☆獣拳戦隊ゲキレンジャー&仮面ライダー555☆

【修行その11:ピカピカの意思】

「ゾワゾワだ!」
 ジャンが言うが早いか、乾巧と名乗った青年が、ベルトと携帯電話を持って駆け出す。
 ジャンが臨獣殿を感じたのと同じように、彼もまた何かを感じ取ったのかもしれない。
「え? ちょっとたっ君!?」
「啓太郎、お前はここで待ってろ! 良いな?」
 他の面々よりも数秒反応が遅れた青年、菊池啓太郎に、乾の厳しい声が飛ぶ。
 その声に含まれる緊張を、彼も感じ取ったらしい。一瞬だけ不服そうな表情を浮かべはした物の、啓太郎はこくりと縦に首を振って、走り行く彼らの後姿を見送った。
「心配そうじゃの」
「……うん。でも……待つ事が出来るのは、今は俺だけだから」
 シャーフーの言葉に返し、啓太郎はすとんと近くの椅子に腰掛けた。
 心配はしている。だが同時に信じてもいる。だから……ここで待つ。余程重要な事でもない限り。
「俺が待ってれば、たっ君も安心して帰ってこれるでしょ?」
「ふむ。留守番の中にも修行あり、じゃな」
 優しい声で言って、シャーフーがチリンとトライアングルを鳴らす。その優しい音に、啓太郎はくすりと笑い……二人でお茶を飲んで、のんびりと待つ事にした。

 スクラッチ本社では、シャーフーと啓太郎がお茶の用意を始めていた頃。
 そんな事になっているとは思っていないゲキレンジャー達……特にゴウは、前を走る乾を半ば監視するように睨みつけつつ、彼の後を追っていた。
 狼の姿になっていた事、下手をすれば危険な兵器ともなるあの鎧。
――信用しろって言う方が無理ってもんだろ――
 自身もかつて、「獣獣全身変」と言うゲキワザを使用した事にによって、その身を狼男へと変えた事がある。その際、己が身に流れる時間は止まり、意識もまた一個の獣と化していた。
 だからこそ、懸念するのだ。乾巧と言う青年の存在を。
「……居やがった」
 唐突に乾が呟きを落とし、足を止める。そしてそこには、自身の羽根で罪のない人々を襲っているハゲワシのリンリンシーが、絶笑を上げながら暴れていた。
 放たれた羽根は相手の胸をざっくりと貫き、貫かれた人間は、一瞬小さく呻くと……ざらざらと灰になって散っていく。
「そんな……人が灰に!?」
「参ったぜ……」
 レツの驚きの声に対し、ゴウは口癖の一言を放つ。だが、その声の中には悔しさが滲んでいる。
 今まで、一般市民は怪我こそあった物の死ぬと言う事は奇跡的になかった。それだけに、目の前で繰り広げられる凄惨な光景は、彼の怒りに火をつけたのだろう。
「いくら臨獣殿でも、これはちょっとやりすぎだろ」
「あいつ、もうゾワゾワじゃない……」
 ケンの言葉に返すように、ジャンが緊張した面持ちでリンリンシーを見つめながら言う。
 ここに来るまでは、ジャン自身もいつもの「ゾワゾワ」だと思っていたのだが……この距離に来て、ようやく分る。相手が完全に「変質」してしまっている事に。
「ゾワゾワとサリサリを混ぜたような……ザリザリ?」
 「サリサリ」という表現は確か、乾が狼男になっていた時に使われた表現だったはずだ。そう思うと同時に、相手はこちらに気付いたらしい。
 先刻見た時よりも、更に狂気に歪んだ瞳をこちらに向け、心底楽しげに笑い声を上げた。
「よぉ、ゲキレンジャー。それに……あんた、ファイズって奴だな? さっきは理解できなくて悪かったよ」
「……別に、理解なんかして欲しくもなかったけどな」
 リンリンシーに言われ、乾は真っ直ぐに相手を見つめながら言葉を返す。どうやらジャンの言う「ピカピカ」の戦士の事を「ファイズ」と呼ぶらしい。
 答えるまでの一瞬の間が気になったが、今それを問う時間はない。とにかくリンリンシーを人気のない場所に誘導しなければ。
 冷静に思うゴウをよそに、リンリンシーはケタケタと笑い声を上げ、陶酔しきったようにその両の腕を広げた。
「人間の悲鳴は、やはり良い。この力を手に入れてから、更にそう思うようになった」
「この力って……まさか、人間を灰に変える力の事!?」
「別に灰に変えるつもりはないさ。ただ、そいつらは選ばれなかっただけだ」
――選ばれる?――
 その意味がわからず、ゴウの顔はますます顰められる。他の面々も意味がわからないらしい。軽く首を傾げながらもその先を待つように相手を睨む。……たった一人、乾を除いて。
 彼はゴウとは違う意味で顔を顰めると、呆れたような……それでいて怒気を孕んでいると充分にわからせる声を上げた。
「もう一度聞く。お前、オルフェノクなのか?」
「オルフェノク? 臨獣殿じゃなくて?」
 乾の言葉に、ランが皆を代表するように問う。しかしその問いに乾は答えず、真っ直ぐにリンリンシーを睨むだけ。
 一方で相手は、その視線に心地良さでも感じているのか、うっとりとその目を細めると、謳うように言葉を紡ぐ。
「クックック……今の俺は、臨獣イーグル拳のゲワシハであると同時に、オルフェノクとしての力も持つ。強いて言うなら、リンリンシーオルフェノク、といった所か?」
 そう言うと同時に、ゲワシハと名乗ったそのリンリンシーは、ゴウ達に向かって羽根を打ち放つ。
 おそらく、相手の放っている羽根はケンの扱う「激気研鑽」と同じように、彼の臨気を研鑽して作られた物らしい。それは即ち、形を持つ臨気。どこまでも研ぎ澄まされた、邪悪な刃。
 鋭く尖ったその羽根の攻撃をかわしつつ、ゴウは偶々近くにいた乾に問う。
「おい、オルフェノクって言うのは何なんだ?」
「手っ取り早い話、一度死んだ後に、動植物の特性と力を持って生き返った存在の事だ!」
 特定の条件を満たした人間でないとなれないがな、と付け足す乾の言葉に、ゴウは思わず呆気に取られる。
 今のリンリンシーの殆どは、確かに昔起こった「激臨の大戦」で一度死んでいる。それを盟主である理央が、術を用いて蘇らせた存在だ。しかも、獣拳使い。「動植物の特性と力」の点もクリアしている。
 そう考えれば確かに、「オルフェノク」という存在と似ているかもしれないが……
「それにな、オルフェノクに襲われた人間は、条件次第でオルフェノクに覚醒する」
「何?」
「覚醒できなかったら……さっきみたいに灰になっちまうけどな」
 ちらりと、やりきれないような視線を灰と化した人間に向け、乾は悔しげに吐き出した。
 そんな彼の悔しさすらも嘲笑うかのように、ゲワシハはその顔を愉悦の形に歪めると、その身を高く宙に舞わせ……
「リンリンシーにとって、人間の悲鳴や絶望は己の糧となる。そしてオルフェノクにとって、人間は下等な生き物でしかない。オルフェノクに覚醒できん人間など、恐怖と絶望の悲鳴と共に散り逝けば良いのだ!!」
 言うが早いか、相手は今までとは比較にならない程の羽根を撒き散らし、無差別に人々を襲う。
 逃げ遅れた市民は羽根に貫かれ、恐怖と絶望を抱きながら灰と化していく。
 ……無差別、と言うのは語弊があるかもしれない。ゲワシハはわざと、ジャン達へは攻撃を外していた。彼らに絶望を与える為に。
「ひゃははははははっ! どうだゲキレンジャー! どうだファイズ!! 己の無力を思い知ったか!?」
「て、テメェ……」
「何の罪もない人々を、あんな風に……」
「許さない……俺、絶対に許さないぞ、このザリザリ!!」
「何とでも言え。所詮貴様らの言葉など、負け犬の遠吠えに過ぎんのだからな!!」
 高らかに笑いながら、悔しがるジャン達に向かってゲワシハが言った瞬間。
「ああ~……ったく、面倒臭ぇなぁ」
 その言葉と同時に、乾はその姿を最初に見た狼男の姿に変えると、相手の眼前まで飛び上がり……思い切り相手の顔面を殴り飛ばした。
 ごしゃあっ、と言う派手な音と共に、ゲワシハの体は、彼が作り出した瓦礫の山にぶつかり、砂煙を立てて大地に突っ伏す。一方の乾は、人間の姿に戻ると軽く右手をスナップさせながら、吹き飛んだゲワシハに怒りの視線を向けていた。
 ……ここに来てようやく、ゴウは理解できた。乾の面倒臭そうなその態度は、フェイクなのだと言う事が。その態度の奥では、自分達と同じ「人間を守る」と言う意思が存在していると言う事にも。
 懸念していた「暴走」など、恐らくは杞憂。彼は、どこまでも自分達に……いや、「自分に」近い存在であると。そして、近いからこそ気に入らなかった。もう一人の自分を見ているような気になって。
「煩いんだよ、ごちゃごちゃと。人間だ、オルフェノクだって。関係ないんだよ」
「関係ない、だと?」
「ああ、関係ないね。人間もオルフェノクも、良い奴は良い奴だし、悪い奴は悪い奴だ。俺はあんたが気に入らない。だから……ぶちのめす」
 その言葉と同時に、乾はいつの間にか持っていた携帯電話を構え、「5」を三回、直後にエンターキーを押下する。
『Standing By』
「変身!」
『Complete』
 高々と掲げられた携帯電話が、ベルトのバックル部分にはまると、電子音が彼の変身を許可し、その体を銀色の鎧が覆っていく。
 黄色い瞳、赤い線。右手首を軽くスナップさせるのは彼の癖だろうか。
 オルフェノクの、もう一人の「王」。ヒトとオルフェノクの共存を実現させると誓った者。それが乾巧であり、ファイズ。
 そんな彼の変身に感化されたのか、ジャン達も己の変身ツールを構え……
『滾れ、獣の力!』
「響け、獣の叫び!」
「研ぎ澄ませ、獣の刃!」
『ビースト・オン!!』
 掛け声と共に、五人の体を色とりどりのスーツが包む。
「体に漲る、無限の力。アンブレイカブルボディ! ゲキレッド!」
 無限の力をその身に宿し、何者にも破壊できぬ体を持つ者。それが、ゲキレッドこと漢堂ジャン。
「日々是精進、心を磨く。オネストハート! ゲキイエロー!」
 日々の修練を怠らず、それにより真っ直ぐに己の心を鍛える者。それが、ゲキイエローこと宇崎ラン。
「技が彩る、大輪の華。ファンタスティックテクニック! ゲキブルー!」
 美しき華のような技を持ち、相手を魅惑の世界へ誘う者。それが、ゲキブルーこと深見レツ。
「紫激気オレ流、我が意を尽くす。アイアンウィル! ゲキバイオレット!」
 臨気に近い激気を纏い、それでもなお意思を貫く者。それが、ゲキバイオレッドこと深見ゴウ。
「才を磨いて、己の未来を切り開く。アメージングアビリティ! ゲキチョッパー!」
 自身の根源をひたすら磨き、それ故に強き拳を持つ者。それが、ゲキチョッパーこと久津ケン。
『獣拳は、正義の証! 獣拳戦隊、ゲキレンジャー!』
 五人の拳士が名乗りを上げると、ゲワシハは忌々しげに舌打ちをし……
「リンシーズ!」
 パチンと指を鳴らして、臨獣殿の一般兵士たるリンシーを呼び寄せる。ゲキレンジャーと戦う際は、質より量と言うのが、リンリンシー達の行動として多く見られるが、今回もその例に漏れないらしい。
 無数のリンシー達に囲まれながらも、ジャン達は余裕気にそれらを蹴散らす。乾の方も、特に慌てた様子もなくリンシー達を殴り飛ばしている所を見ると、対多数戦闘の経験があるのだろう。それでも自分達よりは動きが悪いように見えるのは、経験が少ないからなのか。
 それでも、元の実力差があるが為に、リンシー達はその数を減らし、いつの間にか残っていたのはゲワシハと数人のリンシーのみとなっていた。
「チッ。やはりリンシー共では荷が重すぎたか」
「やい、ザリザリ! 今度こそお前を倒して、皆を守る!」
「倒す? 俺を? 出来るのかな、貴様らに!」
 言うや否や、ゲワシハは高く宙に舞い上がり、その翼を大きく広げると……
「リンギ、鷲羽満刺しゅううまんし!」
 掛け声と同時に、無数と言う表現では生温いくらいの羽根が降り注ぐ。慌ててその羽根をかわすが、そこに出来た僅かな隙をつき、ゲワシハは高速回転を開始、一直線にケンに向かって急降下を開始した。
「何!?」
「気の研鑽ができるのは、俺だけで充分だ!」
 血走った眼をケンに向け、研鑽された臨気の羽根で彼を断ち切らんと降下するゲワシハ。
 ジャン達もその攻撃に気付いた物の、既に相手はケンの眼前にまで迫っている。
 避けるのには間に合わない。となれば、相手の攻撃をいなすしかない。
 瞬時に思い、ケンも自らの武器……サイブレードを構え、己の激気を研鑽してやってくる衝撃に備える。だが、研鑽する時間も間に合わないかもしれない。
 そんな嫌な印象が、ケンの脳裏を過ぎった瞬間。
「させるかよ!」
『Complete』
『Start Up』
 乾の声が響いた。その直後、ゲワシハの軌道は何かに弾かれたように横へと大きく反れ、再び瓦礫の山へと突っ込んでいく。
「何……っ!?」
 驚きの声を上げる暇もあればこそ。気付けばゲワシハの周囲には、赤い円錐形の何かが無数に取り囲んでいた。
 ファイズを知る者がいれば、すぐに分った事だろう。それが、超高速形態であるアクセルフォームとなった彼が、必殺技であるクリムゾンスマッシュを放つ瞬間だと言う事が。
 次の瞬間には、四方からファイズの超高速の蹴りを喰らい、ゲワシハの体は大きく傾く。彼を拘束していた赤い円錐は、いつの間にか「Φ」のような模様となってその体に突き刺さっていた。
『Time Out』
「まぁ、こんなもんだろ」
 高速移動モードから通常モードに移行した乾が、ふぅと軽く息を吐きながら呟く。
 普通のオルフェノクなら、この攻撃で倒れてくれる。余程の事がない限りは、これで決着がつくはず……そう思った。
 しかし。相手は決して「普通」ではなかった。失念していた訳ではないが、多少は期待していたのだ。今の攻撃で終わってくれる事を。そんな期待も空しく、相手は傾いだ体を起こし、怨嗟の篭った視線をファイズに向ける。
 だが、赤かったはずのその顔は、先程までのリンリンシーとしての顔ではなく……オルフェノクと同じ、白に近い灰色をしていた。顔だけではない。その全身も、首筋を中心にして一気に灰に染まっていく。まるで相手が、完璧なオルフェノクになってしまったかのように。

「邪魔を……邪魔をしおってぇぇぇっ!」
「何なのよあいつ……」
 完全に灰色の体となり、吼えるゲワシハを見つめながら、薄ら寒そうな視線を向けるメレが、彼らとは少し離れた場所でその戦いを眺めていた。
 いや、もはやそれを戦いと呼んで良いのかすらもわからない。今のゲワシハには、高みを目指すと言う志を感じられない。
 理央のための臨獣殿復興の意思や、世を制すると言う意思よりも……ただ、彼の身の内に宿る悪意の滾るままに暴れているようにしか見えなかった。
「あちゃー……暴走しちまったかぁ? あいつ」
「天狼!」
 カリカリと後ろ頭を掻きつつそう言ったのは、ゲワシハに不思議な物を渡した男……自称、「妖獣拳使い」の天狼。その表情は、困ったように聞こえる言葉とは裏腹に、とても楽しそうに見える。
 一体いつの間に自分の背後を取ったのだろう。全く気配がなかった。自分が声をかけられるまで気付かない事など、ほとんどないと言うのに。
――やっぱりこの男、出来るわね――
 心の中で思いつつも、メレは目の前の男に警戒を抱く。ロンの言う幻獣拳も胡散臭いが、この男の扱う妖獣拳とやらも充分に胡散臭い。
「アンタ、何しに来たのよ?」
「ひゃははっ。つれない事言うなよぉ、メレ。俺はただ、自分の使った物の末期オワリを見に来ただけだぜぇ?」
 金色の瞳を細めながら、天狼はむやみに暴れるゲワシハを見つめる。
 ……目の前の男は、「末期」と言う言葉を使った。と言う事は、この男は既にゲワシハの死を予期している事になる。自分が選び、「何か」を施した相手だと言うのに。
「ま、暴走したならしたで良い。その代わり、観察させて貰うぜぇ? あの連中が『ブレイク』出来るかどうかをよぉ」
 心底楽しそうに呟く天狼に、もはや自分の姿は映っていないらしい。呆れ混じりの溜息を吐きつつ、メレは黙ってゲキレンジャー達の様子を見つめる。
――こんな得体の知れない力に負けてるんじゃないわよ、格下ズ――
 心の中で、そう呟きながら……


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