紅蓮の空、漆黒の戦士

【その6:漆黒の戦士】

 鏡の外の世界で野上が手塚と呼ばれた占い師と出会っていた頃。
 神崎士郎を探す事を諦め、侑斗達は建物の更に奥へと進んでいた。
 相変わらず出入り口は、モンスター達が埋め尽くしている。先程よりもその数を増しているのは、気のせいなどではないだろう。別の、ミラーモンスターのいない出口を探すより他なかった。
「おい……さっきお前、『契約』って言ったよな」
「あれ、気付いた?」
 侑斗に言われ、オーナーは深刻そうな表情から一転していつもの……わざとらしい笑顔に戻して答える。だが、その声にどことなく張りがない。彼の醸し出す雰囲気も、どことなくピリピリしている。
「そりゃあな。まさか、リュウガって奴が、お前の言ってたイマジンなのか?」
「それは違うね。リュウガは……『彼』は純粋なミラーワールドの住人だよ」
 侑斗の問いに、オーナーは首を横に振る。
 その口調に、カイを連想させる部分など微塵もない。むしろ真剣その物であった。
「じゃあ、イマジンと契約してるとか……」
「それも違う。彼が契約しているのは、暗黒龍……ドラグブラッカーと言う名の、ミラーモンスターだ」
「ミラーモンスターと『契約』?」
 どういう意味なのかわからないと言わんばかりのデネブに、オーナーは人差し指を振りながら、教師を思わせるような口調で説明しはじめた。
「この世界で戦う事の出来る戦士はね、『素』のままで変身はできても、力はあまりない」
「野上の……電王の、プラットフォームみたいなものだな」
「そう。そして、電王やゼロノスがデンカメンを纏う事で力が発揮されるように、彼らはミラーモンスターと契約し、その助力を得る事で未契約時とは比にならない力が発揮される」
 いつの間に取り出したのか、オーナーの手には「CONTRACT」と書かれただけの白っぽいカードがある。それは確か、渡されたデッキを見た時にも見かけたカードのはずだ。
 「契約」という名を持つそのカードを使って、ミラーモンスターと契約をするのだろうが……契約と言う以上、何かの代償が必要となるはずである。
 イマジンが願いを叶える代償に、契約者の過去を得ていたように。
 だが、侑斗がその問いを発するよりも先に、オーナーは言葉を続けた。
「その代償に、契約したモンスターに、人でもミラーモンスターでも、何でも良いから生命エネルギーを与えなければいけない」
「食事を与える代わりに、力を貸してもらう、と言う事なのか」
「その通りだよ、デネブ君。その代わり……契約の証であるデッキが破壊された時、あるいは一定期間を過ぎた時。契約は破棄され、契約したはずのミラーモンスターは、契約者を……喰う」
 その言葉に、デネブは思わず身を竦める。
 ミラーモンスターの「食事」自体もそうだが、契約者までも餌としか見ていないという事実に寒気がしたのだ。
 少なくとも、デネブ自身や野上に憑いていたイマジン達は、心でつながっていた。互いを信頼し、励ましあい、時には叱咤し……対等な、親友のようなものとして存在している。
 しかし、ミラーモンスターは違う。恐らくは力で押さえつけられ、強引に手伝わされている状態なのだろう。そこに信頼関係や友情と言った概念はない。互いに「利用しあう」関係があるだけだ。
 そう言った関係であれば、当然契約が破棄されたなら、それまで「押さえつけられていた方」は鬱積を晴らすように「押さえつけていた方」に牙を剥くだろう。
 そこまでデネブが思った刹那。唐突に、声が響いた。
「なあ、分かったならお前達が餌になってくれないか?」
 神崎士郎ではない、別の男の声。
 思わず声のした方向に顔を向け……侑斗とデネブはその目を見開いて絶句した。
 そこにいたのは、漆黒の戦士。どことなく騎士を思わせる立ち姿で、その後ろでは闇色をした大きなドラゴンが控えている。
 そのドラゴンの頭を模しているのだろうか、戦士の左腕には、ドラゴンによく似た形のガントレットが装着されている。
 だがその存在が放つのは、騎士に相応しからぬ、息苦しいまでの瘴気。
 殺意や憎悪、邪悪さと言った物を凝縮し、密度を濃くしたような空気を己の身に纏わりつかせ、こちらにまでそれを向けている。
「うっわ。リュウガ!?」
「リュウガって事は、こいつがお前の言ってた『住人』!?」
「そう。……これは変身した姿だけどね」
 油断なく相手を睨みつつ、オーナーは吐き捨てるように答える。
 立ち竦んでしまう程の「悪意」の中、それでもデネブは指先を相手に向け、いつでも攻撃できるように態勢を整える。
 侑斗もゆっくりとした動作でゼロノスのカードとベルトを手にする。いつでも変身できるように。
 リュウガと呼ばれた存在を前にして、「変身したくない」などと甘い事を言っている場合ではない事が分る。相手はあまりにも……危険な存在であると理解出来る。
「……だけど妙だね。ライダーに変身するためのデッキは、今回の時間では作られていないはずだろ? ミラーモンスターだって、彼女は生み出していないはずなのに」
「けど、俺はこうして変身してる。それに、ドラグブラッカーだってここにいるだろ? それが現実さ」
 オーナーの問いに楽しそうに返しながら、戦士は腰のベルトに装着されたデッキケースから一枚のカードを取り出すと、腕のガントレットにそれをセットして……
『STRIKE VENT』
 カードがセッティングされると同時に、低く、くぐもった電子音が響く。
 その一瞬後に、漆黒の戦士……リュウガは問答無用と言わんばかりに、侑斗達に向かって駆け出してきた。その手に、今まではなかった手甲状の武器を構えて。
 それは完全なる敵意。故に、侑斗は反射的に手に持っていたベルトを着け、そこにゼロノスのカードを挿し入れる。
「変身!」
『ALTAIR FORM』
 侑斗がカードをベルトに差し込むと同時に、ミュージックホーンが鳴り、ベルトの電子音が告げる。
 漆黒のオーラスキンに、緑色の牛のような電仮面が展開し、ゼロノス・アルタイルフォームへと変身した。
「デネブ、俺はこいつの相手をする。お前はそこの馬鹿を守っとけ」
 オーナーの方を見ながら、「馬鹿」という単語を強調して侑斗はデネブにそう頼む。
 ……頼んだと言うよりは、命令したと言った方が間違いはないのだろうが。
「へぇ。お前も『仮面ライダー』か」
 リュウガがそんな侑斗を見て、どこか楽しそうに呟く。
「何の事だ?」
「あははははは! やっぱり、仮面ライダー同士の戦いは必要だよな! 特にこの世界じゃ!」
「答える気はないって事か!」
 理解できない侑斗には答えずに襲い掛かるリュウガの攻撃を軽くいなしながら、侑斗は相手との距離をとる。
 そして、人差し指を相手に向け……侑斗は、不敵に言い放った。
「最初に言っておく。俺は、かーなーり、強い!」
 その言葉に、リュウガは再び面白そうに肩を震わせ、笑い声を上げる。
 心底嬉しそうな笑い声を。純粋に戦いを……命のやり取りを楽しんでいる様子が見て取れる。
 言葉は通じないと思ったのか、侑斗は瞬時に自身の武器であるゼロガッシャーをサーベルモードに組み上げると、襲い掛かってくるリュウガに対応する。
 相手の武器は手甲だ、サーベルよりも攻撃範囲は狭いだろう。飛び道具を隠し持っている可能性はあるが、ある程度距離をとった戦いをすれば、相手に倒されるような事はない。そう思い、極力リュウガの間合いに入らぬようにしながら切り払った……刹那。
 再び相手は腰のベルトにつけていたデッキからカードを取り出すと、やはりそれをガントレットに読み込ませる。
『SWORD VENT』
 再びくぐもった電子音が響くと同時に、リュウガの腕からは手甲が消え、その代わり今度は虚空から降って来た剣を掴む。
――読み込ませたカードに対応して武器が現れるみたいだ――
 ……少なくとも、デネブは目の前にいる黒いドラゴンを牽制しながら、そう思う。だがそれを伝えようと思っても、ドラゴンが邪魔をして声を上げる事が難しい。
 その間にも、剣と剣がぶつかり合い、金属同士の擦れ合う独特の音が絶え間なく鳴り響く。
 侑斗が思っていた以上にリュウガの攻撃は重く、力強い。
 一旦リュウガとの距離をとり、ゼロガッシャーをボウガンモードに組み直して遠距離での攻撃に切り替える。
 近距離で戦うには、侑斗には荷が重い。とは言え、デネブにはゼロライナーのオーナーを守れと言ってある以上、デネブが憑いた状態……ベガフォームへのフォームチェンジは避けたい。
「あいつの計画を邪魔されたら、俺も困るんだよ」
「あいつ?」
「お前達の言う、契約者。あと……イマジン、だっけ?」
 唐突にかけられた言葉に、一瞬だけ侑斗の攻撃の手が緩む。
 そこに、リュウガは付け入った。その一瞬を逃さず、開いていた距離を一気に縮め、構えていた剣を振り下ろす。
 しかし侑斗も歴戦の勇士。即座にゼロガッシャーをボウガンモードに組みなおすと、剣の軌道をその矢で僅かに反らし、直撃を免れる。
「お前……イマジンと契約者の事知ってるのか!?」
「知ってるよ。でも、教えてなんかやるもんか。絶対邪魔するだろ、お前」
 飄々と言い放ちつつ、リュウガは再び侑斗に向かって剣を振り下ろす。
 それをかわし、再度距離を取り直してその矢を放つ。
 これ以上、リュウガ相手に時間を取られている訳には行かない。時間の問題もあるし、何よりイマジンに逃げられてしまう。
 そうなれば、恐らく色々な人に害が及ぶ。それだけは、何としても避けなければならない。
「……だったら、さっさとどいてもらおうか」
 ベルトに差していたカードを引き抜き、ゼロガッシャーに差し込む。
『FULL CHARGE』
 ゼロガッシャーからの電子音が周囲に響く。同時にゼロノスのカードからフリーエネルギーがチャージされ、強力な光の矢と化していく。
「おりゃぁっ!」
 気合を込めて放たれた矢が、一直線にリュウガに向かい、突き進む。しかし攻撃を向けられた方は特に避ける様子もなく……カードを引き抜き、それをガントレットに挿入する。
『GUARD VENT』
 侑斗が放った渾身の一撃は、やはり虚空から唐突に現れた盾に阻まれた。
 その衝撃の余波をまともに喰らい、嫌な音と共に侑斗は大きく後ろへと吹き飛ばされる。
「侑斗君!?」
「侑斗! 大丈夫か!?」
「まあな。けど、ちょっとヤバイ雰囲気だな」
 駆け寄るデネブとオーナーに返しつつ、侑斗は近付いてくるリュウガに視線を向ける。
 ガントレットを構え、堂々とした足取りで歩くリュウガは、思わず見惚れてしまいそうになる程、威厳に溢れ、騎士と呼ぶに相応しかった。
 だが雰囲気だけは、どうしても騎士とは思えぬ程に邪悪で、どす黒い。そのお陰で……と言って良いのかは分からないが、侑斗もデネブも見惚れずにすんだ。
「……まずいね、もう本当に時間がないって気がする」
「あと、どれくらいある?」
「三分弱」
 端的に答えた所を見ると、本当に時間がないらしい。表情も真剣そのもので、その緊張感は侑斗とデネブにも伝わった。
「彼の言葉の感じからすると、既に契約は結ばれているみたいだし……戻った方が良いかもしれないね」
「どういう事だ?」
「僕の知ってるアレは、もっと直情的だ。こんな、回りくどい戦い方はしない」
 くい、と顎でリュウガを指しながら、オーナーはもってまわった言い方をする。
 一瞬だけその言葉の意味を考え、そして侑斗の出した答えは……
「あいつの役目は俺らの足止めって事かよ」
「多分。あわ良くば抹殺ってのもあるだろうけどね」
 それも、オーナーの言う通りだろう。
 リュウガは、「契約者の邪魔をされては困る」と言った。つまり契約者の望みを彼もまた望んでおり、その計画を阻むものを一人でも減らしたいと考えているのだ。
 足止めをした理由は恐らく、少しでもイマジンと侑斗達との「距離」を引き離す事と……そして「時間切れ」を狙っていたのではないだろうか。
 いつまでもこの世界にいることはできないし、何より下手をすれば自分達が消滅してしまう。それは一人でも多く、敵を減らそうとしている意図に過ぎない。
『FINAL VENT』
「うわ嘘ぉっ!」
 こちらの考えを中断させるかのように響いた電子音を聞くと共に、オーナーが悲鳴じみた叫び声を上げる。
 訳もわからずリュウガの方を見ると、今まで控えているだけだった漆黒の龍が、その体で螺旋を描きながらするすると上昇していく。その螺旋の軸になるかのように、リュウガも上へと大きく飛び上がり……その背に、漆黒の龍の吐いたエネルギーを受ける。
 その勢いに乗り、リュウガは左足を前に出し……気付けば、強烈なキックを繰り出していた。
 それに気付いていたのだろう。慌てた様子でオーナーは侑斗とデネブを突き飛ばした後、自分も大きく後ろへと向かって飛び退る。
 その一瞬後だったか。今まで侑斗達のいた場所にリュウガが蹴りこみ、轟音と共に着地した。
 土煙と、降り注ぐ数多の飛礫。床の残骸が、容赦なく侑斗達に降り注ぐ。
 ……まともに喰らっていたら……オーナーが自分達を突き飛ばすのが、あと一瞬遅かったなら、確実に倒されていた一撃。その威力に、侑斗の背中を改めて冷たい物が走る。
「……あー、何でかわされるかなぁ」
「そりゃあ、ファイナルベントが来るとわかっていて避けないのは、愚か者のする事って気がするよ」
 然程残念そうに聞こえない声で言ったリュウガに、オーナーも平然とした表情で返す。
 ……今更だが、オーナーの身体能力の高さには驚かされる。
 変身している侑斗とデネブを突き飛ばした腕力、その後の攻撃をかわす俊敏性と跳躍力。どれも人間離れしている。
 本当に、彼が人間なのかと疑いたくなる程に。
 だが今はそれを問いただしている場合ではない。

 ……タイムリミットまで、あと百二十秒……
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