紅蓮の空、漆黒の戦士

【その3:緑線のカード】

「うっわぁ……暫く見ない間にトンネル増えてるなあ。これはまた、お仕事が大変そうだよ。アレ、全部消さなきゃいけないんだから」
 窓の外を眺めながら、オーナーは面倒くさそうに呟いた。その表情や声に、どこか不快の色を滲ませて。とは言え、基本が笑顔なのは全く変わらないのだが。
「お仕事って……あなたの仕事は、時の運行を守る事じゃないのか?」
「…………ああ、そう言えば。そんな仕事もあったって気がする」
「……いい度胸だな、この野郎」
「侑斗、相手はオーナーだ。下手に事を起こすとまずい!」
 やる気なさそうに呟く相手に苛立ったのか、声の主……オーナーへ殴りかかろうとする侑斗を、デネブが必死に止める。
 侑斗の気持ちも分らなくはない。時の運行を守るのが、時の列車のオーナーの仕事のはずだ。それなのにその責務を放置し、侑斗に……と言うよりも「西暦二〇〇七年の桜井侑斗」に任せた挙句、今まで行方をくらませていたのだから。おまけに時の運行を守る仕事を「そんな仕事」扱いされるのは、あまり気持ちの良いものではないだろう。
 おまけにオーナーは、話し方や表情そして服装などがどことなくイマジンの首魁であったカイを連想させる。
 無論、笑顔は彼の方が楽しそうだし、邪悪さの欠片も感じない。それにカイは黒尽くめではあったが白衣は着ていなかったし、顔だって全然違う。
 だが、人の神経を逆撫でするような物言いの仕方は似ているかもしれない。
 そんな風にデネブが思った瞬間、オーナーは笑顔のまま……しかし声だけには呆れ返ったような感情を込めて小さく呟きを落とした。
「……今回の歴史が妙なのは、きっと彼が何回も何回もあんなカードを使ったせいだ」
「あんなカード?」
「んー? 『時間を巻き戻してやり直し』の出来るカード」
「っ!? そんな危険な物があるのか!?」
「『ある』と言うべきか『あった』と言うべきか……一応、使える存在は限られているし、もう使われる事はないと思うけど、個人的には真っ先に消し去りたい代物だよ。僕、今そういう顔してるでしょ?」
 侑斗の問いに、今度はあからさまに忌々しげにオーナーは呟く。
 それは出会ってから初めて浮かべた、負の感情を示す表情。そしてようやく言葉と表情が本当に一致したように見えた瞬間でもあった。
 だが、彼はすぐにその顔を笑みの形に戻すと、視線を窓の外から侑斗とデネブの方に向けてくる。
「さっきからお前一人で納得してないで、俺達にもわかるように説明しろ」
「あーうん。簡単に言っちゃうと、自分の都合の良いように時間を何度も繰り返す人間がいたって事」
 言われ、デネブの心臓が跳ねる。
 過去を自分達にとって都合の良い物に変えようとする存在……それはまさしくイマジンその物の事を指しているのではないか。
 そして、その存在を快く思っていないなら……恐らく彼は、自分と言う存在を消しにかかるのではないか。
「それは、カイや……俺達イマジンの事か?」
「え? ああ、違うよデネブ君。だって君達は『この世界』……いや、君達風に言うなら『この時間』に来るべくして来たんだから。それに繰り返していないでしょ?」
 恐る恐る……そして苦しそうに吐き出したデネブに、彼は何もかも知っているかのような、そしてどこか慈悲深い笑顔で言葉を返す。
 デネブの考えは杞憂に終わったが、相変わらず何も分らない側には、とても理解し難い物言いだ。
 イマジン以外にも過去を変えようとした存在がいると言うのは、何となく分る。そしてその存在を、オーナーが嫌っていると言うのも。
 だが、イマジンが「来るべくして来た」とはどう言う事なのか。イマジンが来る事は「当然の事」だとでも言うのだろうか。それに、「この世界」と「この時間」と言う表現の違いや、彼の目的も分らない。
 しかし、それを問うたところで、彼がその「全て」を答えるだろうか。何となく、また新たな疑問を生むような発言をし、こちらをはぐらかしにかかるような気がする。
「……もう良い。聞くだけ時間の無駄だ。で? 行き先はどこだ?」
「うん。今回の行き先は渋谷。『やり直す事をやめた』から、この時間では彼らが戦う事はなかったんだけど」
「……代名詞を使うのはやめろ、いちいち聞くのが面倒くさい」
「ああ、『彼ら』って言うのはね、これから行く所で戦っていた戦士達の事」
 あっさりと、オーナーはそう言った。それどころか代名詞を使った事に対して、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべているようにも見える。恐らく、無意識の内に「彼ら」と言う単語を使ったのだろう。
 だが、その台詞には矛盾を孕んでいる。
「『戦う事はなかった』のに、『戦っていた』と言うのは……」
「矛盾してるって気がするけど……言っただろう? 『時間を巻き戻してやり直し』をしていた人がいたって」
「つまり、やり直しをする前は、そいつらは『戦っていた』けど、やり直す事をやめた時、『戦う』と言う歴史を抹消した……って事か?」
「歴史を抹消した訳じゃない。やり直しの結果、戦う必要がなくなっただけなんだけどね」
 笑顔のまま、まるで子供に聞かせるような口調でオーナーは言いきる。
 恐らく、彼もわかっているのだろう。これ以上説明しても、きっと侑斗達に真実が伝わらないであろう事が。
 だが、それでもデネブには素朴な疑問が浮かんだ。
「……やり直しをしたなら、何であなたはそれを覚えているんだ? 『なかった』過去は思い出せないはずだ」
「んー……そこはほら、時の列車の力のお陰って言うか?」
「……何で疑問形なんだよ……」
「いやぁ。僕はちょっと特殊な存在イキモノだから」
 呆れたように聞き返した侑斗の言葉に、少しだけ寂しそうな表情を浮かべてオーナーは答えを返した。
 言葉の意味をそのままに受け取るならば、彼もまた、良太郎やハナと同じ特異点と呼ばれる存在である事になる。
 だが、それなら「特異点だ」と言えば済む事のはず。そう言わなかったのは、多分彼が特異点ではないからなのだろう。
 では「オーナー」という職に何かあるのだろうか。就いていたら、どれ程歴史が……時間が変わってしまっても、変わる前後の時間を忘れないと言う特典でもあるのだろうか。
 実際、侑斗が一度消えてしまった時、デンライナーのオーナーは侑斗の事を覚えていたらしいし。
 と、侑斗が半ば無理矢理自分を納得させた時。思い出したようにオーナーはポンと自身の手を叩いた。
「あ、そうだ。現地に着く前に渡しておかなきゃって思ってたんだ」
 そう言ってオーナーが差し出したのは、カードケースと見慣れないカードの束。カードデッキ、と呼ぶ方が相応しいか。無論、時の列車のチケットでも、ゼロノスのカードでもない。
 どことなくトレーディングカードを連想させるが、強力な「力」のような物を、侑斗もデネブも感じていた。一番上にあるのは「Contract」の文字の書かれた灰色っぽいカードだ。
「何だ、これ……」
「『そこ』に入るのに、どうしても必要なカードデッキの模造品レプリカ。あえて言うなら滞在用のチケットみたいな物かな。変身機能がない事以外は本物と全く同じものだから、大丈夫なはずだよ。……そこに行く分には。多分。……きっと」
 説明しながらも、オーナーの視線が徐々に侑斗達から逸れていく。
 頬に一筋の汗が流れているのは、はっきりと言い切る事が出来ないからなのか。
「物凄く、不安だ……」
「酷いなぁデネブ君。一応、効力の程は僕自身では実験済み。本物のデッキと同じ、九分五十五秒は鏡の向こう側にいられた訳だし」
「鏡の向こう側? ちょっと待て、俺達は過去に向かってるんじゃなかったのか?」
 オーナーの言葉に、侑斗が思い切り顔を顰めて問いかける。
 実際、目的の時間は西暦二〇〇八年一月二十日であり、そこに向かってゼロライナーも走っている。にもかかわらず、「鏡の向こう側にいられた」とはどう言う意味なのか。「過去」と「鏡の向こう側」は何か関連があるのだろうか。
 ゼロライナーが目的の時間の近くまで来たのを感知したのか、オーナーは笑顔を崩さぬまま……しかしどこか真剣な眼差しで侑斗の問いに答えるように言葉を紡ぐ。
「過去にも行ってるよ。でも、今回の目的地が『鏡の向こう側』なんだ。概念的には鏡の中の世界って言った方が良いかな。一般的には『ミラーワールド』とか呼ばれているね」
「……はあ?」
「うーん……わかり難いならこう考えてくれれば良いよ、『左右が反転した異世界』ってね」
 すっきりきっぱりと言いきったその言葉に、侑斗もデネブも呆気に取られる。
 「考えてくれれば良い」とは言われたが、簡単に想像できるような事ではない。
 何より彼らには、「異世界」という概念が薄い。ないと言っても過言ではない。
「実際に行って、体感した方が早いって気がするけどね」
 言いながら、オーナーは再びゼロノスのカードを侑斗に向かって差し出す。
 ……先程見た、黒地に黒い模様のカードを。
「さっき、受け取ってくれなかったでしょ? 万が一って事もあるから、保身の為にも受け取ってよ」
「……受け取るだけだぞ」
「いいや、きっと君は変身する。『月の子』と……イマジンと戦うために」
 侑斗としては、他人の記憶を犠牲にして戦いたくはない。しかしここで受け取る事を拒否しても、きっとオーナーは無理にでもカードを渡すだろう。ならば、受け取るだけ受け取って使わなければ良い。
 その考えすらも見抜いているかのように、オーナーはそう言って……「自分に関する記憶」を代償とするカードを侑斗に手渡す。
 その刹那。今まで黒で描かれていた模様が、侑斗の触れた部分から伝播するように、緑色へと変化した。
「ちょっと待て、何だこれ!?」
「んっふっふ~。ゼロノスのカードは、持ち主のチャクラを『色』で示す。黒から緑に変わった以上、これでそのカードは侑斗君とデネブ君のチャクラにのみ反応する。ぶっちゃけ、侑斗君の物になったって訳。返品不可になったから、どう扱おうと君の自由だよ」
 突然の出来事に驚きを隠せないでいる侑斗に、オーナーはニヤリとしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべて答えを返す。
 その言葉が思いっきり詐欺っぽく聞こえるのは、気のせいではないはずだ。
――ハメられたっ!――
 歯噛みし、心の中でのみ悪態を吐くが、既に後の祭り。恐らくオーナーの言う通り受け取ったカードは「侑斗の物」となったのだろう。ギロリとオーナーを睨みつけながらも、変わってしまった物は仕方ない。侑斗は黙ってカードをポケットの中へとしまいこんだ。
「じゃ、準備も整った事だし……いざミラーワールドへ」
 オーナーの声に応える様に、ゼロライナーがレールのつながっていないトンネルの一つに向かって走り出す。
「って待て、どう言う事だ!? お前、鏡の向こうって……」
「いや、鏡を使っても行けるんだけど……時の列車の力を使うならこっちの方が近いんだよ。大きな歪みも生じないし」
「そうじゃない! 何でトンネルなんかに向かうんだって聞いてるんだ!」
「……あれ? 言ってなかったっけ? レールのつながっていないトンネルの向こうは全部、異世界なんだよ。そして、今向かっているトンネルはミラーワールドに続いている」
――聞いてないに決まってるだろ!――
 心の中で再び悪態を吐いているうちに。
 ゼロライナーは混乱する侑斗とデネブ、そして楽しそうに笑うオーナーを乗せたまま、トンネルの向こうへと進んでいった。
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