☆忍風戦隊ハリケンジャー&仮面ライダーディケイド☆

【第30話:仮面と忍】

「今度は何の世界だ?」
 写真館の窓の外に広がる景色が変わるや否や、門矢かどや 士はどこか不機嫌そうな表情を浮かべてそう言った。
 とはいえ、彼のこういった表情はいつもの事。言われた方……ひかり 夏海なつみと小野寺 ユウスケは、別段気にした風でもなく肩をすくめるだけに留める。
 写真館のホールに降りている背景ロールは、赤青黄三色の動物と、紅藍二色の虫。それらが碧の手裏剣の周りで五角形を描くように存在しており、更にその周囲をメダルのような物が取り囲んでいる。頂点には殊更ことさらに存在を強調するような二枚のメダル。
 その瞬間、まるで士がロールの絵を認識する事を待っていたかのように、鈍色のオーロラのような揺らめきが彼の体を通り過ぎ……彼に、この世界における「役割」を与えた。
 黒い頭巾に黒い着物、浄瑠璃などで見かける、いわゆる「黒子」の格好だ。
「こいつは……」
「士のその姿って、黒子だよな? 前に見た奴と同じ」
「という事は、ここは『シンケンジャーの世界』なのでしょうか?」
 ユウスケが言うように、以前にも士はこの「黒子」という役割を振られた事がある。
 隙間に潜む外道と戦う侍達が存在する代わりに、仮面ライダーの存在しない世界……「シンケンジャーの世界」と呼ぶべき世界での事だ。
 その時と同じ格好という事は、ここは夏海が言うように「シンケンジャーの世界」なのだろうか。
 不審げに首を傾げる夏海に対し、士の方は……苛立たしげに顔にかかる薄布を跳ね上げ、どっかとソファにその身を沈めた。
 ここまで態度の大きい黒子も珍しい。一般的な舞台の上ならば、確実に裏方とは呼べない。
「またこの格好か! この俺に黒子なんて役割を振る世界はあいつらぐらいの物だ!」
「まあまあ。良いじゃないか。それよりさ、ここが本当にシンケンジャーの世界なら、殿様達に会いに行かないか? 色々積もる話もあるだろ?」
 不満げに言った士に対し、ユウスケの方はウキウキという擬音が聞こえそうなほど楽しげな声で言葉を返す。
 ユウスケも……そして夏海も気付いているのだ。彼の態度の裏に隠された、どこか嬉しげな雰囲気を。
 基本的に、士は偽悪家だ。自分を悪く見せようとするが、その根幹は善人だと信じている。だからこそ、ユウスケも夏海も……偶に衝突をする事があるとはいえ、士に惹かれているのいるのだろう。
 とにかく、どことなく緊張が緩んだ雰囲気になったそのホールに。夏海の祖父でありこの写真館の主人である栄次郎が、入っていたらしい新聞紙を広げ、首を傾げながら入ってきた。
 老眼鏡の奥にある目を、軽く瞬かせて。
「うーん、おかしいなぁ?」
「どうしたの、栄ちゃん。首なんか捻っちゃって」
「ああ、キバーラちゃん。いやね、新聞を読もうと思って玄関まで取りに行ったら、古新聞が入ってたんだよ。ほら」
 栄次郎に問うたのは、「キバの世界」からついて来た、蝙蝠型モンスターであるキバット族の一人、キバーラ。体躯の小さいキバット族の中でも群を抜いて小さい、自称「謎の多い女」である。
 と同時に、夏海が変身するための力を貸す存在でもあるのだが、滅多な事では夏海を変身させる気はないらしく、割と気ままにその辺をうろうろしている事が多い。
 そんな彼女にも見せるかのように、栄次郎は答えながら郵便受けに入っていた新聞の日付を指し示した。
「あら本当。平成十四年じゃない」
「って事は、結構前だよな。へぇ、こんなに綺麗に残せる物なんだなあ。まるで今日刷ったばかりみたいだ。紙も日焼けしてないし」
 栄次郎の持つ新聞を覗き込みながら、キバーラとユウスケが感嘆の声を漏らす。少し離れた所にいた夏海も、物珍しげにその新聞紙に視線を向けていた。
 しかし士だけは、自分でも理由の分らぬ奇妙な予感を覚えたのか、微かに不信感を顔に浮かべ……それを誤魔化すかのような呆れた溜息と共に、言葉を吐き出した。
「どこまでもお気楽な奴だな。十年以上前の新聞が、そんなに綺麗な訳があるか」
「じゃあ、この新聞は何だって言うんです?」
「…………さあな」
 思った事をそのまま口に出し、そして自分でも答えが出ない事を暗に認め。
 士は頭巾の布を下げて自分の顔を覆うと、首に提げたトイカメラを懐中に忍ばせて、小さく呟く。
「……撮ってみるか。この世界って奴を」
 それだけ言うと、彼は未だ新聞紙を興味深そうに眺めるユウスケと、士とユウスケの間で困ったように顔を顰める夏海を放って、そのまま外へと出かけてしまった。
 言葉通り、この世界を撮り、収める為に。

 新聞紙に気を取られている間に、勝手にふらふらとどこかへいなくなってしまった士を探して、ユウスケと夏海が街に出た矢先。「それ」は突然彼らの目の前に現れた。
 赤黒いタイツのような物を纏い、髷のような物が頭の上に乗っている。それが、ややヒゲダンスにも似た手の動きでボックスステップを踏みながら、周囲の建物を破壊し始めたのだ。
「マゲ~」
「ゲラッパ!」
「マゲマゲ~」
 口々にそんな声を上げながら、その集団は手当たり次第に破壊していく。しかも対象は「建物」だけではなく、「人」も入っているらしい。こちらに気付いた何人かが、手に持っている刀のような物を振り上げて容赦なく襲い掛かって来た。
 戦い慣れているユウスケの方は、その攻撃を紙一重でかわして相手の腹を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた相手は、「マゲ~」と情けない声をあげて倒れこむものの、大きなダメージではないためか、すぐさま起き上がり再び襲い掛かってくる。
 一方、ほとんど実戦経験がない夏海にとっては、彼らの攻撃はかわしきれない物だった。悲鳴を上げる暇もなく、彼女の眼前に立った相手が、彼女に向かってその凶刃が振りかざす。
 それを止めねばと思うのだが、いつの間に離されたのか、ユウスケの手の届く範囲に彼女はいない。
「夏海ちゃん!!」
 何とか逃げてくれ。そんな思いを乗せ、ユウスケが彼女に向けて叫んだ瞬間。
 ひゅるりと、一陣の風がユウスケの横を通り過ぎたかと思うと、そのまま夏海に向かって一直線に駆け抜け……更に次の瞬間、そこには、夏海に向かって振り下ろされた刃を、刀で受け止めている青い服を着た女性の姿があった。
「大丈夫? 早く逃げて!」
 女性は夏海に短くそう言うと、そのまま相手の刀を跳ね上げて一人、また一人と斬り散らす。
 彼女の持つ刀は、以前見た侍達の物に比べるとやや短い。鞘も、腰ではなく背に差している。どちらかと言えば侍の持つ打刀や脇差よりも、忍者の持つ忍刀に近いだろうか。
 現れた彼女は、この相手と戦い慣れているのか、彼らの攻撃を的確にかわし、逆に手に持つ太刀で斬撃を浴びせている。
「夏海ちゃん、大丈夫!? 怪我は?」
「ありません。それより、これは一体……?」
 何とか相手を蹴り飛ばして道を開けたユウスケは、夏海の側に寄ると、彼女を背に守りながら問いかける。
 投げられた問いに首を横に振って返しながらも、夏海も自らの疑問を口に出しつつ周囲の様子を窺った。
 目の前に現れた兵士達。そしてそれと対峙する忍刀の女性。もしもここが、本当に以前来た事がある「シンケンジャーの世界」だとするならば、この兵士達も外道衆という事になるのだが……どうも違う気がするし、戦う彼女も「侍」という雰囲気ではない。
 何とも理解し難い状況ながらも、何とかその兵士を退けていると、女性が着ているのと同じデザインをした、黄色いジャケットを着た青年が、やはり刀を抜いた状態で飛び込んで来るのが視界の隅に入った。
「七海!」
「吼太! 丁度良かった!!」
「七海、その人達は? ……って、聞いてる場合じゃないよな」
 七海という名らしい女性に、飛び込んできた吼太と呼ばれた青年が、険しい表情で相手を睨みつけながら、荒々しい剣捌きで相手を切り伏せる。
 その際、斬られた相手の一部が夏海の足元に落下した。反射的に、夏海は「それ」に目を向け……ざあっと音を立てて、その顔から血の気が引いた。
「……ひきゃぁぁぁっ!」
「夏海ちゃん!?」
「む、むかで! ……こ、この兵士、スーツの中に百足がいっぱい詰まってます!」
「ええっ!?」
 夏海の声に反応し、ユウスケもそちらに目を向け……直後、襲い来る人型の兵士と「それ」を交互に見つめては、呆れと嫌悪の混じった、何とも表現し難い表情で相手を退ける。
 動きは完全に人の物だというのに、中身は無数の百足と言う正体を知れば、夏海でなくとも、大抵の女性は悲鳴をあげるだろう。男性であるユウスケだって、出来る事なら関わりたくない。人型を形成できる程の数の蟲など、見ていて気持ち悪いだけだ。
 だが同時に、道理で手応えが薄いはずだと納得もする。中に入っている物が一般的な「人」ならば、腹部を蹴られてああもすぐ立ち上がるはずがない。鍛えていたとしても、多少なりともダメージはあるはずだ。しかし、中に入っているモノが無数の蟲だというのなら話は別。与えた衝撃は方々に散り、さしたるダメージにはならないだろう。
 際限なく襲い来る相手に、いい加減こちらも痺れを切らし始め、刀で応戦している二人にも焦りの色が見え始めた……その刹那。
「ったく、マゲマゲうるせぇ連中だな」
「士!」
 再びユウスケの視界の端に何者かの影が映りこむ。そして耳に届いた聞き慣れた声に、抗議と歓喜の混じった声で、その主の名を呼んだ。
 二人組もその声で士の存在に気付いたらしい。その表情には、あからさまな驚きが浮かんでいた。いや、正確には「何でこんな所にわざわざ来るんだ」という、抗議めいた表情といった方が正しいかもしれないが。
 だが、こちらが「戦える」という事実を知らない以上、彼らが迷惑に思う気持ちは多少なりとも理解できるし、幾多の世界を渡っている彼らにとってはそういった反応をされる事は慣れている。
――士君がディケイドだと知ったら、この人達はどんな反応をするんでしょうか?――
 思いつつ、夏海はちらりと二人組を見やる。士は、様々な世界で「世界の破壊者」と呼ばれている。少なくとも、「ライダーが存在する世界」のほとんどで、彼の存在は歓迎されていなかった。
 「ライダーのいない世界」であった「シンケンジャーの世界」でも、「世界の破壊者」という二つ名を知った瞬間は拒絶された。それが悲しくて、悔しくて、声を荒らげたのは今となっては懐かしい。
 ……もちろん、あの時と同じことが起こった場合は、またきっと、声を荒らげて抗議してしまうのかもしれないが。
「って、あの人、さっきの黒子!?」
「成程な。大体分った」
 驚いたように目を見張りながら上がる吼太の声。言葉から察するに、まだ「黒子の格好」をしていた時の士に、彼は会っていたらしい。
 しかし士の方は、それを軽く流し、ほとんど口癖とも言える言葉を放つと、その腰にベルトを巻きつけ、一枚のカードを構え……そして宣言する。目の前の雑兵達を倒す為に。
「変身」
『KAMEN RIDE DECADE』
 士のベルトから電子音が響き、その姿をマゼンタ色を基調とした緑の目を持つ戦士、ディケイドへと変える。
「嘘でしょ、変身した!?」
「あの人、一体……」
「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」
『ATTACK RIDE BLAST』
 士の変身に驚いたらしい、七海と吼太が、それぞれに声を上げる。それに反応するように、士は腰についていた白いカードホルダー……ライドブッカーをガンモードに変えながら、さも当然と言わんばかりの声で言葉を返す。
 それと同時に周囲の兵士を完全に滅すべく、一枚のカードを読み込ませると、エネルギー弾を連射。その銃弾の大きさに見合わぬ膨大なエネルギーは、相手を塵一つ残さず消滅させた。
「……ま、ざっとこんなもんか」
 パンパンと手を軽く叩くような仕草を取りながら、士はベルトを外してその変身を解く。
 仮面の下から現れた士の顔には、ほんの僅かにではあるが、不信感が滲んでいる。それは夏海やユウスケも同じなのか、いつもよりも険しい表情で、兵士のいた跡に視線を送りながら呟きを落とした。
「今の、一体何だったんでしょう?」
「何って、百足だろ」
「そういう意味じゃありません! ……思い出させないで下さい!」
「ま、外道衆や大ショッカーの連中じゃないって事だけは確かだな」
 夏海の言葉を軽くいなすが……それでも彼女の言わんとしている事は理解しているらしい。
 自分に「黒子」という役割が振られた以上、てっきりここは「シンケンジャーの世界」だと思ったのだが、先程の相手は、以前見かけた外道衆とは明らかに異なる存在。
 しかも、それと戦っていた二人はどう見ても「侍」よりも「忍者」という印象が強い。
 では、ここは「シンケンジャーの世界」と似て非なる世界なのか。あるいは……突拍子もない考えではあるが、「時間軸の違うシンケンジャーの世界」なのか。時間を移動できるライダーもいる事だし、あながち有りえない事とも言い難い。
――やれやれ。世界だけじゃなく、とうとう時間まで超えるとはな。しかも、「侍」の次は「忍者」か――
 ふぅ、と溜息を吐きつつ思う士に、吼太と七海の二人はゆっくりと近付くと、不思議そうな表情で問いかけてきた。
「なあ、聞いても良いかな?」
「あなたも……ううん。あなた達も、正義の戦士なの?」
 と。

 一方その頃の海東かいとう 大樹だいき
 どこかの高架下で、彼は今にも踊りだしそうな軽やかなステップを踏みつつ、手に入れた「お宝」を見つめてはフフと軽く笑っていた。
 ……そのニヤケ面は端から見ていると、ある種不審者と言えよう。通報されても文句は言えないだろうが、幸か不幸か、今いる場所は彼以外に誰もいない。高架下特有の反響音も、彼の足音と時折漏れる笑い声以外はない。
 先程まで自分を追っていた三人組は、インビジブルのカードを使って撒いた。それでも、まるで自分の姿が見えているかのようにしつこく追って来られたのは、流石は忍者と称賛すべきか。
 しかし途中で何かあったらしく、彼らは悔しげに舌打ちをすると、こちらの追跡を諦め、別の方向へ駆けて行くのを見かけた。
 流石に今回は逃げ切れないかもしれないと思っていた矢先の出来事だっただけに、自分には運が味方に付いているとさえ思える程だ。
 何しろ相手は忍者だ。逃げるにしろ、一筋縄では行かない相手だろうし、最悪の場合は違う世界へ逃げてほとぼりが冷めるのを待つしかないか、とも思っていたのだが。
 海東の持つメダルには、それぞれ「兜」と「拳」の文字が書かれている。このメダルをある装置に入れると、最高のお宝とも呼べる物が出現するという。海東の最終的なターゲットは、その「最高のお宝」だ。それを手に入れる為にも、今度はその「ある装置」とやらを手に入れなければならない。
「疾風と迅雷のお宝、風雷丸……まさに、僕が持つに相応しい」
 止められぬ笑いを噛み殺す事なく、浮かれ気分で前に進もうと思った矢先。
 海東の背後から、声が響いた。
「Hey、そいつはどうかな?」
「……誰かな?」
 声の主を確認しようと、ゆっくりと海東は振り返る。しかし、声がしたはずのそこには誰もいない。
 人の気配はない。しかし、確実に「居る」。強いていうなら、自分が先程まで使っていたカード……インビジブルの効果を発動している時に似ているだろうか。
 恐らくは先の三人組の仲間といった所だろう。ならば油断は出来ない。何しろ相手は忍者なのだから。
 手に入れたメダルを奪われぬようにぐっと握り締め、もう一度自分もここから姿を消すべく、銃型の変身ツールであるディエンドライバーと、変身に使用するためのカードを構え……
 その一瞬後、自分の手の中からディエンドのカードが消えた。それが奪われたのだと気付いたのは、いつの間にか現れた「そいつ」の手の中に、ディエンドのカードが納まっていたのを見てからだった。
「なっ!?」
「ユーが何をしようとしているのかは、ミーも大方Understandしているさ」
「……それは僕のカードだ。返したまえ」
 ディエンドのカードを見せつけるようにしながら言う「そいつ」に、海東は僅かに苛立った声を投げつつ、言葉通り返せと言わんばかりに自身の手を伸ばす。
 自分が盗むのは許せても、自分から盗まれるのは許せない。
 そんな海東に、相手は軽く頷きを返すと彼と同じように手を差し出し……
「OK。ただし、ユーが鷹介達にシノビメダルを返したら、と条件をつけさせてもらうよ」
「断る。このお宝は僕の物だ」
「Oh no。それじゃあ、このカードはユーには返せない」
 海東の言葉に、相手はひょいと肩を竦めながら余裕綽々といった態度を返す。声や仕草は、どこかふざけている印象を持たせるのに、その姿には隙がない。それだけでも十分に、先の三人よりも実力があるのだろうと理解できた。
 だが、自分が大切にしているものを盗まれたまま引き返すのは癪に障る。海東にとって、ディエンドライバーとディエンドのカードは、セットで存在しなければならないし、他のどんなお宝よりも執着を持つ一品だ。
――参ったな、どうにかして僕のカードを取り返さないと――
 表情には出さずにそう思った瞬間。相手はそれまでとは打って変わった真剣な声で、海東に向かって言葉を放つ。
「それに……ユーにはメダルは扱いきれない。それはこの星を……世界を救うために必要なアイテムだ。Collectionして、どこかへしまわれては意味がない」
「そう言われて、引き下がる僕じゃない」
 人気のないトンネルの中。
 二つの人影は、静かに火花を散らす。


巻之二十九:通りすがりと寫眞館

巻之三十一:宇宙忍者と大ショッカー
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