☆爆竜戦隊アバレンジャー&仮面ライダーアギト☆
【27話:アバレる双竜】
「うー……嫌だなぁ、これ挿すの、結構怖い~」
一人ごちながら、トリノイド、シンクチナシマウマは、掌に納まる細長いそれ……「ガイアメモリ」とエトワールが呼んでいた物体を見下ろす。
本能的にそれが持つ力に怯えているのだろう。だが同時に、それを渡したエトワールという存在にも恐れを感じている。「あれ」は、自分達とは全く異なる存在だと、彼はどこかで理解していた。
彼ら邪命体の絶対君主とも呼べる存在、邪命神デズモゾーリャ。エトワールは、それよりももっと恐ろしい存在かもしれない。何しろ、時間を喰う事の出来る存在なのだから。
「そんなにこれを使いたいなら、エトワールさん自身が使えば良いですよぉ」
ブツブツと愚痴をこぼしながら、それでも彼は使わなかった時に来るであろう「お仕置き」に体を震わせ……やがて、意を決したようにそのスイッチを押す。
「シンクチナシマウマ、行きます!」
――Lord――
後はもう、勢いだった。音が聞こえたと同時に、シンクチナシマウマはそのメモリを自分の腹部に挿して、その力を己が身の内に取り込む。
最初に感じたのは、己の体に生まれた違和感。基本的には今までと大して変わらないが、背中に退化した羽根のような物が生え、自分の頭上に光の輪が浮かぶ。
「ジャバ? 何なの、この羽根と輪っか!? 凄い! 五倍以上のやる気がある!」
慌てたように己の体を触りつつ、彼は感嘆にも似た声をあげた。流れ込んでくるパワーも、今までとは段違いに大きい。パワーアップしたのだと理解でき、嬉しくなったのだろう。
だが、次の瞬間。彼の頭の中に、自分の物とは異なる考えが怒涛の勢いで流れ込んだ。
――人間は、人間のままで存在しなければいけない――
――ダイノガッツや邪命因子は、人間を人間でなくしてしまう――
――異なる進化の可能性を……潰せ――
「ジャバ!? え、ちょっ!? ダメダメっ! その考えは……」
流れ込んできた考え。
それはアナザアース人や竜人のみならず、自分達デズモゾーリャの配下たる邪命体まで否定するもの。
それは、トリノイドであるシンクチナシマウマにとって「決して思ってはならない事」。それが、メモリを通じて彼の頭を……そして意識を支配すべく、シンクチナシマウマの自我を食い荒らし始める。
「ぎゃ……うわあぁぁぁぁっ!!」
人間を滅ぼさなくてはならないと言う考えと、人間を保護しなければならないと言う考え。邪命因子とメモリの力とも呼べるそれが、互いにぶつかり合い、彼の体内で暴れる。
その際に生じる激痛が、彼の口から悲鳴を引き出し……やがてその悲鳴は止み、目に奇妙な光を湛えた彼は呟きを落とす。
「……君達の存在は、世界にとって害でしかないんだよ」
と。
凌駕達が騒動の真ん中に辿り着いた時、そこで見たのは縞模様のトリノイド、シンクチナシマウマであった。
だが、様子がどこかおかしい。何かに操られているように、暴れている。
「ダイノガッツ、邪命因子……人間を、人間で失くす可能性…………」
ブツブツと呟きながらそんな事を言うシンクチナシマウマは、やはり先程翔一達が戦った時とは違う。よく見れば、先に会った時にはなかった「退化した羽根」が背中についている。
放たれる気配はアンノウンと「そうでないもの」が入り混じった、何とも言い難いものなのだが……何故だろうか。徐々に、本当に僅かずつではあるのだが、アンノウンとしての気配が強くなってきているように、翔一には感じられた。
「あの羽根は……やはり奴は、津上さんの言っていたようにアンノウン!?」
「いいえ、やはりあれはトリノイドです。……少し様子がおかしいですが」
氷川の問いに、アスカが返す。彼もおそらく気付いているのだ。邪命因子の他に別の「何か」が作用しているらしい事を。それは竜人特有のものなのか、それとも戦士としてのものなのか……どちらにせよ、アスカの直感が「これは不味い」と告げていた。
今までのように、ダイノガッツだけでどうにかできるものではない、と。
それは、相手の足元に転がる人々の亡骸を見ても理解できる。水分だけでなく、ダイノガッツすらも奪われ、からからに渇いてしまった人間の亡骸。
「酷い……」
「こんなに沢山の人を……許せません!」
ポツリと漏れた氷川の言葉に同意するように、凌駕が怒気の混じった声で答える。
その声でようやくこちらを認識したのだろうか。シンクチナシマウマの、暗く澱んだ瞳がゆっくりとこちらを捉えた。
「アバレンジャー……強大なダイノガッツの持ち主。アギトやギルスと同じく、危険な存在。『人が人でない存在』の一つ」
「何だと?」
低く呟かれた言葉に、軽く眉を顰めた幸人が問い返す。だが、その刹那。相手の目はさらに凶悪な光を宿し、ゆっくりと掌をこちらに向けた。
本能的に、それが危険極まりないものだと感じたらしい。全員がその掌の直線上から散開、直後に放たれた光から何とか逃れる。
「アギト、ギルス、ダイノガッツ、邪命因子……」
「え?」
「人類は試されている。滅びか、それとも再生か」
そう静かに相手が言った瞬間、今度は思い切りこちらに向かって突進してきた。それを何とかかわすと、凌駕達は相手との距離を取り……そしてきつく相手を睨む。
今までも、人を襲うエヴォリアンを許せないと思う事は何度かあった。しかし、今回は特に許せないと思う。何故なら、人の命が失われてしまったのだ。それも、かなり沢山の。
凌駕は、姉夫婦を亡くしている。だからなのかは分らないが、人一倍「人の命の重み」を重視している節がある。それ故に、許せなかった。理不尽な理由で命を奪った、目の前の相手が。
「皆……チェンジだ!」
「ああ」
「OK」
「はいっ!」
凌駕の号令に、幸人、らんる、アスカの順に短く返事を返し、その手に嵌るブレスを構えた。
『爆竜チェンジ!』
四人の声が重なり、それぞれのパートナーである爆竜の鳴き声が響く。
同時にブレスの中に収納されている、アタック・バンディレット・レジスタンススーツ……「アバレスーツ」と略されるそれが彼らの体を覆い、エヴォリアンと戦う戦士……「爆竜戦隊アバレンジャー」へと変えた。
「元気莫大! アバレッド!」
基本色は赤。パートナーは超ドリル進化した爆竜ティラノサウルス。
「本気爆発! アバレブルー!」
基本色は青。パートナーは超シールド進化した爆竜トリケラトプス。
「勇気で驀進! アバレイエロー!」
基本色は黄。パートナーは超カッター進化した爆竜プテラノドン。
「無敵の竜人魂! アバレブラック!」
基本色は黒。パートナーは超ハンガー進化した爆竜ブラキオサウルス。
彼らの胸元の「三つ指の足跡」に似た紋様から、熱く滾るダイノガッツがあふれ出し、僅かにシンクチナシマウマが怯む。
「荒ぶる、ダイノガッツ! 爆竜戦隊」
『アバレンジャー!』
ポーズが決まると同時に、彼らのダイノガッツが爆煙の幻を見せた気がした。
恐竜、あるいは爆竜と触れ合う機会が極端に少ないアナザアースの住人でありながら、爆竜達と意思の疎通ができ、更にはその力を引き出す事が出来る三人のアナザアース人と、ダイノアースでも名の通った戦士で構成された四人組。
それこそが、彼ら……爆竜戦隊アバレンジャーである。
「なんか、色とりどりで良いですね」
「……津上さんは一人で三色体現できるじゃないですか。他にも銀や紅もありますし」
「そっちの方が派手だろう」
パチパチと呑気に拍手を送る翔一に軽くツッコミを入れながら、氷川と葦原が呆れたような視線を送る。
しかし、翔一としてはやはり羨ましいと思うらしい。アギトは色のバリエーションが豊富とは言え、基本色としての黒が強いし、ギルスは暗い緑、G3-Xは鮮やかな青だが、生憎とその鎧は今ここ場にない。何よりも全て寒色だ。三位一体のトリニティフォームや、「超絶感覚の赤」であるフレイムフォーム、燃え盛る業火の戦士のバーニングフォームなら暖色である「赤色」も入るが、やはり全員が同じようなデザインかつ色違いと言うのは、チームという感じがして少し羨ましい気がした。
「アバレンジャー……ダイノガッツ……闇にも光にも属さぬ、ヒトの力」
ゆらりとその馬面を傾げつつ、シンクチナシマウマが低く呟く。
その声に、憎悪にも似た何かを感じたのだろうか。翔一は腰にベルトを出現させ、葦原は低くその身を構える。
唯一氷川だけは、悔しげにそこから一歩下がり……
『変身!』
氷川の前で、二人の姿も変わる。
暗い緑のエクシードギルスと、銀色の胸元に赤い角のアギト・シャイニングフォームに。
「氷川さん、逃げ遅れた人達の誘導お願いします」
「分りました。……お気をつけて」
翔一の言葉に、どこか悔しげに頷くと、氷川は素早く周囲を見回しながらその場から離れる。
その視線の先に、何者かの影を見止めて。
一瞬、シンクチナシマウマの追撃でもあるのではないかと警戒をするが、相手は駆ける氷川を目で追うだけで、攻撃を仕掛ける様子もない。
それを不思議に思ったらしい。凌駕は軽く首を捻って小さな呟きを落とす。
「……あの人の事は、見逃した……?」
「あれは、人間。殺してはいけない、者」
「これだけ沢山の人を殺しておいて、何を言う!」
「フッ。そういう物言いだから、器量が小さいのさ」
シンクチナシマウマの答えに納得がいかなかったのだろう。怒鳴るようにアスカはそう返すと、彼の武器であるダイノスラスターを構え、薙ぐように相手を斬り払う。
ダイノスラスターは相手の肩にあるクチナシの花を捕えるが……ガギン、と見た目に反した金属音が響き、その剣戟は弾き返されてしまった。
「今の手応えは……!?」
「ジャバジャバ。俺は全身超合金的な感じなのさ」
「超合金『的』ってお前……」
「超合金じゃないのか」
抑揚のない声で答えた相手に、思わずツッコミを入れる幸人と葦原。
それを聞き、一瞬だけ相手は固まるが……何故か素直にこくりと頷いていた。
「それなら、何とかなるかも知れないです……ね!」
翔一が言うと同時に、その手の中にある剣……シャイニングカリバーが閃き、相手の体を薙ぎにかかる。同時に葦原も大きく一つ吠えると、踵に生える棘とも刃とも呼べるそれを振り上げ、相手の出っ張った腹部……その中でも、小さく見える「黒い模様」めがけて振り下ろした。
腹部を狙った事に、深い意味はない。ただ本能的に、「その位置」なら攻撃が通ると感じただけだ。
その様子を冷静に見つめながら、シンクチナシマウマはかわそうと身をよじる。だが、僅かにではあったが、二人の刃は狙っていた相手の脇腹を掠めた程度に抉った。しかし、抉ったと言っても傷は浅い。即座に判断し、凌駕達もアバレイザーで追撃をかけようとした瞬間。
相手が、吠えた。同時に、頭の中の何かを追い払うようにブンブンと首を振り、シンクからはジャバジャバと水が溢れ出す。まるで今まで人間から奪ってきた水分を、一気に放出するかのように。
「一体、何……?」
「お……俺がぁ……」
らんるの驚愕の声が聞こえているのかいないのか。相手が小さく呟いたかと思うと、突如その顔をこちらに向けた。
その瞳は、先程までの暗いものではない。明るい……とは決して言えないが、トリノイド「らしい」ふざけた印象の色が浮かんでいる。
妙に苛立っているように見えるのは、先程の翔一の攻撃のせいなのか、それとも別の要因があるのかは分らないが。
「俺が一番、アナザアース人をうまく殺せるんだぁぁぁぁっ!」
そう咆哮を挙げると同時に……シンクチナシマウマはジャバジャバと言いながら、彼らに向かって突っ込んでいくのであった。
「フッ……この感じ。ときめくぜ」
その戦いを、僅かに離れた位置で眺める白いコートの青年がいた。
名を仲代 壬琴 。ダイノマインダーと呼ばれるブレスを持つ、白い戦士……アバレキラーである。
ときめきを求め、そしてそれを得る為ならエヴォリアンだろうがアバレンジャーだろうが敵に回す……たった一人だが、それでも充分に「第三勢力」と呼ぶべき力を持つ存在である。
そして今。暴走し、アバレンジャーや見慣れぬ男の戦士と戦うトリノイドに対し、僅かながらではあるがときめきを感じた彼は、更に引っ掻き回してやろうと画策していたのだが。
ふと、自分の背後に生まれた気配に気付き、彼は軽く眉を顰めてそちらを向いた。
そこにいたのは、「口の化物」。見た目からはエヴォリアンの一味のような印象を抱かせるが、それ以上に何か別の邪悪さを感じる。
「何だ、貴様?」
「……お前に邪魔をされては、困る者、だ」
静かな口調で相手はそう言うと、相手は一息に仲代との距離を詰め、彫刻刀のような物を振り上げる。
珍しく「まずい」と判断したのだろう。彼はちぃと小さく舌打ちをすると、後ろに飛んでそれをかわし、手に嵌るダイノマインダーを構える。
しかし、「口の化物」は仲代を変身させるつもりはないらしい。チェンジするよりも早く、再び相手の腕が仲代の眼前に迫った。
「ちぃっ!!」
無意識の内に舌打ちをしつつ、何とかその攻撃をかわそうと体を捩る。
しかし、完全にかわしきる事は出来なかった。
仲代が予想していたよりも遥かに速い速度で、彼の左腿に彫刻刀が深々と突き刺さり、彼の動きを封じる。
焼け付くような痛みの後、傷からは彼の血潮が溢れ出していた。
「ぐ……ああっ!?」
「……これから、貴様を食う。それで、お前は終わる。お前の存在は…………子供を、悲しませる」
漏れた悲鳴など気にも留めず、相手は淡々と言い……その口を、大きく広げた。その中に広がる深い闇は、全てを飲み込むブラックホールだろうか。
初めて「死への恐怖」を感じ取り、仲代がぞくりとその身を震わせた瞬間。
「動くな!」
硬い声と同時に、パンパンと乾いた破裂音が連続して響く。それが銃声だと気付けたのは、それまで眼前に立っていた相手の足元すれすれのコンクリートの床から薄く煙が上がり、相手の体がぴたりと止まったからだ。
音のした方を見れば、そこには薄く硝煙の上がる銃を構えた男……氷川の姿があった。
「今のは警告だ。次は当てる」
銃を油断なく構えながら、氷川は仲代の隣まで駆け寄ると、彼を庇うように相手と仲代の間に立つ。
しかし、相手は異形。銃口を向けられてひるむ様子はない。むしろ面倒臭そうな溜息を一つ吐き出すと、ゆるく頭を振り……
「銃弾は……あまり、美味くない。ステラの土産には……なるかも、しれないが」
そういうと、相手は手元の刀で足元にめり込んだ銃弾を穿り返し、回収する。そう認識した直後、氷川の視界に影が降りた。
それが、相手が瞬時にして目の前に移動してきた為だと気付いた時には、反射的に氷川は引き金を引いていた。何故そんな行動に出たのかは、彼自身も分からない。ただ、撃たなければならないという義務感のような物が、氷川の指を動かしていた。
撃たれた反動で相手は二、三歩後退し、それを確認するや氷川は慌てて仲代の腕を引き、自身もまた後退する。その間にも彼の指はひたすらに引き金を引き続け……しかしすぐに弾切れを知らせる、軽い金属音が彼の鼓膜を叩いた。
彼の持つ拳銃に入っていた弾は五発。当然、全て実弾だ。最初の二発は威嚇に使ったので、実質目の前の相手に当たった弾数は三発。それで倒せるとは思ってはいなかったが、思った以上に距離を稼げなかったことに氷川は焦った。
早くこの場から離れなければと思うのだが、どうやらそう簡単に逃がしてくれる相手ではないらしい。口の化物はゆったりとした動作で……しかし再び瞬時に自分達の前に立ち塞がると、その口を再び大きく広げて言葉を紡いだ。
「だから、銃弾は美味くないと。……もう面倒だから、お前達をまとめて喰う事にする。……口直し」
淡々と紡がれた言葉に、氷川と仲代、両名の背にざわりと悪寒が走る。
逃げなければ、死ぬ。だが、逃げるにはもう間に合わない。
死ぬ訳にはいかないと思いながらも、避けようのない「死」が眼前に迫るのを感じ……そしてそれが、完全に仲代達の前に落ちる、ほんのわずか手前で。
唐突に、声が響いた。
「およしなさい、エトワール。そんな『隠者』の欠片を宿しているような者を食したら、腹を壊しますよ?」
「……エステル」
いつからそこに立っていたのだろうか。声の主は、口の化物の背後に立つ青年。
エステルと呼ばれたその男の顔には、これと言った特徴はない。だが、何故だか彼の存在は、仲代に……そして氷川にも、妙な胸騒ぎを与えた。
見た目は化物……エトワールの方が禍々しいのに、エステルの方が危険な存在なのだと、本能で理解していたからかもしれない。先程まで感じていた「死の気配」は消えたが、それ以上におどろおどろしい何かが、エステルを中心に渦巻いているように見えた。
「全く。暴走するなと言ったでしょう?」
「『善処する』と、返した。つまり、答えは『いいえ』、だ」
「日本人的な回答、どうもありがとう。ですが仲代壬琴を殺したら、リジェや伯亜舞が悲しみます。それはあなたにとっても不本意でしょう?」
エトワールの言葉に、心底呆れたと言わんばかりにエステルが返す。
その目に、仲代達の姿は映っていない。会話の中には登場しているものの、興味など微塵もないと言わんばかりの態度を取られているのが、仲代には妙に腹立たしかった。
だが、何故だろうか。腹立たしさを感じていると同時に、どこかで安堵も感じていた。
その感覚に戸惑い、仲代は軽く首を傾げる。
――安心しているだと? こんな風に虚仮にされて? この俺が?――
そんな彼の戸惑いにも気付いていないのだろう。エトワールはううむ、と低く唸ると、仲代から視線を外さぬまま言葉を紡いだ。
「子供が泣くのは……可哀想、だ。だが、こいつが生きていても、同じでは?」
「いいえ、全く違います。子供が泣こうが喚こうが、私はどうでも良いんですけれどね、ここでこの男が死ぬと『隠者』との関係が悪化して面倒なんですよ。奴は良い感じの顧客 なので。それから氷川誠も殺してはダメです。彼のおかげでどれだけの武器、弾薬、その資材が売れたと思っているんです」
「……やはりエステルは……人でなし、だ」
「当然でしょう。ニンゲンではないんですから。ですが、貴方に言われると何故か妙に腹立たしいですね」
「だが、理解はした。…………殺すのは、NGか」
どこかがっかりしたような声でエトワールはそう呟くと、溜息を一つ吐き出し、くるりと踵を返して仲代達に背を向ける。
その態度が、仲代の癇に障ったのか。彼は痛む足を押さえながら、それでも勢い良く立ち上がり、噛み付くように怒鳴り声を上げた。
「貴様、逃がす……ぐっ」
「!? 無茶しないで!」
「逃げる? フッ。勘違いも甚だしいですね」
仲代の声を無視して姿を消したエトワールとは対照的に、エステルは見下すような視線と薄ら笑いを、仲代とそれを支えた氷川に送り、更に言葉を続ける。
「見逃してあげるんですよ。あなた達を、私達が。これは破格のサービスだという事、ようくその魂に刻み込んでおきなさい」
くすくすと馬鹿にしたような笑い声も、見逃して「あげる」という言い方も、非常に腹立たしい。
悔しさのあまりギリギリと奥歯を噛み締めながら、仲代はきつい眼差しを相手に向けてやる。こんな傷さえなければ、すぐにでもチェンジして切り刻むものを。
しかし、そんな殺意を受け流し、エステルは再びくすりと小さく笑うと、直後二人に向けて優雅な一礼を送り……
「フフ。いくら『あなた』といえど、エトワールから受けた傷はそう簡単に治りはしないでしょう。どうせ残り短い人生なんです、大切に使いなさい」
呪詛にも似た言葉を紡ぎだすと共に、彼の姿もまたすぅ、と虚空に消える。
後に残されたのは、悔しげに床に拳を打ち付ける仲代の姿と、彼の体を支える氷川のみであった。
「うー……嫌だなぁ、これ挿すの、結構怖い~」
一人ごちながら、トリノイド、シンクチナシマウマは、掌に納まる細長いそれ……「ガイアメモリ」とエトワールが呼んでいた物体を見下ろす。
本能的にそれが持つ力に怯えているのだろう。だが同時に、それを渡したエトワールという存在にも恐れを感じている。「あれ」は、自分達とは全く異なる存在だと、彼はどこかで理解していた。
彼ら邪命体の絶対君主とも呼べる存在、邪命神デズモゾーリャ。エトワールは、それよりももっと恐ろしい存在かもしれない。何しろ、時間を喰う事の出来る存在なのだから。
「そんなにこれを使いたいなら、エトワールさん自身が使えば良いですよぉ」
ブツブツと愚痴をこぼしながら、それでも彼は使わなかった時に来るであろう「お仕置き」に体を震わせ……やがて、意を決したようにそのスイッチを押す。
「シンクチナシマウマ、行きます!」
――Lord――
後はもう、勢いだった。音が聞こえたと同時に、シンクチナシマウマはそのメモリを自分の腹部に挿して、その力を己が身の内に取り込む。
最初に感じたのは、己の体に生まれた違和感。基本的には今までと大して変わらないが、背中に退化した羽根のような物が生え、自分の頭上に光の輪が浮かぶ。
「ジャバ? 何なの、この羽根と輪っか!? 凄い! 五倍以上のやる気がある!」
慌てたように己の体を触りつつ、彼は感嘆にも似た声をあげた。流れ込んでくるパワーも、今までとは段違いに大きい。パワーアップしたのだと理解でき、嬉しくなったのだろう。
だが、次の瞬間。彼の頭の中に、自分の物とは異なる考えが怒涛の勢いで流れ込んだ。
――人間は、人間のままで存在しなければいけない――
――ダイノガッツや邪命因子は、人間を人間でなくしてしまう――
――異なる進化の可能性を……潰せ――
「ジャバ!? え、ちょっ!? ダメダメっ! その考えは……」
流れ込んできた考え。
それはアナザアース人や竜人のみならず、自分達デズモゾーリャの配下たる邪命体まで否定するもの。
それは、トリノイドであるシンクチナシマウマにとって「決して思ってはならない事」。それが、メモリを通じて彼の頭を……そして意識を支配すべく、シンクチナシマウマの自我を食い荒らし始める。
「ぎゃ……うわあぁぁぁぁっ!!」
人間を滅ぼさなくてはならないと言う考えと、人間を保護しなければならないと言う考え。邪命因子とメモリの力とも呼べるそれが、互いにぶつかり合い、彼の体内で暴れる。
その際に生じる激痛が、彼の口から悲鳴を引き出し……やがてその悲鳴は止み、目に奇妙な光を湛えた彼は呟きを落とす。
「……君達の存在は、世界にとって害でしかないんだよ」
と。
凌駕達が騒動の真ん中に辿り着いた時、そこで見たのは縞模様のトリノイド、シンクチナシマウマであった。
だが、様子がどこかおかしい。何かに操られているように、暴れている。
「ダイノガッツ、邪命因子……人間を、人間で失くす可能性…………」
ブツブツと呟きながらそんな事を言うシンクチナシマウマは、やはり先程翔一達が戦った時とは違う。よく見れば、先に会った時にはなかった「退化した羽根」が背中についている。
放たれる気配はアンノウンと「そうでないもの」が入り混じった、何とも言い難いものなのだが……何故だろうか。徐々に、本当に僅かずつではあるのだが、アンノウンとしての気配が強くなってきているように、翔一には感じられた。
「あの羽根は……やはり奴は、津上さんの言っていたようにアンノウン!?」
「いいえ、やはりあれはトリノイドです。……少し様子がおかしいですが」
氷川の問いに、アスカが返す。彼もおそらく気付いているのだ。邪命因子の他に別の「何か」が作用しているらしい事を。それは竜人特有のものなのか、それとも戦士としてのものなのか……どちらにせよ、アスカの直感が「これは不味い」と告げていた。
今までのように、ダイノガッツだけでどうにかできるものではない、と。
それは、相手の足元に転がる人々の亡骸を見ても理解できる。水分だけでなく、ダイノガッツすらも奪われ、からからに渇いてしまった人間の亡骸。
「酷い……」
「こんなに沢山の人を……許せません!」
ポツリと漏れた氷川の言葉に同意するように、凌駕が怒気の混じった声で答える。
その声でようやくこちらを認識したのだろうか。シンクチナシマウマの、暗く澱んだ瞳がゆっくりとこちらを捉えた。
「アバレンジャー……強大なダイノガッツの持ち主。アギトやギルスと同じく、危険な存在。『人が人でない存在』の一つ」
「何だと?」
低く呟かれた言葉に、軽く眉を顰めた幸人が問い返す。だが、その刹那。相手の目はさらに凶悪な光を宿し、ゆっくりと掌をこちらに向けた。
本能的に、それが危険極まりないものだと感じたらしい。全員がその掌の直線上から散開、直後に放たれた光から何とか逃れる。
「アギト、ギルス、ダイノガッツ、邪命因子……」
「え?」
「人類は試されている。滅びか、それとも再生か」
そう静かに相手が言った瞬間、今度は思い切りこちらに向かって突進してきた。それを何とかかわすと、凌駕達は相手との距離を取り……そしてきつく相手を睨む。
今までも、人を襲うエヴォリアンを許せないと思う事は何度かあった。しかし、今回は特に許せないと思う。何故なら、人の命が失われてしまったのだ。それも、かなり沢山の。
凌駕は、姉夫婦を亡くしている。だからなのかは分らないが、人一倍「人の命の重み」を重視している節がある。それ故に、許せなかった。理不尽な理由で命を奪った、目の前の相手が。
「皆……チェンジだ!」
「ああ」
「OK」
「はいっ!」
凌駕の号令に、幸人、らんる、アスカの順に短く返事を返し、その手に嵌るブレスを構えた。
『爆竜チェンジ!』
四人の声が重なり、それぞれのパートナーである爆竜の鳴き声が響く。
同時にブレスの中に収納されている、アタック・バンディレット・レジスタンススーツ……「アバレスーツ」と略されるそれが彼らの体を覆い、エヴォリアンと戦う戦士……「爆竜戦隊アバレンジャー」へと変えた。
「元気莫大! アバレッド!」
基本色は赤。パートナーは超ドリル進化した爆竜ティラノサウルス。
「本気爆発! アバレブルー!」
基本色は青。パートナーは超シールド進化した爆竜トリケラトプス。
「勇気で驀進! アバレイエロー!」
基本色は黄。パートナーは超カッター進化した爆竜プテラノドン。
「無敵の竜人魂! アバレブラック!」
基本色は黒。パートナーは超ハンガー進化した爆竜ブラキオサウルス。
彼らの胸元の「三つ指の足跡」に似た紋様から、熱く滾るダイノガッツがあふれ出し、僅かにシンクチナシマウマが怯む。
「荒ぶる、ダイノガッツ! 爆竜戦隊」
『アバレンジャー!』
ポーズが決まると同時に、彼らのダイノガッツが爆煙の幻を見せた気がした。
恐竜、あるいは爆竜と触れ合う機会が極端に少ないアナザアースの住人でありながら、爆竜達と意思の疎通ができ、更にはその力を引き出す事が出来る三人のアナザアース人と、ダイノアースでも名の通った戦士で構成された四人組。
それこそが、彼ら……爆竜戦隊アバレンジャーである。
「なんか、色とりどりで良いですね」
「……津上さんは一人で三色体現できるじゃないですか。他にも銀や紅もありますし」
「そっちの方が派手だろう」
パチパチと呑気に拍手を送る翔一に軽くツッコミを入れながら、氷川と葦原が呆れたような視線を送る。
しかし、翔一としてはやはり羨ましいと思うらしい。アギトは色のバリエーションが豊富とは言え、基本色としての黒が強いし、ギルスは暗い緑、G3-Xは鮮やかな青だが、生憎とその鎧は今ここ場にない。何よりも全て寒色だ。三位一体のトリニティフォームや、「超絶感覚の赤」であるフレイムフォーム、燃え盛る業火の戦士のバーニングフォームなら暖色である「赤色」も入るが、やはり全員が同じようなデザインかつ色違いと言うのは、チームという感じがして少し羨ましい気がした。
「アバレンジャー……ダイノガッツ……闇にも光にも属さぬ、ヒトの力」
ゆらりとその馬面を傾げつつ、シンクチナシマウマが低く呟く。
その声に、憎悪にも似た何かを感じたのだろうか。翔一は腰にベルトを出現させ、葦原は低くその身を構える。
唯一氷川だけは、悔しげにそこから一歩下がり……
『変身!』
氷川の前で、二人の姿も変わる。
暗い緑のエクシードギルスと、銀色の胸元に赤い角のアギト・シャイニングフォームに。
「氷川さん、逃げ遅れた人達の誘導お願いします」
「分りました。……お気をつけて」
翔一の言葉に、どこか悔しげに頷くと、氷川は素早く周囲を見回しながらその場から離れる。
その視線の先に、何者かの影を見止めて。
一瞬、シンクチナシマウマの追撃でもあるのではないかと警戒をするが、相手は駆ける氷川を目で追うだけで、攻撃を仕掛ける様子もない。
それを不思議に思ったらしい。凌駕は軽く首を捻って小さな呟きを落とす。
「……あの人の事は、見逃した……?」
「あれは、人間。殺してはいけない、者」
「これだけ沢山の人を殺しておいて、何を言う!」
「フッ。そういう物言いだから、器量が小さいのさ」
シンクチナシマウマの答えに納得がいかなかったのだろう。怒鳴るようにアスカはそう返すと、彼の武器であるダイノスラスターを構え、薙ぐように相手を斬り払う。
ダイノスラスターは相手の肩にあるクチナシの花を捕えるが……ガギン、と見た目に反した金属音が響き、その剣戟は弾き返されてしまった。
「今の手応えは……!?」
「ジャバジャバ。俺は全身超合金的な感じなのさ」
「超合金『的』ってお前……」
「超合金じゃないのか」
抑揚のない声で答えた相手に、思わずツッコミを入れる幸人と葦原。
それを聞き、一瞬だけ相手は固まるが……何故か素直にこくりと頷いていた。
「それなら、何とかなるかも知れないです……ね!」
翔一が言うと同時に、その手の中にある剣……シャイニングカリバーが閃き、相手の体を薙ぎにかかる。同時に葦原も大きく一つ吠えると、踵に生える棘とも刃とも呼べるそれを振り上げ、相手の出っ張った腹部……その中でも、小さく見える「黒い模様」めがけて振り下ろした。
腹部を狙った事に、深い意味はない。ただ本能的に、「その位置」なら攻撃が通ると感じただけだ。
その様子を冷静に見つめながら、シンクチナシマウマはかわそうと身をよじる。だが、僅かにではあったが、二人の刃は狙っていた相手の脇腹を掠めた程度に抉った。しかし、抉ったと言っても傷は浅い。即座に判断し、凌駕達もアバレイザーで追撃をかけようとした瞬間。
相手が、吠えた。同時に、頭の中の何かを追い払うようにブンブンと首を振り、シンクからはジャバジャバと水が溢れ出す。まるで今まで人間から奪ってきた水分を、一気に放出するかのように。
「一体、何……?」
「お……俺がぁ……」
らんるの驚愕の声が聞こえているのかいないのか。相手が小さく呟いたかと思うと、突如その顔をこちらに向けた。
その瞳は、先程までの暗いものではない。明るい……とは決して言えないが、トリノイド「らしい」ふざけた印象の色が浮かんでいる。
妙に苛立っているように見えるのは、先程の翔一の攻撃のせいなのか、それとも別の要因があるのかは分らないが。
「俺が一番、アナザアース人をうまく殺せるんだぁぁぁぁっ!」
そう咆哮を挙げると同時に……シンクチナシマウマはジャバジャバと言いながら、彼らに向かって突っ込んでいくのであった。
「フッ……この感じ。ときめくぜ」
その戦いを、僅かに離れた位置で眺める白いコートの青年がいた。
名を
ときめきを求め、そしてそれを得る為ならエヴォリアンだろうがアバレンジャーだろうが敵に回す……たった一人だが、それでも充分に「第三勢力」と呼ぶべき力を持つ存在である。
そして今。暴走し、アバレンジャーや見慣れぬ男の戦士と戦うトリノイドに対し、僅かながらではあるがときめきを感じた彼は、更に引っ掻き回してやろうと画策していたのだが。
ふと、自分の背後に生まれた気配に気付き、彼は軽く眉を顰めてそちらを向いた。
そこにいたのは、「口の化物」。見た目からはエヴォリアンの一味のような印象を抱かせるが、それ以上に何か別の邪悪さを感じる。
「何だ、貴様?」
「……お前に邪魔をされては、困る者、だ」
静かな口調で相手はそう言うと、相手は一息に仲代との距離を詰め、彫刻刀のような物を振り上げる。
珍しく「まずい」と判断したのだろう。彼はちぃと小さく舌打ちをすると、後ろに飛んでそれをかわし、手に嵌るダイノマインダーを構える。
しかし、「口の化物」は仲代を変身させるつもりはないらしい。チェンジするよりも早く、再び相手の腕が仲代の眼前に迫った。
「ちぃっ!!」
無意識の内に舌打ちをしつつ、何とかその攻撃をかわそうと体を捩る。
しかし、完全にかわしきる事は出来なかった。
仲代が予想していたよりも遥かに速い速度で、彼の左腿に彫刻刀が深々と突き刺さり、彼の動きを封じる。
焼け付くような痛みの後、傷からは彼の血潮が溢れ出していた。
「ぐ……ああっ!?」
「……これから、貴様を食う。それで、お前は終わる。お前の存在は…………子供を、悲しませる」
漏れた悲鳴など気にも留めず、相手は淡々と言い……その口を、大きく広げた。その中に広がる深い闇は、全てを飲み込むブラックホールだろうか。
初めて「死への恐怖」を感じ取り、仲代がぞくりとその身を震わせた瞬間。
「動くな!」
硬い声と同時に、パンパンと乾いた破裂音が連続して響く。それが銃声だと気付けたのは、それまで眼前に立っていた相手の足元すれすれのコンクリートの床から薄く煙が上がり、相手の体がぴたりと止まったからだ。
音のした方を見れば、そこには薄く硝煙の上がる銃を構えた男……氷川の姿があった。
「今のは警告だ。次は当てる」
銃を油断なく構えながら、氷川は仲代の隣まで駆け寄ると、彼を庇うように相手と仲代の間に立つ。
しかし、相手は異形。銃口を向けられてひるむ様子はない。むしろ面倒臭そうな溜息を一つ吐き出すと、ゆるく頭を振り……
「銃弾は……あまり、美味くない。ステラの土産には……なるかも、しれないが」
そういうと、相手は手元の刀で足元にめり込んだ銃弾を穿り返し、回収する。そう認識した直後、氷川の視界に影が降りた。
それが、相手が瞬時にして目の前に移動してきた為だと気付いた時には、反射的に氷川は引き金を引いていた。何故そんな行動に出たのかは、彼自身も分からない。ただ、撃たなければならないという義務感のような物が、氷川の指を動かしていた。
撃たれた反動で相手は二、三歩後退し、それを確認するや氷川は慌てて仲代の腕を引き、自身もまた後退する。その間にも彼の指はひたすらに引き金を引き続け……しかしすぐに弾切れを知らせる、軽い金属音が彼の鼓膜を叩いた。
彼の持つ拳銃に入っていた弾は五発。当然、全て実弾だ。最初の二発は威嚇に使ったので、実質目の前の相手に当たった弾数は三発。それで倒せるとは思ってはいなかったが、思った以上に距離を稼げなかったことに氷川は焦った。
早くこの場から離れなければと思うのだが、どうやらそう簡単に逃がしてくれる相手ではないらしい。口の化物はゆったりとした動作で……しかし再び瞬時に自分達の前に立ち塞がると、その口を再び大きく広げて言葉を紡いだ。
「だから、銃弾は美味くないと。……もう面倒だから、お前達をまとめて喰う事にする。……口直し」
淡々と紡がれた言葉に、氷川と仲代、両名の背にざわりと悪寒が走る。
逃げなければ、死ぬ。だが、逃げるにはもう間に合わない。
死ぬ訳にはいかないと思いながらも、避けようのない「死」が眼前に迫るのを感じ……そしてそれが、完全に仲代達の前に落ちる、ほんのわずか手前で。
唐突に、声が響いた。
「およしなさい、エトワール。そんな『隠者』の欠片を宿しているような者を食したら、腹を壊しますよ?」
「……エステル」
いつからそこに立っていたのだろうか。声の主は、口の化物の背後に立つ青年。
エステルと呼ばれたその男の顔には、これと言った特徴はない。だが、何故だか彼の存在は、仲代に……そして氷川にも、妙な胸騒ぎを与えた。
見た目は化物……エトワールの方が禍々しいのに、エステルの方が危険な存在なのだと、本能で理解していたからかもしれない。先程まで感じていた「死の気配」は消えたが、それ以上におどろおどろしい何かが、エステルを中心に渦巻いているように見えた。
「全く。暴走するなと言ったでしょう?」
「『善処する』と、返した。つまり、答えは『いいえ』、だ」
「日本人的な回答、どうもありがとう。ですが仲代壬琴を殺したら、リジェや伯亜舞が悲しみます。それはあなたにとっても不本意でしょう?」
エトワールの言葉に、心底呆れたと言わんばかりにエステルが返す。
その目に、仲代達の姿は映っていない。会話の中には登場しているものの、興味など微塵もないと言わんばかりの態度を取られているのが、仲代には妙に腹立たしかった。
だが、何故だろうか。腹立たしさを感じていると同時に、どこかで安堵も感じていた。
その感覚に戸惑い、仲代は軽く首を傾げる。
――安心しているだと? こんな風に虚仮にされて? この俺が?――
そんな彼の戸惑いにも気付いていないのだろう。エトワールはううむ、と低く唸ると、仲代から視線を外さぬまま言葉を紡いだ。
「子供が泣くのは……可哀想、だ。だが、こいつが生きていても、同じでは?」
「いいえ、全く違います。子供が泣こうが喚こうが、私はどうでも良いんですけれどね、ここでこの男が死ぬと『隠者』との関係が悪化して面倒なんですよ。奴は良い感じの
「……やはりエステルは……人でなし、だ」
「当然でしょう。ニンゲンではないんですから。ですが、貴方に言われると何故か妙に腹立たしいですね」
「だが、理解はした。…………殺すのは、NGか」
どこかがっかりしたような声でエトワールはそう呟くと、溜息を一つ吐き出し、くるりと踵を返して仲代達に背を向ける。
その態度が、仲代の癇に障ったのか。彼は痛む足を押さえながら、それでも勢い良く立ち上がり、噛み付くように怒鳴り声を上げた。
「貴様、逃がす……ぐっ」
「!? 無茶しないで!」
「逃げる? フッ。勘違いも甚だしいですね」
仲代の声を無視して姿を消したエトワールとは対照的に、エステルは見下すような視線と薄ら笑いを、仲代とそれを支えた氷川に送り、更に言葉を続ける。
「見逃してあげるんですよ。あなた達を、私達が。これは破格のサービスだという事、ようくその魂に刻み込んでおきなさい」
くすくすと馬鹿にしたような笑い声も、見逃して「あげる」という言い方も、非常に腹立たしい。
悔しさのあまりギリギリと奥歯を噛み締めながら、仲代はきつい眼差しを相手に向けてやる。こんな傷さえなければ、すぐにでもチェンジして切り刻むものを。
しかし、そんな殺意を受け流し、エステルは再びくすりと小さく笑うと、直後二人に向けて優雅な一礼を送り……
「フフ。いくら『あなた』といえど、エトワールから受けた傷はそう簡単に治りはしないでしょう。どうせ残り短い人生なんです、大切に使いなさい」
呪詛にも似た言葉を紡ぎだすと共に、彼の姿もまたすぅ、と虚空に消える。
後に残されたのは、悔しげに床に拳を打ち付ける仲代の姿と、彼の体を支える氷川のみであった。