☆獣拳戦隊ゲキレンジャー&仮面ライダー555☆

【修行その9:サリサリ! 灰色の狼!?】

 獣を心に感じ、獣の力を手にする拳法、「獣拳」。「獣拳」に、相対する二つの流派あり。
 一つ、正義の獣拳「激獣拳、ビーストアーツ」。
 一つ、邪悪な獣拳「臨獣拳、アクガタ」。
 戦う宿命の拳士達は日々、高みを目指して、学び、変わる!

 紫色の空の下、白い顔をした茶色い道着を纏った異形達が組手を行っている。その奥に、道場らしき建物も見える。
 臨獣殿と呼ばれるそこには、道半ばで命を落とした古代の臨獣拳の使い手達が、秘術で蘇生、偽りの生命を与えられた存在……一般兵士の扱いを受けるリンシーと呼ばれる者達と、それよりも実力を持つリンリンシーと呼ばれる者達がいた。
 この臨獣殿に生者はほとんどいない。いるのは秘術の使い手である理央りおと、その背後で見え隠れしているロンと言う名の青年くらいの物だ。
 時は、理央がロンの口から、「幻獣拳」と言う第三の獣拳……「獣拳を超えた拳法」の存在を知った頃の話。
 臨獣殿奥の広間で、理央が瞑想している。その横では理央に見とれている彼の腹心、臨獣カメレオン拳使いのメレと、嫌な笑みを浮かべた金髪の青年、幻獣ドラゴン拳使いのロンが立っていた。
 理央が瞑想しているのは、ほぼいつもの事。今回の瞑想の内容はおそらく……「自身もロンと同じ幻獣拳使いになるべきか否か」だろう。
 そう考え、ロンがクックと低く……そして小さく笑った瞬間。理央がすっと目を開き、手元の杯を扉の方へ向かって思い切り投げつけた。
 投げつけられた杯は扉に当たって砕け散り、中に注がれていた水を撒き散らしながら地に落ちる。
 その行為の意味が分からぬまま、不審そうな表情で自身を見やる二人を無視し、理央は砕けた杯に向けて、針のような視線と氷のような凍てついた声を放つ。
「何者だ、貴様?」
「ひゃははっ。そんな怖い顔すんなよ理央様。折角のイイ男が台なしだぜ?」
 その誰何すいかの声に反応し。柱の影から現れたのは、一人の男。服の基本色は灰色、肩からは狼と思しき動物の毛皮を斜めにかけているが、袖は肩の部分から先が引きちぎられたのか、随分と解れている。顔は人間と同じだが、左目をアイパッチで隠し、覗いている右目の方は黄金に輝いている。ニヤリと笑う男の口からは、鋭い犬歯が覗いていた。
 その男の気配に、メレもロンも気付けなかった。唯一気付いたのは理央だけだったのだが、それでもかろうじて分る程度。
――この男、出来ますね――
 ロンは無意識の内に値踏みするような視線を送りつつ思う。まさか自分が気付けぬなど……
「何者かと聞いた」
「おっと失礼。俺サマは天狼。臨獣拳でも激獣拳でも……まして幻獣拳でもない拳法である『妖獣拳使い』だ。ちなみに俺の拳には、妖獣フェンリル拳って名前がついてる」
 ニィと口の端を歪め、天狼と名乗ったその男から、奇妙な……どす黒いオーラがゆらりと揺らめき、徐々にそれは狼のような形を取る。
 だが……その気配は、彼らが扱う「臨気」とも、ロンが扱う「幻気」とも、まして彼らの仇敵たるゲキレンジャーが纏う「激気」とも異なっている。全くもって異質な力。そう表現するに相応しい気配だ。
「妖獣拳? 聞いた事がありませんね」
「だが……どのような拳を使うのか、興味はある。それにその気配……一体、何だ?」
 睨むような視線のまま、理央は興味深そうに天狼を見つめ、問いを重ねる。
 臨気やその強化系の怒臨気とは、比較にならない程の「邪悪」。強いて言うなら「妖しい」と言う表現がしっくり来るような気配。その気配に、理央の手が小刻みに震える。武者震いと言う物でも、歓喜から来る物でもない。
 ……恐怖や嫌悪、そう言った負の感情の全てが理央の体を駆け巡っている。
――「妖獣」とはよく言った物だ。この俺ですら、震えが止まらん――
 そう思う理央に気付いているのかいないのか、天狼はにやけた笑みのまま、黄金の右目をすぅと細め、謡うように言葉を紡ぐ。
「激気、臨気、幻気……これら三つは、元々『気力』と呼ばれる力から派生している。だが、俺サマが使うのはそれとは根本から異なる力……『妖力』だ」
「何ですって?」
「獣拳創始者、ブルーサ・イー。奴は元々、気力を操る一族である『ダイ族』の出身でね。故に、正規の獣拳は皆『気力』を元に戦う。ほら、理央様達の扱う力……全部に『気』の文字が入ってるだろ?」
 言われたその言葉には、妙な説得力がある。
 今でこそ分派し、互いに争う関係にあるとは言え、獣拳は元々ブルーサ・イーと言う一個人が立ち上げた拳法。故に分派した今でも、力の根源は同じと言う説明は納得がいく。そしてその根源が「気力」と言うものなのだろう。
 無意識の内に天狼の言葉を受け入れている理央とメレに気付いたのか、天狼は更にその目を細め、今度は自身が扱う力について軽く触れた。
「そして、そのダイ族と敵対する存在……ゴーマ一族が扱うのが、俺サマも扱う『妖力』って訳だ。理央様達の扱う臨気ってのは、限りなく妖力に近い気力だな」
「……それで、あなたは何をしに来たと言うのです?」
 ぎろりと睨みつけるようにしながら、今まで沈黙を守ってきたロンが口を挟む。もしもここで、「妖獣拳を理央に教えに来た」などと言われようものなら、自身の計画が崩壊する。自身の……「理央を幻獣拳使いの頂点に仕立て上げ、世界の崩壊を見る」と言う計画が。
 そんなロンの邪心に気付いているのか、天狼はロンすらも寒気を覚える程の邪悪な笑みをその顔に貼り付け……ひょいと、肩をすくめた。
「なぁに、大した用事じゃねぇよ。ちょっと一人、リンリンシーをもらいたいのさ。俺サマも、ちょっとばかしゲキレンジャーには興味があってね」
 トントンと、人差し指くらいの長さの「何か」を軽く叩きながら、天狼は手近にいた鷲のようなリンリンシーを指差す。
 臨獣イーグル拳の使い手、ゲワシハ。今は亡き三拳魔が一人、カタの弟子の一人であった。
「一度死んで蘇った者。しかも、獣の力を持っている。これ程今回に向いた物はねぇぜ、理央様」
 そう言いながら笑う天狼の瞳が、妖しく光ったように見えたのは、メレの気のせいだったのだろうか。

 巨大スポーツメーカー「スクラッチ」。そこは、激獣拳ビーストアーツの「表の顔」である。最新のスポーツ科学を使い、ゲキワザを進化させる目的を持つ他、純粋に拳士達のデータから、より一般にも使いやすいスポーツ用品を提供する優良企業である。
 その中の一室に、激獣拳の使い手……獣拳戦隊ゲキレンジャーの面々が集っていた。
 赤きジャケットを纏った、トラの力を宿す漢堂ジャンは、トレーニングロボであるロボタフとじゃれあい、青きジャケットを纏った、ジャガーの力を宿す深見レツはキャンバスの前で絵筆を握っている。
 その後ろでは黄色のジャケットを纏った紅一点、チーターの力を宿す宇崎ランが覗き込むようにして感嘆の溜息を漏らし、柱の影には紫のジャケットを纏った、狼の力を宿すレツの兄……深見ゴウが腕立てをしている。そしてジャンを眺めてメンチカツをぱくついている白ジャケットを纏った無精ひげの青年は久津ケン。
 別段、普段と変わらない日常の一コマであった。
 ……ジャンが、何かに気付くまでは。
「? ……何だ? グニグニ?」
 押さえ込んでいたロボタフから離れ、不思議そうに首を傾げるジャン。
 幼い頃から森の中でトラに育てられていたせいなのか、彼の感覚は常人のそれよりも鋭い。その反面、少々独特な擬音を発する。
 独特すぎて、理解に至るまでが結構長かったりするのだが。
 それを知っているためなのか、ジャンの言葉を聞き取ったケンが、不思議そうな表情を浮かべた。
「グニグニって……何か感じたのか?」
「う~、よくわかんねぇ。でも、ゾワゾワとは違う」
 ジャンの言う「ゾワゾワ」とは、臨獣殿の住人の事を指す。リンシーやリンリンシーの気配は、彼の体に悪寒めいた物を走らせる事から、そう呼ぶらしい。
「グニグニ、すぐ消えた。でも……なんか、変な感じがした」
 ジャン曰く、臨獣殿の拳士が現れた時とは異なる奇妙な感覚が彼を襲ったらしい。それこそ空気が「グニグニ」と歪み、そして弾き返すような一瞬の感覚。
 それと同時に感知した「もう一つの感覚」は、一体何だったのだろう。少なくとも、邪悪な印象はなかった。自分達に近いような、そうでもないような……そんな、よく分らない「何か」がやって来たように思えて仕方がなかった。
 それが、皆に伝わるような言葉に出来ないのが、ジャンなのだが。
「何だったんだろう……?」
 むぅ、と首をひねりながら考え込むも分らない物は分らない。
 諦めて再びロボタフとじゃれあおうとした瞬間。今度は、体に纏わり付くような重苦しい「邪気」を感知した。
 慣れたくないのに、感じ慣れたその感覚を、ジャンは既に何度も言葉にしている。そして、今回も……
「ゾワゾワ!!」
 思うより先に、言葉が口をついて出ていた。その言葉に反応するように、部屋の中にぴんとした空気が張り詰める。
 「ゾワゾワ」……それは臨獣殿の襲撃を意味すると、知っていたから。

 ジャン達が到着した時には、リンシー達に襲われ逃げ惑う人々の姿と、瓦礫の山が出来ていた。変わったところと言えば、炎が上がっている様子もないのに、妙に灰が舞い散っている事くらいだろうか。そう言えば、灰が山になっている周辺では、服だけが残っている。
 だが、それを訝るよりも先に視界に入った物があった。
 ……それは、ぶつかり合う二つの異形の影。
 一つは宙を舞いながら、そしてもう一つは大地を素早く駆けながら、互いに一歩も退かぬ戦いを繰り広げている。
「あれは……?」
「参ったぜ。臨獣殿同士の仲間割れか?」
 ランの訝しげな声に、ゴウが思ったままを返す。
 それもそのはず、片や鷲のような印象のリンリンシー。基本的には黒い羽根を持っているが、先だけ白い。顔はやや赤みのきついピンク色をしており嘴も目つきも鋭い。リンシーを率いて一人の青年を襲わんと、羽根を飛ばす攻撃を繰り出している。
 一方でその攻撃から青年を守っていたのは。灰色の体色を持つ、狼の異形だった。その細い足からは想像もつかない程の脚力で、リンシー達を文字通り蹴散らし、それを踏み台にしながら鷲のリンリンシーへ強烈な蹴りをおみまいしている。
 確かに、リンリンシー同士の仲間割れと取れなくもない光景。だが……どう見ても、狼の方は人間を守っているように見える。人間の悲鳴と嘆きを力に変える臨獣殿の存在の割には、妙な話だ。
 そうレツが不審に思った瞬間、ジャンが呆けたような声でポツリと言葉を落とす。
「鷲の方はゾワゾワだけど……狼の方は、違う」
「え?」
「サリサリだ」
 自分でも、言っていて分っていないらしい。しかし、本能的に分かる事がある。即ち……灰色の狼の方は、臨獣殿とは全く異なる存在だと言う事。そして、先程感じた「グニグニ」と一緒に感じた「不思議な気配」は、彼の物であったと言う事。
 この二つだけは、何故かジャンの心の中で、「決定事項」として位置付けられていた。
 そして、守られている青年も狼が自身を守っている事を理解しているのだろう。灰色の狼から逃げる様子もなく……むしろ近くに停めてあったバンの中から、何か黒いアタッシュケースのような物を引きずり出すと、それを狼の方に掲げた。
「たっ君! あったよ!」
 その声を聞きとめるや、「たっ君」と呼ばれた狼は人間の……ジャン達より僅かに年上とおぼしき青年の姿に変わり、青年から黒いアタッシュケースを受け取る。
 そしてすぐさま、そこから黒い携帯電話と銀色の金属製のベルトを取り出した。
 ベルトの方は……当たり前だが腰に巻きつけ、携帯電話の方は同じ数字を三回程押す。同じ数字だと分ったのは、響いてきたプッシュ音が、三回とも同じだったからだ。
 こんな状況下で、何を暢気にベルトを巻き、更には携帯電話で何をする気なのか。分らぬまま、五人が思わずその様子を見つめていた瞬間。
『Standing By』
 携帯電話が、そう告げた。そしてそれを聞き届けるや否や、狼だった青年はその携帯電話を高々と持ち上げ……
「変身」
『Complete』
 ベルトの中央部分に、その携帯電話を取り付けた瞬間。青年の体を、鎧が覆った。
 自分達が変身した時に纏う全身タイツ的なスーツとは、明らかに異なる。黒いスーツの上に、赤く光るライン。スーツを覆う鎧の色は銀、仮面の中央に一つ、真円の形をした黄色い「眼」があり、その中央を、ボディに走るラインと同じものが貫いている。
 その目の形が、ギリシャ文字の「Φ」に似ていると、レツは思った。
「サリサリが、ピカピカになった!」
「どういう事だぁ?」
 楽しそうに言うジャンに対し、ケンは心底驚いたような声を出す。ゴウに至っては、自身の額にこつんと拳を当てる癖と共に、「参ったぜ」の一言が飛び出す。
「な……何者だ、貴様!?」
「それはこっちの台詞だっつーの。いきなり襲ってくる奴があるかよ」
 リンリンシーの驚愕の声に、鎧の戦士はそう返すと、右手首を軽く振って……いきなり、その拳を突き出した。
 正拳突きだ、と理解するのに半瞬、そしてそれを相手がかわしたと理解するのにもう半瞬。
 全部で一瞬と言う、拳士にとっては充分すぎる時間をかけた後、ジャン達は弾かれたようにリンリンシーに向かって駆け出し……
「研ぎ澄ませ、獣の刃!」
「響け、獣の叫び!」
『滾れ、獣の力!』
『ビースト・オン!!』
 最後の「ビースト・オン」と言う言葉だけは綺麗に重なり、スクラッチの誇る最新技術の結晶であるスーツが、ジャン達の体を覆う。
 それを見止めるや、仮面の戦士とそれに守られていた青年は不審そうに首を傾げ、リンリンシーの方は忌々しげに大きな舌打ちを鳴らす。
「ゲキレンジャーかっ!」
「やい、ゾワゾワ! お前達の好きにさせない!!」
 言葉とほぼ同時に、ジャンは武器の一つであるゲキヌンチャクを取り出すと、勢い良くそれを振り抜きリンリンシーの肩を叩く。
 その攻撃でバランスを崩し、よろめいた所を見逃さず、今度はランとレツの蹴りが相手の胸部へと極まる。
「ふぐぅっ!」
 胸への直撃のせいで肺の空気が押し出されたらしい。呻くような声と共に、盛大な呼気がその口から漏れる。
 呼吸は拳法を扱う者にとって大切な要素である。それを乱され、目を白黒させながらも何とか自身のペースを取り戻そうとリンリンシーは何度か呼吸を繰り返す。
 しかしそこへケンの追撃。サイブレードによる首へのチョップが、整えた呼吸を再び乱す。
「うぐ、ふっ、ふぐぅっ……」
――ここで倒されては、何の意味もない。今は亡き三拳魔の皆様方の顔に、泥を塗る結果に……!――
 思い、一時退却すべくリンリンシーはばさりと羽根を広げる。
 逃げる、と言う意図を察したのか、二つの影が相手を逃がすまいとそちらに向かって駆ける。
 方や紫、そして方や赤い光を纏う銀。二つの影はほぼ同時にリンリンシーの前で拳を固め……
「逃がすか! ゲキワザ、厳厳拳ごんごんけん
「逃がすかよ。お前には聞きたい事があるんだ」
『……何?』
 まさか自分以外にも、という思いがあったのだろうか。紫……ゴウと、銀……見知らぬ戦士と化した青年の動きが一瞬鈍る。
 その一瞬を機と取ったのだろう。リンリンシーはその拳が自身に届く寸前で大きく宙へと飛びあがり、拳の方は空しくも空をきるのみ。
「チィ、分が悪い上に鬱陶しい……人間を襲うのは、また今度にしてやる」
 言いながら、リンリンシーはばさりと羽根を翻すと、そのまま後ろも見ずに飛び去ってしまう。
 鷲の見た目は伊達ではないのか、ほとんど無音に近い風切り音を鳴らしながら、リンリンシーの姿は見る間に小さくなっていく。
「しまった!」
「おい、逃げるなハゲワシ!」
 一応そう怒鳴るのだが、それで逃げない悪役はいない。リンリンシーはリンシーと共に、どこかへと飛び去ってしまった。
 後に残ったのは、大量の灰と瓦礫、そして仮面の戦士とそれに守られていた青年。
 この現場の意味する事を、ゲキレンジャーはまだ、知らなかった。目の前に立つ、「狼だった青年」の正体も、そして……先程のリンリンシーが、ほんの少しだけ「変質」していた事も。


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第10話
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