☆忍風戦隊ハリケンジャー&仮面ライダーディケイド☆

【第32話:伝説の後継者】

 金色の狼……暴扇獣ブドーギは、新たに現れた緑と水色の戦士が気に入らないのか、喉の奥でグルルと低く唸ると、瞳を血走らせて真っ直ぐに二人めがけて突進した。
 そのスピードは、先程鷹介達を引き裂いた時よりも上がっており、気付いた時には二人の体には深い爪痕が刻まれていた。
「なっ!」
「早い!」
「どうした? 口だけかな? あのような登場をしておきながら、それはないだろう?」
 いつの間に戻っていったのか、己の脇に控えるブドーギの頭を撫でながら余裕を含んだ声で言い放つ。
 その声を聞きつつ、そして倒れたシュリケンジャーを助け起こしつつ、鷹介はギリと悔しげに奥歯を噛み締める。
 忍である以上、鷹介達も己のスピードには自信がある。しかし、ブドーギもまた忍獣。獣特有のしなやかさを持っている分、自分達よりも体の使い方が上手いらしい。
 まして単身で惑星一つを腐らせる事の出来るサンダールが飼う獣だ。通常の忍獣よりも、更に早い個体を連れている事だろう。
「おい、お前ら忍者なんだろ? 分身の術とか、変わり身の術とか、そう言うのでどうにかならないのか?」
「出来るならとっくにやってる。けれど、早すぎて、抜け身の術を使う前にやられるんだよ」
 不機嫌そうな士の声に、同じく不機嫌そうに鷹介も返す。
 その言葉に、何かを思ったのか。士はふぅと深い溜息を一つ吐き出すと、腰のホルダーから一枚のカードを取り出した。
「……って事は、純粋にあの狼よりも上の速さで対抗すれば良いのか。大体分った」
「大体って……何をする気だよ、あんた?」
「決まってる。奴よりも早く動く。丁度こっちには……カブトとクワガタもいるしな」
 ちらりと一甲、一鍬兄弟を見やり、どこか楽しげな声でそう言う士。その言葉の意味を理解したのか、フフと海東も楽しげに笑い……
「成程。確かにそれなら早く動ける。それじゃ、小野田君は僕に任せたまえ」
「小野『田』じゃなくて、小野『寺』なんだけどな、俺。って言うか、二人とも何する気だよ? 何か凄く嫌な予感しかしない……」
 ユウスケの言葉を最後まで聞かず、海東は一枚のカードを持っていた銃に挿し込むと、銃口をユウスケの背中に向けた。
 それを振り向き様に見た瞬間、ユウスケは慌てたように首を横に振る。しかし海東はそれを軽く無視し……
「クワガタつながりという奴さ。それに、痛みは一瞬だ」
「やっぱり! ってちょっと待っ……」
『FINAL FORM RIDE K・K・K KUUGA』
「うっわ!」
 電子音とユウスケの悲鳴が同時に上がる。その直後、ユウスケの体はふわりと宙に浮き……「ありえない」としか言いようのない変形を見せた。
 変化の術などと言う生易しい変化では、断じてない。人体の構造……特に股関節脱臼は免れないであろうその変形は、ユウスケの姿を人間大のクワガタムシのような姿に変えた。
 どことなく、一鍬のシノビマシンを小さくしたようにも見えるそれは、一瞬だけ恨めしげに海東の方を見やったが、すぐさま「クワガタつながり」のもう一人……つまり、クワガライジャーこと一鍬を強引にその背に乗せ、ブドーギめがけて一直線に飛ぶ。
 一鍬とてその変形に戸惑っていたのだが、今はそれを気にしている場合ではないと理解しているためか、すぐに自分の武器であるスタッグブレイカーを構え、すれ違いざまにブドーギの体を捉え、そのまま電撃を与える。
「グゥ……ヲォォォン!」
 上半身に与えられる電撃と、下半身に与えられる強力が苦しいのか、ブドーギは大きく吠え、必死にその二つの鍬形の牙から逃れようともがく。
 爪を振り回し、膝をクウガゴウラムの顔面に叩きつけるべく折り曲げ……その瞬間、二種の牙はブドーギの体を解放した。
 …………遥か上空で。
 それ故に、ブドーギの体は重力に逆らえずドスンと音を立てて大地にめり込む。その隙を突くかのように、今度は一甲がイカヅチ丸でブドーギの爪を切り裂き、返す刀で相手の腹を薙ぐ。しかし、腹への一撃は皮一枚を掠めただけで、致命傷どころか深手にすら至っていない。
 しかし逆に、その攻撃がブドーギの怒りに油を注いだようだ。相手は血走った目で一甲を睨みつけると、距離を詰めるべく助走の為に一歩退いた……瞬間。
「それじゃ、今度はカブトつながりだ」
『KAMEN RIDE KABUTO』
 トントンとカードの縁を叩き、今度は士が自分のベルトにそのカードを差し込む。同時に電子音が響き……彼の姿を、赤い甲虫を連想させる戦士に変えた。
「こっちは赤だからな。通常の三倍早いぞ」
『ATTACK RIDE CLOCK UP』
 パンパンと軽く手の埃を叩くような仕草をした後、士はもう一枚のカード……自分とは異なる仮面ライダーの力の一つである「クロックアップ」を使い、ブドーギすらも追いつけない高速の世界へ突入。拳を、膝を、相手の体に叩き込んでいく。
 視力全般に自信を持つサンダールですらも、見えるのは士の赤い軌跡のみ。ブドーギの体は宙を舞い、着地する前に別方向に向かって吹き飛ばされる。
 そして、士の赤い影が止まるのと、ブドーギが派手な土煙を立てながら地面に落ちたのはほぼ同時。
 ようやく高速の世界から帰還した赤いカブトの戦士は、一瞬灰色のモザイクがかかったかと思うと、すぐさま元のマゼンタ色の戦士……ディケイドへと姿を戻した。
 爪を斬られ、地面を転がるブドーギを見下ろしながら……しかしサンダールの表情は、追い詰められている者のそれではないのが見て取れる。
 まだ、何か隠しているような……
 ハヤテ丸を構えながら、鷹介がそんな風に思った瞬間。サンダールが懐から、黒い何かを取り出した。
「まだだ。まだ終わらんよ!」
『ZORU TAISA』
 サンダールが、それ……ある世界に蔓延る、「人を怪人に変えるツール」とも呼べる「ガイアメモリ」のスイッチを入れた瞬間。「ゾル大佐」という音声が響き、そのままそれをブドーギに向かって突き立てた。同時にブドーギの姿が、僅かにではあるが変わる。
 全身を覆っていた黄金の体毛は、一部が黒に染まって軍服のように変質、右目には黒い眼帯、そして失った爪の代わりとでも言うかのように、右手には鞭が同化していた。
 その変身……いや、「変質」が終了した途端、ブドーギはギロリと士を睨み付けると、吠えるように叫んだ。
『おのれディケイドォォォッ! 服装の乱れは精神の乱れェェ!』
「嘘、喋った!?」
「ゾル大佐……成程、鳴滝さんか。それにしても、支離滅裂だね」
 七海の驚愕の声と、海東の苦笑混じりの声も響く。
 しかし次の瞬間、「ゾル大佐ドーパント」とも呼べるブドーギの鞭が、九人めがけて奔った。
 元々早さに定評のあるブドーギ。そこにガイアメモリの力も加わった為か、一本しかないはずの鞭が、ほぼ同時に九人の体を直撃、その体を大きく吹き飛ばす。
 それも、一発ではない。ほぼ同時に、最低でも六発は喰らっているのがわかった。
 ユウスケも、その攻撃で変形解除されたらしく、普段のクウガとしての姿に戻ってしまう。
「つ、強い……」
「まだこんな隠し玉を持ってたなんて……!」
 先程までは優勢だったはずなのに、いつの間にか逆転されている。
 サンダールの余裕は、このガイアメモリという切り札があった為だろう。一筋縄ではいかない存在だとは知っていたが、今日程この存在の恐ろしさを痛感した日はない。
「甘いな、地球忍者達よ。戦いとは常に二手、三手先を読んで行う物だ」
 ブドーギと共にゆっくりとした足取りで彼らに近寄っていくサンダール。だが、それもある程度までの事であり、決してハヤテ丸やイカヅチ丸の届く範囲には寄らない。
 この距離からじわじわと、嬲り殺しにしようとでも考えているのか。ブドーギが再び鞭を構え、サンダールも「赦悪彗星刀」を構えて彼の技の一つ、「縄頭蓋」を放とうとした、まさにその時。
「……フフッ」
 この場に、この状況に見合わぬ笑いが、海東の口から漏れる。
 よく見れば、その隣で伏しているシュリケンジャーもまた、笑いを堪えているかのようにその肩を震わせていた。
「何がおかしい?」
「『戦いとは常に二手、三手先を読んで行う物』……だったかな?」
「それなら、ミー達の勝ちだ」
「何?」
 端から見れば、どう考えても不利なはずなのに。それなのに、海東とシュリケンジャーの声は妙に自信と確信に満ちている。
――まだ何か策を持っていると言うのか?――
 二人の様子に嫌な物でも感じ取ったのか、サンダールは思わずその顔を顰めてその場から数歩後ろに下がる。それに倣うように、ブドーギも一歩だけ下がった。
 だが、それこそが狙っていた物だとでも言うかのように、海東は思い切り顔を上げると、楽しげな声で言葉を放った。
「ナツメロン! 今だ。お見舞いしてやりたまえ」
「光家秘伝、笑いのツボ!」
「何!?」
 いつからそこに居たのだろうか。
 サンダール達の背後には、純白の女戦士が立っていた。その認識とほぼ同時に、彼女は持っていた細剣の石突部分をブドーギの首筋に押し込んだ。
 刃ではなく、石突を使った事に引っかかりを覚えはするが、そこは数多の惑星を腐らせてきた宇宙忍者の勘なのか、サンダールは彼女の攻撃を喰らうまいと、大きく跳び退って距離を取る。
 一方、彼女の「攻撃」を喰らったブドーギはと言うと……その場で笑い転げていた。
 おまけにその「強制された笑い」が引鉄になったのか、ブドーギの体からはガイアメモリが抜け落ち、バキンと音を立ててその場で砕け散る。
 そして、メモリブレイクされた者によく見られる事だが……まるで力を吸い取られたかのように、ブドーギはその場で突っ伏して動かなくなった。
 痙攣をしているので、生きてはいるのだろうが……立ち上がるだけの力はないだろう。その事は、実際に先の技を食らった事がある士やユウスケ、海東、そして一甲には十分すぎる程よく分かる。
「夏海ちゃん!?」
「はい、七海さん。私も……士君達と同じ、通りすがりの仮面ライダーですから」
 倒れていた面々をゆっくりと助け起こしながら、白い戦士……仮面ライダーキバーラこと、夏海が七海の問いに答える。
「流石ナツミカン。ガイアメモリもイチコロか」
「た、偶々です! 毎回思うんですけど、士君は私を何だと思ってるんですか!?」
「凶暴で凶悪で、何かというとすぐに親指を炸裂させる柑橘類」
「…………どうやら士君とは、じっくりと話し合わないといけないみたいですね」
「ま、最後に『一番信頼できる仲間』ってのを加えてやっても良いが」
 ポン、と夏海の頭を軽く撫でながら、士は言葉を付け加える。
 そんな彼を見やりながら、後ろではユウスケが仮面の下で微妙ににやけ顔をしていた事を、ここに追記しておこう。
 彼女の登場で、一瞬緩みかける空気。しかしそれを締めたのは、悔しげに目を光らせているサンダールだった。
「馬鹿な、いつの間に!」
「ああ、その事か。実は君の前に現れる直前、僕のインビジブルのカードを……」
「ミーの超忍法、技移しで彼女に移して、万一に備えて待っていてもらったのさ」
 もっとも、この作戦はサンダールの索敵用忍法である『凶ザ目』を使われた場合、確実に失敗に終わっていただろう。
 ……だからこそ、シュリケンジャーと海東は、自分達という存在を印象付けた。シュリケンジャーが海東の格好をし、「二人の海東大樹」という強烈な印象を与え、そちらに意識を向けさせ、もう一人の隠れた味方をこっそりと配置する。手品師などがよく使う手を講じたのだ。
 策士であるサンダールに対して、この手段が上手く行くかは、ある意味賭けではあったが。
 そしてサンダールもまた、気付かなかったという自身の失態に憤慨し、ギシリと奥歯を噛み締めていた。
「貴様ら……よくも!」
「サンダール……覚悟!」
 チャキ、と剣を構え直した鷹介が言葉を放つ。
 この場で戦える敵は、現在サンダールのみ。ブドーギは恐らくまだ立てないだろうし、何より人数を考えても、こちらの方が圧倒的有利。それを利用しない手はない。
 他の面々も同じ事を考えているのか、各々の武器を真っ直ぐにサンダールに向けて構え……
 その次の瞬間。
 どこからともなく、声が響いた。
「ほう……可能性を考慮してはおりましたが、やはりメモリブレイクされましたか。しかも、それをやったのが『愛された子』や『御使い』ではなく、『神子』とは。流石は『死神』、何とも恐ろしい」
 その言葉が終わると同時に、サンダールの影からジワリと滲み出るようにして、一人の男が現れた。
 スーツ姿の、ごくごくありきたりな印象の男性。これと言った特徴もなく、明日にでもその顔は忘却の彼方へと消えてしまうだろう。しかし、身に纏う雰囲気は「ありきたり」からは程遠い。
「お前……一体何者だ!?」
「ああ、失礼。私はエステル。しがない死の商人でございます。以後、お見知りおきの程を」
 濃厚な闇の気配に反応し、鷹介の声にも無意識の内に緊張が混じる。しかしその緊張を気にも止めず、相手……エステルと名乗ったそいつは、優雅な仕草で一礼をした。
 視線こそこちらに向けられているが、相手にされていない……そんな印象さえ受ける。
 そもそも「ただの商人」が、宇宙忍者の影から現れるなどという芸当ができる訳がない。
 見た目通りの存在ではないと、サンダールを含むその場の全員が思う。
 一方のエステルはそんな緊張感などまるで気にしていないかのように、ぴくぴくと痙攣するブドーギと、その脇に転がる破壊されたガイアメモリを交互に見比べると、呆れ混じりの溜息を吐き出した。
「『お試し』という話でお渡ししていたガイアメモリが、あまりにも不甲斐ない結果を出しましたのでね。汚名返上する為にも、アフターサービスをと思いまして。サンダール様には余計なお世話かも知れませんが」
 にこりと、いっそ清々しいまでの笑顔を浮かべ、エステルは言葉を紡ぐ。直後、彼はパチンと軽く指を鳴らし……
「ではビービ虫。行って差し上げなさい」
 その声に応えるように、虚空から眼球に蝙蝠の羽が生えたような、何とも形容し難い生物が一斉にブドーギに群がり、その体に止まった刹那。ブドーギは大きく一声吠えると、その体を五十メートル程の大きさへと変えた。
 それが、巨大化したのだと士達が気付いた時には、鷹介達はおぼろに向かってシノビマシンの発進を要請、それぞれのマシンに乗り込んでいく所だった。
「なんか……異様に大きいんですが」
「彼らにはあれが日常茶飯事なのか?」
「らしいな。……で? 俺達の相手はお前らか?」
 驚くユウスケと夏海に返しつつ、視線を巨大化したブドーギから、エステルとサンダールに移して、士はライドブッカーを構えて問いかける。
 同様に海東もまた、ディエンドライバーの銃口をサンダールに向けている。
 だが……銃口を向けられているにも拘らず、サンダールはもはやこの戦いには興味ないと言わんばかりに刀を鞘に納めると、溜息混じりに言葉を吐き出した。
「興が殺がれた。私は戻らせてもらう」
 その言葉が終わると同時に、サンダールの姿は煙の如く掻き消える。恐らく、少し前から「ここに居たサンダール」は彼の分身か何かだったのだろう。
 やはり喰えない鮫だと心の中でのみ思いつつ、四人はその視線を、残されたエステルに向ける。一方の向けられた方は、やれやれと言わんばかりに肩をひょいと竦めると、彼らとの距離を取るかのように、大きく後ろへと跳び退った。
「そうですねぇ……相手が『世界の破壊者』と『死神の神子』、さらには『終焉』と『解読』も居るこの状況では、いくら私でも分が悪い。既にある程度の利益は出ましたし、ここでお暇させて頂ます。……流石にあの女も、あなた方には手を出せないでしょうし」
「『あの女』? 誰の事だ?」
 エステルの呟きに、士は仮面の下で軽く顔を顰めて問いを投げる。
 何となく……これこそ本当に勘のような物なのだが、士の中で、エステルの言う「あの女」の存在が、ひどく危険な物であると思えてならない。その相手こそが、本来自分が破壊すべき物であると、本能が訴えかけているかのように。
 だが、エステルはその問いには答えず曖昧な笑みを返すと、懐中から一枚のカードを取り出し、それを士に向かって投げ渡した。
「その御質問にはお答えできませんが、お近付きの印にこちらを差し上げます。どうせ私では使えません」
 受け取ったカードに描かれているのは、マゼンタ色の球体が機械の巨人の胸部から飛び出している絵。
 見た事のない絵ではあるが、周囲のデザインや作りは、士の持つライダーカードと同じもの。恐らく士、海東、あるいはユウスケの手元に残る「解読」と呼ばれるベルトを使わなければ扱えないだろう。
「……あなたは、敵じゃないんですか?」
「敵か味方かと問われれば間違いなくあなた方の敵ですよ。しかし、私自身は儲かればそれで良い。金になるのでしたら、敵にもコネを作ります。既にあなたのお祖父様からには、何度か私のマーケットをご利用頂いている事ですし。……と言っても、質のいい小麦粉やコーヒー豆などの、人体に害のない物ですが」
 あくまでも、ビジネスライクと言いたいのか。エステルは夏海に向かってにこりと綺麗な笑顔を浮かべると、そのままジワリと滲み出す闇の中へとその身を沈め……
「ああ、そうだ」
 思い出したようにぽんと手を叩いて軽く眦を下げると、彼は闇に溶けながらも心底申し訳なさそうな声で言葉を放つ。
「非常に厚かましいお願いなのですが、もしも『魔術師マグス』……いえ、『鳴滝』と名乗る男に会うようでしたら、是非とも『あなたに対する利子は十秒一割ですので』とお伝え願えませんか?」
「うわ、高っ!」
「何を仰いますか。私への支払いを踏み倒すつもりの輩になど、それくらいの暴利で充分です。……見つけ次第、皆様の前で、骨の髄まで絞り上げてご覧に入れますよ」
 「クックック」というよりはむしろ「んっふっふ」と笑いながら。今度こそエステルは闇に溶けてその姿を消し去る。
 後に残された四人の仮面ライダーは、仮面の下でぽかんとした表情を作り……
「鳴滝の奴……あいつから何を買ったんだ?」
「って言うか、踏み倒してるのか」
 と、やや呆れの混じった言葉を交わすと、彼らは視線を上に向けた。

「流派超越」
『風雷合体!』
「風・雷・合・覇ァ!」
『轟雷旋風神、推参!』
「機将変形! 天空神、推参!」
 一方巨大化したブドーギと対峙する忍者達は、海東から取り返したメダルで轟雷旋風神に合体、シュリケンジャーはメカを天空神に変形させていた。
 巨大化した事で本来の獣性を取り戻したのだろうか、ブドーギは血走った眼を二体のメカに向けると、瞬時に間合いを詰め、カラクリ巨人の腕を、脚を、斬り裂いていく。
「うわぁぁぁっ!」
「やはり、早い!」
 轟雷旋風神の場合、パワーと重量はあるが、疾風流本来の機動性は損なわれる。パワーで押し切るにも、攻撃が当たらなければ意味がない。
 無論、シュリケンジャーの操る天空神と、リボルバーマンモスの手助けはあるが、それでもブドーギの猛攻は止む事はない。
 人間大だった時に断ち切ったはずの爪は復活しているし、巨大になった分、高速で移動する際に生まれる衝撃波も大きい。それはまるで、大気が鞭となって、彼らの体を叩いているようだった。
 轟雷旋風神の巨体すらも、攻撃の度にぐらりと傾ぎ、援護に回る天空神も衝撃波に巻き込まれてコントロールを失いそうになる。
 それでも、彼らは諦めない。
――決して諦めない。されば勝利はやってくる――
 かつて、地球を守護った先輩戦士の言葉。それを胸に刻み込んでいるから。
「俺達は……伝説の後継者なんだ! こんな所で負けてられるかぁぁぁ!」
 鷹介が叫ぶ。それに応えるかのように、轟雷旋風神は己の持つ絶対究極奥義の構えを見せた。
 しかし……エネルギーをチャージしきるよりも先に、ブドーギの突進が轟雷旋風神に炸裂。真正面から喰らったせいか、折角チャージしたはずの力は霧散し、轟雷旋風神自身も派手に大地に倒れこむ。
「ハリケンジャー! ゴウライジャー!! ……っくぅっ!」
 倒れた轟雷旋風神を……そしてその中にいる五人を案じ、思わずシュリケンジャーも声を上げる。とは言え、彼自身も衝撃に煽られ、体勢を崩す。
――決して諦めない。でもこの状況……どうすれば良い!?――
 その場にいた忍者の、誰もが焦りと共に心の中でそう思った刹那。
 自分達の背後に、気配が生まれた。
 正確には、鷹介、七海、一鍬、そしてシュリケンジャーの背後に、と言った方が正しいかもしれない。思わず振り返ると、そこには……士、夏海、ユウスケ、そして海東がそれぞれの後ろに立っている。
「やあ、シュリケン君。ところで、君達は『伝説を継ぐだけ』で良いのかい?」
「What!?」
 問われた意味を理解しきれず、思わずシュリケンジャーは海東の方を振り返りそうになる。もっとも、ブドーギは攻撃を継続しているため、振り返ってその隙に直撃……などという愚は犯さないが。
「伝説って、継ぐだけの物じゃないと思います」
「え?」
「それってどういう意味、夏海ちゃん?」
 七海を助け起こしながら言った夏海に、吼太と七海も疑問の声を上げる。だが、その問いに答えたのは……一鍬の後ろに立つ、ユウスケだった。
「伝説は『継ぐ物』じゃなくて、『塗り替える物』だろ?」
「伝説を……」
「塗り替える、だと?」
「ああ。伝説は、継ぐだけじゃ意味がない。伝説を継いで、塗り替えた時、はじめて意味を持つ」
 最後に士に言われ……鷹介は軽く目を伏せる。
 「伝説の後継者」を名乗り、それに恥じない働きをする。それで良いと思っていた。
 だが……それでは駄目なのだ。伝説を継ぐだけでは、ただの二番煎じ。前人の偉業を称え、その上でそれを乗り越える。そうする事で、初めて自分達の「伝説」を作る事が出来る。
「……俺達は……俺達は、伝説の後継者なんだ! だから……だから、その伝説を塗り替える為にも、負けられない!」
「なら、手始めに渡されたカードでも使うか。……かなり胡散臭いけどな」
 鷹介の叫びに応えるように、士は先程エステルに投げ渡されたカードの縁を軽く。
 彼の言葉通り、「敵から渡された物」と言う点において、かなり胡散臭いのだが……それでも、万に一つでもそこに可能性があるのなら、そこに賭けてみる。
 ……士が……そして鷹介達が、今までそうして来たように。
「行くぞ。心の準備はいいだろうな? 『伝説の後継者』」
「ああ、新しい伝説を作ろうぜ! 『通りすがりの仮面ライダー』」
『ATTACK RIDE KARAKURI BALL』
「これは……新しいカラクリボール!?」
 マゼンタ色に輝くそのボールから飛び出したのは、士が持つケータッチを巨大にした物のように見える。
 ただ、士が持つ「本来のケータッチ」とは異なり、描かれている文様は八つ。それぞれのシンボルマークと、エンターキーとクリアキーらしい。
 そう認識すると同時に、轟雷旋風神の指先がそのマークをなぞり始めた。
『RED、BLUE、YELLOW、KABUTO、KUWAGA、SHURIKEN』
『FINAL SHINOBI CHANGE』
 士達にとっては聞き慣れた……そして鷹介達にとっては馴染みのない音声が響いた後、轟雷旋風神の……そして、天空神の姿が輝き始めた。
 トライコンドルを呼んだ訳でもないのに、轟雷旋風神は天雷旋風神に変形し、そこから更に追加装甲のような物が加わった。
 右肩から左肩にかけて、カラクリボール一番から六番までのと九番から十四番までの中身の描かれたカードが上下二列に並び、七番、八番が合体した風雷丸が描かれたカードは腹部に、そして十五番から十七番までが合体したトライコンドルが描かれたカードは他のカードを見守るかのように、頭上で輝いていた。
「ぃよっしゃぁっ!」
『天雷旋風神、コンプリートフォーム……推参!』

「な、何と!」
「お父ちゃん、そないに驚かんでも。ま、あたしはこないなると思とったよ」
 洞窟の中で、「天雷旋風神・コンプリートフォーム」の登場を見て驚くハムスター館長。それに比べ、おぼろの方はのんびりとお茶を啜り……そして、カメラ目線で一言。
「……スペシャルやしな」

 そんな幕間はさて置き。天雷旋風神コンプリートフォームは……明らかに先程よりも大型になったにも拘らず……翼が生えたかのような軽やかな動きでブドーギとの距離を縮め、右拳を相手の頬に叩きつける。
 動きは軽いが、攻撃自体は重いらしい。今まで吹き飛ばす側に立っていたはずのブドーギが、今度は吹き飛ばされる側に回り、ドォンと派手な音と共に地面に伏す。
「Oh……機体が軽い!」
「だが、力は衰えていない。むしろ上がってすらいる」
「これが……『伝説を塗り替える力』!」
 ぐっと両の拳を固め、その力を実感するかのように鷹介達が呟く。
 おまけに、この姿になるのは初めてなのに……それでも、彼らには理解出来る。コンプリートフォームと化した今の天雷旋風神は、全てのカラクリボールの力を備え、使う事ができるのだと。
 それ故に……必殺技もまた、全てのカラクリの力を使うという事実も。
「さて、そろそろ止めと行くか」
「よぉし! 世界超越!」
最終究極奥義ファイナルアタックライド! ディメンジョンカラクリストライク!!』
 彼らの宣言に合わせるかのように、天雷旋風神を象ったレリーフが、一直線にブドーギに向かって降りる。
 そのエネルギーに拘束でもされたのか、ブドーギは悔しげな声で吠えながらも、そのカードの列から逃れる事が出来ず、ただその場でもぞもぞと体を捩るだけ。カラクリの形を模したエネルギーが、次々とブドーギの体を襲い……
 そして最後に、上空に飛び上がった天雷旋風神・コンプリートフォームの蹴りが、その体を貫き……轟音と共に、暴扇獣ブドーギはその身を爆散、後に残ったのは、金色の毛が一筋だけであった。


「……いつの間にショッカー団員まで売ったのだ、エステル」
「アレか? 光栄次郎……っつーか死神博士経由で購入か? かぁぁ、抜け目ねェなぁ」
「馬鹿を言わないで下さい、天狼。あの方は本当に、普通の日用雑貨しか購入してくれません。買う位ならご自分で作成するそうですし、そもそも私があの方から買うと? そんな利益が、五回ほど使いまわした紅茶パックで六杯目を出す以上に薄い事、するとお思いですか?」
 帰ってきたエステルを真っ先に出迎えたのは、爪牙の放った呆れ混じりの言葉と、興味深そうに見つめる天狼であった。そんな彼らの後ろには、エステル自身と「もう一人」を除く面々が、何とも言えぬ表情で控えている。
 それに対し、エステルは心底疲れたと言わんばかりに専用のソファに身を沈め、彼らしからぬ乱暴な仕草でネクタイを外して後、深い溜息と共に答えを吐き出した。
 答えに使われた比喩が、やたらと貧乏くさいのに、リアルに想像出来てしまうのは、ひとえにこの「星」と呼ばれる面々の家計が、ちょくちょく逼迫する事に起因するのだろう。
「それに、団員は売っていませんよ。まあ……スーツは売りましたけど」
「……ならば、中身は……マゲラッパと同じ、ムカデもどきの宇宙昆虫?」
「いいえエトワール。もう少し嫌悪感をもよおすモノ……と聞いています。実物は見てませんし、見たくもない」
「ムカデより、嫌悪感? …………アレか……」
「ああ! 台所や風呂場に出没する、無条件に女性に恐怖感を与える、あの黒光りする虫ですね! 人によっては油虫って呼ぶ! 一般的には『御器齧り』って……」
「いぃやぁぁぁぁぁぁっ! エステルたん、連れて帰って来てないでありんしょうね!?」
「彼らって、鞄に潜り込んで移動するって聞いた事ありますよ!」
「いやもぉ何故にズヴェたんはそんなに楽しそうなんでありんすかぁぁぁぁぁ!!」
 「ゴ」で始まる家庭内害虫の話で盛り上がりを見せる……と言って良いのか微妙な線だが、とにかく妙に騒がしくなり始めた五人に視線を送り……そして、再びエステルは溜息を吐き出した。
 ……最も騒がしい「最後の一人」の帰宅に気付いたから。
「Hey、俺抜きで随分楽しそうじゃないKa! 混ぜてくれよ、Stellaステラ
鬼宿きしゅく、煩いですよ」
「Wao! 不機嫌だねぇ。おまけにかなり疲れてRu」
「……誰のせいだと思っているんですか、あなたは」
 最後の一人、鬼宿と呼ばれたその存在は、耳まで裂けた口の端を更に吊り上げ、楽しそうに肩を竦める。
 額には一本の角、顔は赤く、伝記で見かける「鬼」に見える。ただ……その格好は、黒い皮に金糸で虎の刺繍が施されているジャンパーに、ケミカルウォッシュのジーンズ、そして濃茶色のロングブーツと言う、そこそこファッショナブルに思えなくもない服装ではあるが。
 そんな彼の登場にようやく気付いたのか、他の面々もジトリと冷ややかな視線を彼に送り……
「元々、鬼ぃたんがあまりに遅いから、余計にエステルたんの機嫌が悪いのでありんす。しかも、あっちゃこっちゃで暗躍していたせいで超忙しかったんでありんすよ~」
「……鬼宿。要・反・省。俺達は、苛立ったエステルに、八つ当たりをされた、だけ。彫刻刀……取り上げられた」
「今更のこのこ現れるとは、我を差し置いて良い御身分だな。下準備は済んでいるのであろう? ならばさっさと行って来てはどうなのだ?」
「居なかったら居なかったでちょいと寂しいが、居たら居たで煩ぇんだよな、鬼宿」
「What!? 何Ka、これは最近流行の村八分ハブられてるって奴Ka!? それともIZIME!? 真面目な爪牙やEtoileエトワールならともかKu、天狼やStellaまで俺の敵Ka!?」
「だ、大丈夫です! どちらかと言えば、その……僕の方が無視されている率が、その、た、高いですから!」
Zvezdaズヴェズダ、それは慰めになってねぇYo。……でもまあ良いSa、確かに俺もゆっくりしすぎたと思ってたトコだしNa」
 唐突に現れ、そして怒涛の仲間内からの批難を浴びながらも、鬼宿は明るく前向きに、HAHAHAと、ある意味気色悪い笑い声を上げてくるりと踵を返す。
 ……その目尻にうっすらと涙が浮かんでいるのは、恐らく気のせいではないだろうが。
「……実験の際は、せいぜい『皇帝に愛された子』達にはお気をつけなさい。何しろこちらのメモリにあわせた戦士を送って来ているようですからね」
「安心しNa、Estrellaエステル。連中はしっかりと閉じ込めておくSa。この、『Mのメモリ』でNa」
 言って、鬼宿が彼らに見せたのは中央に「M」と描かれたガイアメモリ。
 その中に何が記録されているのか、エステルは承知しているのだろう。成程、と小さく呟くと、真剣な表情で鬼宿を見やり、言葉を続けた。
「良いでしょう。気を付けて。……ああ、それから、『奴』も動いています。軍門に下ったと思しき輩がうろうろしているようですので、そちらも注意しておきなさい」
「……いたのKa?」
「アバレンジャーの時間軸にはいました。が、ハリケンジャーの時間軸には、『十番目』がいたせいで手を出せなかったのでしょう」
「OK、一応、こっちも気を付けつつ、忠告もしてくるZe」
 先程までのふざけた空気を消し、真面目な声で答えると、鬼宿はひらりと手を振ってその空間から消えた。
 己の目的と、嫌う相手への妨害という仕事を、達成する為に。


巻之三十一:宇宙忍者と大ショッカー

Quest33:鏡獣、魅せる!
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