紅蓮の空、漆黒の戦士

【その2:白衣のオーナー】

「デネブ……あれほど椎茸入れるなって言っただろうがっ!」
 桜井侑斗の声が、ゼロライナーの中に響いた。
「……あ、バレた?」
 厨房からひょっこり顔を出したのは、彼のイマジン、デネブ。
「可愛く言って済む問題じゃねーだろ!」
「ああぁっ、侑斗、暴力反対」
 腕拉うでひしぎ十字固めを喰らい、デネブはペシペシと床を叩く。
 カイとの戦いも終わり、侑斗は自分の時間に帰るべくゼロライナーに乗車していた。まあ、その間にデネブの作った食事を取っていた訳だが、いつも通りデネブはこっそりと中に椎茸を入れ、これまたいつも通り侑斗にばれてプロレス技をかけられる……
 そんなゼロライナーではおなじみの風景は、唐突にあがった男の笑い声で、いともあっさりと破られた。
「あっはっは。随分と、楽しそうだねぇ」
 ……妙な話だ。
 このゼロライナーには、今や自分……桜井侑斗と、デネブの二人しかいないはずなのに。
 その事に瞬時に思い当たると、それまでの朗らかな空気は一変し、肌に刺すような緊張感に満ちる。
「誰だ!?」
 デネブにかけていた技を解き、瞬時にその場で構えを取る。
 デネブも同じように、油断なく扉の方を睨んでいる。
「ええええええ? 侑斗君はともかく、デネブ君まで激しく警戒!?」
 侑斗の声に応えるように、ふざけた風に言いながらも現れる一人の男。両手を挙げて入ってきたのは、敵対する気はないと言う意思表示か。だが、いかんせん状況が状況である。しかも侑斗やデネブの名前まで知っているとなると、余計に警戒心も強くなると言うものだ。
 男の年齢は二十四、五歳と言ったところだろうか。それなりに端正な顔立ち。白衣を着ているが、医者と言うよりは科学者のような感じがある。
 ニコニコと笑顔を絶やさぬまま、男は侑斗達の警戒心など意に介さず、すたすたと二人に向かって歩を進める。
「動くな。……俺は、誰だって聞いたんだけどな」
 カイとの戦いでカードを全て使い切った侑斗に、変身する術はない。デネブもここがゼロライナーの中で以上、指から散弾を発射、と言う訳にも行かない。
 それでも、この男が牙王のように時の列車を強奪する者であれば、それ相応の対応をしなければならない。時の列車の悪用ほど、危険な事はないのだから。
 そこまで侑斗の思考が至った時……男は初めて笑顔を崩し、きょとんとした表情へと変わる。だが、やがて何か思い出したかの様な表情で手を叩くと大きく一つ頷いてからその口を開いた。
「そう言えば、君達に直接会うのは初めてだったね? 僕はこのゼロライナーの製作者。ついでに所有者もやってるかな。まあ、簡単に言えばオーナーだね。あ、これゼロライナーのマスターパスね。あと、この炊き込みご飯、食べて良いかな?」
 ある意味において「桜井侑斗」を巻き込んだ張本人が、下手をすると聞き流してしまいそうなくらいあっさりと……おまけに一息でそう言いきった。
 しかも侑斗の食事を勝手に食べながら、大事な物であるはずのマスターパスを、軽やかな動作で侑斗の方に投げて。
「ああ、この椎茸の煮付け具合が最高だね!」
「あ、ありがとう。今回のは自信があるんだ」
「喜んでる場合か! って言うかそれは俺のだろ! お前も何で人の飯を勝手に食ってんだよ!」
「えー、だって侑斗君、椎茸が嫌いでしょう。食べないんだったら僕が貰おうかなって」
 平然とどこからか取り出したらしい自分の箸を用いて、侑斗の食べ残した椎茸の炊き込みご飯を頬張る自称ゼロライナーのオーナーに突っ込みつつ、侑斗は彼から奪うように茶碗を取り上げる。
 デンライナーのオーナーとは違い、とっつき易い感じはあるが、どちらも変人である事には変わりなさそうだ。
「……で? 今更何の用なんだよ。俺は自分の時間に戻るだけだと思ってたんだけどな」
「ほんひょはふぇ」
「…………口の中の物飲み込んでから喋れ」
 茶碗を取り上げられたせいか、今度はおひつから直接、口いっぱいにご飯を頬張る彼に軽い眩暈を覚えながらも、侑斗は再び突っ込む。
 言われた方は頬張っていたご飯を半ば丸呑みするように嚥下すると、にこやかな笑顔に戻って話しだした。
「……本当はね。でも、そうも行かなくなっちゃってさあ」
「何?」
「侑斗君にはもう少し、ゼロノスとして戦って欲しいんだ。あ、そうそう、野上良太郎君と一緒に」
 語尾にハートマークでもつきそうな勢いで喋るオーナーに、一瞬眩暈と殺意を覚える侑斗。
 しかもさらりと今、野上も巻き込めと言わなかったか?
「……俺も野上も、もう変身できないのにか? 俺にはカードがないし、野上にはパスがない」
「それに関してはノープロブレム! 良太郎君にはパスを渡せば良いだけだし、ゼロノスのカードならほらここに」
 爽やかすぎていっそ殺してやりたくなるような笑顔を浮かべながら、オーナーは白衣の右ポケットから見た事のある黒いカードを取り出す。ただ、自分の知っているカードとは異なり、模様が描かれている様子はない。……いや、描かれてはいるが、黒地に黒で描かれているので見えにくいだけか。
 それを見て、思わず侑斗もデネブも驚かずにはいられなかった。
 ……もしも、また侑斗に関する記憶がなくなったら……今度こそ彼は、時の中の住人となってしまう。誰からも忘れられ、それ故に時の中しか居場所のない……そんな存在に。
 そう思ったデネブに気付いたのか、カードの持ち主は悪意の一切感じられない笑顔を二人に向け……
「あ、今回消費されるのは、君……『桜井侑斗』君に関する記憶じゃないから、安心して大量消費してくれて良いよ。と言うか、僕としてはむしろ大量に消費してくれると嬉しい。そう言う顔、してるよね?」
 ゼロノスのカードは、「他人の中にある、特定人物に関する記憶」と引き換えに変身できるカード。使用すればする程、人々の中からはその「特定人物」に関する記憶……即ち過ごしたはずの「時間」が消えていく。
 今までは侑斗に関する記憶を代償として変身してきたが、今回はそうでないらしい。ならば……誰に関する「記憶」を……否、「時間」を犠牲にすると言うのか。
 そう思った時、思い当たったのはこの男が挙げたもう一人の人物。
「……まさか、野上に関する記憶じゃないだろうな」
「違う違う。いくら僕でも、そこまで人非人にんぴにんじゃないよぉ。これはリント……じゃなかった、人間の中にある『僕に関する記憶』を代償にするだけ」
 低い声で訊ねる侑斗の問いに、さらりと、オーナーは答えを返す。
 しかもその表情は、どこか嬉しそうですらあるのだから不思議だ。
 野上の記憶を使わない事には安心したが、何故この男は、自分が忘れられてしまう事に関してそんなににこやかでいられるのか。
「……何でお前の記憶なんだ?」
「僕の場合は彼らの記憶から消えていた方が、何かと都合が良い立場だからね。特に年齢層の高いリントからは」
「りんと?」
 先程もそんな事を言っていたのを思い出し、それまで黙って聞いていたデネブがようやく口を挟む。
 聞き慣れない単語のせいか、その単語だけが、彼には浮いて聞こえていたらしい。軽く首を傾げ、心底不思議そうにオーナーを見やる。
 もちろん侑斗もその事は気になっていたのだが、いかんせんこの男には聞きたい事が多すぎる。故に、侑斗にとって「リント」の意味の優先順位は相当低いものだったのだが……聞けるのであれば、それを止めるような事はしない。
「元々は超古代の人類の事。それが転じて人間の事を指すかな。僕はグロンギの連中の使っていたこの呼び方が気に入っていてね」
「グロンギって?」
「異世界の主が作った、この世界を侵略するための存在」
「異世界とか、突拍子もない事言うな」
「本当の事を言ってるって顔、してるはずなのになぁ」
 にこやかな笑みのまま、だが声にはどこかがっかりしたような感じを醸しながら、オーナーはそう言葉を紡ぐ。だが、それが逆にこの男の言葉を嘘くさいものへと変えてしまっていて、どうにも信用できない。
 とは言え、渡されたマスターパスは本物だし、差し出している漆黒のカードも、恐らくは本物のゼロノスのカードだ。
 言動は信用できないのに、物的証拠が信用せざるを得ない状況を作り上げていた。
「僕の事は信じなくても良いけどね。でも、これを受け取ってもらえないと彼女に怒られるって気がする」
「彼女? 誰の事なんだ?」
「デンライナーの元オーナーで、僕と同じ『皇帝の下僕』。でもって、今までの全ライダーシステムの製作に関わってきた存在ってとこかな」
「全『ライダーシステム』?」
 疑問に思う単語を逐一拾い、問いかけるデネブに、これまた丁寧に……しかしまた疑問を生むような答えで返すオーナー。
 本人としては分かりやすく説明しているつもりなのだろうが、聞いている身としては何の事か分からない以上、聞き返すしかない。
「異世界からの干渉を退けるためのツール……簡単に言えば変身するための道具かな。例えば、このゼロノスのベルトとか、電王のベルトとか。色々な組織に入り込んで、こう言った物を作ってるんだ」
「ちょっと待て。組織って事は、他にもこんなモンを作ってる連中がいるのかよ」
「いるよ。素晴らしき青空の会、ZECT、猛士、BOARD、スマートブレイン、ゴルゴム、バダン、ショッカーなどなど。今じゃ、彼女の肩書きが沢山ありすぎて。よくまぁいちいち全部覚えていられるなぁって感心するんだ」
 半ば呆れたように、肩をすくめるオーナー。
 しかし、侑斗もデネブもその名前に一つも心当たりがない。本当にそんな組織があるのかさえ疑わしい。
 特に最初に挙げられた「素晴らしき青空の会」とやらは、何となく気象愛好家の集まりのようにさえ聞こえてしまう。
「どれも知らないな。本当にあるのか、そんな組織?」
「他はともかく、ZECTやスマートブレインは有名どころだと思うんだけど。……ああ、そっか。侑斗君、中途半端に昔の人だから」
「……含みのある言い方だな、おい」
 侑斗はギロリとオーナーを睨みつけるが、睨まれている方はそんな侑斗の視線をあははと笑って軽く流すと、マイペースに話を続ける。
「まあ、早い話がね」
「早くねぇっ!」
「イマジンが残ってたって話なんだ。しかも契約済み。多分、近い将来悪事を働くだろう」
「……何?」
 再びさらりと放たれた言葉に、思わず侑斗の声が低くなる。
 イマジンは消えた。だが、ひょっとすると……契約者と強いつながりを持ったイマジンなら、自分とデネブのように消えずに残った可能性もあるのだ。
 ……何故、その可能性を考えなかったのだろうか。
 そういうイマジンがいても……そして、そいつらが悪事を働いたとしても、おかしくはないと言うのに。
「百聞は一見にしかずって言うリントの言葉もあるし、その瞬間に行ってみようか?」
「はあぁ!?」
「その瞬間って……」
「だから、イマジンが契約する瞬間。ただし、九分五十五秒って言う、制限時間付きだけどね」
「何だ、その中途半端な時間は」
 侑斗の問いかけを笑って無視し、オーナーは白衣のポケットから一枚のチケットを取り出す。
 「2008.01.20」という日付と、黒を主体に赤い模様の入ったイマジンが描かれたチケットを。
「さあ、行こうか。日付は西暦二〇〇八年一月二十日。ちょうど君達の戦いが終結した時間だ」
「な……おい! 勝手に……」
「ただし、向かう場所は君達が知っているようで知らない場所……だけどね」
 勝手に決めるなと侑斗が言いきるよりも先に、何故か嬉しそうに言うオーナー。その有無を言わさぬ笑顔と態度に、もはや侑斗は突っ込む気力などなかった。
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