紅蓮の空、漆黒の戦士

【その17:濃紫の契約】

「あいつも、お前の仲間かよ!?」
 秋山達の足止めをしだした紫のライダーに、一瞬だけ視線を向けてから、城戸は眼前に立ち塞がるリュウガに問う。
 だがその問いに、リュウガは一瞬だけ首を傾げて……
「仲間って言うのは、少し違うな。あいつは、俺の……同志だ」
「同志……?」
「同じ目的を持つ者。だけど、邪魔になるなら容赦なく殺す。そう言う関係さ、あいつとは」
 その言葉を合図に、またしても剣戟が始まる。
 しかし、先程の腹部と頭部へのダメージが大きいのか、明らかに城戸の方が圧されていた。
「……くそ……っ!」
 舌打ちしそうな勢いで呟くと、城戸は弾かれたように大きく後ろへ跳び退る。
「逃げても無駄だって。おとなしく負けを認めろよ」
「断る。そんでもって、こんな戦い、終わらせる!」
『SHOOT VENT』
 言い終わるのとほぼ同時に、城戸は一枚のカードをバイザーにベントインし、メテオバレットと呼ばれる、銃型の武器を召喚し構える。そして……
「……これ、止められるか?」
 不敵に言い放つと、城戸は容赦なくリュウガに向かって連射を開始する。
「……ちっ!」
 いきなりの砲撃をかわしきれないと悟ったのか、リュウガは小さく舌打ちし……
『GUARD VENT』
 剣を捨て、新たに召喚したシールドを持ち直すリュウガ。しかし、それが城戸の狙いだった。
 リュウガが剣を捨てたのを確認し、あらかじめ用意していたカードを再びバイザーにベントインする。使用したカードは……
『SWORD VENT』
 「SWORD VENT」。剣状の武器を召喚するカード。
 それを使って城戸は、持っていた武器を瞬時に、メテオバレットから、バイザーを強化した剣である、バーニングセイバーに持ち替えて間合いを詰める。
「しま……っ!」
 気付いた時には、既に城戸が眼前に迫っている。
 気合と共に放たれた一閃は、リュウガを派手に吹き飛ばした。
 ……反動で、城戸も軽くよろけ、その場から数歩、後ろにさがってしまったが、大きな問題はない。
「これで……どうだ!?」
 濛々と上がる土煙で相手を確認する事は出来ないが、あれだけはっきりと手ごたえがあったのだ。倒すとまでは行かなくとも、無傷であるとも思えない。
 油断なく、リュウガの吹き飛んだ方に視線を向ける
 だが、次の瞬間。
『ADVENT』
 低い電子音が、土煙の向こうから響く。同時に、巨大な影が向こうで揺らめき……
 血色の、二つの光がこちらを捕らえた事に気付く。
 「ADVENT」。自らの契約モンスターを召喚するカード。
 それに気付くと同時に、今度は城戸が、吹き飛ばされた。
 ……リュウガの契約モンスターである漆黒の龍、ドラグブラッカーの強化体の、強烈な体当たりによって。
 そして、その吹き飛ばされた先には……ネガ電王の、姿。

 リュウガと城戸が戦闘を再開した頃、ネガ電王と名乗った相手による、「空飛ぶ刃」の攻撃により、秋山達は苦戦していた。
 「鏡の戦士」である彼等は、攻撃に一度「カードを通す」と言う操作が必要になる。しかも、一度の戦闘で使用したカードは次の戦闘まで使用できないと言う制限もある。
 それにも関わらず、ネガ電王は何度も同じ攻撃を繰り出している上に、アドベントカードを使用している気配もない。どうやら完全に、自分達とは機構の異なる「仮面ライダー」のようだ。
「どうした、反撃してこないのか?」
 楽しそうにその剣を振るうネガ電王。
 刃先が飛び回る以上、ネガ電王の剣には「間合い」と言う概念が通用しない。懐に入れば……と考えなくもないが、そんな暇も隙も与えてくれそうにない。
 だが、秋山達も、ネガ電王の攻撃に慣れてきたのか、どことなく余裕のような物が生まれてきていた。
「手塚」
「……分かった」
 互いに短く言葉を交わす。それだけで、お互いの考えが分かる。
 ……いつかの歴史では、同じ女性を愛した二人であるからこそ、できる事なのかもしれない。
 まず動いたのは……手塚。飛んできた剣先を再度かわすと、先程から構えていたカードをベントインする。
『COPY VENT』
 コピーベント。近くにいる者の武器をコピーし、己の武器として扱えるライア固有のカード。電子音と共に手塚の手に握られたのは……リュウガと戦っている城戸が持つ、メテオバレット。
 それを用いて、飛んできた剣先を撃ち落とし、開いていた相手との距離を詰める。
「……くっ」
 こちらが射撃系の攻撃をで反撃するのは予想外の出来事だったのか、ネガ電王はあからさまに狼狽し、呻く。
 近付いてくる手塚との距離をとるように後退しようとするが……
『NASTY VENT』
 隙を突き、今度は秋山がカードをベントインする。電子音の宣言と同時に、彼の契約モンスター……ダークウィングが舞い降り、ネガ電王に向かってその翼から超音波を放つ。
 襲い来る「音」の攻撃によって、ネガ電王はその場に縫い付けられてしまう。当然そこには隙が生まれ……そして、それを逃す秋山ではない。
『TRICK VENT』
 再び、秋山のバイザーから電子音が響く。それと共に、秋山の……ナイトが三人に分かれる。分身の術のような効果をもたらす、ナイトにのみ存在するこのカードは、主に相手の撹乱などに用いられる。
「っ!」
 声をあげる暇も与えられぬまま、ネガ電王は三人のナイトに次々と切り伏せられ、その場にがくりと膝をつく。
 それを見て、手塚も秋山も、勝ったと思った。
 だが、次の瞬間。
「……ふん。だから、正義の味方ってのは甘いんだ」
 言うが早いか、ネガ電王は持っていた剣を放り上げ、そのパーツを組みなおす。
 その一瞬後には、その武器は「剣」ではなく……「銃」へと変形していた。
「な……変形した!?」
「お前らとは、そもそも違うんだよ。この俺の武器は、なあ!」
 台詞と同時にエネルギー弾を連射。その攻撃をギリギリの距離でかわしつつ、二人は慌てて敵との距離を取り直す。
 そして、二人が再び一箇所に集まった瞬間。
 ネガ電王は、どこからともなく黒いパスケースを取り出し、それを自らのベルトに翳した。
『FULL CHARGE』
 リュウガ同様、どこか低く、くぐもったような電子音が響く。それと同時に、膨大なエネルギーが、ネガ電王の持つ銃へと流れていくのが分かる。
 まずいと、本能で直感出来た。そして、考えるよりも先に体の方が動いていた。
 秋山は右に、手塚は左に逃げつつ、二人同時に、同じ名前のカードをベントインする。
『GUARD VENT』
 電子音が響くのと、ネガ電王がエネルギーを発射したのは……ほぼ同時。攻撃は二人の中間地点に着弾し、何とか召喚したシールドでその衝撃をガードする。だが、その衝撃は、予想以上に激しい物であった。
 吹き飛びこそしなかったものの、体勢を崩されてしまう。
 そして……
 城戸が、ネガ電王の近くまで吹き飛ばされてきたのは、この時だった。
 一瞬、その場にいた誰もが、何が起こったのか把握できなかったらしい。だが、すぐに状況を理解すると……ネガ電王は楽しそうに肩を震わせ、言い放つ。
「これが、勝つ悪のやり方って奴だ」
 再び剣の形に組み上げられたその武器を、近くで転がる城戸に……龍騎に向かって振り下ろしながら、ネガ電王は冷たい声で言い放つ。
 リュウガにのみ専念していた城戸にとって、その攻撃は思いもよらなかったもの。そのため、ガードも回避も出来ず、その刃が振り下ろされるのを、他人事のように見ていた。
――俺、ひょっとして、ここで死ぬのか?――
 ぼんやりと、冷静にそう考えている自分がいた。死にたくはないのに、何故か平然としている。
 全てがスローモーションのように映り、死に際に走馬灯が駆け抜けるなんて嘘なんだなぁ、などと思っていた。その、矢先。
「やめろ!」
 ネガ電王が、城戸に止めを刺そうとした瞬間。
 リュウガの、悲鳴じみた静止が、辺りに響く。同時に、ネガ電王の凶刃も、ほんの僅か、城戸の首の数ミリ手前で止まった。
「……え……?」
「何?」
 呆けた声をあげる城戸と、訝しげな声をあげる手塚。
 そして、止まった隙に城戸をネガ電王から引き離す秋山。
 何が起こったのかよく分からないが、自分はリュウガに助けられたらしい。今までおかれていた状況を改めて思い出し、城戸の背中に今更のように冷たい物が走る。
「ナイトとライアは良いよ。けど、龍騎は……城戸真司だけは、殺すな」
 リュウガの台詞に、ネガ電王は一瞬、考え込むような仕草をし……意味を理解したのか、ひょいと肩をすくめた。
「……ああ、そうだったな。勢い余って殺す所だった」
「勘弁してくれよ、本当に。そいつが殺されたら、俺の願いが叶わないだろ?」
 やれやれと言わんばかりに、ネガ電王の肩を叩くリュウガ。
 その手が微かに震えている事に気付いたのは、その手を置かれたネガ電王のみ。
 三人の仮面ライダーは、リュウガが止めた事を訝るだけで、それに気付いた様子はない。
「お前の……願い? それに、俺の命が関係あるのか!?」
「ああ。大アリだよ。……でも、教えるつもりも、そんな時間もないけどな」
 リュウガに言われ、慌てて自分の姿を省みる三人。
 気付けば既に、指先から粒子化が始まっており、いつ消えてもおかしくない状態になっている。
「ヤバ……!」
 リュウガとネガ電王を睨みつつも、城戸達は周囲に反射物がないか探す。
 ……元の世界に、逃げ帰るために。
 悔しいが、ここで消える訳には行かない。逃げ延びてでも、体勢を立て直した方が良いと判断した。
 ……死んで花実が咲く物ではない。生きているからこそ、次があるのだと……彼らには、分かっていた。
「……後ろだ」
 何かに気付いたらしい、手塚の囁きを聞くと同時に、城戸と秋山はこっそりと後ろを確認する。
 激しい戦闘があったにも拘らず、そこには奇跡的にも無傷の状態の乗用車が一台、止まっていた。
 それを確認するや否や、三人はそのフロントガラスに駆け込み……ミラーワールドから、命からがら脱出した。
「……良かったのか? 奴らを逃がして」
「ああ。あれだけ痛めつけたんだ、しばらくは動けないさ。それに……こっちも、結構なダメージを貰ったし」
「そうか」
 納得したようにネガ電王は頷き、リュウガとその後ろに控える龍の姿を見やる。
 それほど大きなダメージは見られないが、実際はそうでもないのだろう。リュウガの息は荒く、膝も小刻みに震えている。
「それより、お前はこんな所にいてて良いのか? 外の世界に向かう方法……まだ手に入れてないんだろ?」
「ふ……何、心配はいらん。既に布石は打ってある。余計な邪魔さえ入らなければ、万事、うまく行くって寸法だ」
「その、『余計な邪魔』も、考えておいた方が良いと思うけどなぁ」
「……電王とゼロノスの事か? それなら問題ない。こっちの戦力の方が遥かに上だ」
 そう言うと同時に、ネガ電王は変身を解除した。同時に、漆黒の異形……ネガタロスは、彼の契約者から離れる。
 契約者の方は、今まで戦いなどなかったかのような、にこやかな……そして、どこかはにかんだ様な笑顔を浮かべている。
「ファンガイアやはぐれイマジンと言った手駒も揃った。資金調達のための『人間』も、過去に逃がすと言う餌で釣った」
「……勿論、その人間は、後で処分するんだよね、ネガタロス?」
 疑問、と言うよりは確認らしい。契約者は笑顔のまま、当然のように自分のイマジンに問いかける。
 そしてネガタロスも、当然のように首を縦に振る。
「でも、気をつけてね、ネガタロス。ファンガイアって言う駒に惹かれて、キバが現れるかもしれないから」
「その時は、時間の中にでも逃げ込むさ。いくら奴でも、そこまで追いかけては来れないだろ」
「……そうだと、良いんだけど」
 いくらか不安そうに、契約者は俯く。
 それは、ネガタロスが初めて見る、弱気な契約者の姿だった。
「じゃあ、ネガタロス。これだけは約束してくれる?」
「……何だ?」
「失敗しても、ここに必ず帰って来るんだよ」
 君はまだ、僕との契約を果たしていないんだからね。
 冷たい視線をネガタロスに向けてそう言い放つと、契約者はスタスタとどこかへ向かって歩き出す。
 ネガタロスの背に駆け抜けたのは悪寒なのか、それとも、この悪意しかない契約者への憧れか。契約者が完全に立ち去るのを確認してから、彼もまた、「外の世界」へと向かった。
 時の列車を手に入れ、契約者と共に、「外の世界」を破壊するために。
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