☆百獣戦隊ガオレンジャー&仮面ライダー龍騎☆
【第34話】
行きつけの店からの帰り。道中にある雑木林の中で、キィンと特徴的な音がしたのを聞き止めた、城戸 真司はバイクを止めると、周囲を見回して音源を捜した。
今の音は、「ミラーワールドの呼び声」だ。近くに何かしらの反射物があり、そこに真司と同じように「ライダーのデッキ」で変身する者、あるいはミラーワールドの「住人」であるモンスターがその近辺にいる時、まるで彼らに呼び掛けているかのように響く音。
それは一緒にいた秋山蓮 と手塚 海之 も同じだったのだろう。真司とは別の方向を見回し、音源を捜し……そして、不法投棄された粗大ゴミの中に置かれていた三面鏡が音源であると知って、慌てて真司は三面鏡を覗き込む。
三面の内の二面が合わせ鏡になり、互いに互いを映して無限の可能性を映し出す。その一方で、唯一合わせ鏡に参加できなかった正面にある一面が、本来映すべき景色とは異なる景色を真司に見せた。
それは、白い蜘蛛のような異形と、それに襲われる少女の姿。
無論、「こちら側」にはそんな化物も少女もいない。だが……真司達は理解していた。
それが、「向こう側」で実際に起こっている事であるという事実を。
自分達が、「仮面ライダーとして戦い合っていた歴史」を思い出してから数ヶ月。ミラーモンスター以外の異形……オルフェノクだとかファンガイアだとか……とは戦ったが、ミラーモンスターは自分の契約モンスター以外は全く現れなかった。
しばらくの間鳴りを潜めていたミラーモンスターが、動き出したとでもいうのだろうか。
どちらにしろ、やる事は一つなのだ。
思いながら、真司は持っているデッキを三面鏡にかざし、ベルトを出現させる。その横では蓮も呆れたようにベルトを出現させ……
『変身』
二人の声が重なり、それぞれの体を鎧が包み、騎士を連想させる姿へと変えた。
真司は深紅の龍と契約せし者、龍騎に、蓮は闇の蝙蝠と契約せし者、ナイトに。その一方で、手塚だけは手の中のデッキを玩ぶだけで……どこか不審げな表情を浮かべ、変身しようとはしなかった。
「手塚……?」
「奇妙な感じがする」
それは占い師としての勘なのか。助けに入るべきだとは思うものの、それと同じ位関わるなと言う警告が頭の中で響いている。
手塚の占いは当たる。その事は、真司も蓮も良く理解している。しかし……それ以前に、「人が襲われている」という事実を前にして、止まる事が出来なかったのだろう。
真司は「っしゃあ」と気合を入れると、そのまま三面鏡の「向こう側」……ミラーワールドへと飛び込んで行く。
「城戸!」
「……考え込みすぎるのも問題だが、あいつの場合、少しは考えるって事を覚えた方が良いだろうな」
驚いたように声を上げる手塚に対し、蓮はやれやれと呆れたように呟き……
「行って来る。俺達に何かあった時は……」
「それ以上は言葉にしない方が良い。言葉は……それを真実にする力を持つ」
「……分った。なら……必ず帰ってくるから、待ってろ」
それだけ言葉を交わすと、蓮もまたミラーワールドへと向かい、その身をするりと三面鏡に潜り込ませた、刹那。
パタン、と。
触れてもいないし風も吹いていない。だと言うのに、三面鏡はひとりでに閉じた。まるで、二人が入っていくのを見計らったかのように。
「なっ!?」
驚愕の声をあげ、手塚は慌てて鏡に手をかけ開こうと画策するが、三面鏡は口を閉ざす貝のようにぴったりと隙間なく閉じている。
彼ら「デッキで変身するライダー」は、ミラーワールドに入った時と同じ場所からしか出入りする事が出来ない。つまり、真司と蓮の場合は、たった今閉ざされた三面鏡が唯一の出入口。それが閉ざされたという事は、ミラーワールドからの脱出が極めて困難になった事を示す。
――これが、俺の感じた予感の正体なのか!?――
心の中で思うが、どこか違う気がする。予感の正体が、本当にこの事象を指しているのだとすれば……今頃はこの胸にわだかまる予感も消え、明確な感情になっているはずだ。それなのに、未だ手塚の胸を占めているのは「感情」ではなく「予感」のまま。
今より……否、今まで起こった全ての出来事より、更にとんでもない事に巻き込まれるような、そんな予感。
「……言葉には、それを真実にする力がある。だから……城戸と秋山は、必ず帰ってくる。俺はそう……信じて待っているだけだ」
徐々にこみ上げてくる不安を押し隠すように言いながら、手塚はその三面鏡から離れると、自分のバイクのバックミラーを覗き込んだ。
……そこに映りこむ、ミラーワールドの様子を見る為に。
真司がミラーワールドに到着した時、蜘蛛型のモンスターであるディスパイダーが、ゆっくりと少女の方へと向きを変えるところだった。
――危ない!――
『STRIKE VENT』
反射的に、彼女の背後から真司はストライクベントを発動させ、ディスパイダーの体を吹き飛ばす。当然、この程度で相手が倒れるはずもない。それは真司も重々理解している。
しかし……真司は、信用していた。自分の親友の存在を。そしてその信用は、ある意味最も理想的な形で応えてもらっていた。
少女とディスパイダーの間に、蓮の契約モンスターであるダークウィングが、その姿を現したからである。
「え……?」
『FINAL VENT』
不思議そうに首をかしげる少女の声には答えず、蓮のバイザーが宣言を放った。
同時に、宙高く舞っていた蓮が、ディスパイダーの体を貫き、軽やかな足音を立てて降り立つのが、爆煙の向こうからチラチラと見える。
ディスパイダーの生命エネルギーが飛び出したのを見るや、ダークウィングがそれめがけて飛んでいくのだから、抜かりない。
苦笑気味に思いながらも、真司は少女に駆け寄り、声をかけた。
「君、大丈夫か!?」
真司の声に、少女は驚いたようにこちらを振り返る。
先程は鏡越しでよく分らなかったが、腰まであるストレートの黒髪に、黒を基本色としたジャケット。袖口と裾には白のラインが縁どられており、背には白虎の絵が大きくプリントされている。
ミラーワールドに引き込まれてから大分時間が経っているのだろうか。ジリ、と彼女の指先からは粒子化が始まっている。そしてそのまま視線をずらせば、彼女の手に収まる黒いケースが目に留まった。
――この子……デッキを持ってる!?――
持っている物は、自分達と同じ「ライダーのデッキ」。ならば、彼女もライダーなのか。
それにしては、ミラーモンスターを前にして呆然としている事、そして粒子化し始めているのに気付いていないし、そもそも「かつての記憶」の中に目の前の少女の存在がない事が気にかかるのだが……
「早く変身しろ。消えたいのか?」
「デッキを持ってるって事は、君も仮面ライダーだろ?」
「え?」
二人の言葉に、少女はきょとんと目を見開くと、何かに気付いたように手の内にあるデッキに視線を落とす。だが、それと同時に気付いたらしい。
時間切れ……自身の粒子化がはじまっている事に。
「何これ!? あたし、どうなっちゃってるの!?」
今にも泣きそうな声をあげ、おろおろと自身の体を見つめ、その場で座り込んでしまった少女の言葉に、真司と蓮は仮面の下で軽く眉を顰める。
この反応は、こうなる事を「知らなかった」者が見せる反応。恐らく彼女は、ミラーモンスターに引き摺りこまれ、その上で偶然デッキを手にしたのだろう。
かつて繰り返された歴史の中で、真司も似たような状況下でデッキを手にした事がある。だから、彼女が混乱するのも充分に理解できた。
「……どうやら、偶々デッキを手にしたらしいな。ミラーワールドは初めてか」
「お、落ち着いて。とにかくここから出るのが先だよな。そのデッキを近くの鏡にかざして」
混乱する少女に、真司は慌てたようにそう言うと、彼女の体を支えて、自分達が通るのに使ったと思しき三面鏡の前まで歩かせ、その正面に立たせる。
結構強引な手段ではあるが、変身させてここから出すべきだ。デッキはここから出た後に回収し、燃やすなり何なりして、彼女を戦いから遠ざければいい。甘い考えかも知れないが、巻き込まれただけの彼女を救うには、それがベストな方法だろう。
「鏡なんて見てる場合じゃ……!」
「良いからよく見ろ。腰にベルトが着いているだろう」
震えながらも気の強そうな目で見やって言う少女に、蓮は何を感じたのか。いつも通りどこか呆れたような……だが、ほんの僅かに焦っているような声で、鏡に映った彼女の腰、そこに装着されたベルトを指し示す。
それだけでも驚きなのだろうが、更にベルトが「こちら側」に来た事にも驚いているらしい。目を丸くする彼女に、真司は更なる指示を出した。
「そのベルトのバックルに、『変身』って言いながらデッキを挿し込んで」
「へ、変身」
躊躇いがちに、彼女はデッキを顔の横に掲げながら言うと、デッキをそのままバックルに嵌め込む。刹那、彼女の体を、モンスターとの未契約状態を示す薄暗い色の鎧が覆う。
色さえ気にしなければ、それから受ける印象は虎。彼女の手の内にあるバイザーは、自分達が知るそれよりもやや小振りな大きさの斧。小振りとは言え、女の腕で支えるには充分すぎる重量があるらしい。
真司も、そして蓮も。その鎧につけられた名を……そしてかつてそれを使っていた人物を知っている。
「なあ蓮、これって……」
「ああ。東條……いや、タイガだな」
かつて、「英雄になりたい」と願っていた青年を思い出す。「今」につながらない、「かつて」の世界。そこでただひたすら、愚直なまでに「英雄」である事を望んだ白銀の虎。
その鎧が、そしてデッキがここにあるという事は、彼は「今」につながる「過去」で、このデッキを放棄したのだろう。何だが懐かしいような、残念なような、何とも言い難い感覚が真司を襲う。
だが今はそんな、思い出とも呼べぬ記憶の残滓に囚われている場合ではない。目の前にいる少女を外に送る事が先決。
そう考え、真司と蓮はその「タイガブランク体」とも呼べる格好の少女と共に、「向こう側」へと向うのだった。
「はぁぁぁぁ……イライラするんだよ」
自称、「他人より少しだけイライラし易い凶悪犯」である浅倉威 は、ここ数日のうち最大級の苛立ちを感じていた。
と言うのも、何故か隣には無条件に苛立たしくさせる男、北岡 秀一が立っており、更に目の前には見知らぬ三人の異形。それと対峙する五色の戦士がいたからだ。
いや、存在しているだけではこれ程苛立ちはしない。最大級に苛立たしいのは、異形も、そして戦士達も、自分と北岡の存在を無視して何やら争っている事だ。
ぐるりと首を回し、心底忌々しげに呟く浅倉。それに対し、北岡も深い溜息を吐き出し……ポツリと呟いた。
「全く、おかしいよねぇ。さっきまで車の中にいたと思ったんだけど。ゴローちゃんもいなくなっちゃってるし、どういう事なのかな?」
「知るか」
北岡の言葉に短く答えると、浅倉はねめつけるように異形達を睨み付け……やがて何を思いついたのか、口元に奇妙な笑みを浮かべると、彼らにそっと近付いた。
最初にその存在に気付いたのは、銀色の戦士。狼を思わせる仮面を被っているそいつは、はっとしたようにこちらに視線を向ける。
その一瞬後には、化粧台に二本の角が付いたような異形もまた、視線をこちらに向けた。
血走った目を向けられているにも関わらず、浅倉はそれに怯む事なく真っ直ぐに異形へ向かうと、偶々足元に落ちていた白いバトンを拾い、異形の角めがけてそれを振り下ろす。
「あれって……ホワイトの!?」
後ろで驚いたように青い仮面の鮫戦士が言っているが、そんな事は果てしなくどうでも良い。浅倉がそれを拾ったのも、異形を殴りつけたのも、そしてその角を狙ったのも、全ては彼の本能の赴くまま起こした行動だ。より苛立たしいと感じた方を殴ったに過ぎない。
それが分っているのか、北岡はやれやれと言わんばかりにと深い溜息を吐き出すと、我関せずといった風に目を背けた。
だが、殴られた側はそれを許してくれないらしい。ピエロ似の異形が、何やら怒ったように怒鳴りながら、北岡めがけて両手の剣を振り上げ、斬りかかってくる。
浅倉と同時に現れた自分を、彼の仲間だと判断したようだ。だが、北岡にとってはいい迷惑としか言いようがない。浅倉と同列に扱われるなど、冗談ではない。まして、そのせいで襲われるとなればなおの事。
――これは流石に避けないとまずいかな?――
彼らしからぬ、舌打ちしたいような気分になりながら、北岡は避けようと身構え……しかし、その刃は北岡の体を引き裂く直前、黒い仮面の戦士の持つ斧に受け止められていた。
仮面は牛でも象っているのだろうか。ふと自身のファイナルベントを放つ瞬間を思い出し、北岡はこの状況下で苦笑を浮かべる。大きさはマグナギガの方が格段に大きいし色も全く違うのだが、「頼もしい」と思えるがっしりとした背や雰囲気は似ている気がする。
「ふぅらっはぁっ! 珍しいじゃねーか、ガオブラック! テメエが俺の前に飛び出てくるなんてよ!」
「自分でも、そう思ってる所……だ!」
ガオブラックと呼ばれた黒い戦士は、力任せに相手の剣を弾き飛ばすと、斧を手放し自分の両手でそのピエロをどんと突き飛ばす。
突き飛ばされた方は勢い良く吹き飛び、浅倉の足元に転がった。それを機と捕えたのか、浅倉は楽しそうにその口の端を歪めると、躊躇なく相手の腹……丁度胃の真上に当たる部分を踏みつけ、押さえ込む。
「ぐえぇぇ……ぐ、苦じい……」
「聞こえねぇなぁ」
ジタバタと浅倉の足から逃れようと暴れるピエロに対し、足の持ち主は白々しい態度で言い放ちつつ、なおかつ化粧台の片腕を掴んで逃げられぬようにして、ひたすら角の近辺を殴り続けている。
唯一浅倉の邪悪とも言える攻撃から逃れている女は、おろおろと……しかし浅倉以上に苛立ちを感じているような仕草を見せると、ダン、と足を踏み鳴らし……
「サンメンキョウオルグ! ガオホワイトをやった時みたいに、そいつも殺っておしまい!」
「りりり、了解で……ぴっかーん!!」
殴られながらも女の声に、涙声になりながらも化粧台……正確には三面鏡らしいそいつは言葉を返すと、直後にはその頭部を、ばかんっと開けた。
そこには、彼の名前通り、三面に配置された鏡があり、前にいる浅倉を無数に映し出す。その無数に存在する中で、浅倉の目に、ふと正面にある鏡の向こうから何かがこちらを見つめているのが見えた。
そこに映っているのは浅倉だけではない。紫色の、巨大なコブラ。それが大きく口を開け、その端からダラダラと毒液を撒き散らし、まるでこちらを飲み込もうとしているように見えた。
……もっとも、相手からすれば単純にじゃれつこうとしているだけなのかもしれない。少なくとも、浅倉にとってその巨大コブラは見慣れた存在であるが故に、全く警戒せずそのまま立っていたのだが……
「危ない!」
コブラの影を見て、第一印象通り……つまり、相手が自分を飲み込もうとしているとでも思ったのだろうか。赤い仮面をつけた、獅子を連想させる戦士が浅倉の体を抱え、大きく横に跳び退る。
「ちっ。おい、邪魔を……」
邪魔をするな。
そう浅倉が言いかけた瞬間。ぎゅおお、という音と共に、それまで彼がいたはずの空間はあからさまに歪み、三面鏡の中へと吸い込まれていくのが見えた。
「何?」
「ホワイトも……俺達の仲間も、今の攻撃で吸い込まれた。どこにいるのか分らない状態なんだ」
空間が吸い込まれる直前、紫のコブラ……浅倉の契約モンスターであるベノスネーカーの姿が見えていた。
ならば、あの鏡はミラーワールドにつながっているのだろう。
……そこまで考えた所で、はたと気付く。ミラーワールドは普通の人間には見えない。当然ここにいる戦士達が……少なくとも彼らが、ライダーのデッキを持っていない限りは、先程のベノスネーカーの姿も見えなかったはずだ。
では、単純にこの赤い戦士は相手の攻撃の出がかりに気付いて自分を救ったのだろうか。
――だとしたら、余計なお世話だ――
そう思う反面、さらに浅倉の中に苛立ちが増す。
それは、余計なお節介を焼いた戦士達に対してではなく、自分を吸い込もうとした三面鏡に対して。
戦うのは好きだ。自分が優位になるのは、もっと好きだ。
だが……思いもかけない反撃をされるのは、楽しい反面苛立ちも大きい。「思いがけない反撃」をして良いのは、浅倉にとって北岡と……そして、かつて必死になって戦いを止めようとした赤い戦士、龍騎こと城戸真司だけ。それだって、「またそいつらで遊べる」という感覚があったから許せるのだ。
そんな彼の苛立ちに気付いていないのか、ようやく浅倉の足元から抜け出せたピエロのような異形は、ゴホゴホと咳き込みながら女の異形の方へ駆け寄ると、剣を構えて彼に言った。
「テメェ、本当に人間か!? やる事が俺達よりもえげつねぇじゃねえか!」
「わ。流石だねえ浅倉。とうとう人外からも『人間じゃない』って言われるようになるとは」
「フン。イライラするんだよ。お前も、お前も……お前らも」
北岡の言葉に答える代わりなのか、未だ手の中にあるバトンでその場にいた全員を指し示すと、浅倉は未だ前に立って自分を守ろうとしている赤い戦士を、邪魔と言わんばかりに突き飛ばす。
飛ばされた方は唐突な浅倉の行動のせいか数歩よろめき……そして驚いたように彼を見やって声をあげた。
「だから、危ないって!」
「それ、ハズレ。今この場で誰よりも危ないのはそいつだよ、赤いお兄さん」
そう言って浅倉を自身の後ろへ押し戻そうとする赤い戦士に、今度は北岡が彼らの側へ歩み寄りながら言葉を放つ。ひらひらと、懐中から取り出した緑色のデッキケースを見せびらかして。
そしてそんな彼の言葉に同意するように。浅倉はニィと口の端を歪めると、彼もまたジャケットのポケットから自身が持つ紫色のデッキケースを取り出したのであった。
行きつけの店からの帰り。道中にある雑木林の中で、キィンと特徴的な音がしたのを聞き止めた、城戸 真司はバイクを止めると、周囲を見回して音源を捜した。
今の音は、「ミラーワールドの呼び声」だ。近くに何かしらの反射物があり、そこに真司と同じように「ライダーのデッキ」で変身する者、あるいはミラーワールドの「住人」であるモンスターがその近辺にいる時、まるで彼らに呼び掛けているかのように響く音。
それは一緒にいた秋山
三面の内の二面が合わせ鏡になり、互いに互いを映して無限の可能性を映し出す。その一方で、唯一合わせ鏡に参加できなかった正面にある一面が、本来映すべき景色とは異なる景色を真司に見せた。
それは、白い蜘蛛のような異形と、それに襲われる少女の姿。
無論、「こちら側」にはそんな化物も少女もいない。だが……真司達は理解していた。
それが、「向こう側」で実際に起こっている事であるという事実を。
自分達が、「仮面ライダーとして戦い合っていた歴史」を思い出してから数ヶ月。ミラーモンスター以外の異形……オルフェノクだとかファンガイアだとか……とは戦ったが、ミラーモンスターは自分の契約モンスター以外は全く現れなかった。
しばらくの間鳴りを潜めていたミラーモンスターが、動き出したとでもいうのだろうか。
どちらにしろ、やる事は一つなのだ。
思いながら、真司は持っているデッキを三面鏡にかざし、ベルトを出現させる。その横では蓮も呆れたようにベルトを出現させ……
『変身』
二人の声が重なり、それぞれの体を鎧が包み、騎士を連想させる姿へと変えた。
真司は深紅の龍と契約せし者、龍騎に、蓮は闇の蝙蝠と契約せし者、ナイトに。その一方で、手塚だけは手の中のデッキを玩ぶだけで……どこか不審げな表情を浮かべ、変身しようとはしなかった。
「手塚……?」
「奇妙な感じがする」
それは占い師としての勘なのか。助けに入るべきだとは思うものの、それと同じ位関わるなと言う警告が頭の中で響いている。
手塚の占いは当たる。その事は、真司も蓮も良く理解している。しかし……それ以前に、「人が襲われている」という事実を前にして、止まる事が出来なかったのだろう。
真司は「っしゃあ」と気合を入れると、そのまま三面鏡の「向こう側」……ミラーワールドへと飛び込んで行く。
「城戸!」
「……考え込みすぎるのも問題だが、あいつの場合、少しは考えるって事を覚えた方が良いだろうな」
驚いたように声を上げる手塚に対し、蓮はやれやれと呆れたように呟き……
「行って来る。俺達に何かあった時は……」
「それ以上は言葉にしない方が良い。言葉は……それを真実にする力を持つ」
「……分った。なら……必ず帰ってくるから、待ってろ」
それだけ言葉を交わすと、蓮もまたミラーワールドへと向かい、その身をするりと三面鏡に潜り込ませた、刹那。
パタン、と。
触れてもいないし風も吹いていない。だと言うのに、三面鏡はひとりでに閉じた。まるで、二人が入っていくのを見計らったかのように。
「なっ!?」
驚愕の声をあげ、手塚は慌てて鏡に手をかけ開こうと画策するが、三面鏡は口を閉ざす貝のようにぴったりと隙間なく閉じている。
彼ら「デッキで変身するライダー」は、ミラーワールドに入った時と同じ場所からしか出入りする事が出来ない。つまり、真司と蓮の場合は、たった今閉ざされた三面鏡が唯一の出入口。それが閉ざされたという事は、ミラーワールドからの脱出が極めて困難になった事を示す。
――これが、俺の感じた予感の正体なのか!?――
心の中で思うが、どこか違う気がする。予感の正体が、本当にこの事象を指しているのだとすれば……今頃はこの胸にわだかまる予感も消え、明確な感情になっているはずだ。それなのに、未だ手塚の胸を占めているのは「感情」ではなく「予感」のまま。
今より……否、今まで起こった全ての出来事より、更にとんでもない事に巻き込まれるような、そんな予感。
「……言葉には、それを真実にする力がある。だから……城戸と秋山は、必ず帰ってくる。俺はそう……信じて待っているだけだ」
徐々にこみ上げてくる不安を押し隠すように言いながら、手塚はその三面鏡から離れると、自分のバイクのバックミラーを覗き込んだ。
……そこに映りこむ、ミラーワールドの様子を見る為に。
真司がミラーワールドに到着した時、蜘蛛型のモンスターであるディスパイダーが、ゆっくりと少女の方へと向きを変えるところだった。
――危ない!――
『STRIKE VENT』
反射的に、彼女の背後から真司はストライクベントを発動させ、ディスパイダーの体を吹き飛ばす。当然、この程度で相手が倒れるはずもない。それは真司も重々理解している。
しかし……真司は、信用していた。自分の親友の存在を。そしてその信用は、ある意味最も理想的な形で応えてもらっていた。
少女とディスパイダーの間に、蓮の契約モンスターであるダークウィングが、その姿を現したからである。
「え……?」
『FINAL VENT』
不思議そうに首をかしげる少女の声には答えず、蓮のバイザーが宣言を放った。
同時に、宙高く舞っていた蓮が、ディスパイダーの体を貫き、軽やかな足音を立てて降り立つのが、爆煙の向こうからチラチラと見える。
ディスパイダーの生命エネルギーが飛び出したのを見るや、ダークウィングがそれめがけて飛んでいくのだから、抜かりない。
苦笑気味に思いながらも、真司は少女に駆け寄り、声をかけた。
「君、大丈夫か!?」
真司の声に、少女は驚いたようにこちらを振り返る。
先程は鏡越しでよく分らなかったが、腰まであるストレートの黒髪に、黒を基本色としたジャケット。袖口と裾には白のラインが縁どられており、背には白虎の絵が大きくプリントされている。
ミラーワールドに引き込まれてから大分時間が経っているのだろうか。ジリ、と彼女の指先からは粒子化が始まっている。そしてそのまま視線をずらせば、彼女の手に収まる黒いケースが目に留まった。
――この子……デッキを持ってる!?――
持っている物は、自分達と同じ「ライダーのデッキ」。ならば、彼女もライダーなのか。
それにしては、ミラーモンスターを前にして呆然としている事、そして粒子化し始めているのに気付いていないし、そもそも「かつての記憶」の中に目の前の少女の存在がない事が気にかかるのだが……
「早く変身しろ。消えたいのか?」
「デッキを持ってるって事は、君も仮面ライダーだろ?」
「え?」
二人の言葉に、少女はきょとんと目を見開くと、何かに気付いたように手の内にあるデッキに視線を落とす。だが、それと同時に気付いたらしい。
時間切れ……自身の粒子化がはじまっている事に。
「何これ!? あたし、どうなっちゃってるの!?」
今にも泣きそうな声をあげ、おろおろと自身の体を見つめ、その場で座り込んでしまった少女の言葉に、真司と蓮は仮面の下で軽く眉を顰める。
この反応は、こうなる事を「知らなかった」者が見せる反応。恐らく彼女は、ミラーモンスターに引き摺りこまれ、その上で偶然デッキを手にしたのだろう。
かつて繰り返された歴史の中で、真司も似たような状況下でデッキを手にした事がある。だから、彼女が混乱するのも充分に理解できた。
「……どうやら、偶々デッキを手にしたらしいな。ミラーワールドは初めてか」
「お、落ち着いて。とにかくここから出るのが先だよな。そのデッキを近くの鏡にかざして」
混乱する少女に、真司は慌てたようにそう言うと、彼女の体を支えて、自分達が通るのに使ったと思しき三面鏡の前まで歩かせ、その正面に立たせる。
結構強引な手段ではあるが、変身させてここから出すべきだ。デッキはここから出た後に回収し、燃やすなり何なりして、彼女を戦いから遠ざければいい。甘い考えかも知れないが、巻き込まれただけの彼女を救うには、それがベストな方法だろう。
「鏡なんて見てる場合じゃ……!」
「良いからよく見ろ。腰にベルトが着いているだろう」
震えながらも気の強そうな目で見やって言う少女に、蓮は何を感じたのか。いつも通りどこか呆れたような……だが、ほんの僅かに焦っているような声で、鏡に映った彼女の腰、そこに装着されたベルトを指し示す。
それだけでも驚きなのだろうが、更にベルトが「こちら側」に来た事にも驚いているらしい。目を丸くする彼女に、真司は更なる指示を出した。
「そのベルトのバックルに、『変身』って言いながらデッキを挿し込んで」
「へ、変身」
躊躇いがちに、彼女はデッキを顔の横に掲げながら言うと、デッキをそのままバックルに嵌め込む。刹那、彼女の体を、モンスターとの未契約状態を示す薄暗い色の鎧が覆う。
色さえ気にしなければ、それから受ける印象は虎。彼女の手の内にあるバイザーは、自分達が知るそれよりもやや小振りな大きさの斧。小振りとは言え、女の腕で支えるには充分すぎる重量があるらしい。
真司も、そして蓮も。その鎧につけられた名を……そしてかつてそれを使っていた人物を知っている。
「なあ蓮、これって……」
「ああ。東條……いや、タイガだな」
かつて、「英雄になりたい」と願っていた青年を思い出す。「今」につながらない、「かつて」の世界。そこでただひたすら、愚直なまでに「英雄」である事を望んだ白銀の虎。
その鎧が、そしてデッキがここにあるという事は、彼は「今」につながる「過去」で、このデッキを放棄したのだろう。何だが懐かしいような、残念なような、何とも言い難い感覚が真司を襲う。
だが今はそんな、思い出とも呼べぬ記憶の残滓に囚われている場合ではない。目の前にいる少女を外に送る事が先決。
そう考え、真司と蓮はその「タイガブランク体」とも呼べる格好の少女と共に、「向こう側」へと向うのだった。
「はぁぁぁぁ……イライラするんだよ」
自称、「他人より少しだけイライラし易い凶悪犯」である浅倉
と言うのも、何故か隣には無条件に苛立たしくさせる男、北岡 秀一が立っており、更に目の前には見知らぬ三人の異形。それと対峙する五色の戦士がいたからだ。
いや、存在しているだけではこれ程苛立ちはしない。最大級に苛立たしいのは、異形も、そして戦士達も、自分と北岡の存在を無視して何やら争っている事だ。
ぐるりと首を回し、心底忌々しげに呟く浅倉。それに対し、北岡も深い溜息を吐き出し……ポツリと呟いた。
「全く、おかしいよねぇ。さっきまで車の中にいたと思ったんだけど。ゴローちゃんもいなくなっちゃってるし、どういう事なのかな?」
「知るか」
北岡の言葉に短く答えると、浅倉はねめつけるように異形達を睨み付け……やがて何を思いついたのか、口元に奇妙な笑みを浮かべると、彼らにそっと近付いた。
最初にその存在に気付いたのは、銀色の戦士。狼を思わせる仮面を被っているそいつは、はっとしたようにこちらに視線を向ける。
その一瞬後には、化粧台に二本の角が付いたような異形もまた、視線をこちらに向けた。
血走った目を向けられているにも関わらず、浅倉はそれに怯む事なく真っ直ぐに異形へ向かうと、偶々足元に落ちていた白いバトンを拾い、異形の角めがけてそれを振り下ろす。
「あれって……ホワイトの!?」
後ろで驚いたように青い仮面の鮫戦士が言っているが、そんな事は果てしなくどうでも良い。浅倉がそれを拾ったのも、異形を殴りつけたのも、そしてその角を狙ったのも、全ては彼の本能の赴くまま起こした行動だ。より苛立たしいと感じた方を殴ったに過ぎない。
それが分っているのか、北岡はやれやれと言わんばかりにと深い溜息を吐き出すと、我関せずといった風に目を背けた。
だが、殴られた側はそれを許してくれないらしい。ピエロ似の異形が、何やら怒ったように怒鳴りながら、北岡めがけて両手の剣を振り上げ、斬りかかってくる。
浅倉と同時に現れた自分を、彼の仲間だと判断したようだ。だが、北岡にとってはいい迷惑としか言いようがない。浅倉と同列に扱われるなど、冗談ではない。まして、そのせいで襲われるとなればなおの事。
――これは流石に避けないとまずいかな?――
彼らしからぬ、舌打ちしたいような気分になりながら、北岡は避けようと身構え……しかし、その刃は北岡の体を引き裂く直前、黒い仮面の戦士の持つ斧に受け止められていた。
仮面は牛でも象っているのだろうか。ふと自身のファイナルベントを放つ瞬間を思い出し、北岡はこの状況下で苦笑を浮かべる。大きさはマグナギガの方が格段に大きいし色も全く違うのだが、「頼もしい」と思えるがっしりとした背や雰囲気は似ている気がする。
「ふぅらっはぁっ! 珍しいじゃねーか、ガオブラック! テメエが俺の前に飛び出てくるなんてよ!」
「自分でも、そう思ってる所……だ!」
ガオブラックと呼ばれた黒い戦士は、力任せに相手の剣を弾き飛ばすと、斧を手放し自分の両手でそのピエロをどんと突き飛ばす。
突き飛ばされた方は勢い良く吹き飛び、浅倉の足元に転がった。それを機と捕えたのか、浅倉は楽しそうにその口の端を歪めると、躊躇なく相手の腹……丁度胃の真上に当たる部分を踏みつけ、押さえ込む。
「ぐえぇぇ……ぐ、苦じい……」
「聞こえねぇなぁ」
ジタバタと浅倉の足から逃れようと暴れるピエロに対し、足の持ち主は白々しい態度で言い放ちつつ、なおかつ化粧台の片腕を掴んで逃げられぬようにして、ひたすら角の近辺を殴り続けている。
唯一浅倉の邪悪とも言える攻撃から逃れている女は、おろおろと……しかし浅倉以上に苛立ちを感じているような仕草を見せると、ダン、と足を踏み鳴らし……
「サンメンキョウオルグ! ガオホワイトをやった時みたいに、そいつも殺っておしまい!」
「りりり、了解で……ぴっかーん!!」
殴られながらも女の声に、涙声になりながらも化粧台……正確には三面鏡らしいそいつは言葉を返すと、直後にはその頭部を、ばかんっと開けた。
そこには、彼の名前通り、三面に配置された鏡があり、前にいる浅倉を無数に映し出す。その無数に存在する中で、浅倉の目に、ふと正面にある鏡の向こうから何かがこちらを見つめているのが見えた。
そこに映っているのは浅倉だけではない。紫色の、巨大なコブラ。それが大きく口を開け、その端からダラダラと毒液を撒き散らし、まるでこちらを飲み込もうとしているように見えた。
……もっとも、相手からすれば単純にじゃれつこうとしているだけなのかもしれない。少なくとも、浅倉にとってその巨大コブラは見慣れた存在であるが故に、全く警戒せずそのまま立っていたのだが……
「危ない!」
コブラの影を見て、第一印象通り……つまり、相手が自分を飲み込もうとしているとでも思ったのだろうか。赤い仮面をつけた、獅子を連想させる戦士が浅倉の体を抱え、大きく横に跳び退る。
「ちっ。おい、邪魔を……」
邪魔をするな。
そう浅倉が言いかけた瞬間。ぎゅおお、という音と共に、それまで彼がいたはずの空間はあからさまに歪み、三面鏡の中へと吸い込まれていくのが見えた。
「何?」
「ホワイトも……俺達の仲間も、今の攻撃で吸い込まれた。どこにいるのか分らない状態なんだ」
空間が吸い込まれる直前、紫のコブラ……浅倉の契約モンスターであるベノスネーカーの姿が見えていた。
ならば、あの鏡はミラーワールドにつながっているのだろう。
……そこまで考えた所で、はたと気付く。ミラーワールドは普通の人間には見えない。当然ここにいる戦士達が……少なくとも彼らが、ライダーのデッキを持っていない限りは、先程のベノスネーカーの姿も見えなかったはずだ。
では、単純にこの赤い戦士は相手の攻撃の出がかりに気付いて自分を救ったのだろうか。
――だとしたら、余計なお世話だ――
そう思う反面、さらに浅倉の中に苛立ちが増す。
それは、余計なお節介を焼いた戦士達に対してではなく、自分を吸い込もうとした三面鏡に対して。
戦うのは好きだ。自分が優位になるのは、もっと好きだ。
だが……思いもかけない反撃をされるのは、楽しい反面苛立ちも大きい。「思いがけない反撃」をして良いのは、浅倉にとって北岡と……そして、かつて必死になって戦いを止めようとした赤い戦士、龍騎こと城戸真司だけ。それだって、「またそいつらで遊べる」という感覚があったから許せるのだ。
そんな彼の苛立ちに気付いていないのか、ようやく浅倉の足元から抜け出せたピエロのような異形は、ゴホゴホと咳き込みながら女の異形の方へ駆け寄ると、剣を構えて彼に言った。
「テメェ、本当に人間か!? やる事が俺達よりもえげつねぇじゃねえか!」
「わ。流石だねえ浅倉。とうとう人外からも『人間じゃない』って言われるようになるとは」
「フン。イライラするんだよ。お前も、お前も……お前らも」
北岡の言葉に答える代わりなのか、未だ手の中にあるバトンでその場にいた全員を指し示すと、浅倉は未だ前に立って自分を守ろうとしている赤い戦士を、邪魔と言わんばかりに突き飛ばす。
飛ばされた方は唐突な浅倉の行動のせいか数歩よろめき……そして驚いたように彼を見やって声をあげた。
「だから、危ないって!」
「それ、ハズレ。今この場で誰よりも危ないのはそいつだよ、赤いお兄さん」
そう言って浅倉を自身の後ろへ押し戻そうとする赤い戦士に、今度は北岡が彼らの側へ歩み寄りながら言葉を放つ。ひらひらと、懐中から取り出した緑色のデッキケースを見せびらかして。
そしてそんな彼の言葉に同意するように。浅倉はニィと口の端を歪めると、彼もまたジャケットのポケットから自身が持つ紫色のデッキケースを取り出したのであった。