紅蓮の空、漆黒の戦士

【その9:虹色の物語】

 ゼロライナー、食堂車にて。
 漆黒の龍によって腹部を完全に貫かれたはずなのに、そんな気配など微塵も感じさせないオーナーと、それを訝る侑斗。そして「何故そうなのか」と言う理由を知ってしまってオロオロしているデネブが、オーナーの提案によって半ばなし崩し的に集まっていた。
 デネブとしては、本当は侑斗にもオーナーの正体を教えておいた方が良いのではないかと思っているのだが、何となくそのタイミングを逸してしまっている。
 だから侑斗は、オーナーの正体がアンデッドと呼ばれる不死の存在である事は知らない。
「んで、結局今回はしくじった事にイマジンを取り逃がしちゃった訳なんだけど」
 沈黙を破るかのように、オーナーは意味もなく白衣をばさりと翻しながら言い始める。だが、その声には言葉ほどの危機感は一切ない。
 どちらかと言えば、そうなる事を最初から分かっていたかのような口ぶりですらある。
 恐らく、リュウガが……いや、神崎士郎が現れた時点で、目的であった「契約の瞬間」には間に合わないと思っていたのだろう。
「……とにかく、イマジンの目的が分からない以上、もう一度ミラーワールドに向かうべきじゃないのか?」
「そうだ、契約者を探して、そこに張り付いていた方が……」
「あ、それ無理。九分五十五秒の制限もあるし、何より……」
 侑斗とデネブの言葉を、オーナーがばっさりと斬り捨てる。それと同時に、侑斗達が渡されていた「レプリカのデッキ」が、使い終わったゼロノスのカードを連想させるようにざらざらと音を立てながら消えていってしまう。
 違うのは、デッキケースごと蒸発……いや、粒子化している事くらいか。
「ご覧の通り、悪用防止のため、レプリカの使用回数は一回きり。新しいデッキを取りに行っている間に、イマジンは行動を起こすって気がする」
 曖昧かつ不確定な物言いだが、恐らくは彼の言う通りだろう。
 これまでのイマジンの性質上、多少の例外はいるにはいるが、殆どはすぐにでも契約を果たそうとする。
 ……例え、カイが消え、イマジンの時間と繋がる事などなくなった今でも。
「だけど……イマジンの格好も、目的も分からないんじゃ、どうやっても後手に回る事になるな」
「あれ? イマジンの格好は分かるよ。…………言ってなかったっけ?」
 きょとんと目を開き、それでも口元は三日月のように鋭く歪んだ笑みを浮かべると、オーナーは小首を傾げて侑斗の呟きに答える。
 その様が本当にカイによく似ていて、妙な苛立ちを募らせてしまう。
 そんな侑斗の心境を察しているのかいないのか、彼は懐中から一枚のチケットを取り出し、侑斗に渡す。
 それは、ミラーワールドに向かった時と同じ物……のように見える。イマジンの格好は間違いなく最初に見た、黒地に赤い炎をイメージさせる模様の鬼。
 例えるなら、野上のイマジンであるモモタロスの色を反転させ、角の間隔をもう少し広めにとったような姿。
 そう認識した瞬間、チケットの絵が薄らぎ……やがていつの間にか無地の、何も描かれていない物へと変化してしまった。
「なっ!? 消えた!?」
「だってこれは正式なチケットじゃない。イマジンの姿を、目に見える形にしようと思って、一時的に作った擬似的なものだからね。侑斗君もデネブ君も覚えた時点で、存在意義を失ってこの通り」
 まるで手品を自慢する子供のように、両手をひらひらさせつつ、にこやかに言い切るオーナー。
 ……確かに、侑斗もデネブも今の絵でイマジンの姿を覚えはしたが……普通に絵に描くとか出来ないのかと突っ込みたくなる。
 多分、そんなツッコミを入れても無視をするだけだろうが。
「それに、契約者がミラーワールドの住人だと言うなら、目的は限られてる。彼……いや、リュウガを含めた『彼ら』は、『こちらの世界』に来たいんだ。その為には、外に出る手段がいる」
「なら、イマジンの目的はその『手段』の確保って訳か」
 腑に落ちたのだろう、意外なほどあっさりと侑斗はオーナーの言葉に頷きつつ、先程までいた世界に続くトンネルに目を向ける。
 既に線路はつながっていないが、自分達はゼロライナーと「ミラーワールドへ向かうチケット」を使ったからこそ、ミラーワールドへ向かう事が出来た。
 だがあちらの住人は自分達とは違い、こちらに来る方法がない。いや、もしかするとあるのかもしれないが、可能性は低いだろうし、そう自由に行き来できる物でもないだろう。
 イマジンと契約してまで「こちら側」に来たがる理由までは分からないが、リュウガの様子からして、観光目的でない事だけは確かだ。下手をすると、イマジンが暴れるのと同等……もしくはそれ以上に厄介な事をしでかすつもりかもしれない。むしろそちらの方があり得るだけに、何としてもイマジンの動きは止めねばならない。
「けど、どうやって止める?」
「うーん、そうだねぇ…………あ、いっその事、二人共イマジンの仲間になっちゃえば?」
「……はぁ!?」
「正確には仲間のフリをして潜入するのさ。イマジンは『手段』を早く手に入れるために、人海戦術で行くと思うんだよ。つまり人手を必要とする」
 ポンと手を打ち、さも妙案を思いついたかのようににこやかな笑顔で言い切るオーナー。
 それに対してデネブは物凄く渋い顔を返し、侑斗は思案顔を浮かべた。
「…………騙すのか? それは卑怯すぎる」
「いや、案外良いアイディアかもな」
「侑斗!?」
「相手の力量が分からない以上、真正面から行くのは得策じゃない。多分、俺達の面も割れていないし、上手く行けばそいつ以外の、はぐれイマジンも見つかるかもしれないだろ」
「それはそうだけど……騙し討ちみたいで気が進まない」
「後ろから斬りかかる訳じゃないんだ。戦う時は正攻法で行けば良い」
 侑斗に言われ、それでも納得できない様子のデネブ。根が素直な彼としては、正々堂々、真正面から向かいたいし、何より誰かを騙すような真似を自分や侑斗に出来るかどうか不安な部分が往々にしてある。
 ……とは言え、他に良い案が浮かばない以上、その方法でイマジンに近付くしかないだろう。
 イマジンの仲間になると言う事は、ひょっとすると悪事に加担する事にもなるかもしれない。そうなった時、自分は……そして侑斗は、その「悪事」に手を染める事ができるだろうか。
「……別に、イマジンに手を貸す訳じゃない。俺達は仲間になったフリをしながら、そいつの邪魔をすれば良いんだ」
 デネブの懸念を感じ取ったかのように、侑斗は付け足すように言う。
 ……彼もまた、「悪事」を働く気などない。正義漢ぶるつもりはないが、悪人になる気もない。
 自分達の守った時間を、壊されるような事はしたくないだけだ。
「……出来れば、野上達は巻き込まないようにしたいけどな」
 自分達だけで何とか出来るだろうと言う思いもある。だがそれ以上に、彼は野上を再び戦いの場に引きずり出すような事はしたくなかった。
 野上本人の身を案じている事もあるが、それ以上に……彼に何かあれば、彼の姉である愛理が悲しむ。
 そんな様子は見たくないし、自分もきっと自己嫌悪に陥る。
 何だかんだ言って、侑斗は彼女の事を気に入っている。それが愛なのかどうかは、本人としては、はっきりしていないが。
 そんな侑斗の思いを……空気の読めない男は、にこやかに、そして即座に打ち砕いた。
「あ、それは無理」
「……何で?」
「もう、巻き込まれたみたい。イマジンにデンライナーのパスが盗まれたって、お友達から連絡が入っちゃった」
 語尾にハートマークが付きそうな勢いでそう言い放つオーナー。その手にはいつの間にか携帯電話が握られており、それを見せびらかすかのように軽く振っている。
 そう言えば以前、野上と共に戦えと言っていたような記憶がある。まさか、こうなる事を知っていたのだろうか。
 だとしたら、やはり一発……いや、数発は殴り飛ばさないと侑斗の気がすまない。
 いっその事やっぱりゼロフォームに変身して、フルチャージしたデネビックバスター辺りを食らわせても良いのではなかろうか。
 ……この男なら、平気な顔をしていそうだ。無傷かつ、服にほつれや焦げ目すらつけずに、爆煙の中から「やあ」とか朗らかな挨拶も込みで。そんな姿がありありと想像できる。
「お友達って?」
「……どうせデンライナーのオーナーだろ。……それにしても、イマジンはパスなんか盗んでどうする気だ? 牙王みたいに、デンライナーでも乗っ取る気か?」
「それがねぇ……盗まれたのはマスターパスじゃなくて、良太郎君が変身する時に使うライダーパスの方なんだ」
 不思議だよね、と嘘くさい笑顔で付け足しつつ、オーナーは一枚のチケットを侑斗に手渡す。
 先程と同じ、黒いイマジンの描かれたチケット。ただし今回は日付が描かれていて……
「二〇〇八年四月十二日……?」
「うん。僕の知る歴史通りなら、その日に決着がつくはず。だから、君達にはもう少し前の時間に向かって貰おうか……な」
 そう言って、オーナーはパチンと指を鳴らす。同時にチケットの日付がそれよりほんの少し前のものへと変わった。
――こいつ、やっぱりイマジンが何かしでかすって、知ってたのか――
 西暦二〇〇八年四月十二日は、今の侑斗から見れば「未来」に当たる。そうであるにも関わらず、その日に「決着がつく」と知っていると言う事は……それが「確定事項」であるからではないのか。だとしたら、先程までの自分達の行動は、はっきり言って無駄足と言う事にはならないのか。
 そんな疑惑を隠そうともせず睨みつける侑斗を、にこやかな顔で見つめ返すと、オーナーは侑斗達に背を向け……
「じゃあ、頑張ってね。僕はこれからやる事があるから」
「やる事、だって?」
「そ」
 にこやかな表情は崩さず。だがその身に纏う空気は一変して。オーナーは冷たく言い放った。
「僕の相手は彼らだけじゃない。レールのないトンネル全てが僕の敵。それを全部壊さなきゃ……って気がする」
 それだけ言うと。
 オーナー……ヒトの姿のバジリスクアンデッドは、侑斗達の前からその姿を消した。

 デンライナーのパスを盗まれて、数日。
 「Milk Dipper」で、野上は完全に常連と化した城戸と秋山にコーヒーを出していた。
 ……一緒に手塚までいるのは、不思議で仕方のなかったのだが、城戸達に聞いた所、この前はじめて会った後、色々と意気投合したらしい。
 ある日突然家に置いてあったカードデッキや、鏡の中のモンスター、そして時々聞こえる不快な音。それら、摩訶不思議な事を共有しているせいか、意外と話が合ったのだと言う。
「え? デンライナー署の取材?」
「そーなんだよ良太郎! 俺さあ、デンライナー署について取材して来い! って怒鳴られて……」
 やって来た三人に水を出しながら頓狂な声をあげる野上に、情けない声で返す城戸。
「デンライナー署と言うと、最近噂の警察列車だな」
 手元の本から目を離し、手塚が会話に参加する。星占いの本を読んでいる辺り、手塚らしいと言える。
「ま、せいぜい警察近辺をかぎまわって情報を集めるんだな」
「それがさあ、蓮。俺が通ってる洋食屋……『Bistro la Salle』って言うんだけど、そこの常連仲間に警官がいて、そいつに聞いたら、デンライナー署って言うのは警察とは独立した組織らしいんだ。甘味処の『たちばな』って店に入り浸ってる元警官の兄ちゃんからもそう聞いたから、それは間違いないと思う」
 待ってましたと言わんばかりに、秋山の言葉に城戸が食いつく。
 彼も彼なりに様々なつてがあるらしい。
 ……その元が、どこもかしこも食べ物関連の店であるのがどうかと思うが。
「……まあ、元々は盗まれたパスを取り戻すために、オーナーが設立したような物だから、警察とはあんまり関係がないって言うか……」
「良太郎の今の言い方、まるでデンライナー署の事をよく知ってるみたいに聞こえるんだけど」
「えーっと……」
 小さく呟いた野上の言葉を、城戸がつつく。
 彼としては、藁をも掴むと言うか……どんな些細な情報でも、ネタになるなら離す訳に行かない状態。何しろ今月の給料に関わる話でもある。
 その一方で、つつかれては、当然困る野上。
 デンライナーの事を秘密にする必要はどこにもないが、かと言って大っぴらにする必要もない。
 むしろ、時の列車という存在を、城戸や秋山、手塚が理解するかどうか……。
 いや、彼らが理解を示したとしても、世間から見れば空想に過ぎない。人は、自分で見た事しか信用できないものだから。
 そう考えていた時だった。彼の意識に、友人たるイマジン……モモタロスが声をかけてきたのは。
――良太郎! イマジン臭ぇ。デンライナー署、出動だぜ!――
「え? ちょっと……」
 野上が抗議の声をあげる暇も有らばこそ。
 あっと言う間にモモタロスは野上に憑依し、付けていたエプロンを叩きつけるように脱ぎ捨てると、これまたあっと言う間に表へ出て行ってしまった。
 ……その豹変ぶりに、驚く城戸達を無視したまま……

 ……ここまでが、後に「クライマックス刑事」と呼ばれる物語の始まり。
 この後の話は、君達もよく知ってるはずだよね?
 良太郎君は正攻法でイマジン……ネガタロスを追いかけ、侑斗君は潜入して彼の目的を探った。
 その結果、実はネガタロスの目的は、時の列車の一つであるネガデンライナーを手に入れる事だったと知り、それを退ける為に動き出す。
 途中、「塔の駒」……じゃなかった、ファンガイア氏族が現れて、それに反応したキバの助太刀もあったよね。
 そして……デンライナー、ゼロライナー、そしてキャッスルドランの力を合わせて、ネガデンライナーを破壊して、一件落着。めでたしめでたし。
 …………
 だと思う? 本当に?
 あっはっは、それは見通しが甘いよ。
 物事には必ず「裏」って物が存在する。
 何故、今になって鏡の戦士達がデッキを得たのか。
 何故、今回の歴史では存在しないはずのミラーモンスターがいるのか。
 それに、知ってるだろう? 契約者が残っていれば……そして欠片でも、イマジンの意識が残っていれば……イマジンは再び実体を得るって事をさ。
 ここから先は、その「裏」の話。
 僕が見た、物語の「もう一つ」の「始まりの終わり」……
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