紅蓮の空、漆黒の戦士

【その18:碧牛の苦労】

「くそっ! 何なんだよ、あいつら……!」
 呼吸を整えながら、思わず毒吐く城戸。
 それを横目で見つつ、秋山と手塚は分からないと言う風に首を横に振った。
「少なくとも、ネガ電王は俺達とは全く違う仮面ライダーだ」
「そして、奴もリュウガも、俺達にとって敵だと言う事も分かった」
 それが何を意味するのかはわからない。だが、少なくともネガ電王と名乗った仮面ライダーは、本気で城戸を殺す気だった。
「だけど……リュウガの奴は、本気じゃなかった」
「何?」
「何でかはわかんないけど……わかるんだ。あいつは、本気で戦ってなかった」
 真剣な表情で、城戸は答える。
 剣を交えたからこそわかる。リュウガは……そして、それに変身している何者かは、城戸だけを狙い、そして城戸を弱らせる事を目的としていたように思う。
 ネガ電王が城戸に止めを刺そうとした時も、必死になって止めた。
 自らの「願い」とやらを、叶えるために。
 その「願い」が何なのかはわからない。しかし、それが世間一般の「善行」であるとは到底思えない。
 彼の願いは、深く、重い「闇」……まさに、その先に希望を見出す事など不可能な、「暗澹」であるように、城戸は感じとっていた。
「……この戦い、思ったよりも根が深いのかもしれないな……」
 そう呟くと、手塚は大きく溜息を一つ吐く。
 占えばこの先がわかるのかもしれない。だが、それでは本質は見えてこない。そんな気がする。
「……ま、考えてもしょうがないか。とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着こうぜ」
 すっくと立ち上がり、重くなりかけた空気を打ち破る城戸。
 彼の浮かべている笑顔につられたのか、秋山と手塚も口元を綻ばせ……
「……楽観的だな」
「それが俺の長所! ……ってヤバっ! 俺、今月もう財布がピンチなんだった」
「……貸さん」
「そんな事言わずにさぁ。頼むよ蓮、蓮様! このとーり!」
「…………断る」
 そっぽを向き、にべもなく言う秋山を恨みがましい目で見てから、今度は手塚の方に向き直り……
「じゃあ、手塚! お願い!」
「……自業自得だ」
「何で二人ともそんなに冷たいんだよ!」
 くるりと踵を返し、不満顔の城戸を置いて、二人は「Milk Dipper」の方へと歩き出す。
「あ、おい、待てよ! 待てって! なあ、置いてくなよ!」
 うっすらと、意地の悪い笑みを浮かべながら。
 秋山蓮と手塚海之は、後ろで騒ぐ城戸真司をよそに、束の間の「日常」へと戻って行った……

「おい」
 とあるホテルにある中華料理店の中で。料理が運ばれたのを確認した後、目付きの鋭い男が自分の隣に座る異形に声をかける。不機嫌そのものの声で。
 男の名は黒木誠也。全国指名手配中の「極悪人」である。
 声をかけられた異形……漆黒に赤い紋様のイマジン、ネガタロスは、男の不機嫌など気にかけた様子もなく椅子に体を預けている。
 そんな彼らの後ろには、十人程が、所謂「休め」の姿勢でその場に立っていた。
「まさかこれが、お前の言っていた『世界を牛耳る組織』って奴じゃないだろうな?」
「文句あんのか?」
「いや。ただ、町内会と間違えたかと思ってな。たったこれだけ? しかも、イマジンとファンガイアだらけだ」
 「ファンガイア」と言う黒木の言葉が響くと同時に、ネガタロスの後ろに立つ黒服の男達の顔に、ステンドクラスの模様のような物が浮かび上がる。
 ファンガイア。ヒトのライフエナジーを奪い、自らの命をつなぐ種族を指す。普段は人間と変わらぬ姿で過ごしているが、実際は人とは異なる姿を持つ、「異形」の一種。ステンドグラスのような紋様は、彼らがファンガイア氏族である事の証でもある。
「焦るなよ。まだこれからだ」
 言いながら、ネガタロスは黒木に酒を注ぐ。小さめのグラスに注いでいる所を見ると、割と度数の高い酒らしい。
「俺様は誰も作った事の無ぇ、究極の悪の組織って奴を打ち上げる」
「まるでどっかのヒーローもんだな」
「馬鹿野郎! 最後に絶対負けるようなのと一緒にすんじゃ無ぇよ」
 小ばかにしたように言った黒木を不快そうに怒鳴りつけ、ネガタロスはその場にすっくと立ち上がり……
「俺様のは正真正銘、勝利する悪の組織、『ネガタロス軍団(仮)』ってトコだ」
 彼なりの美学があるのか、どこか陶酔したように言うネガタロスを無視し、黒木は出されている料理に箸をつける。
 胃に何も入れずに酒だけ呷ると、酔いが早く回るためだろうか。
 普段、警察から隠れている身としては、へべれけになる事だけは避けたかった。
「……名前はどうでも良い。俺が気にしてるのは……約束の報酬と……」
 言いながら、彼は少し離れた円卓に座る二人組に目を向けた。視線の先にいたのは、一人の青年。
 白いジャケットに、どことなく「ワル」な印象を受けるサングラスをかけており、出されていたワインを堪能している。
 その横には、黒尽くめのイマジン。肩から垂らした白い布のせいか、これまたどことなくマフィアのボス……と言うかドンのような雰囲気を醸し出している。
「あんなガキと一緒って事だ」
「嫌なら抜けろ! 用心棒は俺達だけで充分だ」
 サングラスを外しながら、青年が挑発するように声をかける。
 隣のイマジンは、その言葉に同調するように、こくりと一度だけ首を縦に振り……
「分け前も増えるしなぁ」
「自分より、腕の立つ奴は気に食わないか?」
 今度はあからさまに挑発しつつ、青年は声を立てて嗤う。
 ……その笑いに同調するように、挑発された方も低く笑い、席を立つ。そしてゆっくりと、青年達の方に歩み寄って……
「気に入ったよ」
 面白そうな笑い声から一転、声のトーンを落とし、黒木は青年に向かって言い放つ。同時に、懐中に隠し持っていた拳銃を取り出し、照準を青年に合わせた。
 言葉とは裏腹に、黒木には青年の存在が気に入らなかったらしい。
「ちょ…っ!」
 それを見ると同時に、イマジンは青年を守るかのように、銃口と青年の間に立ちはだかる。一方の青年は動じた様子もなく、その様子を静かに眺める。
 緊迫した空気が、一瞬にして場を支配した。
 イマジンが仕掛けるか、それとも男が引き金を引くか。
 そう思った矢先。
「よせ。仲間割れしてんじゃ無え」
 そう言って止めたのは、この場の主催であるネガタロス。どうでも良さそうな声音だが、こんな所で厄介事を起こされたくないのか、それとも手駒が減るのが嫌なのか。真意は定かではないが、とにかくネガタロスは席を立ち上がり、ゆっくりと黒木の方に近付いてくる。
「報酬は心配すんな。どこでも好きな時間に逃がしてやるよ。お前が指名手配される前の時間だ」
 宥める様に銃を構えた男の肩を、軽く叩く。
「こいつがあれば出来る」
 言って、ネガタロスが取り出したのは……ライダーパス。マークは、間違いなく電王の物。
 訝しげにそれを見る黒木とは反対に、青年……潜入に成功していた桜井侑斗は、そのパスを睨みつけるように凝視する。
 報酬がもらえればそれで良いのか、黒木の方は渋々と言った風に銃口を降ろし、再び自分の席に戻る。
 短い時間だったにも拘らず、濃密な殺気が混じった空気から、ようやく解放され、何事もなかったかのように、控えていた西洋人の女性が侑斗達に料理を運ぶ。皿の料理は炒飯だろうか。それをテーブルに置こうとして……
「む!?」
 イマジン……デネブに、止められた。
「この料理は誰が? 一応チェックさせてもらう」
「毒なんカ入ってナイわヨ」
「フン。味見だ」
 不快に思った様子もなく、片言の日本語で女性は軽く笑いながらデネブに答えるが、言われた方はお構い無しにその料理を軽く口に運び……
「……うをおおおっ!」
 唐突に、吼えた。
 その声に、侑斗も一瞬、毒の可能性を疑ったが……
「……もう少し、塩を控えた方が良いかな?」
 ひょうきんにも、そんな事を言ってのるのだった。
 ちなみに、無論この直後彼は侑斗に思いっきり足を踏まれる事になるのだった……

「お・ま・え・は……馬鹿かっ! 何であんな時に料理のダメ出しなんかしてんだよ! もう少し空気読め!」
「ごめん侑斗、でも塩分の取りすぎは体に悪いし……あ、痛い痛い痛い……」
 全員がその場から去った後。侑斗は思いっきりデネブを叩いていた。
「まあ良い。とりあえず、第一段階クリアだな」
「やっぱりあのネガタロスってイマジンがパスを盗んでいたんだな」
 黒木に見せていたパスは、間違いなくデンライナーの……電王の物。その確認が出来ただけでも、今日の収穫は大きい。
「ああ。けど、一体何が目的で……」
「多分それはねー」
『うおわっ!』
 誰もいない、と思っていたのに、背後から唐突に声をかけられた。しかもその声に、どことなく聞き覚えがあるような……
 思いつつ、二人は背後にいる声の主を確認し……
「……なんでお前がここにいるんだよ……」
 うんざりしたような声で、侑斗が呻く。
 服装の基本色は黒。その上から白衣を羽織ると言う、どことなく科学者のような格好。顔に張り付いた笑みは、物凄く胡散臭い。
 ホテルの中華料理店に、およそ似つかわしくない男が、さも当然のようにそこに立っていた。
 ……ゼロライナーのオーナー、その人である。
「何でって……そりゃあ、僕も潜入調査中って言うか? そう言う顔、してるだろ?」
「……顔以前に、その黒地に白衣って格好でかよ!?」
「まっさか~。流石に彼の前ではスーツだよ。実は、待ち合わせすっぽかされちゃってさぁ、暇になっちゃったから、暇潰しにホテル入ったらスカウトされちゃって。あれ? 言ってなかったっけ?」
 ひらひらと白衣の裾をはためかせながら、オーナーはここにいる経緯を簡単に話す。
 ……暇潰しにホテルに入るというのも、いかがな物かと思うのだが。
 思いながらも、侑斗はグラスに残っていたワインを口に含む。
「待ち合わせ?」
「そうなんだよデネブ君。北岡秀一って名前の弁護士さんだけどさぁ」
 ぶっ。
 オーナーの口から出た名前に、思わず吹き出す侑斗。
――じゃあ、何か? 北岡の言ってた依頼者って、こいつ!?――
 むせながら、睨みつけるようにオーナーを見る。すっぽかされた割には起こった様子はなく、その顔にはむしろ、相変わらずの嘘くさい笑みが張り付いている。
「まあ、それはともかく」
「……お前のそのマイペースっぷり、どうにかなんないのか……」
 ころっと話題を変えられ、軽い頭痛に苛まれながらも侑斗はオーナーに先を促す。
 これ以上ツッコミを入れて話が進まなくなるのも問題アリだ。
「契約者がミラーワールドの住人である事、それから、黒木への報酬が過去への逃亡って事を考えると……目的は、『時の列車』だろうって気がする」
「何?」
 それまでのふざけた空気が一気に変わる。
 オーナーの表情が変わった訳でも、口調や態度が変わった訳でもないのに、醸し出す雰囲気が、真剣みを帯びていた。
「体験したろ? 時の列車は、異世界を渡る事もできる」
「……成程な。それを使って、契約者はこっちの世界に来たがっている、って事か」
「それじゃあ、やっぱり、狙いはデンライナー?」
「いいやデネブ君。トレインジャックよりも、もっと確実な方法があるよ」
 まるで、最初からそれしか答えがないかのような口ぶりで、オーナーは言葉を続ける。
「所有者のいない電車を、見つけ出して使えば良いのさ」
 ……一瞬、何を言っているのかわからなかった。
 時の列車は、目の前にいる男が所有するゼロライナー、コハナやナオミ達の乗るデンライナー、そして以前、自分達が破壊した神の列車、ガオウライナー。
 ガオウライナーのように、封印された列車が、まだ他にもあるというのか。
「……そんな物が、あるのか?」
「いやあ、昔仲間の一人が造ったんだけどね。自分は使わないからって言って、どこかに不法投棄したらしいんだよ。ガオウライナーのように、封印しとけば良いものをさぁ、そんな事もせずにほったらかしにしてあるらしいんだよねぇ」
「……おい」
 オーナーの言葉に、侑斗は何度目かの眩暈を覚える。時の列車は、使い道を誤れば時間を……世界を破壊する凶器と化す。それこそ、「世界を牛耳る」事も容易い。
 そんな物を、放っておいた?
 しかも、この男はそれを知っていて何もしなかった事になる。
 放っておいたその「仲間」とやらはもちろんの事、何もしなかったこの男も、充分に今回の元凶ではないか。
 そんな侑斗の考えに気付いたのかどうかは定かではないが、オーナーは張り付いた笑みを一層深くして……くるりと、踵を返す。
「どこへ行くんだ?」
「んー? ほら、今回の事態って、僕らのせいでもある訳じゃない? 一応『予想できる最悪の事態』に備えて、ちょっと改良しに」
「何を!?」
「……城砦の竜キャッスルドラン
「はぁ!?」
 意味深なのか意味不明なのかよくわからない単語を発し、ひらひらとオーナーは手を振って……
「じゃ、僕、ガルル君達の所へ行って来るから。頑張ってね~」
 そう言って、彼は闇の中へと消えていった……

 いやあ、キャッスルドランを一回だけ、時間の中に行けるようにするのは大変だったよ。元々「時間の扉」を持っていたとは言え、本体ごとの移動って言うのは考えてなかったみたいだしね。
 僕のライフエナジー、かなり吸われちゃったし、不審者扱いされて殺されかけるし。
 ま、それでも死ねないんだけどね、僕、アンデッドだから。
 ……それはともかくとして。
 以前も言ったよね?
 物事には必ず裏って物が存在するって。
 終わりと思っていた事が、始まりだったり、始まりだと思っていた事が、実は終わりだったり……
 ミラーワールドの「神」……「吊られた男」が何を考えてるのかなんて、僕にはさっぱりだけどさ。
 ただ、これだけは言えるんだ。
 リュウガと、ネガタロスの契約者。この二人を使って、この世界を壊して、あわよくば横取りしようとしてるんだって事。
 そりゃあ、いくら人間に期待していない僕でも、人間の味方をしてしまうってもんだよ。
 ……やっぱりほら、この世界を横取りしようなんて、ムカつくじゃない?
 僕、今そう言う顔してるよね?
 ……まあ、それはさておき。
 ……ネガデンライナーが壊れて、その後どうなったか……知りたくない?
 了解、わかった、見せてあげる。
 次が、僕の語れる本当の最後、始まりの終わりにして終わりの始まり。
 君達がこの終わりに納得するのかどうかはわからないけど、ね……
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