☆侍戦隊シンケンジャー&仮面ライダー響鬼☆

【二之巻:魔化魍とアヤカシ

「俺はヒビキ。よろしくな。シュッ」
「殿!」
「源太、無事?」
 襲ってきた赤い異形を倒し、目の前に立つ青年達……どことなく「侍」を感じさせる赤と金の戦士だった二人に、ヒビキが自身の名を告げた瞬間。別方向から一組の男女が、その二人に駆け寄ってきた。その二人の後ろには、顔だけ変身を解いた鬼、イブキの困ったような姿もある。
 どちらを指しているのかは分からないが、「殿」とは、また一風変わったあだ名だなぁと思いつつ、ヒビキもイブキに視線を向ける。
 イブキが鬼に変身しているという事は、何かしらの敵と交戦、その最中にあちらの男女に見つかって困惑していると言った所か。
 自分達「鬼」をサポートする組織……「猛士」からの情報では、この辺りにはヤマビコが出没していると言うし、その童子か姫が相手だったのだろう。
 ……もっとも、その「情報」を持ってきたのは、「猛士」の中でも「白い独裁者」と称されている「銀」の女性だったのではあるが。
 それにしても、気になるのは先程の赤い異形の事。あのような異形、果たして魔化魍の種類にいただろうか。そもそも、魔化魍は滅多な事でもない限り、集団行動をしない。互いの領域を侵さないよう、住み分けが出来ている。
――そう言えば、この山に来る途中で、銀色の幕のようなものが現れたっけ――
 記憶の片隅に残っていた、ほんの一瞬の出来事を思い出し、ヒビキは胸の内で呟きを落とす。
 どうにも、嫌な……と言うよりは奇妙な予感がする。そして、この予感が当たっているだろうという、妙な確信まである。
「イブキ、そっちはどうだ?」
 不審に思いながらもそんな事はおくびにも出さず、ヒビキは「宗家の鬼」に声をかける。声をかけられた方は、人の良さそうな爽やかな笑顔を見せ……
「やっぱり、この山にいるのはヤマビコですね。姫と遭遇しました。そちらは退治出来たんですが……そこで、彼らと出会って、その……」
 ちらりと新たに現れた男女を見ながら、イブキはどこか不審そう……と言うか、不思議そうに首を傾げた。
「鬼じゃない、別の物に変身してたんです。おまけに思い切り警戒されてます」
 その言葉に、ヒビキはああ、と小さく呟く。「殿」と呼ばれた青年も、自分の知らぬ戦士に変身していた。親しげな様子から察するに、イブキと一緒にやってきた二人も彼らの仲間なのだろう。という事は、あの二人も「侍」か。妙に納得する自分に、ヒビキは我知らず苦笑を浮かべていた。
 銀色の幕や、見慣れぬ……魔化魍とは異なる異形、何より自分達をこの場所へ行くように仕向けた「白い独裁者」の事を考えれば……おのずと、ここが「異世界」と呼ぶべき場所である事が想像できた。
「ヒビキさん? 珍しいですね、溜息なんて」
 無意識の内に溜息をいていたらしい。イブキが物珍しげな表情で自分を覗き込む。それに対し、ヒビキは軽く苦笑を浮かべ……
「イブキ、俺達はどうやら、厄介事に巻き込まれたらしいぞ」
「え? それって……」
「ヒビキさーん、イブキさーん!!」
 イブキが何かを問おうとするよりも先に、イブキが来た方向とは別の方面から、聞き覚えのある声がした。
 「弦」の使い手、雷の力を持つ鬼……トドロキだ。
 その後ろには、ヒビキに言わせれば「少年少女」と呼べる年齢と思しき男女がいる。少年の方は胡散臭そうに、少女の方はどこかキラキラと輝くような眼差しでトドロキを見ているのが分かった。
「トドロキさん。トドロキさんもその姿って事は……魔化魍と遭遇したんですか?」
 首だけ変身を解いているトドロキに視線を送りつつ、イブキが真剣その物の表情で問う。
 ヤマビコの姫と出くわしたと言っていたから、そのつがいである童子やヤマビコ本体がいてもおかしくないと思ったのか。
 その問いに、トドロキは軽く肯き……
「はい。自分はヤマビコの童子と遭遇したんっすけど……すみません、取り逃がしました」
 心底申し訳なさそうに謝るトドロキ。彼も鬼である以上、事の重要性は把握している。童子を取り逃がせば、それだけ被害に遭う人間が増えると言う事だ。
 魔化魍が一種、ヤマビコ。人の「声」……それの詰まった「喉」を好み、木々を腐らせる異形。それを育てているのが童子と姫と呼ばれる傀儡であり、魔化魍を育てる為なら手段を選ばぬ「敵」。
「そうなると、この辺りを拠点にディスクアニマルを……」
「話し中の所悪いが」
 イブキが今後の対策を練ろうと提案しかけたその時。それまで遠巻きにこちらを見ていた、赤い侍だった青年……「殿」とか呼ばれていた人物が、その呼び名通りの威厳を持って、ヒビキ達三人に声をかける。
 思い切り、疑惑の眼差しを向けて。
 それもそうだろう。彼らから見ればこちらもまた「得体の知れない存在」だろうし……何より三人が三人とも首だけ変身解除状態……つまり首から下は鬼の姿のままなのだから。
「お前達は、何者だ?」
「あー、うん。その質問に答えても良いんだけど、その前に……」
 気を悪くした様子も見せず、ヒビキは青年の方へと向き直ると、困ったような笑いを浮かべてこう言った。
「俺達、着替えてきても良いかな?」
 ……その言葉に、目の前の六人が、奇妙な表情を浮かべたのは……言うまでもない。

「いやあ、悪かったな青年」
 ヒビキがそう言った場所は、先程の山の中ではなくどこかの武家屋敷。表札には「志葉」と書かれていたので、志葉家と呼ぶべきなのか。一段と高い場所に赤い「侍」の青年が座り、その両脇を固めるように他の五人が円座の上で座り、ヒビキ達は青年の真正面で、横一列になって座っていた。
 トドロキの車に乗せてあった替えの服を着た後、落ち着いて話せる場所で話そう、と言う事になった際……通されたのがこの武家屋敷だ。
 当初、「殿」と呼ばれていた青年や、生真面目そうな青年は物凄く渋い顔をしていたが、少年や寿司屋の半被を着た青年がゴリ押しで通した形で、この場に招かれたと言うのが現状である。
 そんなヒビキ達の後ろには、灰を基調とした呉服姿の壮年男性の姿もある。
 ここが武家屋敷で、目の前にいる青年が本当に「殿」ならば、後ろにいる男性はさしずめ「じい」と言った所か。
 そんな風に思いながら、ヒビキは周囲を見回す。
 折り紙で作る兜のような柄は、この家の家紋だろうか。青年の後ろの円窓には、黄色でそんな模様があしらわれている。
「改めて聞きたい。お前達は何者だ?」
「何者って聞かれてもなぁ……」
 困ったように頬をかきつつ、ヒビキはイブキとトドロキを交互に見やる。
 目の前にいる青年達は、間違いなく鬼とは異なる「戦士」だった。
 鬼の存在は、あまり公にする事ではないが、だからと言って変身した姿を見られている以上、誤魔化すのも得策ではない。ならば彼らには話しておくべきだ。知られて困る組織と言う訳でもないし。
 目だけでそう会話を交わすと、ヒビキは軽く肯き……
「俺達は、鬼だ」
「鬼だぁ?」
「もしや、外道衆の仲間か!?」
 寿司屋の半被の青年の言葉の後、生真面目そうな印象の青年が緊張感漂う声で言う。後者に至っては、持ってもいないのに腰に手をあて、刀を抜くかのようなポーズを取っている。
 彼の言う「ゲドウシュウ」と言うのが何を指すのかは分からないが、音から考えられる文字は「外道衆」。そう変換すれば、あまり良い印象は受けない。もっとも、「鬼」と言う呼び名も同じだが。
「僕達は、自分の体と心を鍛え抜いて『鬼』になったんです。……人々を、魔化魍と呼ばれる化物から守るために」
「マカモウ? さっきもその単語聞いたんだけど、どんな字? 想像つかねぇんだけど」
「悪魔の『魔』に化物の『化』、魑魅魍魎の『魍』って書いて、魔化魍っす」
 後ろ頭を掻きながら問いを投げた少年にトドロキが答えていると、どこに控えていたのか、黒子の一人が半紙と墨と筆を差し出してトドロキに渡す。
 しかし渡された方は困ったようにまなじりを下げると、そっとそれらを隣にいる「宗家の鬼」に回した。
 ……古文書などで見慣れているため、毛筆文を読むのは得意だが、書くのは苦手と言う事なのだろう。回された方は軽く苦笑を浮かべると、慣れた手つきで筆先に墨を含ませて「魔化魍」の字を綴る。
「何か……随分とおどろおどろしい名前ね」
「実際、古くから人間を襲ってきた存在ですし、簡単に倒せる相手じゃありません。仮に物理的に倒せたとしても、魔化魍は『穢れ』の塊のような物ですから、きちんと音で清めないといけません。そして、それが出来るのは僕達『鬼』なんです」
「…………鬼、か」
「殿様、あの……この人達、自分の事を『鬼』て言うてはるけど、人を守るって言うのはうちらと同じやし。悪い人やないと思います。うちらの事、守ってくれはったし」
 言いながら、少女は穏やかな笑みで瞑目している「殿」へと上申する。その彼女の言葉に、少年もうんうんと肯き……ふと思い出したように、ぽんと手を打つと、グイと身を乗り出して問いを口にする。
「じゃあ、さっきの『童子』って奴。あれが『魔化魍』なのか?」
「童子や姫は、正確には魔化魍の教育係だ。人間を襲うって点では、同じだけどな」
 少年の言葉に苦笑しながらも返しつつ、ヒビキは真っ直ぐに「殿」を見やる。こうしてみると、目の前の青年も……若いながらも何か色々と背負っているように見える。
 かつてのイブキと、同じように。
「そうなると、最近現れたセンサーに反応しないアヤカシと言うのは、その『魔化魍』とやらの可能性が高くなって参りましたな」
 後ろで事の成り行きを見守っていた男性が、深刻そうな表情で呻くように呟く。
 アヤカシ。音だけ聞けば「妖」と言う字を思い浮かべる事ができる。彼らの言う「アヤカシ」が、魔化魍の事を指しているのか、それとも……もっと別の存在を指しているのかは定かではないが……どうやらこちらも、あまり歓迎できる相手ではないらしい。
 そこまで考えた時、ふとヒビキは思い出す。先程現れた、赤い異形の事を。
「なあ、こっちからも聞いて良いかな、青年?」
「……何だ?」
「『外道衆』とか、『アヤカシ』とか……ひょっとしてさっきの赤い連中の事?」
「確かに、先程戦ったのは外道衆だが、あれはアヤカシではなくナナシ。アヤカシと比較して格下の存在だ」
 そして……その後、しばらくの間ヒビキ達は「外道衆」と呼ばれる存在に関しての説明を受けた。
 「この世」と「あの世」の隙間に住まう存在である事、人に害をなし、この世に出ようとしている事、そして目の前にいる六人は、その「外道衆」と戦うために集められた侍集団、シンケンジャーと呼ばれる存在である事を。
 簡単な自己紹介込みで。どうやら「殿」……丈瑠と言うらしい……は、ヒビキに青年と呼ばれる事を、快く思っていなかったらしい。呼んでいた本人は、そんな事など全く気付いていないが。
「そもそも志葉家とは、戦国の世より代々外道衆と戦ってきた武士の家系であり、殿はその十八代目当主にして火のモヂカラでこの世を……」
「……爺」
「は?」
「……長い」
 ともすれば暴走しそうになった「爺」こと彦馬を、困ったような表情で丈瑠が止める。周囲の面々が苦笑しているところを見ると、このやり取りはある種日常茶飯事らしい。
「あははは。面白いなぁ。僕の家にも、似たようなお爺さんがいましたよ」
「イブキは宗家の鬼だから、家柄は似てるといえば似てるもんな」
「家は兄が継いでいますけれどね。それにしても、文字の力を扱って戦う侍ですか……」
「俄かには信じられないっす」
 イブキとトドロキの声に、少年こと千明と、寿司屋の青年こと源太が苦笑を浮かべる。
「それはこっちの台詞。『音の力で戦う正義の鬼』なんて、ちょっと信じらんねぇっつーか、イメージがわかねぇっつーか……」
「でも、事実なんだよなぁ」
 しみじみ、と言わんばかりに源太が腕を組みながらそう吐き出した途端。
 後ろで、鈴の音が響く。共に、その鈴に直結していたおみくじの箱がカタンと倒れ、番号の書かれた棒を吐き出す。
「うわっ! な、何だ!?」
「あれ、スキマセンサーって言うんです。外道衆探知機……みたいなものかな」
 驚くヒビキに、年長の女性……茉子が簡単に説明してくれる。
 どう言う仕組みかは分からないが、外道衆に反応し、その番号によって何処に現れたかを知らせてくれるものらしい。
――今度、猛士で提案してみようか――
 そう思いながら、ヒビキ達も何処からともなく現れた黒子が差し出す地図を見やる。
 場所は、先程の山。ヤマビコがいると考えられている場所だ。六人の侍と、三人の鬼は互いに顔を見合わせ……
「俺達は外道衆を倒す」
「なら、俺らはヤマビコ退治と行きますか」
 そう言うと、九人の戦士達は、再びその山へと向かったのであった。
 勿論、トドロキの車を駆って。

「確か、この辺りのはずだが……」
 生真面目そうな青年こと流ノ介が、僅かに顔を顰めながら呟きを落としたその瞬間。まるで彼らを待ちうけていたかのように、一人の男と、奇妙な姿の異形が立ち塞がった。
 男の方の格好は、茶を基調とした質素な和装。しかし、首周りには何かの動物の毛皮のような物が巻かれており、色の白い顔には、右目の下に赤い線で何かの紋様が描かれている。
 異形の方は、オウムに似た嘴とマイクに似た腕を持っている。体色はくすんだ緑色をしており、魔化魍の一種、コダマに似た印象を持つ。
「やはり現れたな、外道衆」
「それに、その隣にいるのは……童子だな」
 丈瑠に続くように、ヒビキも低く呟く。
 いるだろうと予想はしていたが、まさか一緒にいるとは思ってもみなかっただけに、難儀な事だと苦笑すら浮かぶ。
 それでいて、本命の魔化魍の姿が見えないのだから、余計に厄介だとさえ思えた。
「現れたな、シンケンジャー」
「それに、鬼も」
 忌々しげに吐き捨てるアヤカシとやらに続き、童子も顔を顰めながら、女性のような声で言い放つ。
 童子が女声で喋るのはいつもの事だ。そう驚く事ではない。しかし……ヒビキはそれ以外の点で、童子に対して驚きを感じていた。
 先にも述べたように、通常、童子と姫が別の者と手を組む事はない。魔化魍同士でも同じ事。稀に合成魔化魍を生む為に手を組む事はあるが、基本的には魔化魍同士でも縄張り争いをするくらいだ。それが今、他種と手を組んでいる。
 ……通常なら、あまり考えられない事態だ。「異常」とさえ言って良い。
「驚いたな。まさか童子がそんなのと手を組むなんて」
「彼と私の利害が、一致したのだよ」
「利害、だと?」
 驚きをそのまま言葉にしたヒビキに答えたアヤカシへ、今度は丈瑠が軽く眉を顰めて問い返す。
 他の面々も気になっているのか、半ば睨みつけるようにそのアヤカシを見つめて、その先の言葉を待つ。
「そう。このアヤカシ、コエトリが人間の声を奪い、絶望させ……」
「奪った声を、子供にあげる。喰われた声は二度と戻らず、人間は永遠に嘆き続ける」
「人間の嘆きが、三途の川を溢れさせ、この世を賽の河原と同じにする。……利害の一致、だろう?」
 くっくと低く笑うアヤカシ……コエトリとか言うらしいそいつと、その横で楽しげに笑う童子達に、全員が殺気立つ。
 この世を三途の川に沈めようとするアヤカシも許せないし、人に害為すためだけに存在している魔化魍も許せない。
 ならば、彼らの取るべき手段はいつもと同じ。これ以上の被害を出さぬよう、相手をこの場で相手を倒す事だ。
 ヒビキが決意し、同時に他の二人の鬼もそれぞれ変身するために構えた瞬間。
 ドンドンと、手持ち太鼓の音が響いたかと思うと、自分達の周囲に黒子達が陣幕を掲げだした。
 陣幕の紋は「折紙の兜」……志葉家の家紋。そして、いつの間にか自身の後ろにも、巴紋に似た印……ヒビキの太鼓の模様の入った、特別な陣幕が掲げられる。
「……は?」
「え?」
「何だ?」
 思わず呆けた声をあげつつも、鬼達はひょいと隣を見ると……私服姿だったはずのシンケンジャー達が、袴姿で立っている。しかもその手に、携帯電話のような、筆のような……赤い何かを構えた状態で。
――いつの間に着替えたんだ?――
 不思議に思いながらも、慣れた様子の彼らを見て……どうやら、こう言った物らしいと自身を納得させるヒビキ。そして……
「ま。一丁やりますか」
「……ええ、そうですね」
「こう言うのも、たまには悪くないっす」
 三人の鬼は、そう言うと、各々の変身ツールを構える。
 ヒビキは音叉、イブキは笛、そしてトドロキは手首に着けている小さな弦を。
 目の前の敵を、倒すために。


第一幕:音極鬼 (おとをきわめしおに)

第三幕:侍鬼共闘 (さむらいとおにのきょうとう)
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