☆忍風戦隊ハリケンジャー&仮面ライダーディケイド☆

【巻之二十九:通りすがりと寫眞館】

 西暦二〇〇二年も残り少なくなってきた頃。
 かすみ 一甲いっこう一鍬いっしゅうの兄弟は、道路工事に勤しんでいた。
 工事作業員というのは、世を忍ぶ仮の姿。本来の彼らは、迅雷流忍術の忍……ゴウライジャーである。だが、いかに彼らが忍であると言えど、金がなければ腹も減るし住まう場所にも困る。まして今は、本職である忍としての仕事では金も出ない状況。
 肉体労働は嫌いではないし、修練にもつながるので良しとしているが……それでもいつか、この地球を脅かす外敵……宇宙忍群ジャカンジャを打ち滅ぼし、「忍として」生きていきたいと思いながら、今日もあくせく働いていた。
「兄者、そろそろ飯にしないか?」
 現場監督から渡されたらしい、温かい茶を差し出しながら、一鍬は気遣うような表情を浮かべ、兄に向かって声をかける。
 既に太陽は南中をやや超えており、その認識と共に一甲の腹の虫が微かに鳴いた。
「もうそんな時間か」
 苦笑気味に呟きながら、一甲は弟の持つ弁当を受け取り……そして少しだけ離れた場所にいる青年にも声をかけた。
鷹介ようすけ、お前もどうだ?」
「ああ、貰うよ」
 青年の名は椎名 鷹介。こちらは正規の土木作業員ではなく、派遣会社から送られてきた「助っ人人員」だ。そして同時に、一甲達と同じく忍でもある。
 ただし忍といえど、一甲達とは流派が異なる。鷹介が属するのは疾風流忍術であり、その中でも空中戦を得意とする空忍と呼ばれる忍、ハリケンレッドだ。彼もまたジャカンジャと戦う存在であり、紆余曲折はあったものの、今や一甲や一鍬の良き仲間であり友人でもあった。
「それにしても……やっぱり疲れるよな、こういう仕事って」
「何だ鷹介、もうバテたのか?」
「修行が足りんぞ」
 溜息混じりに吐き出された鷹介の言葉に、一甲と一鍬はからかい半分でそう声をかけた。勿論、鷹介もからかわれているのだと分っている。だが、からかわれ放しなのは癪に障るのか、小さくだがむぅと唸ると……一瞬の隙を付き、一鍬の弁当にあった昆布巻きを奪い、口の中に放り込んだ。
「なっ! 鷹介、貴様っ! よくも俺の弁当を!!」
「油断しすぎだぜ一鍬。修行が足りないんじゃないか?」
 先程のお返しとばかりにそう言葉を返すと、鷹介はその口角を軽く上げた。
 かつては敵として剣を交えた間柄だと言うのに、今ではおかずの奪い合いなどという、下らなくも平穏なやり取りを交わしている。
――人間、変わろうと思えば変わるものだな――
 苦笑気味に思いながら、一甲は弁当の中身を奪い合う二人に温かい視線を送る。
 昔から、迅雷流と疾風流は争ってきた。「切磋琢磨する」と言えば聞こえは良いが、要は単なるいがみ合いだったように思う。他の流派は劣っていると驕っていたのか、逆に他の流派に嫉妬していたのか、あるいはその両方からだったのか。もはや、何が原因でいがみ合っていたのかは分からない。
 だが、生まれた時から「己の流派こそ至高」と教えられてきた身としては、それが「当たり前」だったし、今後もそんな関係が続くのだと思っていた。
 それが今では、弁当の中身を奪い合うという、ある意味いがみ合いからは程遠い関係に落ち着いている。
 それを良かったと思う自分に少しだけ驚きつつ、一甲はちゃっかりと自分の弁当を守りながら食事を続けていた。
 その時だっただろうか。それまで忙しなく一甲と一鍬の弁当を狙っていた鷹介の動きが止まり、その表情に真剣な色が浮かんだのは。
「……どうした、鷹介?」
「何だ、あいつ?」
 彼の真剣さに気付いたらしい。一鍬もまた動きを止め、鷹介の視線の先を見やる。
 そこにいたのは、身軽そうな服装の青年。しかも何故か楽しげな笑みと視線をこちらに向けている。気のせいかとも思ったのだが、明らかに青年の目はこちらを向いている。
 何か用なのだろうかと不思議に思い……その一瞬後に気付いた。青年が左手に持つ、二枚のメダルの存在に。
「あれは……シノビメダル!?」
「それも、七番と八番!?」
 遠目ではあるが、そこは忍の身。青年の持つメダルの正体に気付くと同時に、一甲と鷹介は驚きの声をあげ、確認するように自分の体をまさぐる。
 シノビメダルとは、彼らが扱う巨大ロボ……カラクリ巨人が、カラクリボールと呼ばれる「ツール」を出す為に用いる物。
 それぞれに番号が振られており、青年が持っている物は疾風流のカラクリ巨人である旋風神と、迅雷流のカラクリ巨人である轟雷神を合体させるカラクリ武者、風雷丸を呼ぶ為のメダルだった。
 普段は「兜」と書かれた七番、風雷ヘッドのメダルを鷹介が、「拳」と書かれた八番、風雷ナックルのメダルを一甲が持っているのだが、いつの間に奪われたらしい。
 しかし、いつの間に? 忍である自分達に気付かれず、それも二人からそれぞれにメダルを盗むなど、並大抵の業ではない。常人よりも気配に敏いはずの自分達が出し抜かれたという事は、彼もまた忍なのだろうか。
 そこまで考えた時、思い当たったのはたった一つの組織の名前。
「もしや、奴はジャカンジャ!?」
 思わず漏れた一甲の声に、鷹介と一鍬の顔にも緊張が走る。相手がジャカンジャだというのなら、奪われた事も多少は納得できる。勿論、納得したからといってそのまま見逃す訳にも行かないのだが。
 そんな彼らの緊張を見てとるや、青年の方はますます楽しげに笑みを深めると、指鉄砲でこちらを撃つような仕草を取り……
「お宝は頂いて行く。僕に奪われた事を、誇りに思いたまえ」
 その言葉を残し、華麗な身のこなしでその場を走り去る。
 だが、三人も黙って見送るはずもない。ましてジャカンジャである可能性があるならばなおの事。彼らは真面目な顔で頷き合うと、急いでその青年の後を追うのであった。

 尾藤びとう 吼太こうたは、訪問介護士を「表の仕事」にしている忍である。流派は鷹介と同じ疾風流。その中でも、地上戦を得意とする陸忍、ハリケンイエローである。
 その彼が、介護の仕事から帰る途中。妙な違和感を覚え、立ち止まった。
 これと言って、普段と変わった様子はないと思うのだが……何かが違う。そう思い、ゆっくりと辺りを見回して……気付いた。
 昨日までは喫茶店だったはずの「そこ」が、今日は何故か写真館になっている事に。
――どういう事だ? まさか、ジャカンジャがまた何か……――
 「不可思議な事があればジャカンジャの仕業」という考えが染み付いてしまっているのか、無意識の内に彼はきゅっと顔を顰めると、ゆっくりとその写真館に足を踏み入れる。
 見た印象は、どこにでもある静かな写真館だ。壁に飾られたセピア色の写真達が、この店の歴史を物語っているように見える。
「あのー、ごめん下さい」
「あ、いらっしゃい。お客様かな?」
 意を決し、吼太が声をかけた一瞬の後、奥から現れたのは白髪の、笑い皺を目元に刻んだ老爺だった。
 別段、怪しい雰囲気はない。むしろ人の良さそうな印象もある。だが、この写真館がいきなり現れた事を考えると、どうにも警戒してしまうのも事実。
「すみません、ここって喫茶店じゃありませんでしたっけ?」
「いや? うちは昔から写真館ですよ? 偶にコーヒーも出しますけどね」
 ニコニコと、悪意とは縁遠そうな笑顔で返す老爺に、吼太もつられて笑顔になる。
 頭では怪しいと分っているのだが、どうも目の前の老爺は人の緊張を緩める特技を持っているらしい。あれよあれよという間にスタジオに通され、ソファに腰掛けさせられてしまった。
――もしもこの人がジャカンジャの一味だとしたら、俺、結構危ない状況だよなー――
 敵かもしれないと思っていながらも、本能的な部分で「大丈夫だ」と感じ取っているのか、吼太は妙にのんびりとした気分でそんな事を思う。
「ちょっと待ってて下さいね。今コーヒー入れますから」
「あ、お気遣いなく」
 いそいそと奥に引っ込む老爺の背を見送り、吼太は微かに苦笑を浮かべながらスタジオをぐるりと見回した。
 使い込まれたカメラに、綺麗に清掃された床。壁にかかっているのは背景ロールだろうか。赤い鷹、青い海豚、黄色い獅子、深紅の甲虫、蒼天の鍬形が、緑の手裏剣の周りに座している。周囲に散らばるように配置されている丸い物は、メダルだろうか。特に頂点にある二枚のメダルが、吼太の気を惹いた。
 どこか、シノビメダルに似ている気がする。
 しかし、それを知るのはもはや限られた者しかいないはず。不審に思いながらも、その絵をじっと見つめていると……唐突に彼の背に気配が生まれた。
 先の老爺とは違う気配に振り返り、その存在を確認すると……そこにいたのは見知ったような、そうでないような、何とも言い難い存在が扉の前に佇んでいた。
 その格好は、顔を隠し黒衣くろごに身を包んだ「黒子」。
 疾風流の中では、忍に関わる記憶を消去させる為に活躍する自律型のロボットだが、今回は違うと直感できる。目の前の黒子には、生物特有の気配がある。ならばこちらに歩み寄ってきている黒子は、機械ではなく生身の人間だろう。
 見知っているのと同じような格好ではあるが、少なくとも自分が知る黒子ロボではない。……もっとも、黒子の格好など、どれも似たようなものなのかも知れないが。
「何者だ!?」
「……見ての通り、通りすがりの黒子だ」
 声に不信感を滲ませながら問うた言葉に、黒子がどこか忌々しげな声で答える。黒子にしては随分と堂々としているし、存在感がありすぎる気がするのだが。
 そんな事を考えつつ、吼太がじっとその黒子を見つめていると、先程まで奥に引っ込んでいた老爺が、コーヒーカップ片手に近付いてくるのが見えた。
「おやつかさ君。おかえり。随分早かったね」
「まあな。……ああ、爺さん。俺にもコーヒーをくれ」
 この店の従業員なのだろうか、士と呼ばれた黒子は、ペロンと顔を隠していた布を上げると、どっかとソファに腰を下ろす。
 客よりも態度の大きい従業員というのも、どうかと思うのだが。おまけに年長者を顎で使うのもいかがなものか。もっとも、老爺の方はさして気にしている様子もないが。
 我知らず、顔に苦笑が浮いてしまったのだろう。何だと言いたげに、黒子の鋭い視線が吼太の顔に向けられる。
 だが、その瞬間。
 腹に響くような轟音が吼太の鼓膜を叩いた。それが爆発だと認識した瞬間、吼太は真剣な表情になり、条件反射的に音の方向へと駆け出していた。
 背後では先程の老爺と黒子が、轟音に驚いたのか軽く顔を顰めていたのが見えたが、あの場所なら安全だろう。何故だかわからないが、そんな奇妙な確信を持ってひたすらに走る。道中、服装を忍装束に変え、腕に変身ツールでもあるハリケンジャイロも装着。
 現場に到着した時には、既に仲間である水忍、ハリケンブルーこと野乃 七海が、敵と切り結んでいるのが見えた。
「七海!」
「吼太! 丁度良かった!!」
 端的に返す七海と戦っているのは、見慣れた自分達の「敵」……宇宙忍群ジャカンジャの下忍、マゲラッパ達だ。彼らは軽やかにボックスステップを踏みながら、集団で七海を囲んでいた。
 否。正確に言うならば、七海とその後ろにいる一組の男女を囲んでいた、と言うべきだろう。
 不思議に思うのは、青年の方が特にマゲラッパを恐れる様子も見せずに、むしろ彼らを蹴り飛ばしている事か。その姿から察するに、随分と戦い慣れているらしい。隙のない連撃からも、青年が普段から戦いの中に身を置いているのが分かる。
「七海、その人達は? ……って、聞いてる場合じゃないよな」
 次から次へと湧いてくるマゲラッパを相手にしながら、吼太と七海は背に挿している刀、ハヤテ丸を引き抜き、相手を次々に斬りつけていくのであった。

 所変わってジャカンジャの居城、センティピード内部。吼太と七海が、マゲラッパと遭遇する少し前。
 中央に座すジャカンジャの頭領、ドン・タウザントの前に、彼の直属の部下である上忍、暗黒七本槍と呼ばれる面々が並んでいた。
 「七本槍」とは呼ばれる物の、既にその内の二人はハリケンジャー達に倒されている為、実際にいるのは五人だけなのだが。
 未だ地球を腐らせる事が出来ず、苛立ったような空気が流れている中、どこからともなく一人の青年が姿を見せた。
「宇宙忍群、ジャカンジャの皆様でございますね?」
 慇懃無礼という表現が合いそうな薄ら笑いと態度を見せて一礼するその青年に、五人は軽く眉を顰めてその姿を一瞥する。
 唐突に現れたそいつに、最初に食いついたのは京劇役者のような化粧の仮面をつけた忍……六の槍、サタラクラであった。
 やってきた青年を、品定めでもするかのように無遠慮に見やりつつ、大げさなリアクションで声をかける。
「何? 何なのチミはぁ?」
「私は旅の商人。エステルと申します。以後、お見知り置きの程を、サタラクラ殿」
「エステル? 聞いた事ないわね」
 名乗った青年……エステルに言ったのは、セクシーな印象の錬成術師、四の槍であるウェンディーヌ。どこか馬鹿にしたような彼女の言葉にも、気を悪くした様子も見せずに、エステルは薄ら笑いを顔に張り付かせ、またしても一礼と言葉を返す。
「駆け出しでございますから、あまり名は知られてはおりません。ですが、それ故に皆様と懇意にさせて頂ければと」
「ほう? それで、貴殿は今日、何を売るつもりだ?」
「いえいえ。本日は売りに来たのではなく『ご挨拶』に伺ったのです、サンダール殿」
「何?」
 鮫のような顔をした忍、七の槍、サンダールに答えながら、エステルは懐中から一本の「何か」を取り出す。
 色は黒。中央付近には「Z」の字を模る鞭のような絵が描かれている。
「これは『ガイアメモリ』。武器弾薬の類ではなく、ただの強化ツールに過ぎませんが……この商品、きっとフラビージョ殿の採点でも、満点を頂ける物であると自負しております」
「フン。随分と余裕だな」
 答えたのは蜂のような格好をしている一の槍、フラビージョではなく、武者鎧のような戦士である五の槍、サーガイン。
 それに気を悪くした風でもなく、エステルはふと軽く口の端を歪ませた。
 サーガインの言う通り、余裕に満ちた表情で。
「フフ。余裕がなければ商人など勤まりません。その余裕がフェイクか本当かを見抜くのは、皆様次第ですがね」
 外見上は恭しいまでの態度を見せつつ、エステルはにこやかにそう言うと、その「ガイアメモリ」をタウザントに向かって差し出す。
「使う、使わないはタウザント様のご自由に。こちらはサービスですが、別料金で使い捨ての駒もご用意致します」
「……ほう」
「ご興味がおありでしたら、今すぐにでもご用意致しますが?」
 クス、と笑いながら差し出されるそれを見つめ、タウザントはすっとその目を細める。
 目の前に立つ男は、かなりの邪心を持っているらしい。「使い捨ての駒」までも用意しているとは、実に周到な相手だ。
 仮にここで断れば、今度は地球忍者の元に売り込みに行くかもしれない。それは少々厄介。
 それに……エステルの持つその「ガイアメモリ」からは、どことなく邪悪な力を持っているように感じる。「アレ」を発生させるに足るかもしれない、どす黒い何かを。
「……良かろう。その商談、成立させようではないか」
 低く、ゆったりとした物言いで返すと、タウザントはそのメモリに手を伸ばし……そして、サンダールに向かって放り投げた。
 恐らくは、サンダールにそれを使えという意思表示なのだろう。
 投げられたそれをありがたく受け取ると、サンダールはじっとそのメモリを観察した。
 タウザントがメモリに邪悪な力を感じたように、サンダールも同じものを感じ取る。だが、そのちからに対する考え方は、恐らくタウザントとは異なるのだろう。
 すぐに自分に手渡したタウザントとは違い、妙に惹かれるものがある。
「フフ。流石はタウザント殿。誰に使わせるべきかを心得ていらっしゃる」
 クックと喉の奥で笑いながらエステルはそう言うと、顔をサンダールに向けて今度は彼に向かって言葉を紡ぐ。
「ご自身でお使いになるのも結構ですが、扇忍獣にお使い頂けますと、より効果的です。そうですね、そちらのメモリでしたら、狼系がよろしいかと」
「ほう。何故だ?」
「相性とでも申しましょうか。その中に記録されているモノとの、ね」
 そう言ったエステルの表情に、サンダールは思わず戦慄する。一見するとにこやかにも見える表情だが、その内から滲み出る空気はとてつもなく冷たい。
――私にプレッシャーをかける商人とは……一体何者なんだ?――
 心の内で、目の前に立つ特徴のなさすぎる男に対して、相当な不信感を抱きながら、しかしそんな事はおくびにも出さず、彼は鷹揚に頷いたのであった。


第28話:荒ぶるダイノガッツ

第30話:仮面と忍
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