紅蓮の空、漆黒の戦士

【その16:紅黒の宴】

「どうやら、そっちも終わったようだな」
「随分と、派手に壊したものだ」
「蓮! 手塚!」
 奥からゆっくりと近付いてくる秋山と手塚に気付くと、城戸はその二人に駆け寄った。
 どうやら彼らも勝利したらしい。余裕綽々と言った風に歩いている。
「……何だよ、俺が最後か?」
「戦った数が違うんだ、仕方ない」
 がっかりと肩を落とす城戸に、仮面のせいでその表情は分からないが、苦笑いでもしているかのような声で手塚が返す。
「とにかく、さっさと帰るぞ。時間切れになる前にな」
「ああ。そうだな」
 秋山の提案に同意しつつ、外の世界に帰るため、鏡などの反射物を探し始める。だが、その刹那。
 パンパンと、穏やかな空気を破るかのように、どこからかやる気のない拍手が聞こえた。
 音の反響する中、三人は周囲を油断なく見回し……そして、見つける。拍手をしながら、ゆっくりとこちらに向かってくる、漆黒の騎士を。
「黒い……俺!?」
 眼前に現れた黒い騎士に、城戸は驚きの声を挙げる。
 それもそのはず、目の前に立つ戦士は、カラーリングこそ異なる物の、その姿は紛う事無き城戸の……龍騎の姿なのだから。
 だが、醸しだす雰囲気は城戸とは正反対。ただ拍手をしているだけなのに、悪寒が止まらない。暗く、澱んだ空気を纏っている。
 よく見れば、騎士の後ろにはドラグレッダーによく似た、これまた漆黒のドラゴンが控えている。そいつからも、他のモンスターとは比較にならない程、邪悪な気配が漂っている。
「何なんだよ、あんた……?」
「俺? リュウガだよ」
 いつ攻撃されても良いように、身構えながら問う城戸。そして、その問いに端的に答える漆黒の騎士……リュウガ。
 それは玄金と名乗った男が、世界を滅ぼすと予言した存在。
 そして、城戸が唯一思い出す事の出来なかった、「十三人目の仮面ライダー」。
「腕は衰えていないみたいで安心したよ。そうじゃなきゃ……倒し甲斐がないだろ?」
 言うが早いか、リュウガは漆黒の龍と共に城戸達との間合いを詰める。
――早い!――
 思うと同時に、城戸は反射的に、リュウガの繰り出したキックをかわしていた。
「何すんだよ、いきなり!?」
「言っただろ? 『倒す』って……さ!」
 城戸の批難をさらりと流し、リュウガは再び蹴りを放つ。確実に、城戸の頭部を狙った一撃だが、それ故に軌道が大きく、避けやすいらしい。
 屈んでその蹴りをかわすと、今度は城戸が、お返しと言わんばかりにリュウガの腹部めがけて、拳を繰り出す。
 それは、絶妙なタイミングで繰り出された……かに思えた。だが、リュウガは振り上げた足を踵落としの要領で振り下ろし、城戸の拳を蹴り落とす事でその攻撃を回避する。
「城戸!」
「おっと。お前らの相手はこいつだよ」
『ADVENT』
 秋山と手塚が城戸の側に駆け寄るよりも早く、リュウガは一旦城戸との距離をあけると、一枚のカードを通す。自分達のバイザーよりも少し低く、くぐもったような電子音が響き……そしてその一瞬後には、漆黒の龍が彼らの前に立ち塞がった。
 血色の瞳に、リュウガと同じ漆黒の躯体。体長は六メートル程か。見れば見るほど、「色違いのドラグレッダー」である。
「姿は似ているが、好戦的な所は、城戸とは正反対のようだな」
「ああ、どちらかと言うと、浅倉に近いな」
 それぞれの武器を構えつつ、秋山と手塚は目の前の龍の出方を窺う。
 龍の向こう側にいる、城戸真司を気にかけながら……

 ギィンっと、金属のぶつかり合う音がする。
 「SWORD VENT」で、二人同時に剣を出現させ、鍔迫り合う。一見、力が拮抗しているかのように見えるが、リュウガの方が僅かに押している。
「折角のライダーバトルなんだ。もう少しお前も楽しめ……よ!」
 楽しそうに言いながら、リュウガは一旦引いた剣を再び振り下ろす。
 城戸も、慌ててその剣を受け止め、再び金属音が響く。
 まだ城戸は、リュウガについて思い出せない。その戦い方を、どこかで見た事があるような気がするのに、いつ、どこで見たのか思い出せないでいる。
 嫌な感覚が、城戸の心に落ちてくるが、今はそれを気に留めている余裕はない。
 何とかリュウガの攻撃を打ち返しながら、城戸は怒鳴るように問いかけた。
「何でだよ!? 何で今になって、ライダー同士で戦わなきゃなんないんだよ!? もう、戦わなくても良いはずだろ!?」
 本来、仮面ライダー同士の戦いは、神崎士郎が、彼の妹である神崎優衣を救うために引き起こした物。
 だが、今回は違うと、あの白衣の変態は言っていた。神崎と優衣は、このミラーワールドで仲良く暮らしていると。
 皆が、人並みの幸福を得た今回の歴史において、何故また仮面ライダー同士で戦わねばならないのか。
「優衣ちゃんも、蓮も、手塚も! それに他の奴らだって、今は幸せなはずだ! なのに、何でお前は戦おうとしてるんだよ!?」
「……はっ。甘いんだよ、お前は!」
 嘲るように城戸の台詞を一笑し、リュウガは再度剣を引き、今度は大きく後ろへ跳んで、距離を開ける。
 そして……
「俺がリュウガで、お前が龍騎である以上……この戦いは必然なんだよ!」
「何……?」
 悲鳴にも似たリュウガの叫び声と共に、金属の悲鳴もまた鳴り響く。ギリギリと鍔迫り合い、互いは睨むかのように相手を見据えていた。
 どこにリュウガの攻撃が来るのか、予測できる自分がいる。
 次は上段、次は小手、次は……幾度となく攻撃を仕掛けてくるリュウガに、それをきちんと防ぐ城戸。その度に、剣と剣の間に火花が散り、攻撃の重みが伝わってくる。
「だって俺は……ミラーワールドの仮面ライダーなんだから」
 言い終わるかどうかの内に、リュウガは鍔競り合っていた剣を大きく振るう。その強引な力技に、城戸は大きく後方へと弾き飛ばされ、派手な音と共に近くの柱に背中から激突する。
 一瞬、呼吸が詰まる。視界が真っ白になり、重力に従って膝から着地した。
 何度か咳き込んだ後、城戸は仮面の中でリュウガを睨みつけ……
「こいつ……強い!」
「そりゃぁ違うな。お前が弱すぎるだけだ」
 がっかりしたように、リュウガは城戸の言葉にそう返す。
 その言葉にカチンと来たのか、城戸はよろよろと立ち上がると、一枚のカードをデッキから取り出す。
 それは、銀の羽の模様が描かれたカード。それに龍騎の紋章……デッキに描かれている、龍を模した模様はなく、羽根の後ろに燃え盛る炎が描かれている。
 そのカードの名は「SURVIVE ―烈火―」。他のカードとは異なり、使用者を限定しない、強化のための物。
 少なくとも以前の歴史では、龍騎の使う「烈火」と、ナイトの……秋山の使う「疾風」、そしてオーディンが常に使用していた「無限」の、三枚だけ用意された「強化カード」。
「もう、頭来た。絶対止める!」
『SURVIVE』
 電子音と共に、城戸の周囲を炎が包み、身に纏う鎧の形状が変化する。
「それが『烈火』のサバイブか。噂には聞いてたけど、やっぱ強そうだよな」
 変化し終えた龍騎の姿を見て、リュウガはどこか嬉しそうに言う。
 仮面の下の素顔は、きっと目を細めて笑ってるんだろうな、と、城戸が思わず思ってしまうほど、声に喜びが滲み出ている。
「龍騎の『烈火』とナイトの『疾風』、そして、今はここにいないオーディンの『無限』。だけどさ、『SURVIVE』のカードがその三枚だけなんて……誰が決めたんだ?」
 そう言うリュウガの手にあったのは。
 「SURVIVE ―暗澹―」と書かれた、一枚のカード。だが、城戸達の持つ「SURVIVE」のカードとは異なり、黒地のカードに、金色の翼のような物が描かれている。
 地の「黒」は、微妙な色合いで渦巻いているようにも見える。カードなのに、思わず吸い込まれそうな感覚に陥るのは気のせいか。
 そして、そのカードからも、邪悪な印象を受ける。それを使わせてはいけないと、本能が告げている。
「一つ、教えてやるよ。今回のライダーのデッキは、この世界の『神』が作ったんだ。神崎じゃ、ない」
 その言葉に、城戸だけでなく、近くで漆黒の龍と格闘していた二人も反応した。
――何で今回、あるはずのないデッキが、再び君達の手に渡ったのか……――
 唐突に、白衣の変人の言葉を思い出した。
 「あるはずのないデッキ」を作ったのは、神崎士郎ではなく、この世界の……ミラーワールドの「神」とやらが作った物だと言うのならば、その存在は、何を目的としているのだろう。
「この世界の神だと?」
 そもそも、その存在は何者なのか。
 答えてくれるとは思わないが、秋山は思わずそう問いかけてしまう。
「そう。このミラーワールドの神だよ。概念的には、だけど。一部じゃ、『吊られた男』って呼ばれてるらしい」
「『吊られた男』。英知や直感を意味するカードと同じ名前か……」
「さっすが手塚。よく知ってるよなぁ」
 手塚の言葉に答えながら、リュウガは自分のバイザーにサバイブのカードをセットする。
 姿だけでなく、その声や話し方や仕草も、城戸に酷似していると感じてしまうのは、手塚の気のせいだろうか……
『SURVIVE』
 同時に、彼の周囲を濃い「闇」が覆う。世界中の何よりも暗く、深い「闇」が。
 光の存在を許さず、未来への希望すらも持たせないような「闇」。まさしく、「暗澹」の名に相応しい物。絶望を具現化し、ありとあらゆる物を飲み下さんとするような暗黒が、リュウガの周囲を取り巻く。
 その闇を纏った直後……リュウガの姿もまた、変化した。
 その姿も、龍騎のサバイブ状態の色違い。その姿は、まるで双子のようにすら見える。
 ……だが、その本質はまるで別の物であると、その場にいる全員は理解していた。龍騎の鎧が全てを焼き尽くす紅蓮の炎ならば、リュウガの鎧は全てを覆い隠す漆黒の闇。
「でも、それだけじゃないって事も……知ってるよな?」
「何?」
「『吊られた男』のカードの持つ意味だよ。他に、『試練』って言うのもあるんだぜ?」
 言いながら、リュウガは一息に距離を詰める。狙われているのは……やはり龍騎。
『SWORD VENT』
 城戸達の電子音よりも、やや低い音声と共に、リュウガの手に龍の尾を模した剣が握られる。
 それを確認するや否や、龍騎もサバイブによって変化した召喚機、ドラグバイザーツヴァイを、更に剣状に変形させて応じる。
 その刹那、今回の戦いで一番大きい金属音が周囲に鳴り響いた。
 変身した鎧越しに聞いても、耳が痛くなるような甲高い金属音。ミラーワールドからの「呼び声」以上に、不快で耳障りな音が、秋山達の耳に届く。
 リュウガの、予想以上に重い一撃に、城戸は一瞬だけ体勢を崩す。
 しかしリュウガにとっては、その一瞬で充分だったらしい。隙の生まれた城戸の鳩尾に左足でキックを放つと、追撃と言わんばかりに剣の柄の部分で側頭部を殴打した。
 腹部と頭部の二箇所に走る衝撃に、城戸の視界が白濁する。その一瞬後、襲い来る痛みが彼を現実に引き戻す。
「まずいな……圧されている」
「城戸、手伝うぞ!」
「残念だな。お前達の相手は、この俺だ」
 秋山と手塚が、眼前に立ち塞がる漆黒の龍を振り切り、城戸の助太刀に入ろうとした瞬間、唐突にどこからか声をかけられた。
 聞き覚えのない声に、思わず二人の足が止まる。そして……
「伏せろ、蓮!」
 声の主を探す秋山に向かって叫びつつ、手塚は自らの身も低くかがめる。
 声をかけられた方は、その声の真剣さに反応したのか、言葉の意味を理解するよりも早くその場に伏せる。
 刹那。それまで彼らの首のあった場所を、何かが横薙ぎに飛んでいった。
「剣の、刃……!?」
「ちっ。かわされたか」
 宙を浮く剣先が、遠隔操作でもされているかのように、その柄の部分に戻っていく。
 柄を握っていた存在は、低くそう吐き捨てるとその剣の腹で軽く、自分の肩を叩いた。
「まあ良い。どうせこいつらは、ここではそう長く戦えないんだからな」
 ……そう言葉を放ったのは、見た事もない仮面ライダー。
 黒地に銀の鎧、仮面の色は紫。どことなくその面の形が、割れた桃のように見える。明らかに自分達とはデザインが異なっており、デッキはおろか、バイザーすらも持っている様子がない。持っているのは、今自分達を攻撃した剣のみである。
 そして、この仮面ライダーもまた、異様なまでに濃い「邪気」を放っている。
「何者だ、貴様?」
「そうだな。ネガ電王、とでも言っておこうか」
 秋山の問いに、紫の面の仮面ライダーは自らをそう名乗ると、再び剣先を飛ばして秋山達に襲い掛かる。
「もって……せいぜいあと三分って所か。それまでにお前達は帰れるかな?」
「……それだけあれば、充分だ」
 バイザーを構えつつ、ネガ電王の言葉に返す秋山。
 その隣では、一枚のカードを構える手塚。
「そうか。まあ、せいぜい楽しませてもらうとするさ……」
 クックと笑いながら、ネガ電王と名乗った仮面ライダーは、そう、宣告した。
16/20ページ
スキ