☆百獣戦隊ガオレンジャー&仮面ライダー龍騎☆

【第36話】

 鬼のような格好の異形と相対しながら、真司達は助けた少女……「ホワイト」と呼ばれていた彼女の仲間達の横に並び立つ。
 目の前には三面鏡を模した鬼。そしてピエロのような鬼に杖を持った奇妙な女鬼。そしてそれらを取り巻くようにして現れた、濃い灰色の不可思議な瘤を頂く異形。
 ミラーモンスターとは異なるモンスターに、浅倉は苛立っているように首を軽く回し、北岡は何を考えているのか軽く肩を竦め、手塚は心なしか険しい表情で彼らを見やり、蓮はやれやれと言いたげに溜息を吐き出す。
 そして真司は……心を決めたのか、真直ぐにデッキを突き出していた。
 既に彼らの腰には、目の前の三面鏡の鬼……サンメンキョウオルグを利用して現出させたベルトが巻きついている。
『変身』
 皆の宣言が重なり、直後にデッキをバックルに差し込む。瞬間、彼らの体を鎧が覆った。
 浅倉が変じたのは王蛇と呼ばれる紫の蛇。ぐるりと首を回し、コブラを連想させる形の杖を手にする姿は、見た目同様、獲物をじわじわと弄るかのような印象を抱かせる。
 北岡が変じたのはゾルダと呼ばれる緑の猛牛。重厚な印象の見目、鎧と同じ色の中型の銃を手にする姿は、鉄壁の防御と同時に猛烈な攻撃を放つ事を予想させる。
 手塚が変じたのはライアと呼ばれる赤紫のエイ。神秘的な色合いと、エイの形の小型の盾を構える姿は、愚かな戦いを止めたいという願いを感じさせる。
 蓮が変じたのはナイトと呼ばれる濃紺の蝙蝠。闇色のマントをなたびかせ、蝙蝠の形の細剣を持ち上げる姿は、大切な者を守る騎士その物を髣髴とさせる。
 そして真司が変じたのは龍騎と呼ばれる真紅の龍。気合を入れ、龍顔のガントレットを構える姿は、己を引き換えにしても全てを守ろうとする決意に満ちている。
 一方で隣の青年達……ガオレンジャーもまた、己の口元に薄く浮いている血を拭うと、リーダーらしき赤いジャケットの青年が声を張り上げた。
「皆、行くぞぉ!」
 その声に、それぞれが気合の入った肯定を返す。そして次の瞬間、真司達がデッキをかざしたのと同じように、彼らもまたその手の内に揃いの携帯電話のような物を持って構え……
『ガオアクセス! はっ!  Summon Spirit of the Earth』
 彼らの宣言の一瞬後、その姿が先程見た戦士の姿へと変わる。
 六色の獣。地球上の、ありとあらゆる獣の命を纏う戦士。
「灼熱の獅子! ガオレッド!」
 赤き衣をその身に纏い、獅子の力を借り、大地を走る者。百獣の王は誰よりも優しく、そして熱い魂を持つ。
「孤高の荒鷲! ガオイエロー!」
 黄の衣をその身に纏い、荒鷲の力を借り、岳を飛ぶ者。天空の王は誰よりも純粋で、そして気高い魂を持つ。
「怒涛の鮫! ガオブルー!」
 青き衣をその身に纏い、鮫の力を借り、海を渡る者。海原の王は誰よりも鋭敏に動き、そして荒ぶる魂を持つ。
「鋼の猛牛! ガオブラック!」
 黒き衣をその身に纏い、猛牛の力を借り、草原を往く者。巨角の王は誰よりも悠然とし、そして硬き魂を持つ。
「麗しの白虎! ガオホワイト!」
 白き衣をその身に纏い、虎の力を借り、技冴える者。神格の王は誰よりも凛と佇み、そして美しい魂を持つ。
「閃烈の銀狼! ガオシルバー!」
 しろがねの衣をその身に纏い、狼の力を借り、海を渡る者。群衆の王は誰よりも孤独を知り、そして鮮やかな魂を持つ。
「命あるところ、正義の雄叫びあり! 百獣戦隊!」
『ガオレンジャー!!』
 牙吠ガオ、と気高き獣達の鳴き声も響き、並び立つ十一人の戦士達の存在に、鬼……ヤバイバとツエツエは忌々しげに彼らを見やり、サンメンキョウオルグの方はびくりと体を震わせた。並び立つ下っ端……オルゲット達もまた、サンメンキョウオルグ同様、たじろいだ様子を見せている。
 だが、本能的な物なのだろうか。たじろぎつつも、彼らは一斉に並び立つ面々に向って駆け出したのである。
「ちっ、雑魚か。俺を苛立たせるな」
 海を背にした崖の上で、オルゲットの前に立ち塞がったのは浅倉。その手にはいつの間に召喚したのか彼の契約モンスターであるベノスネーカーの尾を模した刺突剣、ベノサーベルが握られている。
 襲い来るオルゲットに対し、一見無造作にも見える仕草でそれを振るうと、一瞬にして二、三体のオルゲットが斬られ、地に倒れこむ。
 倒れた相手の腹を踏みつけ、更に剣を振るうそのさまは、オルゲットよりも邪悪な衝動に満ちている。偶々側に立つ形となったガオブルーには、ある意味人間よりオルグに近しい心根の持ち主のように、感じられた。
 オルグならば倒そうという気が起こるが、人間が相手の場合は関わりたくないという感情が強く出るらしい。
 思いつつも、ブルーは手に持つ鮫の背鰭状の武器、シャークカッターを持って襲い来るオルゲットを斬り伏せる。その体勢は、図らずも浅倉と背を合わせる形であり、浅倉の背をブルーが、ブルーの背を浅倉が守るような構図になっていた。
 その事に浅倉も気付いているのだろうが、その事を快にも不快にも思ってはいないらしい。ただ前に立つ「敵」を斬り裂く事に集中し、海の中へ叩き落す。
「お前、鮫だな?」
「見りゃ分るだろ?」
 唐突にかけられた言葉に、ブルーは戸惑いながらも声を返し……その次の瞬間、浅倉は唐突に彼を水中へと突き落とした。
「邪魔だ」
「うわっ……!」
 ざぶんと音を立ててブルーの体が沈み、それを見届けた浅倉は、一枚のカードを取り出した。
『FINAL VENT』
 読み込まれたカードに応え、ブルーと入れ替わるように、海のおもてから紫の毒蛇が牙を剥いて現れ、その口からオルゲットに向けて毒液を吐き出す。
 それにあわせ、浅倉は毒液の前に飛び出すと、己の体をその勢いに乗せて足を前に突き出し、並んだオルゲットを連続で蹴りとばす。
 直撃を免れたオルゲットもいたが、それも蹴りと毒液の勢いに押されて海へと落ち……
「サージングチョッパー!!」
 そこを海中に「沈められた」ブルーが斬り裂く。
――ひょっとしてあの人、俺にこれをさせる為に、わざと?――
 そんな、浅倉威という男を知らないからこそ出来る考えを抱きながら。

 海から少し離れた平地には、他のオルゲットと対峙するガオブラックと北岡の姿があった。
 ブラックは既に己の武器であるバイソンアックスという名の手斧を持ち、北岡も何かのカードを構えながら召喚銃マグナバイザーを構えている。
「ガオ!」
 咆哮を上げ、やたらと多いオルゲットに、バイソンアックスを振り回して蹴散らしつつ、ブラックはちらりと北岡を見る。
 恐らく北岡も牛の力を使うのだろうが、根本は正反対のような気がする。自分のような熱血タイプではなく、冷静さと打算で動く、「人間らしい人間」に見える。
 その北岡が、仮面の下でクスリと笑い……
「『鋼の猛牛』ね。……それってこういう事を言うんじゃない?」
『ADVENT』
 持っていたカードをマグナバイザーに読ませ、契約しているバッファロー型モンスター「鋼の巨人マグナギガ」を呼び出す。
「え、ええっ!? ほ、本当の『鋼の猛牛』……!」
 ブラックの二つ名は「鋼の猛牛」だが、現れたマグナギガもまた「鋼の猛牛」。ブラックと違い、その体がいかにも鋼と言った金属光沢を持っているため、余計に「らしい」。
 その事に驚きと喜びを感じながら、ブラックはわらわらと群がるように襲い来るオルゲットを切り裂き、時に北岡がマグナバイザーで撃ち抜きを繰り返しながらも、それでも一向に相手が減る様子はない
「アイアンブロークン!」
 大岩をも砕く一撃を見舞っても、どこから湧いてくるのか。
 終わりの見えぬオルゲットの群れに、ブラックに微かな疲労と苛立ちが見て取れる。北岡やマグナギガも打ち払ってはいるが、それでもなお湧いてくるのだから相当な数がこちらに向かっていると考えるべきだろう。
 だが、それでも諦めたくはない。「ネバギバ」……「Never Give Up」の根性で何とかするしかない。
 そんな風にブラックが再度意思を固めた瞬間。唐突に、ブラックの側にいた北岡が口を開いた。
「……俺、嫌なんだよねぇ。金でも何でも、借りるっていうのはさ」
『FINAL VENT』
「離れると危ないからここにいなよ? ああ、でも足止めはお願い」
 ブラックに釘を刺すように言うと、彼は自身の前に立つマグナギガに己のバイザーを接続させる。
 恐らくはこの状況を打開する為の攻撃を繰り出すつもりなのだろう。その事に気付き、ブラックはその間に近寄ってくるオルゲットを押さえ込み、突き飛ばし、そして時に斬り裂いていく。
「さて、そろそろ良いかな」
 呑気にも聞こえる北岡の声を聞きとめ、ブラックは渾身の力を込めてオルゲットを突き飛ばすと、彼の側にその身を滑り込ませる。
 北岡の方もそれを確認するや、接続したバイザーの引鉄をかちりと引き……その瞬間。マグナギガから放たれる全方向へのレーザーやミサイルの嵐が降り注ぐ。北岡と、その脇にいたブラック、そして攻撃を放っているマグナギガには何の影響も及んでいない。
 ミサイルの着弾によって生まれる轟音と、濛々と上がる土煙が退いた後にあったのは、焼けた大地と累々と横たわるオルゲット達だった。
「凄い……」
「これで借りは返したよね。……さっき助けてもらった借りはさ」
 周囲を呆然と見つめるブラックに、北岡はフ、と軽く笑いながら言うのであった。

 そんな轟音から離れた場所。山々に囲まれたそこでは、ガオイエローとヤバイバが切り結んでいた。
「ふぅらっはぁ!」
「ちぃっ!」
 ギィンと鍔迫り合いの音が響き、二人の剣士は打ち合っては離れ、離れては打ち合うを繰り返す。
 何合打ち合った頃だろうか、唐突にイエローの体が傾いだ。
「何!」
 両足に生まれた違和感に視線を下ろせば、いつからそこにいたのか、そこに伏せていたオルゲットがイエローの足をしっかりと抱え込んでいた。
 その隙を突かれ、イエローの持つイーグルソードが弾かれて綺麗な弧を描いて大地に突き刺さる。
 恐らくは最初からイエローをここに誘い込み、このような卑怯な手段で倒そうと画策していたのだろう。
「終わりだ、ガオイエロー!!」
 したり顔で笑いながら、ヤバイバは甲高い声で言いつつ、手の中の剣をイエローめがけて振り下ろす。
――まずい!――
 何とかその攻撃から逃れようと、イエローがもがいた刹那。
『SWORD VENT』
 イエローにとって聞き慣れぬ音の直後、彼とヤバイバの間に闇色の影が舞い降り、ヤバイバの剣を止めた。
「お前は!?」
「加勢してやる」
 驚くヤバイバを無視し、蓮はちらりとイエローの方を向きながら言うと、まずはヤバイバの剣を弾いて体勢を崩させ、直後にイエローの足を掴んでいるオルゲットを蹴り飛ばした。
 蹴られたオルゲットは情けない声をあげてどこぞへ転がりイエローを解放し、解放されたイエローは即座に己の剣を引き抜いて真っ直ぐに蓮を見つめ返す。
「行くぞぉ」
『FINAL VENT』
 イエローの声には言葉を返さず、蓮は大きく飛び上がって己の契約モンスター、ダークウィングと一体化、マントをドリル状にしてヤバイバに向い、その身を穿つ。
 同時にイエローもまた、彼と同じ高さまで飛び上がると、その後を追うようにして急降下をかけ、穿たれた直後のヤバイバに己の剣を閃かせた。
「ノーブルスラッシュ!」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
 黒と黄色の閃光に斬り裂かれ、ヤバイバの悲鳴が周囲に響いた。

 ヤバイバ達からほんの少し離れた位置では、ツエツエと対峙するガオホワイト、ガオシルバー、そして手塚の姿があった。
 ツエツエは手塚の姿を見るや、悔しげにその顔を歪めて怒鳴る。
「ええいっ! よくも私達の邪魔を!! もう少しでその小娘を倒せる所だったのにぃ!」
「無理だな。どんな手を使っても、お前は彼女を倒せない」
「何ですって!? 何を根拠に!」
「俺の占いは当たる」
 ツエツエの言葉に返しつつ、手塚はスウィングベントで召喚したエビルウィップを振るって相手の体を軽く薙ぎ払う。ツエツエの見目こそ女性ではあるが、その存在が危険な事には気付いているのだろう。
 そんな手塚に続くように、シルバーはガオハスラーロッドをスナイパーモードに変形させると、よろめく彼女の足元めがけて引鉄を引く。
「わわわわわわっ!」
 しかし腐ってもデュークオルグ。足元で爆ぜる銃撃を何とかかわしながら、ツエツエは己の杖を構え直すと、その先から光線を出して応戦する。
 だが、風を読むシルバーと「的中率百パーセントの占い師」である手塚の前には、その攻撃も無意味なのかその光線はひらりひらりとかわされ……
――ガオホワイトがいない!?――
 己の杖の先に、小憎らしい小娘の姿が見当たらない事に気付き、はっとしたように周囲に視線を走らせた瞬間。それまで彼女の死角を駆け抜けていたホワイトがツエツエの眼前にその姿を見せると、その爪で勢い良く彼女の顔を横に引っ掻く。
 痛みから押さえたツエツエの顔には、今しがたホワイトにつけられた三本の赤い爪痕。傷が浅いとは言えツエツエも女性である。顔に傷をつけられるのは、当然ひどく腹立たしい。と言うか、何故に自分を狙う時はいつも顔なのか。オルグであっても女性は女性。己の容姿には、ある程度のこだわりがあるというのに。
「おぉのぉれぇ小娘ぇぇぇぇっ!」
「似合うわよ、おばさん」
「くぅぅぅぅっ! ぅお黙りぃ! 大人の色気を理解できない小娘がっ!」
 恨みここに極まれり。顔の傷だけでなく「おばさん」呼ばわりされた事が、彼女の堪忍袋の緒をぶっつりと切ったらしい。
 半分ヒステリーのような状態で杖を構え、ホワイトに向って光線を放つ。だが、それよりも一瞬だけ早く、手塚のカードが発動した。
『FINAL VENT』
「乗れ」
「うん!」
 どこからか現れたエイ形モンスター、エビルダイバーに飛び乗ると、手塚はさっとホワイトに手を差し出し、その身を引き上げる。
 二人の人間が乗っているにも拘らず、エビルダイバーは速度を落とすことなく、ツエツエめがけて一直線に空中を泳ぐ。
 そして、エビルダイバーがその身をツエツエにぶつけた瞬間。手塚と共に乗っていたホワイトも、己の技をツエツエに喰らわせた。
「白虎十文字斬り!」
 タイガーバトンによる縦横の打撃に、ファイナルベントである「ハイドベノン」による突進の衝撃が加わり、ツエツエの体は大きく吹き飛んでヤバイバの側へと転がる。
 一方でヤバイバも、その白い体を煤と傷だらけにしながら、それでもツエツエが心配なのかよろめきつつも彼女の側に駆け寄り……はた、とその視線を自身の前、ガオハスラーロッドを構えたシルバーと、何かのカードを構えた手塚に向けた。
「げぇっ!」
「あの構えはっ!」
 シルバーの構えに見覚えがある為か、二人の顔色がさっと青褪める。そこに更に追い討ちをかけるように、手塚がそのカードをバイザーに読み込ませた。
『COPY VENT』
 コピーベント。手塚の持つそれは、通常ならば目の前にいる「ライダーの武器」をコピーするカード。だが、今回コピーしたのは、すぐ側にいた蓮の持つウィングランサーではない。
 ……シルバーの持つ、ガオハスラーロッドへ変化していたのだ。
 本来なら有り得ないその変化に、ヤバイバとツエツエ、ガオの戦士、蓮、そして変化させた手塚本人までもが驚きを見せたが……すぐに何かを感じ取ったのか、シルバーはぽんと手塚の肩を叩いて声を紡いだ。
「風が言っている。共に戦えと」
「……そうか」
 フ、と二人同時に仮面の下で笑みを浮かべると、手に持つ武器を振るってビリヤードのプールに似た板状の「レーザープール」を形成する。
 それに囚われ、身動きが取れぬヤバイバとツエツエには嫌な予感しかしない。しかも何故か、イエローとホワイトが嬉々として己の持つガオの宝珠……ガオイーグル、ガオタイガー、そしてガオベアーの三つを手塚に渡している。
「ま、まさか……」
「そんなぁ……」
 プールに置かれる六つの宝珠。それが、予感を確信に変えた。二人は全く同じ動きでガオハスラーロッドを構えると、視線を真っ直ぐに狙いへ向け……
『破邪聖獣球。邪鬼玉砕』
 重なった宣言と同時に、コンと清んだ音が響く。それはやがて、カカカと連続して鳴り響き、ついには拘束されたヤバツエコンビへと六発分の力が撃ち込まれたのであった。

 そしてこちらは残る赤二人。ガオレッドと真司は、サンメンキョウオルグと戦っていた。
「っしゃあ!」
「やる気満々だぜ!」
 軽く気合を入れる真司とレッド。直後に二人は左右に展開すると、即座に己の武器を呼び出した。
『STRIKE VENT』
「ガオっ!」
 ドラグクローとライオンファング。二つの赤き手甲がサンメンキョウオルグの体に同時に入り、三面ある内の一面に、ピシリと大きな亀裂を入れる。
「ああぁぁぁっ! 何て事をっ! これじゃあニメンキョウオルグじゃないか!!」
 苦情を申し立てながらも、サンメンキョウオルグは彼らをミラーワールドへ吸い込むべくばくりと頭部の鏡を開く。
 だが、その出掛かりの大きさとタイムラグ故に、その攻撃は開いた三面鏡をレッドに閉じられた事で防がれた。
 そもそもあの技は、三面鏡であるが故に出来た技だったのだろう。技を中断された事と、必要な鏡が一面足りない事で、サンメンキョウオルグの中で変な方向に力が働いたらしい。力の奔流が閉じた三面鏡を無理矢理押し開き、周囲の物体をを無作為にミラーワールドへと送り込んでいく。
「……これ、まずいよな?」
 苦笑気味に言う真司に、レッドは隣でこくりと頷く。これは早めに決着をつけるべきだと認識したのだろう。その手に持つライオンファングをしっかりと握ると、二人は同時にサンメンキョウオルグへ向って突っ込んでいった。
 万が一に備え、脱出手段を持つ真司が前、そしてその後ろをぴたりとレッドがつける形。
「はぁぁぁぁっ!」
 そしてある程度まで近寄った段階で、真司は気合と共にこの形態の技の一つ、ドラグクローファイヤーを放った。
 彼のモンスターであるドラグレッダーが、ドラグクローから放たれた炎に乗ってサンメンキョウオルグを貫く。
 そして、そのすぐ後ろを付いてきていたレッドが、ライオンファングを大きく振り上げ……
「ブレイジングファイヤー!」
 二重の赤、二重の炎に焼かれ、サンメンキョウオルグはヨタヨタとその場でふらつく。
 今の攻撃で暴走した力もどこかへ飛んで行ってしまったのか、頭部の鏡は妙にくすんだ色に変化している。
『トドメだ!』
「破邪百獣剣」
『FINAL VENT』
「邪鬼退散。でぇぇぇやぁっ!」
 斬と音を立て、破邪百獣剣に袈裟懸けに斬られ、直後に真司のドラゴンライダーキックがサンメンキョウオルグの体を完全に貫く。
 その二つに耐え切れず。終にはサンメンキョウオルグの身がその場でドォンと大きな音を立てて爆散した。
 ……の、だが。オルグは、そこで終わるようなあっさりした存在ではない。二重の破邪聖獣球を耐え切った物の、ボロボロになって命からがら逃げ出しているヤバツエコンビが、離れた崖の上でその様子を見やり……
「くぅぅ、こうなりゃしゃあねぇ! ツエツエ!」
「オルグシードよ、消え逝かんとする邪悪に再び巨大なる力を! 鬼はァ内ィ! 福はァ外ォ!!」
 彼女の持つ杖から、奇妙な色合いの「豆っぽいもの」をサンメンキョウオルグが存在していた場所にばら撒いて、直後呪文のようにそう叫んだ瞬間。
 倒したはずのサンメンキョウオルグの残骸から、その「豆」が発芽。即座に蔦が互いに絡まりあい、天に向かって伸び、サンメンキョウオルグの形を形成していく。
 その最中、細長い何か……後に「ガイアメモリ」と呼ばれるそれが「核」のような形で、蔦の中央に潜り込むように沈んでいく。
 絡まりあう蔦に、スイッチの部分を押されでもしたのだろうか。蔦がサンメンキョウオルグの形を作り上げる直前、そのメモリは己の内に宿す「記憶」の名称を告げた。
――Mirror World――
「えええっ!? 『ミラーモンスター』じゃなくて、『ミラーワールド』!?」
 聞こえた音声に驚いたのは誰だったのだろう。巨大化を伴う再生を果たしたサンメンキョウオルグは、その身に「ミラーワールドメモリ」を取り込んだまま、これまた綺麗に修復された頭部の鏡を大きく開き……
「貴様ら全員……道連れだぁぁぁっ!」
 その巨大な鏡は、唐突な出来事に混乱する戦士達に、回避する場所も与えなかった。
 彼らはあっという間にその鏡に吸い込まれ……そして、サンメンキョウオルグ自身もまた、その鏡に吸い込まれるようにしてその場から姿を消した。
「あらら……」
「消えちゃった……」
 あとに取り残されたヤバツエコンビが呆然としていたのは、言うまでもない。

 そして、ミラーワールド内に放り込まれた面々はと言うと。
 対抗する術を持たず、己を押し潰そうとするサンメンキョウオルグから逃げ回っていた。
「シット! よりにもよってパワーアニマルの呼べない空間に放り込まれるなんて!」
「問題はそれだけじゃない。俺達がこの空間にいられるのは、九分五十五秒。それを過ぎれば……消滅する」
 イエローの言葉に、手塚が真剣な声で言葉を返す。
 アドベントカードを持つ自分達ならともかく、ガオの戦士達を元の世界へ戻す事はまず不可能に近い。
 その事に、ガオの戦士はぞっとしたように自分の体を見下ろす。
 やってきたばかりだからなのか、まだ消えるような気配は見当たらないが……このままでは確実に消えるかもしれない。
「……でもさ。さっきの感じ、ここがあのデカブツが作った、贋物のミラーワールドの可能性も高いんだよねぇ」
「とにかく、奴を倒してみれば良いだろ? みんなで力を合わせて」
「馬鹿が。手段がない。それに……北岡と手を組むのだけは御免だ」
 北岡の言葉に返した真司に、浅倉がフンと鼻で笑いながらもちらりと後ろから追ってくるサンメンキョウオルグを見やる。
 このまま追いかけっこを続けても消えるだけ。ならば確かに倒すという手段に出るのが得策だろう。
 だが、自身でも言った通り手段がない。
 ガオの宝珠があっても、この場まではパワーアニマルもやって来られない。それは入った直後に実証済みだ。
 そんな折、ふと手塚は、先程自身が占った結果を思い出す。それと同時に、シルバーも風の声を聞いたのか、ふと顔を上げ……呟いたのは、同時だった。
「『五つの虚実が一つとなって、邪悪な衝動を駆逐する』」
「風が……呼んでいる」
 その刹那。真司達が持っていたアドベントカードから、奇妙な光と音が流れ出した。
 それはガオの戦士が百獣を呼ぶ時になる、「ガオの笛」に似た音色。そう認識すると同時に、彼らの視界に奇異な動物達が向かって来るのが見えたのだ。
「あれは……伝承のみに語り継がれている、パワーアニマル……!」
「あれって……! え!? 嘘だろ!?」
 シルバーの言葉に、驚きの声を返したのは真司。
 現れたのは五体の獣。それは真司達の契約モンスターと同じようで……しかし、確実にそれよりも巨大な体躯を持った、全く別の存在。
 百獣パワーアニマルでありながら鏡獣ミラーモンスターでもあるそれらが、悠然と戦士達の側に近寄って、サンメンキョウオルグの体を弾き飛ばした。
「絶対龍、ガオドラグ。旋風の翼、ガオウィング。破邪の尾、ガオエビル。鋼鉄の巨神、ガオマグナ。そして毒蛇帝、ガオスネーカー……あれは、伝承にのみ語り継がれている聖獣だ!」
 感極まった風に言ったシルバーに応えるように、濠とドラグレッダーに似たそれ……ガオドラグが吠えた。
 まるで、自分達の力を貸してやると言いたげに。
 その声が届いたのだろうか。真司とレッドは同時に大きく頷くと……
「ああ。戦いを終わらせる。その為にも、力を貸してくれ!」
「百獣合体!」
『UNIT VENT』
 レッドの声と浅倉のカードの効果に応えるように、現れた五体の百獣がピクリと反応して変形を始める。
 足はガオマグナ、胴はガオスネーカー、左腕はガオエビルで右腕と背中の翼はガオウィング。そしてガオドラグは顔とバイク。
 生れ落ちた鏡の精霊王は、その赤いバイクに跨ると、その身の内に十一人の戦士を取り込んだ。
「っしゃあっ!」
『降誕、ガオライダー!!』
 よもや精霊王が現れると思っていなかったのだろう。サンメンキョウオルグは慄いたように半歩後ろへ後ずさる。
「そんな……これは、ミラーワールドの記憶のはずだ! その記憶の中に、こんな物までいたと言うのか!?」
「何だかよく分らないけど、俺達に力を貸してくれるって言うんだ」
『やる気満々だぜ!』
 レッドと真司の声が重なると同時に、ガオライダーはガオドラグの変形したバイクを駆って真っ直ぐにサンメンキョウオルグへと突っ込む。
 サンメンキョウオルグの方も、それに対抗しようと試みるものの、バイクと生身では明らかにサンメンキョウオルグに分が悪すぎた。
 弾き飛ばされ、大地に倒れ、そして目を上げればバイクに変形していたガオドラグが、首をもたげて火を吹いている。
 それが己の身に当たらぬよう避けるのに精一杯だし、その合間にもガオライダーはバイクごと突っ込んで来ている。
 その動きに翻弄され、再び地に伏せ、そして何とか起き上がった瞬間。サンメンキョウオルグの耳に届いたのは、何とも無慈悲な宣告であった。
『FINAL VENT』
 その音と共に、ガオライダーはバイクから降りて腰を低く落としたかと思うと、宙高く舞う。そしてバイクに変形していたガオドラグが、ガオライダーの身に巻きつくように螺旋状に上昇、ガオライダーの背に、己の火球を吐きかけた。
 それは、真司の……龍騎のファイナルベントと同じ構図。違うのは、龍騎と比にならぬ大きさと攻撃の威力。
『虚実一体! スーパーファイナルベント!』
 火球の勢いに乗り、蹴り出された右足がサンメンキョウオルグを貫く。
 そして……サンメンキョウオルグは巨大化も虚しく、その場で大きく爆発。
 彼が生み出した「鏡の世界の記憶」から生み出された虚構の世界は、作り手の消滅と同時にまるで、鏡の欠片が剥がれ落ちていくかのようにキラキラと消え始めたのである。


 いつもの闇……ではなく、何故か今回はごく普通な一般家庭のリビングのような空間で。
 「星」の面々は食卓を囲みながら、散っていくサンメンキョウオルグの様子をテレビ越しに眺めていた。
「ふむ。どうやら少々、甘く見すぎたようですね。……というか鬼宿」
「ほら来Ta」
 ジトリと睨むようなエステルの視線を受けつつも、鬼宿はその視線をあえて無視して沢庵に箸を伸ばす。
 が、沢庵の入った器はエステルに取り上げられ、結果彼の箸は空を掴むだけにとどまった。
「何平然と食事を続けようとしているんです。分っているなら説明してもらいましょう。何故、ライアをあの場に送ったのです? ……ちなみに、回答如何ではおかずを一品減らします。ええ、漬物ではなく、おかずを」
「ちょっ! それでなくても寂しい食卓なのにKa!? 良いじゃねえKa、手塚海之には精神的な動揺を与えたんだかRa」
「それはそれ、これはこれです。大体、彼を動揺させたぐらいでチャラになると思ってるんですか? 見通しが甘いですし、そもそもそんなに動揺していませんでした」
「それは確かNi。ひょっとしたら、薄々勘付いていたのかも知れねえNa」
 鬼宿としては、もう少し手塚が混乱すると思っていたらしい。彼が動揺すれば、ひょっとしたらガオの戦士も、仮面ライダーも、連携がうまくいかずに倒れてくれるかも、などという淡い期待もしていたのだが。
 だが、彼らの目的はライダーを倒す事ではない。無論、倒れてくれるなら今後の商売もやり易かろうが、そんな事は二の次だ。
「ぶっちゃければEmperor皇帝Emperess女帝に依頼されてたからだYo。だから奴らを送っTa。一応、こんだけずつふんだくってきたZe?」
 もぐもぐと白飯を食しつつ、鬼宿はぴっと人指し指を立てて言う。恐らくは「ふんだくった」という値段の事なのだろうが……
「一本……フツーに考えりゃ百万ずつ、と思うべきなんだろうがよぉ……」
「ふっ。甘いZe天狼。今や指一本イコール一億の時代Da!」
「おおっ! ハッピーバースデイっ! でありんすっ! そこのネジ寄越せでありんす」
「むう、これの事か、ステラよ。……何処ぞの戦う医者か、鬼宿」
「つかステラも何で便乗してんだよっ! そして何でネジ!?」
「あの二人から合計二億をぶんどった……もとい、儲けたと言うのなら勝手な行動も許しましょう。それから、人の魚に手をつけるんじゃありません、エトワール」
「バレタ。……そして、鬼宿、許すのか」
「エステルさんの場合、『ゆるす許す』よりも『ゆする強請る』の方な気がしますが……ああっ! それ僕の……」
「何か言いましたか、ズヴェズダ?」
「ひぃっ! すみませんごめんなさいホントすみませんお願いですから解体バラさないで下さいぃぃぃっ」
 「神」などと呼ばれている者とは思えないほど激しいおかず争奪戦を繰り広げつつ、彼らは白飯とシシャモ……に見せかけたカペリンをもぐもぐと頬張って会話を続ける。
 これだけ見れば、ただの団欒にしか見えないのが恐ろしい。
「そう言えば、時に、次はロンダーズでありんしょう? エステルたんはイマジンメモリでも持って、行くでありんすか?」
「は? 行きませんよ、あんな所。金は溜める物であり、使うものだと思っていませんからね、ドルネロ氏は」
 エステルがステラの問いに返した瞬間、鬼宿と爪牙の顔が微かに顰められた。
 まるで、そんなはずはないと言わんばかりに。
「…………An? 妙だNa」
「うむ。我は、イマジンが既にロンダーズの……ヘルズゲート囚の一人と契約していると聞いているのだが? 貴殿が連れて行ったのではないのか、エステルよ? ズヴェズダ、そのおかずは貰った」
「はぁ? 違いますよ。それは私ではありません。そんな……面倒臭い上に儲けも出そうにない事」
「じゃ、誰だ? ズヴェズダ、そのメシ貰ったぁっ!」
「出来る奴……限られてる。俺たち『星』なら、連れて行けるの、エステルと……シュテルン、だけ。ズヴェズダ。その魚……貰う」
「シュ、シュテルンさんじゃないですよ!? まだ動けませんから! だから、僕からおかずを取らないで下さいってばぁぁぁ!!」
 ズヴェズダの言葉を聞いた瞬間、皆の箸がぴたりと止まる。
 エステルではない。シュテルンは動けない。他の「星」の面々では、余所の世界に強制的に送り込むと言う手段は無理。
「なら……俺らじゃねぇな」
「今回の一件、元凶を考えると……」
「え、えええっ!? そ、それ、大変じゃないですか!」
「うぅぅぅぅ。だからわっちは反対したでありんすよぉ。今回の騒動に便乗するのぉ……」
 からぁんと箸を手から滑り落としつつ、彼らは少しだけ青褪めた顔で言葉を紡ぐ。
 エステルすらも、どこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ふぅと深い溜息を吐き出すと……
「ふぅ。『奴』の起こした統合に乗じて、新規マーケットを開拓する計画。細やかな邪魔も入って来ている事でもありますし、どうやらここで打ち止めのようですね」
 そう、遠い目をして呟いたのであった。


Quest35:騎士が、吠える!!

Case File37:時間の守護者
4/4ページ
スキ