☆未来戦隊タイムレンジャー&仮面ライダー電王☆
【Case File37:時間の守護者】
西暦三〇〇〇年の未来人達と、一人の男が出逢った。
……新しい時間 を、刻む為に……
何でも屋、「トゥモローリサーチ」。社員は僅か五名、護身術指南や探偵、運転代行、果ては機械の修理等々本当に何でもやってくれる、小さな会社である。
そして今日は近所の商店街で行うイベントの準備を依頼され、今しがたそれが終わった所である。勿論、こういった大きな仕事は五人全員で当たる。揃いの青いジャケットを羽織り、陽が落ちきった細い道を歩きつつ、彼らは他愛もない会話を交わしていた。
「あー、腹減ったぁ」
「ドモン。お前はいつもそればっかりだな」
「別に良いだろ。俺は動いてんだよ、お前と違って」
ドモンと呼ばれたニット帽の青年は、皮肉気に言った人物……アヤセに向って口を尖らせて言葉を返す。
だが、互いの顔には不快の色はない。仕事仲間という事もあるのだろうが、それ以上に、彼らの間に絆があるが故のやり取りなのだろう。彼らの会話には、友人同士の軽口の応酬に似た印象を受ける。
そんな彼らの少し後ろでは、紅一点のユウリが軽く口の端に呆れたような笑みを浮かべ、彼女の横に立つ青年、竜也はあははと軽く声をあげて笑っている。
そして、先頭に立つ最年少の青年シオンは、にこにこと嬉しそうな表情を浮かべて彼らの方を振り返った。
「今」、「この時間」、「ここ」にいられる事が、とても幸せに思えて。
竜也を除く四人は、西暦三〇〇〇年からやって来た「未来人」だ。彼らが千年の時間を飛び越えて、この二十世紀にいるのにはれっきとした理由がある。
それは、彼らが本来存在すべき時間……三十世紀で名を馳せた凶悪なマフィア、ドン・ドルネロが、凶悪犯を「収監した刑務所ごと」この時間へ逃亡した事に起因する。
「時間保護局」なる組織に属している彼らは、時間を守る者である「タイムレンジャー」として、逃亡したドルネロ一派……「ロンダーズファミリー」を名乗る彼らを追い、再逮捕する為にこの時間に来たのだ。
だが、その際に利用した時間艇は墜落。ドルネロ一派も未だ逮捕しきれていない状況下での帰還も認められず、この時間に留まる事となった。最初こそ「こんな古臭くて不便な時代」と馬鹿にしていた彼らだったが、半ば巻き込む形で得た現地協力員の竜也と触れ合う内、この時代の事を好ましく思えてきたらしい。
今では、三十世紀に帰りたいと思う事の方が少なくなっているのも確かだ。
――自分の未来 くらい、自分で変えようぜ――
真っ直ぐな瞳でそう言い放った竜也が、良くも悪くも今の自分達の中心にいる。それは、家族の……「同胞」のいないシオンにとって、とても暖かく心地良い事象だった。
「な、シオン。今日の晩飯は何だ?」
「はい。今日はハンバーグにしようかなって。昨日、合挽き肉を買っておいたんです」
「ハンバーグかぁ。俺も手伝うよ、シオン」
「ありがとうございます竜也さん」
ドモンと竜也に、シオンはやはりニコニコと笑みを浮かべて言葉を返す。
一方で竜也は彼を弟のように思っているのか、慈愛の篭った瞳で見つめ、ドモンの方は夕飯を楽しみしているらしい。ハンバーグを連呼しながら、早く帰ろうと言いたげにシオンの背をぐいぐいと押す。
そんな彼らを、アヤセとユウリが呆れたように笑みで見つめる。ほぼ日常茶飯事と化しているこの光景は、いつ見てもドモンや竜也の能天気さに呆れ……同時に穏やかな心持になれる。
ユウリも、シオン同様家族を持たない身であり、アヤセは不治の心臓病を抱えている。ドモンにだって、格闘技界を追放されたという過去がある。
影を抱く身であるからこそ、この平穏を楽しいと思えるのかも知れない。
そうだと嬉しい。自分が大切に思っている人と、同じ気持ちでいられるのは。
そんな風に、シオンがぼんやりと思った瞬間。彼の耳に、不可思議な声が響いた。
――あっ! 可愛い子猫みーっけ!――
「え?」
その声に反応し、シオンはきょと、と軽く視線を巡らせる。すると確かに、脇の方でにぃにぃと啼く小さな子猫が数匹、親猫と思しき成猫と共にその場で寝そべっていた。
子猫は自身の掌くらいの大きさだろうか。暗くて毛の色はよく分らないが、キラキラと光る目が愛らしい。
「本当だ。可愛いですね」
――うんうん。僕、犬も猫も鳥も大好きだよ――
「僕も、動物は好きです」
――僕はただの「好き」じゃなくて、「大好き」だけどねー――
猫を驚かせないようにそっとその側に近寄りつつ、シオンはその不可思議な声に答えを返す。
「声」の主は男の子なのだろうか。やや声は高く、喋り方も無邪気な印象を抱かせる。何故か自分と張り合っているらしく、「自分の方が好きの度合いが大きい」事を強調しているのが微笑ましい。どこからその声が聞こえてくるのかは分らないが、シオンは然程気にせず猫に向ってそっと手を伸ばした。
ヒトに慣れているのだろうか、親猫も子猫もにぃと一声上げると、伸ばされた手にすりすりとその顔を擦りつけた。
――あははっ! ちっちゃーい――
「はい。子猫って、こんなに小さくて柔らかいんですね」
ふわふわとした毛並みと、少しでも力を込めれば潰れてしまいそうな柔らかさに目を細めてシオンが返した瞬間。
はたと、何かに気付いたように「声」が言った。
――……あれ? お前、僕の声聞こえてるの?――
「え?」
言われた意味を理解しきれず、軽く首を傾げる。そして、その後ろではそんなシオンを心配そうに見つめる竜也達の姿があった。
「なあシオン? お前、さっきから誰と会話してるんだ?」
「まさか……幽霊!?」
「そんな訳ないでしょ。でもシオン、あなた疲れてるんじゃない?」
「稼ぎ頭とはいえ、働き詰めだからな。今日はもう帰って早めに風呂に入ってゆっくりした方が良いんじゃないか?」
ドモン、竜也、ユウリ、そしてアヤセの順で言われ、ようやくシオンは、「声」が他の誰にも聞こえていないのだという事に気付く。
どこにも姿が見当たらないのは不思議に思っていたが、他の面々には一切聞こえていなかったとは思わなかった。
「皆さんには聞こえませんか? 男の子の声……」
「ごめん、俺には聞こえない」
シオンの問いに、ふるふると首を横に振って否定する竜也達。という事は、彼らには自分が独り言を言っているように見えたのだろうか。
だが、自分の耳にはっきりと届いた声が、幻聴とは思えない。ひょっとするとテレパシーの類か何かだろうか。エスパーやテレパス、エンバスといった「超能力者」と呼ばれる者達は、自分を含めた「異星人」の存在と同じように、三十世紀ではその能力が科学的にも認められており、然程珍しくはない。
では、自分にのみ送られてきているテレパシーなのだろうか?
「あの……」
――この状態で良太郎以外と繋がるなんて、変なの。……まあ良いや、ちょっと遊んじゃおーっと――
「声」の主に、テレパスかどうかを問おうとシオンが口を開きかけた瞬間。「声」は楽し気にそう言うと、同時にシオンに何かをしたらしい。一瞬だけ目を大きく見開いたかと思うと、その体はびくりと跳ね、そのまま脱力したように彼はがくんと首を垂れる。
直後、その体からざらりと白い砂が零れ落ち、音を立てて彼の足元にわだかまった。
「シオン? どうかしたの?」
俯いたままこちらを見ない上に、足元に溜まっていく砂を気にしていないらしいシオンを不審に思ったのか、ユウリがこれまた不思議そうな表情で彼に問いかける。
その瞬間、それまで硬直していたシオンは、ガバッと顔を上げ、奇妙な……いつもの穏やかな物とは少し違う、子供じみた笑顔を彼らに向けた。
その顔に、アヤセは妙な違和感を覚える。ミルクティー色に染められたシオンの髪の中に、一筋だけ紫が混じり、瞳の色も混じった髪と同じ紫に変わっている。何よりも、ついさっきまでは存在していなかったヘッドフォンを首からぶら下げているのが不自然この上ない。
「おい、シオン……」
「ねぇねぇ、僕、遊んでくるけど良いよね? 答えは聞かないけど」
どうした、とアヤセが聞くよりも先に、シオンは彼らしからぬ言葉遣いで言うと、その場にストンと座り込み、手に擦り寄っていた子猫達を抱き上げて優しく撫で回す。
猫達もシオンの変化に戸惑っているように見えたが、シオンの方は猫の困惑など全く気にしていない様子。まして竜也達の驚きなど眼中にないかのように振る舞い、文字通り「猫かわいがり」している。
「あははっ。可愛いー。ちっちゃーい。にゃー」
そう言って撫でるシオンは、明らかにおかしい。
動物を可愛がるのは普段の彼からも連想できるが、普段はこんな風に地面に座り込んだりはしないし、何だかんだで竜也達の事を気にかけている。
だが、今のシオンは完全に猫だけを見ていて、竜也達の事は頭からすっぽり抜け落ち、ただひたすらに遊んでいるようにしか見えない。小さな子供が、お気に入りの玩具で遊んでいる時のように集中している。
「なあ、やっぱりこれって幽霊!? シオンの奴、憑依されちゃった!?」
雰囲気が変わる寸前、シオンは男の子の声が聞こえると言っていた。という事は、ひょっとするとこの辺りで成仏しきれない男の子の幽霊が、シオンにとり憑き体を乗っ取ったのでは……そんな考えが、竜也の脳裏を過ぎる。
だが、それは困る。シオンはトゥモローリサーチの中でも稼ぎ頭だし、何より大切な仲間だ。それがこのままなのは、シオンにだって良い影響が出るとは思えない。
仮に幽霊に憑依されていないのだとしても、この状況は明らかにおかしい。
とにかく、一度事務所に戻ってどうにかせねば。
そう思った瞬間、いきなり彼らの足元が小さく爆ぜた。その爆音と衝撃に驚いたのか、シオンの腕の中にいた猫達は、にゃあと驚きの声をあげて逃げていく。
「あっ……!」
それを寂しげに見つめるシオン。そしてそんな彼を除く四人は、今のが何者かによる威嚇射撃であると気付くや、銃弾が飛んできた方向を反射的に睨みつけた。
そこに立っていたのは、ロンダーズファミリーが用いる、ゼニットと呼ばれるジャンクロイドと、それを従えるようにして立つ一人の異星人。恐らく……否、間違いなく「刑務所」に収監されていた囚人らしく、首に細長い「リバウンド抑制シール」が貼られている。
圧縮冷凍刑。それは三十世紀における刑の一つ。その名の通り体を十センチ前後の大きさにまで圧縮し、そのそして刑期満了まで冷凍睡眠 させる刑である。
また、正式な手順で「解凍」を行っても、それまで圧縮されていた反動から、放置すると体細胞が異常増殖を始め、巨大化する、「リバウンド」と呼ばれる現象が起こる。首に貼られているシールは、名前の通り、リバウンドを抑える為の物だ。
「ロンダーズ!」
「吾 の名はヘルユーロ・リーマン。リーマン三兄弟 の長兄DETH。タイムレンジャー、汝 達をKILL死 に来ま死た」
反射的に身構えた竜也達四人に言葉を返しながら、ヘルユーロと名乗ったそいつは、手の内にあるカードを弄ぶ。
それが彼の武器なのか、月の光に反射するそのカードは、何故か鈍色の光を放っている。
「んっふっふっふ。汝達、随分と血色がいいDETH。こんな夜には血が映えるんDETHよね」
「そんなのどうでも良いよ! それより、お前のせいで子猫逃げちゃったじゃん!」
うっとりと恍惚の表情で狂気じみた事を言い放ったヘルユーロに対し、シオンはきつく相手を睨みつけると、自身の前に並んだ四人を退かす。
その顔に、いつもの柔和な色はない。不機嫌、不満、我儘……そう言った物を前面に押し出した、不快の表情だ。
「おい、シオン……」
「……お前、倒すけど良いよね? 答えは聞かないけど」
ドモンの制止の声も聞かず、シオンはくるりとその場で一回転し、ピッと人指し指を相手に向けて宣言する。それと同時に、ニタリと笑って手首に嵌っているクロノチェンジャーを起動させた。
「変身」
いつもの変身とは異なる掛け声にも反応するのか、次の瞬間にはシオンの姿は緑のクロノスーツを纏った戦士、タイムグリーンへと変わる。
だが、何故だろうか。シオンはそんな自分の格好を見下ろすと、不思議そうな声を出した。
「あれ? 何かいつもと違う。色も緑だし。…………ま、良いや」
勝手に疑問に思って、勝手に納得したらしい。シオンは即座に時計の長針と短針を模した双剣、ダブルベクターを呼び出すと、その柄の部分を合体させ、ツインベクターと呼ばれる形に変形させる。
その行動に嫌な物を感じたのか、ヘルユーロは持っていたカードをシオンに向って投げつけた。緩やかな動きで飛んできたそれを、シオンがツインベクターで払った瞬間。カードの大きさに見合わぬ、大きな爆発が起こった。
大きいと言っても、爆炎は人の顔の大きさほどだが、元のカードの大きさが普通のトランプサイズだっただけに、充分驚きに値する。ヘルメットをつけていなければ、シオンの顔は良くて火傷、下手をすれば吹き飛んでいただろう。
「んっふふふふふ。吾のカード爆弾、いかがDETHか?」
誇らしげに言いながら、ヘルユーロは次々にカードをシオンへ向って投げ放つ。勿論、竜也達への攻撃も忘れていない。控えているゼニット達が、チェンジしようとする彼らを牽制するように散弾を放つ。
そんなカード爆弾を煩わしく思ったのか、シオンは小さく「うるさいなぁ」と呟くと、軽くステップを踏みながらツインベクターの先から光線……ベクターハーレーを放ってカードを次々と撃ち落とした。
更に、撃ち落すだけに留まらず、シオンはそのままベクターハーレーをヘルユーロめがけて連射する。
その攻撃を、ヘルユーロは時にカードで防ぎ、そして時に身を捩ってかわす。その様は踊っている……いや、シオンに踊らされているように見える。
「な、ななな!? タイムレンジャーがこんな事するなんて、聞いた事ないDETH!」
「ははっ! お前面白いね。ねえ、もっと踊ろうよ!」
慌てるヘルユーロとは対照的に楽しげな声を上げ、シオンはツインベクターから元の双剣に戻すと、大きく飛び上がり、左手に持つ長い方を上から振り下ろし、右手に持つ短い方を右から左へ振りぬいた。それは丁度、時計が九時を指すような形から繰り出される、十字型の斬撃。
通常は「ベクターエンド・ビートナイン」と宣言して放たれるはずの技を、今のシオンは何も言わずに放った。ヘルユーロも一応はそれを回避したものの、剣先は掠めていたのか体に浅い傷が浮く。
勢いに押され、よろりとよろめくヘルユーロ。その目には、己を攻撃してきたシオンへの怨嗟の炎が宿っているのが見て取れる。
一方でシオンはと言うと、軽く首を傾げながら自身の手元のダブルベクターを見下ろし……
「んー、これ使いにくい。やーめたっ」
「ちょっと!?」
ぽいっと。まるで興味を失った子供のように武器を放り捨てたシオンに、思わずユウリが驚きの声を上げる。
ダブルベクターは、昨日今日使い始めた訳ではない。今までだってそれを基本武器にして戦ってきたのに、今更「使いにくい」も何もあった物ではない。おまけに、敵の眼前で武器を捨てるなどおかしいにも程がある。
そんな風にユウリが思う中、シオンは武器を持たぬままトントンとステップを踏みながらヘルユーロに近付くと、蹴りを主体にした攻撃を繰り出し……やがて大きくその胸板を蹴って距離を開くと、自身の専用重火器 であるボルパルサーを呼び出した。
シオンが使うのは、二連装マシンガン型。通常は五人のボルユニットを組み合わせて囚人を圧縮冷凍する為に使うのが常であり、単体で使う事は滅多にない。
それと言うのも、これらは出力レベルによっては単体で囚人を射殺出来てしまう代物であるからだ。強力な敵に対しては出力レベルを「殺さない」程度に設定して単体で使用する事もあるが、今のヘルユーロを見る限りこれを取り出す程の必要があるとは思えない。そんな事は、シオンも重々承知のはずだ。
訝るように見る竜也達の視線を軽く受け流し、シオンはゆっくりとそれを上段から構えると……
「もう、お前の相手するの、飽きちゃった」
その笑いを含んだ彼の声に、ようやく竜也も危険を察知したらしい。はっとしたように目を見開くと、全員は慌ててシオンの側に駆け寄り、声を荒げた。
「ちょっ! ちょっとシオン! 殺しちゃまずいって!!」
「そうよ! そんな事したら、あなたが罪を犯した事になるわ!」
タイムレンジャーの仕事は、脱獄囚を再逮捕し、圧縮冷凍に処す事にある。パワードスーツや機械の類ならば「破壊」が許されているが、囚人に対する殺害は許可されていない。それどころか、タイムレンジャーが囚人を殺すのは重大な罪に当たる。シオンとてその事は知っているはず。なのに、今の彼は完全にヘルユーロを「倒す」……否、「殺す」つもりでボルパルサーを取り出している。
竜也とユウリはシオンの前に出て止めに入り、ドモンが彼の右腕を、アヤセが左腕を捕える。
「……そんなの知らないよ。それに僕、『シオン』じゃないしぃ」
「何?」
「えぇっ!? じゃやっぱり幽霊かよ!?」
「とにかく、邪魔しないでよ! あいつは僕がやっつけるんだから!」
シオンじゃない、と言われた事に驚き、思わず緩んだアヤセとドモンの腕を鬱陶しそうに振りほどくと、シオンはこれを機とばかりにユウリと竜也をも押しのけ……
「それじゃ、最後行くよ、良い? 答えは聞かないけど」
すっとボルパルサーを構え、相手を「殺す」一撃を放つ為に、シオンが引鉄にその指をかけた……まさにその瞬間。
「ダメに決まってるでしょ、馬鹿!!」
「やめなよ、リュウタロス」
甲高い少女の怒鳴り声と、困ったような青年の声が、その場に響いたのであった。
西暦三〇〇〇年の未来人達と、一人の男が出逢った。
……新しい
何でも屋、「トゥモローリサーチ」。社員は僅か五名、護身術指南や探偵、運転代行、果ては機械の修理等々本当に何でもやってくれる、小さな会社である。
そして今日は近所の商店街で行うイベントの準備を依頼され、今しがたそれが終わった所である。勿論、こういった大きな仕事は五人全員で当たる。揃いの青いジャケットを羽織り、陽が落ちきった細い道を歩きつつ、彼らは他愛もない会話を交わしていた。
「あー、腹減ったぁ」
「ドモン。お前はいつもそればっかりだな」
「別に良いだろ。俺は動いてんだよ、お前と違って」
ドモンと呼ばれたニット帽の青年は、皮肉気に言った人物……アヤセに向って口を尖らせて言葉を返す。
だが、互いの顔には不快の色はない。仕事仲間という事もあるのだろうが、それ以上に、彼らの間に絆があるが故のやり取りなのだろう。彼らの会話には、友人同士の軽口の応酬に似た印象を受ける。
そんな彼らの少し後ろでは、紅一点のユウリが軽く口の端に呆れたような笑みを浮かべ、彼女の横に立つ青年、竜也はあははと軽く声をあげて笑っている。
そして、先頭に立つ最年少の青年シオンは、にこにこと嬉しそうな表情を浮かべて彼らの方を振り返った。
「今」、「この時間」、「ここ」にいられる事が、とても幸せに思えて。
竜也を除く四人は、西暦三〇〇〇年からやって来た「未来人」だ。彼らが千年の時間を飛び越えて、この二十世紀にいるのにはれっきとした理由がある。
それは、彼らが本来存在すべき時間……三十世紀で名を馳せた凶悪なマフィア、ドン・ドルネロが、凶悪犯を「収監した刑務所ごと」この時間へ逃亡した事に起因する。
「時間保護局」なる組織に属している彼らは、時間を守る者である「タイムレンジャー」として、逃亡したドルネロ一派……「ロンダーズファミリー」を名乗る彼らを追い、再逮捕する為にこの時間に来たのだ。
だが、その際に利用した時間艇は墜落。ドルネロ一派も未だ逮捕しきれていない状況下での帰還も認められず、この時間に留まる事となった。最初こそ「こんな古臭くて不便な時代」と馬鹿にしていた彼らだったが、半ば巻き込む形で得た現地協力員の竜也と触れ合う内、この時代の事を好ましく思えてきたらしい。
今では、三十世紀に帰りたいと思う事の方が少なくなっているのも確かだ。
――自分の
真っ直ぐな瞳でそう言い放った竜也が、良くも悪くも今の自分達の中心にいる。それは、家族の……「同胞」のいないシオンにとって、とても暖かく心地良い事象だった。
「な、シオン。今日の晩飯は何だ?」
「はい。今日はハンバーグにしようかなって。昨日、合挽き肉を買っておいたんです」
「ハンバーグかぁ。俺も手伝うよ、シオン」
「ありがとうございます竜也さん」
ドモンと竜也に、シオンはやはりニコニコと笑みを浮かべて言葉を返す。
一方で竜也は彼を弟のように思っているのか、慈愛の篭った瞳で見つめ、ドモンの方は夕飯を楽しみしているらしい。ハンバーグを連呼しながら、早く帰ろうと言いたげにシオンの背をぐいぐいと押す。
そんな彼らを、アヤセとユウリが呆れたように笑みで見つめる。ほぼ日常茶飯事と化しているこの光景は、いつ見てもドモンや竜也の能天気さに呆れ……同時に穏やかな心持になれる。
ユウリも、シオン同様家族を持たない身であり、アヤセは不治の心臓病を抱えている。ドモンにだって、格闘技界を追放されたという過去がある。
影を抱く身であるからこそ、この平穏を楽しいと思えるのかも知れない。
そうだと嬉しい。自分が大切に思っている人と、同じ気持ちでいられるのは。
そんな風に、シオンがぼんやりと思った瞬間。彼の耳に、不可思議な声が響いた。
――あっ! 可愛い子猫みーっけ!――
「え?」
その声に反応し、シオンはきょと、と軽く視線を巡らせる。すると確かに、脇の方でにぃにぃと啼く小さな子猫が数匹、親猫と思しき成猫と共にその場で寝そべっていた。
子猫は自身の掌くらいの大きさだろうか。暗くて毛の色はよく分らないが、キラキラと光る目が愛らしい。
「本当だ。可愛いですね」
――うんうん。僕、犬も猫も鳥も大好きだよ――
「僕も、動物は好きです」
――僕はただの「好き」じゃなくて、「大好き」だけどねー――
猫を驚かせないようにそっとその側に近寄りつつ、シオンはその不可思議な声に答えを返す。
「声」の主は男の子なのだろうか。やや声は高く、喋り方も無邪気な印象を抱かせる。何故か自分と張り合っているらしく、「自分の方が好きの度合いが大きい」事を強調しているのが微笑ましい。どこからその声が聞こえてくるのかは分らないが、シオンは然程気にせず猫に向ってそっと手を伸ばした。
ヒトに慣れているのだろうか、親猫も子猫もにぃと一声上げると、伸ばされた手にすりすりとその顔を擦りつけた。
――あははっ! ちっちゃーい――
「はい。子猫って、こんなに小さくて柔らかいんですね」
ふわふわとした毛並みと、少しでも力を込めれば潰れてしまいそうな柔らかさに目を細めてシオンが返した瞬間。
はたと、何かに気付いたように「声」が言った。
――……あれ? お前、僕の声聞こえてるの?――
「え?」
言われた意味を理解しきれず、軽く首を傾げる。そして、その後ろではそんなシオンを心配そうに見つめる竜也達の姿があった。
「なあシオン? お前、さっきから誰と会話してるんだ?」
「まさか……幽霊!?」
「そんな訳ないでしょ。でもシオン、あなた疲れてるんじゃない?」
「稼ぎ頭とはいえ、働き詰めだからな。今日はもう帰って早めに風呂に入ってゆっくりした方が良いんじゃないか?」
ドモン、竜也、ユウリ、そしてアヤセの順で言われ、ようやくシオンは、「声」が他の誰にも聞こえていないのだという事に気付く。
どこにも姿が見当たらないのは不思議に思っていたが、他の面々には一切聞こえていなかったとは思わなかった。
「皆さんには聞こえませんか? 男の子の声……」
「ごめん、俺には聞こえない」
シオンの問いに、ふるふると首を横に振って否定する竜也達。という事は、彼らには自分が独り言を言っているように見えたのだろうか。
だが、自分の耳にはっきりと届いた声が、幻聴とは思えない。ひょっとするとテレパシーの類か何かだろうか。エスパーやテレパス、エンバスといった「超能力者」と呼ばれる者達は、自分を含めた「異星人」の存在と同じように、三十世紀ではその能力が科学的にも認められており、然程珍しくはない。
では、自分にのみ送られてきているテレパシーなのだろうか?
「あの……」
――この状態で良太郎以外と繋がるなんて、変なの。……まあ良いや、ちょっと遊んじゃおーっと――
「声」の主に、テレパスかどうかを問おうとシオンが口を開きかけた瞬間。「声」は楽し気にそう言うと、同時にシオンに何かをしたらしい。一瞬だけ目を大きく見開いたかと思うと、その体はびくりと跳ね、そのまま脱力したように彼はがくんと首を垂れる。
直後、その体からざらりと白い砂が零れ落ち、音を立てて彼の足元にわだかまった。
「シオン? どうかしたの?」
俯いたままこちらを見ない上に、足元に溜まっていく砂を気にしていないらしいシオンを不審に思ったのか、ユウリがこれまた不思議そうな表情で彼に問いかける。
その瞬間、それまで硬直していたシオンは、ガバッと顔を上げ、奇妙な……いつもの穏やかな物とは少し違う、子供じみた笑顔を彼らに向けた。
その顔に、アヤセは妙な違和感を覚える。ミルクティー色に染められたシオンの髪の中に、一筋だけ紫が混じり、瞳の色も混じった髪と同じ紫に変わっている。何よりも、ついさっきまでは存在していなかったヘッドフォンを首からぶら下げているのが不自然この上ない。
「おい、シオン……」
「ねぇねぇ、僕、遊んでくるけど良いよね? 答えは聞かないけど」
どうした、とアヤセが聞くよりも先に、シオンは彼らしからぬ言葉遣いで言うと、その場にストンと座り込み、手に擦り寄っていた子猫達を抱き上げて優しく撫で回す。
猫達もシオンの変化に戸惑っているように見えたが、シオンの方は猫の困惑など全く気にしていない様子。まして竜也達の驚きなど眼中にないかのように振る舞い、文字通り「猫かわいがり」している。
「あははっ。可愛いー。ちっちゃーい。にゃー」
そう言って撫でるシオンは、明らかにおかしい。
動物を可愛がるのは普段の彼からも連想できるが、普段はこんな風に地面に座り込んだりはしないし、何だかんだで竜也達の事を気にかけている。
だが、今のシオンは完全に猫だけを見ていて、竜也達の事は頭からすっぽり抜け落ち、ただひたすらに遊んでいるようにしか見えない。小さな子供が、お気に入りの玩具で遊んでいる時のように集中している。
「なあ、やっぱりこれって幽霊!? シオンの奴、憑依されちゃった!?」
雰囲気が変わる寸前、シオンは男の子の声が聞こえると言っていた。という事は、ひょっとするとこの辺りで成仏しきれない男の子の幽霊が、シオンにとり憑き体を乗っ取ったのでは……そんな考えが、竜也の脳裏を過ぎる。
だが、それは困る。シオンはトゥモローリサーチの中でも稼ぎ頭だし、何より大切な仲間だ。それがこのままなのは、シオンにだって良い影響が出るとは思えない。
仮に幽霊に憑依されていないのだとしても、この状況は明らかにおかしい。
とにかく、一度事務所に戻ってどうにかせねば。
そう思った瞬間、いきなり彼らの足元が小さく爆ぜた。その爆音と衝撃に驚いたのか、シオンの腕の中にいた猫達は、にゃあと驚きの声をあげて逃げていく。
「あっ……!」
それを寂しげに見つめるシオン。そしてそんな彼を除く四人は、今のが何者かによる威嚇射撃であると気付くや、銃弾が飛んできた方向を反射的に睨みつけた。
そこに立っていたのは、ロンダーズファミリーが用いる、ゼニットと呼ばれるジャンクロイドと、それを従えるようにして立つ一人の異星人。恐らく……否、間違いなく「刑務所」に収監されていた囚人らしく、首に細長い「リバウンド抑制シール」が貼られている。
圧縮冷凍刑。それは三十世紀における刑の一つ。その名の通り体を十センチ前後の大きさにまで圧縮し、そのそして刑期満了まで
また、正式な手順で「解凍」を行っても、それまで圧縮されていた反動から、放置すると体細胞が異常増殖を始め、巨大化する、「リバウンド」と呼ばれる現象が起こる。首に貼られているシールは、名前の通り、リバウンドを抑える為の物だ。
「ロンダーズ!」
「
反射的に身構えた竜也達四人に言葉を返しながら、ヘルユーロと名乗ったそいつは、手の内にあるカードを弄ぶ。
それが彼の武器なのか、月の光に反射するそのカードは、何故か鈍色の光を放っている。
「んっふっふっふ。汝達、随分と血色がいいDETH。こんな夜には血が映えるんDETHよね」
「そんなのどうでも良いよ! それより、お前のせいで子猫逃げちゃったじゃん!」
うっとりと恍惚の表情で狂気じみた事を言い放ったヘルユーロに対し、シオンはきつく相手を睨みつけると、自身の前に並んだ四人を退かす。
その顔に、いつもの柔和な色はない。不機嫌、不満、我儘……そう言った物を前面に押し出した、不快の表情だ。
「おい、シオン……」
「……お前、倒すけど良いよね? 答えは聞かないけど」
ドモンの制止の声も聞かず、シオンはくるりとその場で一回転し、ピッと人指し指を相手に向けて宣言する。それと同時に、ニタリと笑って手首に嵌っているクロノチェンジャーを起動させた。
「変身」
いつもの変身とは異なる掛け声にも反応するのか、次の瞬間にはシオンの姿は緑のクロノスーツを纏った戦士、タイムグリーンへと変わる。
だが、何故だろうか。シオンはそんな自分の格好を見下ろすと、不思議そうな声を出した。
「あれ? 何かいつもと違う。色も緑だし。…………ま、良いや」
勝手に疑問に思って、勝手に納得したらしい。シオンは即座に時計の長針と短針を模した双剣、ダブルベクターを呼び出すと、その柄の部分を合体させ、ツインベクターと呼ばれる形に変形させる。
その行動に嫌な物を感じたのか、ヘルユーロは持っていたカードをシオンに向って投げつけた。緩やかな動きで飛んできたそれを、シオンがツインベクターで払った瞬間。カードの大きさに見合わぬ、大きな爆発が起こった。
大きいと言っても、爆炎は人の顔の大きさほどだが、元のカードの大きさが普通のトランプサイズだっただけに、充分驚きに値する。ヘルメットをつけていなければ、シオンの顔は良くて火傷、下手をすれば吹き飛んでいただろう。
「んっふふふふふ。吾のカード爆弾、いかがDETHか?」
誇らしげに言いながら、ヘルユーロは次々にカードをシオンへ向って投げ放つ。勿論、竜也達への攻撃も忘れていない。控えているゼニット達が、チェンジしようとする彼らを牽制するように散弾を放つ。
そんなカード爆弾を煩わしく思ったのか、シオンは小さく「うるさいなぁ」と呟くと、軽くステップを踏みながらツインベクターの先から光線……ベクターハーレーを放ってカードを次々と撃ち落とした。
更に、撃ち落すだけに留まらず、シオンはそのままベクターハーレーをヘルユーロめがけて連射する。
その攻撃を、ヘルユーロは時にカードで防ぎ、そして時に身を捩ってかわす。その様は踊っている……いや、シオンに踊らされているように見える。
「な、ななな!? タイムレンジャーがこんな事するなんて、聞いた事ないDETH!」
「ははっ! お前面白いね。ねえ、もっと踊ろうよ!」
慌てるヘルユーロとは対照的に楽しげな声を上げ、シオンはツインベクターから元の双剣に戻すと、大きく飛び上がり、左手に持つ長い方を上から振り下ろし、右手に持つ短い方を右から左へ振りぬいた。それは丁度、時計が九時を指すような形から繰り出される、十字型の斬撃。
通常は「ベクターエンド・ビートナイン」と宣言して放たれるはずの技を、今のシオンは何も言わずに放った。ヘルユーロも一応はそれを回避したものの、剣先は掠めていたのか体に浅い傷が浮く。
勢いに押され、よろりとよろめくヘルユーロ。その目には、己を攻撃してきたシオンへの怨嗟の炎が宿っているのが見て取れる。
一方でシオンはと言うと、軽く首を傾げながら自身の手元のダブルベクターを見下ろし……
「んー、これ使いにくい。やーめたっ」
「ちょっと!?」
ぽいっと。まるで興味を失った子供のように武器を放り捨てたシオンに、思わずユウリが驚きの声を上げる。
ダブルベクターは、昨日今日使い始めた訳ではない。今までだってそれを基本武器にして戦ってきたのに、今更「使いにくい」も何もあった物ではない。おまけに、敵の眼前で武器を捨てるなどおかしいにも程がある。
そんな風にユウリが思う中、シオンは武器を持たぬままトントンとステップを踏みながらヘルユーロに近付くと、蹴りを主体にした攻撃を繰り出し……やがて大きくその胸板を蹴って距離を開くと、自身の
シオンが使うのは、二連装マシンガン型。通常は五人のボルユニットを組み合わせて囚人を圧縮冷凍する為に使うのが常であり、単体で使う事は滅多にない。
それと言うのも、これらは出力レベルによっては単体で囚人を射殺出来てしまう代物であるからだ。強力な敵に対しては出力レベルを「殺さない」程度に設定して単体で使用する事もあるが、今のヘルユーロを見る限りこれを取り出す程の必要があるとは思えない。そんな事は、シオンも重々承知のはずだ。
訝るように見る竜也達の視線を軽く受け流し、シオンはゆっくりとそれを上段から構えると……
「もう、お前の相手するの、飽きちゃった」
その笑いを含んだ彼の声に、ようやく竜也も危険を察知したらしい。はっとしたように目を見開くと、全員は慌ててシオンの側に駆け寄り、声を荒げた。
「ちょっ! ちょっとシオン! 殺しちゃまずいって!!」
「そうよ! そんな事したら、あなたが罪を犯した事になるわ!」
タイムレンジャーの仕事は、脱獄囚を再逮捕し、圧縮冷凍に処す事にある。パワードスーツや機械の類ならば「破壊」が許されているが、囚人に対する殺害は許可されていない。それどころか、タイムレンジャーが囚人を殺すのは重大な罪に当たる。シオンとてその事は知っているはず。なのに、今の彼は完全にヘルユーロを「倒す」……否、「殺す」つもりでボルパルサーを取り出している。
竜也とユウリはシオンの前に出て止めに入り、ドモンが彼の右腕を、アヤセが左腕を捕える。
「……そんなの知らないよ。それに僕、『シオン』じゃないしぃ」
「何?」
「えぇっ!? じゃやっぱり幽霊かよ!?」
「とにかく、邪魔しないでよ! あいつは僕がやっつけるんだから!」
シオンじゃない、と言われた事に驚き、思わず緩んだアヤセとドモンの腕を鬱陶しそうに振りほどくと、シオンはこれを機とばかりにユウリと竜也をも押しのけ……
「それじゃ、最後行くよ、良い? 答えは聞かないけど」
すっとボルパルサーを構え、相手を「殺す」一撃を放つ為に、シオンが引鉄にその指をかけた……まさにその瞬間。
「ダメに決まってるでしょ、馬鹿!!」
「やめなよ、リュウタロス」
甲高い少女の怒鳴り声と、困ったような青年の声が、その場に響いたのであった。
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