン……モモタロスが自身に憑依するのを待つだけ。……だったのだが。時空を越え、デンライナーから飛んできたらしいモモタロスの赤いエネルギーは、良太郎ではなく赤い戦士……竜也へと飛び込んでしまったのである。
「え、えええっ!?」
「俺、参上! ……ってありゃぁ!?」
「竜也? お前、どうした?」
良太郎の驚きの声と、モモタロスがいつもの調子で名乗ったのはほぼ同時。そしてモモタロスも、自身が別人の中に入り込んでしまった事に気付いたらしい。自身の体をぺたぺたと触り、電王の姿でない事に驚くモモタロスに、アヤセが訝るように問う。
――あーあ。先輩ってばおっちょこちょいと言うか、餌のない針に釣られると言うか。それじゃ、僕が行こうかな――
竜也の中に入ったモモタロスを嘲けるように、デンライナーで待機しているらしい青い亀に似たイマジン、ウラタロスが呟く。同時に再び虚空から彼の青いエネルギーがふわりと現れ、吸い込まれるようにして良太郎……ではなく、今度は青い戦士であるアヤセの中に入りこんだ。
それに気付いていないのか、アヤセの中のウラタロスはすっと自身の顎に指をかけ……
「お前、僕に釣られてみる? ……って、嘘でしょ!? 何でこっちかなぁ?」
そこでようやく、彼もアヤセの中に入った事に気付いたらしい。苦笑混じりの声で自分の格好を見下ろしている。
「……何か、僕、凄く嫌な予感がするんだけど」
――桃の字も亀の字も当てにならん。しゃあないな、ここは俺の出番や――
良太郎の苦笑めいた呟きを聞いていないのか、呆れたような金色の熊型イマジン、キンタロスの声が良太郎の内で響く。
だが、リュウタロス、モモタロス、ウラタロスと、良太郎ではなく目の前にいる戦士達へ憑いてしまっている事を考えると、キンタロスもまた……
思うと同時に、虚空から現れたキンタロスの金色のエネルギーが、これまた吸い寄せられるように黄色の戦士の中へと入り込んでしまった。
「俺の強さに、お前が泣いた。涙はこれで……ん? 何や、懐がないやないか」
いつも通り懐紙を出そうとして、ようやく自分が別人の中に入った事に気付いたらしい。普段も懐などないという無粋なツッコミはこの際おいておくにしても、キンタロスはうぅむ、と低く唸る。
「あかん。懐紙がないと、やる気せぇへん」
「そんな! 困りますドモンさん! ロンダーズがいるんですよ!?」
「そない言われてもなぁ」
「そうそう。それに、僕としては、君みたいな可憐な女性が戦いの中に身を置くなんて、心配で戦う気になんてなれないよ」
「ちょっと、アヤセ!? た、竜也! ちょっと、アヤセを止めて!!」
どっかりと地面に座り込むキンタロス……憑かれているのはドモンと言うらしい彼と、ピンクの戦士の手をそっと握りながら口説きモードに入っている、アヤセの中のウラタロス。
その両方に困惑しているのか、女性の声に焦りが混じり、シオンはおろおろと異形と彼女達の間に視線を行き来させ、異形は逆にしてやったりとカードを構え、そしてイマジンはそれに便乗するように餅つきの杵に似た棍を振り上げている。
唯一竜也の中にいるモモタロスだけは、へっと軽く笑うと、手の中にある双剣を構え……
「亀公はナンパ、熊公はやる気なし。そっちのトランプヤローは相手してやれねぇが、イマジン相手ってぇなら俺の出番だよなぁ? オラオラ、行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇっ!!」
嬉しげに声を上げるや否や、大きく右の長剣を構えて振り下ろし、左の剣は左から右へ振って、丁度三時を示すようにラクーンドッグの体を薙ぐ。
だが、その刃はラクーンドッグの胴に触れた瞬間、ギィンと金属のぶつかり合う嫌な音を響かせ、その場で止まってしまう。
「んなぁっ!?」
「俺の体見てみぃ。カッチカチやぞ!!」
「関西弁て、俺と被っとるがな」
キンタロスのキャラ被りに関する苦情は、ラクーンドッグには聞こえていないらしい。自身の腕をぺしんぺしんと叩きながらモモタロスに言い放った後、即座に杵型の棍で動きの止まったモモタロスの腹を勢い良く突いた。
ドン、と鈍い音がしたかと思うと、彼の体はそのまま後方へと派手に吹き飛び、そのまま他の面々の元まで吹き飛ばされる。
「竜也!」
「モモタロス!!」
飛ばされたモモタロスを案ずるように、女性と良太郎の声が重なる。
一方でモモタロスの方は、咄嗟に腹筋を締めた上に後方へ跳んで威力を殺しはしたものの、突かれた場所が悪かったのか、ゲホゴホと咳き込んで言葉が出せない。
とは言え、このままやられっぱなしなのも癪に障る。使っているのは見知らぬ誰かの体であり、それに対して申し訳ない気持ちがない訳ではないが、逃がしてはいけないという、焦りにも似た感情が彼の中に湧いている。
だがそれは、モモタロス自身の物なのか、それともこの体の持ち主である竜也の物なのか。とにかく、ゆらりと体を揺らめかせながらも立ち上がるモモタロスに、ラクーンドッグは再度攻撃を仕掛けようと棍を構え……
しかしそれは、ラクーンドッグの契約者に止められてしまった。
「今日はカードが尽きま死た。それに、これから別の死事の時間DETH」
「何や、ここまで追い詰めといて残念やけど、契約者のあんさんがそう言うならしゃーない。ほな狸らしゅう、ぽぽぽぽーん!!」
言い切るや否や、ラクーンドッグはポォンと腹太鼓を鳴らす。それと同時に彼らの足元から煙幕が立ち上り……それが引いた時には既に夜の闇と静寂だけがその場に佇んでいるだけだった。
「……逃げられちまった」
辺りを見回し、一応の確認をするが……モモタロスの鼻に、イマジンの臭いは感知できない。
悔しげに呟きを落とし、彼はその変身を解いてチィと大きく舌打ちを鳴らす。
他の面々も最早追う事は不可能と考えたのか、変身を解き、やれやれとその場に立ち上がる。
モモタロスが憑いている影響か、竜也の髪はピンと逆立ち、髪一房と瞳の色が鮮やかな赤に染まっている。一方でドモンもキンタロスの影響で伸びた長髪を括り、金に染まった眼で
アヤセも、ウラタロスの影響を受けているせいか黒縁眼鏡に青い瞳を光らせ、嘗め回すように竜也を見やり……
「あーあ。先輩、また変なトコに入っちゃって」
「テメェもそうだろうが! ……って熊公! 何で道の真ん中で寝てんだお前は!」
「んごー」
「ドモンさん、こんな所で寝てたら、風邪ひいちゃいます。起きて下さい」
「そうだよ熊ちゃん、起きてよー」
項垂れているのではなく、眠っているのだと気付いたらしい。いびきを掻いて眠っているドモンの体を、シオンとリュウタロスが仲良くゆさゆさと揺さぶっている。
その横では、女性がきつく竜也達三人とリュウタロスを睨みつけた後、今度はじっと良太郎とハナに視線を向けて、冷静な声を放った。
「これは一体どういう事? 説明してもらえるんでしょうね?」
「それは勿論。私達も、どうしてこんな事になったのか知りたいし」
道の真ん中で、未だわいわいとやっている彼らに冷たい視線を送りながら、ハナが女性の言葉に答えを返す。
そう。分らないのだ。どうしてこんな事……それまでずっと「良太郎に憑いた姿」で定着していたはずの彼らが、イマジンとしての姿に戻ったのか。
そして……良太郎ではなく、竜也達に憑く形になってしまったのかも。
前兆はなかった。
彼らが「良太郎に憑いた姿」となった時と同じように、それは突然の出来事だった。
ザラリと音がしたと思った次の瞬間には、モモタロス達をはじめとするイマジン達の姿は、「ヒト」から「イマジン」へと戻っていたのだ。
それを不思議に思えば、更に追い打ちをかけるようにオーナーが言った。
「どうやら、『世界』が動き出したようですねえ」
「世界、ですか?」
「ええ」
ケチャップで「チャーハン★」と書かれたオムライスを突きながら、オーナーはどこか硬い表情で頷きを返した。
色々と自己主張の激しい「それ」にツッコミを入れたいところではあるが、そのツッコミを飲み込むほどに、オーナーの表情は今までに類を見ないほど真剣だ。
……もっとも、それが会話の内容ゆえの真剣さなのか、あるいは頂点に立つ旗に対する集中から来る真剣さなのかは、見当もつかないが。
「何だ何だ? また異世界とかって場所で、何かが起こってるってのか?」
「ええ。それも、今まで皆さんが経験してきた出来事よりも、遥かに大規模な変異が」
モモタロスの声に頷きながら、オーナーはスプーンで、卵で出来た薄膜と共に、その下に存在するチキンライスを掬う。刹那、微かに頂点に突き立っている旗が傾いだが、倒れるまでには至らない。
それを満足げに見下ろして、彼はスプーンを口元へと運ぶ。
「それって、どういう事ですか?」
「……まだ、はっきりとした事は分かりませんが」
口の中の物を嚥下し、ハナの投げた問いに答えを返すと、再びスプーンでチキンライスを掬い、衝撃で微かに傾いた旗を凝視する。
が、それ以上動く気配はないのを見るや、先程掬った箇所とは旗を挟んで反対側にスプーンを突き立てて言葉を続けた。
「少なくとも、その世界の歴史を、根本から変えようとしている……のかも、しれません」
「世界の、歴史……」
「それも、異世界と呼べる場所だけでなく、私達の住む世界までも…………あ」
すとん、と軽い音とともに、オムライスの上に立てられていた旗が倒れる。皿の上のオムライスも、残りスプーン一杯分程度なので、倒れるのも当然と言えるのだが、今回の流れでは少々タイミングが悪かった。
話は終わりとばかりに、オーナーはすっくと席を立ち、どこかへ去ってしまう。概ねいつも通りの流れなのだが、重要な話のさなかにこれが起こると、往々にして良いところで中途半端に終わってしまうため、残された者はもやもやとしたものが残る。
そして当然、今回もモヤっとしたものを乗客達の胸に残していった。
――私達の世界まで変えようとしている誰かがいる――
その事実に、ハナは嫌な予感を覚える。と同時に、オーナーの言葉にわずかな引っかかる物を感じたのだが……
「あっ! 可愛い子猫みーっけ!」
唐突に上がったリュウタロスの声に、予感も違和感もかき消されてしまい、今に至るのであった。