☆侍戦隊シンケンジャー&仮面ライダー響鬼☆
【第一幕:音極鬼 】
この世とあの世の隙間に存在する、三途の川。そこに住まう、「人にあらざる者」を外道衆と呼ぶ。
彼らは死者でも生者でもないが故に、この世に住まう人間を妬み、「この世」を外道衆の物とすべく、人々を襲う。そんな外道衆から人を守る者達がいた。
文字の力、「モヂカラ」を操り、その力と剣術にて外道衆と戦う者達……彼らは「侍戦隊シンケンジャー」。その名の通り、由緒正しき「侍」である。
現在、その中心は「火」のモヂカラを操る、志葉家十八代目当主、丈瑠。そしてその彼を「殿」として守る四人の家臣……「水」のモヂカラを用いる池波 流ノ介、「天」のモヂカラを操る白石 茉子、「木」のモヂカラを用いる谷 千明、そして「土」のモヂカラを用いる花織 ことは。
そしてもう一人。彼は丈瑠の家臣でも、そもそも「侍」の生まれでもないが、丈瑠の幼馴染であり、モヂカラの解読に対しては天賦の才を持つ者……「電子モヂカラ」を用いて戦う梅盛 源太。
この六人が、今世のシンケンジャーとして、この世界を守っていた。
これはそんな、ある日の物語。
「スキマセンサーに反応しないアヤカシ?」
「はっ。黒子の一人が山菜採りに出かけた際に見かけたと」
一段高くなっている席に座す丈瑠へ報告しているのは、志葉の家老的存在、日下部彦馬。
そんな彦馬の後ろでは、その「奇妙なアヤカシ」を見たらしい黒子が、こくこくと首を縦に振っていた。
「アヤカシ」とは、人語を解する外道衆の事を指し、その他の雑魚に分類される雑兵は「ナナシ」と呼ばれる。
一方で黒子とは、その名の通りの格好をした、この家の世話人達の事である。顔を隠し、「個」を殺す事で、影となってシンケンジャーをサポートする大切な仲間達。
普段は料理や屋敷の掃除などを行っているが、戦場 ではシンケンジャー達のために志葉家の家紋入りの陣幕を掲げる他、逃げ遅れた一般市民の避難誘導などを行っている。
しきたりなのかどうかは分からないが、基本的に黒子達は声を発しない。声そのものも、「個」であると認識しているからか。
「スキマセンサーが偶々そこになかった、とかじゃねぇの?」
軽く首を傾げながら言った千明に、控えていた黒子は勢い良く首を横に振って否定を返す。
どうやら、スキマセンサーに反応しないというのは本当らしい。
「どちらにせよ、放って置く訳にも行かない、か」
「うん。アヤカシ放っといたら、沢山の人が傷つくかもしれへんし」
茉子の言葉に、ことはも頷く。
「……行くぞ」
「はっ」
丈瑠の一言に、流ノ介が恭しく頷き、黒子が山菜取りに出たと言っていた山に入ったのが、ほんの十分程前。
あらかじめ連絡を入れておいた源太とも合流し、六人は三組……丈瑠と源太、流ノ介と茉子、そして千明とことはと言う組に分かれてその「アヤカシ」を探す。
そんな中、最初に「異変」と遭遇したのは、流ノ介と茉子だった。
彼らの眼前には、茶色い「ちゃんちゃんこ」のようなものを纏った、髪の長い女が立っている。目の下に赤いペイントをしていると言うだけでも充分に奇妙だが、それ以上に奇妙なのは……その女の足元に転がる、人間の亡骸。
喉の部分がなく、亡骸は驚いたような表情で息絶えている。
「あんたが殺したの!?」
「貴様、アヤカシか!?」
秘伝再生刀、シンケンマルを抜き放ち、まっすぐに構えながら二人はその女に問う。すると、女はその口の端をニィと歪め……
「私の子のために、その声を頂戴」
その口から漏れた声に、思わず二人は顔を顰める。
外見は、間違いなく女だ。それもかなり美人の部類に入ると思う。だが……今の声は間違いなく、男の物だ。女性のような外見をもつ男性、と言う可能性もなくはないが……
などと、考えている余裕はくれないらしい。女は瞬時にその姿を猿に似た異形に変化させると、奇妙な笑い声を上げながら二人めがけて襲いかかる。
「……どうやら、我々が当たりだったみたいだな!」
苦笑めいた声を漏らしつつ、流ノ介はそうぼやくと、その赤い顔の異形の攻撃をかわし、変身用携帯電話、ショドウフォンを「筆モード」と呼ばれる形態に変えて構え……
『一筆奏上!』
茉子と同時に、自身の受け継いだ文字を宙に書く。流ノ介は「水」、茉子は「天」。その文字が彼らの身を包むと、全身をタイツのような物が覆う。青き侍、シンケンブルーと、桃色の侍、シンケンピンクにそれぞれ変身し、二人は抜き身の刀で相手の勢いを利用して斬りかかる。
だが、猿のような外見は伊達ではないという事か。太刀を軽やかな動きでかわすと、異形はするりと登った木の上から、不思議そうな表情でこちらを見下ろした。
「お前達……鬼じゃないな?」
「オニ? って、鬼の事、かな?」
「我々は侍だ! どこをどう見たら鬼に見えると言うのだ!」
異形の放った「鬼」と言う言葉に、茉子は訝しげに、そして流ノ介は心外と言わんばかりに声を返す。
特に流ノ介は自身が「侍」である事に誇りを持っている分、けなされるような事を言われるのは我慢ならなかったのだろう。返した声は半ば怒りに震えていた。
「鬼などと侮辱も良いところ! 茉子、ここは一気に行くぞ」
「ハイハイ」
苦笑混じりに流ノ介の言葉に返しながら、茉子は自身のシンケンマルに持っていた秘伝ディスク……亀ディスクを読み込ませ、「天」の字が描かれた扇形の武器、ヘブンファンへと変えると、風を生み出し相手を吹き飛ばす。
「何っ!?」
茉子の生んだ風の勢いに煽られ、異形は驚愕の声を上げながらその風に巻き上げられていく。元々、枝の上と言う不安定な足場の上にいた事もあり、余計に体勢を崩し易かったのかも知れない。
そして異形の落下に合わせるように、流ノ介も自身のシンケンマルに龍ディスクを読み込ませ、水の力を司る弓、ウォーターアローに変化させ……宙を舞う相手の眉間目掛けて、その矢を放つ。
その矢が相手に当たった、まさにその時。流ノ介達がいたのとは全く別の場所から、やはりその異形目掛けて放たれた弾丸らしき物が、流ノ介の矢と同時に異形の体に着弾した。
「うああああぁぁぁっ!」
矢の威力なのか、それとも弾丸の威力なのか。異形は断末魔の悲鳴を上げると、その身が地に落ちる前に、爆音と共に木の葉となって散った。
それは見慣れた「アヤカシの最期」とは異なる。少なくとも彼らに、その亡骸を木の葉に変えるような風流は持ち合わせていない。
「……何だったんだ、今の奴は……」
「それに……今の銃弾、一体……?」
変身を解かずに、警戒したように構えながら二人は周囲を……正確には銃弾が飛んできた方向に視線を巡らせる。そして……「そいつ」を見つけたのは、二人ほぼ同時だったかもしれない。
彼らの視界が捉えた「それ」は、手に金色の「何か」を持った、「鬼」。黒を基調としているが、手や顔の隈取のようなものは「青」。腰には丸い、バックルのような物がついているが……不思議と、外道衆のような邪悪な感じはしない。むしろ、清々しい印象さえ受ける。
その姿が鬼でさえなければ、警戒を解いていただろう。
「何者だ!?」
それぞれに元の姿に戻したシンケンマルを構え、流ノ介が緊迫した声で問いかける。
すると鬼は、まるで害意などないと言いたげに両手を上げると……首から上が淡く光り、顔だけが人間と同じ物へと変化した。
その行為に、二人の間に困惑と緊張が走る。しかしそれに気付いていないのか、あるいは気付いていながらも悪意がない事を証明しようとしているのか、鬼は場に似合わぬにこやかな笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「僕に敵意はありません。始めまして。僕は、イブキって言います」
「イブキさん、ね」
「本当に敵意がないと言うのなら、その格好を解いてはどうだ? それとも、それが本来の姿か?」
刀を突きつける事をやめず、二人はゆっくりとイブキと名乗ったその鬼に近寄りながら、そう声をかける。敵意がないと言う割には、首から下は鬼のままだ。爪は鋭く、体躯も良い。下手に油断して、その太い腕で攻撃……と言う事になっては大変だ。
だが、流ノ介の言葉にイブキは軽く困ったような笑みを返し……
「これが、本来の姿って訳じゃないんですけど……諸事情で、首だけ変身解除って事で許してもらえませんか?」
――出来るかっ!――
そう、声に出して言おうとした瞬間だった。
ドン、と太鼓を叩くような……そんな音が響いたのは……
「はぁぁぁぁっ!」
流ノ介と茉子が、「青鬼」と対峙していた頃。千明とことはもまた、「鬼」と遭遇していた。
正確に言うならば、「遭遇」ではなく「見かけた」と言うべきだろうか。
二人が見つけた鬼は、こちらに気付いた様子もなく、ただ眼前に立つ猿のような異形と交戦。己が武器を振り回し、相手を切り裂かんと奮闘していた。
鬼は深い緑を基調としており、森に潜んでいれば見逃しそうな色だとことはは思う。だが……千明には、そんな格好よりももっと突っ込みたい所があった。
それは……鬼が振り回している、武器。
刃物……まるで剣か何かのように振り回しているが、そう言った類の物ではない。どう見てもあの武器は……
「ギター、だよな?」
「凄い! うち、ギターで戦う鬼なんてはじめて見る!」
「いや、ことは。そこ感動するトコじゃねぇから」
呑気に言うことはにツッコミつつ、千明は鬼と戦う異形に目をやる。
赤い顔は狒々を連想させ、動きも猿そのもの。体躯から考えるに、オスなのだろうか。鬼の存在に気押されているように見えた。
そして何度目かの回避だったか。異形は鬼の持つギターの間合いから距離を大きく取ると、悔しげに軽く舌打ちし……
「鬼が出た。退かなきゃ、退かなきゃ!」
体躯に合わない、女のような声で異形は吐き捨てるように言うと、その外見よろしく身軽な動きでその場から退いて行く。
「あかん! 逃げる!」
「ああっ! 待つっす!!」
ことはと同時に鬼も怒鳴る。だが……かなり逃げ足が速いらしい。ことはと千明が飛び出した時には、既にその姿は見えなくなっていた。
「逃げられた……」
心底がっかりしたように鬼は肩を落とすと、その顔だけを人間の物に変えて二人に視線を向けた。
年齢は丈瑠よりも上か。髪を短く切った、スポーツマン的な印象を受ける男だ。気付いていないように見えたが、実際はあの戦いの中でこちらの存在には気付いていたらしく、その顔に驚きの色は見えない。
むしろ心の底から心配そうに眦を下げて彼らに近付くと、ギターを背にかけて声をかけてきた。
「あ、君達、大丈夫だったっすか? 童子に何もされてないっすね?」
「ドウジ?」
「さっきのアヤカシの事やろか?」
鬼だった男の言葉に軽く首を傾げながら、千明は不審そうに、そしてことはは不思議そうにその男を見る。
未だ、首から下は鬼の格好のままだ。顔だけ人間と言うのは、なかなか面白いと思う反面、微妙に格好悪くも見える。ただ、確実に言えるのは……表情が見て取れる分、先程の完全な鬼の格好より親しみ易さは感じられると言う事だ。
「アヤカシ? あれは、魔化魍の童子っす。ああ、童子って言うのは『童の子』って書くっす」
「マカモウ……? さっきの、外道衆のアヤカシとは別なん?」
「それよりも、アンタ……一体何なんだよ? 人間なのか?」
訝しげに見やる千明の視線に、相手は困ったように軽く唸り……自分の格好と千明達を交互に眺めると、やがて意を決したのか真っ直ぐに二人を見つめて敬礼じみたポーズを取って言葉を紡いだ。
「自分、トドロキって言うっす! 『猛士 』関東支部所属の、鬼の一人っす。よろしくお願いします!」
「……はぁ? タケシ? 誰かの名前か?」
「凄い、ホンマに鬼なんや……」
二人は二人で、トドロキと名乗った彼に対し、それぞれの反応を返す。千明は相変わらず訝るような視線で、背にギターを背負うその姿を見つめ、ことははキラキラと輝くような視線を送っている。
――ことはじゃねぇけど、ギターで戦う鬼なんて聞いた事ないぜ――
心の中で千明が呟いた、まさにその瞬間。
彼らの耳に、微かな剣戟の音が飛び込んできた。
そして、こちらは丈瑠と源太。こちらは只今ナナシ連中と交戦中である。
「こりゃ、センサーの故障って考えた方がしっくり来そうだぜ、丈ちゃん」
「な」に濁音が付きそうな声を上げて斬りかかってくる有象無象を、自力で習得した居合刀、サカナマルで切り払いながら、源太は自分に背を預けてくれる幼馴染の「殿様」に言う。丈瑠の方は、シンケンマルを既に「烈火大斬刀」に変え、切り払うというよりは薙ぎ払うくらいの勢いでナナシ連中を倒している。
呑気そうな声の源太とは逆に、丈瑠の胸の内には妙な違和感があった。
――アヤカシが、いない――
黒子の話では、見たのはナナシではなくアヤカシだったはず。では、それは一体どこにいるのか。そう思った時、丈瑠の視界に一人の男の姿が映った。
自分達より確実に年上。三十より少し手前だろうか、精悍な顔つきの青年だ。山菜採りに来た一般人と言う可能性もちらりと浮かんだのだが、どうにもそんな風に思えない。男の放つ空気は、どことなく自分達と同じ……「戦う者」特有の物があると直感した。
「うーん、おっかしいなぁ。確かヤマビコ退治に来たはずなんだけど」
「なぁぁっ!」
呑気な声を上げた男に気付いたらしい。ナナシの中の一体は、丈瑠達にくるりと背を向け、迷う事なく彼に向かって蛮刀を振り上げ、襲い掛かる。
ここから男までの距離はかなりある。間に合わない……丈瑠も源太もそう思ったその時。
男は、特に驚いた様子も見せずにひょいとナナシの攻撃をかわすと、逆にその首筋に向かって手刀を叩き込んだ。
「あのおっさん……戦い慣れてる!」
「おーい、そこの金色君。聞こえてるぞー」
男は気を悪くした風もなく朗らかな声を返すと、更にとんでもない事を言い出した。
「なあ青年達、手伝おうか?」
「手伝う、だと?」
「そ」
短く答えた男が懐から取り出したのは……鬼の面の装飾が施された金色の音叉。こちらが返答を返すより先に、その男は自身の手の甲にそれをぶつけて鳴らす。
音叉特有の澄んだ音が響き渡り……やがて男はそれを額に近付けた。
瞬間、彼の額に音叉に施されている物に似た鬼の面が薄く浮かび上がる。丈瑠がそれを認識したと同時に、今度は紫色の炎が男の体を覆った。
「何……っ!?」
驚きのあまり、丈瑠の攻撃の手も止まる。
彼の体が燃え上がったから……ではない。彼を覆う紫紺の炎の向こうで、男の姿が変わっていくのが微かにだが見えたから。
「はぁぁぁぁぁ……破ぁっ!」
次の瞬間、気合と共に自らを包んでいた炎を腕で払い飛ばすと、男はその姿を彼らの前に現す。
……否。既にその姿は「男」ではない。暗い紫を基調とした、しかし僅かに赤の混じった「鬼」。
「まさか……そんな事ってあるのかよ!?」
「ん? 鍛えてますから」
源太の言葉に、やはり朗らかな声で返しつつ、その鬼は背に付けていた棒を外し、構える。それは何となく、太鼓の撥 のように見える。先端に赤い石が取り付けられている物の、武器と呼ぶには少々心許ない。
「侍」である丈瑠から見ても、すぐに分かる。この鬼は強いと。彼が常に戦いの中に身を置く者であろう事は、その一分 の隙もない構えからも見て取れた。
「それじゃ、行きますか」
言うが早いか、鬼はまず近くのナナシの腹へ、その「撥」の一撃を入れる。次に流れるような動作で背後にいたナナシ二体を、片手でそれぞれ叩きのめし、更に襲い来る別のナナシの胸部を蹴り飛ばす。
……撥の攻撃が炸裂する度、ドンドンと太鼓を叩くような音が鳴る。その音が、そして鬼の動きそのものが。まるで目に見えぬ太鼓を叩いているように見えた。
それを見て、やはり強いと実感する。おそらく自分達があの武器を渡されても、あれ程上手くは使いこなせないだろう。リーチの長さなら源太のサカナマルと同等だが、「斬る」と「叩く」では動きもダメージも異なる。
あの鬼は、「叩く」攻撃だけでナナシを沈黙させている。それはつまり、見た目以上に彼の攻撃が強力であるという事だ。
それからどれ程経っただろうか。いつの間にか全てのナナシは消滅し、残っているのは赤と金、二人のシンケンジャーと紫の鬼だけ。
変身を解き、不審そうな顔を向ける二人に、鬼もまた顔だけ変身を解いてにこやかに笑う。
「お前は……何者だ?」
「ん? 俺?」
自分を指差すと、男は敬礼に似たポーズを取り……
「俺はヒビキ。よろしくな」
この世とあの世の隙間に存在する、三途の川。そこに住まう、「人にあらざる者」を外道衆と呼ぶ。
彼らは死者でも生者でもないが故に、この世に住まう人間を妬み、「この世」を外道衆の物とすべく、人々を襲う。そんな外道衆から人を守る者達がいた。
文字の力、「モヂカラ」を操り、その力と剣術にて外道衆と戦う者達……彼らは「侍戦隊シンケンジャー」。その名の通り、由緒正しき「侍」である。
現在、その中心は「火」のモヂカラを操る、志葉家十八代目当主、丈瑠。そしてその彼を「殿」として守る四人の家臣……「水」のモヂカラを用いる池波 流ノ介、「天」のモヂカラを操る白石 茉子、「木」のモヂカラを用いる谷 千明、そして「土」のモヂカラを用いる花織 ことは。
そしてもう一人。彼は丈瑠の家臣でも、そもそも「侍」の生まれでもないが、丈瑠の幼馴染であり、モヂカラの解読に対しては天賦の才を持つ者……「電子モヂカラ」を用いて戦う梅盛 源太。
この六人が、今世のシンケンジャーとして、この世界を守っていた。
これはそんな、ある日の物語。
「スキマセンサーに反応しないアヤカシ?」
「はっ。黒子の一人が山菜採りに出かけた際に見かけたと」
一段高くなっている席に座す丈瑠へ報告しているのは、志葉の家老的存在、日下部彦馬。
そんな彦馬の後ろでは、その「奇妙なアヤカシ」を見たらしい黒子が、こくこくと首を縦に振っていた。
「アヤカシ」とは、人語を解する外道衆の事を指し、その他の雑魚に分類される雑兵は「ナナシ」と呼ばれる。
一方で黒子とは、その名の通りの格好をした、この家の世話人達の事である。顔を隠し、「個」を殺す事で、影となってシンケンジャーをサポートする大切な仲間達。
普段は料理や屋敷の掃除などを行っているが、
しきたりなのかどうかは分からないが、基本的に黒子達は声を発しない。声そのものも、「個」であると認識しているからか。
「スキマセンサーが偶々そこになかった、とかじゃねぇの?」
軽く首を傾げながら言った千明に、控えていた黒子は勢い良く首を横に振って否定を返す。
どうやら、スキマセンサーに反応しないというのは本当らしい。
「どちらにせよ、放って置く訳にも行かない、か」
「うん。アヤカシ放っといたら、沢山の人が傷つくかもしれへんし」
茉子の言葉に、ことはも頷く。
「……行くぞ」
「はっ」
丈瑠の一言に、流ノ介が恭しく頷き、黒子が山菜取りに出たと言っていた山に入ったのが、ほんの十分程前。
あらかじめ連絡を入れておいた源太とも合流し、六人は三組……丈瑠と源太、流ノ介と茉子、そして千明とことはと言う組に分かれてその「アヤカシ」を探す。
そんな中、最初に「異変」と遭遇したのは、流ノ介と茉子だった。
彼らの眼前には、茶色い「ちゃんちゃんこ」のようなものを纏った、髪の長い女が立っている。目の下に赤いペイントをしていると言うだけでも充分に奇妙だが、それ以上に奇妙なのは……その女の足元に転がる、人間の亡骸。
喉の部分がなく、亡骸は驚いたような表情で息絶えている。
「あんたが殺したの!?」
「貴様、アヤカシか!?」
秘伝再生刀、シンケンマルを抜き放ち、まっすぐに構えながら二人はその女に問う。すると、女はその口の端をニィと歪め……
「私の子のために、その声を頂戴」
その口から漏れた声に、思わず二人は顔を顰める。
外見は、間違いなく女だ。それもかなり美人の部類に入ると思う。だが……今の声は間違いなく、男の物だ。女性のような外見をもつ男性、と言う可能性もなくはないが……
などと、考えている余裕はくれないらしい。女は瞬時にその姿を猿に似た異形に変化させると、奇妙な笑い声を上げながら二人めがけて襲いかかる。
「……どうやら、我々が当たりだったみたいだな!」
苦笑めいた声を漏らしつつ、流ノ介はそうぼやくと、その赤い顔の異形の攻撃をかわし、変身用携帯電話、ショドウフォンを「筆モード」と呼ばれる形態に変えて構え……
『一筆奏上!』
茉子と同時に、自身の受け継いだ文字を宙に書く。流ノ介は「水」、茉子は「天」。その文字が彼らの身を包むと、全身をタイツのような物が覆う。青き侍、シンケンブルーと、桃色の侍、シンケンピンクにそれぞれ変身し、二人は抜き身の刀で相手の勢いを利用して斬りかかる。
だが、猿のような外見は伊達ではないという事か。太刀を軽やかな動きでかわすと、異形はするりと登った木の上から、不思議そうな表情でこちらを見下ろした。
「お前達……鬼じゃないな?」
「オニ? って、鬼の事、かな?」
「我々は侍だ! どこをどう見たら鬼に見えると言うのだ!」
異形の放った「鬼」と言う言葉に、茉子は訝しげに、そして流ノ介は心外と言わんばかりに声を返す。
特に流ノ介は自身が「侍」である事に誇りを持っている分、けなされるような事を言われるのは我慢ならなかったのだろう。返した声は半ば怒りに震えていた。
「鬼などと侮辱も良いところ! 茉子、ここは一気に行くぞ」
「ハイハイ」
苦笑混じりに流ノ介の言葉に返しながら、茉子は自身のシンケンマルに持っていた秘伝ディスク……亀ディスクを読み込ませ、「天」の字が描かれた扇形の武器、ヘブンファンへと変えると、風を生み出し相手を吹き飛ばす。
「何っ!?」
茉子の生んだ風の勢いに煽られ、異形は驚愕の声を上げながらその風に巻き上げられていく。元々、枝の上と言う不安定な足場の上にいた事もあり、余計に体勢を崩し易かったのかも知れない。
そして異形の落下に合わせるように、流ノ介も自身のシンケンマルに龍ディスクを読み込ませ、水の力を司る弓、ウォーターアローに変化させ……宙を舞う相手の眉間目掛けて、その矢を放つ。
その矢が相手に当たった、まさにその時。流ノ介達がいたのとは全く別の場所から、やはりその異形目掛けて放たれた弾丸らしき物が、流ノ介の矢と同時に異形の体に着弾した。
「うああああぁぁぁっ!」
矢の威力なのか、それとも弾丸の威力なのか。異形は断末魔の悲鳴を上げると、その身が地に落ちる前に、爆音と共に木の葉となって散った。
それは見慣れた「アヤカシの最期」とは異なる。少なくとも彼らに、その亡骸を木の葉に変えるような風流は持ち合わせていない。
「……何だったんだ、今の奴は……」
「それに……今の銃弾、一体……?」
変身を解かずに、警戒したように構えながら二人は周囲を……正確には銃弾が飛んできた方向に視線を巡らせる。そして……「そいつ」を見つけたのは、二人ほぼ同時だったかもしれない。
彼らの視界が捉えた「それ」は、手に金色の「何か」を持った、「鬼」。黒を基調としているが、手や顔の隈取のようなものは「青」。腰には丸い、バックルのような物がついているが……不思議と、外道衆のような邪悪な感じはしない。むしろ、清々しい印象さえ受ける。
その姿が鬼でさえなければ、警戒を解いていただろう。
「何者だ!?」
それぞれに元の姿に戻したシンケンマルを構え、流ノ介が緊迫した声で問いかける。
すると鬼は、まるで害意などないと言いたげに両手を上げると……首から上が淡く光り、顔だけが人間と同じ物へと変化した。
その行為に、二人の間に困惑と緊張が走る。しかしそれに気付いていないのか、あるいは気付いていながらも悪意がない事を証明しようとしているのか、鬼は場に似合わぬにこやかな笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「僕に敵意はありません。始めまして。僕は、イブキって言います」
「イブキさん、ね」
「本当に敵意がないと言うのなら、その格好を解いてはどうだ? それとも、それが本来の姿か?」
刀を突きつける事をやめず、二人はゆっくりとイブキと名乗ったその鬼に近寄りながら、そう声をかける。敵意がないと言う割には、首から下は鬼のままだ。爪は鋭く、体躯も良い。下手に油断して、その太い腕で攻撃……と言う事になっては大変だ。
だが、流ノ介の言葉にイブキは軽く困ったような笑みを返し……
「これが、本来の姿って訳じゃないんですけど……諸事情で、首だけ変身解除って事で許してもらえませんか?」
――出来るかっ!――
そう、声に出して言おうとした瞬間だった。
ドン、と太鼓を叩くような……そんな音が響いたのは……
「はぁぁぁぁっ!」
流ノ介と茉子が、「青鬼」と対峙していた頃。千明とことはもまた、「鬼」と遭遇していた。
正確に言うならば、「遭遇」ではなく「見かけた」と言うべきだろうか。
二人が見つけた鬼は、こちらに気付いた様子もなく、ただ眼前に立つ猿のような異形と交戦。己が武器を振り回し、相手を切り裂かんと奮闘していた。
鬼は深い緑を基調としており、森に潜んでいれば見逃しそうな色だとことはは思う。だが……千明には、そんな格好よりももっと突っ込みたい所があった。
それは……鬼が振り回している、武器。
刃物……まるで剣か何かのように振り回しているが、そう言った類の物ではない。どう見てもあの武器は……
「ギター、だよな?」
「凄い! うち、ギターで戦う鬼なんてはじめて見る!」
「いや、ことは。そこ感動するトコじゃねぇから」
呑気に言うことはにツッコミつつ、千明は鬼と戦う異形に目をやる。
赤い顔は狒々を連想させ、動きも猿そのもの。体躯から考えるに、オスなのだろうか。鬼の存在に気押されているように見えた。
そして何度目かの回避だったか。異形は鬼の持つギターの間合いから距離を大きく取ると、悔しげに軽く舌打ちし……
「鬼が出た。退かなきゃ、退かなきゃ!」
体躯に合わない、女のような声で異形は吐き捨てるように言うと、その外見よろしく身軽な動きでその場から退いて行く。
「あかん! 逃げる!」
「ああっ! 待つっす!!」
ことはと同時に鬼も怒鳴る。だが……かなり逃げ足が速いらしい。ことはと千明が飛び出した時には、既にその姿は見えなくなっていた。
「逃げられた……」
心底がっかりしたように鬼は肩を落とすと、その顔だけを人間の物に変えて二人に視線を向けた。
年齢は丈瑠よりも上か。髪を短く切った、スポーツマン的な印象を受ける男だ。気付いていないように見えたが、実際はあの戦いの中でこちらの存在には気付いていたらしく、その顔に驚きの色は見えない。
むしろ心の底から心配そうに眦を下げて彼らに近付くと、ギターを背にかけて声をかけてきた。
「あ、君達、大丈夫だったっすか? 童子に何もされてないっすね?」
「ドウジ?」
「さっきのアヤカシの事やろか?」
鬼だった男の言葉に軽く首を傾げながら、千明は不審そうに、そしてことはは不思議そうにその男を見る。
未だ、首から下は鬼の格好のままだ。顔だけ人間と言うのは、なかなか面白いと思う反面、微妙に格好悪くも見える。ただ、確実に言えるのは……表情が見て取れる分、先程の完全な鬼の格好より親しみ易さは感じられると言う事だ。
「アヤカシ? あれは、魔化魍の童子っす。ああ、童子って言うのは『童の子』って書くっす」
「マカモウ……? さっきの、外道衆のアヤカシとは別なん?」
「それよりも、アンタ……一体何なんだよ? 人間なのか?」
訝しげに見やる千明の視線に、相手は困ったように軽く唸り……自分の格好と千明達を交互に眺めると、やがて意を決したのか真っ直ぐに二人を見つめて敬礼じみたポーズを取って言葉を紡いだ。
「自分、トドロキって言うっす! 『
「……はぁ? タケシ? 誰かの名前か?」
「凄い、ホンマに鬼なんや……」
二人は二人で、トドロキと名乗った彼に対し、それぞれの反応を返す。千明は相変わらず訝るような視線で、背にギターを背負うその姿を見つめ、ことははキラキラと輝くような視線を送っている。
――ことはじゃねぇけど、ギターで戦う鬼なんて聞いた事ないぜ――
心の中で千明が呟いた、まさにその瞬間。
彼らの耳に、微かな剣戟の音が飛び込んできた。
そして、こちらは丈瑠と源太。こちらは只今ナナシ連中と交戦中である。
「こりゃ、センサーの故障って考えた方がしっくり来そうだぜ、丈ちゃん」
「な」に濁音が付きそうな声を上げて斬りかかってくる有象無象を、自力で習得した居合刀、サカナマルで切り払いながら、源太は自分に背を預けてくれる幼馴染の「殿様」に言う。丈瑠の方は、シンケンマルを既に「烈火大斬刀」に変え、切り払うというよりは薙ぎ払うくらいの勢いでナナシ連中を倒している。
呑気そうな声の源太とは逆に、丈瑠の胸の内には妙な違和感があった。
――アヤカシが、いない――
黒子の話では、見たのはナナシではなくアヤカシだったはず。では、それは一体どこにいるのか。そう思った時、丈瑠の視界に一人の男の姿が映った。
自分達より確実に年上。三十より少し手前だろうか、精悍な顔つきの青年だ。山菜採りに来た一般人と言う可能性もちらりと浮かんだのだが、どうにもそんな風に思えない。男の放つ空気は、どことなく自分達と同じ……「戦う者」特有の物があると直感した。
「うーん、おっかしいなぁ。確かヤマビコ退治に来たはずなんだけど」
「なぁぁっ!」
呑気な声を上げた男に気付いたらしい。ナナシの中の一体は、丈瑠達にくるりと背を向け、迷う事なく彼に向かって蛮刀を振り上げ、襲い掛かる。
ここから男までの距離はかなりある。間に合わない……丈瑠も源太もそう思ったその時。
男は、特に驚いた様子も見せずにひょいとナナシの攻撃をかわすと、逆にその首筋に向かって手刀を叩き込んだ。
「あのおっさん……戦い慣れてる!」
「おーい、そこの金色君。聞こえてるぞー」
男は気を悪くした風もなく朗らかな声を返すと、更にとんでもない事を言い出した。
「なあ青年達、手伝おうか?」
「手伝う、だと?」
「そ」
短く答えた男が懐から取り出したのは……鬼の面の装飾が施された金色の音叉。こちらが返答を返すより先に、その男は自身の手の甲にそれをぶつけて鳴らす。
音叉特有の澄んだ音が響き渡り……やがて男はそれを額に近付けた。
瞬間、彼の額に音叉に施されている物に似た鬼の面が薄く浮かび上がる。丈瑠がそれを認識したと同時に、今度は紫色の炎が男の体を覆った。
「何……っ!?」
驚きのあまり、丈瑠の攻撃の手も止まる。
彼の体が燃え上がったから……ではない。彼を覆う紫紺の炎の向こうで、男の姿が変わっていくのが微かにだが見えたから。
「はぁぁぁぁぁ……破ぁっ!」
次の瞬間、気合と共に自らを包んでいた炎を腕で払い飛ばすと、男はその姿を彼らの前に現す。
……否。既にその姿は「男」ではない。暗い紫を基調とした、しかし僅かに赤の混じった「鬼」。
「まさか……そんな事ってあるのかよ!?」
「ん? 鍛えてますから」
源太の言葉に、やはり朗らかな声で返しつつ、その鬼は背に付けていた棒を外し、構える。それは何となく、太鼓の
「侍」である丈瑠から見ても、すぐに分かる。この鬼は強いと。彼が常に戦いの中に身を置く者であろう事は、その
「それじゃ、行きますか」
言うが早いか、鬼はまず近くのナナシの腹へ、その「撥」の一撃を入れる。次に流れるような動作で背後にいたナナシ二体を、片手でそれぞれ叩きのめし、更に襲い来る別のナナシの胸部を蹴り飛ばす。
……撥の攻撃が炸裂する度、ドンドンと太鼓を叩くような音が鳴る。その音が、そして鬼の動きそのものが。まるで目に見えぬ太鼓を叩いているように見えた。
それを見て、やはり強いと実感する。おそらく自分達があの武器を渡されても、あれ程上手くは使いこなせないだろう。リーチの長さなら源太のサカナマルと同等だが、「斬る」と「叩く」では動きもダメージも異なる。
あの鬼は、「叩く」攻撃だけでナナシを沈黙させている。それはつまり、見た目以上に彼の攻撃が強力であるという事だ。
それからどれ程経っただろうか。いつの間にか全てのナナシは消滅し、残っているのは赤と金、二人のシンケンジャーと紫の鬼だけ。
変身を解き、不審そうな顔を向ける二人に、鬼もまた顔だけ変身を解いてにこやかに笑う。
「お前は……何者だ?」
「ん? 俺?」
自分を指差すと、男は敬礼に似たポーズを取り……
「俺はヒビキ。よろしくな」
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