☆獣拳戦隊ゲキレンジャー&仮面ライダー555☆

【第10話】

 おかしい、とバンを運転しながら、菊池啓太郎は僅かに首を捻った。
 宅配先の常連さんの家に向かう風景と、今走っている町並みとがまるで違う。行き慣れた道だからと言う事で、油断していたのだろうか。
 隣では乾巧が、先程買った缶コーヒー……勿論アイスを飲んでいる。
 オルフェノクの崩壊を止める研究も最終段階まで進み、巧のスマートブレイン社社長就任ももうすぐだというのに、随分と暢気なものだ。
――まあ、たっ君らしいと言えばたっ君らしいんだけどね――
 思いながら、ふと我知らず啓太郎の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。何年経っても、どんな立場になっても変わらない友人に安堵したから。
 きっと彼はこれからも自分の親友であり、自分も彼にとっての親友であり続けるのだろう。
――って、安心してる場合じゃなくて――
 置かれた状況を思い出し、啓太郎はきょろきょろと周囲を見回す。町並みはどんどん見慣れない物へと変化しており、既に自分がどこにいるのかも分らない。
 先程の角を曲がった時に、妙な違和感を覚えたが……おそらく、道を間違えた物に起因する違和感なのだろう。ここ二、三日で街が一つ、丸々変化でもしない限りは。しかし、そんな事は十中八九ない。となれば、やはり道を間違え、迷子になってしまったのだ。
 電話口で、客も言っていたではないか。「迷わないように気をつけろ」と。きっと最近工事か何かをして、道が変わってしまったのかもしれない。
 そう考えると、啓太郎は心底申し訳なさそうな表情になり、正面を見据えたまま、悲しそうな声で巧に声をかけた。
「……ゴメン、たっ君。道、間違えた……」
「おいおい。大丈夫かよ? 珍しいな、疲れてるんじゃないのか?」
 軽く眉を顰めながら、声をかけられた方は今更のように窓からの景色をしげしげと眺める。
 今回の目的地は、啓太郎にとって土地勘のある場所のはずだ。だから、いくら油断していても道を間違えると言う愚を犯すとは思えない。
 仮に啓太郎が道を間違えたとしても、自分もいる。今回の目的地は自分もそれなりに知っている場所であるだけに、自分がその間違いに気付かないはずがない。
 ないのだが……確かに、周囲に広がる景色は見覚えのない物だ。道にはそれなりに気をつけていたにも関わらず。
 という事は……おそらくは迷い込んでしまったのだろう。「常連客」の思惑通りに。
 軽く舌打ちをしたい気分に駆られながら、ごくりとコーヒーを飲み干した、まさにその瞬間。突然、何者かの影がバンの前を横切った。
「ふわぁぁっ!」
 急ブレーキを踏み、何とか「突然現れた者」との衝突は免れた。が。その現れた者に、啓太郎の視線が釘付けになる。
 有体に言えば、「鷲の化物」。羽根が黒く、顔はやや赤みがかったピンク。羽根の先は白いところを見ると、ハゲワシか何かだろうか。その後ろには白い顔をした、茶色い道着を纏った「キョンシー」のような者達が、逃げ惑う人々を襲っている。
 そして……非常に遺憾な事なのだが、こう言うシチュエーションに遭遇し慣れているせいなのか。啓太郎は慌てたように……しかし同時に冷静にシートベルトを外しながら……隣にいる巧の顔を覗き込み「お決まりの一言」を放った。
「た、たっ君!! オルフェノクが……!」
「いや、どう見ても違うだろ」
「……分ってるよ。でも、つい癖で」
 オルフェノクは基本的に、白に近い灰色の体を持つ。故に、黒や赤といった派手な色を持つ鷲の化物は、オルフェノクではありえない。
 少なくとも、巧の認識は……そして啓太郎の認識でも、そうだ。
 だが、車を降りたその瞬間。彼らはその光景に目を見張った。
 鷲の化物が飛ばした「羽根」に貫かれた人々は、一瞬だけ小さく呻くと……次の瞬間、ざらりと音をたてて灰と化したのだ。まるで、オルフェノクに襲われ、そして……「オルフェノクになれなかった」時のように。
 その羽根がこちらにも向かって飛んできているところを見ると、どうやら相手は無差別に人を襲っているらしい。
「ひ……人が灰に!? やっぱりあれってオルフェノクなの!?」
「わかんねーけど……ったく、面倒臭ぇなぁ」
 心底面倒臭そうにそう言うと、巧はその顔にウルフの表情が浮かぶ。
 相手がオルフェノクなのか、それとも全くの別種なのかは定かではないが……どちらにしろ、襲い掛かってくると言うなら相手をするまでだ。
 ……ウルフオルフェノクとして戦う事は、非常に不本意ではあるのだが。
「おい、そこの鷲」
「あぁん?」
 鷲の化物に声をかけ、相手が振り返ると同時にその顔めがけて蹴りを放つ。しかしそれはギリギリの距離でかわされてしまう。
 とは言え、突然の攻撃には驚いたらしい。相手はばさりと羽根を翻すと、そのまま上昇し、怒鳴るように巧に向かって声をかけた。
「貴様、激獣拳使いか!?」
「ゲキ……? 何だそりゃ? そう言うお前は、オルフェノク……なのか?」
「…………それを貴様に答える義理はない! まあ良い。敵対すると言うのなら、貴様も悲鳴を上げながら灰となって散るが良い!」
 そう言うと同時に、鷲の化物は上空から「人間を灰に変える羽根」を撃ち始める。巧だけでなく、啓太郎に向かってまで。
――本当に無差別だな、あの鷲野郎――
 心の中でのみ毒づき、巧は軽く羽根をかわすと、啓太郎の方をちらりと見やる。しかしどうやら、以前占い師に渡されたとか言う「お守り」が効いているのか、羽根は啓太郎に刺さる前にありえない角度で曲がり、地面に突き刺さっていた。
 啓太郎の方は心配無用らしいと分るや否や、巧は群がる茶色い道着のキョンシー達を踏み台にして、鷲の化物に強烈な蹴りをお見舞いする。
 とは言え、蹴りが主体のウルフオルフェノクの格好では、宙を舞う相手と戦う際、どうしても足場が必要になる。仮に足場の安定確保が出来たとしても、滞空時間の問題も大きい。
――この格好じゃ埒が明かないか――
 思うと同時に、己が持ってきていた「荷物」の事を思い出す。そちらにシフトチェンジした方が早期に決着をつけられるかも知れない。考えを切り替えると、彼は影を上半身裸の人間の形に変え……
「啓太郎! バンの中に、ファイズギアがあるはずだ」
「……分った!! 待っててね、たっ君」
 影を通して放たれた言葉に頷き、啓太郎はよたよたとバンの後部座席を漁る。巧が「あるはず」と言った、黒いアタッシュケースを探すために。
 そして……それは案外とあっさりと見つかった。
 真っ白な洗濯物の中に紛れ込んだ、たった一つの「黒」。それを見止めるや否や、彼は勢いよくそれを掴み、巧に向かって掲げて見せた。
「たっ君! あったよ!」
 掲げられたそれを見るや否や、巧は軽い音と共に大地に降り立ち、「ウルフオルフェノク」から「乾巧」の姿に戻る。そして、ファイズフォンとベルトを取り出して、宣言した。
「変身」
『Complete』
 そうする事が当然であるかのようにファイズに変身し、巧は軽く右手をスナップさせる。
 相手がオルフェノクなら、この姿を否が応でも知っているはずだ。それなりの反応を見せるだろう。
「な……何者だ、貴様!?」
――どうやら、あの鷲はオルフェノクじゃないらしいな。なら……どうして襲われた奴が灰になった?――
 少なくとも鷲の怪物が浮かべている驚愕の表情が、演技とは思えない。
「それはこっちの台詞だっつーの。いきなり襲ってくる奴があるかよ」
 こちらの疑念を押し隠すように、溜息と共に言葉を返すと、巧はそのまま相手の顔面めがけて拳を突き出す。だが、相手は再びそれをギリギリの距離で回避、今度は更に今まで以上に上へと舞い上がってしまう。
 やれやれ、どうした物か。そう思った瞬間、声が響いた。
『ビースト・オン!!』
 誰かの、声。不審に思い、その声のした方を見やると……そこには五色のボディスーツを纏った、妙な出で立ちの戦士達が並んでいた。
 赤、青、黄色、紫、白。それぞれが何かの動物を連想させるフルフェイスのマスクを着け、自分と鷲の化物の間に割って入るように立ち塞がっている。
「ちっ……ゲキレンジャーかっ!」
「やい、ゾワゾワ! お前達の好きにさせない!!」
 相手の吐き捨てるような言葉とほぼ同時に、赤い戦士がヌンチャクを取り出し、それを思い切り振り抜いて相手の肩……羽根の付け根の部分を叩く。
 その攻撃でよろめいた相手を見逃さず、今度は黄と青の蹴りが相手の胸部へ綺麗に入った。
「ふぐぅっ!」
 呻くような声と共に、相手の口からは咽た時のような苦しげな吐息が漏れる。それでも己のペースを取り戻そうとしているのか、相手は何度か呼吸を繰り返して息を整え始める。
 だが、そこへ白の追撃。その手に着けていた動物の角を連想させる武器が、相手の首筋に極まる。
「うぐ、ふっ、ふぐぅっ……」
 不利とでも判断したのか。鷲がばさりと羽根を広げる。
――逃がすか――
 逃げると言う意図を察し、巧は相手に向かって駆け、その眼前で拳を固める。とにかく相手の動きを止めねば、更なる被害が生まれる可能性が高い。
「逃がすかよ。お前には聞きたい事があるんだ」
「逃がすか! ゲキワザ、ゴンゴンケン」
『……何?』
 まさか自分以外にも、と言う思いがあったのだろうか。紫の戦士と巧の動きが一瞬鈍る。
 その一瞬を機と取ったのだろう。鷲はその拳が自身に届く寸前で大きく宙へと飛び上がり、固めた拳は空振りに終わる。
「チィ、分が悪い上に鬱陶しい……人間を襲うのは、また今度にしてやる」
 言いながら、ばさりと羽根を翻すと、相手はそのまま後ろも見ずに飛び去ってしまった。
「おいおい……また面倒な事になってきたな……」
 小さくなっていく相手の姿を見送りながら、憂鬱そうに呟いた巧の言葉は、数多の「人だったもの」の灰と共に、青空へと消えていった。

「……たっ君」
「何だよ?」
「何で俺達、こんなところにいるんだろうね」
「俺に聞くなよ。知る訳ないだろ」
 疲れきった表情で、啓太郎と巧は互いに言葉を交わす。
 それもそのはず、あの後……五色の戦士達による物凄い勢いの質問攻めにあったのだから。
 どうやら、巧がウルフオルフェノクとして戦っている姿を見ていたらしく、「じゅうじゅうなんとか」と言う技を使ったのかとか、あの変身は一体何だとか……終いには「説明の為に一緒に来い」とまで言われる始末。結局巧達は、バンに乗って彼らの本拠地と言える高層ビルにやってきたのだ。
 ここはその最地下層。スクラッチとか言うこの会社の社員でも、限られた存在しか立ち入る事の許されないフロアらしい。
 スマートブレインにも似たような場所が存在するので、どこの企業も似たような物かと納得はしてみるのだが……どうにも納得いかない存在が、目の前に立っていた。
「お主が、狼の力を持つ仮面の戦士じゃな?」
「……今度は猫だよ、たっ君」
「見れば分る」
 そう。彼らの目の前に立ち、ひげを撫でながらそう言ったのは、黄色い毛並みをした「猫人間」。赤とこげ茶の中間色の服を纏い、腰からは何故か銀色のトライアングル。
 正直に言って怪しさ全開、と言ったところか。
「わしはシャーフー。ここで激獣拳の指導をしておる者じゃ。お主は?」
「乾巧。こっちで目を丸くしてるのは菊池啓太郎だ」
「ふむ。お主の戦いはカメラで見ておった。激獣拳とも、臨獣拳とも……いや、獣拳その物と異なる『獣の力』を扱うようじゃの」
 一人納得している猫……シャーフーと言うらしい彼に対し、巧は軽く睨みつけるような視線を送る。
 確かにオルフェノクである巧の体には、元々の「人間」としての力に加え、「狼」の能力も備わっている。だから、「狼の力を持つ」という言葉は否定しない。仮面ライダーである以上、「仮面の戦士」である事も認めよう。
「こっちからも聞きたい。その『じゅーけん』ってのは何だ?」
「獣の力を心に感じ、獣の力を手にする拳法の事じゃ。激気と言う力を纏う一派を激獣拳、臨気と言う力を纏う一派を臨獣拳と呼んでおる」
 先程から出ている「激獣拳」とか「臨獣拳」と言った「獣拳」というものは一体なんなのか。
 その思いから出た問いに、猫は頷くように首から上を前後に揺らしながら言葉を返した。
 おそらく、猫の後ろに控える五色の戦士だった青年達は、「激獣拳」とか言う物を使う連中なのだろう。それは話の流れから何となく推察できる。しかし彼らは……そして先程の鷲の化物も、自分達の分らない単語を、まるで「知っていて当然」のように使ってくる。
 それが余計に巧を苛立たせ、目つきを鋭くさせた。
「で? 俺達に何か用なのかよ? 勝手にこんなところに連れ込まれて、迷惑」
「用と言う程でもないが、ちとお前さんの『仮面の力』が気になってのう」
 「仮面の力」とは、おそらくファイズの事だろう。気になると言う事は、あのベルトに興味を持ったと言う事だろうか。
 あんなスーツを開発する企業だ、スマートブレインの持つ「兵器」であるファイズに興味を抱いてもおかしくはない。ただ……それを悪用されては困る。
 そう思ったその瞬間。
「なあ、これ使ったら、俺もお前みたいなピカピカになれるのか?」
「ああっ! たっ君、ファイズギア!!」
「あ?」
 見つけた時には既に遅く。一体いつの間にアタッシュケースから取り出したのか、赤いジャケットの青年……道中、漢堂ジャンと名乗っていた彼が、自身の腰にベルトを巻きつけ、ファイズフォンにコードを入力し終わっていた。
 ただ、彼の表情は無駄に明るい。何となくだが、新しい玩具を貰った子供のような印象を受ける。
「……大丈夫だ。多分、あいつには無理だろ」
「何?」
 巧の声を聞きとめたのか、紫のジャケットの戦士……確か深見ゴウと名乗っていた彼が、軽く顔を顰める。
 ファイズに変身するには、オルフェノクであるか、もしくはオルフェノクに近い体を持っているかでないと変身は出来ない。
――獣の力を心に感じるだけじゃ、多分無理だ。その体まで、獣の力に染まらなければ――
 そう思い、ぼんやりと巧はその様子を眺めている。そんな巧を信じているのか、啓太郎もおろおろとはしている物の、特に止めに入る気配もなく……
「よぉし。変身!」
『Error』
「ほら見ろ」
 ジャンの声を拒否するかのように、電子音が変身不能を告げる。同時にファイズフォンはベルトから弾かれ軽い音と共に床に転がり落ちた。
 それも、まるで狙い済ましたかのように、巧の足元へと。それを拾い、巧はぽかんと口を開けるジャンに視線を寄せると、その額を軽く小突いた。
「わかったろ? お前じゃそのベルトは扱えない。扱えたら、それはそれで問題だけどな」
「むぅぅ。俺もさっきの赤ピカピカになりたい! なーらーせーろー!!」
「だから、無理だって言ってるだろ。諦めろ」
「やだ! こうなったら、うんとうーんと修行して、赤ピカピカになれるようになってやる!!」
――修行してどうこう、と言う物じゃないんだけどな――
 巧の手からファイズフォンを奪おうとするジャンを軽くいなしつつも、その真っ直ぐな気性の青年に呆れ半分羨望半分の視線を送る。
 ファイズを「赤ピカピカ」と言われるのは、非常に心外ではあるが。そもそも、フォトンブラッドは「ピカピカ」でと言う可愛らしい表現で済ませられる代物ではない。
 ファイズが「赤ピカピカ」なら、ここにいないカイザは「黄ピカピカ」だし、デルタは「白ピカピカ」、サイガは「青ピカピカ」でオーガは「金ピカピカ」か。
 金の代わりに紫があれば、彼らと同じカラーリングだったなと思い、啓太郎は軽く声を立てて笑う。結局、人間が考えられる色と言うのは、そんな物なのかも知れない。
 その瞬間、だっただろうか。
 ジャンが何かに気付いたような真剣な顔つきになったのと、そして巧の耳に、どこからか響く爆発音が届いたのは。


修行その9:サリサリ! 灰色の狼!?

修行その11:ピカピカの意思
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