☆爆竜戦隊アバレンジャー&仮面ライダーアギト☆
【第28話:荒ぶるダイノガッツ】
「どうせ残り短い人生なんです、大切に使いなさい」
エステルと名乗った男性は、そう言い残すと煙のごとく消え去った。直後、氷川が支えていた青年はずるりとその場に崩れ落ちる。どうやら自分が駆けつける直前、エステルと共にいた口の化物……エトワールと言うらしいそれに、足をやられたらしい。
底から来る痛みのせいだろうか、青年の顔が険しく歪んだのが見え、氷川は心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「……何て事はない」
ふいとそっぽを向きながら答える青年。しかしその額に脂汗が浮いている事から、やはり相当痛むようだ。
思い、視線を彼の足に落とすと……白いズボンが、彼の血で真っ赤に染まっていた。その染まり方が尋常ではない速度で広がっている。それはつまり、相応の量の血液が、彼の体外へ流れ出ていると言う事だ。
「これは……すぐに病院に行って治療しないと!」
「いい! ……こんな傷、すぐに治る」
「何を言ってるんですか! 敗血症……下手すれば失血死しますよ!」
「治ると言ってるだろう!」
氷川の言葉に、青年は半ば怒鳴るようにして返す。しかしそれが傷に響いたのか、くっと小さく呻くと苦痛に顔を歪めた。
それでも青年の瞳は拒絶の色を見せている。すぐに治るとは言っているが、とてもそうは見えない。正直、病院に連れて行くべきだと思うのだが……何故だろうか、この青年の視線に、氷川は気圧されていた。
病院嫌いとか、そう言うものではない。もっと別の感情……強いて言うなら、孤独と殺意がないまぜになっているようなそれを感じた。
その様は、初めて会った時の葦原に、何となくだが似てる気がする。
「この俺が、あんな奴に……しかも情けをかけられただと? ふざけやがって」
氷川の方は見ず、悔しげに吐き出す青年。
彼には自身への絶対の自信と誇りがあったのだろう。それを先程のエトワールが打ち砕いたと言う事か。
なんと声をかけて良いのか分らず、しかしそれでもこの場から彼を退避させようと氷川が考えた瞬間。青年の腕に着いているブレスレットから声が響いた。
『無様だな、人間』
「黙れ」
その侮蔑にも似た声が、更に青年を苛立たせるらしい。彼はチィと大きく舌打ちをすると、そのブレスに向かって、短く……そして吐き捨てるように呟きを落とす。
彼の着けるブレスは通信機の代わりなのだろうか。形としては、先程のカレー屋の面々が付けていた物に似ている気がする。
「ひょっとして……あなたも、伯亜さん達の仲間ですか?」
「仲間? フン、何を言ってるんだ、お前」
氷川の問いに、青年は心底馬鹿にしたように返す。声だけでなく、視線まで馬鹿にしている気がする。鼻で氷川の問いを笑い飛ばし、そのまま視線をシンクチナシマウマというらしい異形と戦う彼らに向け……皮肉気な、それでいてどことなく寂しそうにも見える表情で言葉を返してくる。
「あいつらと共にいても、俺はときめかない。それに……俺に仲間は必要ない」
「……仲間が必要ない人なんて、いないと思います。少なくとも、俺は」
「それは弱い奴の言葉だ」
「寂しいですよ、一人きりは」
軽く眉を顰めて青年に返すが、彼には彼なりの考え方と言う物があるのだろう。侮蔑の眼差しをもう一度氷川に送ると、ゆっくりと立ち上がった。
足の傷が痛むらしく、微かに眉を顰めはしたが、それでも動けない程の物ではないらしい。案外、見た目よりも浅い傷だったのかもしれない。
――いや、あの血の広がり方で?――
先程見た際は、ひどく出血していた。今はそうでもないように見えるが、それでも無理に動けば傷は広がる。出血も余計にひどくなるはずだが、今見る限りでは更に出血しているような様子はない。
では、もう傷が塞がったのだろうか? そんなに早く塞がる傷ではなかったように思えたが。
『それで人間、お前はこれからどうするゲラ?』
氷川が思った刹那の後、彼のブレスからそんな問いかけが飛ぶ。その問いに青年はまたしても鼻で笑い……
「決まりきっているだろう、トップ」
答えにならない答えを返し、青年はゆっくりとブレスを構え……そして、低く呟いた。
「爆竜チェンジ」
キュウ、と何かの鳴き声に似た音が聞こえると同時に、青年の姿が白い色の「アバレンジャー」に変わる。
やはり凌駕達の仲間じゃないかと言いかけ……だが、その言葉を氷川は飲み込んだ。
彼の変じたその姿は、他の四人に比べて随分と邪悪な印象を抱かせる。棘のような模様の色が、黒だからだろうか。それとも仮面の目に当たる部分が、血のような赤だからだろうか。あるいはもっと別の……彼から発せられる、妙に暗い雰囲気のせいか。
「あなたは……」
「勘違いするな。俺は……俺を虚仮にした奴を、叩きのめすだけだ」
それだけ言うと、彼は氷川が止める間もなく、ひらりと、戦いの渦中へとその身を躍らせた。
軽やかに……しかし僅かに左足を引き摺った状態で。
怪我人である彼ですら、戦いに赴いているというのに、人を守る仕事をしているはずの自分が、戦いの場にいない。その事が、氷川にとって悔しかった。
アンノウンと戦っている際にも幾度か感じた事のある無力感。氷川の場合はシステムがなければ戦えない。翔一や葦原のように、自分自身の体が変質する訳でも、凌駕達のようにスーツが微粒子化して持ち運べるわけでもない。
ギリ、と歯噛みしたその時。ずぅん、と地鳴りが聞こえ、氷川の頭上に影が差す。
それを不審に思う間もなく。氷川の足が、地面から離れた。
「え? ……うわっ!?」
悲鳴をあげる暇もあらばこそ。自分が、どこからか現れた「黒い恐竜」が自分の襟首を咥え、自分の体を持ち上げているのだと気付く。それと同時に、その体内と思しき所に放り込まれ……氷川は周囲を見回した。
ちらりとしか見ていないが、先程受けた印象は草食恐竜だったので、食われた訳ではないだろう。ここがその「恐竜らしき物」の体内である事には変わりないだろうが、どうにもここは「格納庫」のような印象も受ける。
やがて氷川の視界に、先程とは異なる、恐竜のような生物の姿が入る。「ような」と表したのは、自分が知る恐竜とは明らかに異なるから。
その中の、黄色い翼竜……プテラノドンだろうか、それがしきりに氷川の足元を示すように口先を向けてくる。不思議に思い、そこに視線を落とすと、やや大きめの段ボール箱が一つ置かれている。
「この箱が、何か?」
氷川が問うと、その場にいる恐竜達が大きく吠える。まるで、中身を見ろと言わんばかりに。一体何があると言うのか。
軽く首を傾げながら、それを開け……ぎょっと目を見開いた。だがそれも一瞬の事。すぐに彼は笑うと、目の前の箱の中身を取り出したのであった。
「俺が一番、アナザアース人をうまく殺せるんだぁぁぁぁっ!」
咆哮と共に、今まで虚ろだったシンクチナシマウマの瞳に光が点った事に、最初に気付いたのは葦原だった。
そして他の面々もそれに気付いた刹那。周囲一帯に強い芳香が漂い始めた。
その強すぎる香りに、頭がくらくらする。葦原の隣に立っていた翔一も同じらしく、小さく呻いてその場に膝をついていた。
「一体何ね、この匂い」
「これは……クチナシの、香り?」
らんるの問いに、不審そうに答えたのは翔一。クチナシの花は、ジャスミンのような芳香を放つ事で有名な低木だ。翔一は主に、料理の色付けに実を使う事が多いし、実際自分の店の裏側にもクチナシの木を植えている。
甘い香りに蟻が寄ってくるのが難点ではあるが、白い花はテーブルの飾り付けにも使えるし、それなりに重宝している。
……しかし、今のこの香りは、いくらなんでも強烈過ぎる。蟻ではなく、人を惹き付けるための香りなのか、その香に誘われるように、膝をついていたはずの彼の足は、シンクチナシマウマの方へと向かって進んでしまう。
無論、翔一の意思ではない。体が勝手に、という奴だ。葦原やアバレンジャーの面々も、気が付けば吸い寄せられるようにシンクチナシマウマの方へと歩みを進めている。
「くっ……体が勝手に……」
「このままでは、奴の餌食に!」
「ジャババババっ! 誰からやっつけようかな~? 二回も殴ったギルスかな~? それともやっぱりアバレンジャーかな~?」
ニヤニヤと笑いながら、近付いてくる戦士達に向かってそう冷酷な声をかけるシンクチナシマウマ。
そして、その手がゆっくりと凌駕の方へと近付いた……その瞬間。
白い何かが通り過ぎ、シンクチナシマウマの両肩についていたクチナシの花をすっぱりと切り落としていた。
その瞬間、周囲を支配していた甘い香りもあっさりと薄まり、翔一達は体の自由を取り戻し、相手との距離を取った。
「ジャバッ!?」
その影に驚き、相手も目を見開いて、自分を斬った相手を見やる。
白いスーツに羽根ペンのような短剣。アバレンジャーの持つスーツに似ているが、どこか違うと思わせるに足る禍々しさ。
それがアバレキラー……仲代壬琴だと、最初に気付いたのは凌駕だった。
「仲代先生!」
「手伝ってやる。……今日だけだがな」
嬉しそうに声をかけた凌駕に、軽く肩をすくめながら仲代はそう声を返す。
今日だけ手伝うというその物言いに、僅かながら葦原は不信感を覚えるが、今は敵ではないと判断したのか、追及するような事はせずにちらりと視線を送るだけだった。
そして、彼の登場に最も大きな反応を見せたのは……先程クチナシを切り落とされた、シンクチナシマウマだった。
「……危険、危険、危険!! 貴様は……危険! そんな気がするっ!」
本能的に、彼の危険性を感じたのか。そう叫ぶと、相手は仲代との距離をつめ、その掌で彼の頭を鷲掴みにしようとする。しかし、仲代はそれを上回る速さでそれを回避、逆に羽根のような剣……ウィングペンタクトでシンクチナシマウマの体を斬りつける。
そこは丁度、先程葦原が蹴り降ろした部分。寸分違わず同じ場所を攻撃された為か、相手はうっと小さく呻く。
その瞬間、シンクチナシマウマの目に、正気と狂気がちらちらと点滅し始めたのが見えた。
それはシンクチナシマウマの中で、トリノイドとしての正気と、「ロードメモリ」に記録されたロード怪人の正気が鬩ぎあっている事を示しているのだが、凌駕達アバレンジャーも、そして翔一達アギトもそれを知る由もない。
そうなった原因が、傷をつけられた部位がメモリを打ち込むためのコネクタであったからという事など、なおの事分かるはずもない。
アバレンジャーやアギトといった「外の敵」に加え、自分の意識を乗っ取ろうとするロードの力という「中の敵」とも戦っている状態。
そんな四面楚歌にも似た状態で勝てる程、「外の敵」は甘くはなかった。
彼らの攻撃は着実にシンクチナシマウマの体にダメージを与え、それと同時にロードメモリは自分の意識を殺いでいく。
折角取り戻したはずの「トリノイドとしての自我」は、その攻撃で再び失われていくのが分る。そして……トリノイドとしての自我よりも、ほんの僅かにロード怪人の記憶の力が上回った瞬間。
……シンクチナシマウマという名のトリノイドは、壊れた。
「あが……ジャバ……グゥああああぁぁぁぁぁっ!!」
獣のような咆哮が上がり、その瞳からは完全に光が消える。代わりとでもいうかのように、その頭上に光の輪が現れ、そこから円月刀のような武器を取り出すと、今までとは比較にならない速さで、凌駕達を切りつけた。
「早い!?」
驚きの声は誰の物だったか。少なくとも、その速さだけなら仲代の上を行くものかも知れない。おまけに、今の仲代はここに来る前の負傷によって、本来の機動性が出せない状態。なおの事、相手の速度に追いつくことは難しい。
相手に対抗する為には、今のシャイニングよりも、フレイムの方が妥当だろう。
そう判断し、翔一がフレイムフォームに変わろうと意識を集中させた……その瞬間。
激しい銃声と共に、シンクチナシマウマの体が傾ぎ、吹き飛んだ。
全弾命中とは言わないが、翔一達には一発も当てず、シンクチナシマウマだけを撃ち抜いたのは見事と言えるだろう。
「今のは一体……!?」
思わず銃声がした方を振り返る凌駕達。
そこに立っていたのは……青い鎧に身を包み、大型のガトリング式機銃……GX-05ケルベロスをしっかりと構えたG3-Xの姿だった。
「ひょっとして、氷川さんですか!? え? でも、どうしてその格好に?」
「よく分りませんが……彼の中にありました」
シンクチナシマウマから視線は外さず、氷川は軽く頭を「彼」の方に傾ける。氷川が「指した」方に視線を向けると……そこには、ずんと低い音を鳴らしながら、悠然と近付いてくる黒い爆竜、ブラキオサウルスの姿。
「ブラキオ!? 何故ここに!?」
『君のままで、変われば良いブラ』
アスカの問いには答えず、ブラキオは呑気とも取れる言葉を放つ。
その直後、らんるのブレスを通してプテラが呆れたような声をあげた。
『らんるが買った物が、その人の鎧だって教えてもらったプラ』
『それで、えみポンさんに頼んで、ブラキオの中に入れてもらったんですケラ』
「私が買ったって……ひょっとして、機械屋で売ってた、あれの事!?」
そう。らんるが昼間に買った「箱の中の青いもの」。それが実は、G3-Xのユニット一式だったのだ。
買ったらんるも、まさか氷川の物とは知らなかったらしい。驚いたように口元に右手をあて、左手で氷川を指差している。
「津上、驚いてる場合じゃない。折角氷川が作ったチャンスだ」
「あ、そうですね。それじゃ、一気にやっちゃいましょう」
冷静に言った葦原に返し、凌駕達は己の武器を合体させた。
一見すると、カノン砲にも見えるそれを構え、真っ直ぐにシンクチナシマウマに向けると……
『スーペリアダイノダイナマイト!』
どこにあったのか、かちりと引鉄を引く。それと同時に翔一と葦原は高く飛び上がり、氷川は持っていたケルベロスに、GM-01スコーピオンを連結、砲身の先にロケット弾頭を装着し、GXランチャーへと変え、同じく引鉄を引いた。
アバレンジャーのスーペリアダイノボンバーと、氷川のGXランチャーの砲撃がシンクチナシマウマの体に直撃し、轟音を上げる。その一瞬後には、飛び上がっていた二人のライダーのキック……翔一のシャイニングライダーキックと、葦原のエクシードヒールクロウが炸裂し……
シンクチナシマウマは、その身を四散させた。
いつもならここで、トリノイドの核とも呼べる邪命の実が飛び出し、中に含まれるジャメーバ菌と呼ばれるそれが、トリノイドを巨大化させるらしいのだが……しばらく待っても、シンクチナシマウマが巨大化する気配はない。
「これで……終わりですか?」
「……どうやらそのようで……」
ほうと溜息を吐き、呟いた翔一に凌駕が言葉を返そうとした、まさにその瞬間。ずん、と腹に響くような地響きが鳴り、直後微かに音楽のような物が微かに響いた。
地響きがした方を見やれば、そこにはどこか馬を連想させる格好の、巨大な怪物の姿。その鬣は吹き行く嵐のように逆巻き、目に当たる部分は太陽のようにぎらぎらと燃えている。
「あれは……ギガノイドです!」
その巨大な馬もどきを見て、アスカが声をあげた。だが、その中に焦りの色はない。慣れている者特有の、妙な余裕のような物を感じた。
それに、翔一達も相手の大きさに然程驚きを感じない。それは恐らく……先程氷川が引き連れてきた、ブラキオサウルスの巨大な躯体を見ていたからか。
あの大きさの爆竜がいるという事は、それ相応の大きさの敵も存在すると、心のどこかで気付いていたのかもしれない。
そんな事を考えていると、唐突に仲代が凌駕に向かって声を投げた。
「ふん、今日の俺は機嫌が悪い上に暴れたりないからな。……お前ら、手を貸してやる」
「え? 本当ですか、仲代先生!?」
「勘違いするな。今日だけだ。トップ、お前もそれで良いな?」
『好きにしろ、人間』
クルルという鳴き声と共に、彼のブレスについていた顔が言う。それと同時に、どこから現れたのだろうか、白い躯体の翼竜めいた物……爆竜、トップゲイラーが、ギガノイドの周囲を高速旋回して翻弄しはじめる。
機動性と攻撃性、ついでに言えばプライドの高さも折り紙つきの爆竜に翻弄され、ギガノイドは苛立ったように首を振り回し逆巻く鬣でトップゲイラーを落とそうとする。が、それらをことごとく回避し、逆にそんなギガノイドを嘲笑うかのようにトップゲイラーはクルル、クルルと鳴き声を上げて上昇、下降、旋回を繰り返す。
「それじゃあみなさん、俺達も行きますよ~」
凌駕のどこかのんきにも聞こえる声に反応するように、側にいたブラキオサウルスのハッチが開く。それを待っていましたと言わんばかりに、彼の体の中にいたティラノサウルス、トリケラトプス、そしてプテラノドンが現れたかと思うと、凌駕達はそれぞれに彼らの「中」へと、溶け込むようにして入っていった。
それとほぼ同時に、仲代もトップゲイラーの中へと入り……
『爆竜合体! 完成、キラーアバレンオー!』
四体の爆竜が変形、合体し、現れたのは巨大な人型の「何か」。ロボットと呼ぶには生物的だが、かといって適当な呼び名が思いつかない。
そんな、ある意味のんきな事を、翔一がぼんやりと思った瞬間。
全身の産毛が逆立つような感覚を覚え、反射的に振り返りつつも、持っていたシャイニングカリバーを振り下ろしていた。
ほんの一瞬の間に見えた「それ」は、絵巻物などで見る「龍」の形をしていた気がする。「気がする」と称しているのは、きちんと認識するよりも先に己の攻撃が「それ」に当たり、「それ」の形が崩れて消えたからだ。
ほぼないに等しい手応えの後、「それ」はばしゃんっと水音を立てて地に浸み込み、その場に黒い痕跡を残しただけ。
「今のは一体……」
「津上さん、大丈夫ですか!?」
何だったのだろうと悩むよりも先に、心配そうな氷川の声が響いた。そちらに向かって軽く顔を向ければ、氷川のみならず葦原、そしてアスカも心配そうにこちらを見ている。
「俺は、大丈夫です。ちょっと驚きましたけど」
首を縦に振り、仮面の下で苦笑を浮かべながらも、翔一はつとめて明るい声で返す。それに安堵したのか、三人はそれぞれにほっと胸を撫で下ろし……
「……何だったんだ、今のは?」
「さっきのアンノウン……ではなくてトリノイドでしたっけ? 奴の最後の攻撃でしょうか?」
「完全に倒れている以上、その可能性は低いと思います。……絶対にない、とも言い切れませんが」
足元にわだかまる水と、先程シンクチナシマウマが爆散した場所を交互に眺めながら、氷川の推測にアスカが返す。
水による攻撃から連想されるのは、先程まで戦っていたあのトリノイドの存在だが、アスカの言う通りその体は先程、完全に四散させた。
時間差で発動する攻撃だった、という可能性もなくはないが、トリノイドの攻撃は往々にして本体が倒れれば仕掛けた罠、攻撃の類は全て自然消滅する傾向にある。ただ倒す直前、トリノイド自身が暴走していたようでもあるので、いつもの「傾向」は、今回に限って成り立たなかったのかもしれないが。
そう思い、アスカは断定が出来ぬまま視線を再びシンクチナシマウマの倒れた跡から、先程翔一が切り落とした水溜まりへと視線を向け直し……そして、気付いた。
水溜りが翔一の方へと、移動している事に。
「翔一さん!」
「え?」
避けて下さい、とアスカが声を上げるよりも、一瞬だけ早く。翔一の足元に広がっていた水は、再び細長い「何か」の形となって彼の前に立ちあがり、その身をくねらせて翔一の体を弾き飛ばした。……キラーアバレンオーがいる方向へと。
「なっ!?」
その驚きの声は、誰のものだったのか。景色が線となって流れていくのを見やりながら、翔一は襲ってくるであろう衝撃に備え……しかし、覚悟していた衝撃は来なかった。
キラーアバレンオーにぶつかると思った瞬間、その表面が水面のように揺らぎ、気が付けば翔一はぶつかるはずの存在の内部で、棒立ちになっていたのだから。
「あれ?」
「え?」
翔一が声を上げたと同時に、自分の前で何やら球体に手をかざしていた凌駕もまた、不思議そうな声を上げた。
互いに互いを見つめ合い、そしてほぼ同時のタイミングで首を傾げ……
「えっと……助けて頂いたって事ですよね?」
「あれ? 何で津上さんがここに?」
『……あれ?』
互いに互いが言っている意味を、即座には理解できなかったらしく、それぞれ仮面の下で目を丸くして再び首を傾げる。
翔一自身は、ぶつかるのを避けるために、凌駕達が何かしらの方法で自分をこの中に招き入れたのだろうと思っていたのだが、凌駕の反応から察するにそうではないらしい。むしろ自分がここにいる事自体に驚いているようだ。
「あれ?」
「へ?」
『え?』
「鏡コントもどきをやってる場合か、凌駕!」
「あ、すみませうわぁっ!」
翔一と凌駕。互いにほぼ同じタイミングで首を傾げあえば、幸人の怒声が響き、その直後キラーアバレンオーの体が大きく揺れた。
「馬」による体当たり攻撃を食らったらしい。何とかバランスを取り直しはしたものの、続く「馬」の連撃にキラーアバレンオーの体が前後左右にぐらぐらと傾ぐ。
何故翔一がこの中に入る事が出来たのか、あの「水の何か」が何だったのかはまだ分からないままだが、今はそれを考えるよりも「馬」をどうにかする事が先だ。
思い直して意識を切り替え、キラーアバレンオーの前で嘶く「馬」へ集中する。
嘶きの後、ギャロップ、そして突進。それらを、一定のリズムを刻みつつ繰り返しているのが分かる。そして恐らく、凌駕達もそのリズムに気付いているのだろう。真っ直ぐ前を見ながらも、凌駕は翔一に声をかけた。
「……翔一さん」
「はい。次で、ですね」
「お願いします」
短く、そして具体的な中身など何もない会話。だが、二人にはそれで充分だったらしい。互いに「馬」からは目を反らさず首肯すると、タタタンッとリズムを刻んで駆け寄ってきた「馬」をごろりと転がって回避、その勢いを利用してキラーアバレンオーは大きく上へと飛び上がった。
目標を見失った「馬」は、慌てたように周囲を見回し……そして、気付いた。
アバレンジャーのトレードマークであるダイノマークと、アギトの紋章が宙で重なり合い、そのエネルギーがキラーアバレンオーの右腕のドリルに集約されていく事に。
『爆竜必殺! シャイニングドリルスピン!』
凌駕達と翔一の声が重なる。同時に、キラーアバレンオーの体からは白銀色の光が放たれた。
音楽から生み出されたその異形は、その姿を見た折に何を思ったのだろうか。己を貫かんとするキラーアバレンオーの姿を、目を細めて見ているだけだ。
エネルギーを纏ったドリルの先が「馬」に触れ、そのままの勢いを保ったまま相手の体を穿つ。
そして穿たれた「馬」は、ドリルによる物理的な損傷と、そこから注ぎこまれた膨大なダイノガッツとアギトの力によって、己の中の邪命因子を破壊され…………シンクチナシマウマ同様、大きな爆音とともに砕け散ったのであった。
「やはり、エヴォリアンにロードは合わないよう、だ。性質が……真逆」
「そうですね。今回ばかりは、私も失敗だと思っています。まあ、いいデータ収集にはなりましたが」
「だが、アギトを襲った、あの水……あれは、何だ?」
「大方の予想はつきますが、言いたくはないですね。というか、あまり考えたくない可能性なのでノーコメントです」
少し離れた場所で全てを観察していたエトワールと、その隣で同じく観察に勤しんでいたエステルは、苦々しい表情を浮かべてそう答えると、軽くその身を翻す。
同時に彼らの周囲の景色が、闇へと変わった。同時に彼らの眼前には、仲間である爪牙、天狼、ズヴェズダ、ムダニステラがその姿を見せた。
空間を移動する事くらい、彼らにとっては瞬きや呼吸をするのと同じくらい容易い。
「ステラ。土産の……銃弾。……喰う、か? 全部で……五発、ある」
「わーい、ありがたく頂くでありんす~。ん~、やっぱりニューナンブの香りがする三十八口径は、なかなかオツな味がするでありんす」
「って食うのかよ!? ってか何だその妙にマニアックな発言は!」
「最近の日本の警察は、ニューナンブやめてS&WのM37に徐々に更新しやがっているでありんすからねぇ。そっちはそっちでまろやかでありんすが、わっち的にはやっぱりニューナンブの渋みとコクが……」
「一般人には弾丸の味とか分かる訳ねェんだよ。つか、そんな日本警察の拳銃事情なんざ知らねェっての!」
ムダニステラと天狼のやり取りの脇では、爪牙が珍しくにやにやと厭らしい笑みを浮かべ、エステルを見つめている。
その視線に気付いたのだろうか。見られた本人は、軽く一つ溜息を吐き出すと、じろりと相手を見返して問いを投げた。
「……何ですか、爪牙? その嫌な笑みは」
「いや? エステルでも、しくじる事があるのだなと思っていただけよ。そんな事はせぬ、完璧な商人だと思っていた故に。ロードの力が、邪命体の『命の実』を喰らい尽くしたのは、流石に貴殿も計算外であった……という事か」
「そうですね。今回は完全に私の選択ミスです。そしてそのミス故に、危うくアギトを『持って行かれる』ところでした」
「だから、あえてアギトをキラーアバレンオーの中に送り込んだ、と?」
「ええ。流石に『アレ』も、半異空間と化している爆竜の中までは手を出せないでしょうから」
ふぅと再び深い溜息を一つ吐き出し、しかし全く己の失敗を気に病んだ様子も見せず、エステルはいそいそと着替え始めた。
恐らくは「次」の準備なのだろう。ネガティブシンジケートの元に向かった時同様にスーツ姿だが、ネクタイの模様は赤で丸に百足という何とも言えない模様。
「次も、エステル……か」
「ええ。それとも、彼らの相手をしてくれる人が他にいますか?」
やや疲れたような表情で問いかけるエステルに、他の五人が一斉に首を横に振る。
爪牙は商売っ気がないし、血の気の多い天狼が行けば商売云々の前に戦いになる。エトワールは小さい者が絡まないと動かないという厄介な性格。ズヴェズダは人見知りが激しいし、ステラに到っては三下相手に悲鳴をあげるだろう。
と、なるとやはりエステルしかいないのだ。
いくら彼らのまとめ役とはいえ、やはり頻繁な行き来によってかなりの疲労が蓄積しているのだが……適当な人材がいないのだから仕方ない。
思いながら、ふとエステルは眉を顰めた。
「それにしても、鬼宿はどうしたのです? こんなに長い間ここを空けるなど、今までなかった事では?」
「ああ? そりゃあお前からの借金を踏み倒すために逃げてるんだと思うけどなァ」
「……それが事実なら、あの鬼の角、圧し折って適当に売りつけてやらないといけませんね」
「き、鬼ぃたんなら、まだ下準備中でありんすよ。だからその不気味な薄ら笑いはやめて欲しいでありんす」
「な、何でも……『仲間として認めてもらうのも一苦労だZe、Ya-ha!!』……とか」
「……まあ、彼がいないと静かで良いですが」
――それにしても、下準備……ねえ?――
少々訝しく思いながら、それでもいない人物を責める事は出来ないとわかっている為か……疲れたような溜息を吐き出し、そして小箱に入れたガイアメモリを懐にしまいこんだ。
「あぁ? 今回はジュラルミンじゃねーのか?」
「沢山持って行って、帰ってきたら藁束に変わっていた……なんて事にはしたくありませんので」
天狼の問いに答えると、彼はくるりと踵を返し……そして、そのまま次の商売相手の元へと向かって行った。
……百足を意味する、宇宙の忍がいる場所へ。
「どうせ残り短い人生なんです、大切に使いなさい」
エステルと名乗った男性は、そう言い残すと煙のごとく消え去った。直後、氷川が支えていた青年はずるりとその場に崩れ落ちる。どうやら自分が駆けつける直前、エステルと共にいた口の化物……エトワールと言うらしいそれに、足をやられたらしい。
底から来る痛みのせいだろうか、青年の顔が険しく歪んだのが見え、氷川は心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「……何て事はない」
ふいとそっぽを向きながら答える青年。しかしその額に脂汗が浮いている事から、やはり相当痛むようだ。
思い、視線を彼の足に落とすと……白いズボンが、彼の血で真っ赤に染まっていた。その染まり方が尋常ではない速度で広がっている。それはつまり、相応の量の血液が、彼の体外へ流れ出ていると言う事だ。
「これは……すぐに病院に行って治療しないと!」
「いい! ……こんな傷、すぐに治る」
「何を言ってるんですか! 敗血症……下手すれば失血死しますよ!」
「治ると言ってるだろう!」
氷川の言葉に、青年は半ば怒鳴るようにして返す。しかしそれが傷に響いたのか、くっと小さく呻くと苦痛に顔を歪めた。
それでも青年の瞳は拒絶の色を見せている。すぐに治るとは言っているが、とてもそうは見えない。正直、病院に連れて行くべきだと思うのだが……何故だろうか、この青年の視線に、氷川は気圧されていた。
病院嫌いとか、そう言うものではない。もっと別の感情……強いて言うなら、孤独と殺意がないまぜになっているようなそれを感じた。
その様は、初めて会った時の葦原に、何となくだが似てる気がする。
「この俺が、あんな奴に……しかも情けをかけられただと? ふざけやがって」
氷川の方は見ず、悔しげに吐き出す青年。
彼には自身への絶対の自信と誇りがあったのだろう。それを先程のエトワールが打ち砕いたと言う事か。
なんと声をかけて良いのか分らず、しかしそれでもこの場から彼を退避させようと氷川が考えた瞬間。青年の腕に着いているブレスレットから声が響いた。
『無様だな、人間』
「黙れ」
その侮蔑にも似た声が、更に青年を苛立たせるらしい。彼はチィと大きく舌打ちをすると、そのブレスに向かって、短く……そして吐き捨てるように呟きを落とす。
彼の着けるブレスは通信機の代わりなのだろうか。形としては、先程のカレー屋の面々が付けていた物に似ている気がする。
「ひょっとして……あなたも、伯亜さん達の仲間ですか?」
「仲間? フン、何を言ってるんだ、お前」
氷川の問いに、青年は心底馬鹿にしたように返す。声だけでなく、視線まで馬鹿にしている気がする。鼻で氷川の問いを笑い飛ばし、そのまま視線をシンクチナシマウマというらしい異形と戦う彼らに向け……皮肉気な、それでいてどことなく寂しそうにも見える表情で言葉を返してくる。
「あいつらと共にいても、俺はときめかない。それに……俺に仲間は必要ない」
「……仲間が必要ない人なんて、いないと思います。少なくとも、俺は」
「それは弱い奴の言葉だ」
「寂しいですよ、一人きりは」
軽く眉を顰めて青年に返すが、彼には彼なりの考え方と言う物があるのだろう。侮蔑の眼差しをもう一度氷川に送ると、ゆっくりと立ち上がった。
足の傷が痛むらしく、微かに眉を顰めはしたが、それでも動けない程の物ではないらしい。案外、見た目よりも浅い傷だったのかもしれない。
――いや、あの血の広がり方で?――
先程見た際は、ひどく出血していた。今はそうでもないように見えるが、それでも無理に動けば傷は広がる。出血も余計にひどくなるはずだが、今見る限りでは更に出血しているような様子はない。
では、もう傷が塞がったのだろうか? そんなに早く塞がる傷ではなかったように思えたが。
『それで人間、お前はこれからどうするゲラ?』
氷川が思った刹那の後、彼のブレスからそんな問いかけが飛ぶ。その問いに青年はまたしても鼻で笑い……
「決まりきっているだろう、トップ」
答えにならない答えを返し、青年はゆっくりとブレスを構え……そして、低く呟いた。
「爆竜チェンジ」
キュウ、と何かの鳴き声に似た音が聞こえると同時に、青年の姿が白い色の「アバレンジャー」に変わる。
やはり凌駕達の仲間じゃないかと言いかけ……だが、その言葉を氷川は飲み込んだ。
彼の変じたその姿は、他の四人に比べて随分と邪悪な印象を抱かせる。棘のような模様の色が、黒だからだろうか。それとも仮面の目に当たる部分が、血のような赤だからだろうか。あるいはもっと別の……彼から発せられる、妙に暗い雰囲気のせいか。
「あなたは……」
「勘違いするな。俺は……俺を虚仮にした奴を、叩きのめすだけだ」
それだけ言うと、彼は氷川が止める間もなく、ひらりと、戦いの渦中へとその身を躍らせた。
軽やかに……しかし僅かに左足を引き摺った状態で。
怪我人である彼ですら、戦いに赴いているというのに、人を守る仕事をしているはずの自分が、戦いの場にいない。その事が、氷川にとって悔しかった。
アンノウンと戦っている際にも幾度か感じた事のある無力感。氷川の場合はシステムがなければ戦えない。翔一や葦原のように、自分自身の体が変質する訳でも、凌駕達のようにスーツが微粒子化して持ち運べるわけでもない。
ギリ、と歯噛みしたその時。ずぅん、と地鳴りが聞こえ、氷川の頭上に影が差す。
それを不審に思う間もなく。氷川の足が、地面から離れた。
「え? ……うわっ!?」
悲鳴をあげる暇もあらばこそ。自分が、どこからか現れた「黒い恐竜」が自分の襟首を咥え、自分の体を持ち上げているのだと気付く。それと同時に、その体内と思しき所に放り込まれ……氷川は周囲を見回した。
ちらりとしか見ていないが、先程受けた印象は草食恐竜だったので、食われた訳ではないだろう。ここがその「恐竜らしき物」の体内である事には変わりないだろうが、どうにもここは「格納庫」のような印象も受ける。
やがて氷川の視界に、先程とは異なる、恐竜のような生物の姿が入る。「ような」と表したのは、自分が知る恐竜とは明らかに異なるから。
その中の、黄色い翼竜……プテラノドンだろうか、それがしきりに氷川の足元を示すように口先を向けてくる。不思議に思い、そこに視線を落とすと、やや大きめの段ボール箱が一つ置かれている。
「この箱が、何か?」
氷川が問うと、その場にいる恐竜達が大きく吠える。まるで、中身を見ろと言わんばかりに。一体何があると言うのか。
軽く首を傾げながら、それを開け……ぎょっと目を見開いた。だがそれも一瞬の事。すぐに彼は笑うと、目の前の箱の中身を取り出したのであった。
「俺が一番、アナザアース人をうまく殺せるんだぁぁぁぁっ!」
咆哮と共に、今まで虚ろだったシンクチナシマウマの瞳に光が点った事に、最初に気付いたのは葦原だった。
そして他の面々もそれに気付いた刹那。周囲一帯に強い芳香が漂い始めた。
その強すぎる香りに、頭がくらくらする。葦原の隣に立っていた翔一も同じらしく、小さく呻いてその場に膝をついていた。
「一体何ね、この匂い」
「これは……クチナシの、香り?」
らんるの問いに、不審そうに答えたのは翔一。クチナシの花は、ジャスミンのような芳香を放つ事で有名な低木だ。翔一は主に、料理の色付けに実を使う事が多いし、実際自分の店の裏側にもクチナシの木を植えている。
甘い香りに蟻が寄ってくるのが難点ではあるが、白い花はテーブルの飾り付けにも使えるし、それなりに重宝している。
……しかし、今のこの香りは、いくらなんでも強烈過ぎる。蟻ではなく、人を惹き付けるための香りなのか、その香に誘われるように、膝をついていたはずの彼の足は、シンクチナシマウマの方へと向かって進んでしまう。
無論、翔一の意思ではない。体が勝手に、という奴だ。葦原やアバレンジャーの面々も、気が付けば吸い寄せられるようにシンクチナシマウマの方へと歩みを進めている。
「くっ……体が勝手に……」
「このままでは、奴の餌食に!」
「ジャババババっ! 誰からやっつけようかな~? 二回も殴ったギルスかな~? それともやっぱりアバレンジャーかな~?」
ニヤニヤと笑いながら、近付いてくる戦士達に向かってそう冷酷な声をかけるシンクチナシマウマ。
そして、その手がゆっくりと凌駕の方へと近付いた……その瞬間。
白い何かが通り過ぎ、シンクチナシマウマの両肩についていたクチナシの花をすっぱりと切り落としていた。
その瞬間、周囲を支配していた甘い香りもあっさりと薄まり、翔一達は体の自由を取り戻し、相手との距離を取った。
「ジャバッ!?」
その影に驚き、相手も目を見開いて、自分を斬った相手を見やる。
白いスーツに羽根ペンのような短剣。アバレンジャーの持つスーツに似ているが、どこか違うと思わせるに足る禍々しさ。
それがアバレキラー……仲代壬琴だと、最初に気付いたのは凌駕だった。
「仲代先生!」
「手伝ってやる。……今日だけだがな」
嬉しそうに声をかけた凌駕に、軽く肩をすくめながら仲代はそう声を返す。
今日だけ手伝うというその物言いに、僅かながら葦原は不信感を覚えるが、今は敵ではないと判断したのか、追及するような事はせずにちらりと視線を送るだけだった。
そして、彼の登場に最も大きな反応を見せたのは……先程クチナシを切り落とされた、シンクチナシマウマだった。
「……危険、危険、危険!! 貴様は……危険! そんな気がするっ!」
本能的に、彼の危険性を感じたのか。そう叫ぶと、相手は仲代との距離をつめ、その掌で彼の頭を鷲掴みにしようとする。しかし、仲代はそれを上回る速さでそれを回避、逆に羽根のような剣……ウィングペンタクトでシンクチナシマウマの体を斬りつける。
そこは丁度、先程葦原が蹴り降ろした部分。寸分違わず同じ場所を攻撃された為か、相手はうっと小さく呻く。
その瞬間、シンクチナシマウマの目に、正気と狂気がちらちらと点滅し始めたのが見えた。
それはシンクチナシマウマの中で、トリノイドとしての正気と、「ロードメモリ」に記録されたロード怪人の正気が鬩ぎあっている事を示しているのだが、凌駕達アバレンジャーも、そして翔一達アギトもそれを知る由もない。
そうなった原因が、傷をつけられた部位がメモリを打ち込むためのコネクタであったからという事など、なおの事分かるはずもない。
アバレンジャーやアギトといった「外の敵」に加え、自分の意識を乗っ取ろうとするロードの力という「中の敵」とも戦っている状態。
そんな四面楚歌にも似た状態で勝てる程、「外の敵」は甘くはなかった。
彼らの攻撃は着実にシンクチナシマウマの体にダメージを与え、それと同時にロードメモリは自分の意識を殺いでいく。
折角取り戻したはずの「トリノイドとしての自我」は、その攻撃で再び失われていくのが分る。そして……トリノイドとしての自我よりも、ほんの僅かにロード怪人の記憶の力が上回った瞬間。
……シンクチナシマウマという名のトリノイドは、壊れた。
「あが……ジャバ……グゥああああぁぁぁぁぁっ!!」
獣のような咆哮が上がり、その瞳からは完全に光が消える。代わりとでもいうかのように、その頭上に光の輪が現れ、そこから円月刀のような武器を取り出すと、今までとは比較にならない速さで、凌駕達を切りつけた。
「早い!?」
驚きの声は誰の物だったか。少なくとも、その速さだけなら仲代の上を行くものかも知れない。おまけに、今の仲代はここに来る前の負傷によって、本来の機動性が出せない状態。なおの事、相手の速度に追いつくことは難しい。
相手に対抗する為には、今のシャイニングよりも、フレイムの方が妥当だろう。
そう判断し、翔一がフレイムフォームに変わろうと意識を集中させた……その瞬間。
激しい銃声と共に、シンクチナシマウマの体が傾ぎ、吹き飛んだ。
全弾命中とは言わないが、翔一達には一発も当てず、シンクチナシマウマだけを撃ち抜いたのは見事と言えるだろう。
「今のは一体……!?」
思わず銃声がした方を振り返る凌駕達。
そこに立っていたのは……青い鎧に身を包み、大型のガトリング式機銃……GX-05ケルベロスをしっかりと構えたG3-Xの姿だった。
「ひょっとして、氷川さんですか!? え? でも、どうしてその格好に?」
「よく分りませんが……彼の中にありました」
シンクチナシマウマから視線は外さず、氷川は軽く頭を「彼」の方に傾ける。氷川が「指した」方に視線を向けると……そこには、ずんと低い音を鳴らしながら、悠然と近付いてくる黒い爆竜、ブラキオサウルスの姿。
「ブラキオ!? 何故ここに!?」
『君のままで、変われば良いブラ』
アスカの問いには答えず、ブラキオは呑気とも取れる言葉を放つ。
その直後、らんるのブレスを通してプテラが呆れたような声をあげた。
『らんるが買った物が、その人の鎧だって教えてもらったプラ』
『それで、えみポンさんに頼んで、ブラキオの中に入れてもらったんですケラ』
「私が買ったって……ひょっとして、機械屋で売ってた、あれの事!?」
そう。らんるが昼間に買った「箱の中の青いもの」。それが実は、G3-Xのユニット一式だったのだ。
買ったらんるも、まさか氷川の物とは知らなかったらしい。驚いたように口元に右手をあて、左手で氷川を指差している。
「津上、驚いてる場合じゃない。折角氷川が作ったチャンスだ」
「あ、そうですね。それじゃ、一気にやっちゃいましょう」
冷静に言った葦原に返し、凌駕達は己の武器を合体させた。
一見すると、カノン砲にも見えるそれを構え、真っ直ぐにシンクチナシマウマに向けると……
『スーペリアダイノダイナマイト!』
どこにあったのか、かちりと引鉄を引く。それと同時に翔一と葦原は高く飛び上がり、氷川は持っていたケルベロスに、GM-01スコーピオンを連結、砲身の先にロケット弾頭を装着し、GXランチャーへと変え、同じく引鉄を引いた。
アバレンジャーのスーペリアダイノボンバーと、氷川のGXランチャーの砲撃がシンクチナシマウマの体に直撃し、轟音を上げる。その一瞬後には、飛び上がっていた二人のライダーのキック……翔一のシャイニングライダーキックと、葦原のエクシードヒールクロウが炸裂し……
シンクチナシマウマは、その身を四散させた。
いつもならここで、トリノイドの核とも呼べる邪命の実が飛び出し、中に含まれるジャメーバ菌と呼ばれるそれが、トリノイドを巨大化させるらしいのだが……しばらく待っても、シンクチナシマウマが巨大化する気配はない。
「これで……終わりですか?」
「……どうやらそのようで……」
ほうと溜息を吐き、呟いた翔一に凌駕が言葉を返そうとした、まさにその瞬間。ずん、と腹に響くような地響きが鳴り、直後微かに音楽のような物が微かに響いた。
地響きがした方を見やれば、そこにはどこか馬を連想させる格好の、巨大な怪物の姿。その鬣は吹き行く嵐のように逆巻き、目に当たる部分は太陽のようにぎらぎらと燃えている。
「あれは……ギガノイドです!」
その巨大な馬もどきを見て、アスカが声をあげた。だが、その中に焦りの色はない。慣れている者特有の、妙な余裕のような物を感じた。
それに、翔一達も相手の大きさに然程驚きを感じない。それは恐らく……先程氷川が引き連れてきた、ブラキオサウルスの巨大な躯体を見ていたからか。
あの大きさの爆竜がいるという事は、それ相応の大きさの敵も存在すると、心のどこかで気付いていたのかもしれない。
そんな事を考えていると、唐突に仲代が凌駕に向かって声を投げた。
「ふん、今日の俺は機嫌が悪い上に暴れたりないからな。……お前ら、手を貸してやる」
「え? 本当ですか、仲代先生!?」
「勘違いするな。今日だけだ。トップ、お前もそれで良いな?」
『好きにしろ、人間』
クルルという鳴き声と共に、彼のブレスについていた顔が言う。それと同時に、どこから現れたのだろうか、白い躯体の翼竜めいた物……爆竜、トップゲイラーが、ギガノイドの周囲を高速旋回して翻弄しはじめる。
機動性と攻撃性、ついでに言えばプライドの高さも折り紙つきの爆竜に翻弄され、ギガノイドは苛立ったように首を振り回し逆巻く鬣でトップゲイラーを落とそうとする。が、それらをことごとく回避し、逆にそんなギガノイドを嘲笑うかのようにトップゲイラーはクルル、クルルと鳴き声を上げて上昇、下降、旋回を繰り返す。
「それじゃあみなさん、俺達も行きますよ~」
凌駕のどこかのんきにも聞こえる声に反応するように、側にいたブラキオサウルスのハッチが開く。それを待っていましたと言わんばかりに、彼の体の中にいたティラノサウルス、トリケラトプス、そしてプテラノドンが現れたかと思うと、凌駕達はそれぞれに彼らの「中」へと、溶け込むようにして入っていった。
それとほぼ同時に、仲代もトップゲイラーの中へと入り……
『爆竜合体! 完成、キラーアバレンオー!』
四体の爆竜が変形、合体し、現れたのは巨大な人型の「何か」。ロボットと呼ぶには生物的だが、かといって適当な呼び名が思いつかない。
そんな、ある意味のんきな事を、翔一がぼんやりと思った瞬間。
全身の産毛が逆立つような感覚を覚え、反射的に振り返りつつも、持っていたシャイニングカリバーを振り下ろしていた。
ほんの一瞬の間に見えた「それ」は、絵巻物などで見る「龍」の形をしていた気がする。「気がする」と称しているのは、きちんと認識するよりも先に己の攻撃が「それ」に当たり、「それ」の形が崩れて消えたからだ。
ほぼないに等しい手応えの後、「それ」はばしゃんっと水音を立てて地に浸み込み、その場に黒い痕跡を残しただけ。
「今のは一体……」
「津上さん、大丈夫ですか!?」
何だったのだろうと悩むよりも先に、心配そうな氷川の声が響いた。そちらに向かって軽く顔を向ければ、氷川のみならず葦原、そしてアスカも心配そうにこちらを見ている。
「俺は、大丈夫です。ちょっと驚きましたけど」
首を縦に振り、仮面の下で苦笑を浮かべながらも、翔一はつとめて明るい声で返す。それに安堵したのか、三人はそれぞれにほっと胸を撫で下ろし……
「……何だったんだ、今のは?」
「さっきのアンノウン……ではなくてトリノイドでしたっけ? 奴の最後の攻撃でしょうか?」
「完全に倒れている以上、その可能性は低いと思います。……絶対にない、とも言い切れませんが」
足元にわだかまる水と、先程シンクチナシマウマが爆散した場所を交互に眺めながら、氷川の推測にアスカが返す。
水による攻撃から連想されるのは、先程まで戦っていたあのトリノイドの存在だが、アスカの言う通りその体は先程、完全に四散させた。
時間差で発動する攻撃だった、という可能性もなくはないが、トリノイドの攻撃は往々にして本体が倒れれば仕掛けた罠、攻撃の類は全て自然消滅する傾向にある。ただ倒す直前、トリノイド自身が暴走していたようでもあるので、いつもの「傾向」は、今回に限って成り立たなかったのかもしれないが。
そう思い、アスカは断定が出来ぬまま視線を再びシンクチナシマウマの倒れた跡から、先程翔一が切り落とした水溜まりへと視線を向け直し……そして、気付いた。
水溜りが翔一の方へと、移動している事に。
「翔一さん!」
「え?」
避けて下さい、とアスカが声を上げるよりも、一瞬だけ早く。翔一の足元に広がっていた水は、再び細長い「何か」の形となって彼の前に立ちあがり、その身をくねらせて翔一の体を弾き飛ばした。……キラーアバレンオーがいる方向へと。
「なっ!?」
その驚きの声は、誰のものだったのか。景色が線となって流れていくのを見やりながら、翔一は襲ってくるであろう衝撃に備え……しかし、覚悟していた衝撃は来なかった。
キラーアバレンオーにぶつかると思った瞬間、その表面が水面のように揺らぎ、気が付けば翔一はぶつかるはずの存在の内部で、棒立ちになっていたのだから。
「あれ?」
「え?」
翔一が声を上げたと同時に、自分の前で何やら球体に手をかざしていた凌駕もまた、不思議そうな声を上げた。
互いに互いを見つめ合い、そしてほぼ同時のタイミングで首を傾げ……
「えっと……助けて頂いたって事ですよね?」
「あれ? 何で津上さんがここに?」
『……あれ?』
互いに互いが言っている意味を、即座には理解できなかったらしく、それぞれ仮面の下で目を丸くして再び首を傾げる。
翔一自身は、ぶつかるのを避けるために、凌駕達が何かしらの方法で自分をこの中に招き入れたのだろうと思っていたのだが、凌駕の反応から察するにそうではないらしい。むしろ自分がここにいる事自体に驚いているようだ。
「あれ?」
「へ?」
『え?』
「鏡コントもどきをやってる場合か、凌駕!」
「あ、すみませうわぁっ!」
翔一と凌駕。互いにほぼ同じタイミングで首を傾げあえば、幸人の怒声が響き、その直後キラーアバレンオーの体が大きく揺れた。
「馬」による体当たり攻撃を食らったらしい。何とかバランスを取り直しはしたものの、続く「馬」の連撃にキラーアバレンオーの体が前後左右にぐらぐらと傾ぐ。
何故翔一がこの中に入る事が出来たのか、あの「水の何か」が何だったのかはまだ分からないままだが、今はそれを考えるよりも「馬」をどうにかする事が先だ。
思い直して意識を切り替え、キラーアバレンオーの前で嘶く「馬」へ集中する。
嘶きの後、ギャロップ、そして突進。それらを、一定のリズムを刻みつつ繰り返しているのが分かる。そして恐らく、凌駕達もそのリズムに気付いているのだろう。真っ直ぐ前を見ながらも、凌駕は翔一に声をかけた。
「……翔一さん」
「はい。次で、ですね」
「お願いします」
短く、そして具体的な中身など何もない会話。だが、二人にはそれで充分だったらしい。互いに「馬」からは目を反らさず首肯すると、タタタンッとリズムを刻んで駆け寄ってきた「馬」をごろりと転がって回避、その勢いを利用してキラーアバレンオーは大きく上へと飛び上がった。
目標を見失った「馬」は、慌てたように周囲を見回し……そして、気付いた。
アバレンジャーのトレードマークであるダイノマークと、アギトの紋章が宙で重なり合い、そのエネルギーがキラーアバレンオーの右腕のドリルに集約されていく事に。
『爆竜必殺! シャイニングドリルスピン!』
凌駕達と翔一の声が重なる。同時に、キラーアバレンオーの体からは白銀色の光が放たれた。
音楽から生み出されたその異形は、その姿を見た折に何を思ったのだろうか。己を貫かんとするキラーアバレンオーの姿を、目を細めて見ているだけだ。
エネルギーを纏ったドリルの先が「馬」に触れ、そのままの勢いを保ったまま相手の体を穿つ。
そして穿たれた「馬」は、ドリルによる物理的な損傷と、そこから注ぎこまれた膨大なダイノガッツとアギトの力によって、己の中の邪命因子を破壊され…………シンクチナシマウマ同様、大きな爆音とともに砕け散ったのであった。
「やはり、エヴォリアンにロードは合わないよう、だ。性質が……真逆」
「そうですね。今回ばかりは、私も失敗だと思っています。まあ、いいデータ収集にはなりましたが」
「だが、アギトを襲った、あの水……あれは、何だ?」
「大方の予想はつきますが、言いたくはないですね。というか、あまり考えたくない可能性なのでノーコメントです」
少し離れた場所で全てを観察していたエトワールと、その隣で同じく観察に勤しんでいたエステルは、苦々しい表情を浮かべてそう答えると、軽くその身を翻す。
同時に彼らの周囲の景色が、闇へと変わった。同時に彼らの眼前には、仲間である爪牙、天狼、ズヴェズダ、ムダニステラがその姿を見せた。
空間を移動する事くらい、彼らにとっては瞬きや呼吸をするのと同じくらい容易い。
「ステラ。土産の……銃弾。……喰う、か? 全部で……五発、ある」
「わーい、ありがたく頂くでありんす~。ん~、やっぱりニューナンブの香りがする三十八口径は、なかなかオツな味がするでありんす」
「って食うのかよ!? ってか何だその妙にマニアックな発言は!」
「最近の日本の警察は、ニューナンブやめてS&WのM37に徐々に更新しやがっているでありんすからねぇ。そっちはそっちでまろやかでありんすが、わっち的にはやっぱりニューナンブの渋みとコクが……」
「一般人には弾丸の味とか分かる訳ねェんだよ。つか、そんな日本警察の拳銃事情なんざ知らねェっての!」
ムダニステラと天狼のやり取りの脇では、爪牙が珍しくにやにやと厭らしい笑みを浮かべ、エステルを見つめている。
その視線に気付いたのだろうか。見られた本人は、軽く一つ溜息を吐き出すと、じろりと相手を見返して問いを投げた。
「……何ですか、爪牙? その嫌な笑みは」
「いや? エステルでも、しくじる事があるのだなと思っていただけよ。そんな事はせぬ、完璧な商人だと思っていた故に。ロードの力が、邪命体の『命の実』を喰らい尽くしたのは、流石に貴殿も計算外であった……という事か」
「そうですね。今回は完全に私の選択ミスです。そしてそのミス故に、危うくアギトを『持って行かれる』ところでした」
「だから、あえてアギトをキラーアバレンオーの中に送り込んだ、と?」
「ええ。流石に『アレ』も、半異空間と化している爆竜の中までは手を出せないでしょうから」
ふぅと再び深い溜息を一つ吐き出し、しかし全く己の失敗を気に病んだ様子も見せず、エステルはいそいそと着替え始めた。
恐らくは「次」の準備なのだろう。ネガティブシンジケートの元に向かった時同様にスーツ姿だが、ネクタイの模様は赤で丸に百足という何とも言えない模様。
「次も、エステル……か」
「ええ。それとも、彼らの相手をしてくれる人が他にいますか?」
やや疲れたような表情で問いかけるエステルに、他の五人が一斉に首を横に振る。
爪牙は商売っ気がないし、血の気の多い天狼が行けば商売云々の前に戦いになる。エトワールは小さい者が絡まないと動かないという厄介な性格。ズヴェズダは人見知りが激しいし、ステラに到っては三下相手に悲鳴をあげるだろう。
と、なるとやはりエステルしかいないのだ。
いくら彼らのまとめ役とはいえ、やはり頻繁な行き来によってかなりの疲労が蓄積しているのだが……適当な人材がいないのだから仕方ない。
思いながら、ふとエステルは眉を顰めた。
「それにしても、鬼宿はどうしたのです? こんなに長い間ここを空けるなど、今までなかった事では?」
「ああ? そりゃあお前からの借金を踏み倒すために逃げてるんだと思うけどなァ」
「……それが事実なら、あの鬼の角、圧し折って適当に売りつけてやらないといけませんね」
「き、鬼ぃたんなら、まだ下準備中でありんすよ。だからその不気味な薄ら笑いはやめて欲しいでありんす」
「な、何でも……『仲間として認めてもらうのも一苦労だZe、Ya-ha!!』……とか」
「……まあ、彼がいないと静かで良いですが」
――それにしても、下準備……ねえ?――
少々訝しく思いながら、それでもいない人物を責める事は出来ないとわかっている為か……疲れたような溜息を吐き出し、そして小箱に入れたガイアメモリを懐にしまいこんだ。
「あぁ? 今回はジュラルミンじゃねーのか?」
「沢山持って行って、帰ってきたら藁束に変わっていた……なんて事にはしたくありませんので」
天狼の問いに答えると、彼はくるりと踵を返し……そして、そのまま次の商売相手の元へと向かって行った。
……百足を意味する、宇宙の忍がいる場所へ。