紅蓮の空、漆黒の戦士

【その後:紅蓮の空、漆黒の戦士】

 西暦二〇〇八年四月十二日。
 ライブラリーカフェ、「Milk Dipper」。
 本来なら客で賑わい、野上愛理がコーヒーを入れているはずのそこに、今は二人の男しかいなかった。
 否。もう一人……殆ど砂と化しているイマジンもいる。
 このイマジンこそ、「悪のネガタロス軍団(仮)」を作った張本人、ネガタロス。
 ネガデンライナーを破壊されて消滅したと思われていた彼は、今まさに彼の契約者の元に帰ってきた所だった。
 ここ……ミラーワールドの、「Milk Dipper」へ。
 一方は漆黒の鎧を身に纏った、騎士を思わせる戦士。店の外には彼と契約を交わした闇色の龍が控えている。
 もう一方は十八、九くらいの青年。穏やかな笑顔を浮かべ、闇よりもなお暗い色を湛える瞳でネガタロスを見つめながら、その形を与え続けている。
「……すまん、失敗した」
「いいよ。こっちに鏡の戦士が……龍騎が現れた時点で、上手く行くとは思ってなかったから」
 何とかこちらに逃げ延び、うなだれる様に謝るネガタロスに、彼の契約者は再び体を与えつつ、笑顔でそう答えた。
 その手に、ネガタロスが持ち帰ったライダーパスを弄んで。
「……俺を処分しないのか?」
「何を言ってるの、ネガタロス。真の悪って言うのはね、手駒をすぐに斬り捨てるような事はしないんだよ。使うだけ使って、利用価値がなくなってから初めて捨てるんだ」
「……お前は、俺にまだ利用価値があると……そう思っているのか?」
 ネガタロスの問いに、契約者はただひたすらに穏やかな笑みを浮かべるだけ。
 それでも、その笑顔が寒く感じられるのは、契約者が純粋な悪であるためか。
「言ったでしょ? 『失敗しても、ここに必ず帰って来るんだよ』って。それを守っただけでも、まだ君に利用価値はある。それに……大丈夫、ネガデンライナーの修理が終わるまで、他の方法を考えるよ。こっちには城戸さんもいるんだし」
 言いながら、青年は漆黒の戦士……リュウガに目を向けた。
 戦士はその視線を受けると、腰のカードデッキを外して変身を解く。そこに現れたのは三十代少し前くらいの男。少し茶色がかった髪に、青いジャンパーを着ている。
 ……城戸真司。鏡の外の世界でそう呼ばれている存在に、その男は酷似していた。違うのは、服の模様が左右反転している事と、その顔に浮かぶ邪悪な笑み位か。
 彼もまた、「城戸真司」である。
 ただし、外の世界の城戸真司とは鏡像の関係にあるために、あちら側……「外の世界」では九分五五秒しか存在できないし、何より精神的なもの……根っからのお人好しである城戸とは正反対に、真司の方は邪悪その物であるのだが。
「ライドシューターを使って、外に行く気か?」
「ううん。しばらくは静観するよ。まだ色々と動きがありそうだし」
 真司の問いにそう返して、ネガタロスに体を与え終えた契約者はカウンターの中に入る。
 棚からコーヒー豆を取り出すと、慣れた手つきで豆のブレンドを始める。
「動きがあるなら、のんびりしてる場合じゃないんじゃないのか? 俺達が外を破壊するよりも先に、誰かに破壊されちまうだろ?」
「あの世界は、そう簡単には壊れないよ。『運命の輪』や『世界』が動き出さない限りは」
 カウンター席に座る真司を見ながら、ネガタロスの契約者は彼の前にカップを置きつつそう答える。
 どうやら、真司専用のカップらしい。当たり前のようにそのカップを受け取りながら、真司はカウンターの青年に視線を向ける。
「『運命の輪』に『世界』か。そうなったら、俺達も危ないな」
「まあ、そう簡単に動くとは思えないけどね」
「……十番目ディケイドが倒されない限りはな。けど……次の準備が整うまで、待てるかなあ、俺……」
「……外の世界の姉さんがよく言うんだけど……幸運の星はゆっくり巡ってくる物らしいよ」
 カラカラとコーヒー豆を煎りながら。
 ネガタロスの契約者……鏡像の「野上良太郎」が、にこやかな笑顔で答えた。
「だから、それまでは……僕達は、ゆっくり見ていて良いと思うんだ。外の世界にもたらされる『不幸』を、最も安全なこの世界で」
 そう言って、良太郎は鏡を取り出す。
 そこに映るのは、見つめる自分の姿ではなく、外の世界の様子。丁度、足を滑らせて転びつつ、運んでいたコーヒーを頭から被る野上と、それを見て慌てる城戸と秋山の姿が映っている。隣ではちゃっかり避難している手塚がいて、その様子をちょうど入ってきた北岡と由良が驚きの表情で見ている。店の外からは浅倉がそれを見て喉の奥で笑い声を上げていた。
「……不愉快だよね。こんな平和なんて」
「ああ。あの浅倉でさえ毒がない。向こうの俺には良いのかもしれないけど、『俺』にとってはつまらないな」
 本当に退屈そうな表情で答える真司。
 一方の良太郎は、殺意さえこもった視線でその鏡を見つめている。その鏡の中の一点……外の世界の、「野上良太郎」に。
 その瞳に、邪悪な色を湛えて。
 良太郎は事も無げに言い放つ。
「……全ては僕達の破壊のために……ね」

「やっほー、久し振り」
 野上が手塚と出合った、占い師の家の中で、人の姿のバジリスクアンデッドは、さも当たり前のように一人の女性に声をかけた。
 妖艶という表現のよく似合う、神秘的な雰囲気、年は三十代だろうか、薄い青を基調にコーディネートされた服がよく似合う。この家の主らしく、キッチンで紅茶を淹れていた。
 この家の主と言う事は、占い師なのだろう。胡散臭さなど微塵もない、どんな結果が出てもすんなりと聞き入れても良いと思わせる。
「そろそろ来るだろうと思っていたわ、玄金……いいえ、バジリスク」
 占い師は、まるで彼が来るのが分かっていたかのような態度でそう返し、淹れたての紅茶を出した後、手元のカードをシャッフルする。
 しかも、彼の正式な名を呼びながら。
「『月の子』はもうすぐヒトの姿に変わるわねぇ」
「そ。それと同時に、『干渉者』達の侵攻も進むだろうね」
 にこにこと笑顔を向けながら、バジリスクは予言めいた占い師の言葉に頷く。
 まるで二人とも、この先に起こる出来事を知っているかのように。
「スフィンクスが、モノリスを取り返しに行くのも……」
「もうすぐって気がする。だけど、トンネルの向こうには行く事は出来ても、帰ってくる事は出来ない。……このままじゃね。だって列車の数が圧倒的に足りないんだもん」
「だから、私の列車が……ガオウライナーが必要だと、そう言う訳ね?」
 そう言うと、カードを並べ終えた占い師は懐中からパスを取り出し、バジリスクに手渡す。
 赤い地に、金色で「Infinity」と、それをあらわす無限大のマークが描かれたチケットが、そこには入っていた。
「修理は終わっているから、余程無茶な運転をしない限り大丈夫よ」
「いやぁごめんねぇ、僕の列車ゼロライナーで粉々にぶっ壊しちゃって」
「良いのよ。牙王に奪われた時点で、壊されるであろうそうなる事は分かっていたのだから」
「はっはっは。これで向こうに行ったらまたぶっ壊れ~って事になったら大笑いだよねぇ」
「……修理したのは『彼』だもの。その点は心配ないわ」
 あまり悪いと思っていなさそうな声で言うバジリスクに対し、温和な笑みを浮かべながら彼女は手元のカードを一枚一枚開いていく。
 これからの未来を、そして過去と現在を、見通すかのごとく。
「……ねえ、何が出た?」
 どこか不安そうに、だがそれ以上に好奇心に満ちた表情で、バジリスクは占い師に問いかける。
「『現在』は『塔』。これは『塔の駒』……ファンガイア氏族、主にチェックメイトフォーの事ね。『過去』は『月』。言わずと知れた『月の子イマジン』」
 雷によって破壊される石造りの塔の描かれたカードと、月に向かって蟹が行進する様の描かれたカードをそれぞれ指しながら、占い師は私情を入れずに答えていく。
 どちらも、あまり意味の良いカードとは言えない。
 「塔」のカードは悲嘆、災難そして転落などを意味し、「月」のカードは隠れた敵や幻想、失敗などを意味する。
「未来のカードは?」
「……『戦車』ね。『操縦者オルフェノク』の事でしょうけど……」
 上下が逆に置かれた騎士と戦車の描かれたカードを見つつ、占い師は深刻な表情で呟く。
 「戦車」のカードが持つ意味は、援軍や勝利であるが、逆位置……上下が逆の状態では意味が変化して、復讐を意味するようになる。
「つまり……『あの時間』とつながりかけてるって事かな?」
「ええ。人間が激減し、殆どが『操縦者』と化したあの時間と」
 バジリスクの問いに深く頷きつつ、占い師は残りのカードを指でなぞっていく。
 それに退屈したのか、バジリスクアンデッドは大きく欠伸をすると、相変わらずの嘘くさい笑顔で彼女に声をかけた。
「それじゃあ……次は頼んだよ、ドラゴン」
「はいはい。……よく考えて行動しておくわ」
 不快に思った様子もなく、ドラゴンと呼ばれた占い師は、さっさと踵を返すバジリスクの背中を見送る。そして……
「あら?」
 占っていたカードに違和感をおぼえ、ドラゴンと呼ばれた彼女はもう一度カードをなぞる。
 過去に「月」
 現在に「塔」
 そして未来……
「……まあ」
 「戦車」のカードに重なって現れた、もう一枚のカード。
「……やらかしちゃったかしら?」
 新たに現れたカードを眺めながら、彼女は小さく溜息を吐く。
「……まさか、このカードが出ているなんてねぇ……」
 そう言って眺めたそのカード。
 歯車のような物の周囲に、炎や風、植物や人間などと言った、様々なものが描かれている。
 ……「運命の輪」。幸運や転機、向上と言った良い意味を表すことが多いのだが……同時に、劇的な変化も意味するカード。
「十番目の目覚めが近い、と思った方が良いのかしら?」
 呟いた瞬間、キィンと言う高い音と共に、化粧台の鏡の中に男が現れる。
 ベージュ色のコートを着た、無表情な青年……神崎士郎の姿が。
「静観しているつもりなのか?」
 鏡の向こうの世界からの問いかけに、占い師はさして驚いた様子もない。むしろ、当たり前のように神崎の方に顔を向け……笑顔で、その問いに答えた。
「良いの。だって、私が動くべきはその更に先……『操縦者オルフェノク』の世界が動き出した時だもの」
「そうなる前に、この世界が消えたら?」
「……それはないわ、神崎。だって……」
 妖艶、としか表現できないような、穏やかな笑みを浮かべて。
 彼女は更に言葉を続ける。
「人間は、神々が思っている以上に強いもの。それこそ、ミラーモンスターやアンデッド、ファンガイア、イマジン、そして……」
「オルフェノクよりも、か」
「ええ。それこそ『吊られた男』の暇潰しなんて不要なくらい」
 「暇潰し」という言葉と同時に、彼女は神崎のポケットのカードデッキを指差す。
「今回の出来事は、全て彼の暇潰し。ミラーモンスターを生み出したのも、アドベントカードを生み出したのも。人間同士の争いを見たいが為の、残酷な悪戯よ」
「だが……それでも、その悪戯から足掻こうとする。戦いを、止めようと」
「当然ね。人間は生きているもの。……神々にでもどうにもできない物、それが、『意志』というものではなくて?」
 その言葉を聞くと同時に、神崎は口元に、微かな笑みを浮かべ……そのまま、姿を消した。
「……さて、と。それじゃあ、私も準備をしましょうか」
 軽く伸びをすると、誰にでもなくそう呟き……
「この世界を守るための、『皇帝の下僕』として……そして私自身の目的の為に、ね」

 この後、どうなったかって?
 それはドラゴンに聞いてよ、僕は知らない。
 「操縦者」達で溢れかえった世界に行こうと思ったら、もう完全に閉じちゃってたんだもん。
 だから……次の語り手は、僕じゃあない。
 妖艶な占い師、僕達の仲間の一人。
 温和そうでいて、怒らせると一番怖い存在。
 ……気をつけてね、彼女の「逆鱗」に触れないように。そうでないと……
 ガオウライナーで、君の時間、ごっそり消されちゃうかもよ?
 僕、そういう顔、してるでしょ?
 それじゃあ、そう言う事で。
 ……またのご乗車、お待ちしております。
 ゼロライナー所有者オーナー、バジリスクアンデッド・玄金武土より。
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